一夏さんが生徒会の仕事をしてくれているおかげで、私は安心して勉強を教える事に専念が出来ます。これがお嬢様や本音だったら、ひやひやしてそれどころでは無かったでしょうね。
「虚ちゃん、これって如何やって教えるんだっけ?」
「どれですか? ……これは如何教えるんでしたっけ?」
お嬢様に聞かれた問題を見て、私も首を傾げてしまいました。如何やら簪お嬢様が聞かれた問題をお嬢様に聞いて、更に私に聞いていたようなのですが、誰一人上手く教える事が出来ませんでした。
「仕方ありませんね、一夏さんに電話します」
鷹月さんも上手く教えることが出来なかったようなので、最終手段として一夏さんに連絡する事に……スミマセン一夏さん、こっちが安心して任せられませんよね……
『如何かしたのか?』
「スミマセン一夏さん、とある問題を誰一人上手く説明出来ませんで……申し訳ありませんが、解説をお願いしてもよろしいでしょうか?」
『どの問題だ?』
「えっとですね……」
一夏さんに問題の詳細を伝え、解説してもらう事に……携帯をスピーカーモードにして全員に聞こえる位置に置く。何だか結局一夏さん頼りになってるような気がするんですよね……
『それじゃあ説明するが、刀奈や虚まで分からないとは思わなかったな……碧は居ないのか?』
「居ますけど、碧さんも説明は難しいと……」
『そうか……それじゃあ説明するからな』
説明の奥で、何かを書いている音が聞こえる……おそらく作業しながら説明してくれてるのでしょうね……ホント頼りになりますね。
『と、言う訳だが……今のでもまだ分からないヤツは居るか? 居るなら返事をしてくれ』
一夏さんが確認すると、とりあえず全員分かったようで、誰も反応はしませんでした。
『理解したんだな? それじゃあテストに組み込んでも全員正解出来るんだな。それじゃあこれは組み込む事にするか……』
若干Sッ気を見せている一夏さんに、全員が震え上がる……電話越しでも一夏さんの雰囲気は伝わってくるんですよね……
『それじゃあ切るぞ。如何やらまた来客のようだから』
「ありがとうございます、一夏さん。また何かあったら電話しますので……」
『分かった。だが、なるべくならそっちで解決してくれるとありがたい』
一夏さんはそう言って電話を切りました。確かに、私たちが任されているのだから、なるべく私たちで解決しなければいけないんでしょうけど、一夏さんほど説明上手では無いんですよね……
頼られてるのは非常に気分が良い事なのに、その求められているレベルに私たちが到達していないのが残念です……
「それじゃあ勉強を再開してね。一夏君が居ないからって怠けてると後で怒られるからね」
「分かってる。お兄ちゃんが後でテストの結果を見れば、私たちが怠けてたか如何かがバレちゃうんだから……」
「一夏様が居なくとも、虚様が居ますし、簪様も厳しいですからね」
「静寂も居るしね~」
「うんうん……あれ? 私は?」
「生徒会長はそこまで怖く無いですし」
「刀奈お姉ちゃんは自分が甘やかされてるからそこまで厳しく無いからね」
「一夏君と比べれば、更識先輩はかなり優しい。一夏君も厳しいけどちゃんと優しいんですがね」
下級生に舐められてる生徒会長っていったい……まあお嬢様は恐れられるよりも好かれる方が良いようですし、これは当然の結果なのでしょうね。
一夏さんが恐れられているのも分からないでは無いですが、ちゃんと優しさがある事にも気付いているようで、何だか複雑な気持ちになりました……一夏さんは誰にでもある程度は優しく接しているのだと思うと、彼女として嫉妬してしまうんですよね……
「虚ちゃん、何唸ってるの?」
「唸ってません! 少し考え事をしてただけです」
「考え事? 何かまた悩みでもあるの?」
「そりゃ沢山ありますよ。お嬢様の事とか、本音の事とか、それから更識家の事とか……悩みは尽きませんって」
「そうなんだ……」
一夏さんが手伝ってくれてるおかげで、ある程度の悩みは解決するのですが、それでも全て解決する事は難しいんですよね……
更識家のお金を着服していた犯人は特定出来たのですが、確たる証拠を集めるのにまた大変な思いをしなければいけないんですよね……それに、まさか美紀さんのお父様が絡んでるなんて言い出せませんし……
「……? 虚さん、私の顔に何か付いてます?」
「いえ、何でもありません」
ついついジッと顔を見つめてしまってました……伝えるのを一夏さんに頼む事も出来ますが、嫌な役を一夏さんに押し付けるようで何だか気が引けるんですよね……更識の問題をこれ以上一夏さんに任せるのも何だか忍びないですし……
「虚ちゃん、ホントに大丈夫? そんなに悩み事が多いなら、少し出てきても良いわよ?」
「布仏先輩の分は、しっかりとカバーしますから」
「そうそう。お姉ちゃんをもっと扱き使うから大丈夫ですよ」
「酷くない!? それって酷いよね、簪ちゃん!?」
「普段サボってるんだから、虚さんが悩んでる時くらい代わりに働いたら?」
「簪ちゃんが苛めるよ~! 虚ちゃん、ついに簪ちゃんが反抗期に!」
「……それではお言葉に甘えさせてもらいます。少し風に当たればすっきりするかもしれませんし」
「あれ? 無視は酷くないかな~!」
嘘泣きをしているお嬢様は、この際放って置くとして、簪お嬢様と鷹月さんの好意に甘える事にしましょう。部屋の中で考え込むと、思考が内へ内へになってしまいますしね。
部屋から出て、さて何処に向かったものかと考えていると、自然と生徒会室へと足が向いてしまいました……
「(一夏さんに相談しても仕方ない事なんですがね……)」
頼りにはなるでしょうけど、これ以上甘えられないから悩んでいるのであって、結局一夏さんに頼るのでは本末転倒なんですがね……
「(愚痴を聞いてもらうだけでも違うかもしれませんね)」
何で自分が生徒会室に足を運んだのか疑問に思いながらも、一夏さんに愚痴を聞いてもらおうと扉を開けた。
「如何かしたのか?」
「いえ、少し相談したい事がありまして……相談と言うか愚痴と言うか……兎に角、聞いてくれますか?」
「愚痴はちょっと遠慮したいが、まあしょうがないだろ。良いぞ、聞いてやるから言ってみろよ」
一夏さんは一旦作業の手を止めてキッチンに向かいました。話が長いと考えてお茶を淹れにいったのでしょう。
「ミルクティで良いか?」
「お願いします」
一夏さんはちゃんと私の分も用意してくれるようで、この気配りにはホント感心しますね。
「それで、愚痴って何についてのだ? 何個か心当たりはあるが」
「恐らく一番面倒な事についてかと……」
「四月一日さんの事か?」
お見通しのようで、一夏さんは私が言い辛い事をあっさりと言ってくれました。
「あの人が資金を着服してたのは、ほぼ間違い無い。だがさすがに確たる証拠を残すようなヘマはしてないようだから、今の段階では惚けられるだけだろうな」
「状況証拠は四月一日さんを指してるのですが、それだけでは認めないでしょうしね」
「着服して何に使ってたかは、まだ分からないのか?」
「調べてもらってますが、やはり難しいようでして……」
「更識の遠縁なんだろ? 何で裏切るような事を」
「やっぱりお嬢様が当主の座を継いだのが気に食わないのかと……一応候補者ではありましたし」
先代の楯無様が亡くなった時、お嬢様の他に名前が挙がっていたのが四月一日さんなのですよね……結局、直系が良いだろうと言う事でお嬢様が継いだのですが……
「刀奈を殺そうと計画してるとして、何処に金を流すのが効率的だと思う?」
「それは……」
一夏さんの言葉に含まれる威圧感に、私は無意識に自分の身体を抱きしめる。部屋はそれ程寒くないのですが、何故だか体温が下がったような錯覚に陥ったのです。
「この前のウイルスも、四月一日さんの手のものがやったとしたら……」
「更識内に他にも反乱分子が居ると思うのが普通だな」
「そうなるといったい誰を信じて良いのか如何か……」
お嬢様の事をよく思って無い人なんて、どれほど居るのか分かりませんよ……ほとんどお飾りの当主様なんですから……
「碧や美紀は大丈夫だろ。諜報に使うならその二人が安全だ」
「ですが、美紀さんは諜報は苦手では……」
「学園に来てから、ろくに稽古をつけてやれてないからな」
「今屋敷に戻るのは得策では無いですよね?」
「あえて戻るのも手だとは思うが、とりあえずテスト期間は戻らない方が良いだろう。安心して勉強出来ない」
「探りは碧さんの部隊の方に任せるのは如何でしょう?」
「そうだな……信用出来る人を碧に選んでもらうのが良いだろう。部下が裏切り者か如何かくらいは見極められないと困るしな」
一夏さんは半分冗談めかしてそんな事を言いましたが、半分なのは一夏さんも誰がお嬢様を裏切ってるのかに確信がもてないからでしょう……
「スミマセン一夏さん、更識の事情に巻き込んでしまって……」
「今更だな。俺は随分前から更識の事情に巻き込まれてるんだが」
「ホント、スミマセン……」
お嬢様だけが狙われるのでしたら、まだ守りようがあるのですが、周りにまで影響が出始めると、私だけでは守りようが無いですし、やっぱり一夏さんに頼るしか無いんですよね……
「とりあえず碧には後で相談してみるとして、この事は刀奈と美紀の耳には入れないようにしておいてくれ。あの二人には刺激が強すぎるだろうしな」
「そうですね……簪お嬢様には如何します?」
「簪か……当分は伏せておこう。テスト前に無駄な動揺をさせるのは良く無いだろうし」
「そうですね……」
ご自身もテスト期間であるのにも関わらず、一夏さんは全く動揺を見せずに生徒会の作業を続けている。この人は本当に頼りになる人だと思う反面、頼りすぎるのも悪いと思ってしまうのですよね……
「戻ります。何時までも油売ってたらお嬢様に怒られそうですし」
「偶には良いんじゃないか? 何時もは刀奈が油売ってるんだし」
「そうですけど、私だけ何もしてないってのが耐えられません」
「そうか。なら戻って勉強を見てやっててくれ。虚が居れば安心だし」
頼られるのは嬉しいですが、それ以上にプレッシャーを感じてしまうんですよね……一夏さんの期待に応えられる様に頑張りましょう。
虚様が戻ってきてから、特に大きな問題も起こる事無く勉強は進んでいきました。途中何問か躓いたりはしましたが、午前中の勉強の成果が出てるのか、それ程質問する事無く問題を解く事が出来ました。
「午後は暇だね~」
「私たちは出番が少ない方が良いんだし、暇なのは良い事だと思うよ」
「でも、あまり暇だとつまらないじゃない」
楯無様が暇なのは良い事なのでしょうが、私たちは暇でも何でも無いのですが……一夏様が作った問題をひたすら解くだけで一日が終わるのですし……
「後は一夏君が戻ってきてテストするだけでしょ? 私たちって今日必要だったのかな?」
「午前中は出番あったし、午後だってそれなりに質問されたじゃない」
「でも、皆一夏君の恐ろしさを身を持って体験したから、真面目に勉強するようになったじゃない? だから大人しいものじゃない」
「一夏を怒らせる猛者は、此処には居ないよ」
簪様の言う通り、一夏様を本気で怒らせると大変な事になるとこの部屋に居る全員が知っているので、勉強中も大人しくしてるのです。だから楯無様が退屈なのも仕方の無い事なのですがね……
「まさか本音まで黙って勉強するなんてね~」
「お昼の事が相当効いてるんじゃない?」
あの脅しは、果して本気だったのでしょうか? それとも本当に脅しだけの意味だったのでしょうか……一点だけだったのでお情けをもらえてましたが、あれが五点、十点と低かったら本当にお昼抜きだった可能性の方が高いですし、一夏様の考えは私でも見え辛いですし……
「そう言えば虚ちゃん、さっきまで一夏君のところに居たんでしょ? 何時帰ってくるか分からないの?」
「そうですね……溜まっていた仕事の殆どを終わらせてくれてましたし、そろそろ戻ってくるのではないでしょうか」
「そうなの……それじゃあ帰ってきたらテストかな」
楯無様の憶測に、私たち六人の肩がピクッと動く。テストと言う単語に過敏に反応するようになってるようですね……
「そう言えば、一夏君が言ってたお客って誰だったんでしょうね?」
「う~ん……ちょっと分からないわね。簪ちゃんは分かる?」
「一夏の客でしょ……織斑先生とかじゃないの?」
千冬様を、一夏様がお客だと判定するのでしょうか……普段から駄姉だのあの人だの言っている一夏様ですし、お客だと判定しないような気がするんですよね……
「ただいま」
「一夏君お帰り~」
「勉強は如何なってる?」
「真面目にやってるよ。一夏君が居なかったから所々気が緩んでるようには感じたけど」
「真面目なら問題無い。五分後にテストするから各自見直しをしておけ」
一夏様が帰ってきた事で、部屋の緊張感は忽ち高まりました。テストがある事は覚悟してましたが、まさか五分後開始とは思いませんで、全員が慌てて午後勉強した事を必死に見直し始めました。もちろん私もですが。
「暇してるのなら刀奈にもやってもらうか」
「うへっ!? 私はいいよ~」
「遠慮するな。退屈しのぎにはなると思うぞ?」
「……一夏君、イジワルだ」
如何やら楯無様も参加させられるようで、渋々一夏様から渡された範囲の問題に目を通し始めました。
「一夏、私と静寂もやって良い?」
「構わないが」
「それじゃあやる」
「一夏君の予想問題って、かなりの的中率だしね」
そうなのです。一夏様が予想して作られた問題は、本番のテストでもかなり高い確率で出題されるのですよね……一夏様が問題を作ったのではないかと疑いもしましたが、もしそうならば一夏様は確実に違う問題をお作りになるだろうと思い当たってその疑問は解消したのですがね。
「後一分」
一夏様の宣告は、かなりのプレッシャーを私たちに掛けてくるものでした。今回の合格点は何点なのか、ペナルティはあるのか、などとドキドキしながらの見直しです。
「よしそこまで。ちなみに今回の合格点は六十だ。お情けは無しで不合格者は飯の後で二時間更に勉強してもらう。合格すれば今日の勉強は終わりだ」
「ちなみに一夏様、二時間勉強して終わりなのですか?」
気になった事を挙手をしてから一夏様に尋ねる。すると一夏様はもの凄いSッ気のする笑みを浮かべながら答えてくれました。
「それは如何かな。終わるかもしれんし、終わらないかもしれないからな」
「……それは兎に角一回で合格しろと言う事ですか?」
「さすが俺の専用機。良く分かってるじゃないか」
一夏様はそれだけ言うと私たちにテストを配り始めました。裏から見る限り、問題数はそれ程多く無さそうですね。
「制限時間は三十分、始め!」
一夏様の合図と共に問題を解き始める。午前中のテストよりは簡単なような気がしますが、油断すると引っ掛けを見落とす事があるので油断出来ません。
周りの様子を確認すると、皆さん意外とスムーズに問題を解いてるようですね。
「一夏さん、あの事は……」
「それは後だな。今はこっちが優先だ」
「そうですね」
なにやら一夏様と虚様が気になる会話をしてますが、今はその事を詮索する余裕はありませんし、終わったら終わったでその事を忘れてるでしょうしね。
「残り十分」
集中すると時間と言うのは恐ろしく早く感じるのですね。まだそれ程経ってないと思いましたが、既に二十分も経ってたとは……
問題数が少ない為に時間はそれ程かかりませんが、問題数が少ないと言う事は、それだけ配点が高いと言う意味です。一問間違えればそれだけ合格点に達する確率が低くなるのです。
「残り五分」
既に最後の問題まで到達していますが、確実に正解してる自信がある問題はそう多くありません。しっかりと見直しをして、どれだけミスを減らす事が出来るかが勝負ですね。
「残り一分」
見直しも終え、私は自分の名前が書かれてるかを確認します。昨日楯無様がやったミスをすれば間違い無く二時間勉強コースですしね。
「そこまで! 採点が終わるまでは自由にしてて良いぞ」
一夏様が解答用紙を回収して採点に取り掛かります。それ程時間がかからないので、自由にしてて良いと言われても、それ程開放感に浸れないんですけどね……
「今回はお情けなしだしね……怖いなぁ~……」
午前中のテストをお情けで合格した本音様は、少し震えているように見えました。
「終わったぞ。結果を発表する」
採点を終えた一夏様が、無表情で私たちを見回します。かなり怖いのは気のせいでは無いはずです……
「とりあえず全員六十点は取ってるが、一位と最下位の差が結構あるから少し気にしておけ」
返された答案を見合わせると、一位は美紀さんの七十八点で、最下位は本音様の六十一点でした。
「本音、かなりギリギリだね」
「怖かったよ~」
とりあえず全員合格したので、今日の勉強は此処までのようですね。かなり疲れましたよ、ホントに……
亡国企業もですが、こっちも進展させないといけませんしね……