黒椿が完成して、これで私も専用機持ちになった。元々候補生だったからそれなりに注目されてたんだけど、やっぱり専用機持ちの候補生と比べると幾分か視線の量は少なかった。
でもこうして専用機持ちになったら、昨日までとは比べ物にならない視線を浴びせられた。でも何ですぐに分かるんだろう……
「待機状態、そんなに目立つものじゃないのに……」
右手小指にはめてある指輪、ピンキーリングが黒椿の待機状態なのだ。一夏君があまり目立たない方が良いだろうって事でこの待機状態になるように造ってくれたのだけども、それでも専用機というものは目立つらしい。
「エイミィ、何か今日は注目されてるね」
「私じゃなくてこの子だと思うけど……」
クラスメイトに声を掛けられ、私は苦笑いを浮かべながら小指を見せた。しかし朝の食堂だって言うのに皆こっちばっか見てるのよね……早く食べないと織斑先生が……
「貴様ら! のんびりしてる暇があるならさっさと食べろ! 時間に余裕があると思ってるのか!」
ほらやっぱり……そろそろHRまで時間が無くなってくるタイミングで、織斑先生は食堂に現れて注意をしていくのだ。
「それからカルラ」
「はい?」
「今日も慣らしの為に第三アリーナに来るようにと、織斑兄からの伝言だ」
「は、はい……」
もしかして、また模擬戦とかやるのかな……一夏君相手だと大変なんだよね……
「織斑先生、何でアメリアさんが専用機を造ってもらえたんですか?」
「いくら候補生と言っても、イタリアのですよね? それなら日本人の私たちの誰かの方が良かったんじゃ……」
「これは学園の決定事項だ。文句があるなら直接学園に言うんだな。ただし、その時は自分の命を賭けるつもりでな」
織斑先生の不敵な笑みに、クラスメイトや食堂に残っていた同級生は逃げ出した。私も出来る事なら逃げ出したかったけども、第三アリーナに行くにはどうしても織斑先生の横を通るしか無いのだ。
「し、失礼します……」
「カルラ、貴様は一夏の期待を背負ってるんだ。無様な戦いをしたら私が鍛え上げてやるからそのつもりでな」
「ヒィッ!?」
亡国企業との戦闘でもそうだけども、この学園で生活していくには織斑先生との関係も大事になってくるようだ……専用機持ちって大変なんだ……
織斑先生に脅され震えながらも、私は第三アリーナを目指す。一夏君からの呼び出しを無視するなんて自殺志願者みたいな事は私には出来ないのだ。
「あれ、ウェルキン先輩?」
「一年のカルラだっけ?」
「エイミィで良いですよ」
「そう? じゃあ私の事もサラで構わないわ」
第三アリーナに向かう途中で、サラ先輩と鉢合わせた。このタイミングで第三アリーナに行くって事は、サラ先輩も一夏君に呼び出されたのだろう。
「エイミィの専用機は完成したんでしょ?」
「昨日完成しました。今日は慣らしの為だって織斑先生に言われたんですけどね」
「ふーん……私はさっき楯無から伝言を聞いたんだけどね」
「楯無さんって、生徒会長ですよね?」
「そうよ。クラスメイトなの」
一夏君と一緒の部屋で生活してるから、生徒会長が伝言を頼まれたんだろうけども、よくよく考えると凄いわよね。生徒会長をパシるんだから……
「一夏君、来たよ?」
「あぁ、悪いな。エイミィは昨日終わったのにまた呼びつけて」
「大丈夫。慣らしだって聞いてるから」
「それで、私は何で呼ばれたのかな?」
「サラ先輩は、エイミィとの模擬戦でデータを取るために呼びました」
「圧倒的に私のデータは不足してるのね」
サラ先輩のつぶやきに、一夏君が苦笑いで答えた。
「エイミィのは体育祭前から取ってましたけども、サラ先輩は造るって決まってからですからね」
一夏君はモニターに目を移してため息を吐いた。最近授業に出てないらしいけども、一夏君の頭なら授業に出なくても理解出来るからこそ許されてるんだろうな……専用機を一人で組み上げちゃうような人だもんね。
「エイミィ、聞いてたか?」
「うぇ?」
「あのな……とりあえず軽く一回模擬戦をやってもらう。サラ先輩は基本的に後方支援や遠距離攻撃が得意な人だからな。上手く立ち回らないと一撃も喰らわせられないままエイミィが負けるぞ」
「普通の訓練機なら勝てないだろうさ。だけどこの子は一夏君が調整してくれた子だからね」
私も昨日までは一夏君が調整した訓練機に乗っていたから分かる。あの訓練機を舐めてかかると大怪我するって。もちろん普通の訓練機も使い手によって手ごわくなるのだけども……
「今日は一夏君の相手しなくて良いんだよね?」
「そうそう須佐乃男に授業をサボらせるわけにもいかないからな」
「でも、一夏君は出てないんでしょ? さっき楯無が言ってたけど」
「まぁ……授業よりも専用機を優先しろと学園から言われてますし……」
学園が授業より優先させるって、かなり重要な事なんだろうな……まぁ専用機製造なんて普通は出来ないけどね。
「データ収集だけなら生身で相手するが、本気で出来ないですよね?」
「まぁ生身相手に本気は出せないわよ」
その常識は、一夏君相手にのみ通用しないのだが、今回はさすがに一夏君も自重するらしい。怪我でもして専用機製造に遅れが出るのを嫌ったのだろうか?
「それじゃあとりあえず両者ピットに移動してくれ。サラ先輩の機体もそこに待機させてますので」
「了解」
私は黒椿に視線を向け、一夏君以外の相手との初試合に向けて気合を入れる。学園公認ではないけども、模擬戦には違い無いのだから。
「今回も勝ち負けは気にしなくて良いんだろうけども、どうせなら勝ちたいな」
昨日は一夏君の『零落白夜』に屈してしまったけども、遠距離主体のサラ先輩になら、近接戦に持ち込めれば勝機はきっとあるだろうしね。
『両者、準備は良いか?』
マッドモードになった一夏君は、サラ先輩に対しても敬語では無くなっている。これで眼鏡でも掛けてれば完全に学者なんだけどな……
『今回の目的はあくまでもデータ収集だ。エイミィもサラもどちらも遠慮せずに攻撃しろ。その分データが集まるからな』
私は何時もだけどサラ先輩まで呼び捨てに……これが一夏君のスイッチが入った時なのだろうか……
『それでは両者アリーナに出ろ』
オープン・チャネルに映るサラ先輩は、若干赤味ががってるように見えるけども、もしかして呼び捨てにされて興奮してるのだろうか?
アリーナに出て直接サラ先輩を視認すると、やっぱりちょっと赤い。
「先輩、ひょっとして興奮してます?」
「ちょっとね。まさか一夏君に呼び捨てにされるなんて思って無かったからさ」
「そうですね。更識先輩や布仏先輩の事は呼び捨てにしてますけど、一夏君は基本的には年上の人は敬称付きの敬語ですからね」
彼女である小鳥遊先生やナターシャ先生、お姉さんである織斑先生は例外だけども。
「そういえば、一夏君が眼鏡を掛けている写真が出回ってるらしいけど、エイミィは見た事あるの?」
「無いですね。見たいとは思ってるんですが、これがなかなか無くって……」
一夏君が書類仕事をする時に眼鏡を掛けるらしいのだけども、そんなの同じクラスか生徒会メンバーじゃなければお目にかかれないのだ。
『そろそろ始めるぞ。両者開始位置に移動しろ』
もちろん今は一夏君の顔に眼鏡は無い。普通に生活する分には眼鏡は必要ないらしいのだが、出来る事なら普段から掛けてもらいたい。
『開始!』
あれ? 余計な事考えててカウント聞いてなかった……開始のタイミングで突っ込もうと思ってたのに、あっさりと距離を取られてしまったじゃないのよ……
「行くよ、黒椿!」
距離を取られてしまったのはしょうがない。如何やって距離を詰めるかも、重要なデータになるんだろうしね。
モニターで模擬戦を見ながら、俺は侵入者に声を掛ける。
「授業は良いのか、生徒会長様」
「気になっちゃってね。コッソリと抜け出してきちゃった」
「怒られても知らねぇからな」
管制室の入り口からコッソリと侵入してきた刀奈に、俺は冷たい視線を向けた。
「どんな感じ?」
「……やはり専用機用に造ったコアの方が性能が良い。だがエイミィが開始直後に距離を詰めなかったからまだ分からないがな」
刀奈に解説をしながら、俺はエイミィの動きを確認する。やはりまだGに慣れて無い節が見られるな……専用機と訓練機の差も考慮しても、これは実戦では厳しいぞ……
「当面は慣らしで動かしてもらうしかねぇか……」
「え、何を?」
俺がこぼした愚痴を、刀奈が拾った。まぁ別に良いんだが、どうも思考が研究者寄りになって来てるな……
「エイミィが専用機のスピードに慣れて無いんだよ。だから慣れる為には黒椿を動かしてもらうしか無いって話だ」
「授業や放課後じゃ足りないの?」
「それはエイミィ次第だが、第四世代はキツかったかもしれんな」
俺たち五人の専用機……正確に言えば須佐乃男は専用機では無いんだが、まぁその五機は駄ウサギが造った第四世代型ISで、自立進化型ISでもあるのだ。最初からそれを使ってたから分からなかったが、データを見る限り第三世代と第四世代ではスピードも何もかもが違うのだ。その分掛かるGも大きくなるのだが、エイミィなら何とか出来るだろうと思っている。
「サラちゃんも戦術家よね。エイミィちゃんに近づけさせないように上手く動いてる」
「それだけじゃない。エイミィが射撃が苦手なのを知ってるから、牽制と攻撃を上手く織り交ぜて距離を保ってるんだ」
「一夏君なら如何距離を詰める?」
「俺か? とりあえず弾丸を一掃して一気に距離を詰める。途中で斬撃を飛ばして動きを封じるのも手だな」
「うん、一夏君なら出来そうよね……でも普通はそんな事出来ないわよ」
「人に聞いといてそれかよ……」
まぁ刀奈の言わん事は分かるが、俺に聞いたんだからそこで引かないでほしかったぞ……
「サラちゃんの機体には近接武器は積んでないの?」
「あるにはあるが、エイミィ相手に近接戦は無謀だろ。サラ先輩は近接戦得意じゃねぇんだしよ」
「セシリアちゃんみたいに使える程度って感じなの?」
「セシリアもまともに使えてねぇけどな」
刀奈の評価は若干甘めだが、セシリアも一応候補生だしな。近接戦も出来なくは無いのだ。だがあまり得意では無いようだがな。
「エイミィちゃんも遠距離戦が課題ね」
「一応補助システムは積んだんだが、サラ先輩が射撃戦では一枚も二枚も上手だな」
「イギリス候補生は遠距離型だもんね」
刀奈と観戦していたが、そろそろ両者エネルギーが底を尽くので終了の合図を送る。ピッド兵器も使い方次第で脅威になるな……
「それじゃあ私は教室に戻るわね。一応トイレって事になってるから」
「生徒会長がサボるなよな」
「副会長だって学園公認でサボってるんだから、気にしないの」
それだけ言い残して刀奈は教室に戻って行った。
「お疲れ様、エイミィもサラ先輩も、とりあえず今は教室に戻って大丈夫ですよ。また何かあれば呼びますので」
『少し休憩して良い? サラ先輩相手は疲れるわよ』
『私も休憩してから戻るわ。エイミィってしぶといのよね』
「そこら辺は二人の判断に任せます。俺は白椿の製造に取り掛かりますのでこれで」
オープン・チャネルを切り、俺は整備室へと移動する。機体自体は既に完成しているのだが、これから武装を積んだりサラ先輩のデータを反映させたりと、色々と作業が残っているのだ。
「ブルー・ティアーズの武装データは役に立ったが、サラ先輩の実力ならもう少し上でも良さそうだな」
イギリスがどんな計算で成長率を出したのか知らないが、今のセシリアではサラ先輩には敵わないだろう。はっきり言えば、学園に在籍している各国の候補生の中で、セシリアが一番弱いだろう。
「候補生の基準など、俺には分からないがな」
義姉が元代表で、彼女たちが国家代表や企業代表、国家代表候補生だからと言ってその基準に詳しい訳では無いのだ。
「今度選考基準でも聞いてみるか……」
俺はそんな事を考えながら、今さっき取ってきたデータを元にサラ先輩にあった武装を製造していく。あの実力なら同時に八機くらいはピッドを扱えそうだよな……
教室に戻ると、楯無が話しかけてきた。
「お疲れ様~、一夏君の要望は厳しいでしょ?」
「こだわりがあるんだろうね。だけどあれで年下だって言うんだから、世の中おかしいわよね」
普段から思ってる事だが、一夏君はあの歳でかなりの経験を積んでいるから、年下って感じがしないのだ。
「虚ちゃんも似たような事を言ってたわね。でも間違いなく一夏君は私たちより年下なのよね」
「彼女の楯無も思ってるのか」
楯無は一夏君に散々甘えている彼女だと、黛が発行した学園新聞に書いてあった気がするのだ。あやふやなのは、発行されてすぐに布仏先輩が回収の上処分してしまったからだ。
「一夏君の才能は超高校生級だからね。ISを一人で製造するなんて、一流の技術者でも無理よ」
「それは思ったよ。さっき一夏君が造った黒椿と対戦してきたんだが、あれなら何処の企業にも就職出来るだろうよ」
「技術者じゃ終わらないわよ、一夏君は」
それは分かってるが、楯無が何故こんなにムキになってるのか、私には分からなかった。
「操縦者としても超一流なのに、国籍を剥奪されちゃってるから何処の代表にも候補生にもなれないのよね……」
「一夏君が決めるんじゃないのか?」
剥奪されたのは知っているが、その後で何処の国籍になるのかは私には分からない。そもそも如何やって決めるのかも知らないのだ。
「一応は一夏君の希望を聞くらしいんだけども、国際会議で簡単に決まる訳無いのよね。何せ世界で唯一ISを使える男の子が、実は誰よりも強いんだからさ」
「何処の国もほしいわね。加えてあのブリュンヒルデの弟だもんね」
織斑千冬、ブリュンヒルデと言えば世界中のIS乗りの憧れであり同時に目標でもある人物だ。その弟となれば宣伝効果も高いものが見込めるとあって、国際会議では揉めに揉めているらしい……
「私としては、重婚の認められてる国が良いんだけどね。そうじゃないと一夏君の彼女で戦争になっちゃうから」
「一夏君の彼女って、殆どIS持ちじゃないのよ」
楯無もだが、妹の更識も、布仏姉妹も専用機持ちだ。それだけでも国の二、三個はなくなりそうな勢いで争いそうなんだけど……
「まぁ、一夏君が脅せば日本でも重婚が認められるでしょうけどね」
「そんな事したら、織斑先生が近親婚を認めさせそうじゃない」
「あ~……それは大丈夫じゃない? 一夏君が全力で止めるでしょうし」
何となく楯無の答えに間があったように感じたけども、その答えに特に不審な点は無かったのでスルーした。
「そもそも、日本で重婚を認めたとしても、そんな甲斐性のある男性がどれだけ居るかって話よね。一夏君なら誰もが納得するでしょうけども、他の男にそんな魅力があるとは思えないしね……」
「だって一夏君の為の法律になるでしょうから、他の男の人にはあまり関係無いわよ」
そりゃそうだ。ISが世界に広まってから、男尊女卑から女尊男卑の世界へと一気に変わってしまったのだ。今の時代にハーレムなんて考えている男が、果して何人居る事だろう。
「一夏君が言うには、女尊男卑の世の中を創り上げた二人は、それほど今の世界に満足してないらしいけどね」
「創り上げた二人って、織斑先生と篠ノ乃博士?」
それだけ聞くと凄い人と知り合いなのよね、一夏君って……それに加えて織斑先生を説教出来ちゃうし、篠ノ乃博士の頭を殴れるのも一夏君くらいよね。
「あの二人は、別に世界が如何なろうが気にしないだろうって。でもISを使えない女性が偉ぶるのは気に食わないって言ってたよ」
「偶に居るのよね。自分は偉いって勘違いしてる人が」
そもそもISを動かせるからって偉い訳では無いのに……オルコットもだけど男性を下に見る人が居るから、世の中がおかしくなっちゃってるのよね。
「この間一夏君と二人きりでデートしてた時にも、そんな女性が居たしね」
「デートって……サラッと彼氏居ない私への自慢かしら?」
「そうじゃないわよ。そもそも一夏君と二人きりでデートするのは大変なのよ? 毎回激しい争いを勝ち抜かないといけないんだから」
「はいはい、あんたたちは幸せそうで良いわね。私も良い人居ないかしら」
「一夏君は駄目よ! もう定員オーバーなんだからね!」
「分かってるって。それに、一夏君相手じゃ私が萎縮するわよ」
専用機を造ってもらってる相手だし、何よりあの雰囲気に慣れないのだ。纏う雰囲気がコロコロ変わる一夏君とでは、落ち着いて過ごす事が出来なさそうなのよね……まぁ恋人相手だとまた違うのでしょうけども……
「兎に角、私が一夏君と付き合う可能性は無いから安心しなさい」
そうなると他に異性の知り合いが居なくなっちゃうのが、IS学園に通ってる女子の弱さよね……誰か良い人居ないかしら、ホントに……
ちょっと展開が変わるかもです。