一夏君のクラスメイト二人が部屋に泊まる事になった。と言っても一人は美紀ちゃんだし、日下部さんも何度かこの部屋に遊びに来た事あるから別段気にならないんだけどね。
「お姉ちゃん、暇なら相手して」
「おっ、皆が勉強してる傍でゲームとは、簪ちゃんも人が悪いね~」
「違う。これは誘惑に打ち勝てるか如何かの試練だよ」
「何事も言い様だね~。まっ、退屈だったしいっちょやりますか!」
一夏君に視線で「ほどほどにしろ」と釘を刺された為、私も簪ちゃんもそれほど妨害にならない様にひっそりとゲームを始めた。
「今日こそは簪ちゃんに一勝したいな~」
「お姉ちゃんに負けたら、私がお姉ちゃんより勝ってるものが無くなっちゃうからね。簡単には負けない」
簪ちゃんが私より勝ってるものなんて、他にもあるんだけど、簪ちゃんは自分はゲーム以外私に劣ってると思いこんでいるようなのよね~……普段は視野広い簪ちゃんも、私に対してだけは思いっきり視野が狭くなっちゃうのよね。
「虚、そっちの監視は任せる。騒ぎすぎだと判断したら殴っても構わん」
「分かりました。それで、一夏さんは?」
「俺は夕飯の準備をする。碧は勉強見てやっててくれ。分からない箇所があったら聞きに来い」
「分かった。頑張ってね」
如何やら私たちは虚ちゃんに監視される事になったらしい……一夏君も信用してくれてないんだな~……興奮しない限り大丈夫なんだけどな。
「簪ちゃん、出来るだけ静かに戦いましょう」
「分かってる。そもそも騒がしいのは何時もお姉ちゃん」
「そんな事ないよ!?」
「お嬢様?」
「あっ、ゴメン……」
虚ちゃんに睨まれて自分が騒がしくなっていた事に気がつく。これは結構意識しておかないと危ないわね……
「碧さん、此処って如何解くんですかね?」
「えっとそこは……? 如何解くんだっけ?」
一夏君の代わりを任された碧さんは、早くも困ってる様子だった。一夏君が作った小テストを見る限り、勉強してないと分からないような出題方法をしてるなーっと感じられるテストなので、普段勉強してない碧さんには少し厳しいものなのだろうな~。
「隊長、これは如何解けば?」
「碧さ~ん、これは如何解くの~?」
さっきのテストの結果を見て、一夏君に指示された箇所の問題を解いている五人だけども、考えても分からないようなので全員が碧さんに質問をしている。そんなに難しい問題でも出されてるのかしら……
「簪ちゃん、ちょっと見にいかない?」
「私も少し興味ある」
ゲームを一旦止めて、私たちも五人の勉強を見に行く事にした。虚ちゃんも気になってるようだし、三人で碧さんの助っ人でもしますか。
「あっ、楯無様。これって如何やるんでしたっけ?」
「どれどれ~? ……あれ? 簪ちゃん分かる?」
「これは応用だから……多分これで合ってる」
簪ちゃんが解いて見せた答えに、虚ちゃんが首を捻った。
「この部分はこうじゃなかったですか?」
「ここって結構難しいのよね……」
一夏君の出題方法もそうなのだが、問題そのものが難しいのだ。全員で首を捻っていると一夏君がこっちにやって来た。
「何を唸ってるんだよ……」
「一夏、これって如何解くんだっけ?」
「おりむ~、かんちゃんが分からない問題を私たちが解ける訳ないよ~」
「お兄ちゃん、詳しく解説して?」
「「お願いします」」
美紀ちゃんと日下部さんも頭を下げて一夏君に解説を求める。一夏君は一旦キッチンに引っ込み、すぐに戻ってきた。恐らく火を止めにいったんだろうな……
「刀奈や虚だって居るのに、何で俺に聞くんだよ」
「実は私も虚ちゃんもど忘れしちゃって」
「面目ないです……」
頭を掻いて恥ずかしがる私と、俯いて情けなさを全面に出す虚ちゃん。上級生として私たちも結構恥ずかしい思いをしてるのだ。
「ハァ……それじゃあ全員纏めて正座。説明を始めるぞ」
碧さんや簪ちゃんもその場に正座をして一夏君の解説に耳を傾ける。細かい部分まで分かりやすく説明してくれたおかげで、私たちは途中で問題の解き方を思い出した。
だけど途中で聞くのを止める事は出来ずに、結局私たちも最後まで説明を聞いたのだった。
「これで分かったか?」
「うん、さっすが一夏君だね!」
「私もモヤモヤが晴れてすっきりしました」
「これでテストでも解ける」
「一夏さんって本当に教師より教師らしいよね。私の立場も危ういかな」
ど忘れしてた私たち四人は、すっきりとした気分で一夏君にお礼を言ったけど、再テスト五人組みはイマイチ理解しきれて無さそうだった。
「説明しても分かってないようだが、もう一回自力で解いてみろ。さっきよりかは解けると思うぞ」
そう言って一夏君は再びキッチンへ向かっていく。勉強を見る事と平行して私たちのご飯を作ってくれているので、一夏君は何時にも増して忙しそうだ。
「そう言えば一夏君って安静にしてなきゃいけないんじゃなかったけ?」
「そうだけど、あれは一夏にしか出来ない」
「その分一夏さんの動きはゆっくりですけどね」
「私たちじゃ一夏さんの代わりは無理ですからね」
どっちか一つだけならまだ何とかなりそうだけど、両方いっぺんにしろって言われたらかなり困る。と言うかお断りしたい。
「一夏って、本当に忙しいよね……」
「如何したの簪ちゃん、急にしみじみした雰囲気で」
「簪お嬢様の言う通り、一夏さんは忙しくしてない時間の方が短いかもしれませんね」
「虚ちゃんまで」
確かに一夏君は常日頃から忙しそうだけれでも、それでも忙しそうに感じさせないのが一夏君の凄いところなんだと私は思っている。だって愚痴もこぼさず簡単に終わらせてるように見えるし、私たちの我が侭にもしっかりと応えてくれてるんだもん。
「碧さんは如何思う?」
「私も一夏さんは忙しそうだとは思います。ですが、何故だか一夏さんを見ていると錯覚なのかなとも思います」
「だよね。私も忙しく無さそうに見えてきちゃうんだよね。だからと言って私が同じ事出来るかって聞かれたら、絶対に無理だけど」
そもそも一夏君の代わりなど誰も出来ないと思っている。本音を起こすだけでも一夏君の代わりは居ないのだから、それ以外の事を代わりにやれと言われても出来ない事の方が多いだろう。
「お姉ちゃん、ゲーム再開しよう」
「おっ! 一夏君を心配してたと思ったのに、簪ちゃんも結局ゲームしたいんだ」
「一夏は確かに心配だけども、心配しても疲れるだけって分かってるから」
確かによほどの事が無い限り、一夏君を心配しても杞憂に終わる事が多い。その事を良く分かっているからこそ、私たちは一夏君に頼りすぎてしまうのかもしれないな……
「虚ちゃんも一緒にやらない? 監視しながらでもゲーム出来るでしょ?」
「私は遠慮しておきます。一緒になって盛り上がってしまう可能性が否定できませんから」
意外と虚ちゃんも白熱すると一緒に盛り上がるタイプなので、心配は分かる。だけど監視だけだと退屈じゃないのかしら……
「お嬢様、別に退屈だとは思ってませんのでご安心を」
「エスパー!? 一夏君もだけど虚ちゃんも何で私の考えてる事が分かるの?」
「お嬢様は考えが顔に出やすいですから。それにあんなに見つめられれば嫌でも分かりますよ」
「……私、そんなに虚ちゃんの事見てた?」
完全に無自覚だった為、虚ちゃんに言われるまで気がつかなかった……いや、今も分かってないんだけど……
「お姉ちゃん、余所見してる間に負けちゃってるんだけど」
「嘘!? ……あっ、本当だ」
自分ではゲームに集中してたつもりだったのだが、画面には敗北の二文字が……無意識と言うのは本当に怖いものね……
「もう一回、やる?」
「今度こそ余所見しないでするんだから!」
「お嬢様、少し五月蝿いですよ」
「ご、ゴメンなさい……」
虚ちゃんに注意されて、私は少し声のボリュームを下げる。意識してる内はこれで大丈夫だろうけど、また興奮しちゃったりすると危ないのよね……何とか気をつけながらゲームしなきゃ駄目ね……
一夏様の準備が終わり、勉強は一旦休憩になりました。私が言うのもなんですが、皆さん本当に勉強が苦手なんですね……
「一夏君の作るご飯はホント美味しいよね~」
「お姉ちゃん、行儀悪いよ」
「でも美味しいのは確かだもんね~。おりむ~のご飯ならいくらでも食べられるよ~」
「あまり食べ過ぎると身体に良く無いですよ」
「本音、怒られてる」
「おね~ちゃんは心配してくれてるだけだよ~」
さっきまで死にそうだった本音様とマドカさんも、ご飯になると途端に元気になって美味しそうに食べています。
「美紀、香澄、お前たちも早く食べろ」
「ゴメン一夏君……もう少しまって」
「一夏様、私ももう少し経たないと動けません……」
「何でずっと正座してたんだよ……」
二人は足が痺れて動けなくなっているのです。緊張もあったのでしょうが、この部屋に来てからさっきまでずっと正座してたので、そりゃ痺れますよね……
「そこで食べるか?」
「そうしたいかも……」
「お願い出来ますか?」
「ん」
一夏様は二人分の食事をお盆に乗せ、二人の前まで運びます。普段なら汚れるからと怒るのですが、さすがに今日は寛容なようですね。
「それじゃあちょっと出てくる」
「何処か行くの?」
「抜き打ちでテストした理由を駄姉に聞きに行く。俺が聞いてた限りでは抜き打ちじゃなかったはずだったんだが……」
「一夏君にも抜き打ちにしたかったんじゃないの?」
「あのな……あのテスト作ったの俺なんだが」
「それじゃあ一夏さんには抜き打ちにはなりませんね」
確かに……何故千冬様は抜き打ちで小テストなど行ったのでしょう? 一夏様の様子では私たちに事前に勉強を教えてくれる感じでしたから、一夏様が嘘を吐いている可能性はありませんし……
「食べ終わったらそのままにしといてくれていいから。てか、さっさと風呂に入って勉強を再開してろ」
一夏様は私たち五人に視線を向け、そして部屋から出て行かれました。と言っても千冬様の部屋はこの部屋のすぐ傍なので、何かあればすぐに気付かれるでしょうけどね。
「一夏君も色々と大変だねー」
「お姉ちゃん、それ一夏の」
「食べてかなかったって事は、一夏君は何時も通り食べないって事でしょ」
「それじゃ~私も貰う~」
「本音、卑しいから止めなさい」
一夏様の分の食事に箸を伸ばす楯無様と本音様。実を言うと私も欲しいのですが、今の空気で箸を伸ばせるほど私は猛者では無いようでした。
「如何二人共? 一夏君のご飯は」
「美紀も香澄も昨日食べてるよ」
「そうだっけ? でもあれは市販のルゥだったでしょ? 完全に一夏君の手作りって訳じゃ無かったんだし」
「そうだけど……」
一夏様の手料理が食べられるのは、本当にごく一部の人だけですので、美紀さんも香澄さんも貴重な体験をしているのでしょうね。
「一夏君って、本当に何でも出来るんですね……」
「皆さんが一夏様を好いている理由が良く分かります。一夏様は素晴らしい方ですよね」
「お兄ちゃんは素晴らしいんだよ。今更分かったの?」
何故だか偉そうなマドカさんに、私たちは生暖かい視線を向ける。義兄である一夏様を褒められて嬉しくなってるなんて、マドカさんはこう言ったところは子供なんですよね。
「何? みんな如何かしたの?」
「いえいえ、ところで一夏様が居ない間に聞きますが、ぶっちゃけ明日の再テスト、自信ありますか?」
勉強を教えてもらっていてなんですが、全くもって自信が無いんですよね……同じ問題が出されても全部解けるなんて言い切れませんし……
「私は少しだけ……」
「私も……」
「姉さんがイジワルしてこなければ大丈夫かな?」
「私は全然駄目だね~」
「……ならもう少し深刻な雰囲気で言って下さいよ」
本音様の態度だと、まるで自信満々のように聞こえるんですから……
「だってあんな問題分からないよ。おりむ~が教えてくれてるから何とかなってるけどさ、普通に解けって言われたら絶対無理だね~」
「授業で習ったでしょ? 何で分からないの?」
「かんちゃんと一緒にしてもらっちゃ困るよ~。私の頭はかんちゃんほど優秀に出来てないのだから~」
「だから明るい雰囲気で言わないでくださいよ!」
自虐まで明るく言われると、もう如何接して良いのか分からないじゃないですか。
「おね~ちゃんに全部持っていかれた所為で、私には何も残ってなかったのだ~!」
「双子じゃ無いんですから、それは無いでしょ」
「おね~ちゃんが優秀だから、妹の私の出来が悪いのだ~」
もはや自虐なのか本気なのか全然分からない本音様の態度に、部屋に居る全員が乾いた笑いをこぼす……反応に困っているんでしょうね。
お風呂から出てくると、一夏君がコーヒーを飲みながら何か作業していた。ちなみに私と美紀は大浴場で、この部屋の住人である他の人は部屋付きのお風呂に入っている。
「お帰り」
「ただいまで良いのかな? 私と美紀はこの部屋の住人じゃないし」
「そうですね。ちょっと返事に困ります」
「気にしなくて良いんじゃないのか? 今日は此処に泊まるんだから、素直に『ただいま』で良いと思うが」
そう言いながら一夏君は再びコーヒーを啜った。寝る前だと言うのに、よくコーヒーを飲めるよね……しかもブラックで。
「一夏君の睡眠時間が短いのって、その所為じゃない?」
「何が? ……コレのことか?」
一夏君がコーヒーの入ったカップを指差したので、私は頷いて返事をする。
「ブラックコーヒーなんて寝る前に飲んだらいくらなんでも寝れないって」
「香澄、それは香澄が飲まないからだよ。私のお父さんやお母さんは飲んでもすぐ寝てたよ」
「そうなの?」
確かに私はコーヒーが得意じゃない。飲むとしても砂糖もミルクも大量に入れないと飲めないくらいに、私はコーヒーが苦手だ。
「隊長も普通に飲んでたしね」
「飲みすぎると確かに関係無くなってくるな。俺ももう全然関係無い」
「そうなんだ……」
そう言いながらもう一杯飲み始める一夏君、あんなに飲んだらおしっこに行きたくなりそうなんだけどな……
「ところで一夏様、いったい何を作ってるのですか?」
「後でやってもらうテスト」
「「えぇ!?」」
「同じものばかりやっても意味無いからな。少し変化をつけたものを作ってる」
確かに再テストが同じ問題だとは分からないし、別の出題方法にも慣れておいた方が良いんだろうけども、出来れば勘弁してほしいかなーって思ってしまった。
「監督官は虚なり碧なりに頼めば良いし、俺が風呂に入ってる間にやれば丁度いいだろう。質問されても答えられないしな」
なにやら妙案のように頷く一夏君だけど、私と美紀からしてみれば死刑宣告に等しいほどの衝撃を受ける発言だった。
「ちなみに一夏様、一夏様の入浴時間ってどれほどでしょう?」
「俺? そうだな……十五分入ってたら良い方かもな」
「短っ!? それはさすがに終わりませんってば」
「それほど問題数多く無いから大丈夫だろ。それにやる前から無理と決め付けると可能性が狭まるぞ」
美紀の必死の抵抗も虚しく、一夏君は部屋にある印刷プリンターで問題を人数分刷った。サイズを見る限りでは確かに問題は少なさそうだけれども、少なくても難しければ時間はかかるのだ。
「ちなみにどんな問題かを見せてもらうわけには……」
「不公平になるからそれは出来ないな。三人が出てくるまで教科書でも確認してたら如何だ?」
「そうするよ……」
交渉も不発に終わり、私と美紀に残された道は兎に角教科書を確認してどの応用が出るのかを予測する事だけだった。
「おりむ~出たよ~! って、何それ?」
「お兄ちゃんが笑ってる……すっごく嫌な予感が……」
「一夏様、それはもしや……」
「新しいテスト問題。俺が風呂入ってる間にやってろ」
三人にも同じような死刑宣告がされ、三人は一気に青ざめた。お風呂上りなのに顔が青いって危ないような気もするけど、三人と同じ事をさっき私たちもやったんだろうな……
「一夏君、出たから入って良いよ」
「分かった。ところで刀奈」
「ん? 何かな」
「風呂に入っても平気なのか?」
「一夏君のおかげで大分楽になったし、さすがにそろそろ身体洗いたかったしね」
「平気ならそれで良いが」
「一夏、出たよ」
その後も続々とお風呂から出てきて、その代わりに一夏君がお風呂に入りに行った。
「それでは私が見てますから、五人は心置きなくテストをしてください」
布仏先輩がにこやかに言ってきて、私たちは黙ってテスト問題を表に反した。問題の内容は分かる、だけど解き方は如何だったっけ……さっき教科書に載ってたような気もするんだけどな……
一夏君がお風呂から出てくるまでの間、私たち五人は必死に問題を解いた。分からない所は後で一夏君に聞くとして、出来そうなところは何とか解く事が出来たのだ。
「終わったか?」
「これです」
布仏先輩が回収した答案に目を通し、一夏君は微妙な表情を浮かべた。
「あと一時間は勉強だな」
そう言われ、私たち五人はガックリと肩を落とした……現時刻は午後十時少し前、つまり十一時までは寝れないのだ。私、起きて居られるだろうか……
彼に平和は訪れるのだろうか……