一夏君から結果を聞いて、一番驚いたのは私……では無く虚ちゃんだった。何時もの冷静さは全く見られなくって、あんなに慌てた虚ちゃんを見たのは初めてかもしれないってくらいの慌てっぷりだった。
「お嬢様、これからは暫く絶対安静ですからね!」
「大げさだよ。抗体も打ったし、後は暫くしてからもう一回血液検査をすれば大丈夫だって一夏君も言ってたでしょ?」
「検査をしてウイルスが死滅してれば、ですよ! それまでは一歩も動いてはいけませんからね!」
「それじゃあ虚ちゃんは私にお漏らししろって言うの!? 此処、一夏君のベッドだよ!?」
「オムツでも尿瓶でも如何とでも対処出来ます!」
さすがに過保護過ぎなんじゃ……前みたいに気だるい感じは無いから、誰かに付き添ってもらえばそれなりに動けるんだけどなぁ……
「虚、少しは落ち着け。あまり騒ぐと本音たちが起きるぞ」
現時刻は夜の十一時過ぎ、もうすぐ日付が変わる頃だ。簪ちゃんたちには私の体調不良は風邪って事にしてあるので、皆が寝静まってから話し合いをする事にしたのだ。まぁ、マドカちゃんは知ってるんだけど、あまり巻き込むのも可哀想だしね。
「それで一夏君、何で私がウイルスで攻撃されなきゃいけないの?」
「更識当主なら何処かしらで恨まれててもおかしくは無いだろうが、それ以外にも原因はあるだろうな」
「お嬢様が日本では無く、ロシアの代表だからですか?」
「自由国籍を認めたんだから、今更な気はするがな。刀奈の実力があまりにも高すぎたんだろう」
つまりは日本代表として私を使いたかったと言う事かしら? それにしても人の事を訳が分からないウイルスで攻撃してくるかしら、普通。
「恐らくだが、日本政府の中に亡国企業の関係者が居るんじゃないかと思っている」
「政府に!?」
「声がデカイぞ」
「あっ……」
驚きの声を上げた私に、一夏君の冷たい視線が突き刺さる。皆が寝てるとは言え、大声を出したら起きちゃうからね……気をつけなければ。
「今回の襲撃。随分と念入りに準備されてたようだしな」
「そうなの?」
「ちょっと杜撰かなと思うところもあるんだが、此方の事を良く調べてある」
「どこら辺がでしょう?」
「まずは山田先生が政府から預かっていた書類。実際に預かったのはあの駄姉だが、書類に書いてあった期限と駄姉が聞いていた期限に違いがあった。書類には例の襲撃日の日付が書いてあったが、駄姉が聞いていたのはそれよりも後、明後日の日付だった。そしてその関係者は駄姉がギリギリまで仕事をしない事……もっと言えば書類に目すら通さない事を知っていたんだろう。だから嘘の日付を言ってもバレ無かったんだ」
「そうか、一度でも書類に目を通せば日付が違ってるのに気付いちゃう……確かに杜撰だわ」
織斑先生が万に一つでもやる気を出してたら山田先生だって余裕を持って仕事してたでしょうしね。織斑先生から聞かされていた期限まではまだ時間があったのだから、ゆっくりと仕事する事だって出来たでしょうし。
「次に刀奈の看病を俺がするって事も知られてたっぽいな。俺が教室から遠いこの部屋に居る時に襲撃を開始したのは、俺がクラスメイトの専用機持ちに指示を出させない為だろう」
「一夏さんに指示されていれば、オルコットさんとデュノアさんと言う組み合わせにはしませんでしょうし、碧さんと美紀さんをもっと上手く動かせたでしょうしね」
「ラウラの隊もあんなに戦力を低くはしなかっただろうな。せめて副官にシャルを付けただろうよ」
「態度は兎も角、シャルロットちゃんは実力があるものね」
さっき一夏君から聞いたのは、私の検査結果だけでは無い。シャルロットちゃんが織斑先生に歯向かって殺されかけてた事も聞いているのだ。
「そうすれば俺もあんな無茶せずに須佐乃男を待てたんだろうがな」
「戦況が分かる分、一夏君は無茶したんだね」
「そう言う事だ。さすがにクラスメイトに死なれたんじゃ気分悪いしな」
一夏君は肩を竦めながら苦笑いを浮かべた。さすがに無茶しすぎたと言う事は一夏君も分かってるらしい。
「誰が亡国企業に情報を流してるのかは知らないが、今回はかなり綱渡りのような計画だったのは確かだろうよ。一つでも計画が狂えば今回のような奇襲は出来なかっただろうし」
「お嬢様と織斑先生を戦力から外し、一夏さんをジョーカー二枚で足止めする間に各地一斉蜂起。結果だけ見ればもう少し攻め込まれててもおかしくは無いんですけどね」
「皆がそれぞれ頑張ってくれたからね」
ジョーカー二枚、スコールとオータムを一夏君にぶつける事によって、相手も戦力が落ちるのは覚悟の上だったのだろう。それとも、一夏君さえ足止め出来れば後は大した事無いとでも思っていたのだろうか?
「一夏君が政府に掛け合ってくれたおかげで、こっちの戦力も確保出来たんだけど、それを利用されてたなんてね」
「そもそも駄姉が真面目に仕事してればこんな事にはならなかったんだろうがな」
「まあまあ、今回は相手の方が一枚上手だったって事で」
「ところで虚、さすがにトイレくらいには行かせてやったら如何だ?」
一夏君は亡国企業の話を切り上げて、今度は私の体調の話を始めた。って、さっきの話聴かれてたんだ……はずかしい……
「私たちは一夏さんの様にお嬢様を抱き上げて廊下を駆け抜けるなんて芸当は出来ませんよ」
「別に駆け抜ける必要は無いだろ。男子トイレと違って女子トイレはいたる所にあるんだからさ」
「そう言えば、一夏君が私を抱えて走ってた時、一番近いトイレとは逆方向に走ってたわね。あの時はそんな事を考えてる余裕が無かったから気付かなかったけど、この部屋ってトイレに近いのよね」
「だからってお嬢様を運べる人なんて居ませんけど」
「付き添いが居れば良いだろ。自分で歩けないくらいの熱はもう無いんだから」
「そうね。一夏君が抗体を打ってくれたおかげで大分楽になってるし」
「それでも二,三日は安静だからな」
「分かってます」
虚ちゃんもだけど、一夏君も大分心配してくれているようで、私は大人しく寝てる以外の選択肢を選びようが無いのだ。この二人に心配されてるのにふざけたら怒られるどころか殺されてしまうかもしれないから……
「あっ、そう言えば一夏君は何処で寝るの?」
「何処って普通に……そうか、刀奈が使ってるんだったな」
「私は一夏君と一緒でも良いけど」
「駄目です!」
「虚、五月蝿い」
「スミマセン……」
一夏君に怒られてしょんぼりする虚ちゃん、でも私の事を軽く睨んでるのを考えると一緒には寝かせてくれないようだ。
「それじゃあ私のベッドを使ってくれても良いよ?」
「それも納得出来ません」
「別にソファーでも何処でも良いんだが、さすがに身体に響きそうだ」
「そうなるといよいよ如何するかだよね」
「やっぱり一夏君が私のベッドを使うしか無いんじゃない?」
「私がお嬢様のベッドを使いますから、一夏さんは私のベッドを使って下さい」
なるほど、そう来たわね……でも、それは無意味な抵抗よ!
「虚ちゃんが私のベッドを使う理由が無いわよ。だってどうせ同じ大きさのベッドなんだから、素直に一夏君が私のベッドを使えば良い話じゃない」
「で、ですが……」
「面倒だな……保健室で寝るわ」
「「え?」」
一夏君は手をヒラヒラと振って部屋から出て行ってしまいました……血液検査で保健室を使ってた為に、一夏君は保健室の鍵も持っているのを忘れていた……そして保健室にはベッドが常備されているのだった……
「大人しく寝ましょうか……」
「そうですね……」
虚ちゃんとの口論は、一夏君が居なくなった事によって意味を無くし、続ける必要も無くなったので私たちは大人しく寝る事にした……
「(それにしても、何で私が日本政府に恨まれなきゃいけないのよ。私が申請した時に却下する事だって出来たでしょうに)」
布団に潜って私は心の中で恨み事を言った。何処の誰だかは分からないけど、私を苦しめて一夏君に怪我を負わせた罪はかなり重いんだからね!
あのまま口論になってたら簪や須佐乃男まで起きてきて、更なる面倒に発展しただろうから部屋を出てきたが、さて如何しよう。
「保健室の鍵はさっき返したんだよな……」
つまり保健室では寝られない。鍵が掛かってるのを強引に開けようとすれば警報が鳴り響いて駄姉が飛んでくるだろう。そんな面倒な事をしてまで寝たくは無いな。
「十月も真ん中じゃ外で寝るのも厳しいだろうしな……」
もう少し暖かければそれも出来たんだが、自分で言ったようにこの季節は少し厳しい気温だ。
「さてと、如何したものか……」
特別指導室にはベッドはあるのだが、あそこは内側からは扉が開けられないからな……独居房に入ったら誰かに開けてもらうまで出られないし……
「いよいよ如何したものか……」
寮長室の鍵は持っているが、駄姉と一緒に寝るくらいなら寝ない方が何千倍もマシだ。
「あれ、一夏君?」
「ナターシャ? 何してるんだ、こんな時間にこんな場所で」
「それはこっちのセリフよ。生徒がこんな時間に廊下をうろついてるなんて織斑先生に知れたら、如何なると思ってるの?」
「俺が返り討ちにして終わりだろ」
「そうなんだろうけどね……ところで、本当に何してるの?」
ナターシャに部屋であった事をかいつまんで話して、事情を納得してもらった。
「なるほど、一夏君が楯無ちゃんのベッドで寝るか、それとも一夏君のベッドで楯無ちゃんと寝るかねぇ……そりゃ虚ちゃんがムキになるのも分かるわ」
「と言う訳で寝場所を探している」
「じゃあ私の部屋に来る?」
「は?」
「ちなみに、冗談じゃ無いから」
「まぁ、ナターシャの部屋なら問題は無いんだろうが……いや、あるのか?」
一応教師と生徒の間柄でもある訳だし、一緒に寝ると言う行為がどの様に影響するか分かったもんじゃない。
「大丈夫でしょ。学長も織斑先生も私たちの関係を知ってる訳だし」
「大丈夫なのか甚だ疑問だが、他に選択肢は無さそうだな」
今更部屋に戻って寝る訳にも行かないし、アイツらが起きる前に部屋に戻れば問題無いだろ。
「そもそも私だけ別の部屋なんだから、偶には一夏君と一緒に寝てもバチは当たらないんじゃない?」
「お前もあの部屋に来るか? スペース的にはまだ大丈夫ではあるが……」
五人部屋を頼んだはずなのに、完成した部屋は五人でもスペースが余るほど広い部屋だったのだ。あの駄姉、注文する時に間違えたんじゃ無いだろうな……
「それは嬉しい提案だけど、こう言った事態の為にも、誰か別の部屋で生活してた方が良いでしょ?」
「こんな事態、滅多に起こるもんじゃ無いと思うが……」
てか、起こって堪るか!
「それに、偶には私が一夏君を独占してもバチは当たらないでしょ?」
「バチって、誰がナターシャにバチを当てるんだよ……」
「そうね……可能性があるとすれば織斑先生かしら?」
「何故駄姉……」
「だって一夏君と一緒に寝たなんて知られたら怒られるを通り越して殺されるかも知れないでしょ?」
そんな事で殺すのなら、あの駄姉はいったい何人殺してきたのだろう……束さんとだって昔一緒に寝たことあるのだが……実際は何時の間にか俺の布団にもぐりこんで来てたんだが……
「それじゃあ行きましょ? そろそろ見回りが来ちゃうから」
「気配でバレてると思うがな……」
別段気にしてなかったので、俺は気配を殺さずに廊下に出てきたから、その時点で駄姉にはバレてるのだ。それでも駄姉が出てこないのは、恐らく事情を察しているからだとは思うのだが、随分と気遣いが出来るようになってるのが気になる……年上の姉弟に思う事では無いのかも知れないが。
「それでも、何時までもこんな所に立ってたら風邪引いちゃうわよ? それに一夏君は安静にしてなきゃいけないんだから」
「そうだったな……すっかり忘れてた」
刀奈の心配をしてたら、自分の事なんて忘れてしまってたな。身体に響くとは分かっていたが、自分が重症だと言う事は完全に頭から抜け落ちていた。こりゃ虚や簪に知られたら怒られるな。「少しは自分の事を気遣って! 」と……
一夏君を部屋に誘ったのは良いが、私の部屋は今人に見せられる状況じゃなかったと部屋に着いてから思い出した。朝忙しくて帰って来てから掃除しようと思っていたんだけど、その後も忙しくてろくに掃除も出来てなかったのだ。
「十分……いや、五分だけ待ってて!」
「何だ? 部屋散らかってるのか?」
バレてるー!? って、一夏君ならこれくらいすぐに分かってもおかしくは無いわよね……でも、単純に散らかってるのでは無く、下着なども出しっぱなしなので、見られると非常に恥ずかしいのだ……
「せめて下着だけでも片付けさせて!」
「羞恥心があるって素晴らしいな」
「はい?」
「いやな、刀奈たちにはもうそこら辺の羞恥心が無くてだな……」
そう言えば一夏君が洗濯もやってるんだっけ……全裸で一緒にお風呂にも入ったりしてるんだから、別に見られても恥ずかしくないんだろうけけど、年頃の乙女としてそれは如何なんだと思ってる一夏君の気持ちは凄く分かる気がする……みんな、一夏君はお母さんじゃ無いんだよ?
「それじゃあ片付けるから、ちょっとだけ待ってて!」
「ん」
一夏君は軽く手を挙げて了承の合図をしてくれた。その合図を見て私は大慌てで部屋の中に散らばっている下着類を箪笥に押し込む。皺になるとかこの際気にしてられないのだ。
『何だか騒がしいと思ったら、織斑君じゃないですか』
『山田先生、酔ってるんですか?』
『酔ってませんよーだ。ちょっと気持ちよくなってるだけでーす!』
『……完全に酔っ払ってるでしょ』
片付けをしていると外から山田先生と一夏君の声が聞こえてきた。そう言えば山田先生の姿も見当たらなかったわね……
『なるほど、駄姉は気を使ったんじゃなく不在だったのか……気配探知をしてなかったから気付かなかったが……』
『千冬さんの奢りと言う事でしたのでー楽しく飲めましたー!』
『奢りって……あの駄姉、そんな余裕無いだろうが……』
『あれ~? 織斑君って双子だったんですかー?』
『は? もしかしてそんなに酔ってるんですか?』
『らいひょうびゅ』
『呂律が回らなくなってるじゃないですか……』
山田先生ってお酒好きですけどあまり強く無いんですよね……
「一夏君、お待たせ……でも、その前に山田先生を部屋に連れて行きましょ」
「そうだな。隣だしそれ程負担も掛からないだろ」
そう言って一夏君は山田先生を担ぎ上げ、私に山田先生の鞄を探るように指差しました。
「鍵」
首を傾げていた私に、一夏君は端的に命令してくれました。やっぱり一夏君は私たちよりよっぽどしっかりしてますね。
「えっと鍵は……これですね」
キーケースに入った部屋の鍵を取り出して、私は山田先生の部屋の鍵を開けました。すると目に入ってきたのは、私の部屋以上に散らかっている部屋でした。
「ナターシャが羞恥心を持っていても、これじゃああんまり意味は無かったな」
山田先生の大きなブラジャーがテキトーに放り投げられている惨状を私の背後から覗いた一夏君がため息交じりにそう言って、山田先生をベッドの上に放り捨てました。
「余裕があれば掃除していきたいところだが……」
「山田先生の自業自得だし、起きてから恥ずかしがってもらいましょう」
一夏君に下着を見られたと気付くのは、恐らく気持ち悪くなって目を覚ましトイレに全て吐き出してからでしょうし……
「それじゃあ一夏君、改めて私の部屋にいきましょ?」
「そうだな。さすがに疲れた……」
「山田先生ってそんなに重たいの?」
見た目的にはあまり重そうには見えないんだけど……やっぱりあの二つの大きく実った果実か……
「そうじゃなくて、真夜中に駄ウサギに突撃喰らってから寝てないからな……さすがにちょっと眠い」
「一夏君でも眠いって思う事があるんだ」
「体調が万全なら一週間くらい寝なくても大丈夫だとは思うが、ダメージが抜け切ってない分キツイんだよ」
「なら寄りかかってくれても良いけど?」
冗談めかして言ってみると、私の右半身に重さを感じた。
「一夏君!?」
「悪い、さすがに山田先生を担いだのは失敗だった……立ってるのも辛い」
「もう……」
本気で寄りかかられたら私が倒れてお終いなんだろうけど、一夏君はその事もしっかり考えて私が支えられる分の体重を私に預けてきた。何処までも優しくて恋人優先の男の子なんだと実感した。
「俺は何処で寝れば良い?」
「ベッドは一つしか無いし、狭いかも知れないけど我慢してよね」
「この際それは問題無い……」
「そうよね。部屋に居れば楯無ちゃんと一緒に寝てたかも知れないんだからね」
だんだんと一夏君の限界が近付いてるようで、私は急いでベッドに向かった。そしてベッドに辿り着いたのと同時に、一夏君は倒れこむようにベッドに乗ったのだった。
「あの、一夏君? そう寝られると私が入るスペースが……」
「ん」
一夏君が面倒くさそうに指差したのは一夏君の腕の中……つまりはそう言う事なんだろう。
「お、お邪魔します……」
スッポリと抱きしめられる形で、私は自分のベッドに入った。緊張して寝れないんじゃないかとも思ったが、私も疲れていたのですぐに眠る事が出来たのだった……
彼女としての出番が少なかったのでこうしましたが、何か変な気が……