一夏さんの手際の良さに比べたら、私たちのはもの凄い無駄が多い調理でしたが、何とか一夏さんがお風呂から出てくる前に完成させる事が出来た。多分ですが、一夏さんが終わるまで待っていてくれたんだとは思いますが……
「いや~、何時もこんな事してる一夏君はやっぱり凄いわね~」
「元々得意だって事もあるんだろうけど、やっぱり一番は慣れじゃないかな」
「そうですね。一夏様はほぼ毎日我々の食事の準備をしてくれてますし、実家に帰っていた時は千冬様の世話をしてましたからね」
「おりむ~みたいに毎日すれば上達するのかな~?」
「お兄ちゃんの領域まで行くには、本音じゃ無理でしょ。絶対途中で投げ出すし」
マドカさんの言う通りになりそうな予感しかしなかった私は、無言で頷きました。よく見れば他の人も同じように頷いていて、なんと本人である本音も頷いていました。
「マドマドの言う通りだろうね~。絶対に続かないよ~」
「笑ってる場合では無いと思いますが」
「だって無理なものは無理だよ~。須佐乃男がおりむ~から離れるってくらい無理な話なんだよ~?」
「それは無理ですね」
「美紀ちゃんも中々の手際の良さだったけど、やっぱり一夏君と比べるとね~」
「いえ、私は家でやらされてましたから」
美紀さんの家は、何を気にして美紀さんに強く当たっていたのでしょうか……世間体も何も、更識は暗部の存在で、四月一日家はその中の更に分家筋の家柄、俗世間には知られてないはずなのですが……気にしすぎでしょうかね。
「ただいま戻りました」
「あっ、碧さん」
「お疲れ様です」
「お帰り~!」
一夏さんに見回りを頼まれた碧さんがヘロヘロになって部屋に帰ってきました。学園を一回り見回るにしても、集中して見回ればかなり疲れるんですね。
「何か異常はあったの?」
「異常だらけですよ! 何なんですかこの学校は!」
「そんなに問題があるようには思えませんが?」
なにやらご立腹の碧さんに、私とお嬢様は首を傾げた。お嬢様は二年目、私は三年目の学園生活だが、それほど学校に問題があるようには思って無かったからだ。
「広すぎですし、見て回ったと思ったら別の場所だったりと、同じ風景が多すぎです! 一人で全部見回るのには向きませんよ!」
「単純に碧さんが迷子になったんじゃないの~?」
「あっ……」
あえて思ってても言わなかった事を、本音が言ってしまった。この部屋の誰しもが思ってた事を言ってくれたと言えなくも無いが、言わないのが大人の対応だったのも確かなのだ。
「そんな事無いですよ! ちゃんと地図を見て見回ったんですから!」
「地図? でもくるくる回してたら迷うよ~?」
「……えっ?」
如何やら碧さんは典型的な方向音痴のようだった。地図はちゃんと持って無いとあまり意味は無いのだ。ましてくるくると回してたら自分が今何処に居るのかも分からなくなってしまうのだから。
「そんな……じゃあ時間がかかったのは私の所為なんだ……」
「次からは誰かと一緒に見回った方が良いんじゃないかな~?」
「本音! いい加減にしなさい!」
「でもおね~ちゃん、駄目な事は駄目って言わなきゃ分からないよ~?」
確かにその通りなのだが、本音に言われると碧さんが負うであろうダメージが倍増してしまうのよ!
「良いんです、どうせ私は駄目ですから……次からは誰か誘って見回りにいきますよだ……そもそも織斑先生が忘れてたから私に回ってきただけで、本来なら見回りは織斑先生の仕事なんですよ……」
落ち込みながらも織斑先生への怨みつらみをボソボソと言っている碧さんを見て、マドカさんは居心地が悪そうになって来ている。実姉である織斑先生へのあてつけを、まるで自分が言われているような感覚になっているのかもしれませんね。
「大体敵も攻めてくるなら早いところ攻めて来てくれれば此方側も対処出来ますのに、先制攻撃はしたら駄目だなんて……潰すならとっとと潰した方が後々楽なんですけどね……学校方針ですから私なんかが文句言っても聞いてくれないんでしょうけど、一夏さんなら分かってくれると思うんだけどな……」
「み、碧さん! 愚痴はそれくらいにして、料理を運ぶの手伝ってもらえますか?」
「料理? 今日は一夏さんが作ったんじゃないんですね」
「え、えぇ。今日は一夏の為に私たち皆で作りました」
「皆……私は仲間外れですか……」
「そ、そんなんじゃないですよ!」
「良いんです、どうせ私は年齢も上ですし、皆さんと比べればね……一夏さんもそう思ってるんでしょうね……」
「小鳥遊隊長……」
ネガティブ全開の碧さんを見て、美紀さんが呆れたような心配しているような声で近付こうとしましたが、お嬢様が無言で首を左右に振る事で美紀さんはしようとしていた行動を止めたようでした。
「さあ! 一夏君が出てくる前に終わらせるわよ~」
「そ、そうだね!」
「一夏様、随分と長風呂ですが、のぼせてるんじゃないですよね?」
「須佐乃男はおりむ~の気配分かるんでしょ? 確かめたら良いんじゃない?」
「何を確かめるって?」
「あっ、一夏様」
「ん? 何だか碧が落ち込んでるようなんだが……」
一夏さんが碧さんの様子がおかしいのに気付き、状況を聞こうとしたのですが、途中で事情を察したようで言葉は途中で止まりました。
「お疲れ。おかげで助かった」
「次からは誰かを付けて下さいね!」
「はいはい……ナターシャか山田先生を付けてやるから」
「一夏君、山田先生じゃ戦力にならないと思うけど?」
「……言われればそうだな。あの人には駄姉を任せた方が良さそうだしな」
お嬢様の言い草も酷いですが、一夏さんの中の山田先生に対する評価もまた、酷いものだと感じられます。よっぽど信頼が無いんでしょうね、山田先生は……
「一夏さんは一緒に見回ってはくれないの?」
「俺? 別に構わないんだが、他の仕事が滞りなく進んでる時だけな」
「そんな時があるの?」
「……無いな」
お嬢様の顔を見ながら一夏さんは考え、すぐに答えを出しました。確かに一夏さんが入学してから今日まで、滞り無く仕事が進んだ事はありませんね。入学前にあったかと聞かれれば無いんですが……
「それじゃあ無理じゃない!」
「まぁまぁ、今度はちゃんと駄姉がやってくれるだろ」
「本当?」
「さぁ? これから説教しにいって如何なるかだな」
「あれ? 一夏君ご飯は?」
「後で食べる。美紀もゆっくりしていってくれ」
「あっ、はい……」
一夏さんは織斑先生を説教しに行ってしまい、せっかく作ったご飯はすぐには食べてもらえないようです……私たちが代わっても結局一夏さんは忙しいんですね。
「あ~あ、せっかく出来立てを食べてもらえると思ったのにな~」
「しょうがないよ。一夏しか織斑先生にお説教なんて出来ないんだから」
「千冬様は一夏様だけには逆らえませんからね」
「昔から迷惑掛けて来た分、お兄ちゃんに頭が上がらないんだよ、きっと」
「おりむ~のお説教は怖いからね~」
経験者である本音とお嬢様は、しきりに頷きあっていますが、そもそも怒られるような事をするからいけないんじゃないのでしょうか……
「とりあえずご飯にしましょうか。一夏君は居ないけど私たちだってお腹空いてるんだから」
「そうだね。じゃあ食べようか」
お嬢様と簪お嬢様のこの言葉で、我慢していた本音やマドカさんはもの凄いスピードでお箸を持ちました。ただし一夏さんに散々しつけられているので、黙って料理にお箸をつけることはしませんでした。
「「いっただっきまーす!」」
「あっ、ズルイ!」
「私たちも食べましょう」
二人が食べ始めたのを皮切りに、私たちは手を合わせて夕食を摂り始めました。一夏さんの料理と比べると、やはりまだまだですが、それでも美味しい夕食でした。
「良いのかな、私も此処で食べて……」
「大丈夫よ、美紀ちゃん。一夏君もゆっくりしてけって言ってたし」
「そもそも連れて来たのは私たちだしね」
「そうそう、美紀ちゃんは気にしすぎなんだよ~」
「そうですよ。一夏様の部屋で寝た事のある美紀さんが、今更恐縮する事は無いんじゃないですか?」
「あ、あれは別にそう言うんじゃない……気付いたら寝ちゃってただけで」
「勉強で疲れたんでしょ? 私も聞いてて眠くなってきてたし」
金曜の夜に一夏さんの部屋で勉強してたのは知ってますが、二人は途中で寝てしまったんでしたね。それで翌朝に私とバッタリ一夏さんの部屋で鉢合わせになったでしたね。
「いいな~美紀ちゃんは~」
「何が?」
「だっておりむ~に布団掛けてもらったんでしょ~? それって滅多に体験出来る事じゃ無いよ~」
「本音は何時も剥いでもらってるんだもんね」
「そんな事無いよ~」
一夏さんに普段から起こしてもらってる本音だが、確かに布団を剥がれる事は最近では無くなってますね。中学時代にはそう言った事もあったようですが、さすがに一夏さんも本音の起こし方が分かってきているので、無駄な事はしなくなってきました。
「さてと、食べ終わったし片付けましょうか」
「そしたらお風呂だね」
「今日は大浴場にしましょうか」
「そうだね~。そうすれば美紀ちゃんも一緒だもんね~」
「その巨乳、揉むしか無い!」
「えっ!?」
マドカさんが手を怪しくうごめかすと、お嬢様や本音も同じような動きを見せました。確かに身長はさほど無い美紀さんですが、何故胸は大きいのでしょうか……良く聞くように、頭に行く栄養が全て胸に行っているのでしょうか? ですが、美紀さんも勉強頑張ってますし、ちゃんと脳に栄養は行ってるはずなんですがね……それほど沢山食べている訳でも無さそうですし……
私は自分の胸と美紀さんの胸を見比べて、コッソリとため息を吐きました。良く見れば簪お嬢様もため息を吐いているので、恐らくは私と同じ事を考えていたのでしょうね。
「碧さんも一緒に入る? それとも部屋のお風呂使う?」
「そうですね、今日はもう部屋から出たくないので、私は部屋のお風呂を使わせてもらいます」
「一夏が入った後だからって、お湯を飲んじゃ駄目だからね」
「飲みませんよ!?」
簪お嬢様も最近お嬢様に影響されておかしな発言が多くなってきてますね……一夏さんが頭を悩ませる原因が増えなければ良いのですが……
結局私たちがお風呂から帰ってきても、一夏さんは部屋に戻ってきてませんでした。その後少し待ってたのですが、碧さんが限界だったので私たちは部屋の電気を消し、一夏さんの分の食事はキッチンに置いておく事にして寝る事にしました。
朝起きたら、とても良い匂いが部屋に充満していた。如何やら一夏君が朝ごはんを作ってるようだけど、今何時よ?
「……3時?」
時計を見たら午前の3時少し前を指しており、こんな時間から朝ごはんの準備をしてるのかと少し驚いた。
「何時もならまだ寝てる時間よね……でも、少しくらいは手伝いたいし」
自分の中の睡眠欲に打ち勝ち、私はベッドから飛び出した。
「十月も近くなると寒いわね……」
手近にあったカーディガンを引っ掛けてキッチンに向かう。コッソリと覗いてみれば、やはりそこには一夏君の姿があった。
「早いな?」
「おはよう。良い匂いで起きちゃった」
「腹でも減ってるのか? 何時もなら起きないだろうが」
「う~ん、昨日は自分で夕ご飯作ったじゃない? だから一夏君のご飯に飢えてるのかも」
「何だよそれ」
一夏君は少し笑ったような表情を浮かべて、私に味見がてらの料理を差し出してくれた。
「うん、やっぱり美味しい!」
「あまり大声は出すなよ? そろそろ寮長が起きるだろうしな」
「まだ3時だよ?」
「昨日昏倒させたからな、何時もより早く寝てる事になってるし、そろそろ起きてもおかしく無いだろうし」
「昏倒って……何したのよ」
お説教だとは聞いてたけど、まさか殴るまでとは思って無かったのでビックリした。織斑先生も一夏君を怒らせるような事は慎めば良いのに……私が言えた義理ではないのだけれどね。散々虚ちゃんを怒らせてるし、一夏君にも迷惑をかけてきてる私が……
「開き直った挙句に自分は悪く無いとかほざいたからな。一発喰らわせたんだ」
「あんまり殴ると一夏君も痛いんじゃない?」
「そこまで本気では殴ってない。そもそも力をこめれば良いって訳でも無いし」
一夏君は手元を見ずにフライパンを振っている。これが慣れなんだと思い知らされたけど、危なくないのかしら?
「さてと、後は戻ってきてからで良いだろ。腹減ってるなら食べても良いぞ? まだ下ごしらえだが」
「うん平気。それより、今日は私も一緒に身体を動かしても良いかな?」
「それは構わないが、その格好でか?」
「まさか、ちゃんと着替えるよ」
さすがの私でも寝巻きで外に出るつもりは無い。格好以前に、下着も着けてないし、寒くて動けないだろうしね。
急いで着替えた私は、一夏君と一緒に軽く運動するつもりで居た……だが、一夏君の軽くは、私にとっては全然軽くは無く、むしろガッツリの運動量だった。
「い、一夏君……こんなに運動してたら一日もたないわよ……」
「こんなにって、まだ準備運動だろ?」
「へ? そんな訳無いじゃない! 校舎周り五周なんて準備運動どころか軽い罰則よ!」
「そうなのか? 何時もこれくらいしてるし、マドカも三周はしてるけどな……」
「規格外な義兄妹と一緒にしないでよね! 私は普通の女の子なんだから!」
「その歳で国家代表の刀奈が『普通』の女の子なのはさておき、確かに俺たち基準で考えたら駄目だったな。すまなかった」
何か引っかかったような気がしたけど、謝ってくれたんなら許してあげないとね。
「それで、この後は如何するんだ? 動けないならそこで座ってても良いが」
「何するの?」
「アリーナを使って武器術の動きの確認をしようと思ってるんだが」
「それじゃあそれを見学してるわ。見るだけでも勉強になるでしょうしね」
一夏君の動きはそれだけで教材になりえるし、様々な武器を使っての動きを学ぶには手っ取り早い事間違い無いしね。
「何か邪念を感じるが、確かに敵に見られてる場所じゃ落ち着かないよな」
「敵? ……亡国企業ね。こんな時間から監視してるんだ」
「むしろ24時間体勢で監視してるぞ? 交代要員もしっかりと準備してるようだし」
「いったい何を監視してるのかしらね?」
「……それが分かるなら苦労しないぞ」
一夏君は少し間を開けてから答えてくれた。今の間が何を意味するのか気になったけど、私の質問に呆れてたなんて言われたら嫌だったので深く追求はしないでおこう。
「使い捨ての監視なんだろうな。随分と男が多い」
「男? でも戦闘訓練はしてるんだよね?」
「それなりに出来る連中を揃えてはいるようだが、所詮ヤツらにとって男は使い捨てなんだろうよ。俺を攫った時にそれは分かったし」
確かに実行犯の男たちは一人残らず殺されちゃってたし、今回も何かあっても彼らは助けられる事は無いのだと思うと、少し彼らに同情しちゃうわね。
「こんな美少女が一人で居たら襲われちゃうかしら?」
イタズラを思いついたので、私は一夏君に尋ねた。さてと、どんな反応をしてくれるのかしらね?
「襲われたいのなら一人で居ればいいだろ? その代わり助けには来ないからな」
「酷くないかしら?」
「忠告したのにそれを聞かなかったんだ。自業自得だろ」
「一夏君は私が他の男に襲われても良いの?」
「良いわけ無いだろ。襲われる前にその男を殺すだろうな」
「助けに来てるじゃない」
「いや、粛清に来てるだけだ」
冗談だと思ってたけど、一夏君の目は本気だった。それだけ愛してくれてると分かって嬉しいけど、さすがに怖いので冗談でもそう言った事をするのは止めよう。
「マドカを待っても良いんだが、そうなると訓練の域を越えるからな」
「本気になっちゃうのかしら?」
「マドカ相手だと手加減する気持ちがなくなるんだよな。駄姉に見た目が似てるからかも知れんが、ISを纏うと更に似てる気がしてくるんだ」
「あ~……違うのは目元くらいだしね。マドカちゃんはISを動かす時にはバイザーをするから、違いが分かりにくくなるからじゃない?」
「……そうかもしれないな」
一夏君は今まで気がつかなかったと言わんばかりに強く頷いた。それにしても一夏君の織斑先生嫌いは治ってないのね……織斑先生相手だと一切の加減容赦が感じられなくなるのは、やっぱり気のせいでは無かったようだ。
「それじゃあ私が相手してあげる!」
「疲れたんじゃ無いのか?」
「それくらいなら大丈夫だし、それに加減してくれるんでしょ?」
「刀奈が良いならそれでも良いが、後で何処かが痛いとか言っても知らないからな」
「へ~きよ」
楽観的に一夏君の相手を名乗り出た私だったが、一時間もしないうちにこの発言を後悔する事になった。
相変わらずの一夏君の動きに付き合った所為で、一日中全身が痛かったのだ……座ってるのがやっとで、とてもじゃないけど生徒会の職務が出来る状態では無かったので、虚ちゃんと一夏君に任せて、放課後は保健室でマッサージを受ける事にしたのだった。
気が付けば十月も終わりですね。コレを書き始めたのが二月の末ですから、もう八ヶ月ですか……早いですね……