何だかんだで私がＩＳ学園に編入して一週間が経とうとしていた。初めは上手くいくのかとか私に出来るんだろうかとか色々悩んだけど、一夏様や本音ちゃんのおかげでクラスに馴染むのに時間はかからなかったし、実技の方も一夏様がカスタマイズしてくれたＩＳのおかげで上手くいっている。勉強は相変わらずなんだけど……
「明日は金曜だし、放課後に何処か行かない？」
このように放課後に遊びに誘ってくれる友達も出来たし、私の学園生活はとりあえず順風満帆だと言えるだろう。
「良いけど、何処に行くの？」
「近くに美味しいケーキ屋さんがあるんだけど、そこは如何？」
「静寂のおごり？」
「何言ってるの、割り勘よ割り勘」
「分かってる、言ってみただけだからそんな怖い顔しないでよ」
学園の近くなら任務に支障をきたす事も無いだろうし、一夏様たちがまだ学園に居る間に戻ってくれば大丈夫だろう。私はそう考えて静寂の誘いを受ける事にした。もちろん一夏様や小鳥遊隊長には報告するつもりだが。
「香澄は如何？ 一緒に行かない？」
「良いの？」
「もちろん」
静寂と並び最も仲の良いと言えるもう一人の友人も誘ってみた。香澄と静寂も仲が良いんだし、別に問題は無いだろう。
「でも私、明日補習なんだよね……」
「補習？ そんなのあったっけ？」
「織斑先生のでしょ？ 一夏君がサボっても問題無いって言ってたけど」
「織斑君なら大丈夫だろうけど、私がサボったら織斑先生に殺されちゃうよ」
「そうじゃなくて、一夏君が言うにはあの補習は織斑先生がイライラしてたから言われただけで、実際は香澄が悪い訳じゃないのよ」
「そうなの？」
私が香澄と呼ぶようになったのと同時に、静寂も彼女の事を名前で呼ぶようになった。
「何でも一夏君に頼まれてた事を忘れて怒られてたんだってさ」
「あっ、それ一夏様から聞いた。教師が頼まれた事を忘れるなんて言語道断だって言ってた」
「そうなんだ、じゃあ私も行く」
何かあっても一夏様が庇ってくれるだろうし、香澄も放課後のお出かけに参加する事になった。こうなると後は当日に何も起こらなければ良いんだけどね。
「美紀ちゃん、あそぼ～」
「本音ちゃん？ 今日は生徒会の仕事が多いから絶対に来て欲しいって虚さんに言われてなかったっけ？」
「あれは何時もの事だよ～。それに私が行っても大した戦力にはならないからね～」
「それ、自分で言う事じゃ無いと思うけど」
「カスミンも気にしすぎだよ～。おりむ～とおね～ちゃんが居れば、大抵の仕事は終わるんだよ～？ それに今日は楯無様も連行されてるから、私一人居なくても大丈夫なのだ！」
「そんな訳無いだろ！ さっさと来い！」
「お、おりむ～！？ 誰か助けて～！」
能天気に笑っていた本音ちゃんだったが、迎えに来た一夏様にあっさりと連れて行かれてしまった。一瞬何事かと全員が本音ちゃんの事を見たが、すぐに納得して興味を無くしたようだった。
「本音も分かってるなら少しくらい真面目になれば良いのに」
「でも、あれが本音ちゃんだからね」
昔から変わらない、分かっていても遊びを優先するのが本音ちゃんなのだ。それで何度か怒られてるのにも関わらず……
「それじゃあ今日は一緒に訓練でもしましょうか？」
「訓練？ 静寂、使用許可取れたの？」
「漸くね。倍率高過ぎよ」
「織斑君に頼めばアリーナの使用許可は取れるんだけどね」
私みたいに専用の訓練機がある訳でもない二人は、使用許可を申請して漸くＩＳに乗る事が出来るのだ。もちろん相当数の使用許可申請があるので、毎日抽選で使える人が選ばれるのだが……
「もう少し政府も訓練機を回してくれれば良いのに」
「仕方ないよ。訓練機用とは言え、コアが簡単に手に入る訳じゃないんだから」
「でも、独自開発してるんだからさ。防衛省にばっかじゃなくてこっちにも回せるくらいの数はあると思うんだけどな」
「国防が優先されるのは当然だけど、確かにこの学園の生徒数から考えると訓練機は少ないような気が……先生たちも使うんだから、今の倍くらいはあっても良さそうなんだけど」
今度一夏様か虚さんに聞いてみようかな。あの二人なら何か知ってるかもしれないし、知らなくても国に交渉出来るだけの能力と度胸を持ち合わせてるしね。
「美紀の専用カスタマイズ機には負けるだろうけど、私だって結構実技評価高いんだからね」
「良いな～、私は実技も座学も下から数えた方が早いし……」
「うん、座学は私も下からの方が早いね……」
静寂はどちらもクラス上位の成績だけれども、香澄は実技も座学もで、私は座学の成績は下から数えた方が間違いなく早いのだ。
「二人共一夏君に習ってマシになったじゃなの。気にしすぎよ」
「織斑君が居なかったら、私はダメダメだったんだろうな……今ですらこの体たらくなんだから」
「そんな事言ったら私なんて、一夏様が居なかったら学校にすら入れなかったんだけどね」
一夏様がチャンスをくださって、一夏様たちの推薦のおかげで入学出来たのだから……何一つ自力で手に入れてない今の状況を改めて自覚し、何だか虚しくなってきた……
「落ち込んでないで、身体動かしてスッキリしましょうよ！」
「そうだね。あっ、織斑さんも一緒に如何？」
丁度通りかかった織斑さんにも声をかける。一夏様の妹でもあり専用機持ちの彼女なら、一緒に訓練すればきっとためになると思ったからだ。
「私はいいや。今日はそんな気分じゃ無いし。それに碧さんと見回りしなきゃいけないから」
「そうなんだ……じゃあ頑張ってね」
「うん、四月一日さんも」
クラスメイトになって一週間、初めて会ってからも同じくらいの時間しか経ってないから仕方ないけど、彼女の事はまだ苗字で呼んでいる。織斑さんも同様に私の事を苗字で呼ぶ。やっぱりこの二人みたいに簡単に打ち溶け合えるなんて稀なんだろうな。
「織斑さんは織斑さんで訓練してるって噂だし、私たちじゃ相手にならないよ」
「でも、一緒にすれば何か得られるかなと思って」
「確かに候補生よりも強いし戦いなれもしてるけど、織斑さんの戦い方は一夏君と全然違うのよね」
「より実践的と言うか、相手を気遣ってないと言うか……」
織斑さんの戦い方を分析しながら、私たちはアリーナへと早足で向かった。使用時間が限られてる為、なるべく早めにアリーナに向かって時間開始と同時に訓練を始める為だ。
「あれ？ エイミィじゃないの」
「静寂、如何かしたの？」
「静寂、この子は？」
アリーナに居た女の子に静寂が親しげに話しかけてるけど、私は彼女と会うのが初めてだったので聞く事にした。
「始めまして、アメリア＝カルラって言います。イタリアの代表候補生なんだけど専用機は持ってません！ エイミィって呼んでね」
「えっと、四月一日美紀です。訳あって今週から編入してきました。一応更識家の人間です」
「更識？ 会長さんや簪の家の？」
「そうです」
「じゃあ一夏君の事も知ってる？」
「一夏様は私の恩人です」
如何やら彼女も一夏様とは親しくしてるようで、既に名前で呼んでいる。一夏様の事を名前で呼べるのは限られた人だけだと簪ちゃんが言ってたけど、如何やらエイミィはその中の一人のようだった。
「恩人？ 一夏君が助けてくれたって事？」
「一夏様が居なかったら私はＩＳ学園に通う事すら出来ませんでした」
「そうなんだ。やっぱり一夏君は色々と凄いんだね」
「ねぇエイミィ。此処で何してたの？」
「何ってこれから訓練だよ？ 静寂たちこそ如何して此処に？」
「私たちも訓練。一緒なんだね」
「私も漸く使用許可が取れたんだけど、静寂たちもそうなの？」
「私はそうだけど、美紀は特注の訓練機があるから誘ったのよ」
「特注？ 専用機じゃなくて？」
「コアは訓練機のなんだけど、武装とかが彼女専用カスタマイズ仕様なのよ」
「何で？ 羨ましいんだけど」
「一夏君が関係してるのよ」
静寂がそれだけ言うと、エイミィは納得したように頷いた。やはり一夏様の影響力は学園中に知れ渡っているんですね。
「それなら私も一夏君に頼めば専用機みたいなものを作ってもらえるのかな？」
「エイミィはイタリアの候補生でしょ。日本に頼むのは違うんじゃない？」
「だってイタリアの開発を待ってたんじゃ、何時まで経っても専用機なんて出来やしないもの」
「それ、問題発言じゃない？」
「大丈夫よ。聞かれなければ問題発言にはならないから」
「何か政治家みたい……」
裏で何やってるか分からないような人たちがよく言ってそうな事を真顔で言うエイミィに、香澄がボソッとツッコミを入れた。こっちもこっちで随分と危険な発言だとはおもうのだけれど……
「兎に角時間がもったいないから準備しましょう。話は終わってからでも出来るだろうし」
「そうだね。それじゃあ私はあっちを使うから」
エイミィは反対側のピットを使うようで、私たちを残して廊下から回っていった。さすがに使用中のアリーナを突っ切る事はしないみたいで安心したのは内緒だ。
「さてと、それじゃあ美紀の実力を体験させてもらおうかしら」
「学校に通ってなかった分、私は訓練だけは静寂より積んでるんだから」
実戦経験は無いけど、小鳥遊隊長をはじめ実力者たちの中で必死になって訓練してたんだから、そう簡単には負けられない。一夏様に守りの要を任されても居るのだから、例え訓練とは言え負ける事は私には許されない！ みたいな気持ちで挑む事にしよう。
珍しく生徒会室に役員が全員揃い、溜まっていた仕事の殆どは終わったのですが、二人が騒ぎ出した為一旦休憩を入れる事にしました。
「おりむ～もおね～ちゃんも良く平気そうな顔してられるよね～」
「二人は異常なのよ本音。私たちだけは普通の感性を保ちましょうね」
「異常とは失礼ですね。お嬢様や本音が私たちに仕事を押し付けて遊び呆けるから私たちは慣れてしまってるだけです！ 疲れてるのは私たちだって一緒なんですからね！」
「まぁまぁ虚、こいつらにそんな事言っても無駄だぞ？ 余計疲れるだけだ」
私たち全員分のお茶を淹れてきた一夏さんが二人を見ながら苦笑いを浮かべてそう言うと、お嬢様が不満顔で一夏さんに喰いつきます。
「何よ一夏君、まるで私たちに学習能力が無いって言ってるように聞こえるのだけれど？」
「ほう、ちゃんと伝わったのか。俺の表現力も中々のものだな」
「ひど～い！ 私は傷ついたので、残りの仕事はやらない！」
「本当に傷ついたのなら、そんな事は言わないよな？ ふざけてないで今日ぐらいは真面目に仕事しろ」
「本当に傷ついたんだよ～？」
「はいはい。後で何か作ってやるから今はさっさと終わらせようぜ」
「本当！ それじゃあ一夏君特製のお菓子が食べたいな～」
「楯無様ズルイです！ おりむ～私も食べた～い！」
「分かった分かった、全員分作るから引っ張るな！ それにちゃんと仕事したらだからな」
「「は～い」」
一夏さんに手なずけられた二人は、休憩するのも忘れて仕事に励み始めました。私としてはさすがとしか言えないのですが、一夏さんは苦笑いを浮かべてコーヒーを啜ってました。
「物で釣らなきゃ仕事もしないのかよ……」
「仕方ないですよ。お嬢様と本音ですし」
「……それもそうだな」
妙に納得したような顔で頷き、一夏さんも仕事を再開しました。さてと、それでは私もさっさと終わらせますか。
「ねぇ一夏君、これって如何するんだっけ？」
「ん？ あぁそれはな……」
生徒会長であるお嬢様が仕事の事を一夏さんに聞いてるのを見て、私はつい笑ってしまいました。普段からしっかりと仕事していれば分かるような事だったので、どれだけお嬢様が仕事をしていなかったのかが分かったからです。
「ねぇねぇおりむ～これって許可しても良いのかな～？」
「何の申請だ？」
「おりむ～を各部活に派遣するシステム」
「……何？」
「各部活の部長さんたちが取り決めておりむ～を取り合うシステムだって書いてあるんだけど」
「却下だ却下！ そんな時間は俺には無い！」
「でも～既に学校中に知れ渡ってるから、今更却下したら暴動になるかもだよ～？」
「誰だ、こんな事を拡散したヤツは……」
「校内新聞に書いてあったってセッシーが言ってた～」
「またヤツか！」
如何やら一夏さんも同じ人物を思い描いたようで、呆れたように頭を抑えてました。恐らくは頭痛を感じているのでしょう。
「週一で水曜だけだから大丈夫じゃないかな～？」
「火曜木曜とナターシャと碧が行う訓練の手伝いで、水曜に部活に借り出されるとしたら、生徒会の仕事を刀奈と本音が真面目にしないと終わらない計算になるんだが……お前らがそれで良いのなら許可しても良いが？」
「却下！ 本音、そんなのは今すぐ却下よ！」
「それじゃあ却下しますけど～、各部長には何て言い訳するんですか～？」
「そもそも一回却下した事をもう一回申請してきたんだから、この結果は分かってるでしょうしね！ 薫子ちゃんには一夏君と虚ちゃんが厳重注意をすると言う事でこの話は終わり！」
「自分では説教しないのかよ……」
「お嬢様ですしね。それでは今から行ってきますので、お嬢様と本音は残ってる仕事を片付けてくださいね」
「待って！ 私と本音で注意しに行くから、虚ちゃんと一夏君で残ってる仕事を片付けて」
「そう言って逃げるつもりじゃねぇだろうな？」
「……そ、そんな訳無いわよ？」
明らかに動揺したお嬢様を見て、一夏さんも私もため息を吐きたい衝動に駆られました。注意しに行くと言って本当は自分がサボりたいだけだったのですからね。
「俺と刀奈で残りの仕事を片付けるから、虚は本音と一緒に黛先輩を注意しに行ってくれ。時間があれば少しでもいいからクラブを回ってこの申請を却下した事を伝えてくれ」
「分かりました。しかし一夏さん、本音が一緒に来てもあまり意味は無いと思いますが」
「それじゃあ本音も残って俺と仕事だな」
「分かった～」
「では行ってきます」
一夏さんに二人を任せるのは申し訳無いですが、確かに私一人で行った方が楽ですし、時間短縮にもなるでしょうからね。こうして生徒会に申請された案件で、久しぶりに却下された事を伝えに、私は各部長への報告と、先走りで情報を拡散した黛さんを注意しに生徒会室から移動する事になりました。
一夏君に捕まって生徒会の仕事を終わらせる事になった所為で、私は今日も部屋で死んだように寝転がっている。週明けに同じような状態でウダウダしてたけど、あれとは別の意味で疲れたわね……
「お姉ちゃん、今日もヘロヘロなの？」
「生徒会の仕事がこんなにも大変だったなんて思わなかったわね」
「お姉ちゃん、入学してすぐ会長になったんじゃなかったっけ？」
「そうだけど、仕事は殆ど虚ちゃんに任せてたからね」
ＩＳ学園の生徒会長の条件は学園最強である事だけなので、仕事が出来なくてもなろうとすれば誰でもなれる役職なのだ。ただ今の私が学園最強か如何かは怪しいけどね。
「一夏も虚さんも何時もお姉ちゃんの代わりに大変な事をやってるんだよ？ 少しは反省して日頃から仕事したら如何なの？」
「分かってるわよ～！ でも嫌いなものは嫌いなのよ」
「子供じみた事を言ってると、また一夏に怒られるよ？」
「私まだ高校生なんだよ？ 十分子供だよ」
「そう言う事じゃ無いよ……お姉ちゃん、分かっててやってるでしょ？」
「だって簪ちゃんとお話するのが楽しいんだも～ん」
「はぁ……一夏が日に日にやつれてる感じがするのも納得だよ」
「一夏君が？ 特に変わった様子は無いけど」
むしろ疲れが見えないから逆に心配してるんだけど……どうやら簪ちゃんには一夏君がやつれてるように見えるようだ。
「だってため息吐く回数も増えてるし、話しかけても気付いてくれない事も多いよ？」
「何かに集中してたんじゃないの？ 偶にあるわよ」
「ううん、特に何かの気配を感じてた訳でも無さそうだったし、何かの作業をしてた訳じゃ無いんだよ？」
「それは珍しいわね……やっぱり一夏君も疲れるんだね」
「当たり前だとは思うけど、確かに一夏が疲れてる事なんて滅多に感じなかったもんね」
特に今週は碧さんが学園に来た事で始まった訓練の手伝いや、美紀ちゃんのＩＳのカスタマイズなどと忙しさ倍増だもんね。
「一夏君は今何処に居るの？」
「アリーナ。例の訓練の手伝いだよ、今日は」
「そうだったわね。普通に生徒会の仕事をしてたから忘れてたわ」
あれだけの量の仕事をこなしても、まだ休めないなんて……普通の人間だったら過労死してもおかしく無いほどの事を一日でしてるわね……
「明日は生徒会の仕事も無いし、屋敷に戻ったら一夏君にはゆっくりしてもらいましょうね」
「何も無ければそうして貰いたいけど、そう言う時に限って絶対何かあるんだよね」
「不吉な事は言わないでよ～」
此処数週間、一夏君の周りでは様々な事が起こっており、その最たるが私とのデート中に現れた亡国企業の幹部、スコールの存在だろうな。
そう言えばあれからスコールが周りをうろついてるなんて聞かないわね……何を企んであの日一夏君に接触してきたのかしら……
後二,三話でデート回にいけそうですかね