一夏君に任された、碧さん赴任の理由を考えなきゃと思ってたけど、考えて数分で寝てしまった。とりあえず薫子ちゃんの質問には、学園の警備と生徒の能力向上の為に実戦経験のある人を採用したと答えておいたけど納得したか如何かは微妙だった。
「あれで良かったのかな?」
「さぁ? 納得するか如何かは人次第だし、実際に碧と接してみて如何判断するかだろうな」
一夏君は気にした様子も無く夕ご飯を作っている。薫子ちゃんがこの部屋に突撃して来た時は驚いたけど、まさか織斑先生が許可したとは思わなかったわね。
「ねぇねぇ一夏君、織斑先生は何が目的で薫子ちゃんに許可を出したんだろう?」
「アイツの考えてる事など分からん。どうせろくでも無い事なんだろうがな」
「しかし、薫子ちゃんも何処から情報を手に入れたんだろう。まだ碧さんの事は教えてなかったはずなのに」
「それもあの駄姉が情報を流したんじゃないのか?」
話しながらでも、一夏君の手際の良さは変わらない。さっきから美味しそうな匂いがしているので、私は思考の半分をそっちに持っていかれていた。
「そうなのかな……美味しそうだな~」
「目的が何にしても、とりあえず碧の紹介は新聞部がやってくれるだろうし、わざわざ学校集会を開く必要は無くなっただろうな」
「そうだと良いけどね……ねぇ、味見して良い?」
「碧の事を話すのか、夕飯の話をしたいのか、どっちなんだよ」
私の話がごちゃ混ぜになりかけたところで、一夏君のツッコミが入った。
「両方かな。ねぇ、食べちゃダメ?」
「……ほら」
今日のメニューは一夏君特製お好み焼き、野菜もたっぷり入ってるので栄養化もバッチリで、イカ玉や豚玉など種類も豊富で飽きないのだ。
「ミックスが良いな~」
「後で刀奈の分が減っても良いなら好きにすれば良いだろ」
「ううぅ……」
さすがに減っちゃうのは嫌だなぁ……仕方ない、一夏君が切ってくれたので我慢しよう。
「あっ、美味しい」
一夏君が味見様にくれたのは、焼きそばが入った広島焼き、これが結構美味しくて、私たちのお気に入りの一玉となっているのだ。
「昼飯食ったんだろ。その後何か暴れたのか?」
「匂いを嗅いでたらお腹減っちゃったのよ」
「なら向こうに行ってれば良いだろ。話は終わったんだろ?」
「ううん、まだ。碧さんが担当するのは実技だけだけどさ、一夏君のクラスで試験的に教えるんだよね?」
「そう言う事になってるんじゃねぇの? さすがに教師の配置までは携わって無いからな」
そう言いながら一夏君はお好み焼きを返す。こんがりとキツネ色に焼かれた反面が此方を向いていて、ますます食欲をそそる。
「それにしても、よくフライパンでお好み焼きを作れるわよね。普通はプレートか何かを使うんじゃないの?」
「あれは片付けが面倒だ。それに慣れればコッチの方が早くて楽だ」
一夏君はフライ返し無しでお好み焼きを返していく。あれだけ回したら一回くらい失敗しそうなものだけれど、一夏君の成功率は100%だ。
「それでさっき相談されたんだけどね、ナターシャ先生と碧さんが共同で希望者を募って訓練会を開くんだってさ」
「何時?」
「火曜と木曜の放課後」
「週二回か、それならまぁ良いんじゃないのか?」
「それで、一夏君にも偶に手伝ってほしいって言われたんだけど、後で二人から直接話を聞いてほしいんだけどさ……やっぱりもう少し食べたいな~」
「メールでも良いなら聞くが……だから向こうで待ってれば良いだろ」
ごちゃ混ぜになっている私の会話を、両方ともしっかりと返してくれる一夏君だが、それでも調理の腕はミスする事無くどんどんお好み焼きが出来上がっていく。
「だって向こうはまたゲーム大会になってるよ?」
「また? 碧の歓迎会じゃなかったのか?」
「本音がお菓子を出して食べてたんだけど、虚ちゃんに夕ご飯が入らなくなるからって怒られたんだって。それでそのままゲーム大会に移行したのよ」
「昨日も散々遊んでただろうに……簪は今日のデートでも俺と対戦してたんだぞ?」
一夏君は呆れたような表情で次のお好み焼きを作り始める。かなりの枚数を作ってるのにも関わらず、一夏君は疲れた様子も無く作り続けている。
「碧さんの部隊の人は、学園の傍に滞在してるんだよね?」
「駅を挟んですぐの場所に宿を取ってある」
「宿泊費は一夏君が出すんだよね?」
「更識の財政じゃ苦しいしな」
「一夏君と虚ちゃんで何とか建て直ししてくれてるんだけど、それでも厳しいのよね」
簪ちゃんも領収書を見直したりしてくれてるけど、特に不審な点は見当たらなかったって言ってたのよね……節約もしてるのに何でなんだろう?
「私も経済の勉強とかした方が良いのかな?」
「刀奈が? 止めとけ、絶対に途中で寝るから」
「何よ! 私はそこまで堕落してないわよ!」
「違う違う、数字が多いから計算嫌いの刀奈だと嫌になって逃げ出すんだよ」
「……確かに計算とかは嫌い」
だから経理は簪ちゃんに頼んでるのよね。だって大きい数字とかになると面倒なんだもん!
「兎に角、財政立て直しは何とかするから、刀奈は自分の仕事をもう少ししてくれると此方も助かるんだが」
「ウグッ!」
まさかそっちから攻めてくるとは……仕事しない当主だと揶揄されているのは知ってるが、まさか腹心からも攻められるとは思って無かったわね……まぁ仕事しない私が悪いんだとは分かってるのだけど。
「こ、これからは一夏君も虚ちゃんも更に忙しくなるから、私だってちゃんとするわよ」
「そうしてくれると本当に助かるんだがな、俺も虚も」
「腹心二人が疲労で倒れたなんてなったら、更識の中枢は機能しなくなっちゃうもんね」
「トップがこれだからな」
「何よ~!」
かなりの枚数を焼き終えた一夏君は、お皿を持って皆が居る方へ運んでいく。私も少しお手伝いで一夏君の後ろをお皿を持って追いかける。
「ほら、もう出来たからゲームは終わりだ。大体簪は今日ゲームしすぎだぞ」
「待って! もう少しで終わるから!」
如何やら今日はレースゲームをしてるみたいで、碧さんと簪ちゃんの激しいデッドヒートが繰り広げられている。本音とマドカちゃんはかなり後方で三位争いをしている。残りはCPUが更に後方に居るわね……本音のマドカちゃんも決して下手じゃないのよね。ただ簪ちゃんが上手いからそうは見えないのだけれども。
「よし!」
「あらら、簪様には敵いませんでしたね」
「でも、此処まで追い詰められたのは一夏以外では初めてだよ」
「そうですか、それは光栄だと思っても良いんですね?」
「もちろん」
やっぱり最後は簪ちゃんが勝ったみたいで、ゴールした二人は互いの健闘を称えあっている。そして少し間を開けて、マドカちゃんと本音もゴールしたようだ。
「ど、同着!?」
「マドマドと一緒だ~!」
珍しい事もあるようで、熾烈な三位争いをしていた二人は、まったく同じタイムでゴールしたようだった。
「終わったら早く片付けろ」
「「「「は~い」」」」
一夏君に言われ、ゲームしていた四人は仲良く片付けを始めた。如何やら須佐乃男は今日は見てるだけだったようだ。
「それじゃあ碧さんの歓迎会を開催しましょう! 一夏君特製お好み焼きで、お好み焼きパーティーを!」
「何か嫌なパーティーだな……」
一夏君はテーブルにお皿を置き、青海苔とソースとマヨネーズを準備している。好みが違うので調味料は一夏君の管轄では無いのだ。各自ご自由にと言う形になっている。
「それじゃあジュースを持って……乾杯!」
私の音頭でパーティーが始まり、思い思いの食べ方でお好み焼きを食していく。やっぱり一夏君の作る料理は最高だな~。
「ちょっと出てくる」
「何処行くの?」
「ナターシャのところ。メールだと要領を得なかったから直接聞きに行く」
「いってらっしゃ~い」
一夏君はそのまま夜遅くまで帰ってこなかった……内容の打ち合わせで結構時間がかかっちゃったらしく、遅くなるとメールで言われたのだ。
「片付けは皆でしなきゃね」
「一夏様が居ない以上仕方ありませんね」
「お腹いっぱいなのだ~!」
一夏君が帰って来ないと分かって、残しておくべきか悩んだが結局私たちで全て食べてしまったのだ。
「一夏さんが作ってくれたのに、結局何時ものように一夏さんは殆ど食べませんでしたね」
「そうなの? 一夏さんって作るだけなんだ」
「お兄ちゃんは自分で作ったものを殆ど食べて無いんですよ。大体パンかおにぎりで済ませちゃうし」
「それであの動きですからね~。何処からエネルギーを出してるんでしょう?」
「そう言えば、一夏また痩せたように思えるんだけど……」
全員で一夏君の姿を思い浮かべる……確かにこの一週間でまた細くなったような気も……
「このままだとおりむ~が無くなっちゃうかもね~」
「まさか……」
「そんな事はありえませんよ……」
「だよね~!」
「「………」」
口では否定したマドカちゃんと須佐乃男だが、本音のように笑い飛ばす事は出来なかったようだ。
「一夏君がちゃんとご飯食べてたのを見たの何時?」
「今日のお昼はちゃんと食べてた。でも、その後激しい運動してたからそれで消費しちゃってるかも」
「何かあったのですか?」
「うん。一夏のお友達と榊原先生もデート中で、そのお友達が男数人に絡まれてたのを一夏が助けたんだ」
「最初から一夏君が助けたの?」
「ううん、途中までは一夏も影で見てただけだったんだけど、お友達が危なくなりそうになったから助けに行ってた」
如何やら榊原先生を本気で想ってるのか聞き出そうとしてたらしいのだが、一夏君も性格悪いわよね。
「その後私とゲーセンで格ゲーしてたからそれ以降は何も食べて無いね」
「昨日もその前も夕ご飯を食べてるの見てないわね……」
「食べてはいるのでしょうが、私たちに比べると明らかに少ないですね……」
一夏君の一日に消費してるエネルギー量は、一夏君が摂取しているカロリーを上回っているようだ、しかも大幅にだ。このままじゃ一夏君は本音が言ったように無くなってしまうかもしれない……
「夜食でも作って置いておこうか……」
「でも、食材の管理は一夏君がやってるのよね」
「勝手に使って良いのでしょうか?」
片付けも途中だし、考えが纏まらなかったので、結局夜食を作る事無く私たちは寝たのだった。
翌朝、良い匂いがキッチンからしてきて私は目覚めた。
「ん? 此処、何処?」
まだ完全に頭が覚醒していないので、見慣れない天井に私は首を傾げた。えっと昨日は……
「あっ、そうか。此処はIS学園の寮だ」
一夏さんに打診されて、今日から此処で臨時教師として働く事になったんだった。それにしても、今何時だ?
「6時……かなり寝過ごしたわね」
何時もなら5時くらいに目を覚まして軽く身体を動かすのだけれど、赴任初日は派手に寝過ごしたようだった。
「それにしてもこの匂い……」
昨日あれだけお好み焼きを食べたにも関わらず、寝れば空腹を覚えるのだから、人間の身体は不思議よね。
「誰が作ってるのかしら」
昨日の夕ご飯は一夏さんが担当だったから、さすがに朝は別の人が担当だと想っていたのだが、キッチンを覗くと、そこには朝食を作っている一夏さんの姿があった。
「碧か」
「はい、おはよう」
「ん。って言っても、俺は寝てないからな」
「寝てないの!?」
「ああ。あの後駄姉がナターシャの部屋に来て飲み散らかしたからさっきまで片付けと説教してたからな」
「うわぁ……」
千冬さんって確か、酒癖が悪く、絡み酒もあるって聞いてたんだけど、それがあったと思うと余計に大変そうだと感じるわね。
「大丈夫なんですか?」
「さっきマドカにも聞かれたが、一日二日寝なくても別に平気だ」
「いや、普通はダメだと思いますけど」
「俺は普通じゃ無いからな」
「自分で言っちゃうんだ……」
確かに一夏さんは周りと違いますが、それでも夕飯もろくに食べずに不眠で授業に臨めば途中で力尽きちゃうと思うのですが……
「準備出来るまでもう少し寝てても良いぞ」
「いえ、手伝います」
一夏さんの手際の良さは聞いてますが、手伝いくらいなら出来るだろうと思い、私は急いで準備をした。だが、そんな甘い考えはあっさりと打ち砕かれ、結局邪魔するだけで終わってしまったのだった……
「ゴメンなさい……」
「気にするな」
一夏さんが作ったご飯を見ながら、私はただただ謝る事しか出来なかった。一夏さんが自分のやりやすいようにしてあったものを動かしてしまったりと、私は何も出来なかったのだ。
「ほら、お前たちも何時まで寝てるんだ! 起きないと遅刻だぞ!」
一夏さんは私を軽く慰めるとそのまま未だ寝ている人たちを起こし始めます。普段から皆さんねぼすけさんなのでしょうか?
「えっと……うわ!? もうこんな時間!」
「寝過ごした!?」
「スミマセン一夏さん、私まで……」
「眠いです……」
「だらしないな~皆」
私と一夏さん以外で起きてたのはマドカさんだけで、後の皆さんは今漸く目を覚ましました。ただ一人を除いてですが……
「さっさと着替えて朝飯を済ます! 俺はその間に本音を叩き起こすから」
皆さんが着替えを開始するので一夏さんは一時退室、その間に一夏さんはコーヒーでパンを流し込みます。
「それが一夏さんの朝ごはんなんですか?」
「自分の分は作って無いからな」
「如何して?」
「如何してと言われても、食べる時間が無いから」
そう言って着替え終わった皆さんと入れ違いで一夏さんは寝室に向かいます。そして大きな音と何かを叩く音が聞こえたと思ったら、本音さんの間の抜けた声が聞こえてきます。
「今日も一夏君の起こし方は過激だね~」
「ああじゃないと起きないからね」
「我が妹ながら情けないです」
「本音様の寝起きの悪さは尋常じゃないですからね」
「お兄ちゃんも大変だ」
最早日常化されているのでしょう、他の皆さんは得に気にした様子も無く一夏さんが作った朝食を食べていました。
「ほえ~!? 如何してまた寝坊なんだよ~!」
「何時もの事でしょ」
「少しは早起きしようとしなよ」
「今日は皆寝坊だったけどね」
マドカさんがボソッと言った事で、他の人の時間が止まった。
「俺は先に行ってるからな。くれぐれも遅刻するなよな」
「あれ? 一夏君今日は早いんだね」
「一応クラス代表だからな。美紀の世話を任された」
「おりむ~は大変だね~」
「誰の所為だ誰の!」
一夏さんはそれだけ言うとさっさと部屋から居なくなってしまった。
「また一夏君はご飯食べなかったわね」
「今日は私たちも寝過ごしたからなんとも言えないけど、普段はもう少し時間的余裕があるんだけどね」
「おりむ~がご飯をちゃんと食べてたのって、二学期になってからあったかな~?」
本音さんの言葉に、全員が首を捻りました。まさかこの一ヶ月まともに朝食を摂ってないとでも言うのかしら……
「そもそも一学期でも最初の方以外まともに食べてなかったような……」
「「………」」
「そうだっけ~?」
「私は知らないわよ」
「一夏様は今よりは摂ってましたが、それでも初めの方と比べれば量は少なくなってましたね」
如何やら一夏さんはこの学園に入ってからまともに食事を摂った回数は少ないようだった。よくもまぁ動いてられると思ってしまったのは、きっと私だけじゃないはずだと思います。
「とりあえず今日の夜は一夏にしっかりと食べてもらおう!」
「今日の夕ご飯は私たちで作りましょう!」
「おりむ~には休んでもらうのだ~!」
「それが良いですね」
「「「………」」」
マドカさんと虚さんと須佐乃男が固まっている……如何やら三人は家事が苦手のようだった。
「兎に角! まずは遅刻しない為に急ぎましょう!」
「またギリギリ……」
「しかも一夏様が居ないから例の方法は使えません!」
「如何するの~?」
「急ぐしか無いでしょうね」
「何でこうなるのよー!」
時計の針は既にギリギリの時刻を刺しており、教師の私も急いで職員室に行かなければいけなくなっていた。
「今日の夜の事はお昼に話す事にして、今は各自教室なり職員室に直行する事! 解散!」
楯無様の合図で、私たちは慌てて部屋を飛び出す。もちろん廊下を走ってはいけないので各自が出せる最高速の歩きでそれぞれの目的地へと急いだ。
「一夏さんって、何時もこんなに大変な思いをしてるんですか?」
「そうですね、わりかし何時もですかね」
急ぎながら虚さんに質問したら、予想通りの答えが返ってきた。これなら一夏さんも楽したくなる気持ちが分かるわね……既に私が大変だと思ってるんですから。
赴任初日から遅刻ギリギリだった私は、職員室で千冬さんにひたすら頭を下げていたのだった。如何やら私の指導係になったらしく、これから厳しく行くと言われた……なんだか幸先悪い気がするわね……でも、任務だから頑張らなければ!
結局半日過ぎてもまともな事一つ出来ずに、昼休みになってしまい、楯無様と約束していた場所で合流、夜の計画を練る事となった……午後はしっかりとしなきゃ一夏さんに呆れられちゃうわね。
書いてて改めて思ったけど、確かに一夏が飯食ってる風景は少ないような気が……