午前中は碧さんの部隊との訓練で会えなかった一夏君だけど、午後は私の相手をしてくれるみたいだった。さっき着たメールには部屋に来てほしいって書いてあったし、これは私の相手をしてくれるって事なんだよね。
「一夏君が部屋に来てほしいなんて、珍しい事もあるんだな~」
浮かれてて気付かなかったけど、如何やらこのメールにはまだ続きがあるようだった。もしかして愛の言葉でも書かれてるのかな?
「えっと……あぁ、そう言うことなんだ……事情は虚ちゃんから一応聞いてたけど、一夏君も色々と大変なんだなぁ」
如何やら私の早とちりだったみたい……一夏君が私を部屋に呼んだのは、任務の為にIS学園に編入させる為に勉強してる子の家庭教師を手伝ってもらう為だった。あの子の事は嫌いじゃないのだけど、最近は妙に距離が出来てるのよね……
「四月一日さんが原因なんだろうけど、昔みたいに一緒に遊べたら良いんだけどな……」
所謂幼馴染であるところの彼女と、最近はまともに会話すら出来ていない今の状況はおかしいと私も思っている。だけれでも彼女と仲良くするのには、まず彼女の父親を如何にかしないといけないのだ。
現四月一日家当主は、私が楯無を継いだ事を面白く思って無いのだ。一夏君と虚ちゃんがしっかりと牽制してくれたおかげで陰湿な嫌がらせはされなかったけど、多分二人が居なかったら私は傀儡にされてたかもしれないのだ。
「それにしても、美紀ちゃんも護衛を任されるくらいには成長したんだね」
私の記憶の中の美紀ちゃんは、明るくて活発だったけど、ちょっとドジな女の子だったんだけど、IS学園の護衛に抜擢されるほど力をつけていたなんて聞いてなかった。多分虚ちゃんが意図的に私に情報を届かせなかったのでしょうけれども、それにしたって幼馴染の近況を知れなかったのは悔しいわね。
「でも確か、美紀ちゃんっておバカさんだったような……」
本音と同等かそれ以上だったと記憶してるんだけれど、中学時代が如何だったのか分からないので比べようが無いわね……きっと頭も成長してるんだろうな。
「でもこの一夏君のメール……」
私と虚ちゃんと一夏君で美紀ちゃんの勉強を見ると言う事は、本音以上にテストが危ういと言う事なんじゃないだろうか……
「編入試験が何時だかは知らないけど、私たち三人で見ると言う事は相当悪い状況なんでしょうね……一夏君も大変な目にあってるわね」
昨日は遅くまで生徒会の仕事をして、私たちの乗っていた車を狙ってた不審者を片付け、碧さんには呼び捨て強要されて、挙句の果てには私が一夏君を呼び捨てにしようと部屋に襲撃したんだっけ? あっ、襲撃の方が先だった……まぁどっちでも良いわね、そんな事は。
兎に角一夏君は気の休まる時間なんて昨日今日と無かったはずなのに、それでもまだ自分に負担の掛かる事をしてるんだね。
「お人よしなのか仕事の鬼なのか分からないわね……多分前者なんだろうけど」
一夏君は基本相手とは距離を取って接するくせに、その相手がピンチになると真っ先に駆けつけて助けてくれる。そこが一夏君の良い所であって、私が好きな所の一つでもあるのだけどね。
「さて、そろそろお昼だし、食堂に行ってみようかしら」
今日は朝早くから簪ちゃんの部屋に行ってみたのだけれど、簪ちゃんは部屋に居なかったのよね~。何処行っちゃったのかしら?
「食堂で会ったら聞いてみよっと」
もし私をのけ者にして遊んでたとか言われたら悲しいわね……そんな事だったら私、如何すれば良いんだろう……
食堂に向かう間、私はずっとその事で悩んでいた。簪ちゃんとは最近では上手く付き合えてるつもりだったのに、それは私の勘違いだったのかとか、お姉ちゃんは要らないのかとか永遠とそう言った事で悩んでしまっていたのだ。
「あっ、楯無様~!」
「おはようございます」
「おはよう、もうお昼だけどね」
食堂に着いたと同時に、本音と須佐乃男が挨拶してきた。この二人が居ると言う事は、マドカちゃんも居るのでしょうね。そしてきっと簪ちゃんも……
「そう言えば須佐乃男、昨日一夏君が夜遅くに庭に居たのだけれど、何か知ってる?」
「一夏様がですか? 生憎昨日は本音様の部屋で遊んでまして」
「本音の?」
「うん! マドマドと~かんちゃんも一緒に~!」
「……へぇ~、私は誘ってくれなかったんだ」
「虚様が楯無様は駄目だと仰られたので」
「虚ちゃんが? 何でだろう」
「最近楯無様の事を面白く思って無い人たちの動きが活発になってるそうですからね。自分の部屋に閉じ込めておくのが最も護衛しやすいと思ったのではないでしょうか」
「私の事を……って、四月一日のおじ様かしら?」
「ん? 美紀ちゃんのおと~さんが如何かしたの~?」
「う、ううん! 何でも無いわよ」
ついさっきそんな事を思っていたから、真っ先におじ様を疑ってしまった。いくら私の事を認めてないとは言え、仮にも更識縁者を疑うなんて……当主失格かもしれないわね。
「あれ? お姉ちゃん、おはよう」
「楯無さん、おはようございます」
「うん、おはよう。さっき須佐乃男にも言ったけど、もうお昼だけどね」
今日初めて会ったのだからおはようでも良いのだけれど、既に時計は正午を回っているのだ。つまりおはようじゃなくこんにちはが正しい……って、何だか一夏君に毒されてるような気がするわね……細かい事は放って置くとして、今は簪ちゃんたちとご飯にしましょ!
「ところで、一夏と虚さんは?」
「碧さんの部隊と訓練中のはずよ。午後からは予定があるとかで一緒には遊べないらしいけど」
「そうですか……一夏様は此方でも忙しいのですね」
「それだけお兄ちゃんが頼りにされてるんだね」
「でも~忙しいって言っても、少しくらい遊んでもバチは当たらないと思うんだよね~」
「その事なんだけどね、如何やら美紀ちゃんをIS学園に編入させる為に勉強を見るらしいのよ。それで私も呼ばれてるんだ」
「美紀を?」
「また美紀ちゃんと遊べる~!」
「えっと……何方ですか?」
そっか、須佐乃男とマドカちゃんは知らないんだったわね。私は二人に軽く美紀ちゃんの人となりと家庭事情を話した。
「つまり、楯無様や簪様とは幼馴染だと」
「それで、IS学園に入る為にお兄ちゃんと一緒に勉強してるわけね」
「美紀ちゃんは昔から本音と同等のおバカさんだったからね」
「むぅ~! 私の方が優秀だったよ~!」
「あれ? 美紀と一緒にテストで0点取って怒られたのは誰だっけ?」
「そ、そんな昔の事は忘れちゃった~、あはは……」
本音が乾いた笑いをしたと言う事は、如何やら本音もしっかりと覚えているようね。小学校の時、お父さんに怒られてたっけ。
「それで、一夏が美紀の勉強を見るのは分かったけど、如何してお姉ちゃんも一緒なの?」
「私だけじゃないわよ、虚ちゃんも一緒。如何やら賭けをして美紀ちゃんが負けたみたいなのよね」
「お兄ちゃんと賭けをしたの? 随分と無謀だね」
「恐らく一夏様が断れないように仕向けたのでは」
「多分そうじゃない? 一夏君との訓練で勝てたら一夏君だけが先生で、負けたら私と虚ちゃんも追加とかそんなところかな? ……うわぁ、自分で言っててもの凄く怖いわね」
一夏君とどんな訓練をしたのかは分からないけど、一夏君相手に美紀ちゃんが勝てる見込みなんて無いわよね。私だって勝てるはずないのだから……
「それで、お兄ちゃんは午後も私たちとは遊べないんだ」
「一夏様はこの屋敷で最も頼りにされてるお方ですからね。御当主がこんな所で油売ってるんですから」
「ちょっと須佐乃男、最近毒が強すぎるんじゃないかしら?」
「私だって一夏様に甘えたいんです! それを楯無様が仕事をしない所為で一夏様は……少しくらい毒が強くなっても仕方ないと思うのですが?」
「ウグッ! ……でも、一夏君は私が遊んでても迷惑じゃないって言ってくれたもん!」
昨日呼び捨てにしようとした時にそう言ってくれたから間違い無いもんね! 大体須佐乃男だって何時も肝心の時には一夏君の傍に居ないじゃないのよ。
「ところでお姉ちゃん、一夏の手伝いは何時からなの?」
「えっと……うわ! もうすぐじゃない!? ゴメン、話はまた後でー!」
私は時計を確認して何かにはじかれたような勢いで食堂を後にした。結局まともな食事は出来なかったけど、後で一夏君に何か作ってもらえば大丈夫だしね。
一夏君の部屋まで全力で走ったおかげで、約束の時間に何とか間に合う事が出来た……そのおかげでヘロヘロだけどね……
「一夏君、居る?」
「ああ、入って良いぞ」
部屋に居るか確認をして、入室の許可を貰う。昨日と良い今日と良い、一夏君の部屋に入るのが何でこんなに緊張するのよ。
「お邪魔します……」
「あっ! 楯無様……」
「えっと……久しぶりだね」
一夏君の部屋には、美紀ちゃんが居た。そりゃまぁ、美紀ちゃんに勉強を教えるのが目的なのだから、美紀ちゃんが一夏君の部屋に居てもおかしくは無いのだけれども、何だか釈然としないのよね……これが嫉妬と言うものなのかしら?
「ぎこちない挨拶は良いから、刀奈と虚で暫く見ててくれ。俺は飯を作ってくるから」
「あれ? 三人は食べて無いの?」
「ああ、何時まで経っても俺を見つけられなくてな」
「あれは無理ですよ!」
「そうですよ一夏さん! 私たちが近付けば一夏さんは移動してしまいますし、その移動を私たちに悟られないようにしてるんですから!」
「そうしなきゃ訓練にならないだろうが」
如何やら一夏君の隠密能力の所為で、勉強時間ギリギリまで訓練してたみたいね。
「それじゃあ一夏君、私の分もお願いね?」
「刀奈の? お前は食べたんじゃないのか?」
「須佐乃男とちょっと揉めてたら、食べる時間が無くなっちゃった」
「いったい何を……まぁ良いか。それじゃあ作ってくるから、それまでしっかりと勉強してるように。後で模擬テストをするから、しっかりと頭に入れておけよ」
「ううぅ……一夏様はサディストです」
一夏君は美紀ちゃんの言葉に少し苦笑い気味に笑って部屋から出て行った。随分と打ち解けてるようだけど、一夏君と美紀ちゃんって前から親交があったのかしら?
「それではまず、此処から此処までを分かりやすく説明します。とは言っても、一夏さんが作ってくれたこのプリントを埋めてもらうだけなんですけど」
「これって、本音が補習にならないように一夏君が作ったプリントよね?」
「要点が纏めてあって分かりやすいですから」
虚ちゃんの言う通り、一夏君の作ったプリントは要点を分かりやすく纏めてあり、そして解り難い用語は補足が横についているのだ。
「一夏君って、本当に万能よね」
「一時的とは言え、クラスで授業を担当したようですからね。教師としての才能があるのでしょう」
「ううぅ……これがこれで? それで、こっちがこれ……」
私たちが見てる中で、美紀ちゃんは必死にプリントの穴を埋めている。半分は語群の中から選び、残りの半分は参考書から探させる事で、出来るだけ頭に止まるように出来ているのだ。
「それにしても虚ちゃん、美紀ちゃんは一夏君とどんな賭けをしたの?」
「私を捕まえる事が出来たら優しく教えてあげる、ただし時間内に捕まえられなかったら一夏さんと私とお嬢様の三人で勉強を教える……でしたっけ?」
「あうぅ……あんなの勝てる訳無いよ~」
一夏君本人では無く、虚ちゃんを使っての賭け……確率は上がってるが、それでも美紀ちゃんには勝ち目が薄い勝負だったようだ。それにしても一夏君も人が悪いわね。最初から優しく教えるつもりなんて無かったくせに。
「それが終わったら次は此方です」
「勉強ってこんなに大変だったんだ……多分普段形だけしかしてなかったのがいけなかったんだろうな……」
多分じゃなく絶対にそうだと思うんだけど……美紀ちゃんは昔から勉強が嫌いで、良く四月一日のおじ様に簪ちゃんと比べられて怒られてたっけ。
「一夏さんに厳しく教えてもらいたいのでしたら、私は何も言いませんが」
「一夏君が本気になると、本音でも90点は採れるからね~」
「えっ!? 本音ちゃんが?」
この前のテストで、本音は赤点回避どころか好成績だったのだ。しかもクラス平均を大いに上げる事にも貢献したと、本人は大喜びだったっけ。
「でも、一夏君を本気にさせると疲れるわよ~?」
「あの本音がお菓子を食べる余裕が無くなるくらいですからね」
「が、頑張ります! 一夏様を本気にさせちゃ駄目だ!」
私と虚ちゃんの脅しが効いたのか、美紀ちゃんは必死になって勉強を再開した。それにしても一夏君が本気になったところって、実は見た事無いのよね……夏休みにもそう言った事があったと、碧さんから聞いたけど、一夏君が本気になると織斑先生でも太刀打ち出来ないらしいのよね……世界最強でも相手にならないって、どれだけふざけた戦闘力なのよ。
「悪い、開けてくれ」
「一夏君?」
「さすがに四人分を持ってドアを開けるのは難しい」
「分かった! ちょっと待ってて」
一夏君がご飯を持ってきたから、美紀ちゃんの勉強は一時中断した。それにしても相変わらず美味しそうなご飯よね……これにお金を払うとしたら、いったい幾らなのかしら?
「そう言えば一夏君さぁ~、美紀ちゃんとは面識あったの?」
丁度良いので、私はさっき疑問に思った事を一夏君に聞いたのだった
「何だいきなり……別に面識は無かったぞ」
「それなのに、もうタメ口なんだ」
「同い年だからな。それに、そっちの方が良いって言われたから」
「でもさ~、私や虚ちゃんの時は簡単に変えてくれなかったよね~? 私たちもタメ口で良いって言ってたのにさ~」
「それは刀奈も虚も年上で、しかも学園では先輩だからな。公衆の面前で先輩相手にタメ口はマズイだろうが」
「でも、今度からはずっとタメ口だからね!」
「はいはい……体裁を保つ必要がある時はさすがに敬語だからな」
そんな事気にする必要無いのに……一夏君は真面目だなぁ~。
「それで、美紀の様子は如何だ? 何とかなりそうか?」
「そうですね、この分なら何とかなるかと」
「ねぇ、そう言えば試験って何時なの?」
「ん? 明日だが」
一夏君の答えに、私は一瞬何を言われたのか解らなかった。えっと明日って事は……残り数時間しか勉強の時間が無い訳で、美紀ちゃんは本音以上のおバカさんで、それから……
「それって、結構ヤバイ状況じゃないの?」
「結構じゃなくってかなりヤバイかもな」
一夏君は笑ってるような表情であっさりと言い放った。美紀ちゃんも状況が分かってるようで、少し焦ってるような表情をしている。
「一夏様、もし不合格だったら如何しましょう……またお父さんやお母さんに馬鹿にされちゃうのかな……」
「不合格になる想像をしてないで、合格してからの事を考える方が健全だと思うがな。簪や本音と同級生になれるんだぞ?」
「そうですね……もう二度となれないと思ってましたけど、せっかくチャンスが来たんですから何としてもそれを掴まなくては!」
一夏君に気合を入れてもらった美紀ちゃんは、ご飯を綺麗に食べ終えてまた机に向かった。さっきよりも何倍も集中してるようで、正解率はどんどん上がっていった。
「それじゃあこれ、美紀用に作った模擬テストだから」
「あれ? 一夏君は見てかないの?」
「俺は食器の片付けと、ご褒美を作ってくるから」
「ご褒美?」
「勉強頑張ってるご褒美と、手伝ってもらったお礼のな」
「それって、私たちも食べて良いの?」
「ああ、元々は彼女たちに食べてもらう予定だったからな。一人分増えるくらい問題じゃ無い」
如何やら一夏君は問題が起こらなかったら私たちにおやつを作ってくれる予定だったようだ。一夏君が作るお菓子は、そこらへんのお菓子屋さんで買ってくるものよりも美味しいので大好きなのよね~。
「刀奈、よだれ」
「あっ……」
一夏君の作るお菓子を夢想したら、よだれが垂れてしまった……それくらい一夏君のつくるお菓子は美味しいのよね。
「それじゃあ刀奈、虚、後は任せるぞ」
「分かりました」
「は~い! 任されたよ~」
一夏君に何かを任される事なんて滅多に無いので、これはこれで新鮮な気分ね。普段頼ってばかりだけど、偶になら頼られるのも悪く無いわね……でも、一夏君が私を頼る事なんて本当に滅多に無いのよね……有能なのも問題ね。
「それにしても、一夏さんは凄いですね」
「ん? 何よ今更」
「この問題ですよ」
「ん~? どれどれ……これって一夏君が考えてるのよね?」
一夏君が作った模擬テストは、今年から遡る事五年分の過去問から抜粋して、更にそこへ一夏君なりのアレンジを加えたもの凄い高度な模擬テストだった。
「何処から情報を入手してるのかしらね……」
「不正では無いでしょうが、それなりに骨は折られたのだと思いますよ」
自分が楽する為だとか言ってたけど、それ以上に苦労してるじゃないのよ……一夏君の行動理由は他にあるんだろうな~と思いつつ、私は美紀ちゃんが模擬テストを解いていくのを何となく眺めていた。始めた頃はブツブツと文句言ってた美紀ちゃんだったが、この数時間で問題をスラスラと解いていけるようになっていた。
「出来ました!」
「じゃあ採点するわね……うん! これなら何とかなるかもね」
八割は正解してるので、これからあと少し詰めれば何とかなるだろうと私は思った。採点が終わった丁度そのタイミングで一夏君が戻ってきて、結果に満足したように頷いていた。
そんな一夏君を他所に、私たちは一夏君が作ってくれたケーキを満足するまで堪能したのだった。
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