土曜日に学校に居るのは久しぶりかもしれない。今週は一夏が用事があるから屋敷には帰らずに、全員で寮で生活する事になっているのだ。土曜日だからといって、特に何かが変わる訳でもなく、普通に皆過ごしている。ただ普段と違うのは、皆制服では無いと言う事くらいだろうか。
「如何かしたの、簪ちゃん?」
「ううん、普段と何も変わらないなと思って」
「そうかな? 皆制服を着てないだけで大分違うと思うけど」
お姉ちゃんにはその事が気になるようだけど、別に制服だろうとそうじゃなかろうと、大した変化は無いと思うんだよね。
「そう言えば一夏は?」
「一夏君は食材と機材の買出しで外に行ったよ」
「機材?」
何か作るのだろうか……今週の一夏は殆ど訓練機の整備と武装カスタマイズに時間を費やしていたので、それが関係してるのだろうか?
「生徒会の備品のカメラが行方不明なのよね。もうすぐある体育祭の為に早めの補充しておかなくてはいけないから」
「体育祭? ISを使った競技もあるんだよね」
「一応はね。でも大体は普通の体育祭よ」
運動は得意な方では無いので、出来る事なら参加せずに終わらせたい。
「簪ちゃんはコスプレ長距離走なんて良いんじゃないかな?」
「何それ? 誰がそんなの考えたのよ」
「私~」
まったく、お姉ちゃんは学園行事を私物化してるんじゃ無いだろうか……
「優勝者には一夏君特製の何かが送られま~す!」
「出る!」
一夏特製のものなら、例えどんなものでも嬉しい。しかしこの事を一夏本人が了承してるのかがちょっと不安だが……
「その他の競技は、生着替え徒競走とかポロリ必至の水着サバイバルレースとか色々あるけど、簪ちゃんは出ないでしょ?」
「お姉ちゃんの思考は親父なの!?」
「だって学長がそういった方が盛り上がるって言うんだもん」
学長の趣味だったのか……一夏が止めてくれるかと思ったけど、今週は一夏生徒会に携わってなかったんだっけ……
「一応一夏君にも教えたけど、一夏君が出なければ問題無いって事で了承は得たわよ」
「一夏が出なかったら盛り上がらないんじゃないの?」
「だって一夏君が居たら恥ずかしがって着替えられない人とか出てくるだろうし、逆にオープンにしちゃう人だって居るでしょ」
「そっか、普通の人は一夏に見てもらうチャンスなんだね」
私たちは何時でも見てもらう事は出来るけど、他の人は一夏に見てもらう事なんてこの機会を逃したら一生無いかもしれないんだ。
「だから全校生徒も意外と乗り気なのよ」
「参加はしなくていいけど見てなきゃ駄目なんだ」
「そりゃ生徒会の副会長としてしっかりと実況してもらわなきゃ!」
「……お姉ちゃんは?」
「私は競技に参加して一夏君の視線を独り占めにするのよ!」
「……大人しく実況してたら? お姉ちゃんだと本当にポロリしそうだから」
一夏にだけならまだしも、学長だって見てるんだろうし……
「大丈夫! 学長は当日出張の予定だって奥さんが言ってたし、もし見たら庭の木に裸で縛り上げて放置するって言ってたから」
寒い……十月になって庭に裸で放置は寒すぎる……学長だって命は惜しいだろうし、見に来ないだろうな。
「てな訳で、ポロリしても一夏君以外の男性には見られないのよ」
「でも、学園の周りを見張ってる人たちの中には男も居るんじゃ……」
「死角でやるから大丈夫でしょ。それに見られたら消せば良いんだし」
「何か暗部っぽい発言だね」
「本当に暗部だからね。しかも私は当主様なんだから」
「自覚してるならもう少し威厳を持った方が良いよ」
そんなんだから内部に反乱分子を作っちゃうんだよ……まぁ一夏が対策を練ってくれてるからそこまで心配はしてないんだけどね。
「威厳とかそう言うのはもう少し経ってからで良いのよ。花の女子高生が威厳たっぷりだったら嫌でしょ?」
「古いよ……でも確かにお姉ちゃんが威厳たっぷりだったら違和感あるかもね」
「でしょ~……あれ? もしかして今私、馬鹿にされた?」
「そんな事無いよ。今のお姉ちゃんが一番お姉ちゃんらしいって言っただけだよ」
「そうだよね! 簪ちゃんが私の事を馬鹿にするなんてありえないもんね」
……信頼が重いよ。両肩をつかまれて何度も前後左右に振られると気持ち悪くなってくるんだけど、お姉ちゃんはその事に気付いて無いようだ。
「ただいま戻り……お嬢様! 簪お嬢様が吐きそうになってますよ!」
「へ? きゃー! 簪ちゃん、誰にやられたの!」
「お…お姉ちゃん……」
その言葉を発して、私は気分を落ち着かせる為に目を瞑り黙った。それをお姉ちゃんと虚さんは、勘違いして気を失ったと思ったようだった。
「あ、あれ? もしかして私が悪いの?」
「もしかしなくてもそうでしょうね。お嬢様が簪お嬢様を前後左右に振り回すからこうなったんですよ」
「そんな事した自覚が無いのよね……」
「お嬢様、もしかして動きながら寝てたんですか?」
「そんな器用な事が出来るのは本音くらいよ」
確かに……本音は目を開けたまま、手を動かしたまま寝る事が出来るもんね。あの特技を他に生かせないのが、また本音らしいけど。
「一夏さんが帰ってきたらお説教してもらいましょう」
「そ、それだけは勘弁してください! 一夏君に怒られると一日テンションが下がったままなのよ」
「自業自得ですよ。それに明日はどうせ一夏さんは居ないんですから、反省するには丁度良いですよ」
「一夏君が居ないからこそゆっくりと過ごすべきなのよ! 私たちは普段からエネルギーを使い過ぎな気がするの!」
「一夏さんが居なくても、お嬢様ははしゃぎすぎです。良い機会ですから明日は一日仕事に没頭してみては如何です?」
「それじゃあ結局エネルギーを使ってるじゃないの」
「普段使わないもので使えば加減の仕方が分かるかもしれませんよ?」
虚さん、その理屈は如何なんだろう……お姉ちゃんが仕事でエネルギーを使わないにしても、明日は生徒会の仕事も無かったような気が……無理にでも作るのかな?
「簪お嬢様も何時までに気絶したフリは止めてください」
「別にフリじゃなくて休憩してただけなんだけど。何時から気付いてたの?」
最初はお姉ちゃんと一緒に慌ててたような気がするんだけど。
「だって簪お嬢様、私の意見に頷いたり首を傾げたりしてたじゃないですか」
「……無自覚だった」
つい反応してしまってたのか……一夏みたいに完璧な演技をするのは難しいな。
「たっだいま~! あれ? おりむ~が居ない」
「一夏さんなら今生徒会室ですよ。それで本音、一夏さんに何の用だったんですか?」
「リンリンとティナちゃんと遊ぶからおりむ~も如何かなって思ったんだけど、居ないなら仕方ないね~」
「珍しい人と遊んでるね」
「二人共明日は国の用事で居ないからね~」
「鈴は兎も角として、ティナも?」
「候補生になれるかもとか言ってたけど、多分テストか何かだとは思うよ~」
ティナが合格すると、一年に居る候補生の数がまた増える事になる……前代未聞の多さだって織斑先生が言ってたけど、確かに多い気がする。
「それじゃあ仕方ないからカスミンでも誘ってみるよ~。それじゃ~ね~!」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった本音を見送りながら、私たちはティナの事を考えていた。
一夏の悪友、鈴のルームメイトでアメリカからの留学生。IS操縦は結構上手なんだけど、ここ一番で力が出せないと評価されているらしいが、実際に見たこと無いので何とも言えない現状だ。
「今年の一年生は有能な子が多いのね」
「一夏さん目当てで来た人も居ますが、確かに実力者は多いですね」
「専用機持ちも結構居るし、体育祭も盛り上がるんじゃない?」
「専用機持ち対抗的当てとかも面白そうね」
「キャノンボールをするのでは」
「それ面倒だから止めにしよう! 的当ての方が簡単に準備出来るし!」
「はぁ……」
如何やらお姉ちゃんの中では競技の変更は決定事項のようだった。
「何の話だ?」
「一夏君! 的当てしよう!」
「は?」
部屋に帰ってきた一夏にいきなり的当てと言っても分からないと思うんだけどな……
「つまりキャノンボールは無しで的当てにすると?」
「そう! さっすが一夏君! 話が早くて助かるわ~」
「あれ? 一夏、あれだけで分かったの?」
かなりいい加減な発言だったんだけど、如何やら一夏には伝わっていたようだった。
「キャノンボールより的当ての方が予算もかからないし、高度な技術を必要としない分参加者も見込めるしな。そっちの方が良いかも知れない」
「それじゃあ決まり! 虚ちゃん、すぐに申請してきて」
「ご自分でやられたら如何です? 偶には会長らしい事して下さい」
「仕方ないわね……あれ? 申請って如何やるんだっけ?」
「「……ハァ」」
苦労人コンビの一夏と虚さんが同時にため息を吐いた。多分普段から一夏と虚さんに代わってもらってたんだろうな……
「俺が教えてやるから今から生徒会室に行くぞ」
「一夏君? 何だか怖いんだけど……」
「良い機会ですから他の仕事のやり方も忘れて無いかチェックしましょうか」
「虚ちゃん? 顔は笑ってるのに目が怖いんだけど……」
怒った二人に連れて行かれ、お姉ちゃんも部屋から居なくなってしまった。
「一人になっちゃったな……本でも読もう」
静かな空間を手に入れたので、読みかけの本でも読んで時間を潰そうとしたのだが、生憎手持ちの本は全て読み終わっていたんだった。
「私も何処かに出かけよう」
学園の中って意外と知らない場所とかあるかも知れないし、時間を潰すには丁度良いかも知れないと思い、私は部屋から出る事にした。特に当ても無くぶらぶらするには、この景色は見慣れすぎていたかもしれない……
何故だか知らないが、数馬や弾と遊ぶ時は結構朝早い集合になる。今回も午前7時に五反田食堂に集合だと言われたのだが、午前7時じゃ厳さんも仕込みしてるだろうし迷惑だと思うんだよな……
「お~い、一夏~!」
「数馬、まだ寝てる人も居るだろうから大声は止めとけ」
「相変わらず固いな~一夏は」
今回の計画を立てた数馬と、五反田食堂の側で待ち合わせ、一緒に向かう事にしたのだが、こいつも相変わらず変わらないな。
「そう言えば夏休み以来か?」
「そうだな。弾とはウチの学園祭で会ってるがな」
「そう言えばそんな事言ってたな、弾のヤツ。何だかスゲェ可愛い子が居たとか言ってたけど」
「シャルの事か。その後玉砕してるからな」
「弾のヤツらしいな。だけどその後に今の彼女と知り合ってるんだから、アイツもズルイよな」
「数馬だって黙ってればそれなりにモテそうなんだけどな」
口を開けばギャルゲーか下ネタが多いからな、こいつは……
「何処かに趣味の合う人は居ないのかね~」
「秋葉原にでも行って探してみたら如何だ?」
「聖地にはそう言った不純な気持ちで行きたくねぇんだよ」
「良く分からん……」
そう言えばラウラのところの副官がそう言う趣味だとか言ってたような気がするが、まぁ会う事も無いだろうし黙っておこう。
「よう、遅かったな」
「何だよ、起きてたのか。せっかく寝起きドッキリで一夏の声帯模写をしてもらおうと思ってたのによ」
「は? 聞いてないんだが」
そもそも何故に模写せにゃ行かんのだ……
「エロエロなお姉さんなら歓迎だったんだがな!」
「残念、厳さんの真似をしてもらう予定だったんだ」
「……起きてて良かった」
「お兄ぃ! 朝からウッサイ! って、一夏さん!?」
「ん? よう蘭、文化祭以来だな」
寝起きなのか、蘭の格好は結構際どい。しかも寝癖も立っているので普段の蘭っぽくない。
「お兄ぃ! 何で教えてくれなかったのよ!」
「今回は言っただろ! お前が話半分でしか聞いてなかっただけだろ!」
「御手洗先輩が来るとは聞いたけど、一夏さんの事は聞いてない!」
「オメェらウルセェぞ!」
「「痛ッ!?」」
玄関先で騒ぐので、厳さんのお玉が飛んできた。相変わらず厳さんは元気なようで安心した。
「まぁ入れよ。出かけるのは午後からだし、ゲームでもして時間潰そうぜ」
「別に俺は外で時間を潰すのでも良いんだが」
「一夏と違って俺たちは金がネェんだよ」
「いや、俺もそこまで無いんだが……大体数馬はバイト三昧な生活をしてるんだから、遊ぶ金くらいあるだろ」
「全てゲームとグッズにつぎ込んでるからネェんだよ」
「さよけ……それじゃあ飯くらいならおごるから、昼前には出ようぜ」
「じいちゃんの飯は食ってかないのか?」
「来るたびに食べさせてもらったら悪いだろ」
「別に気にする事ネェって。どうせ売れ残り……イテェ!?」
余計な事を言いかけた弾に、再び厳さんのお玉が炸裂した。
「まぁ一夏のおごりなら遠慮なく食べさせてもらうがな!」
「少しは遠慮しろよな。俺はお前の相手探しで余計な時間を使ったんだから」
「まともなヤツ居なかっただろうが!」
そう言えば山田先生以外は速攻で断ってたなコイツ……選り好みするからいけないんじゃないんだろうか。
「蘭も行くか?」
「えっ、良いんですか?」
「構わない。なぁ?」
「まぁ俺は良いけど」
「あんまり騒ぐんじゃねぇぞ?」
「お兄ぃに言われたく無い!」
何で此処の兄妹はすぐ口論になるんだろうか……そう考えるとマドカは大人しい妹だと思えてくるよな、義妹だが。
「とりあえずは弾の部屋だな。蘭も着替えたらおいで」
「着替え? ……し、失礼しました!」
自分の格好を改めて確認したのか、蘭はもの凄い勢いで階段を駆け上がっていった。
「一夏がモテる理由が分かったような気がしたぜ」
「俺も……」
「は?」
何だか良く分からない事を言われたのだが、コイツらは何が言いたいんだろう?
「俺たちも二階に行こうぜ。朝飯は一夏のおごりで食べる昼飯と兼用で良いよな?」
「俺は構わない」
「俺は食ってきたしな」
朝早いのには慣れてるし、部屋で寝てる彼女たちの分を作るついでに軽く済ませてきたのだ。
「そう言えば一夏、この前は助かったぜ」
「ん? あぁあれね。あの後は特に問題無く?」
「菜月さんには心配されたけどな」
「誰だよ菜月さんって?」
「弾の彼女。ウチの学園で教師やってる人だ」
「そう言えばそんな事言ってたな……もしかして先週の怪我ってそれが関係してるのか?」
「あぁ、ちょっと絡まれてな」
「無駄にカッコつけようとするからだろ。逃げなかったのは評価してやるが、もう少しやり方があったんじゃないか?」
「俺は一夏みたいにその場で何通りもの考えを出せないんだよ!」
いや、威張って言われても……まぁ殴りかからなかっただけマシだったんだろうな。
「それで? 一夏に助けてもらったのか?」
「偶々コッチもデート中でね。弾たちの側に居たんだよ」
「まさか一夏に見られてたとは思わなかったぜ」
「一夏もデートだったのか。そんな時に俺は必至に労働中……クソッ! 悲しくなんか無いんだからな!」
「……男のツンデレは気持ち悪いだけだ」
「ウルセェ!」
何だか良く分からない話題になったので、俺は黙ってゲームをセットしていく。此処に来たら毎回これやってるような気がするんだがな。
「なあ弾、他のゲームは買わないのか?」
「菜月さんとのデート資金を貯めてるからそれどころじゃない」
「資金? 普段は榊原先生のおごりだろ?」
「だから一回くらいは俺が出してやりたいんだよ!」
「だから最近帰りが早いのか。家の手伝いで小遣い貯めてるのか?」
普通の高校生が稼ごうと思ったら、家の手伝いかバイトかのどっちかなんだな。やっぱり俺は普通の高校生では無いようだ。
「とりあえず数馬と弾でやって良いぞ。俺は少しやる事があるから」
「何だそれ?」
「ISの整備の本だ。最近ちょっと凝っててな」
「ふ~ん、俺たちが見ても分からないんだろうな」
興味無さそうに弾と数馬がこっちを見たが、すぐに画面に視線を戻した。見られても困らないが、説明しろと言われると面倒だったし、これはこれで良かったんだろうな。
「お兄ぃ、入るよ」
「おう」
着替えてきた蘭が弾の部屋に来て、俺が読んでいた本に興味を持った。
「一夏さんって、整備もするんですか?」
「まぁ一応はな。最近は学園の訓練機もやってる」
「凄いんですね~」
「そう言えば蘭、ウチに来るって言ってたけど勉強は大丈夫なのか? 専門知識とかもあるし分からない所があるんなら教えてあげるが……」
「本当ですか! あっ、でも一夏さんは気軽に会えないんですよね……」
「携帯に掛けてきてくれれば答えられると思うぞ? そう言えば蘭には教えてなかったんだっけか」
ポケットから携帯を取り出し、蘭に番号とアドレスを教える。
「ありがとうございます! もし分からない事が出てきたらお願いしますね」
「五時以降なら大体大丈夫だと思うから」
「はい! 分かりました!」
「おい弾、集中力が切れてるぜ」
ゲーム中の弾が蘭の反応を気にして隙だらけになっている。そこを数馬が見逃す訳無くあえなく弾の負けとなった。
「シスコン兄貴は一夏に妹がナンパされてるのが気になってたのか?」
「俺はシスコンじゃねぇっての!」
「別にナンパはしてないんだが……」
妙な言いがかりはやめてもらいたいんだが……その後も蘭に勉強を教えていたら弾がチラチラとこっちを見てきていて、その都度数馬にやられていたのだった。遊びでも真面目にやれよな……
やるつもり無かったですが、体育祭ネタもやります