一夏君からその話を聞いたとき、最初は冗談だと思っていた。突拍子も無い話ではあったのだけども、それ以上に私が専用機を持てるなんて思って無かったのも大きかったのだ。
「それ……ホントに本当?」
「こんな事で嘘吐いて如何する……武装は今使ってるのを軸に考えるが、希望があるなら早いうちに言ってくれ」
「えっと、それは今使ってるのを基本線にしてくれて構わないけど……その専用機ってホントに私が使って良いの?」
コアの問題は一夏君と織斑先生のコネと言う事で何とかなるらしいけど、そもそもコアの数に制限が掛かってるから私の専用機は無かったんだけど……まさかこんな裏技があるなんて思って無かった。
「IS学園に在籍してる間はエイミィの好きにしてくれて構わない。もちろんデータをイタリアに送ってもいいぞ」
ISの稼動データはどの国も欲しているものだ。それを簡単に送ってもいいと言える一夏君が凄いと、私は率直に思ってしまった。
「エイミィは近接格闘が多いよな」
「遠距離攻撃が苦手だから……」
「そっちは要訓練だな」
一夏君は私が使ってた訓練機のデータを見ながら、私の戦闘での癖や得意な攻撃などを確認していた。
「剣と槍、どっちが良い?」
「慣れてるのは槍かな……でも、剣も使えない訳じゃないよ」
「まぁそうだろうが……それじゃあ基本武装は槍で行くか」
既に一夏君の頭の中には専用機の設計図が描かれているのだろう。訓練機の整備だってろくに出来ない私からすれば、一夏君がしようとしてる事はまさに荒唐無稽だと思える。
一学生の一夏君が専用機を造る……訓練機で実績があるとは言え、性能の差など色々と訓練機とは違うのだから、いくら一夏君でも簡単には出来ないだろうと思う反面、一夏君なら出来るのではないかと思ってしまう自分が存在する事に気がついた。
「完成するまでは今まで通りこの子を使っててくれ。その間のデータも加味して専用機を造るから」
「えっと、一夏君は二年のサラ・ウェルキン先輩の専用機も造るんだよね?」
「データが揃えばだがな。サラ先輩のデータは普通の訓練機のしか無いからな」
如何やらウェルキン先輩のデータ収集にも取り組んでるようで、一夏君は少し遠くに視線を向けている。
「ヤツらに対抗する為とはいえ、まさか俺が専用機を造る事になるとは思って無かった」
「何でも出来るって大変なんだね」
「何でも出来る訳では無いんだが……まぁ大変なのには違い無い」
一夏君は私が普段使っている訓練機からデータを吸い出すと、徐に訓練機の装甲を撫でた。そう言えば一夏君はこの子の声が聞こえるんだっけ……
「随分と大事に使ってるな。この子もエイミィの事を信頼してるようだ」
「そうなの?」
「まぁ、多少荒い使い方の時もあるようだがな」
「あうぅ……」
一夏君にそう言われると、先生に言われるよりも心に響くのは何でだろう……実際にISから聞いてるから? それともこの子をカスタマイズして整備を担当してくれてるから? 実際に何でなのかは私にも分からないけど、一夏君の言葉はスッと私の心に入ってくるのだ。
「さてと、それじゃあエイミィもデータ採取に協力してもらうか」
「?」
「実は前々からカスタマイズしていて、漸く完成した訓練機があるんだが」
「それをウェルキン先輩に?」
「多少武装変更などをしなきゃ使えないが、そのつもりだ」
確かウェルキン先輩の得意としてるのは中距離から遠距離の戦闘、イギリス代表候補生なのでオルコットさんと似たような戦闘が得意のようだ。
「データだけならセシリアから貰えば良いんだが、それだとイギリスに抗議される恐れがあるからな。まぁ抗議してくれば叩き潰せば良いだけなんだが」
「一夏君、顔が怖いよ……」
冗談なんだろうけども、一夏君ならやりそうな雰囲気があるから怖いのよね……国相手にしても一歩も引かない強さと、国を相手にしても勝てそうな感じがするから、一応冗談だって確認しないと安心出来ないのよ……
一夏君の冗談はさておき、その訓練機の武装変えを見学させてもらえる事になったので、私は少し離れた場所で一夏君の作業を見ている。この前小鳥遊先生に訓練機を提供したばっかだったと思うけど、これも平行してカスタマイズしてたんだろうか……
「後はこれを繋いでっと……これで完成か」
「お疲れ様。やっぱり一夏君の作業速度は凄いね」
「そうか?」
「うん。前にイタリアの整備師の仕事を見せてもらったことがあるんだけど、一夏君ほど速くなかったよ」
「そうなのか。俺は本職の整備師の仕事を見た事が無いからな」
「それでその腕前なの? 一夏君の規格外に驚くのも飽きてくるくらい驚いたわね」
私の言葉に苦笑いを浮かべた一夏君は、懐から携帯を取り出して何処かに連絡している。何処に掛けてるんだろう……
「サラ先輩ですか? 織斑です。……ええ、例の訓練機の整備が終わりましたので……はい、格納庫に来ていただければすぐにでも使えます。はい、この子も事情を理解してくれてますので。では後ほど」
一夏君は通信を切ると、さっきまで整備してた訓練機に話し掛けた。
「事情が変わったからな。本来ならもう少しゆっくり整備したかったんだが……悪いな」
いったいあの訓練機は一夏君に何と言ったんだろう……声を聞く事が出来ない私から見れば、一夏君の独り事に聞こえなくも無いのだけれども、確かに一夏君は訓練機と会話しているのだ。
「さて、エイミィの子も調整は終わってるから、まずはサラ先輩と一戦交えてもらおうか」
「実力差がありすぎない? ウェルキン先輩って二年でも指折りの実力者よね……同じ候補生でもオルコットさんとはかなり差があるって聞いてるけど」
「あくまでデータ収集の為だ、勝敗は関係無い」
「そうは言ってもねぇ……」
まぁ一夏君が体育祭の準備で忙しいのも分かってるし、明日が体育祭だって事も分かっているから仕方なく付き合うけど……本来なら勝ち目の薄い試合などしたく無いんだけどね。
「美紀や碧にも手伝ってもらうが、さすがに一日ではデータ収集は難しいだろうからな。体育祭でもこの子を使ってもらおう」
「私も?」
「当たり前だ。エイミィの子には新しく遠距離武器を積んだから、そのデータがほしい。さすがに近接のみでは実戦で使い物にならない」
「そうですよね……頑張ります」
遠距離武器はあった方が良いのは私にも分かっている。でも苦手なことには変わりないので、一夏君が如何調整しても的中率はあまり高くならないと思うんだけどな……
「せめて授業で一緒なら指導出来るんだが……仕方ない」
「如何するの?」
「放課後に時間を作って遠距離武器の指導をする。美紀も若干苦手らしいから、ついでに美紀にも指導するか」
「一夏君って放課後も忙しいんでしょ? 生徒会の仕事とか先生の手伝いとかで」
「まぁそこら辺は刀奈たちに頑張ってもらうとするか。元々俺の仕事じゃねぇんだし」
一夏君が凄いスピードで携帯を操作して時間確保に勤しむ。放課後は普通の生徒は訓練にあてたり部活動に勤しむのだが、私や美紀は部活に所属してないし、訓練も相手が居た方が捗るから丁度いいのかも知れない。
「よし、時間と場所は確保出来た。後は本人のやる気次第だな」
「お願いします」
一夏君に視線で問われ、私は迷い無く返事をした。一夏君に指導してもらう事で、香澄も大分上達したと聞いてるし、簪や本音も学園に通う前から一夏君に指導してもらってたらしいし。それなら私も一夏君に指導してもらえばそれなりに上達すると思ったからだ。
「それじゃあ早速……と言いたいところだが、今日は無理だし明日は体育祭だからな。明後日から訓練を始めよう」
「分かった。お願いします、一夏教官」
「……普通の呼び方で構わない」
私の悪乗りに頭を押さえた一夏君だけど、苦笑いで済ませてくれたのはありがたかった。もしかしたら怒られるかな~って思ってたからこの反応で済んだ事は私の幸運だといえるのかもしれないわね。
私が悪ふざけし終えたのと同時に、この場所にウェルキン先輩がやって来た。
「すみませんサラ先輩、わざわざご足労頂いて」
「ううん、私が一夏君に頼んだんだし、学園からの頼まれ事なんでしょ? 一夏君が謝る必要は無いよ」
「そうですか。それじゃあまず試しにこの子を動かして違和感がないかを確かめて下さい。違和感があれば可能な限り調整しますので」
「分かった。それにしてもさっき私の得意武装とか聞いて、この短時間で良く組みかえられたわね」
「元々カスタマイズしてたこの子に、サラ先輩の得意な武装を積み替えただけですから」
一夏君はさっきまでの普段の雰囲気から、整備師の雰囲気に変わっていた。元々は訓練機を使えるようになる為に始めたらしいのだけども、今では整備科の先輩たちをも凌ぐと言われている一夏君の調整技術は、体験した私たちにしか分からない凄さがあるのだ。
さっそくウェルキン先輩が一夏君の調整した機体を使って上昇、下降を繰り返し、その後で空中移動のテストを行った。
「凄いわね、とても普段使ってる訓練機と同じコアだとは思えないくらいだわ」
「違和感はありませんか?」
「しっくり来すぎる事が違和感かしらね。如何やったらここまでしっくり来させる事が出来るのかしら?」
「それは秘密です。話してしまったら俺の唯一の取り得が無くなってしまいます」
「嘘言って、一夏君は戦闘技術も学園一でしょ。楯無より強いのだって知ってるんだから」
学園最強の称号である生徒会長より強いのは、学園の誰もが知っている事だ。でも一夏君はその事実を認めようとしない。唯単に会長職を引き受けたくないのか、それとも他に理由があるのかは一夏君本人しか分からない事だけども、今のところ学園最強は更識先輩のままになっているのだ。
「それじゃあ次は武装チェックを。とりあえず展開してください」
一夏君が武装チェックを始めると言う事で、誰かがアリーナに入ってきた。
「あれは……織斑さんかしら?」
「正解です。さっき協力を依頼しました」
「全力で来ても構いませんよ」
マドカちゃんの実力は、一夏君を除いた一年の中でトップだとも噂されるくらいだ。ウェルキン先輩が本気で挑んでもそれなりにいい勝負が出来るのかもしれない。
遠距離武器から近距離武器、ウェルキン先輩が色々な武装を使ってマドカちゃんに攻撃するが、その攻撃はマドカちゃんの機体にダメージを与える事無く撃ち落される。
「それ、サイレント・ゼフィルスよね」
「訳あって私の専用機と言う事になっている」
「イギリスの研究所から盗まれたはずの機体が、まさかこんな所にあるなんて……」
「その事は気にしないでください。既にイギリス政府にも説明済みですので」
説明と言うか、恐らく織斑先生と一夏君が一方的に所有権を認めさせたんだろうけど……まぁ向こうも納得してるんなら問題ないのかな?
「やはりセシリアのようにピッド兵器は必要ですかね」
「そうね、あれば嬉しいかしら」
「なるほど」
一夏君は頭の設計図に何かを書き足してるようだった。その場で考えが纏められるのも驚きだが、それがISの設計図だという事がもっと驚きだ。
「よしマドカ、今度は反撃して良いぞ。如何やって防ぐかのデータもほしい」
「分かった。お兄ちゃんからの許可も出たし、本気で行くよ」
「出来れば加減してほしいわね」
ウェルキン先輩がマドカちゃんの攻撃を何とか捌いてるのに対して、マドカちゃんの表情はまだまだ余裕が窺える。やはり織斑先生の妹なだけあるわね……戦い方が似通ってる。
「エイミィもやりたいのか?」
「え?」
「何だかうずうずしてるから」
自分でも気付かないうちに、私は前のめりになった二人の戦いを見ていた。無意識に、私ならこうするとか、今の攻撃ならああやって反撃出来たとかを考えていたようだ。
「実戦データとは行かなくとも、こうやって模擬戦を重ねてくれればそれなりに専用機に生かせるからな」
「一夏君の頭の中って如何なってるの? ついこの前までは学生モードだったのに、今は学者モードっぽいよ」
「何だそれは……」
一夏君は呆れながらも、二人の戦闘を眺めていた。いや、眺めていたと表現するには、一夏君の視線は鋭すぎたかもしれない。
「こんなものか……よし、マドカ、もう良いぞ」
マドカちゃんに攻撃を止めるように指示して、一夏君は視線をモニターに移した。あのモニターにはウェルキン先輩の動きや癖などが映し出されているのだろうけども、私の位置からじゃそれを見る事は出来ない。
「とりあえずこのデータをこの子に反映しておきますので、明日の体育祭ではこの子を使ってください」
「それって的当てに参加しろって事?」
「先輩なら上位入賞は出来そうですけど?」
一夏君の言葉に、ウェルキン先輩は苦笑いを浮かべた。
「だって楯無や布仏先輩だって出るんでしょ? 私じゃ太刀打ち出来ないわよ」
「さっき言いましたよね? ほしいのはデータであって勝敗は気にしなくて良いって」
「それでも勝ちたいのよ」
ウェルキン先輩の気持ちは何となく分かる。勝てないと分かっていても、勝たなくて良いと言われていても、やはり勝ちたいと思ってしまうのだ。
「まぁそれなら目標を変えれば良いだけです。同じイギリス候補生のセシリアに勝てば良いだけですので」
「セシリアに? あの子の射撃の正確性を知ってて言ってるのよね?」
「動かない的ならセシリアも良い線行くでしょうけど、あいつは動く的を狙うのが苦手ですので」
「……同じクラスだけあってよく見てるわね」
今回の的当ては、普通に止まっている的を狙うのでは無く、動き回る的の真ん中を、いかに早く正確に射抜けるかが勝負となっているのだ。これなら向き不向き関係無く良い勝負が出来るのではないかという考えらしいのだけども、やはり実力者には動いてるか如何かなど関係無く射抜けるんだろうな……
「ちなみにエイミィも参加するんだからな」
「えっ!? 何でよ」
「射撃データがほしいから」
今の一夏君はデータの為なら何だってするんだろうな……一夏君本人が出れば良いんだろうけども、一夏君が参加したらそもそも勝負にならないのだ。
近接格闘を得意としてる一夏君だけども、射撃の腕前ももの凄いものを持っている。具体的には飛んでくる弾丸を正確に撃ち落す技量があるのだ。
「簪や虚のデータも使うが、やはり本人のデータがあったほうがやりやすいんだよ」
「一夏君は、大勢の前で恥をかけと言ってるんだよ?」
「別に恥なんてかかないで済むと思うぞ」
「如何してそんな事が分かるのよ
「この子のデータには、エイミィが遠距離武器を使った時のデータも含まれてるんだ。苦手だと言ってるが、それなりに実績はあるようだしな」
一応あの訓練機を使えば平均並みくらいには射撃武器を使えない事も無いのだけども、他の訓練機だと如何しても照準がズレたり、捉えたと思っても外れてしまったりするのだ。
「自動照準補助システムだな。一応積んでおいたんだが、無意識で使ってたとは」
「何それ? そんなの聞いた事無いんだけど」
「まぁそうだろうな……言ってないから」
それもそうだけど、何処の国でもそんな技術開発されてなかったと思うんだけどな……気のせいなのかな?
「口を挟んで悪いけど、私もそんなシステムを聞いた事は無いわね」
「お兄ちゃん、私も無いんだけど」
「……それを開発したのは俺だからな」
本日何度目の衝撃か分からないくらい驚いた気がする……一夏君はISの整備だけでは無く新しい技術も生み出していたとは……
「手振れ補整とかあるだろ? あれをISに活用しただけだ」
「カメラの技術をISに……」
「お兄ちゃんって技術者も向いてるんじゃない?」
「そうか? 偶々上手くいったから良いが、半分遊びのつもりだったんだが……エイミィのおかげで良いデータが取れたから専用機にも組み込むつもりだがな」
このシステムが確立すれば、射撃の苦手な人でもそれなりの結果を残せるようになるかもしれない。特に意識しなくても使えるのも良い感じだ。
「まぁそれじゃあ体育祭頑張ってくれ。俺は準備の最終チェックと今日までのデータである程度専用機の能力を計算してから帰るから、マドカは先に帰って良いぞ」
一夏君はさっきまでの技術者モードの雰囲気から、普段の学生モードの雰囲気に変わっていた。何時切り替えたのかも、これが普段の雰囲気なのかも分からないけども、兎に角雰囲気は変わっていたのだった。
「良かったね、エイミィ。お兄ちゃんに専用機を造ってもらえるなんて」
「かなり驚いてるけどね……」
専用機の事もそうだけども、一夏君があらゆる面で有能だと改めて理解させられた事にもかなり動揺してるのだが……
「ウェルキン先輩も、お兄ちゃんに造ってもらうんだから、オルコットに負けないでくださいよ」
「え、えぇ……」
ウェルキン先輩も同様に実感が涌かないのか、微妙に放心状態だった。兎に角言えるのは、一夏君は学生のレベルに居ないと言う事だろうか……あんな人と友達だなんて、正直私って凄いんじゃないだろうかとすら思えるわよ。
次回体育祭です