一夏君と一緒に昼食を済ませると、その後はのんびりとおしゃべりする事になった。
「ねえねえおりむ~、午後は実技だけど、おりむ~は如何するの~?」
「生徒会室で溜まってる仕事を済ませてから、今日の分の勉強会の問題を作成して軽く寝る」
そう言えば一夏君は昨日も一昨日も寝てないんだっけ……昨日は何で寝なかったんだろう?
「ねえ一夏君、一昨日は何となく理由は分かったけど、昨日は寝れたんじゃないの?」
「昨日も色々あったんだよ。駄姉に絡まれたのもあるが、気付いたら既にマドカが起きるような時間だったから寝ないで作業してた」
マドカが起きる時間って、確か五時前後だったと思うんだけど……そんな時間までいったい織斑先生と何をしてたんだろう?
「静寂、考えても見当はつかないと思うからやめておけ」
「何も言ってないじゃない……」
顔に出てたのだろうか。一夏君は私の思考を読んで先手を打ってきた。考えるだけ無駄たと言っておけば大抵の人間は諦めるのかもしれない。だけど私はその大抵の中には入っていない。一夏君と織斑先生の関係は姉弟、当然そう言った関係にはならないのは分かっている。
特に二学期になってから一夏君は織斑先生との距離を広げている。織斑先生は何とかしたがってるようなんだけど、一夏君は突っぱねるような態度を取っている。
「午前中は大変だったよ~」
「本音は殆ど聞き流してたじゃない」
「美紀ちゃんが狙われてたからね~。私は安心してのびのび出来たよ~」
午前中は織斑先生の授業だったのに、本音は意外と命知らずなのかもしれないわね。
「それじゃあ私も一夏様についていきましょうか?」
「須佐乃男は大人しく勉強してろ」
「一人では退屈なんですよ~」
「念話で分からない箇所の説明はしてやるから、大人しく一人で勉強してるんだな」
一夏君にピシャリと言い切られて須佐乃男は大人しく引き下がった。それにしても念話って便利なんだろうな……
「何を考えてるのか大体分かるが、別に便利ではないぞ」
「そうですね。隠し事が難しいですし、一夏様の思考は読めませんし……」
「お前だって一部に強固なブロックを掛けてるだろ。何を隠してるんだよ」
「知られたく無いから隠してるんですよ! 言う訳無いじゃないですか」
「そりゃそうだが……駄姉のように無駄遣いしてるんじゃないだろうな」
「そ、そんな事は無いですよ?」
何で疑問形なんだろう……明らかに動揺してる須佐乃男に対して、一夏君は興味を失ったのか視線を先輩方に移した。
「虚は相変わらず食べるのが遅いな」
「虚ちゃんはのんびりしてるからね~」
「普段は本音がのんびりしてるのにね」
布仏先輩はゆっくりと味わうように一夏君のお弁当を食べている。気持ちは分かるけども、これ以上のんびりしてると次の授業に間に合わないかもしれないのだ。
食後すぐに全力疾走は誰もが避けたい事なので、もう少し食べるペースを速めてほしいんだろうな。
「お嬢様は食べこぼしてますよ」
「刀奈は少し落ち着いて食べたら如何なんだ?」
「だって美味しいんだも~ん」
その気持ちも分からないでも無いけども、更識先輩は少しがっつきすぎのような気もする。妹の簪は綺麗に食べてるのを見ると、やっぱり更識先輩はがっつきすぎだ。
「一夏様、何時頃実技に復帰出来そうですか?」
「分からん。一応は回復してるんだが、自分の感覚と周りの人が許してくれるタイミングが一緒とは思えないし、もう少しは無理だろうな」
一夏君個人としてはもう少しで復帰出来そうなんだろうけど、周りの人はもう少し様子を見たいんだろうな……だって一夏君は自分の事になると無頓着になっちゃうし、無理して悪化させるのも厭わないんだろうしな……もう少し自分の身体も労わってあげたら良いのに。
「さてと、俺は先に行くぞ」
「一夏様、私も……」
「ついてくるな。お前は部屋で大人しく勉強してろ」
一夏君に食い下がった須佐乃男だが、やっぱり一夏君にあっさりと斬り捨てられてその場にへたり込んだ。
「残念だったね、須佐乃男」
「マドカさん、顔が笑ってますよ」
「だって須佐乃男だけお兄ちゃんと一緒なんてズルイもん」
「そうだよ~。マドマドの言うようにおりむ~と二人っきりは許さないよ~」
「うん、一夏と二人っきりになっても何も無いとは思うけど、それでもズルイ」
同学年の彼女たちは、須佐乃男に嫉妬している。私たちは一夏君のクラスメイトででしか無いけど、羨ましいと思うのは私たちも同じだ。
一夏君と二人っきりになっても私たちじゃ緊張して何も出来ないだろうけども、それでも羨ましいと思うくらいは良いだろうと思ってる。
「お前たちも普通に授業があるんだから、大人しくしてろよ」
「分かってるわよ……一夏君、お母さんみたいだったり先生だったりと忙しいわね」
「お前が言うな……静寂だって俺の次に先生みたいだろうが」
「私は精々委員長レベルよ」
一夏君みたいにクラスメイト全員を従わせるような事は出来ないし、纏めるのだってやっとなのだから……問題児が多いとされているクラスだし、代表候補生も多いので一夏君以外に束ねられる人は居ないのだ。
「実技って確か二組と合同だっけ?」
「そうだね。リンリンと一緒だね~」
「凰さんをそう呼んで大丈夫なのは本音だけだよ……」
「鈴はパンダみたいだって怒るもんね……可愛いと思うのに」
如何やら簪は本音の呼び方を羨ましいと思ってるようだ。可愛い……?
「また織斑先生が担当だし、とりあえず遅刻しないようにしないと」
「また美紀ちゃんが狙われるかもね~」
「やめてよね~」
美紀がからかわれてるのを見ながら、私はお茶を飲みながら違う事を考えていた。
「(一夏君が寝なかった理由は何なんだろう……織斑先生に絡まれたって言ってたけど、部屋に織斑先生が入ってくる理由は無いから、一夏君が部屋を出たんだろうな……でも何で?)」
一夏君に考えても無駄と言われたけど、それでも気になるのは仕方ないのだろう。知的好奇心……とはちょっと違うんだろうけれども、人間は好奇心には勝てない生き物なのだ。
「(一夏君が部屋を出たと言う事は、きっと部屋で何かがあったんだろうな。だけどもいったい何が? 一夏君はよほどの事じゃ動じないだろうから、きっとよほどの事以上な事があったのだろう、それは簡単に分かる。だけどその「よほどの事以上の事」って何だろう……また篠ノ乃博士が現れたとか?)」
でもそれなら一夏君は部屋を出ないでその場で対処しただろうしな……駄目だ、考えれば考えるほど分からなくなってくる……
「お~い、静寂。そろそろ移動しないと全力ダッシュしなきゃ駄目になっちゃうよ~」
目の前で本音に手を振られて思考を一旦停止させた。遅刻したら織斑先生の出席簿で叩かれる事になってしまう……それだけは絶対に避けたい。
「もうそんな時間? それじゃあ片付けて行きましょうか」
お弁当箱は教室に置いておけば良いし、後で一夏君が綺麗に洗ってくれるだろうからその事も心配しなくて良い。
「お着替えだ~!」
「子供みたいだね、本音ちゃん」
「だって勉強ばっかで身体を動かせてなかったからね~。少し楽しみなんだ~」
確かに、本音の場合は木曜の夜から勉強しっぱなしだっただろうし、途中で遊べる時間はあったとしても、その時間はお疲れ様会をしていたようで身体を動かしていた訳では無いのだ。
「だけど本音、授業だって事を忘れたら駄目だよ? 織斑先生に叩かれちゃうから」
「おりむ~が居ないと織斑先生の天下だもんね~……気をつけるよ」
「お姉ちゃんも人外の能力だからね」
「も?」
「だって一番の人外はお兄ちゃんだもん」
確かに一夏君も人外だもんね……生身でISを受け止められるってどんなよ……
「それじゃあ私たちも教室に帰ろうか」
「そうですね」
先輩たちも教室に戻るようなので、私たちも教室に戻る事にした。次は実技だからまだ移動があるんだけども、一旦は教室に戻らなければいけないので私たちは教室に続く廊下を進む事にした。
一夏様が実技に参加しないので、専用機である私も授業に参加する必要は無くなります。だから今日の午後はフリーになるのですが、一夏様の命令ですので大人しく部屋で勉強をする事にしたのですが、やっぱり一人は退屈です。
「一夏様が居なければ分からない事も多いですし、緊張感もありませんので進みませんね」
独り言なので答えは返ってきません。でも声に出したい気分なのです。ぼやいたところで誰にも文句は言われませんし、誰の迷惑にもなる訳では無いので遠慮はしません。
「一人で居るとこの部屋は広いんですね~」
元々広いのは知ってるのですが、一人で居ると更に広く感じるんですよね……なんだかこんな広い部屋に一人で居ると怖いですね。
「何かが居る訳では無いんでしょうけども、不気味ですね」
新設の部屋ですし、何かいわくがある訳でも無いのですが普段人が大勢居る部屋がシンとしているとその恐怖はもの凄いものがありますね……
「一夏様、聞こえてますよね~」
別に怖い訳では無いですが、質問が出来た為に一夏様に念話で声をかけました。
『何か用か?』
「問題の意味がよく分からないのですが」
『どんな問題だ?』
一夏様に質問していると恐怖は飛んでいってしまったのでは無いかと思うくらい消え去りました。
『お前、何考えてるんだ?』
「えっ!? 何の事です?」
説明をしている途中で、一夏様が私の様子がおかしいのを感じ取ったのか説明を中断して私に質問してきました。
『一人で居るのが何となく嫌なのは分かるが、ありもしないもので恐怖する事はおかしいぞ』
「分かってるのなら聞かないでくださいよ! 何となく怖いのはしょうがないじゃないですか」
『そんなもんか? 普段からその部屋で寝起きしてるんだから、今更恐怖する事も無いだろうが』
「一夏様はそう思えるのかもしれませんが、私はそんな簡単に割り切れないんですよ」
『だったら集中して無駄な事を考えられないようにすれば良いだろ』
「集中と言われましても、誰も居ないこの部屋で集中するのは難しいですよ」
普段は一夏様や楯無様、虚様などが居てくれますので、ある程度の緊張感がこの部屋を支配してくれる為に集中しやすいのですが、広く感じてしまうこの部屋では、集中するのも一苦労なのです。
『そんなに怖いのか?』
「怖いですよ! この前は一夏様のベッドの下から耳が生えてましたし」
『あれは駄ウサギだ』
分かってはいるのですが、床から耳が生えているように見えたのは、かなりの恐怖があるんですよ……それが作り物だと分かっても……
『余計な事をしてくれたな……』
「束様だけの所為では無いんですがね……」
あの後の一夏様の怒気も十分恐怖心を煽るのに役立ってるんですが……まあ怒るのも無理はないと思いますがね。
『あれは駄ウサギと駄姉の所為だぞ』
「離れててまでも思考を読まないでくださいよ!」
『仕方ねぇだろ、思考が駄々漏れなんだから』
リンクが強まってるとこう言った弊害もあるんですね……一夏様の思考は、一夏様が強烈なブロックを掛けている為に私には流れて来ませんが、私の思考はそれほど強いブロックがかかってない為に一夏様に流れ放題なんですよね……
「一夏様、もう少し調整出来ないんですか?」
『出来ない事も無いが、お前に相当な負担が掛かるぞ?』
「……どれくらいの負担です?」
『そうだな……全力で駄姉に追いかけられるくらい』
「止めておきましょう」
千冬様に全力で追いかけられた事はありませんが、それがどれほどの労力を必要とするかは容易に想像出来ます。
何せ私は一夏様の専用機ですので、それなりに負担が掛かってますし、一夏様のリミッターのある程度の解除の時の負担は今でも覚えています。
『あれよりかは楽だとは思うぞ?』
「ですが、あれは一夏様の全力、と言う訳では無いんですよね」
『そうだな……今ならあれの倍近くは動けると思うぞ? もちろん怪我が完治したらの話だがな』
「あれの倍……私が耐えられませんよ」
あの時も私は強制解除され、一夏様を空中に投げ出すと言う失態を演じてしまったのに、あれの倍の負荷が掛かるとなると、私がバラバラになる可能性が十分にあるんですよね……
『それくらい考慮して動くっての』
「また思考を……一夏様、思考のブロックの仕方を教えてください」
『お前だって一部に俺以上に強烈なブロックを掛けてるだろ』
私にも一夏様に知られたく無いものがあるのだ。だからその思考にはかなり強固なブロックを掛けているのですが、それを全ての思考に掛けようとすると、全てが中途半端になってしまいそうなのですよね……
ならないかもしれませんが、そっちの可能性の方が低いですね……だから私は本当に知られたく無い思考以外には簡単なブロックしか掛けてないのです。
その簡単なブロックでは、リンクが強まっている今の状況ではブロックの意味を成さないんですよね……
「それはそれです。普段から思考が全て一夏様に知られてるって言うのは気分の良いものでは無いんですよ」
『俺だって変な事まで流れてくるのは止めてもらいたいんだが』
「へ、変な事って?」
まさか知られたく無い事までもが一夏様に流れていってしまってるのでしょうか……
『だから、くだらない事とか、如何やって楽をしようだとか考えてるのまで、俺に流れてきてるんだよ』
「あっ、それだけですか……なら別に良いです」
『良くねぇよ! 大体それだけって何だよ。まだ何か考えてる事があんのか?』
「一夏様には関係ない事ですので、どうぞおきになさらずに」
如何やら強固なブロックは今現在も破られる事は無いらしいですね。一夏様とのリンクが元に戻るまで、今の状態を維持していきたいですね。
『おい、さっきから勉強の手が止まってるが、そんなんで今日のテストに合格出来るのか? もちろん勉強時間が他よりも長いんだから、お前の合格点は他よりも高めだからな』
「そんな贔屓はしないで良いですよ!? しかも難しくする事無いじゃないですか!」
『楽にして如何する。お前らは後で楽をしたいから今苦労してるんだろうが』
「出来れば後も先も楽をしたいってのが本音ですが」
『そんな甘い考えではやってけないだろ』
そう、そうなんですよね……一夏様の言うように楽をして結果を残せるなんてありえないんですよね……
「あれ? ですが一夏様はご自身の勉強をあまりされませんよね?」
『お前らの知らないところでやってるんだよ。そもそも教えるのも復習を兼ねてるから十分勉強になってるんだよ』
「なんとも羨ましいですね……」
私たちがあれほど苦労してるのに対して、一夏様は私たちに教える事で復習してるなんて、ズルイと言うか羨ましいです。
『泣きつかれてお前たちに教えるのはかなり疲れるんだが? それでも俺のポジションが羨ましいと思うか?』
「ですがテストで苦労する事は無いんですよね? それだったら羨ましいですよ」
テスト前に脅える事も、テストの結果をハラハラしながら待つ必要も無いのですから。
『自分の結果じゃなくってお前らの結果にハラハラしてるんだがな』
「何故です?」
私たちの結果を一夏様が気にする理由が分かりません……私は気になったので聞く事にしました。
『だってそうだろ? 補習にでもなったらまた俺に泣きついてくるんだから』
「だって一夏様に頼るのが一番なんですもの」
『それに、泣きついてくるのはお前たちだけじゃないからな』
「? 他に誰か居るんですか?」
補習になって泣きつくのは私たちだけだと思ってたんですが、如何やら他にも居るようなのです。いったい誰でしょう……
『駄姉が面倒だと言って補習を押し付けた相手が、俺に泣きついてくるんだよ』
「あぁ、山田先生ですね……」
千冬様が押し付ける相手なんて一人しか居ませんし……確かに山田先生なら一夏様に泣きついてもしょうがないですよね。だって一夏様の方が効率良く教えることが出来るのですから。
『だから補習にだけはなるなよ。面倒が更に大きくなってくるんだから』
「私たちだって好きで補習ギリギリの点数を取ってる訳じゃ無いんですが……」
一夏様や他の方に教わり、何とか合格点を取れれば私たちにとっては十分なのですが、それだとこれからも同じ様にテスト前は一夏様に頼らなくてはいけないんですよね……それは分かってるんですが、それでも普段から勉強しようと言う気持ちにはなれないんですよ。
『授業をもう少し真面目に受ければ変わると思うんだが……』
「それが出来るのなら苦労しません!」
『威張って言う事か……』
一夏様に呆れられましたが、授業は退屈な上に分かり難いので、如何しても真面目に取り組むって事が出来ないんですよね……一夏様が担当してくれる時は別ですが、千冬様も山田先生も教科書通りにしか教えてくれませんので、どうも分かり難いのです。
その事を身を持って知っている一夏様はため息を吐いて私との通信を切りました。通信が切れた途端に、私は再び恐怖を感じ始めましたが、何とか勉強に集中して残りの自由時間を過ごしました。
誰でも良いので早く帰って来てくれませんかね……
大部屋に一人って何だか怖く感じるんですよね……慣れましたけど