もし一夏が最強だったら   作:猫林13世

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少しは非日常になってるかと……


駄ウサギラボの大掃除

 束様の研究室が襲撃され、大体のものは壊されてしまったのですが、束様秘蔵のコレクションだけはデータも焼いたものも無傷で残っていました。

 

「いや~、これだけ残ってれば上々だよ~。後のデータは束さんの頭に残ってるから別に壊されても良いけどさ~。これだけは頭に残ってても再現出来ないからね~」

 

「ですが束様、何故この一角だけ襲われなかったのでしょう?」

 

「そんなの束さんに分かる訳無いじゃないか~。あんな……なんていったか忘れたけど、あんなヤツの思考が束さんに分かる訳は無いのだ~」

 

「それは……そうですね」

 

 

 天才である束様が、凡人たるあの襲撃者の思考を理解しているとは思っては居ませんでしたが、何かしら意図があるのには気付いてるのではないかと思っていたのですが、如何やら空振りだったようです。

 

「後片付けはいっくんに任せるから大丈夫だけど、一応片付けてる風にしておかないと怒られちゃうからね~」

 

「……まさか一夏様を夜中に呼び寄せたのは……」

 

「うん! いっくんに片付けを手伝ってもらって、そのついでに新武装のアイディアでも貰えないかな~ってさ」

 

「絶対怒られますよ……」

 

 

 ただでさえ一夏様は最近ますます多忙を極めていらっしゃる様子、その一夏様を呼びつけた理由が片付けの手伝いだと知られたら……この前の襲撃者よりも恐ろしい事をしてくるかもしれません……むしろその可能性の方が高いような気がしてならないのです。

 

「いっくんも呼ばれた理由には大体見当ついてるだろうし、それでも来てくれるのがいっくんの良い所なんだよね~。悪い所なんて無いんだけどさ~」

 

 

 あはは~っと笑いながら束様は言っていますが、一夏様が片付けを手伝ってくれるとしても、その後で待ってるのは間違いなくお説教のような気がしてるんですが……出来る事なら私は怒られたくないですね……

 

「いっくんに頼めば一日で片付くだろうし、その間に復旧作業も終わらせれば元通りになるんだね~。いっくんには感謝しなきゃ!」

 

「……具体的にはどの様な感じで一夏様に感謝を示すんですか?」

 

 

 何となく……いえ、かなり嫌な予感がしたので、私は束様に尋ねました。出来ればその予想は外れててほしかったのですが、当たらずとも遠からずでした……

 

「束さんの裸の写真集をあげて、実際に束さんの全部をいっくんに見せてあげようと思ってるんだ~!」

 

「……一夏様だけでは無く、千冬様にまで殺されますよ」

 

「そうかな~? いっくんが喜んで束さんに抱きついてくる未来しか見えないんだけど?」

 

 

 ……そんな展開には間違ってもならないと思うのですが、その事は言わずに代わりにため息を吐きました。

 

「クーちゃんがため息なんて珍しいね。いっくんの癖がうつったんじゃない?」

 

「一夏様がこの場に居たら間違いなくため息を吐いていたと思いますよ」

 

 

 私もどちらかと言えば一夏様に迷惑を掛けている方なのですが、束様や千冬様ほど酷くは無いと思っています。

 その私ですら、今回の束様のお礼にはため息を吐きたくなったのですから、一夏様が聞けば間違いなくため息を吐き、そして激昂するでしょうね……まぁ、怒られるのは私では無いので構わないのですがね。

 

「それとも、この何時でも何処でも束さんと一緒に居られる感覚になれる束さん目覚まし時計が良いかな?」

 

「……何でその時計には足がついてるんです?」

 

「だから、何時でも何処でも一緒」

 

「……気味が悪いですよ」

 

 

 時計が自分の後ろにくっついて歩いてくる図を想像して、私は思わず震え上がってしまいました。そんなものをほしがる人間など存在しないと思うのですが……

 

「これも駄目? じゃあもう束さんの処女しか……」

 

「それが一番駄目でしょうが!」

 

 

 一夏様は同年代の殿方と比べてもそう言った事に興味が薄い方ですし、そんな事をしようものなら視線で殺されますよ……さすがに命の恩人である束様が死ぬのを易々と見逃すのもばつが悪いですし、かといって一夏様を止められるとも思えません……だからそれだけは絶対にしてはいけないと束様に理解してもらわなければ!

 

「う~ん……クーちゃんの査定は厳しいね~」

 

「束様が殺される可能性が高いものを否定してるだけです。普通なものなら私だってここまで厳しくなんて言いませんよ」

 

 

 束様はチョコンと首を傾げましたが、私は何に対して首を傾げてるのかが分からずにジッと束様を見つめました。

 

「そんなに見つめられると照れるな~……ハッ!? まさかクーちゃんが束さんの処女を狙ってる!?」

 

「違います! 何故束様が首を傾げたのかが分からなかったので見ていただけです!!」

 

「首を傾げた理由を知りたかったの?」

 

「はい……」

 

 

 何となく自分が悪いような気がしてきて、私は顔を下に向けながら束様の問いかけに答えました。

 

「その理由はね~……どれだけいっくんが怒っても絶対に束さんを殺したりはしないってクーちゃんが知らなかったのかな~? って思ってたからだよ~」

 

「絶対に……ですか?」

 

 

 そんな事がありえるのだろうか。一夏様の技量ならば人一人を殺すのなんて何の障害も無いでしょう。そしてその事を知られないように画策するのもお得意なはず。それに加えて、束様は世間的には有名人ですが、その居場所を知る人間は少ないのです。死んでいても誰も気付かない事だってありえるのですから……

 私がそんな事を考えてるのを見透かしたのか、束様は面白そうにクスクスと笑いました。

 

「えっと、何かおかしな事でも?」

 

「いっくんが殺すのはちーちゃんの方が先だと思うよ~。だっていっくんに迷惑を掛けてるのは断然ちーちゃんだし、いっくんの人生を滅茶苦茶にしたのもちーちゃんだし」

 

「それは束様もなのでは?」

 

 

 一夏様の記憶を弄くって長年一夏様を騙してきた千冬様に協力していた時点で、束様も同罪、むしろ実行犯は束様なのですから、下手をすれば千冬様よりも重い刑が執行されてもおかしくは無いと思うのですが……

 

「大体いっくんが私たちを殺そうとするのなら、とっくの昔に殺してるって。それくらいちーちゃんも束さんもいっくんには恨まれてるだろうしね~」

 

「……自覚あったんですね」

 

 

 てっきり恨まれてる事にすら気付いて無いのかと思ってましたけど、如何やらその事は束様自身も自覚していたようです。

 

「クーちゃん、いっくんに料理でも作ってあげたら? 多分だけど、いっくんは今日もまともにご飯食べないだろうからさ」

 

「そんな事したら、私まで怒られるじゃないですか!?」

 

 

 私の料理の腕は壊滅的に酷い。その事は束様も一夏様も承知している。だがあえて束様は一夏様にその壊滅的に酷い料理を食べさせろと言いました。いったい何故……

 

「死なば諸共だよ、クーちゃん」

 

「死ぬなら束様一人で死んでくださいよ! 私はまだ死にたくありません!」

 

「何だよ~! 薄情なクーちゃん!!」

 

「道連れにするのなら千冬様にしてくださいよ! 兎に角、私は殺されるにしても一夏様にだけは殺されたくありません! てか、一夏様に殺されるような事すらしたくありません!!」

 

 

 人を道連れにしようとしてた束様を一蹴し、私は自室だった場所へと戻ろうとしました。が、束様が私の肩を掴んできたので、移動する事はかないいませんでした。

 

「何です?」

 

「束さんだっていっくんに殺されたい訳じゃないよ」

 

「知ってますよ。ですが、先ほど束様が仰ったお礼では、ほぼ間違いなく一夏様に殺されると思います」

 

 

 何せ一夏様は恋人の裸を見ても冷静で居られるお方、そこに束様の裸を見せられても嫌悪しても興奮する事はありえないでしょう。そして嫌悪は憎悪へと変わり、そして殺意に……なんて事も十分ありえるんですから。

 

「それじゃあ何をしてあげれば良いんだろう……」

 

「それは束様が考えないと意味がありませんよ」

 

 

 束様が一夏様にするお礼なのですから、そこに私の考えが介入しては意味がなくなってしまう、なのであえて束様を突き放すように、私はもう一度自室に戻ろうとしました。すると今度は肩を掴む手も無く、すんなりと束様の作業室から移動する事が出来ました。

 

「(考える事に意味があるんですよ)」

 

 

 ションボリとしている束様に聞こえないように、私は小声で束様にエールを送り自室に向かいました。

 さすがにこの場所まで一夏様に片付けてもらう訳にはいきませんからね……見られると恥ずかしいものや、怒られそうなものもありますし、何より一夏様に私の部屋を片付けさせるなんて事、私自身が許せませんし……

 しかし意気込みとは裏腹に、私が片付けようとしてもなかなか片付く事は無く、もうすぐ一夏様が来る時間になってしまいました……

 

「そう言えば、束様の夕ご飯を作るの忘れてました」

 

 

 一夏様が来るので、束様的には一夏様の料理の方がよろしいでしょうし、催促にも来なかったので食べるつもりも無かったのかも知れませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の分の勉強会も無事に終わらせ、飯を食わせ風呂に入ってる間に部屋の片付けを済ませ、何事も無いように全員が寝静まるまで待って俺は部屋から抜け出す。別に行く必要性は感じられないのだが、行かないと後々面倒になるので仕方なく行くのだ。

 

「さて、駄ウサギの現在地は……やはり動いてないか」

 

 

 ラボが壊されたというのは、如何やらホントらしい……それにしてもオータムのヤツ、派手に壊してねぇだろうな……

 

「壊滅的だと片付けるのも面倒だしな……」

 

 

 いっそ全部壊してくれてた方が楽だったかもしれない。そうなればあの駄ウサギも一から造りなおすと考えただろうし、わざわざ瓦礫の片付けを手伝えなど言ってこなかっただろうしな。そう考えるとオータムのヤツ、もっと派手に壊してくれた方がありがたかったかも知れないぞ……

 さっきは怒りを向けた相手に、今度は困惑を向けた。何故もっと派手に壊そうとしなかったのか、何故駄ウサギを確実にしとめてくれなかったのか……

 

「スコールが殺すなとでも言ってたのか? 生け捕りにすれば利用価値があるとでも思ってるんだろうが、あんな駄ウサギに利用価値なんてねぇよ」

 

 

 世界中の人間に呆れられるような事を、独り言とは言え俺は言い放った。大天災でしか無いあの駄ウサギに利用価値があるとすれば、それは駄姉が釣れると言う事だろうか……駄姉を釣ればその組織は壊滅するだろうし、誘拐した方にはやはり価値は無いだろうな……

 

「どっちにしろ面倒である事には変わらねぇし、さっさと終わらせて一発殴って帰ってくるか」

 

 

 俺は駄ウサギの許に向かう為に地面を蹴る。最初の跳躍である程度勢いをつけておけば、後で疲れる事も無いのだ。

 空中で空気を蹴り、そして更なる跳躍を繰り返して、俺は地上には無い駄ウサギの拠点だった場所に辿り着いた。

 

「こりゃ面倒だな……帰るか」

 

 

 回れ右をして地上に降りようとしたところに、背後から気配が近づいてきた。

 

「お待ちしておりました、お久しぶりです一夏様」

 

「如何も。それで駄ウサギは?」

 

 

 迎えてくれたのは駄ウサギが娘だと言い張るクロエさん。ラウラと同じく試験官ベビーとして作られ、そして捨てられた人だ。

 

「束様なら研究室に篭ってます。何か考えなければいけない事があるようです」

 

「それで、俺が呼ばれた理由は片付けで良いんだな?」

 

「はい。先ほど束様もそう仰ってましたし、何より我々二人では何十日かかっても片付きませんよ」

 

 

 随分と情けない事を堂々と言われ、俺は如何言った反応をすれば良いのかに困った。駄ウサギの家事スキルの無さは知っているが、クロエさんも大概なんだな……まぁ、普段の散らかりくらいなら出来るのかも知れないが、これだけ壊されていては無理なのかもしれないがな。

 

「何処から片付ける。駄ウサギからで良いか?」

 

「一夏様、その『片付け』は違います」

 

 

 ニュアンスの違いを感じ取ったのか、クロエさんが慌てて俺を押さえつけようとした。もちろん簡単に押さえつけられる訳も無く、俺はスルリとクロエさんの前から移動する。

 

「冗談だ。本音を言えば片付けたいのだが、それは何時でも出来るしな」

 

 

 ニヤリと人の悪い笑みを向けると、クロエさんは本気にしたようで慌てだした。

 

「言っとくが冗談だからな? 殺すならとっくに殺してるんだから」

 

「……その事、束様も言ってました」

 

「駄ウサギが?」

 

 

 如何やら俺に殺されてもおかしくは無いと理解してるようだった……てか理解してるんならもっと気をつけろって話だよなまったく……

 

「とりあえず一夏様には、キッチンとお風呂場を片付けて、出来れば修理もお願いしたいのですが」

 

「なぁ、いっそのこと造りなおすってのは駄目なのか? そっちの方が確実に楽だとは思うんだが」

 

「束様には、何か考えがあるようでして……申し訳ありませんが、修理する方向でお願いします」

 

 

 駄ウサギに考えねぇ……どうせろくな事では無いんだろうが、愛着があると言われればそれで終いだからな。面倒だが片付けて修理でもするか。

 オータムのヤツはそれほど派手に壊した訳では無く、表面上は破壊していったが、それほど深部にはダメージを与えてないようだった。

 そのおかげと言っちゃ変だが、修理にはそれほど手間を割く必要は無さそうだった。

 

「だが火力強すぎだろ……何を爆発させたらこれほど煤だらけに出来るんだ?」

 

 

 キッチンの壁には煤が張り付いており、まずはそれを綺麗にするところから始める事にした。

 

「……ん? この煤、最近付いたものじゃねぇな……」

 

 

 明らかに二,三日で付いた煤ではないものもあり、俺はクロエさんに視線を向けた。すると気まずそうにクロエさんは俺から視線を逸らした……つまりはそう言う事か。

 

「普段から掃除はしておくように」

 

「はい……」

 

 

 とりあえず壁にへばりついていた煤を全て落とし、俺はそれを掃いていく。ついでに瓦礫も掃いてキッチンの床を露わにさせる。

 

「床は大丈夫だな……瓦礫を片付けて水拭きすれば大体終わるか」

 

 

 後は水道とガスが通ってるかを確認すれば大丈夫だな。良かった、それほど酷い壊れ方じゃなくて。

 

「あの一夏様……」

 

「ん?」

 

「非常に申し上げ難いのですが……」

 

「何だ?」

 

 

 瓦礫を武装の中に一時的に吸収し、外のゴミ置きに吐き出してると、背後からクロエさんが気まずそうな声で何かを言いたそうにしては躊躇ってを繰り返した。

 その事にイラついてきた俺は、雰囲気でさっさと言えとクロエさんを促す……てか脅す。すると観念したようにクロエさんは言葉を紡いだ。

 

「実は私たち、夕ご飯を食べて無いんですよ……それで一夏様さえよろしければ……」

 

「……材料は? ちゃんと揃ってるんだろうな」

 

「それはハイ。しっかりと揃えてあります」

 

 

 クロエさんが持って来たクーラーボックスには、無事だった食材がビッチりと詰められていた。

 保存方法とか色々と言いたい事はあったが、とりあえず材料は揃ってるようだった。

 

「こんな時間に食ったら太るぞ」

 

「ですから、片付けが終わったら一夏様には朝ごはんを作っていただきたいのです」

 

 

 ……なるほどそう来たか。如何やら太ると言う女性相手になら効果抜群の言葉も、今の彼女には通用しないようだった。

 

「仕方ねぇな……終わって余裕があったら作ってやる。その代わりキッチリと働いてもらうからな」

 

 

 駄ウサギが篭って出てこない以上、あの部屋は最後にするしか無い。頼まれていたのは水回りだけだが、どうせ何回も呼び出して片付けさせるんだから、面倒事は一回で終わらせたいのだ。

 俺はクロエさんを扱き使い、自分の身体になるべく負荷が掛からないように瓦礫の撤去や煤や灰を片付けていく。そして残る箇所は駄ウサギが篭ってる部屋だけとなった。

 クロエさんの部屋は自分でするからと頑として俺を入れようとしなかった為、その一箇所は汚いままだが……

 

「鍵が掛かってますので、さすがの一夏様も易々とこの部屋には……」

 

「行くぞ」

 

「あっハイ……」

 

 

 何かクロエさんが言っていたようだったが、俺は扉の鍵を壊して駄ウサギが篭っている部屋へと入った。もちろん鍵は後で直すのでなんら問題は無い。

 

「えっ、あれ? 何でいっくんが此処に? 鍵を掛けてたよね?」

 

「片付けは後この部屋だけだ。邪魔だから出てけ」

 

「……その予定だったけど、まさか本当に一日で片付けてくれるなんて思って無かった」

 

 

 ……人呼びつけておいてなんだその反応は……駄ウサギを研究室から追い出し、配線やモニターが生きてるかを確認していく。これくらいなら駄ウサギでも早く出来るだろうが、さっきの様子から察するにやる気は無さそうだった。

 

「大丈夫だな。とりあえず汚れを落として断線が無いかだけを念入りに調べればすぐにここは使える」

 

 

 今時有線なのかよとツッコミを入れたいところだが、何処から電波を盗んでるのかも分からないので、その事には深く関わらないようにした。

 結局片付けが終わったのは午前の三時、マドカが起きるまで後一時間あったので、二人分の朝食を作って俺はIS学園へと帰還した。

 だがそれで終わってくれるほど、世の中は俺に優しくは無かった……




自分で掃除しようぜ~……

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