亡国企業に備える為にISの整備をしていたら、すぐ近くに良く知ってるヤツの気配を感じた。どうせ駄姉が監視兼警護に寄越してきたんだろうけども、正直に言えば気が散ってしょうがないのだ。
「マドカ、須佐乃男、邪魔だから何処か行け」
「駄目ですよ、一夏様。私たちは千冬様に頼まれて来てるんですから。もしサボろうものなら千冬様に殺されてしまいます」
「そうそう、諦めて私たちに警護されちゃってね」
戦力的には妥当な人選なんだろうが、何も無かった場合、コイツらほど迷惑な人選も他には無いだろう。大人しく勉強してもらってた方が、何倍もありがたいんだが。
「兎に角邪魔はしませんし、大人しくしてますので諦めてください」
「お兄ちゃんが襲われそうになっても私たちが守ってあげるから」
「……そもそもスコールだってそう何日も連続で忍び込まねぇよ」
アイツだってそうそう暇では無いだろうし、昨日の件で俺に気付かれたのだから、方法だって変えてくるだろう。
駄姉が何を心配してるのかは、この際考えないにしても、普通に整備するだけなのだから護衛も必要ないんだよな……
「サボった事は駄姉には黙っておくから、大人しく部屋で勉強してろ」
「無理ですよ。千冬様だって気配を探れるんですから」
「姉さんの粛清は思いだしただけでも鳥肌が……」
「なら、それ以上の恐怖を与えてやろうか?」
せっかく一人で作業に集中出来ると思ってた矢先の出来事だ。俺の機嫌が悪くなるもの仕方ない事だ。
もちろんこの二人には何の罪も無く、悪いのは全て駄姉なのだが、二人を追い返すには駄姉以上の恐怖心を与えるのが最も簡単で楽な方法なのだ。
「い、一夏様? 何故そんなお怒りに?」
「私たちは姉さんに言われたから来ただけだよ……」
「じゃあ俺からの命令だ。黙って来た道を引き返して駄姉に伝えろ。『余計な事してんじゃねぇよ』って」
威圧感を最大に近づけて二人に放つ。寝不足も相まって如何も加減が上手く出来ないらしいな、今の俺は……
俺の威圧感に恐れをなしたのか、二人は素直に来た道を引き返していった。
「やれやれ、これで集中して作業が出来る」
護衛なんて必要ないものに気を取られるのも馬鹿げているし、そもそもスコールもこんな時間には攻め入ってこないだろう。基本的にアイツが学園に忍び込むのは早朝か夜のどちらかなのだから。
「(篠ノ乃を戦力でほしがってる時点で、亡国企業の現状がある程度分かるだろうに……ホント余計な事しかしねぇな、あの駄姉は)」
雑念を頭の中から追いやり、ISに集中する。攻め込まれた時から結構時間が経ってるし、その間ずっと整備されてなかったからな……コアが拗ねてなければ良いんだが……
集中力を高め、コアの声に耳を傾ける。
「(……コアにまで心配されてるのか、俺は)」
聞こえてきた声は、俺を心配する声だった。確かに三徹して、回復力も極端に落ちてる為、この前無茶した時のダメージが全く抜けていない。それどころか日に日に悪くなってると自覚しているのだ。もちろんそんな事は誰にも言わないし、気付かれないようにしていたから恐らく誰にもバレて無いだろうけども、如何やらコアには隠し通せなかったようだ。
「(須佐乃男にはバレなかったんだがな……)」
専用機であるが故に、俺が何かを隠してる事に気付けなかったんだろう。俺が思考にブロックを掛けられるのは須佐乃男に対してのみで、普通のコア相手には全くもってブロックは出来ないのだ。
「(心配してくれるのはありがたいがな、今はお前を治すのが先だ)」
あえて『直す』のニュアンスでは無く『治す』で言った事に、コアは随分と喜んだ。修理では無く治療だと言う事で、コア一つ一つの個性を認めた事になるのだ。
エイミィの専用機として扱われているこの子だが、元々は学園で保管されていた訓練機、しかも誰も修理せずに殆どガラクタ扱いされていた子だ。駄姉も修理不可能だから好きにしろと言って俺に任せてくれた機体だ。
最初は人間不信だったが、何時しか俺に反応してくれるようになり、授業で使ってあげたりすると非常に喜んでくれた。
色々と勉強を積み重ね、漸くISの組み換えが出来るようになった俺が、一番最初にカスタマイズしたのもこの子だ。俺自身はこの子を動かす事は出来ないが、こうやって会話をする事によってエイミィの癖や、如何言った思考を持ってるのかを聞く事が出来るので、わざわざエイミィの測定をしなくともそのまま機体に反映する事だって出来るのだ。
「(ある程度は補強しておけるが、このままにしておいたら駄目だな……)」
エイミィは候補生になるだけあって、かなりの実力者だ。だがやはりまだ荒い……亡国企業との戦闘データをコアから伝えられて、俺は少し頭を悩ませる。
「(この子とエイミィの動きが、若干合ってないんだよな……何だか無理矢理突き進んでる気がする……)」
エイミィには気付かない、ほんの僅かなズレだが、この子にはそれが正確に把握出来るのだ。僅かとは言え、それが積み重なれば大きな障害にすらなりかねない。現にこの子に蓄積されたダメージの数パーセントはエイミィとこの子の動きのズレによるものだ。
「(下手に意識させて動きを小さくさせるのは得策では無いし、悪いが少し我慢してくれよ)」
コアに話しかけ、俺はエイミィの癖に耐えられるように再カスタマイズを施していく。解体など大げさな作業ではないのだが、神経を使う作業なので、出来るだけコアの声を聞かないようにしていく。
「(痛いのは分かるから。だけどもう少し我慢してくれ)」
接続部分を弄くってるのだ。人間で言えば神経を直に触られてるのと同じなのだから相当痛いだろう。さっきからコアの悲鳴が聞こえてくる……いや、これは機体の悲鳴か。
エイミィの戦闘データを元に機体の再調整を済ませた俺は、機体とコアに頭を下げた。
「痛かったよな。ホント悪かった。だけどよく耐えてくれた」
端から見れば独り言にしか見えないだろうが、確かにこの子たちは返事をしてくれている。須佐乃男のように常人に聞こえるような声は無くとも、この子たちだってしっかりと話しかけてくれてるのだ。
「さて、次は美紀のか」
美紀の方の機体は、ある程度政府で造り上げたものを俺が手を加えて完成させたものだ。こっちの子は初めから友好的だったが、あまり戦いそのものを好んでる感じでは無かった。
本来ISは戦闘用に造られたものでは無いので、コアや機体が戦闘を好んで無くても何もおかしくは無いのだが、駄ウサギが造ったコアを俗人がそれを元に作ったコアにしては純粋で大人しい子なのだ。
「(あまり拗ねるなよ。ちゃんと治してやるから)」
事情は知ってるんだろうが、長い間放置された事で拗ねているようだった。エイミィの機体の子とは違って、美紀の機体の子はもの凄い懐いてくれている。だから俺の事を心配してくれるのと同時に放っておかれた事がかなり嫌だったようなのだ。
集中してコアとリンクしていく……須佐乃男とのリンクを切る訳にもいかないので、そっちを残しつつ此方ともリンクしていく感覚だ……当然俺にかかる負担は相当なものなのだが、こればっかりは仕方ないのだ。
「(……美紀のやつ、随分と派手に戦ってるな……だが、それほど負担は掛けてない。やはり変な癖が無い分機体にかかるダメージは少なめなんだな)」
実力だけなら候補生にも匹敵する美紀の戦いのデータを、コアに記録されていた映像で確認してその結果を機体に反映させる。やはり美紀はこの学園で考えてもかなり上位の操縦技術を持っているな……
「(これでもう少し勉強が出来れば言う事無いんだがな……)」
美紀のテストの結果を思い出し、ついつい苦笑いを浮かべてしまった。その事をコアに指摘され、俺はもう一度気を引き締めて整備にあたった。
整備に集中していたら、何者かの気配がこの格納庫に近づいてくるのに気付き、俺は作業の手を止めた。
「(この気配……)」
さっき追い返した二人がしっかりと言伝をしてくれたようで、歩調で分かるくらい苛立ってるようだった。
「一夏!」
「静かにしろ! コアが起きるだろうが」
格納庫と言われるくらいだから、此処には沢山の訓練機が収納されている。そしてその中には睡眠中のコアも当然ある為に、基本的には格納庫では声を出さないようにするのが良いだろう。
だが大抵の生徒、教師にはコアや機体の声が聞こえる訳が無いので、全く気にせずに声を出した会話したりしてる人が多いのだ。
「人が心配して二人を派遣してやったのに、余計な事とは何だ、余計な事とは!」
「気配が探れるんだから、わざわざ警護なんてつけなくたって良いんだよ。それくらいアンタなら分かるだろうが。それとさっき言ったようにコアが起きるから少し声のボリュームを抑えろ」
静かに、だがそれなりの威力で駄姉を叱ると、駄姉は少したじろいだように数歩下がった。
「一旦外に出よう」
「……手短に頼むぞ」
整備中の機体とコアに断りを入れて、俺は格納庫から外に出た。
「それで? いったい何の用だ?」
「怪我人のお前が無茶をしないようにマドカと須佐乃男を派遣したのに、邪魔だと言って追い返したそうだな」
「整備には神経を使うんだよ。それをあの二人が傍をウロウロしてたんじゃ集中出来ねぇだろうが」
「だがな一夏、お姉ちゃんは一夏の事が心配で……」
「余計なお世話だ。分かったらとっとと戻って仕事しろ」
突き放すように言うと、駄姉は何か言いたそうだったが結局何も言えずにトボトボと校舎に戻って行った……何がしたいんだか、あの女は。
「さて、時間も無いしさっさと整備を終わらせて稼動チェックしたいな」
俺が動かせるならそんなに時間を気にする事も無いのだが、エイミィも美紀も授業があるので、使える時間はそう多く無いのだ。だからそれにあわせて整備を終わらせないと、放課後に稼動チェックをしなくてはいけなくなるのだ。
エイミィも美紀も、勉強会に参加しなくてはいけないくらい座学の成績がよろしくないのだ。あまり勉強の時間を削るのはよろしくない事なので、出来る事なら昼休みまでには整備を終わらせてその時間で稼動チェックを済ませたいんだよな……
「時間を考えると、そんなに余裕は無いな……」
マドカと須佐乃男を追い返したり、駄姉を追い返したりと無駄な時間を使ってるので、正直昼休みまでに終わるかは微妙なところなのだ。
まぁ、終わらなくとも二人には稼動チェックと勉強の両方をやってもらうんだがな……
「さて、そろそろ再開しないとあの子に怒られそうだ」
整備を途中で放置してるからでは無く、これ以上時間を掛けると俺自身の体調に問題が出かねない為、俺としても早めに終わらせたいのだ。そしてその事をあの子はしっかりと気付いてる為に、駄姉が近付いてきた時にかなり嫌そうな雰囲気を醸し出したのだ。
義姉や彼女たちには気付かれないように振舞えていても、やはり純粋に心を見る事が出来る相手には誤魔化せないようなので、俺は作業の手を早める事にした。終わったら素直にみんなに謝って休ませて貰うとするか……
昼休みに一夏様に呼び出されて、エイミィと二人でISの起動チェックをした私は、午後の実習で久しぶりにその子を使う事にした。
ちなみに整備で全体力を使いきった一夏様は、大人しく部屋で寝ておられる様子で、それを監視するように須佐乃男も午後の実習には参加してませんでした。
「さて諸君、今日はより実戦に近いような戦い方をしてもらおうと思っている。もちろん相手が降参してきたら攻撃を続ける事は認められないが、エネルギーがゼロになるまで攻撃をし続けるように。実戦では降参したからと言って命が助かるとは限らないのだから、その事を念頭において戦うように」
織斑先生の言っている事は確かにその通りだ。捕虜にするかその場で始末するかは、相手の気分次第、もしくは上層部の判断次第なのだ。此方に命を助けてもらえるように交渉するチャンスも、その選択肢を選ばせる権限も無いのだから……
「まずは手本だな……ボーデヴィッヒ、そして織斑妹、お前らでちょっとやって見せろ」
「分かりました」
「分かった」
敬礼で返したボーデヴィッヒさんと、小さく頷く事で返したマドカとでは、何となく気合の入り方が違うように思えたけど、どっちも実戦経験者、今日の実習の大事さは分かってると思う……特にボーデヴィッヒさんはあの歳と見た目でドイツ軍の一部隊を率いているのだからね。
「それでは残りは少し離れて見学するように。流れ弾で怪我をしても私は責任を取らないからな」
……やはり一夏様が居なければ織斑先生はかなり強気なんですね。刀奈お姉ちゃんが言っていたように、一夏様が居なければ天下は織斑先生のもの。独裁に近い感じもしないではないですが、それでも実力者でしので言ってる事は正しいんですよね……
「ねぇねぇ美紀ちゃん、おりむ~が整備してくれたISって他のと違うの?」
「そうですね……よりフィットすると言うか、完全に私専用って感じが強いかな」
もちろん、他の専用機と呼ばれる機体を動かした事が無いので何とも言えないのだが、それだけ一夏様が整備してくださったISは個人のデータを反映しているのだ。
「やっぱりおりむ~は色々と規格外だね~」
「そうだね。ですが、やはり一夏様の人間ですので、整備を終わらせてすぐに倒れられましたが」
「整備には体力がいるもんね~。三日寝てないおりむ~にはムリゲーだったんだよ」
「そこ! 私語は慎め!」
大分離れているのにも関わらず、織斑先生は私たちのおしゃべりを聞き取っていたようです。さすがは一夏様のお姉様、此方も規格外の様子が……
「ほえ~、ラウラウもマドマドも本気モードだね~」
「織斑先生に指名されたのもあるでしょうけども、二人共実戦経験者だから」
例え授業だからと言って、ISを動かす以上あの二人も気を抜く事もしないだろう。気を抜けば怪我……最悪は死に直結する可能性だってあるのだから、IS操縦者が気を抜く事などどんな場面でもありえないのだ。
「マドマドの方がちょっと不利かな~? ラウラウの機体の火力が尋常じゃないよね~」
「力で押し切ろうとしてるね。でも、マドカも負けてない」
偏向射撃で応戦するが、AICの前にはやはり分が悪いようで、マドカはかなり苦しい表情を浮かべている。
「頑張れ~!」
「いや、此処から応援しても聞こえないよ。オープンチャネルでも使わないと……」
しかも織斑先生がこっちを睨んでるので、これ以上大きな声を出せばありがたい制裁が本音ちゃんに降り注ぐだろう。
結局二人の対戦は両者決め手を欠いて引き分けとなったが、内容的にはボーデヴィッヒさんの方が優勢だったのだ。
「惜しかったね、マドマド」
「お兄ちゃんが見て無くて良かったよ……あんな恥ずかしい戦い方なんて、絶対に見られたく無いもん」
「一夏様はその言った事を気にするんですか?」
何回かしか実技の授業をご一緒した事は無いですけども、別に戦い方を気にするような方ではないように思えたのですが……
「お兄ちゃんが気にしなくても私が気にするの! しかもアイツ相手に苦戦したなんて、恥ずかしくて穴掘って潜りたいよ」
「……穴が無くても潜るんだ」
普通は穴があったら入りたいなんだけども、マドカの場合は自分で穴掘って隠れるようだった……意外と行動派なんだな……
「さて、今のように制限時間内で相手に降参させるか、もしくは叩きのめせなかった場合はどんなに優勢に事を運んでても引き分けとするからな。あまり油断はしないように。また勝ち数が多いヤツには特別点をつけてやるからな、本気でやるように」
如何やら手をぬかせないように先に手を打ったようだった……座学で高得点が望めない私たちからしてみれば、それはかなり魅力的な提案だった。
「終了五分前にもう一度合図するから、それまでは各自ペアを作り各々でするように。最大は五人、最低は三人のグループが出来次第各自始めるように」
何だか最後の方はなげやりな感じになってきたけども、織斑先生はしっかりと教師として働いていた。
「姉さんがまともに仕事してるところなんて滅多に見られないよ」
「そうだね~。何時も山田先生かおりむ~に任せっぱなしだもんね~」
マドカと本音ちゃんが面白そうに話していたのだが、私はその話題には加われなかった。何故なら……
「ほう、面白い事を言ってくれるな、布仏妹、織斑妹」
すぐ背後に織斑先生が迫ってきていたから。
会話を聞かれてた二人には、織斑先生の出席簿が振り下ろされ、二人の目の前には真昼間だと言うのに星が輝いていたようだった……あの衝撃は出来れば経験したく無いかな……
真の妹の座を賭けた戦い……どっちも『妹』では無いんですけどね……