山田先生を相手に模擬戦をするはずだったのに、何故か一夏を相手にしなくてはなってしまった……何故こうなってしまったんだろうか。
「おいセシリア、お前の所為で一夏に怒られたじゃないか!」
「私の所為ですって!? 如何考えても箒さんが悪いでしょうが!」
「何だと!!」
セシリアが出来るようになったばかりの偏向射撃を過信してそればかりに頼ったからこんな結果になったんじゃないか!
「大体一夏相手に訓練機で勝てる訳無いだろうが!」
「そんな事言われても箒さんに専用機は無いんですから諦めてください!」
「お前は一夏相手に近距離戦を挑む恐怖を知らないからそんな事を言えるんだ!」
小学生の時に一夏の本気を垣間見た時に、私は始めて一夏に恐怖した。失禁しなかっただけ立派だと褒められるのかもしれなが、あの時は本当に殺されるとまで思ったものだ。
「それでは箒さんが後衛をすると言うのですか? 実技試験の射撃部門で赤点ギリギリだった箒さんが!」
「グッ!」
総合点ではそこそこの成績だったのだが、射撃だけは如何しても上手く行かなかったのだ。その事を言われたら私は分が悪い……
「ただでさえ勝機が見えないこの対戦に、愚作と言っても良い作戦で挑むのですか?」
「ええぃ、分かった! 私が前衛をやれば良いんだろ!!」
「最初からそう言ってくだされば宜しかったのですよ」
「クソッ!」
悔しいがセシリアの言っている方が正しいと私も分かっていた。数少ない勝機を見出すには、セシリアの偏向射撃に頼らなければならないのも、私が後衛になったところでまったくその役目を果たせないのも分かってはいるのだ……だがやはり一夏相手に近距離戦はしたくないのだ。
「それじゃあ具体的な作戦ですが、箒さんが囮になって一夏さんを引きつけます。その後に私が一夏さんの背後に回り込んで箒さんごとミサイルで撃ち抜きますわ!」
「ちょっと待て! それでは私にもダメージがあるではないか!」
「一夏さんに勝つためには多少の犠牲は仕方ありませんわよ」
「他人事だと思ってお前は! 一夏相手に囮が通用すると本当に思ってるのか!」
気配で居場所を特定出来る相手の背後に回りこんだところで、かわされて私だけが撃ち抜かれるるに決まってるだろうが。
「ほ、箒さんがちゃんと引きつけてくれていれば大丈夫ですわよ!」
「お前は一夏の反射神経を知らんのか?」
アイツは生身でミサイルをかわして斬り捨てる男なんだぞ。その男相手に囮を使ったところでこの作戦が上手く行く訳ないだろうに……恐らくセシリアも内心では分かってるのだろうが、気を強く持たなければ意識を保てないのだろうな。
「ならレーザーも同時に撃てば良いんですわね!」
「そんな事しても一夏には通用しないぞ!」
「分かってますわよ、そんな事は!」
如何足掻いても瞬殺される未来しか見えないのは気のせいだろうか……本気になった一夏相手じゃ、千冬さんだって何処まで耐えられるか如何かだもんな。私やセシリアじゃ歯も立たないだろう。
「兎に角簡単にはやられないようにしましょう」
「それが一番難しそうだがな……」
一夏がどれほど怒ってるのかは、私では測りようが無いが、せめて一太刀くらいは浴びせられるように頑張るとするか。
一夏様に呼ばれピッドに来て見れば、随分と面白そうな展開になってきてるじゃないですか。凄い楽しみですね~。
「そう言えば一夏様に使ってもらうのは久しぶりかもしれませんね~」
「夏休み以来か?」
「如何でしょう、私も定かではありませんね」
「オータムが進入して来た時はお前は居なかったしな」
「あの時は肝が冷えましたよ」
「……ISにも肝はあるのか?」
「ものの例えですよ」
人間の姿をしてる時は、似たような器官はありますが、基本的には使いませんので、あっても無くても同じなんですがね。
「でも、一夏様なら何とかなるんじゃないかな~とは思ってましたけどね」
「あの時は篠ノ乃から奪った真剣があったからな。それが無かったらもう少し怪我しててもおかしくなかっただろうな」
「いや、IS相手に生身で立ち向かって怪我で済むなら御の字でしょうが」
「表現が古いぞ」
「別にいいでしょうが」
「まぁ、言いたい事は分かるからな」
それにしても一夏様は何で私をあまり使わなくなったのでしょうか? 単純に必要な場面が少ないって言うのもあるのでしょうが、さっきもすぐに壁をすり抜けて行っちゃいましたし、その後だって自力で宙に浮いていましたし、よほどの事が無い限り私は不要になってしまったのでしょうか?
「ねぇ一夏様、私って一夏様に必要な存在なのですか?」
「何だいきなり……」
「だって一夏様ならIS相手でも如何にかなるでしょ? だから私って要らないのかな~って思ったんですよ」
「必要だから呼んだんだろ。大体生身でISの相手なんて、出来るならしたくねぇよ」
「そうなのですか? 一夏様でもやりたく無いなんて思う事があるんですね」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ……」
盛大にため息を吐かれた一夏様ですが、私としては必要とされている事が分かって結構気分が良いです。
「それで一夏様、今回は瞬殺するんですか?」
「いきなり話題が変わったな……」
「聞きたかった事を聞いたんで、今度は目の前の事を聞いておこうかと思いまして」
「あっそ……瞬殺しても良いんだが、それだと反省しないだろうからな。じっくりと弄って追い込もうかと思ってるんだが」
「性格悪いですね~」
「あっさりと負けたら精神にダメージを与えられないだろうからな」
「いや、セシリアさんは代表候補生ですし、瞬殺されればそれなりにダメージはあると思いますが……」
「それなりじゃ駄目だろう」
「そうですか……とっても面白そうですね」
上辺だけは非難しておきながら、実際は面白そうと思ってしまうあたり、私は一夏様の専用機なんだな~っと実感します。
それと束様の性格も少なからず影響してるのかもしれませんね。
「ゆっくりじっくり追い込んだ後に、強烈な一撃でも喰らわせれば精神にも肉体にもダメージが行き渡るだろう」
「もういっそ楽にしてあげたら如何ですか?」
「と言うと?」
「束様が作った黒雷で黒こげにしてしまうのも面白そうじゃないですか?」
「さすがに後遺症が残るような攻撃は出来ないだろ」
「トラウマと言う後遺症が残りそうな作戦を立てておいて良く言いますよ」
「見た目に分からなければ大丈夫だ」
「それで貴重なIS操縦者を1人失ってしまうかもしれないイギリスの事を考えたら如何です?」
「それで終わるようなら代表にはなれないだろうさ」
バッサリと切り捨てて、一夏様は準備に入りました。ISを動かす前に何時もしている事ですが、目を瞑って数秒間意識を集中させます。
「(何度見てもカッコいいですね)」
普段の一夏様も十分カッコいいのですが、こうして集中してる姿はよりカッコいいのです。
「よし!」
「準備出来ましたか?」
「何時でも行ける」
「それじゃあ行きましょうか」
「頼むぜ、須佐乃男」
「せめて一夏様の動きの妨げにならないように頑張りますよ」
ISを纏わなくても十分なスピードを出せる一夏様にとって、ISはあっても無くても変わらないのかもしれないけど、生身よりは安全なのでせめて楯にくらいはなれるだろうから。
とてつもなく切ない気分になってきましたが、一夏様が使えば私は誰にも負けないISなんですから。あのブリュンヒルデにだって勝ったISなんですから!
「訳分からない事考えてる余裕があるって事は、須佐乃男だってそれほど緊張してないんだろ?」
「(そうですね。一夏様とのコンビですから)」
「まぁ楽に行くか」
「(あくまでも楽したいんですね)」
普段は必要無いくらい苦労してるのに、こう言った事では楽したがるんですから……
織斑君から準備出来たとの連絡をもらい、オルコットさんと篠ノ乃さんに状況を尋ねる。
「そちらは準備出来ましたか?」
『問題ありませんわ!』
『とっくに準備も覚悟も出来ている!』
「そうですか……」
準備は分かるけど覚悟って……いくら織斑君だって加減くらいしてくれると思いますし、怪我させるようなヘマはしないと思いますけどね。
「それじゃあ双方、アリーナへ出てください」
オープンチャネルで3人に呼びかけ、模擬戦開始位置に誘導する。織斑さんと布仏さんは粛清だって言ってましたが、織斑君がそんな事するなんて思えませんし……でも千冬さん相手に似たような事をしてたような気がするんですよね……さすがに身内とは違うでしょうが。
「いや~一夏君の試合を見るのは久しぶりですね」
「織斑君は普段からあまりISに乗りませんからね」
「そもそも須佐乃男を纏っている一夏君を久しぶりに見たかもしれない」
「授業で軽く使ってたと思いますが、こうして戦闘の為に纏ってるのは久しぶりですね」
例の小さくなった織斑君の時以来でしょうか? それくらい織斑君が須佐乃男さんを展開して戦闘をするのは貴重になってきたのでしょう。
「一夏君相手に耐えられるだけの戦力を持った生徒が居ないからね」
「更識さんか布仏さんが漸くと言う感じですかね?」
「お姉さんの方?」
「そうです」
妹さんの方もそれなりに凄いですが、お姉さん方と比べるとやはり1枚落ちる。その2人が組んだとしても、織斑君相手に10分もてば良い方だと思いますがね。
「織斑先生でも敵わないんだし、生徒に期待するのは酷じゃない?」
「織斑君も生徒なんですけどね」
「そうだったわね」
色々と助けてもらってる私たちだが、織斑君は私たちより年下の生徒なのだ。その事を忘れがちなのは年下なのに織斑君は頼りになりすぎるからでしょうか? 兎に角偶に生徒だと言う事を忘れるのです。
「さて、如何言った戦いを見せてくれるのかな」
「不謹慎かもしれませんが、楽しみですね」
オルコットさんや篠ノ乃さんが勝つ事は無いでしょうが、どれほど粘りを見せてくれるのか、そして織斑君がどんな戦い方をするのか、それが楽しみです。
戦うと覚悟してたのですが、こうして一夏さんと対峙するとかなり緊張しますわね……1学期の本当に最初の時に、クラス代表の座を賭けて戦った事がありましたが、あの時は一夏さんは半分遊びのようでしたし、実力は未知数ですわね。
「箒さん、打ち合わせ通りに」
「分かってる」
箒さんも緊張してるのか、何時ものような迫力がありません。まったく緊張してないのも問題ですが、此処まで緊張してるのも問題ですわね。
「箒さん、深呼吸してみてはいかがです?」
「深呼吸? ……そうだな」
ご自分が緊張してるのが分かったのでしょうか、箒さんは私の言う事を大人しく聞いてくれました。
「よし! これで少しは楽になった」
「簡単に負けないようにしましょうね!」
「ああ! むしろ勝つ気で行くぞ!」
普段の頼もしさが戻ってきたのを見ると、程よく緊張は解けたのかもしれませんね。でも一夏さん相手に勝てるビジョンが持てないんですが……
『それではカウントを始めます』
「いよいよですわね」
「ああ、そうだな」
『3……2……1……』
1つ、また1つとカウントが減っていき、それにつられるように私と箒さんは集中していく。ですが、対する一夏さんはまったく無駄の無い構えで何処にも力が入っているようには見えません。やる気はあるのでしょうが、これなら善戦出来るかもしれませんね。
『0! 模擬戦開始!』
合図と共に箒さんが一夏さん目掛けて突っ込んでいきました。その隙に私が一夏さんの背後に回って……あら?
「一夏さんは?」
「後ろだ!」
「へ?」
箒さんに言われセンサーで確認すると、私の真後ろに反応がありました。振り返ったらやられる! 本能で理解した私は振り返らずに真後ろに向けてミサイルを発射しました。
「如何ですの?」
距離を取って振り返ると、私が放ったミサイルは当たる事無く斬り捨てられていました。しかも一夏さんは武器を持っている様子はありません。
「如何やったんですの!?」
「蹴った」
「何だと!?」
見ていたはずの箒さんも驚く方法で、一夏さんはミサイルを真っ二つにしたと言いました。私の耳がおかしくなったのではないのなら、一夏さんは今、蹴ったと仰ったように聞こえたのですが……
「文化祭の時に見せただろ。蹴りでも衝撃波くらいは出来るんだよ」
「本当に人間なんですの!?」
「失礼な! 生物学上、立派な人間だ!」
一夏さんは怒っているようですが、生物学上って……何もそこまで言わなくても良いのではないでしょうか?
「はぁ!」
「ふん!」
打鉄の武装を構えて再び突っ込んで行った箒さんを軽くいなし、背中に蹴りを入れる一夏さん。まるっきり遊んでいるようにしか見えないのですが、箒さんが地面に叩きつけられたのを見ると、それなりに力は入れているようです。
「セシリア、お前偏向射撃が出来るようになったんだろ? ちょっと使ってみ?」
「クッ!」
挑発するように一夏さんに言われ、私は苦し紛れに偏向射撃で攻撃を仕掛けました。元よりこれしか勝機を見出せる技は無かったのですから、遅かれ早かれ使わなければならなかったのでしょう。ですが、一夏さんはその軌道をゆっくりと見極め、その軌道上に一発の銃弾を打ち付けて相殺してしまいました。
「こんなものか? イギリス代表候補生の力は」
「甘く見ないでくださいまし!」
連続で攻撃するが、一夏さんは冷静に一撃ずつ撃ち堕としていきます。これだけの技量があるのなら、早いところ終わらせてほしいのですが……
「一夏!」
「せっかく背後を取ったのに大声で場所を知らすとは……やはりまだまだだな」
背後から襲い掛かってきた箒さんを、そっちをまったく見ずにかわして蹴りを一発……私目掛けて蹴り飛ばしてきました。
「箒さん、失礼します!」
「何!」
ライフルで箒さんの勢いを止めて打鉄ごと受け止めます。これがもっともダメージの少ないやり方だったでしょう。
「1度立て直しますわよ」
「今更のような気もするがな」
「ですが、私たちはまだ負けてませんわ!」
「ああ、そうだな!」
一夏さん相手に十分戦えていますもの。諦めるにはまだ早いですわね。
などと思っていたのですが、次の一夏さんの言葉に私も箒さんも動く事が出来なくなってしまいました。
「なぁ、そろそろ武器使っても良いよな?」
「な!?」
「私の偏向射撃を相殺する為に武器を使ってたのでは?」
「あれは礫だ」
「礫?」
「あぁ。つまりは石ころだ」
一夏さんは手に持っている石を私たちに見せた後、私が銃弾だと勘違いした攻撃を見せてくれました。つまり私の攻撃は石で防がれていたのですね……
「如何した? 動かないのならこっちから行くぞ!」
「逃げっ!?」
箒さんに呼びかけようとしましたが、次の瞬間には箒さんの姿は私の前にはありませんでした。
「何処に行きましたの!?」
「センサーで確かめれば良いだろ」
上から声がしたので確かめましたが、その場所には反応はありませんでした。
反応を探していたら、真横からもの凄いエネルギー反応が迫ってきてました。これは一夏さんの攻撃でしょうか?
「危ないですわね!」
「避けて終わりだと思ったのか? これは軌道が自由に変えられるんだ」
「何ですって!?」
偏向射撃は精々1回、多くて2回くらいしか軌道を変える事は出来ませんのに、一夏さんの攻撃は変幻自在の軌道で私を追いかけてきてました。
「ついでにコイツもくれてやる!」
「へ? 箒さん!?」
投げつけられた鉄の塊をいなしたら、それは箒さんが乗っていた打鉄だったのです。目を回して気を失っている箒さんを見て、あの一瞬で箒さんは一夏さんにやられてしまったのだと理解しました。いえ、理解させられました。
「自分たちの力が、俺に通用してると思ってたのか? 随分と浮かれてたようだったが」
「優位に立ってるとは思いませんでしたが、少しは通用するとは思いましたわ」
「それが幻想だと分かった今の気分は如何だ?」
「慢心してたとしか思えませんわね……」
「反省出来てるのならそれで良い。ならこれで終わらせよう」
そう言って一夏さんは手にしていた武装を解除して、違う刀を展開しました。
「せめてもの手向けだ。一撃で終わらせてやる」
「簡単には諦めませんわよ」
「ふっ、その意気だ」
一夏さんが笑った……と思った次の瞬間にはブルー・ティアーズのシールドエネルギーはゼロになっていました。
最後の攻撃、まったく見る事が出来ませんでしたわ……あれが一夏さんの本気、なのでしょうか?
『模擬戦終了。勝者織斑一夏』
山田先生の終了の合図を聞きながら、私は意識を手放しました……もの凄い衝撃で意識を保つ事が出来なくなってしまったのです。
「起きたら説教だな」
そんな一夏さんの声を聞いたような気がしましたが、それを確認する暇も無く、私の意識は暗闇に落ちて行きました。
やはり一夏さんには敵いませんわね……少しでも勝てるかもと思った私が恥ずかしいですわ。
ドロップアウトさせても良かったのですが、さすがに可哀想だと思ったのでマイルドにしました。