今日は一夏君たちとお買い物に出かける事になっている。昨日言われたんだけど、運良く誰一人予定が入ってる人は居なかったのだ。
「それじゃあ篠ノ乃さん、私出かけるから部屋空ける時は戸締りよろしくね」
「出かける? 何処に行くんだ?」
何だか一夏君の部屋に泊まってから篠ノ乃さんの疑いの目が怖いんですけど……部屋変えを希望したいわね……
「ちょっとみんなでお買い物に」
「皆? 誰と誰だ」
「そ、そこまで言わなきゃ駄目な訳? 篠ノ乃さんは私の保護者でも何でも無いでしょ」
「もしその中に一夏が居るならば、不純異性交遊は認められないからな」
私が一夏君と何をしたって言うんだろう……私は純粋に一夏君の部屋で勉強会のお手伝いをしてただけなのに、篠ノ乃さんの中では私たちは「けしからん関係」ということになってるらしいのだ。私たちよりも篠ノ乃さんの頭の方がけしからんような気もするんだけどな……もちろんそんな事言えば竹刀が飛んでくるので言わないけど。
「おい静寂、何時まで準備に手間取ってるんだ?」
「い、一夏君……」
時計に目をやれば、集合時間を五分ほど過ぎていた。きっと一夏君は心配になって迎えに来てくれたんだろうけども、タイミングが悪すぎるよ……
「やはり一夏と出かけるんだな! 私も行くぞ!」
「駄目だ。お前は剣道部の大会に向けて練習があるんだろ? 先輩が探してたぞ」
「そんなもの関係無い! 不純異性交遊をさせない為にも、私は監視の名目でついていく!」
「……静寂、先に行ってろ。あまり普通の女の子は見ない方が良いかも知れないからな」
「えっと……よく分からないけど分かったわ。それじゃあ行ってきます」
一夏君が篠ノ乃さんに何かをする事だけは分かったけども、それが何なのかは私には想像出来ない……と言うかしたく無い。
一夏君は怒るとかなり怖いって本音や須佐乃男が言ってたし、実際に篠ノ乃博士や織斑先生に対して怒ってた時の一夏君は結構怖かった。何せその怒気に中てられてエイミィと香澄が倒れるほどだったのだから……
待ち合わせの場所に行くと、既に全員揃っていて、遅れてきた私を心配する人と怒る人に分かれていた。
「遅いよ~。何時もはしっかりしてるのに、静寂は駄目な子だな~」
「何か事情があったのかも知れないでしょ。それに何時も駄目な本音に静寂も言われたく無いよ」
「そう言えば静寂さん、一夏様はどちらに?」
「……一夏君は私の遅刻の原因を片付けるって」
そこまでは言ってなかったかもしれないけど、あの目は確実にそういった感じだった。普通の女の子と言われた事は嬉しいけど、その私に見せたく無い事っていったい……
「遅刻の原因ってどうせあの篠ノ乃でしょ」
「あー篠ノ乃さん……彼女に一夏君と出かけるってバレちゃったんだ」
「変なところで勘が良いんだろうね」
「あっ、一夏が来た」
簪が指差す方向には、確かに一夏君の姿があった。さっき別れた時と何一つ変わらない一夏君の姿に、私はホッとしたのかもしれない。
「静寂? 何でへたり込んでるんだ?」
「へ? ……あ、あれ? 何で私座ってるんだろう……」
脚に力を入れようとしたが、全く立つ事が出来ない。私は何も見てないのにも関わらず、篠ノ乃さんがどうなったかを想像してしまったのだろう……想像の中の恐怖で脚に力が入らなくなってしまったのだ。
「ねぇお兄ちゃん、篠ノ乃箒は如何したの?」
「あ? 今頃部屋で寝てるんじゃねぇか?」
「一夏様の事ですから、もちろん証拠は残してませんよね」
「それどころか記憶も無いんじゃねぇか? 何もしないでもぶっ倒れたし、夢だと思い込んでるだろうしよ」
最近仲良くしてたから忘れてたけど、この人たちは私たちの常識の中で生きてなかったんだった……よく見れば香澄もちょっと震えてるけども、美紀やエイミィは全く動じてない。さすが更識の家の人と代表候補生ね……私や香澄のような「普通の女の子」とは違うんだろうな。
「処理は終わったのならそろそろ出かけましょ? 折角一夏君が一日相手してくれるんだからね」
「そうですね。これ以上此処に留まると新たな邪魔が入るかもしれませんし」
「楯無様、代わりの配備完了しました」
「わざわざ悪いわね~。ちゃんと報酬は弾むからね♪」
「お前が言うなお前が……報酬の件は簪の担当だ」
「大丈夫。一夏と虚さんが無駄を省いて一夏が資金繰りをしてくれたから報酬分くらいは余裕あるから」
さすが暗部最高と言われる家の人たちね……篠ノ乃さんの事は既に頭の中にも無いようで、自分たちが抜ける代わりの警備を屋敷から派遣するなんて……大人しそうに見えてもやっぱり簪もそっち側の人間なんだと思い知らされた。
「それじゃあ出かけるか。いくら代わりを用意出来たとはいえ、それほど学園を離れる余裕は無いし」
「大丈夫ですよ、一夏様。小鳥遊隊長の部隊と、それに継ぐ部隊の精鋭が代わりに警備してくれるんです。今日一日警備の事を忘れても大きな被害は出ないと思いますよ」
「美紀ちゃんの言う通り! 一夏君は少しそういった事を忘れる余裕を持たなきゃ」
「……まぁいい。それじゃあ行くぞ」
一夏君を先頭に、更識先輩、布仏先輩が後に続く。IS学園に籍を置いてるのだから、これくらいの事はあってもおかしく無いと分かってるのに、警備の凄さとそれを何とも思って無い一夏君たちとの差を改めて思い知らされて、私は足が動かない……立つ事は出来たが前進を命じる事が出来ないのだ。
「ほら、静寂もカスミンも行くよ~。何時までも突っ立てると置いてっちゃうからね~」
無邪気に笑ってる本音も、この光景を何とも思って無い様子……普段のほほんとしてても、やっぱり暗部の人間なんだと思い知らされた……
皆で街に繰り出して、まず最初に入ったのはお洋服のお店だ。一夏君は居心地が悪そうだけども、今日は一夏君と一緒に行動するのが前提なので、こういった女性用のお洋服売り場にも一夏君を連れ込んだのだ。もちろん居心地悪そうにしている一夏君を見たかった、とかそういったことも多少あるのだけれどもね。
「ねぇねぇ一夏君、これ似合うかな~?」
「少し地味じゃないか? 刀奈ならもう少し派手でも良さそうだが」
「ホント? でもこれ以上派手だと露出が……」
「待て! 何故そっちに持っていくんだ」
一夏君のツッコミに満足の行った私は、別のお洋服を探す。普段ネットとかで済ませちゃうから、こういったお店は新鮮で楽しいわね。
「一夏さん、こういうのは如何です?」
「そうだな……虚にはこっちの方が似合いそうだが」
「おりむ~私は~?」
「一夏、私のも見てほしい」
私が少し離れると、すぐさま別の人が一夏君に感想を求めて群がっていく。それでも一夏君は嫌な顔せずに真剣にお洋服の感想を言ってくれるのだ。
「(さすがは一夏君よね。ニュアンスの違いとかもしっかりと指摘してくれるし、本当に似合いそうなものを選んでくれるから)」
さっき冗談で言った露出過度な服だって、一夏君ならしっかりと指摘してくれただろう。もちろんそんなお洋服を、一夏君以外の目に触れる場所で着るつもりは無いのだけれども。
「お兄ちゃん、これ似合う?」
「マドカはもう少し歳相応な服にしろ。さすがにそれは背伸びしすぎだ」
「ほら、だから言ったんですよ」
「いいじゃない。お兄ちゃんに見てほしかったの」
マドカちゃんが持っていったのは、織斑先生が着た方が似合いそうな大人のお洋服、十代で似合うとしたら虚ちゃんくらいかしらね。兎に角高校生が着るような感じでは無いのだ。
「ナターシャや碧が着るような服だろ、それ」
「確かに、ナターシャ先生に似合いそうだね」
「私? それじゃあ着てみようかしら」
一夏君と静寂ちゃんに言われ、ナターシャ先生が試着室に入っていく。碧さんはどちらかと言えばああいったタイプの服は着ない。ああいったキッチリとした服はやはりナターシャ先生の方が似合いそうなのだ。
「一夏様、これは如何でしょう?」
「そうだな……美紀ならこっちとか如何だ? ほら、やっぱりこっちの方が似合ってる」
ひっきりなしに一夏君はそれぞれに似合いそうなお洋服を選んでる。一夏君は昔から織斑先生や篠ノ乃博士のお洋服を用意してただけあって、センスがしっかりとしている。駄目駄目だと嘆いていたけども、一夏君の中であの二人のお世話をしてた事がしっかりと生かされているのだ。
「如何? 着てみたけど」
「うわぁ~……ナターシャ先生、凄く綺麗」
「似合ってますね」
「なかなかエロスだね~」
本音の感想が若干おじさんっぽいけども、概ね私たちも同意出来る感想だった。普段の明るい雰囲気のナターシャ先生も好きだけども、こんな感じな大人の雰囲気のナターシャ先生も、また別の良さが感じられる。本音ではないけども、確かにちょっとエッチな感じもするのだ。
「大人の魅力と言うやつだろ。だが本音、同性のお前が言うような事じゃないだろ」
「じゃあおりむ~が言ってあげたら?」
「……似合ってるぞ」
若干恥ずかしながらも、一夏君はナターシャ先生に感想を言う。その感想で、ナターシャ先生はそのお洋服を購入する事にしたようだった。
「やはり一夏さんのセンスは凄いですね」
「虚ちゃんもそれにしたの?」
「ええ。一夏さんが選んでくれたものですし、確かに私に似合ってるんですよね」
「うんうん、虚ちゃんはそんな感じだよね~」
大人びた雰囲気の中に、ほんのり女の子っぽい感じが見えるタイプのお洋服は、虚ちゃんにピッタリだ。その他の子にも、一夏君はピッタリの感じのお洋服を選んであげている。
「後は刀奈だけだな」
「これが可愛いんだけど、私にはちょっとね」
「そうか? 似合うと思うが」
気に入ったお洋服は、少し子供っぽい感じがするものだった。本音やマドカちゃんになら似合ってる感じはするのだけども、私にはちょっとね……
「一夏君が選んで~」
「はぁ……しょうがないな」
一夏君は再び店内をぐるりと見渡して、途中でその視線が止まった。迷い無く進んでいき、一着のお洋服を手に取る。
「これは如何だ? 刀奈にピッタリだと思うが」
「これ!? ちょっと可愛くないかな……」
実に女の子って感じの服だ。私より簪ちゃんが着た方が似合うと私には思ったのだけども、一夏君以外にも好評で、私は渋々試着してみることにした。
「如何……かな?」
「やっぱり。可愛いぞ」
「うん、お姉ちゃん可愛い」
「あの可愛らしさで大きな胸……」
「虚様、今は堪えてください」
何だか着て見せたら更に好評なんですけど……私的にはやっぱりちょっと簪ちゃんに着せてみたいと思わなくは無いんだけども、褒められると何だか嬉しいのよね。
「それじゃあこれにしよう! それじゃあ一夏君、お会計お願いね」
「……その前に着替えろ。レジに持っていけないだろ」
「あら? みんなだってそうでしょ?」
「……着てくのか?」
一夏君の質問に、全員が一斉に頷く。折角一夏君に選んでもらって、しかも似合ってるとまで言われたのだから、今日一日はこの格好で居たいという気持ちは全員が共有してるものだ。
「仕方ないな……とりあえず金払うからついてきてくれ」
一夏君からのプレゼントという形になるのだが、彼女以外にもするのはさすがよね。勉強会頑張った皆へのご褒美って事なのかな?
「全てお客様のお支払いでお間違えありませんか?」
「ええ。構いません」
金額は普通の生活をしてたら払えないだろう額だったが、一夏君はまったく気にせずに一括で全てを払った。
お店の人もあれだけ纏めて買ってもらえたのが嬉しかったのか、男の子の一夏君に蔑みの目は向けずに終始ニコニコしていた。
「それじゃあ次は下着を選んでもらおー!」
「……それじゃあ俺は別行動で。財布は虚に渡しておくから、支払いはそれでしてくれ」
「良いんですか?」
「ただし何着もは勘弁してくれ。俺だって無限に金がある訳じゃないからな」
やっぱり一夏君は下着売り場にはついてこないようで、お財布を虚ちゃんに渡してそそくさと何処かに行ってしまった……
「やっぱり一夏君には無理だったのかな?」
「洗濯とかで慣れてはいるんでしょうけども、ここは他の女性も居ますからね」
「それに、一夏君に選んでもらった下着なんて、恥ずかしくて着けられませんよ」
「そっか……静寂ちゃんはどんな下着を想像してるのかな~?」
「お嬢様」
虚ちゃんに怒られそうになったので、私は悪ふざけを止める事にして自分のものを選ぶ事にした。さすがにここで怒られるのは恥ずかしいのだ。
別行動をする事になった為、俺は近くの書店に入る事にした。テストは終わったがまだ問題児二人が残ってる為、俺はまだ完全に解放された訳では無いのだ。
「(自分のテストで束縛されてる感じはねぇんだけどな……)」
範囲を見て自分なら如何テストを作るかを考えて勉強をしてるので、大体の問題は自分の想像通りのものが出題されてくる。残りの問題も想定より簡単だったりするのでなんら苦労せずに解く事が出来るのだ。
だが教わる側にそれを要求するのはさすがに無理がある為に、俺はこれほど苦労してるのかも知れないな……
「ん? 今知り合いが居たような……」
何となく気配を探ってると、この場所に居てはいけないようなヤツの気配を掴んだ気がした。だがアイツは勉強に勤しんでるはずだから、こんな場所に居るはずは……
「ウゲッ!?」
「……やっぱりお前か、弾」
「な、何で一夏が此処に!?」
「居ちゃ悪いか? お前こそ勉強もしないでフラフラと何してるんだ?」
弾の手には、女性の裸が載ってるであろう本が大量に持たれている。小遣い少ないくせにこんなものに使うなよな……
「厳さんに言いつけるぞ。蓮さんでも良いが」
「バッ!? そんな事したら殺されるだろうが!」
「だったら買うのやめろ。大体未成年だろ」
「そんなの気にしてたら買えねぇだろ」
そもそも買おうと思った事が無いんだが……よく見ると、そういった本があるコーナーには俺と大して歳が離れて無さそうなヤツらが大勢居る。
「……補習になったら遠慮なくその事を厳さんと蓮さん、後はそうだな……榊原先生にでも言っておくか」
「菜月さんにまで!? それだけはマジで勘弁してくれ!」
「ならさっさと帰って勉強しろ。大体お前が補習になろうがなるまいが、俺には如何でもいい事だからな」
打ちひしがれている弾を無視して、俺は参考書のコーナーに向かう。大型店だからISの参考書もあるかも知れんしな。
整備の面ではまだまだ未熟だし、戦闘技術だって自分のみで考えてたらパターンが出来てしまう。完全に採用する訳では無いにしても、参考書を見て何かのヒントくらいにはなるだろうしな……
「おや? あれはティナか?」
鈴のルームメイトで、数少ない俺と普通に話してくれる同級生。だけど何でこんな場所に居るんだろう……参考書なら学園の傍の書店でもあると思うんだが……まぁ人の事言えないがな。
「何してるんだ?」
「ッ!? ……って何だ、織斑君か」
「『織斑君』で悪かったな」
「違う違う、新手のナンパかと思っちゃったから」
ティナは確かに可愛い女の子だし、そういった誘いがあってもおかしくは無いだろう。だがこの女尊男卑の世の中で、そんな事が行われてる事に驚きを感じた。
「いやね、テストで如何しても分からない問題があって、その答えを探してるのよ」
「……あぁそうか、ティナはアメリカ人だったな。それじゃあ国語と言われても外国語だよな」
IS学園に通う実に九割が日本人であるのと、ISに携わるなら日本語は必須科目だ。もちろんIS学園にも『国語』という科目は存在している。IS学園が日本にあるのだから、『国語』といわれればもちろんそれは日本語だ。アメリカ人のティナが苦戦してもおかしくは無いのだ。
「どの問題だ? 教えられるかも知れんからな」
「ホント? えっとね、これなんだけど」
「あぁこれか……それならな……」
何故問題用紙を持ち歩いてるんだというツッコミは、心の中に止めておき、俺は即席の授業を始める。すると何時の間にか周りに人垣が出来ていたのだが、特に害は無かったので気にせず授業を続けた。
「理解出来たか?」
「うん、ありがとう。さすが織斑君ね」
「まぁ問題児たちに勉強教えてたし」
「そうみたいね。イタリア代表候補生のカルラさんも習ってたって聞いてるわよ」
「ちょっとした縁でな……見捨てるのも可哀想だったし、それにエイミィは順調に成績が伸びてくれたからな」
「なんだか家庭教師みたいだね」
あながち間違ってないティナの発言に、俺は苦笑いを浮かべた。ちょうど携帯に買い物が終わったという旨のメールが着たので、俺はティナと別れてみんなが待っているだろう場所へと移動する事にした。そう言えば俺、書店に何しに行ったんだっけか……自分の買い物してない気がするんだよな……
勉強したくないのは分かるが……無駄遣いは控えようぜ