もし一夏が最強だったら   作:猫林13世

230 / 394
230話目です。


力の差

 急にお願いした事なのに、一夏君は嫌な顔一つせずに私のお願いを聞いてくれた。座学授業を見学されると言われ、私は緊張してしまったのだけど、一夏君のおかげで何とか平常心を取り戻す事が出来た。

 

「それにしても、随分と急に言われるんですね。普通前もって聞かされてるんだと思ってましたよ」

 

「私もそうだと思ってたんだけど、今さっき織斑先生に言われたの」

 

「織斑先生に?」

 

「うんそうだけど……何か気になる事でもあるの?」

 

 

 織斑先生の名前を聞いた途端、一夏君の顔が険しくなった……ような気がした。だから思い切って聞いてみたんだけど、一夏君は何も答えてはくれなかった。

 

「とりあえず次の時間だけで良いんですよね?」

 

「恐らくは……それと敬語じゃなくても良いよ?」

 

「いえ、周りに人が居る可能性があるので一応は」

 

 

 まだ周りには付き合ってる事は秘密なので、一夏君はその事を考慮して敬語を使っている。私も一応気を使って『付き合ってるから敬語じゃなくて良い』とは言わなかったのだ。

 

「次はISの座学ですよね、ナターシャ先生一人でも出来たのでは?」

 

「実習なら一人でも出来たけど、座学だと如何やれば良いのか分からなくなっちゃうし」

 

「そんなもんですかねぇ……さっきの山田先生では無いですが、政府から一応の指導は受けてますよね?」

 

「あんなので分かる人が居るなら会ってみたいわね」

 

 

 あんな机の上だけで考えられた教育で理解出来る生徒が居るとは思えないわよ。山田先生は政府の言い成りになって授業をしてるから、このクラスの座学の成績が悪いんですよ、ISに限らずですけど……

 

「やっぱり一夏君が先生をやった方が成績上がると思うよ?」

 

「テスト前に集まって教えますよ、赤点候補者が大勢居るでしょうし」

 

「身内だけで三人だもんね」

 

 

 マドカちゃんに本音ちゃんに須佐乃男ちゃんだもんね……座学の成績は三人とも下から数えた方が早いし、本音ちゃんにいたっては本当に赤点ギリギリなんだよね。

 

「そのほかにも友達で危なそうな人に心当たりがありますし、俺も復習を兼ねれるので問題は無いんですがね」

 

「一夏先生は数人の生徒限定なんだね」

 

「その呼び方、止めてもらっても良いですかね?」

 

「嫌なの?」

 

 

 尊敬と愛情を込めた呼び方だと思うんだけど、如何やら一夏君は気に入ってないらしい。苗字だとお姉さんと被るからってクラスで決めた呼び方だったんだけどなぁ。

 

「別に授業中に教えている時なら仕方ないですが、今はその呼ばれ方は嫌です」

 

「何で?」

 

「……一応彼女相手ですから」

 

 

 そっぽを向きながらも嬉しい事を言ってくれた一夏君に、私の全身は一気に熱を持った。

 

「そうだね……それじゃあ一夏君の授業は本来なら数人限定なんだね」

 

「そうですね、前にやった時はクラスの1/3くらいでしたし、それくらいが丁度良いかなと思ってます」

 

「少人数の方がしっかりと教えられるしね」

 

「まぁ、結局は本音に付きっ切りで、簪と静寂に任せてたんですけどね」

 

「そうなの?」

 

 

 一夏君に付きっ切りで教えてもらえるなんて、本音ちゃんが羨ましいわね……でも、それじゃあ何で一夏君に感謝してた生徒が大勢居たんだろう?

 

「その時は一夏君は他の子には教えてないんだよね?」

 

「問題を作っただけで後は自力で解かせてました」

 

「問題?」

 

「過去の出題傾向と重要な事を考えて作った模試みたいなものです」

 

「それで、大体当たってたの?」

 

「ほぼまんまでした。こっちの問題を真似たんじゃないのかって聞かれましたけど、そもそも問題を見る事なんて出来ないんですから、真似ようが無いんですがね」

 

「それって、一夏君の作った問題が学園の考える問題と一致したって事?」

 

「そう言うことなんですかね……俺は出題傾向と必要だと思う事を考慮して問題を作っただけなんですが」

 

 

 そんな事をサラッと言われると、この人は学園の考えを見抜いてたとしか思えなくなってしまうのだけど……でも一夏君はそんな事お構いなしに話を進めていく。

 

「さてと、今日の範囲は此処からですが、ナターシャ先生なら当然理解してますよね?」

 

「そりゃアメリカで実際にISを使ってたんですから。でも、如何やって教えたら良いのかはさっぱり……」

 

「それじゃあナターシャ先生は自分が如何やって覚えたかを話してください。細かい説明はコッチでしますから」

 

「大丈夫? これって結構分かりにくい事だけど……」

 

「俺も一応専用機持ちですからね。一通りの事は頭に入ってます」

 

 

 同じ専用機持ちたちに、この事を説明してと頼んでも、出来そうなのは簪ちゃんくらいしか思いつかなかった……楯無ちゃんも虚ちゃんも出来るでしょうが、彼女たちは一夏君より年上だし、既に習ってるものね。

 

「それじゃあ一夏君に説明はお願いするけど、その次のこれは私でも説明出来るとおもうよ」

 

「そうですか……それじゃあお願いしますけど、もし生徒から質問が来たら答えられますか?」

 

「えっと……質問によるかな。簡単な事なら答えられるけど、後は感覚で覚えてるから如何だろう……」

 

 

 軍では教えてくれなかったし、質問する相手も居なかった。一通り覚える内容の書かれた冊子をもらい、後は自分で理解してやるしかなかったし。

 

「それじゃあ此処も俺が質問に対応しますから、ナターシャ先生は説明だけお願いします」

 

「そう…だね……」

 

「それじゃあ後はやりながら如何するか決めていく感じで。もう授業始まりますので、俺は教室に先に戻ってます」

 

「ゴメンね、ありがとう」

 

 

 一夏君と事前に軽く打ち合わせ出来てよかった。もし本当に全部ぶっつけ本番だったらきっと焦って何も出来なかっただろうな。

 

「それにしても、一夏君は何を気にしてたんだろう?」

 

 

 相談を始めてすぐに、一夏君は何かを気にしたような顔をしてたけど、結局教えてくれなかったなぁ……なんだったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナターシャ先生との打ち合わせを終えて、俺は一足先にクラスに戻ってきた。本音や須佐乃男が暢気にしゃべってるが、それに加わる気力も無く席に着いた。何を企んでるのかは知らないが、こっちに迷惑をかけるのは止めてもらいたかったな……ナターシャの頼みじゃなきゃ断ってたぞ。

 

「一夏君、何処に行ってたの?」

 

「ん? ちょっとな……」

 

 

 突っ伏していたら上から声をかけられた。俺に声をかけてくる相手で、一夏君と呼ぶのは四人居るのだが、この声は静寂だろう。他の三人はこの教室に居ないし……

 

「なんだかお疲れのようだけど?」

 

「面倒な事になりそうでな」

 

「一夏君は殆どの事を面倒だと思ってるくせに」

 

「さすがにそこまで不精じゃねぇけどな」

 

 

 静寂相手に取り繕っても意味無いので、俺は普段の口調で話す。このクラスでこの口調で話せる相手は、静寂を除いたら彼女たちくらいか……他の相手にこの口調で話すと、怖がられるか図に乗られるかのどっちかだろうし。

 

「それで、その一夏君が面倒だと思う事っていったい何なのかしら?」

 

「次の授業を手伝えってさ」

 

「山田先生が?」

 

「いや、ナターシャ先生が」

 

 

 特に隠す事でも無いので、俺はあっさりと静寂に話す。織斑先生と山田先生が観察しに来る事は言わなかったが。

 

「ふ~ん、いきなり授業を任せるって、山田先生に何かよほどな事が無きゃおかしいわよね?」

 

「何か織斑先生に言われたとかで、無理なら誰かに手伝ってもらえって言われたらしい」

 

「それで一夏君を頼ったのね」

 

「補佐した事もあるし、このクラスだから丁度良いとでも思ったんだろうな」

 

 

 実際は他の理由もあるのだが、それを静寂に言う必要は無いだろう。静寂はその説明で納得したようではなかったが、深くは追求してこなかった。これが静寂の良い所だよな……セシリアよシャルだったら絶対に追求してくるだろうし、篠ノ乃だったら自分も手伝うとか言い出しそうだし……

 

「それで、一夏先生は何を担当するのかなぁ~?」

 

「何かムカつくぞ、その聞き方」

 

「そうかしら?」

 

 

 惚けたような静寂にため息一つ吐いてから答える。

 

「担当って言っても、俺はあくまで補佐だ。質問に答えたりナターシャ先生の説明の補足をする程度だ」

 

「それでも立派な授業でしょ? 山田先生ほどでは無いにしても、ナターシャ先生だってそう分かりやすい授業をしてくれる訳じゃ無いもの」

 

「お前な……優等生がそう言う事言うなよな」

 

「あら、私なんて一夏君と比べたら平凡な成績なのだけど?」

 

「クラス二位、学年でも上位のお前が平凡な成績なら、本音や須佐乃男は如何なるんだよ」

 

 

 それでなくても他にも赤点ギリギリの知り合いが居るって言うのに……

 

「あの子たちには一夏君が居るでしょ? だから別に心配する事じゃ無いでしょ」

 

「お前はな。だが俺はテスト前になると胃が痛くなる思いなんだぞ?」

 

「一夏君でも胃が痛くなるのね」

 

「……お前は俺をなんだと思ってるんだよ」

 

「超人? あるいは新人類かしらね」

 

 

 何処かでされたような評価だな……そこまでぶっ飛んでるつもりは無いのだが、普通の人から見たらそう見えるのだろうか?

 

「一夏君の人間らしい一面を聞けて、ちょっと嬉しいわね」

 

「人間らしいって……だから俺は人間なんだが」

 

「人間でも、『普通の』がつかないあたりが一夏君らしいわよね」

 

「……そこまで普通だとは俺も思ってねぇよ。生身でISを受け止めたりミサイルを斬り捨てたりは普通の人間には無理だろ」

 

 

 言っててありえない事だと自分でも分かってるのだが、それが出来る人を他にも知ってるから俺はまだ人間なのだろう。

 

「それに一夏君なら生身で宙に浮けるしね」

 

「あれは浮いてるんじゃなくって空気を蹴ってるだけだ」

 

「どっちでも同じよ。普通の人には出来ないんだから」

 

「そう…だな……」  

 

 

 誰もが簡単に出来る事では無いだろうし、本音が真似しようとして屋敷の屋根から落ちそうになった事もあったな……偶々俺が通りかかったから怪我は無かったけど、良く考えたら危ない事をしてたんだな。

 

「それじゃあそろそろチャイムが鳴るから席に戻るけど、楽しみにしてるわよ。一夏先生」

 

「お前は……」

 

 

 静寂が余計な事を大きな声で言った所為で、周りの女子が一斉にコッチを見た。次の時間に俺が教える事がバレたようだ……静寂め、後で覚えてろよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑先生と二人で、授業中の教室に入る。ナターシャ先生を使って織斑君がどんな授業をしてるのかを探ろうと企画して、その場で実行したのです。

 

「クラスの女子からは好評だったみたいですけど、どんな授業なんでしょうね?」

 

「そんなの、入れば分かるだろ。それよりもバッテリーはもつだろうか……」

 

「バッテリー?」

 

 

 良く見ればカメラを忍び込ませてる織斑先生、目的は授業じゃなくって織斑君の教師姿なんですか!?

 

「勘違いするなよ、これは授業をより良くする為に映像として残しておくだけだ! 決して私利私欲で撮る訳じゃないからな!!」

 

「はぁ……それでは何で三台もカメラを持ってるんですか? 参考映像なら一台でも大丈夫だと思うんですが」

 

「馬鹿! 一台じゃいろんなアングルからの一夏を楽しめ……はっ!」

 

「やっぱり私利私欲じゃないですか」

 

 

 織斑先生のコレクションの中でも、織斑君が教師のヤツが一番お気に入りだったようですし、実際に織斑君が教壇に立っていれば妄想もしやすくなるのでしょう。

 

「もしかして、ナターシャ先生を使って織斑君の授業を見学する事事体がこれの為ってわけですか!?」

 

「それは違うぞ! 実際に一夏の授業がどんなものか確認する為に決まってるだろ!! 私はそこまで公私混同はしないぞ!」

 

「本当ですか~? イマイチ信用出来ませんが」

 

「ほぅ、私に喧嘩を売ってるんだな?」

 

 

 ゆらりと織斑先生の身体が揺れたと思ったら、次の瞬間には私の目の前に織斑先生が居ました。

 

「ゆっくりと眠るが良い」

 

「それ、何処かのラスボスのセリフですよ!?」

 

 

 振り上げられた拳を、私は何も抵抗出来ずに受ける……はずだったのだが、何時まで待っても衝撃が来ないのだ。私は閉じていた瞼をゆっくりと開け、目の前の光景を確認した。

 

「さっきから五月蝿いと思ってたら、いったい何をしてるんですか、織斑先生?」

 

「なっ、一夏! 邪魔をするな!」

 

「学校では名前で呼ぶのはいけないんじゃなかったですか? それとも貴女はそこまで堕落したのですか?」

 

「織斑兄、そこを退け!」

 

「授業を見学するからってナターシャ先生に押し付けたんですよね? それなのに何時まで廊下で遊んでるつもりなんですか?」

 

「遊んでなど居ない! コイツが失礼な事を言ったから懲らしめてやろうと……」

 

「他のクラスも授業中なんだ! 静かにしろ、この馬鹿が!」

 

 

 怒ってる織斑君ですが、声は何時もより小さめです。それでも迫力満点のお説教に、織斑先生は素直に従いました。

 

「すまなかった」

 

「いえ、私も言い過ぎました」

 

「和解したならさっさと入れ。もうとっくに授業は始まってる」

 

 

 織斑君に促されて、私と織斑先生は後ろから静かに教室に入りました。入ってすぐに気付いたのは、やけに生徒たちが静かだと言う事でした。私の授業ではあんなに騒がしいのに、何でナターシャ先生の授業ではこんなにも大人しいのでしょう?

 

「それじゃあ再開するね」

 

 

 そう言ってナターシャ先生が授業を再開しました。教え方は私より上手くは無いですが、実際に経験した事を交えて説明してくれているので、生徒たちには興味を持ってもらえてるようでした。

 

「なるほど、真耶の授業よりかは生徒の関心を引いてるようだな」

 

「そんな事言わないでくださいよ。本気でへこみますから……」

 

 

 小声で織斑先生と会話して、またゆっくりとクラスを見渡しました。私の授業ではあれだけ騒ぐ相川さんも、大人しくナターシャ先生の授業を聞いています。いったい何が私の授業と違うのでしょうか?

 

「それじゃあ質問がある人は、一夏君か私に聞いてね。でも、私だと答えられない質問もあるから、なるべく一夏君に聞いてくれると嬉しいかも」

 

「全投げは止めてくださいよ」

 

「だって事実一夏君の方が答えられるでしょ?」

 

「まぁ一応は……」

 

 

 そう言って質問の時間を取って、分からない箇所をなくしてから先に進むようでした。これはナターシャ先生が考えたのでしょうか? それとも織斑君?

 

「随分と群がってるようだな」

 

「此処は特に分かりにくいですからね。織斑君でも手こずるのでは?」

 

「さぁな。だが、アイツが手こずるところなんて、小さい頃にしか見たこと無いぞ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 此処の説明は正式な教師でも難しいとされている箇所なのです。それを生徒である織斑君が上手く説明出来るとは思えないのですが……

 織斑君の説明が気になったので、私と織斑先生はコッソリと織斑君に近づき、そしてその説明の仕方を聞いて驚愕しました。

 今まで分かりにくかった説明が、とても分かりやすくなっていて、しかも普段の雰囲気では無く教える立場の人間としての雰囲気を纏っている織斑君は、とてもカッコよかったのです。

 

「真耶、後で話がある」

 

「な、何ですか?」

 

「お前今、一夏に見とれてただろ」

 

「そ、そんな事無いですよ?」

 

 

 そう言えば織斑先生は読心術が使えるんだった! 私が心の中で織斑君の事を名前呼びすれば、すぐに気付くくらいに心が読めるんだった!

 

「ごちゃごちゃ五月蝿いですよ。織斑先生も山田先生も邪魔するなら外に出ててください」

 

「何! ……っと一夏か、邪魔してすまないな」

 

 

 怒られて一瞬頭にきた織斑先生でしたが、相手が織斑君だと分かるとすぐに大人しくなりました。やっぱり織斑君には勝てないようですね。

 

「さて、他に質問のある人は? ……居ないなら席に戻って授業を再開する」

 

 

 織斑君は一人一人に確認をして、これ以上質問が無い事と分かると全員を席に戻しました。普段立ち歩いたりする人も居るクラスですが、織斑君に言われると大人しく席に着くのですね……私の立場はいったいなんなのでしょう?

 

「それじゃあ先に進むね」

 

 

 その後もナターシャ先生が概要を説明して、それで分からなかったところを織斑君が補足説明すると言った感じで授業は進んでいきました。そしてどの説明を聞いても、私より織斑君の方が分かりやすいと感じた私は、今まで何を教えてきたんだろうと本気でへこみました。

 

「政府のやり方は確かに分かり難いな……」

 

「今日の織斑君の説明を聞くまで、私はあの説明が一番分かるんだと思ってましたよ……」

 

 

 コッソリと廊下に出た私たちは、織斑君の凄さを実感しながら自分の無力さも実感してしまいました。せっかく教師になったのに、生徒にあれだけの力の差を見せ付けられたら、私はこの後如何やって授業をすれば良いのでしょうか……

 織斑君との力の差に愕然とした私でしたが、この後にもっと愕然とする出来事に遭遇するとは、この時は思って無かったのでした……




次回辺りにナターシャとの関係をばらそうかと……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。