もし一夏が最強だったら   作:猫林13世

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明確な差

 一夏君主催の勉強会では、毎回その都度理解出来てるかをテストで確認するらしい。問題をみせてもらったけど、授業で教えたことを更に細かく説明してる感じで、私でもこれなら出来そうな感じがする問題だった。

 

「今日は個人によって合格点を変える。本音と美紀は六十五、須佐乃男は八十、後は全員七十五だ」

 

「一夏様、何故私だけ高いんですか!? 普通なら順調に結果を残してるエイミィさんや美紀さんでしょうが!」

 

「お前は今日、他の人より長い時間勉強してたんだから当然だろ。まさか取れないなんて言わないよな?」

 

 

 一夏君の周りの気温が下がった……ような感じがした。それに気付いたのは私だけのようで、他の人は全く表情を変えていない……もしかして何時も通りで、皆なれちゃってるのかも知れないわね……

 

「が、頑張ります……」

 

「本音と美紀も他より低いんだから、しっかりと合格してもらわないとな」

 

 

 本音ちゃんと四月一日さんにも一夏君はプレッシャーをかける。こんな事してたらやる気が削がれちゃうんじゃないのかな……

 

「その心配は無用ですよ、ナターシャ先生」

 

「楯無ちゃん? 何で私の考えが分かったの?」

 

「さっきから百面相してますし、一夏君ほどじゃ無いですけど、それなりに表情から考えを推測する事は出来ますから」

 

「そうなんだ……それで? 心配無いって如何言う事?」

 

 

 一夏君にプレッシャーをかけられたら、普通の子なら萎縮しちゃって実力を発揮できなくなると思うんだけどな……

 

「一夏君にああやって言われると、逆に実力以上の力を発揮出来るんですよ」

 

「そうなの? でも何で」

 

 

 一夏君にプレッシャーをかけられるだけで実力以上の力を発揮出来るのなら、全ての試験の前に一夏君にプレッシャーをかけてもらえばいい結果が残せるんじゃないのだろうか……

 

「だって合格出来ないと、一夏君のご飯が食べられないから……」

 

「皆さん、一夏さんの料理が大好きですからね」

 

「それは楯無ちゃんや虚ちゃんも一緒じゃないの?」

 

「もちろん! だから彼女たちの気持ちは何となく分かるんですよ」

 

「目の前で一夏さんの料理を他の人が食べてるのに、自分だけ食べられないと言う事を想像すれば、何となくナターシャ先生にも分かると思いますよ」

 

 

 一夏君の料理を……ねぇ。正直上手く想像出来るかどうか不安だったけども、皆の顔を思い浮かべて、その前に一夏君の料理を置く。そして私以外の全員がそれを美味しそうに食べている中で、私だけがお預けを喰らってるのを何とか想像する事が出来た。

 

「何だか悲しい気持ちになってきたわね……」

 

「だよね。だから皆一夏にプレッシャーをかけられると実力以上の力を発揮するんだよ」

 

「簪ちゃんも想像したの?」

 

「もちろん。だから皆の気持ちは何となく分かるの」

 

 

 この部屋で生活してる皆は、一夏君のご飯の美味しさを知っているようね。それだけにお預けを喰らう悲しさも共有してるようだった。

 

「ときにナターシャ先生」

 

「何でしょうか小鳥遊先生」

 

「貴女確か、座学を担当するのを嫌がっていたはずでは? それなのに勉強会の手伝いをするのですか?」

 

「いけませんか? 一夏君から頼まれたので引き受けたんですよ。貴女には要請は無かったんですか?」

 

 

 教師という同じ立場であり、一夏君の彼女でもある小鳥遊先生は、如何やら私を敵視してるようだった。一夏君の恋人である第一条件として、他の彼女とも友好関係を築ける人が絶対なのに、何で小鳥遊先生は私を敵視してるんだろう。

 

「そこ! 五月蝿いとお前らも飯抜きにするぞ」

 

「「ご、ごめんなさい!」」

 

 

 一夏君に怒られて、私と小鳥遊先生は同時に頭を下げた。何で私まで一夏君に怒られなきゃいけないんだろう……

 

「小鳥遊先生の所為ですよ」

 

「私だけが原因では無いですよ」

 

 

 どうもこの人とは上手く付き合えるビジョンが見えない……彼女の方が年上なので、何とかして折り合いをつけてほしいところなのだが、どうも向こうが折れる事は無さそうだった。

 

「小鳥遊先生もナターシャ先生も、あまり一夏君を刺激しない方が良いですよ」

 

「鷹月さん? それって如何言う……」

 

「一夏は昨日一昨日って寝てないから」

 

 

 なるほど……睡眠不足の人を刺激すると、普段よりも怒りっぽくなってるので危険と言う事なんだ……でも、如何して一夏君は二日も寝てないんだろう……

 

「何かあったの?」

 

「一昨日はあったのは知ってますけど、昨日の事は……」

 

「一夏さんも何も言いませんし、私たちもあまり追及して怒られるのは……」

 

 

 一夏君が虚ちゃんに怒ってるところを、私は見た事が無いんだけどな……それでもやっぱり怖いものは怖いのだろう。

 それにしても、一夏君も事情があったのなら私の部屋にでも来てくれれば良かったのに。私なら何時に来られても困らないし、一夏君に寝る場所を提供してあげられたのに。

 

「そう言えばナターシャ先生もここで生活するって、さっき一夏君が言ってたけど、荷物とか如何したんですか? 持ってくるなら手伝いますよ。虚ちゃんが」

 

「お嬢様?」

 

「あっ、いや……私たちが」

 

 

 虚ちゃんに睨まれて、楯無ちゃんは冷や汗を流している……怒られるって分かってるなら言わなきゃ良かったのに。

 

「荷物とかは大丈夫よ。もう一夏君が運んでくれてるから」

 

「一夏が? でも、何も持ってないように見えるけど」

 

 

 簪ちゃんの言う様に、一夏君は何も持ってない。だが彼の腕には何でも収納出来る武装が装着されているので、そこにしまってあるのだ。

 その事を説明すると、如何やら納得してくれたようで、皆がしきりに頷いていた。

 

「やっぱり一夏君の用意周到さには驚かされるわね」

 

「許可を取るのも早かったですしね」

 

「でも、何時取ったんだろう……」

 

 

 そう言えば学長に許可を取ったって言ってたけど、そんな事してたかなぁ……私の部屋を掃除してる時も、寮長室に向かう間も、それらしい事をしてたところを見てないんだけどなぁ。

 

「それにしても、よく織斑先生を説得出来ましたね。いくら一夏君同伴といえども、簡単に納得させられるとは正直思えませんが……」

 

「説得と言うよりも、一夏君が流れに乗ってそのまま話を通したって言った方が正しいかもしれない」

 

「如何言う事です?」

 

「えっとね、まずは鍵が掛かってた寮長室に入って……」

 

 

 私が説明を始めようとしたら、すぐさま鷹月さんから待ったが入った。

 

「鍵が掛かってたんですよね? 如何やって入ったんですか?」

 

「一夏君、寮長室の合鍵を持ってるのよ」

 

「そうなんですか……スミマセン、続けてください」

 

 

 納得したのか、鷹月さんが続きを促してきた。特にもったいぶる必要も無いので私は続きを話し始める。

 

「それで如何やら電話中だったようなんだけど、その会話が不穏当なものだったらしくて一夏君のカミナリが織斑先生に落とされたの。落とされた織斑先生より、私の方がビックリしてたようなんだけど……」

 

 

 最早織斑先生は落とされ慣れてるのか、カミナリを落とされても平然としていた。いや、何故か恍惚の笑みを浮かべてたような気も……

 

「それでその後に電話相手の篠ノ乃博士にもカミナリを落として、その流れで私の事を話したから、織斑先生に断れるほどの気力は残ってなかったんだと思う」

 

「なるほど、だから須佐乃男がカミナリが落ちたって言ってたんだね」

 

「一夏さんを怒らせるとは……さすがは織斑先生ですね」

 

「一夏に怒られるのは、最近織斑先生くらいしか居ないもんね」

 

「この前はカミナリ以上でしたけどね……」

 

 

 この前? 一夏君はさっきだけじゃなく他にも織斑先生を怒ってたのだろうか……

 

「あれはカミナリと言うよりも衝撃波だったからね」

 

「あれに中てられた香澄とエイミィは気を失ったからね」

 

「一夏さんは加減してたようですが、私たちからしたらあまり加減の意味は無かったですしね」

 

「何それ怖い……」

 

 

 一夏君をあれ以上怒らせると衝撃波を発するんだ……少し見てみたけど、下手に刺激して私まで気を失ったら見っとも無いしな……好奇心には蓋をしておこう……

 

「よしそこまで! 採点するから暫く待ってろ」

 

 

 如何やらテストの時間は終わったようで、一夏君がもの凄い速度で採点を始めた。

 

「えっと、私たちは何をすれば良いのかな?」

 

「私たちの仕事は、勉強時間に分からない箇所を説明したり、一夏君が所用で部屋を空けた時の監視などをすれば良いんですよ」

 

「最初は採点も手伝ってたんだけど、一夏一人でやった方が早いって事が分かったから、今は一夏一人がやってる」

 

「そうなんだ……」

 

 

 一夏君は色々とハイスペックなんだなぁ~……彼氏だけど一緒に生活してないので、他の彼女よりも私は一夏君の事を知らない。何となく寂しい気分になって来たけど、逆に考えれば他の人よりも一夏君の事をこれから知っていく事が出来るのだ。

 

「ちなみに、合格出来なかったら本当にご飯抜きなの?」

 

「今のところはそうはなってませんが、何時までも一夏さんの慈悲があるとは思えませんからね……」

 

 

 虚ちゃんが少し不安げに六人を眺めてたけど、皆それほど危ない点数なのだろうか……

 

「一夏さん、相変わらず手の動きが見えない」

 

「実戦経験者の小鳥遊先生でも見えないんですね」

 

「あら、そう言う元軍属のナターシャ先生は見えるんですか?」

 

「……見えません」

 

 

 別に嫌味で言った訳では無いのに、小鳥遊先生は嫌味ったらしく返してきた。この部屋で生活すると言う事は、小鳥遊先生とも何とか折り合いをつけないといけないと言う事なのだけども、私には如何してもそれが出来るようには思えないんだよなぁ……何で敵対心むき出しなのかも分からないんだから……

 

「さて、採点が終わった訳だが……」

 

 

 一夏君が立ち上がり六人の許に歩き出す。一歩近付く毎に、六人は緊張で縮み上がっているではないか……どれだけ威圧しているんだろうか……

 

「まずは七十五点合格の三人だが、香澄が八十八、エイミィが八十二、マドカが七十八でとりあえず全員合格だ」

 

「「やった!」」

 

「私だけ七十点台か……ちょっと離されてるね」

 

「まあでも、マドカもちゃんと合格してるんだし、ここは素直に喜ぼうよ」

 

 

 随分と上を見てるマドカちゃんだけども、簪ちゃんに諭されて笑顔を見せた。何だかんだ言っても合格出来てる事が嬉しかったようだ。

 

「そして合格点が八十の須佐乃男だが、八十でとりあえず合格」

 

「あ、危なかったです……」

 

「ギリギリだったね」

 

「マドカさんより良い点を取ってるのに、何でこんなに緊張しなければいけなかったのでしょうか……」

 

「でも、須佐乃男は単純に私よりも二時間以上勉強してるんだから、合格出来て当たり前だよね」

 

「マドカさんが苛めますよ~……」

 

 

 合格した事で余裕が出てきてるのかマドカちゃんと須佐乃男がじゃれあってる。それを見ても一夏君は眉一つ動かさなかった。

 

「そして残りの六十五点合格の美紀と本音だが」

 

「は、はい……」

 

「ドキドキするよ~」

 

 

 緊張してるのがはっきりと伝わってくる四月一日さんと、本当に緊張してるのか定かでは無い本音ちゃんの二人を見て、何だか私まで緊張してきた。この二人が合格なら今日のテストは全員合格と言う事になるのだ。

 

「まず美紀」

 

「はい!」

 

「次もこれくらい取れれば三人と同じくらいに戻れるからな。頑張れよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 一夏君から手渡された答案を、私たちは四月一日さんの背後から覗き込む。結果は七十六点で、平均的に勉強出来ている三人の合格点にも到達していた。

 

「良かったね、美紀」

 

「ありがとうエイミィ! でも、香澄とエイミィには敵わないな」

 

「それだけ私とエイミィが質問してるって事だよ。遠慮して質問しないから美紀は分からないままなんだよ」

 

「そうそう! 初めは私も遠慮してたけど、それじゃ駄目だって気付いたんだ」

 

「そう…だね……でも、私ばっかが質問すると他の人が……」

 

「ナターシャも増えたんだ。これからは遠慮するなよ」

 

「は、はい! 分かりました一夏様!」

 

 

 如何やら四月一日さんは一夏君の言う事は素直に聞くらしい……如何言った関係なのかは知らないけど、楯無ちゃんも虚ちゃんも嫉妬してないと言う事は、彼女とかそう言った関係では無さそうだね。

 

「そして本音」

 

「は~い」

 

「……これでもギリギリって如何言う事だよ」

 

「ほえ?」

 

 

 一夏君から本音ちゃんに返された答案に書かれている点数は六十六、同じ合格点を設定されていた四月一日さんは悠々合格したのに、本音ちゃんはかなりギリギリでの合格だった。

 

「でもおりむ~、合格には変わりないでしょ~?」

 

「一応は合格なんだが、ランクを下げての合格だからな。本来なら追試無しで不合格な点数だって事を忘れるなよ」

 

「追試無しって一夏、それって本来なら本音は夕ご飯抜きだったって事?」

 

「当たり前だろ。本来の合格点は七十五点だ。約十点も下回ってる本音に掛ける慈悲は無い」

 

 

 確かに、ランクを下げられた事で奮起した四月一日さんと、それを善しとして甘んじた本音ちゃんとじゃ、さすがの一夏君も掛ける慈悲は無いわよね……

 

「それじゃあ本音は明日も合格点が低いって事?」

 

「そうなるな。逆に香澄とエイミィは上げても良いと、俺は思ってるんだが……二人は如何思う?」

 

 

 成績優秀な二人に視線を向けた一夏君、そしてその視線を受けた二人は、まるでシンクロしたように同じ速度で首を左右に振っている。

 

「無理! 無理だよ一夏君! そんなに期待されたって、私にも香澄にもその期待に応えられるだけの実力が無いよ!」

 

「エイミィの言う通り、今でもギリギリなんだから、これ以上は無理だよ」

 

「ギリギリでは無いと思うが……そこまで言うなら今回は止めておこう。ただし上げられるのが嫌で手を抜くような事が万が一あった場合……その時は分かってるよな?」

 

 

 急に雰囲気の変わった一夏君に、その視線を向けられた二人が今度は首を縦に揃えて振っている。

 

「も、もちろん分かってるから。そんな事したら一夏君に殺されちゃう」

 

「せっかく良い点が取れてるんだから、手を抜くなんて事はしないよ……それに、まだ死にたくないし」

 

「別に殺しはしないが……精々二度と手抜きが出来ないようになるだけだ」

 

 

 それでも十分怖いんだけど……脅されてるのはカルラさんと日下部さんなのに、何でか知らないけど私たちまで恐怖を感じていた。それだけ一夏君の脅しは効果があると言う事なんだろうけどさ……

 

「それじゃあ一夏さん、私はもう一度見回りに行ってくるね」

 

「美紀も連れて行ってやれ。息抜きくらいにはなるだろ」

 

「分かりました。隊長の見回りに同行します」

 

「お願いね」

 

 

 二人で部屋を出ていく時、何でか分からないけど小鳥遊先生は私をチラッと見た。そして少し笑ったように見えたけど、何であんなに私を意識してるんだろう……同じ年上で教師だからかな? それとも違う何かがあるとか……

 

「さてと、お前らは片付けしとけよ。その間に飯は作っとくから」

 

「おりむ~のご飯、おりむ~のご飯」

 

「本音様は本当に一夏様の料理がお好きなんですね」

 

「須佐乃男だって好きでしょ~? それに皆だって」

 

「お兄ちゃんの料理が嫌いって人が居るなら見てみたいよ」

 

 

 確かに、一夏君の料理は美味しいし、恐らく嫌いな人は居ないんじゃないかってくらいの出来だ。それに食材に拘ってるけど高級食材を使ってる訳では無いので、それほど予算もかかってないので食べる時に変に緊張する事も無いのだ。

 

「でも、一夏君のご飯が美味しいから、他の料理が美味しく感じられなくなってるのも確かなのよね……」

 

「そこら辺のレストランなら一夏さんの味に勝てませんものね……」

 

「それほどなんですか? 私はそれほどまだ一夏君の味に侵食されてませんので分かりませんけど……」

 

「一夏のご飯に慣れると、外食したくなくなる。健康的だけど一夏に負担を掛けちゃうんだよね……」

 

 

 確かに……私も一夏君にご飯を作ってもらった事があるから分かるけども、一夏君の味に慣れたら、暫く出来合いのお惣菜では満足出来なかったもんね……

 でもそれだけ一夏君の料理が私たちの胃袋を掴んでると言う事だし、まずは胃袋を掴めって言うしね……あっ、それは女が男を掴まえる時だった……

 

「誰か手伝ったりしないの?」

 

「あのね、ナターシャ先生……手伝えば手伝うほど邪魔しちゃうのよ」

 

「一夏さんは一人で調理した方が早いですから……」

 

「むしろ何もしない事が一番の手伝いなんだよ……」

 

「良く分からないけど、手伝わない方が良いって事だけは分かった」

 

 

 今の世の中、あまり女の尊厳とかを気にしてる人は少ないけど、それでもやっぱり男の子よりも料理が出来ないって事は耐えられない事実なんだろうな……私は元々出来ないって開き直ってるから良いけど、刀奈ちゃんや簪ちゃんは平均以上出来る子だし、虚ちゃんだって一夏君の指導の許平均レベルまでは出来るようになってるらしいし……それでも一夏君の手伝いは出来ないって言うんだから、私が出来るはずも無いしね。

 私は誰に言い訳するでもなく心の中でそう決め付け、大人しく部屋の片付けを手伝う事したのだ。




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