一夏さんと二人きりで生徒会室に居ても、特に緊張しないのは慣れてしまったからでしょうね。普通なら恋人と二人きりになればドキドキするものなんでしょうが、場所も相まって緊張というよりは頭痛を覚えるんですよね……
「それで虚、この『更識家御用達』って如何いう意味だと思う? 去年一昨年とお前たちが使ったって訳か?」
「それだけでこんな事書かないと思いますよ? しかも堂々とでは無くこうやって調べなければ分からないようになんて」
「だよな……問い合わせても意味は無いだろうし、お前や刀奈に思い当たる節が無いのならお手上げだぞ」
「ひょっとしたら四月一日さんたちが裏で使ってたのかもしれませんが、本当の事は屋敷に戻って調べないと……」
「修学旅行は来週だし、今更旅館を変えられないぞ」
「そうなんですよね……」
簪お嬢様と本音に頼んだのは、あくまでも念のためであって、まさかこんな問題が発覚するとは私も一夏さんも思って無かったのです。
「まぁ、何かあれば俺や織斑先生が居るから何とかなるだろうけども……」
「ですが、常に旅館に居る訳では無いですし……」
確かに一夏さんや織斑先生なら何かあっても対処出来るでしょう。でも二人がいない間に何か問題が起こった場合は如何対処するかを決めなければいけないのですよ。
「簪や本音、マドカに美紀にエイミィと実力者は居るし、時間を稼ぐくらいの事は出来ると思うんだが?」
「美紀さんは専用機持ちではないですからね。もし相手がISを使ってきたら美紀さんでも何も出来ませんよ」
「ならあの訓練機を持たせれば良い。頼んで待機状態になれるようにしてもらうか」
「……そんな事が可能なんですか?」
もしそんな事が出来るのであれば、実力者には訓練機を持たせるという対策が出来るのですが、私の知識の中では訓練機は待機状態になれないんですよね……
「少し改良すれば大丈夫だとは思うぞ。そもそも専用機だけがなれるってのがおかしいと思ってるんだが」
「だってコアが違いますし、それに訓練機は誰でも使えるのが特徴ですので……」
「普通の人が整備した訓練機なら兎も角、ここのは少し違うからな。やってやれない事はないと思うぞ」
一夏さんが整備したISは、業者に頼んだ時より性能が明らかに上がっていると報告がありました。それは一夏さんがISの声を聞き、如何すれば最大限に能力を発揮出来るのかをコア自身に聞いたからなのです。だからIS学園にある訓練機を日本政府がほしがってると噂されているのもしょうがない事なのでしょうが……
「まぁ無理なら美紀には連絡係を頼めば良いだけだ。他の連中が戦闘してる中で連絡を取るのは難しいだろうしな」
「一夏さんは常に須佐乃男と行動を共にしてる訳では無いですしね」
オープン・チャネルでは呼びかけ出来ないので、確かに連絡係は必要になるでしょう。まぁ美紀さんでなくても良いんでしょうが、戦闘になった場合普通の生徒が冷静で居られるかは不安ではありますのでね。美紀さんなら冷静に戦況を伝える事が出来そうですしね。
「問題は、これが本当に更識家の人間なのかって事だよな……」
「如何いう……」
質問しかけて、私は一つの事を思い出した。更識の資金が、亡国企業に流れ出ているという事実があったのです。
「更識の名で領収書を切ったという事ですか?」
「可能性は無くはないだろ? 四月一日さんが亡国企業に資金を横流ししてる事はほぼ確定してる事だ。そしてそれが武器にでは無くこういった場所に使われていても不思議は無い」
一夏さんは難しい顔をしながら、PCを使ってこの旅館の事を調べ始めました。簪お嬢様や本音では調べられなかったような事でも、一夏さんなら簡単に調べられるでしょう。
「さすがにカメラに映るような事はしてないか……」
「ハッキング早いですよ!?」
何時の間にこの旅館のカメラをハッキングしたのでしょうか……そもそもどうやればハッキング出来るのでしょうか……
「なに、駄ウサギが昔やり方を教えてくれただけだ。まさか役に立つとは思って無かったが」
「……ある意味英才教育ですね」
篠ノ乃博士は世界中のデータや状況をハッキングして収集しているとか……ならその技術が一夏さんに伝わっていても不思議ではありませんね。まぁ犯罪行為ではあるのかもしれませんが、緊急事態という事で目を瞑りましょう。
「この旅館、地下に何かありそうだな……」
「地下ですか? ですが案内図を見る限り地下なんて……」
「隠しだろうしな。普通の案内図には載ってないだろ」
そういって一夏さんはPCに映し出されたあの旅館の本当の地図を見せてくれました。
「これは如何やって?」
「隠しサイトに載ってた。まぁ普通には分からない細工がされてあったがな」
そんな事をあっさりと言われましても、普通の高校生である私には受け止められないんですけども……でも、一夏さんなら何でもありかなと思える辺り、私もズレているのでしょうね。
「それで一夏さん、地下に何があると思います?」
「普通に考えればISか何かが隠されてるんだろうが、こればっかりはその場に行って確かめないと何とも言えん」
「地下に行かなければという事ですか?」
それは一夏さんでも不可能な気がするんですが……
「いや、旅館に行けばある程度分かると思うぞ」
「そんな事が出来るのは一夏さんや織斑先生しか居ませんよ……」
「いや、束さんも出来ると思うが」
「篠ノ乃博士も人外判定されてますよ……」
世間では一夏さん、織斑先生、篠ノ乃博士は人外されていますし……
「気にするな。気にしても無駄だからな」
「分かってますよそれくらい……もう慣れました」
「それはそれで何か複雑だが、今は気にしないでおこう」
そういって一夏さんはPCの電源を落とし、紙の資料に目を通す為に眼鏡を取り出しました。
「一夏さん、一々出したりしまったり、面倒じゃないんですか?」
「面倒だが、普段から掛けてければいけないわけでもないし、何より似合ってないからな」
「そんな事ないですよ! 一夏さんの眼鏡姿はとってもカッコいいですし似合ってます! あでも、他の皆さんに見せたく無いので、今のままが一番かもしれませんね」
「何だそりゃ」
一夏さんは呆れながらも資料に目を通していきます。それにしても、似合ってないと思ってるのは一夏さんだけで、裏ではその姿を収めた写真をほしがってる人たちが大勢居るというのに……やっぱり一夏さんはズレてますね。
「一夏さん、お茶でも淹れましょうか?」
「悪い、頼めるか」
「はい、お任せください」
普段は一夏さんが淹れてくれるので、偶には私も一夏さんにお茶を淹れてあげたかったのですよね。一夏さんと比べると少し味が落ちますが、それでも一夏さんは美味しいと言ってくれるのですよね。ホント優しい人です。
「これは少し作業速度を速めないとな……」
「一夏さん?」
「ん? いや、何でもない。気にしなくて良いぞ」
「いえ、そんな事言われても気になりますよ」
むしろそんな事言われたら聞きたくなるじゃないですか。
「更識家からの報告で、最近修学旅行先で亡国企業と思われるヤツらが目撃されたらしい。サラ先輩の専用機造りと平行して、訓練機の改良も急がないとなと思っただけだ」
「大丈夫なんですか? 何なら私もお手伝いしますよ」
「気持ちだけで十分だ。虚にまで苦労を掛けたくないからな」
そういって一夏さんはお茶を飲み、また資料に集中し始めてしまいました。
「偶には頼って下さいよ」
「虚?」
一夏さんの背後に回り、首に手を回す。別に首を絞める訳では無く、抱きつくのにこの体勢が一番だっただけなのだ。
「一夏さんは何時も自分一人で片付けようとしてくれますが、偶には頼ってもらいたいんですよ。私だけでは無くお嬢様や簪お嬢様だってそう思ってるはずです」
「頼れと言われてもなぁ……専用機製造は俺が学園から頼まれた事だし……」
「お手伝いくらいなら、私だって簪お嬢様だって出来ます! そりゃ一夏さんと比べられたら全然ですけど、私たちだって整備出来るんですから!」
「……分かった。日中の作業は無理だが、放課後の作業は手伝ってもらおうかな」
「本当ですか! 分かりました! 早速簪お嬢様にもお伝えしておきますね!」
一夏さんから承諾してもらった事を、普段以上の速さで打ったメールを簪お嬢様に送る。これで証拠も残りましたので、一夏さんが否定しても無駄になるんですからね。
「さて、これ以上此処で資料を見てても仕方ないしな。早速手伝ってもらうか」
「分かりました」
一夏さんの後に続くように生徒会室から移動し、途中で簪お嬢様と合流して第三アリーナの格納庫へと向かいました。今その場所は一夏さんの作業場になっていて、普通は一夏さん以外立ち寄らない場所になっているのです。
「あれ、オルコットさんにデュノアさん、それに篠ノ乃さん?」
「何やってるんだ、アイツら」
「コソコソしてるね」
反省中の三人が、何故第三アリーナの格納庫に居るのでしょうか? それに監視がいないところを見ると、如何やら逃げ出してきたようですね。
「何してるんだそんなところで」
「「「ッ!?」」」
一夏さんが声を掛けると、三人の肩が跳ねました。如何やら警戒してたのにまったく気配を感じ取れてなかったのでしょうね。
「お前らは修繕活動中じゃないのか? 何故この場所に居る」
「えっとそれは……ちょっとトイレに」
「トイレはこっちじゃないだろ。それに監視は如何した」
「山田先生なら、向こうで待ってますわ」
「決して監視の目を盗んで逃げ出した訳じゃないからな!」
「箒!」
「終わりましたわ……」
篠ノ乃さんの自爆発言で、デュノアさんとオルコットさんは天を仰ぎました。一夏さんに怒られる事が決定したからでしょうか?
「虚、簪、悪いがまた明日手伝ってくれ。今日は作業出来そうに無い」
「そうですね。では私たちは部屋に戻ります」
「一夏、今度は逃げ出せないように徹底的に怒った方が良いと思うよ」
簪お嬢様の発言に、逃げ出した三人は震え上がっていましたが、まったく同情は出来ませんでした。だったこの展開は自業自得ですから。
「簪お嬢様、一夏さんのお手伝いが出来なくて残念ですね」
「ううん、明日もあるんだし。それに一夏が頼ってくれただけでも嬉しいから」
「そうですね。普段頼ってくれない一夏さんが頼ってくれたんですからね」
家事にしても仕事にしても、一夏さんは一人でこなしてしまいますからね。出来るんですから仕方ないんですが、少しは頼ってほしいと思う乙女心……とは違うんですけどね。何もしてない罪悪感なのかも知れませんね。
「今日は一夏が帰ってくるか分からないから、夕ご飯は私たちで準備しましょう」
「そうですね。ですが、私はあまり戦力になれないと思います……」
「盛り付けとかお皿の準備とかしてくれれば大丈夫です」
簪お嬢様のフォローに泣きそうになりましたが、私が出来るのはそれくらいしかありませんしね……出来る事をしっかりとしましょう!
トイレだと言っていなくなってから、あの三人が戻ってきません。もしかして騙されたのでしょうか……
「やっぱり着いていくべきだったんですよね……恥ずかしいからって言われて遠慮しましたけど、別に覗く訳じゃないんですから、恥ずかしがる必要は無いはずですし……」
織斑君に千冬さんが怒られた結果、私たち一組の担任、または副担任で監視を交代で行う事になったのですが、まさか私の時に脱走を図るとは……
「でも、千冬さんの時には逃げられませんし、小鳥遊先生は気配察知が得意ですし、ナターシャ先生は三人に騙されるような事は無いでしょうしね。そうなるとやっぱり私の時に脱走しようと考えるんでしょうね……」
普段から授業中でも騒がれてますし、私だけ愛称で呼ばれたりと生徒からあまり尊敬されてませんし……
「自信無くなってきますよね……織斑君にも負けてますし……」
前回の試験結果、一組は平均点で学年トップを取る事が出来たのです。ですがそれは、織斑君が布仏さん、織斑さん、須佐乃男さん、日下部さん、そして四月一日さんの勉強を見てあげた結果であって、私が上げた成果では無いんですよね……おそらく私が教えただけでは、あの五人は赤点回避を出来たか如何かすら怪しかったでしょうし……
「ISの操縦が出来るからって、教師になんてならなければ良かったのかもしれないですね、こうなると……」
千冬さんに憧れ、そしてその後継者と期待されながらも代表にはなれず、そのままIS学園で教職に着きましたけども、結局は生徒に友達感覚で付き合われて……
「向いてないんでしょうね……」
挙句に監視してた相手にあっさりと逃げだされてしまいましたし……いっそ実家に戻って結婚でも考えましょうか……
「あっ、相手がいないんですよね……」
中高と女子校で、異性と付き合ったことなど無く、それどころか異性とまともに会話すら出来ない私では、結婚どころではないんですよね……
「山田先生、問題児三人を連れ戻して来ました」
「織斑君! それじゃあやっぱり三人は……」
「コソコソとしてましたし、トイレと言っていましたが明らかに逆方向でしたので」
織斑君が連れて来た三人の腕には、ロープが巻かれていて逃げられないようにされてました。それと頭には大きなコブが……かなり痛そうです。
「今回は俺が発見したからよかったものの、もし織斑先生に見つかってたらお前らの人生終了してたんだからな。分かってんのか?」
そういえば、千冬さんは篠ノ乃博士に頼んで三人のトイレシーンを録画してるんでしたっけね。それを動画サイトに無修正でアップすると脅してるのを、何となく聞いたような気がするんですよね……かなり怖い脅しですよ……
「あの人は冗談抜きでそれをする人だ。脅しだと甘く見てるとホントにされるからな」
「これはセシリアが計画したんだ! 僕じゃない!」
「シャルロットさんが山田先生なら絶対に気付かないと仰ったから!」
「やかましい! 三人同罪に決まってるだろうが!」
「私は何も言ってないぞ」
「脱走した時点で篠ノ乃も同じに決まってるだろ」
織斑君のカミナリが落ち、オルコットさんとデュノアさんは大人しくなりました。もの凄い迫力ですね……ちょっとビックリしましたよ。
「これ以上問題行為を続けるなら、やっぱり強制送還するしか無いな」
「「ッ!?」」
織斑君がつぶやいた言葉に、二人が過敏に反応しました。オルコットさんの方は、貴族の立場が危うくなりますし、間違いなく候補生からは外されるでしょう。しかしデュノアさんの方は、ご実家のデュノア社でいろいろと使われる事になるでしょうし、一生日の光を拝めなくなるかもしれませんからね……あの反応は仕方ないのでしょう。
「篠ノ乃も退学になるだろうがな」
「織斑君、篠ノ乃さんは退学になったら如何なるんですか?」
「恐らくは篠ノ乃神社の跡取りとしてそういった学校に入れられるだけでしょう。それが嫌でIS学園に来たんでしょうし」
織斑君の推察は当たりのようで、篠ノ乃さんが明らかに動揺してました。相変わらず織斑君の観察眼はさすがですね。
「今回は見逃してやる。俺も鬼ではないからな。だが次は容赦しないからそのつもりで」
織斑君に睨まれて、三人は壊れた玩具のように首を何度も縦に振ってました。まぁ、千冬さんに見つかってたら間違いなく人生終了だったでしょうし、今回の織斑君の慈悲で懲りてくれれば良いんですがね。
「それから山田先生、貴女の監督不行き届きも不問にしますので、十分反省して再発防止に努めてください」
「……スミマセンでした」
監督責任は私にあったので、もし三人が処分されてたら私も何かしらの処分があったのをすっかり忘れてました……織斑君の釘の刺し方は上手ですね……
「さて、皆さん逃げ出そうなんて考えずに修繕活動を再開してください。トイレは嘘だったようですしね」
「……ゴメンなさい」
「スミマセンでしたわ」
「……悪かったと思ってる」
三人が反省の弁を述べたところで、私には許す許さないの判断は出来ないんですよね……千冬さんに相談する事も出来ませんし、私に出来るのは作業を早く終わらせてもらう事くらしか無いですし……
「それでは、皆さん反省してるという事で、早く作業をしましょうね」
自分でも甘いと思いますが、あまり厳しくするとまた逃げ出そうとか考えてしまいますしね。私も監督不行き届きで処分を受けるのは避けたいですし、こうやってしっかり監督しておかないとやっぱり私の責任だって事になっちゃいますからね……
「今度はもっと慎重に……」
「? デュノアさん、何か言いましたか?」
「いえ、何でもありませんよ」
「そうですか」
何だかデュノアさんの表情が悪い感じに見受けられたんですが、きっと気のせいですよね。だってあれだけ織斑君に怒られたんですから。
問題児たちは京都に行けるのか……