一夏様が居ない教室は何だか普段より静かな気がします。怒られる心配が無いのだから普段より五月蝿くなっても仕方ないと思っていたのですが、皆さん何故か今日は静かに授業に参加しています。
「えっと、此処までで何か分からない所はありますか?」
山田先生のこの聞き方は、何時も脱線に繋がるのですが、これまた今日は脱線する事無く授業が進んでいきます。もしかするとこのクラスが五月蝿かったのは一夏様に怒られたかったからなのでしょうか……
「山田先生、この箇所をもう少し詳しく教えて下さい」
「えっとそこはですね……」
正しい授業のあり方のはずなのに、何故私は物足りないと思ってしまってるのでしょうか。
「(一夏様が居ないとつまらないですね……私は騒がしい方がこのクラスらしいと思ってるんですね)」
相川さんも夜竹さんも本音様も静かに授業を聞いているなんて、今まで千冬様の授業以外ではありえなかった光景が目の前に繰り広げられているのに、私は何故だかこれが現実だとは思えませんでした。
「(それにしても暇ですね……授業ってこんなにも退屈だったんですね)」
一学期の終わりの方から参加してるとは言え、今までで一番退屈な授業かもしれませんね。これは一夏様には一刻も早く復帰してもらいたいものです。
「(おい、あんまりふざけた事考えてないで真面目に授業受けろ)」
「(一夏様!? どれだけ距離があると思ってるんですか!)」
「(知らん。此処から教室までどれだけの距離があるんだ?)」
「(……そう言われると私も分からないんですが……)」
そもそも医務室が何処にあるのかも分からないのですから、此処からの距離など分かるはずが無いのです。一夏様の気配も曖昧にしか分かりませんし……
「(て言うか、一夏様も授業に参加してたんですね)」
「(お前の思考から間接的にな。しかし山田先生は説明苦手なんだな)」
「(そのようですね。やはり型にはまった授業ばっかしてた所為でしょうか?)」
「(お偉方は実際にISを動かした事が無い人が多いからな。あってもほんの少しだけだったりしてるから、如何やって説明したら分かりやすいとか分からないんだろう)」
こうして一夏様と会話するのは丁度良い暇つぶしになりますね。でも破目を外しすぎると一夏様に怒られますからほどほどにしておきましょう。
「(一夏様、様態は如何です?)」
「(昨日よりはマシになってるとは思う。痛みも大分治まってきたし、普通に生活する分には大丈夫だとは思う)」
「(そうですか。それなら思ってるより早く復帰出来そうですね)」
「(如何だろうな。何分当分の絶対安静を言い渡されてるから、簡単には復帰させてくれないだろうな)」
「(そうなると今週末のデートは無しですね)」
「(お前の心配はそっちかよ……まぁ無理だろうな)」
今週末は碧さんがデート相手だったのですが、これはお流れでまた決めなおしですね。
「(いや、そこは普通持ち越しとかじゃねぇの?)」
「(毎回シビアなんですよ、一夏様のデート相手を決めるのは)」
「(そうなんだな……知らなかった)」
山田先生の説明を聞き流しながら一夏様と会話をする。普段なら念話しようものなら怒られてたのですが、一夏様も退屈なようですね。
「(一夏様なら如何やって説明します?)」
「(俺か? そうだな……)」
頭の中で一夏様の説明を理解し、私だけが賢くなった気がしてきました。テスト中もこれが使えれば簡単なんですけどね……
「(それは認めないからな)」
「(分かってますよ。そもそも一夏様が答えてくれないじゃないですか)」
「(当たり前だろ。実力テストなんだから、自分の力で答えろ)」
「(そうですね……ところで一夏様、さっきの説明を皆さんにしてもよろしいでしょうか?)」
「(好きにしろ。そろそろ麻酔に抵抗するのもキツくなってきた……)」
「(抵抗してないで大人しく寝ててください!)」
まさか麻酔に抵抗してたなんて思いませんでした。そりゃ痛みも感じませんよね……
「山田先生、一夏様が分かりやすく説明してくださったので、それを皆さんに話してもよろしいでしょうか?」
「織斑君がですか? だって電話も何も使ってませんよね?」
「はい、ですが私は一夏様と念話出来ますのでそこで質問しました」
「そうなんですか……それじゃあお願いします」
ご自身でも如何やって説明したものかと困ってた山田先生は、少し考える素振りを見せてから私に説明を任せました。正確には一夏様の説明なのですが、私が声に出して説明するので、私に任されたと言っても間違いでは無いでしょう。
「それじゃあ説明しますね……」
一夏様の説明は小難しい言い回しをしないので非常に分かりやすいのです。試験前にはまた一夏様に勉強を見てもらいたいと思ってる人が大勢居る事でしょうね。もちろん私もその一人ではありますが。
「……っと言う訳です。追加の質問は一夏様が目覚めてからお願いします」
「織斑君、寝てるの?」
「さっきまで起きてたのですが、如何やら麻酔に対抗してたらしいです」
「何それ、織斑君も変な意地張ってるんだね」
漸く何時もの教室らしくなってきました。一夏様の話題でクラス中が盛り上がってるようで、山田先生も何時も通りオロオロとし始めました。やはりこのクラスの中心は良くも悪くも一夏様なんですね。
「皆さん、授業を続けますから静かにしてくださーい!」
「……何時もなら此処で織斑君の殺気が放たれるんだけどね~」
「アンタ殺気なんて感じ取れないでしょ」
「うん。でも何となく冷ややかな空気は感じるよ」
「確かに」
何だか物足りない気もしますが、とりあえず授業を再開する事になりました。それにしても相川さんはあんなにも恐ろしい殺気ですら感じ取れないんですね……ある意味羨ましいですよ。一夏様の殺気は下手をするとそれだけで死人が出るのでは無いかと思うほどの恐ろしさですからね……本気で怒らせるとそれを個人に向けてきますので、気の弱い人は冗談抜きで死んでもおかしくないのです。
「織斑君に怒られたいのは分かりますが、今は居ないんですから大人しくしててください!」
「……えっとやまちゃん? 織斑君に怒られたいの?」
「……あれ? 私今おかしな事言いました?」
一瞬の沈黙の後で夜竹さんが山田先生に確認した事は、随分と教師が思うには不謹慎な事だったのかもしれません……怒られたかったんですね、山田先生は……
「織斑先生もだんだんと気持ちよくなってくるって言ってましたし、皆さんもそうなんじゃないんですか?」
「気持ちは分からないでも無いけど、あえて怒られたいとは思って無いよ」
「うんうん。だって確かに快感はあるかもしれないけど、それ以上にちびっちゃいそうだし」
「あー分かるー。織斑君のプレッシャーを感じで少し出ちゃった事あるし」
「嘘!? 私は出た事は無いなー」
「あーもう! また脱線してますよー!」
一夏様が居ても居なくても脱線はやはりするみたいです。しかしこれがこのクラスのあるべき姿なのではないかと感じてしまうのは、やはり私も脱線について賛成してるのかもしれませんね。
「いい加減にしなさいよね! 一夏君が居ないからって気を抜いてたら復帰してきた一夏君に纏めて怒られるかもしれないよ」
「……お説教を纏めて……」
「お漏らしで済むのかな……」
「想像しただけでちょっと漏れそう……」
「アンタ漏らしすぎじゃない?」
一夏様の代わりに怒ったのはやはり静寂さん。影の学級委員長とまで言われているだけあって、一夏様と並び証されるほどの真面目ですしね。
「ラウラも一夏君の代理ならちゃんと怒らないと駄目でしょ」
「そうだな! 次に騒いだヤツはグラウンド十周だ!」
「それは織斑先生じゃない?」
「うむ! 兄上の真似よりかは教官の方が真似やすいしな」
「織斑先生との方が付き合い長いから?」
「それもあるが、最近教官は私たちと同じだと分かったからだ!」
ラウラさんは千冬様の部屋、散らかった寮長室を見てますしね。それで親近感を覚えたのでしょう。
「織斑先生は色々な意味で違うと思うんだけど……」
「だが兄上よりかは近しい存在だと思えたんだ!」
「うんそうだね。でもラウラ、今ラウラが一番五月蝿いよ」
「……気をつける」
テンションの上がっていたラウラさんを静寂さんが嗜め、授業が再開された。その後はラウラさんが脅したおかげなのかは分からないが、何事も無く授業が進みそして終わった。
「それでは次は実習ですので速やかに移動して下さい。あっ、須佐乃男さんは次の時間は休んでて良いですよ」
「何で……っと、そうでしたね」
私は一夏様の専用機でありISなのですから、実習でISを動かす事は出来ないんでした。そうなると次の時間は丸々暇になりますね……こんな時に何か暇を潰せるものでもあれば良いのですが、生憎私は無趣味……と言うか、一人で時間を潰した事など無かったのですがね。
「部屋に戻って楯無様の看病でもしてましょう……」
一夏様の看病が無かった所為かは分かりませんが、本日も楯無様の熱は下がる事無くベッドに寝かされていますしね。時間が出来たのなら一夏様ほどでは無いにしても看病くらいは出来るでしょうし部屋に戻る事にしましょう。
「そうと決まれば早速部屋まで……でも、下手して悪化させたら大変ですしね……」
さっき考えてる時に思ったのですが、これってフラグだったのでは無いでしょうか……出来ると思ってやったら……って展開が見えてしまったのですよね……やっぱり看病は止めておきましょう。悪化させたら一夏様に怒られるかもしれませんし、その事で安静期間が延びると今度は虚様が倒れてしまう可能性もありますし……連鎖的に倒れる人が増えると、生徒会の業務が滞ってしまいますしね。ただでさえ一夏様が居ないんですから、これ以上負担を増やすのは止めておきましょう。
「そうなるといよいよする事が無くなってしまいましたね……」
一夏様もまだ寝てますし、会話する相手が居ないと退屈ですしねぇ……何か良い暇つぶしは無いのでしょうか……
ただ寝てるだけってのも案外退屈なんだな……絶対安静を言い渡されてるので、ベッドの上でしか暇を潰せないし、その暇つぶしになるものも殆ど持ってないしな……
「唯一あるのがこの参考書、だけど殆ど読み終えてるんだよな……」
駄ウサギが図書室に隠したコア製造法の書かれている参考書、それ以外にも整備とか色々と役に立っているのだが、もう穴が開くほど読んだしな……今の時間だと須佐乃男は実習中だしな……ん? 実習中?
「そうか、須佐乃男は実習には参加しないだろうから会話出来るかも知れないな」
思い立ったらすぐに実行するのが良いだろう。
「(須佐乃男、聞こえるか?)」
「(一夏様? もう目が覚めたのですか?)」
「(殆ど痛み止めだからな。麻酔って言ってもそれほど眠かった訳じゃない)」
やはり須佐乃男は実習には参加してなかったようで、呼びかけたらすぐに返事があった。
「(お前は今何してるんだ?)」
「(暇なのでぶらぶらと。一夏様は何をしてるんです?)」
「(目が覚めて己の無趣味さを噛み締めていたところだ)」
「(動けないんじゃ仕方ないですよ。それに一夏様の趣味は料理や家事全般じゃないですか)」
「(あれを趣味だと言うな! あれは必要だったから身に付けただけだ!)」
駄姉が全くの家事無能者だったから仕方なく身に付けたスキルであって、決して趣味と呼べるものでは無い。そもそも思いたくも無い。
「(私がそちらにいければ差し入れ出来るのですが、生憎何処にあるのか分かりませんし)」
「(見舞いに来たのが駄姉と山田先生だけだからな。恐らくナターシャや碧も知らないんだろうよ)」
「(この学園はどんな造りをしてるんですか?)」
「(全容は俺も知らない。ただ一般生徒が知りえない場所があるのは確かだろうよ。俺も色々と知ってるし)」
「(一夏様は既に一般生徒では無いですけどね)」
「(ほっとけ)」
学園運営にまで口を出したからな……絶対にあの耄碌爺さんは俺に全権を譲るとか言い出すだろうな……譲られても困るんだが。
「(その歳で学長ですか? 凄い出世じゃないですか)」
「(何処がだよ。体よく厄介事を押し付けられてるだけだろ)」
「(そうとも言いますね~)」
「(そうとしか言わねぇよ! てか、お前楽しんでるだろ)」
「(さぁ、それは如何でしょうね)」
声が楽しそうなのがバレてるのを分かっててとぼけてる須佐乃男に、軽く苛立ちを覚える。動けないと如何もストレスが溜まるのが早いような気がするんだよな……早く動きたい。
「(動けないで思ったのですが、一夏様って排泄は如何してるんです?)」
「(……さぁ? してないから分からん)」
「(してないんですか!?)」
「(そもそも何も飲み食いしてないんだから出すものが無い)」
点滴を打たれてるが、尿意は全くと言って良いほど感じないし……
「(一夏様の排泄の世話なら喜んでしますのに)」
「(まぁ最悪尿瓶だろうな)」
「(誰がするんですか?)」
「(自分でじゃ無いのか? それか担当の人でも居るのか?)」
実際にやった事が無いので如何とも言えないが、もしそうならちょっと嫌だな……退院までしないって手もあるが、さすがに身体に悪すぎる……
「(一夏様、そこで安静にしてる間にあった人は誰ですか?)」
「(そうだな……駄姉と山田先生、それと看護師の人が数人だが、それが如何かしたのか?)」
「(その看護師の人ですが、女性ですよね?)」
「(そうだ。忘れてるかもしれないが、此処はIS学園の中で、IS学園は原則男子禁制だろうが)」
その例外たる俺が言うのもなんだがな……学長と俺以外では男と言える人は居ないからな。学食のおばちゃんが男勝りってのがあるが、あの人はれっきとした女だしな。
「(と言う事は、もし看護師の人が排泄の世話をするのなら、一夏様の男性器を見る訳ですよね?)」
「(看護師なら見慣れてる……って、此処は女しか居ないんだったな)」
実習でやったかもしれないが、此処にすぐ就任した人なら本物ではやってない可能性があるのか……これは本当に我慢する必要があるかもしれないな……
「(いっそのこと千冬様にやってもらうと言うのは如何でしょうか?)」
「(駄姉の事だ、それ以外の事も仕出かす可能性があるから却下だ)」
「(そうでしたね。あの人は色々とぶっ飛んでるお方でした)」
義弟相手に興奮するような変態に任せるくらいなら我慢するわ! てか、俺ってそんなにトイレ行ってたっけ……
「(如何かしましたか?)」
「(いや、記憶のある限りを辿ったが、そんなにトイレに行った記憶が無いんだが……)」
「(何時もあんなにコーヒー飲んでるのにですか?)」
「(あぁ……そんなに男子トイレに行った記憶が無いし、織斑家でも掃除したりしたが使用した記憶が殆ど無いんだが……)」
「(それって身体に異常があるんじゃないですか?)」
「(知らんが、特に医者に言われた事は無いんだが……)」
そもそも医者にかかる事が殆ど無かったしな……これってヤバいのかな?
「(それなら心配しなくて良いんでしょうかね? 私には判断しかねますが)」
「(一応問題無く成長してるし、する時はするんだし問題無いんじゃないのか?)」
十六年生きてきて疑問に思った事無かったが、改めて思うと俺って殆どトイレを使用してなかったんだな……この学園でも数えるほどしか行ってないよな気がするし……更識の屋敷のトイレってどんなだっけ?
「(一夏様の排泄問題は兎も角)」
「(何か汚いな……)」
「(一夏様、何時頃自由になれると思います?)」
「(さぁ? そればっかは俺の判断じゃねぇしな。俺としてはこんな事する必要は無いと思ってるんだから)」
部屋で大人しくしてればそれで良いと思ってる。だがそう言う訳には行かないんだろうな。
「(一夏様ですと絶対に大人しくしないですからね)」
「(そんな事無いと思うんだが……)」
自分で言っておいてなんとも説得力の無い言葉だなぁ……絶対に大人しくしないだろうと自分でも思うわ……そもそも安静なんて縁遠い言葉だと思ってるし。
「(一夏様が風邪を引いた時って如何してたんですか?)」
「(子供の時か? 記憶にある限りでは自分で看病してたが)」
「(それって看病と言うんですか?)」
「(……改めて聞かれると俺も分からん。そもそも駄姉に頼むと看病が止めになりそうだったからな)」
つくづく家族に恵まれなかったんだな……
「(一夏様が居ないとクラスも静かで調子が狂っちゃうんですよ。ですから一夏様、なるべく安静にして出来る限り早く復帰して下さい)」
「(何だか素直に頷けない励ましだが、確かに何時までもこんな所で寝てるのは飽きるしな。出来るだけ早く復帰したいと俺も思ってる)」
エイミィの機体の調整や美紀の機体も動かしてからのデータを見たいし、こんな所で寝てる場合じゃねぇんだよな。とっとと治して復帰しなきゃいけない!
「(あっでも! 無理して復帰は駄目ですからね)」
「(分かってる。そんな事しても虚に怒られるだろうし刀奈たちに泣かれるだろ?)」
「(私も大泣きしますからね)」
「(だから無理はしない。そして無茶もしない)」
こればっかりは無理も無茶もせずに治していかなければと思ってるし、実際に無理出来る状態でも無いのだ。須佐乃男と会話してたおかげで大分暇は潰れたが、それでもまだ数日はこんな日が続くかと思うと気分が滅入ってくるぞ……早く回復して復帰してぇー!
何時一夏を復帰させよう……