碧さんとの見回りから部屋に戻ってきたら、本音が泣きながら一夏さんに抱きついていた。
「これは何事?」
「本音、如何かしたの?」
事情を知らない私と碧さんは、何で本音が泣きながら一夏さんに抱きついてるのか、そして何故それを微笑ましいような感じで皆さんが眺めてるのかが理解出来ません。
「あのね、本音がテストで合格点まで一点届かなかったんだよ」
「それで一夏さんに泣き付いてるんですか?」
「違います。お昼抜きだったんですけど、一夏様のご好意で本音ちゃんも食べられるようになったんで、うれし泣きしながら一夏様に感謝してるんですよ」
「お昼抜きでそこまで……どれだけ卑しいんですか……」
「でも虚さん、本音ちゃんの思いも分からないではないですよ?」
「碧さん?」
「目の前で他の皆さんが一夏さんの作ったご飯を食べているのに、自分だけ食べられない状況を想像して下さい」
そんな状況、簡単に想像出来る訳が……あれ? 意外と簡単に想像出来ますね……
「……凄く悲しい気分になりますね」
「ですよね。だから本音ちゃんが泣きながら感謝するのも分かりますよね」
「ですが、ここまで泣きますかね?」
「それは私も思わないではないですが、本音ちゃんは一夏さんの料理が大好きですからね」
確かに本音は、一夏さんの料理が大好きだ。朝起こされる時も一夏さんの料理を出汁に使われる事が多いほどに、本音は一夏さんの料理を愛している。
「一夏君も脅しだったんだろうけど、此処まで泣かれるなんて思って無かっただろうね」
「でも、もう少し点数が低かったらきっとホントにご飯抜きだったと思うよ」
「一夏君ならありえそうで怖いわね……本音もギリギリでホント良かったわね」
教える側の三人も、本音の泣きっぷりには多少驚いてるようですが、それでも事情を知ってるので私たちほど驚いてはいません。
「お兄ちゃん、結局食べられるならあんな事言わないでよ!」
「そうですよ! 必死になってやったのが馬鹿みたいじゃないですか!」
「そうでも言わないと本気にならないだろ? それに、本来なら食わせるつもりは無かったんだがな」
「そうなの? でも、一夏君がそんなイジワルをするようには思えないんだけど」
日下部さんが首を傾げていると、美紀さんも同調するように頷いている。
「そうですよね。一夏様がそんなイジワルをするようには見えませんし……でも、必要ならそれくらいするようにも見えるんですよね……」
「だから、一点だったから許しただけで、次は容赦しないって言ってるだろ。それこそ、次は一点でも許さないかもしれないんだから気を抜くなよ」
「一夏様、かなり怖いのでその笑みは止めてくれませんかね……慣れてないお三方が震えてるじゃないですか」
「それくらい恐怖を感じてくれないと、やってる意味が無いからな。馴れ合いでやってたら確実に補習になるからな」
美紀さん、日下部さん、そしてカルラさんがガタガタと明らかに震えてるのを見て、一夏さんは満足そうに一つ頷きました。脅しが効いていると確認したかったのでしょうか……
「兎に角、今回は本音以外は目標達成出来た訳だから、もう少しレベルを上げても問題無さそうだな」
「えっ……お兄ちゃん、それは違うんじゃないかな……」
「そうですよ一夏様、今出来たからと言って、次も出来るとは限らないんですから……」
「何時までも低いレベルでやってたんじゃ成長しないだろ。それに、まだまだ基礎段階でそんな弱気で如何するんだよ」
確かに、基礎が出来るようにならなければ応用問題などに取り掛かれませんし、一夏さんの言ってる事も分かるのですが、いきなりレベルを上げても付いて来れないと思うのですよね。特に本音は今回、唯一の不合格者のようですし……
「香澄も美紀もエイミィもそれなりに出来てたし、お前ら二人だって合格点は取れてるんだ。何時までも基礎で躓いてたら本番で結果を出せないぞ」
「それはまあ……」
「分かってはいますが……」
「それじゃあお前ら二人は基礎だけで良いんだな? それ以外は教えなくても文句言うなよ」
突き放すような一夏さんの言葉に、須佐乃男もマドカさんも白旗を上げた。武芸でもですが、口でも一夏さんに勝てる人などそうそう居ないのです。
「それじゃあ、とりあえず飯だな。準備するからここら辺を片付けとけよ」
「分かった~。一夏君のご飯、楽しみだな~」
「エイミィ、急にしゃべりだしたね」
「うん。だってさっきまでの一夏君、本当に怖かったんだもん」
「そっか。エイミィはあんまり見た事無いもんね」
「香澄や美紀はクラスが一緒だもんね。結構あんな一夏君を見た事あるの?」
「偶にだよ。普段はあそこまで圧を出さないもん」
「そうなんだ。私も最近編入したからそこまで詳しくは無いからね」
合格していて、更に一夏さんも方針に文句の無い三人は話しながら片付けを進めています。一夏さんに丸め込まれた形の須佐乃男とマドカさんは、何となく渋々と片付けをしているように見え、此処にも差があるんだろうなと感じます。
さっきの一夏さんの話では、三人は問題無く合格してるようでしたし、須佐乃男やマドカさんも一応合格点には届いてるようでしたのに、この差はなんなのでしょう……
「さてと、私たちもお片づけしましょ」
「そうだね。私たちも食べるんだしね」
「よく平気でいられますよね……多少慣れている私でも結構怖かったんですが……」
「そりゃ一緒に生活してるし~」
「もっと怖い一夏を知ってるから」
確かに、先ほどの一夏さんはそれなりに怖かったですが、本気で怒った一夏さんはもっと怖いですしね……あれが本気なのかは、私たちにも分かりませんが……
「碧さん、私たちは手を洗ってから手伝いましょう」
「そ、そうね。私たちはさっきまで外に居たんだからね……」
「碧さん?」
「だ、大丈夫。あれくらいの威圧感なら実戦で体験してるから……」
如何やら碧さんもかなり驚いているようだ……それだけ一夏さんの威圧感には恐ろしい何かを感じるのでしょうね。
「ところで虚ちゃん、見回りは如何だった?」
「如何、とは?」
「何か怪しい点は無かったかって事! それで、何かあった?」
「何を期待されてるのかは分かりませんが、今のところ怪しい事はありません」
敵もそれなりにダメージがあるようですし、早々と攻め込めない理由があるのでしょう。見張りの気配は感じますが、それ程殺気立ってる訳では無いようで大人しいものでした。
「そうなんだ……せっかく体調も回復してきて、今度は参戦出来そうなのに……」
「お姉ちゃん、一夏がまだ万全じゃない状況で攻め込まれたら、お姉ちゃんがかなり大変なんだけど? それでも良いの?」
「そうだった! 一夏君はまだ回復してないんだった!」
「忘れてたの?」
「だって一夏君が普通に生活してるからつい……」
確かに一夏さんは日常生活においては支障無く行動出来てますが、実技やISの調整など、身体に負担の掛かりそうな事はまだしてないんですがね……何故お嬢様はその事を忘れてたのでしょうか……それに昨日も結構辛そうにしてたんですがね……
「如何かしました?」
「いえ、何でもありません」
碧さんが不思議そうに私を見ていたので、私は慌てて洗面所に向かいました。少し不自然かなとも思いましたが、碧さんは追求してくる事無く私と一緒に洗面所で手を洗いました。
「ところで、本音は何時まで泣いてるのかな?」
「本音~、片付け手伝ってくれないと本音の分を私たちが分けちゃうわよ?」
「駄目! そんなのは絶対に駄目!」
洗面所から戻ると、本音を覚醒させる為に美紀さんと日下部さんが本音に最も効果のある脅し文句で復活させてました。
「本当に本音は一夏の料理、好きなんだね」
「かんちゃんだってそうでしょ~? おりむ~のご飯が嫌いって人なんて存在しないとおもうな~」
「まあ、文化祭の一位だって、実質一夏君の料理と容姿で取ったもんだしね」
「あの時の一夏君、カッコよかったけど、怒った時は怖かった……」
「何々~? その話、私知らないんだけど~」
カルラさんはあの現場にいませんでしたしね……
「一夏君のお友達が悪ふざけしてて、それを大人しくさせる為に一夏君が多大なるプレッシャーを放出してたのよ」
「あの姿を見て一夏君に対して、潜在的に恋愛感情を抱いた子が何人いるんだか……」
「彼女としては頭の痛い事なんだよね……」
そんな事が無くとも、潜在的に一夏さんに好意を抱いてた人は大勢居たでしょうし、今回の襲撃事件でそれが恋愛感情に変わった人も、沢山いるのでしょうね。
「ほれ、準備出来たから座れ」
そんな事を知ってか知らずか、一夏さんは特に変わった風もなく生活してますが、明らかに一夏さんに好意を抱いてる人は増えたんでしょうね……美紀さんは尊敬の色が強いですが、日下部さんやカルラさんは少なからず恋愛対象として一夏さんを見てそうで怖いですね……
飯を終えてから少し休憩をして、その後で新たに作った問題を六人に解かせる事にした。午前中の基礎問題より、若干レベルを上げて作った問題なので、それなりには苦戦するだろう。
「一夏君、ホント何時問題作ってるのよ……」
「気にするな静寂、何時作ってようがそれは問題では無いだろ」
「そうなんだけどさ……」
「そうそう。気にするだけ無駄よ、静寂ちゃん。一夏君が何時作業してるかなんて私たちも正確には把握してないんだから」
「お姉ちゃん、それって威張って言うような事じゃないよ……」
「そうかな~? だってホントの事だし」
「一夏さんは夜遅くまで起きてますし、朝早くから起きてるので、私たちが知らない間に作業してるんですよ」
概ねその通りなんだが、今の虚の言い方だと俺が寝てないみたいだな……一応寝てるんだがな、俺だって……
「さて、俺は生徒会の仕事をしてくるから、此処は任せても大丈夫だよな?」
「私も手伝いましょうか?」
「いや、虚は昨日一人でやってただろうし、今日は俺一人で大丈夫だ」
「それじゃあ午後のテストは如何するの?」
「作業合間に作るから気にしなくても大丈夫だ。それに来客がありそうだしな」
「来客? 生徒会室に?」
「正確には俺個人にだろうが」
この部屋で生活する人が増えた事で、不満を抱えてるだろう人間に多数心当たりがあるしな。部屋に押しかけてくる勇気はなくとも、生徒会室に居ると分かれば押しかけてきてもおかしくは無いだろうし……どっちが近付き難いかと聞けば、普通は生徒会室なんだろうな……どれだけこの部屋が近付き難いんだか……
「それじゃあちょっと行ってくる」
「分かった。六人の面倒は任せて」
「簪ちゃんがやる気だ~」
「お嬢様、茶化すのは如何かと思いますよ」
「そうですよ、更識先輩。せっかく一夏君が私たちに期待してくれてるんですから、気合が入るのも納得ですよ」
それ程大げさにされる事なんだろうか……俺に期待されるってだけで此処まで簪に気合が入るなんて思わなかったんだが……まあ良いか。
俺は部屋から生徒会室に向かおうとして、早速第一の来客の気配を察知した。
「……付いて来い」
「分かった」
気配の主はすぐにバレると思ってたのだろう。俺が声を掛けるとすぐに返事をしてきた。生徒会室に着くまで一定の距離を保ったままで歩いてきた。本当なら早足で移動したかったのだが、ダメージが抜け切ってない身体に負担を掛けるとまた怒られそうだしな……
「それで、用件は何だ?」
「なに、昨日のお礼をと思ってな」
「嘘吐け。アンタが俺にお礼なんて言うはず無いだろ」
「そんな事は無いだろ」
「今までアンタが俺にどれだけお礼を言った事があるんだよ? 自分で考えてみたら如何だ、駄姉よ」
来客その一、駄姉は顎に手を当てて考え込む。いくら考えても分かるはずが無いのだ。何故なら一度もお礼など言われた事など無いのだから。
「それで、本当の用件は何だ?」
「昨日お前は誰と寝たんだ?」
「その表現はかなり卑猥だろ……一人に決まってるだろ」
「本当だな!」
「大体、何でそんな事をアンタが気にするんだよ」
誰と寝ようがこの人には関係無いんだがな……まあ一人で寝てたから全く問題無いんだが。
「何時伯母になるかも知れないからな」
「訳が分からん……大体伯母って何だよ」
「一夏の子なら、私の甥か姪と言う事になるだろ?」
この駄姉は……そんな心配など必要無いと何故分からないんだ……
「一夏の子供ならきっと可愛いに決まってるからな!」
「お前は……怒られないと分からないのか?」
「一夏? お前、何でそんなに怒ってるんだ……怖いだろうが……」
「恐怖を与えようとしてるんだから、怖いと思ってもらわなければ意味が無いだろうが」
本能でこれは本気でヤバイと感じ取ったのだろう、駄姉は生徒会室から逃げ出した。
「やれやれ……何が子供だよ……」
大体高校生なんだぞ、そんな事する訳無いだろうが……
「さて、今の威圧で居場所がバレたし、誰かが来るまで仕事してるか」
確実に後数人は訪ねてくるだろうし、その間も作業してもこれは終わらないだろうな……生徒会業務をサボってた訳では無いのだが、これほど溜まるとやる前から疲れてくるな……
「もう少し刀奈が真面目になってくれると違うんだろうが……まあ有り得ないか」
真面目な刀奈を想像しようとしたが、結局は上手く行かなかった。普段の不真面目な刀奈の印象が強すぎたんだろうな。
「……開いてるから入ってきたら如何だ?」
ドア越しに気配を探ってるのを感じ取って、此方から声を掛ける。驚いたような気配がしたが、すぐに納得したのかドアを開けて入ってきた。
「如何かしたのか?」
「一夏君、偶には私も優遇されたいな」
「そんな事言われてもな……あれは勉強会だぞ?」
「でも、クラスメイトやお友達はお泊り出来て、私でけ出来ないってのはおかしく無い? 私は一夏君の彼女なんだよ?」
「この前お前の部屋に泊まっただろうが」
第二の訪問者、ナターシャは頬を膨らませて抗議してきた。まあナターシャの言いたい事も分からないでは無いので、此処は穏便に済ませられるようにするか……
「でもでも、私は一夏君の部屋に泊まった事無いんだよ?」
「そうは言ってもなぁ……ナターシャは教員の寮で生活してるんだから、無断で外泊はマズイだろ」
「外泊じゃないよ。敷地内だもん」
「いや、そうじゃないだろ……」
確かに教員寮も学生寮も同じ敷地内だが、外泊と言うのはそう言った意味で使ったんじゃ無いんだが……まあ良いか。
「それじゃあ今度また俺が泊まりに行けば良いのか? 周りの目を盗むのも楽じゃないんだが」
「一夏君なら楽勝でしょ?」
「そうは言ってもだな……まあ良い。兎に角、ナターシャも泊まりたいのなら、別に遠慮する必要は無いぞ。ただし、問題になっても知らないからな」
「大丈夫よ。教員寮には寮長居ないし」
「いや、こっちの寮長の事を言ってるんだが……」
「あっ、織斑先生……」
無敵の駄姉様に見つかっても、俺には攻撃してこないだろうしな……まあ庇えば良いんだが、今の状態であの駄姉に対抗出来るか如何かは正直微妙だ。
「だから今は……」
「!?」
「ん……これで勘弁してくれ」
ナターシャを抱きしめてキスをする。これで誤魔化してる訳では無いのだが、ナターシャが一番彼女として付き合えてないのは確かなのだから、少しは彼女として扱ってやりたいと思ったのだ。
「分かった……ありがとう」
顔を真っ赤にしてナターシャが生徒会室から逃げ出した……そんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくるじゃないか……
「一夏! 貴様ナターシャ先生に何をしたんだ!」
「一夏さん! 今ナターシャ先生がお顔を真っ赤にして走り去っていったのですが!」
「……ノックぐらい出来ないのか、お前らは」
予想してたより早く来たな……
「俺とナターシャは付き合ってるんだから、別にお前らに干渉される筋合いは無い」
「んあっ! 貴様、開き直るのか!」
「大体何の用だよ。生徒会室だって気軽に遊びに来られたら困るんだが?」
「一夏さんの部屋に鷹月さんや日下部さんたちが泊まっていると言うのは本当ですの!?」
篠ノ乃は兎も角、セシリアは何処から聞きつけたんだ……あっ、篠ノ乃からか。
「勉強会だ。あいつらは放って置くと赤点必死だからな」
「だが静寂は優秀だろうが!」
「静寂は教師役として参加してもらってる。俺たちは色々とあるから、静寂一人が居てくれるだけで助かるんだ。織斑先生の許可も貰ってるんだ、文句があるならそっちに言ってくれ」
駄姉の名前を出すと、篠ノ乃もセシリアも大人しく帰ってくれた。やっぱり腐っても世界最強の名は伊達じゃ無いんだな……
「さてと……とりあえずドアを直すか」
あの二人が蝶番をぶっ壊してくれたおかげで、こっちは余計な仕事が増えたんだが……あの二人の暴走癖は治らないもんかねぇ……
「いーちかー!」
「……お前もかよ」
「暇だから遊びましょ!」
「……見ての通り俺は忙しい。暇なら弾か数馬でも誘え」
予想外の訪問者を追い返し、結局二枚とも壊れてしまったドアの修復作業に取り掛かる事にした……俺は大工でも修理業者でも無いんだがな……
原作ヒロインですし、ちょっとでも出番をね……シャル? そんなヤツは知らん(シャルロットファンの方がいたらスミマセン)