あれから何度か再戦を申し込んだが、全く勝てる雰囲気も無くあっさりと負けてしまった。やっぱりお兄ちゃんは強いなぁ……
「良い運動になった」
「あれだけ動いておいて良い運動って……ちょっとへこむよ……」
「マドカだって真面目に訓練すればあれくらい簡単に出来るだろ」
「だから私は普通の人間なんだってば」
「いやだから、俺だって普通の人間なんだが」
「生身でミサイルを斬り捨てるような人間は普通じゃ無いよ!」
「そうかな……束さんだって出来るんだが」
「人外トップ3と比べ無いでよね!」
「……ちなみに順位は?」
「ん? お兄ちゃん、姉さん、篠ノ乃博士の順だよ」
「それは……束さんが1位だよな?」
「ううん、お兄ちゃんが1位だよ」
誰が如何考えてもお兄ちゃんが1位でしょうが。大体このランキングだって順位だけみればそうでもないが、実際はぶっちぎりでお兄ちゃんがトップなんだから。
「戦闘技能だけなら良い勝負かもしれないけど、お兄ちゃんが人外なのはそれだけじゃないもんね」
「他にも何かあるのかよ……」
「だって家事も勉強も平均以上なんておかしいでしょ! 神様は不公平だ!」
私は勉強も家事も人並み以下だし、戦闘技能だって学園の生徒と比べれば高い方だが、この3人と比べられるとやはり弱い……姉さんと篠ノ乃博士は結構歳が離れてるからそうでもないが、お兄ちゃんは私の1個上なだけなのにって思っちゃうんだよ……
「男から見れば今の世の中は不公平だらけだろうが」
「それは神様じゃなくって世間の代弁者を気取ってるマスコミの所為でしょ」
「意外と容赦無いな」
「ん?」
「いや、何でも無い」
歯切れの悪いお兄ちゃんを不思議に思いながらも、こんな姿も見られて嬉しかったと言う気持ちが勝った為これ以上気にする事は無かった。
「ところでマドカ」
「ん? 何、お兄ちゃん」
「お前ってどれくらい出来ないんだ?」
「何が?」
急に聞かれても分からないよ……私はお兄ちゃんや姉さんみたいに読心術も使えなければ表情からある程度読み取る技術も無いんだから用件はしっかりと言ってよね。
「だから、家事」
「お兄ちゃんと比べれば大抵の人は出来ないよ」
「いや、俺と比べるなって」
「そうだな……虚さんよりは出来ると思うよ」
「なるほど……じゃあ千冬姉や束さんよりはマシって事か」
「その2人と比べられるなんて、虚さんってそこまで酷かったの?」
「今は大分マシになってきてるがな……始めの頃はそりゃ酷かった」
よほど大変な思いをしてきたのだろう。お兄ちゃんの言葉にはもの凄い感情が込められているのを感じ取れた。いったい虚さんはどんな事をしたのだろう?
「お兄ちゃんが教えたんでしょ?」
「まぁな」
「それじゃあ私にも教えてよ!」
「マドカにも?」
「うん!」
お兄ちゃんは少し考えてる様子だが、お兄ちゃんの事だからきっと教えてくれるだろうな。そうすれば私だってお兄ちゃんの手伝いが出来るようになる。手伝いが出来れば必然的に一緒に居られる時間が増える訳で、私はなんとしても家事一切が出来るようになりたいのだ。
「別に教えるのは構わないんだが、俺は別に弟子を取ってる訳じゃ無いんだけどな……」
「弟子? だってお兄ちゃんが教えてるのって虚さんだけでしょ?」
「いや、もう1人居るんだか……あの人も相当だからな」
「誰?」
「言っても知らない人だぞ」
「気になるんだもん!」
お兄ちゃんが誰かに教えるって事は、その誰かはそれなりにお兄ちゃんと親交のある人だと思うんだよね。学外のお兄ちゃんの行動は全くと言って良いほど知らないけど、外にそう言った関係の人が居るとも思えないし……でも私が知らないって事は学外の人なのかな? 中学の時の知り合いとか?
「束さんの身の回りの世話をしてる人だ」
「身の回りの世話? そんな事をしてる人が何でお兄ちゃんに教わってるの?」
身の回りの世話と言う事は、当然料理や洗濯などだろう。それを生業にしている人なら教わるまでも無く出来るんじゃないの?
そんな私の疑問を読み取ったのか、お兄ちゃんは苦笑いをして答えてくれた。
「あの人は元々束さんが拾ってきた人でな。戦闘以外何も出来ない人なんだ」
「拾ってきた? 戦闘以外何も出来ない?」
私だってスコールに拾われたから何となくその人の境遇は分かるけど、それでも私は戦闘以外に何も出来ない事は無い。
不器用なりにも家事だって出来るし、友達とおしゃべりしたりお兄ちゃんに甘えたりする事が出来る。
何も出来ないと言うのはお兄ちゃんが少し大げさに言っただけなのだろうと思っていたが、現実はそんな私の勘違いを許さないほど残酷だった。
「マドカも裏組織に居たなら聞いた事くらいあるだろ。試験管ベビーってやつを」
「!?」
「そう言う事だ」
私の反応を見て、お兄ちゃんはこれ以上の説明はしなくても良いと判断したようだった。話には聞いた事はあったけど、そんなものが本当に存在してるとは思って無かったし、存在してたとしてもそんなに酷い境遇では無いんじゃないかとも思っていた。
だが実際には、その作られた命を戦争の最前線で落としたり、身体が弱くて生まれてすぐに死んだりしているそうだ。これはお兄ちゃんからでは無くスコールから聞いたのだが、その時は冗談か私の気分を害そうとしてるのだろうと思ってたのだが、今のでそれが事実だったと思い知らされた……
「だから無駄な知識を一切与えられてこなかったその人は、家事一切全く出来なかったんだよ」
「それで、お兄ちゃんが?」
「束さんが食べてるものを見てな。さすがにヤバいと思って教える事にしたんだ」
「どんなものを食べてたの?」
「消し炭、ゲル、生焼け肉……」
「うわぁ……」
聞くに堪えない酷さだ……そんなものを食べていたらいくらあの大天災ですら死んでしまうかもしれない。直接の面識は無いけども、姉さんの親友だって聞いてるので、死んでしまったら姉さんが悲しむかもしれないもんね。
「今ではちゃんと出来てるんでしょ?」
「いや、俺が傍に居たり電話で相談を受けたりしてる時は上手く行ってるらしいんだが、それが無いとな……」
「お兄ちゃんが居ないと駄目って事?」
「そうみたいなんだが……何で俺が居ると大丈夫なんだ?」
「……さぁ?」
お兄ちゃんは本気で気付いて無いのかもしれないね……そんなのお兄ちゃんに見守られてるとか傍に居てくれるだけで安心出来るとか、そう言った類の気持ちがその人にあるからに決まってるのに。
でもお兄ちゃんに見守られてたら私も安心するのかな……緊張しちゃって逆に失敗しそうな気もするんだけどなぁ。
「そろそろ部屋に戻るか」
「え?」
「本音を起こさないと、また今日も全力で空中を走る事になりかねないからな」
「お兄ちゃんなら余裕でしょ?」
「余裕かも知れんが、そうそうやりたく無いんだよ!」
お兄ちゃんは少し怒ったように私に拳を上げる仕草を見せた。私も冗談だと分かってるから笑ってその拳から逃げる動作をして見せた。こうやってお兄ちゃんと一緒に笑えてる私は、その人から見れば十分恵まれてるのかもね。
部屋の片隅に人が包まってる布団がある。ベッドの上に丸まるように寝ているのは、私の専属のメイドだと言われている友人、幼馴染とも呼べる相手だ。
特に夜更かしをしているようでも無いのにも関わらず、毎朝毎朝このような光景を見ている気がするのだが……普通メイドと言うのは主人より早く起きてるものじゃ無いの?
現にお姉ちゃんのメイドである虚さんはお姉ちゃんよりも早くから起きているし、屋敷に居るメイドさんたちも早朝から忙しなく働いている印象があるのだが……
「本音~起きて~!」
「むにゃむにゃ……後3時間」
それはまた無理な相談を……もう1時間だって寝ている余裕なんて無いのに、本音はそんな事お構いなしに気持ち良さそうに寝ている。良く考えると何で私が本音を起こしているのだろう? 普通立場的に逆じゃないのかな……
「やっぱり一夏君じゃ無いと起こせないね」
「一夏様ならすぐ近くまで来てますよ」
「じゃあ後は一夏に任せて私たちは朝ごはんを食べようか」
「そうですね。何時ものように一夏さんが作ってくれてますから」
いったい何時作ってるのか未だに分からない朝食を食べるべく、私たちはキッチンに向かった。そこには何時も通り、美味しそうな朝ごはんが準備されている。今日もありがとう、一夏。
「ただいま~」
「マドカも手を洗って朝飯にしなさい」
「は~い」
勢い良く扉を開けて入ってきた女の子の声に、男の子の声がお母さんみたいな事言った。あの兄妹も相当仲が良いので、彼女である私たちが嫉妬を覚えるようなシーンも多々あるのだ。それでも一夏は私たちの事も大切にしてくれてるので争いになる事は無いのだけど。
「相変わらず一夏君はお母さんみたいだね」
「それだけしっかりとしてるのでしょう」
「ずっと一緒に生活してきたのが千冬様ですから」
「一夏がしっかりしててもおかしくないよね」
織斑先生は家事が全く出来ないようで、小さい時から一夏が織斑先生の世話をしてきた所為で、今の一夏は性別を越えてお母さんみたいだと思えるのだ。偶にお父さんみたいだとも言われるらしいけど……
「おはよ~ございま~す!」
「おはよう、マドカ」
「マドカさん、おはようございます」
キッチンに元気良く来たマドカに、私と虚さんが挨拶を返し、お姉ちゃんと須佐乃男が会釈で応えた。口にものを入れたまま話すと一夏に怒られるからだ……躾が厳しいよ一夏お母さん。
「おいしそ~」
「実際に美味しいですよ」
「一夏君の料理はマズイって事が無いからね~」
口の中のものを飲み込んで須佐乃男とお姉ちゃんが会話に加わってきた。確かに一夏の料理にはハズレが無いから安心して食べられるけど、女としてちょっと複雑な気持ちになるんだよね……対抗心燃やすだけ無駄だと分かっていても諦めきれないのだ。
「お兄ちゃんは熟練者だからね~、いただきま~す!」
両手を合わせて大きな声でそう言ったマドカ。高校生にもなって恥ずかしいと思うが、これが織斑の食事前の決まりらしいのだ……別にやらなくても何も言われないし何もされないが、マドカは自分が織斑に居られなかった時間を取り戻そうとしている感じすら覚えるくらい、この動作を止めようとはしないのだ。
「おふぁよ~……」
「本音、あくびしながら挨拶しないの」
「ふぁい……」
眠そうに目をこすりながらキッチンに本音がやって来た。何時も通り一夏に起こしてもってからキッチンに顔を出すのだ。
本音を起こした後の一夏は、私たちの寝巻きを洗濯機に入れて回し、その間に昨日の夜に干していた洗濯物を片付けるのだが、慣れた手つきでさっさと終わらせてしまう為、私たちが手伝おうと思っても既に終わっているのだ。
「今日も凄い寝癖だね」
「うにゅ~……」
「食べながら寝てるよ……」
「本音、はしたないわよ!」
「虚ちゃんも大変ね~」
「お嬢様もこぼしてますよ!」
「あら?」
こうして私たちはゆっくりと朝ごはんを済ますのだが、此処最近一夏がご飯を食べているのを見た記憶が無いんだが……朝ごはんに限らず昼も夜も私たちとは別で食べている気がするのは何故だろう?
「ご馳走様でした!」
「マドマドは元気だねぇ……」
間延びしてない本音は、何だかお年寄りみたいな話し方をしている……いい加減目を覚まさないと虚さんが怒るよ。
「終わりましたか?」
「後本音だけかな」
「一夏さんも早く朝ごはんを食べてください。後は私たちがしておきますから」
「いえ、俺はもう済ませましたので」
「何時の間に!?」
だって朝早くから部屋を出て運動して、帰って来てからは本音を起こして、洗濯して、私たちの食器を片付けて……このタイムスケジュールで何時朝ごはんを済ませたんだろうか?
「今朝早くにナターシャ先生に会って、部屋まで送ったついでに軽く済ませたんだ」
「もしかしてナターシャ先生の手作り……」
一夏に手作り料理を食べてもらえる機会なんて、彼女である私たちだってめったに無いのだ。それをナターシャ先生がしたとでも言うのか!
「いいや、俺が昨日作った残りだが」
「な~んだ……ん?」
「何だ?」
昨日作った? 一夏が?
「何で一夏がナターシャ先生にご飯を作ってあげたの?」
「あまりにも食生活が酷いから、山田先生の分とまとめて作っただけだが」
「あっ、そうなんだ」
「別にナターシャ先生に特別な気持ちを抱いてる訳じゃないのね?」
「特別な気持ちって何です?」
一夏が首を傾げてお姉ちゃんに問う。特別な気持ちは特別なんだよ、きっと……
「だから、その……あれよ!」
「どれです?」
「特別は特別なのよ!」
「はぁ?」
お姉ちゃんも私と対して変わらないようだった……いざ問われると返答に困るような事も平気で聞いてくるからね、一夏は……
「でも一夏さんは夕ご飯だってろくに食べて無いんですから、もう少し食べてください」
「はぁ……でも自分の分を作って無いんですが」
「何でですか!?」
「最近、食べなくてもやってけると気付きまして」
「絶対に何処かで駄目になりますからしっかりと食べてください!」
さっきまでお母さんみたいだった一夏が、今度は朝ごはんを食べないでお母さんに怒られてる女子高生みたいになっている……どっちにしろ性別は違うんだけど。
「それじゃあ軽く何か作って食べますよ」
「片付けは私とお嬢様でしておきますから」
「えっ、私も!?」
「お嬢様だって一夏さんには迷惑掛けっぱなしなんですからそれくらいして当然でしょうが!」
「あぅ……虚ちゃんが怒った」
「怒ってません」
お姉ちゃんが泣きそうな目で私たちを見てきたが、全員で視線を逸らした為泣く泣く後片付けをする事になったようだ。
「それにしてもおりむ~は凄いよね~」
「何よ急に」
「だってさ~私たちの分を用意してる時に食べたくならないなんてさ~! 私だったらきっと食べたくなると思うんだけどね~」
「お兄ちゃんは本音と違って食い意地が張ってないからね」
「私だって張ってないよ~!」
本音が言っている事は、少しおかしい表現が含まれているが確かにその通りかもしれない。料理してるんなら自分でも食べたいと思ってもおかしくは無いのだが、一夏は全く自分の料理に興味を示さない。食べ飽きてると言われればそれまでだが、それ以上に一夏は自分の料理を食べる事を拒否してるようにも思えるのだ。1人だけお弁当じゃなくって学食だったりパンだったりするのも気になるし。
「そうだ!」
「かんちゃん?」
「如何かしましたか、簪様?」
突如大声をだして私を、本音と須佐乃男が訝しげに見ている。マドカも似たような目で私を見ているが、今はそんな事を気にしている時ではない。
「私たちで一夏のお弁当を作ってあげれば良いんだ!」
「でも、おりむ~を満足させられるようなものを作れる自信は無いよ~?」
「私も、本音様に無い自信を持てる訳ありません」
「私は全く駄目だし……」
「力を合わせれば何とかなるよ! きっと……」
お姉ちゃんだって本音よりは上手く無いし、虚さんは一夏に教わってる段階だし、何だかせっかく思いついたのに希望が見えないのは何でだろう……
「何の話だ?」
「だから一夏に……って、一夏!?」
「ん?」
コーヒーを飲みながらしれっと私の隣に立っていた一夏に、私は飛び上がって驚いてしまった。気配を消すのは止めてもらいたい……
「俺が如何かしたのか?」
「う、ううん! 何でも無いよ!」
「そうですよ! 一夏様になんて関係無い話ですよ!!」
「そうだよお兄ちゃん! 今は女の子同士の会話なんだよ!!」
「おりむ~にお弁当作ってあげるなんて話はしてないんだよ~!」
「「「本音(様)!」」」
「ほえ?」
無自覚に計画を暴露した本音を、私たち3人は大声で責める。一夏は苦笑いを堪えているような表情でキッチンに戻って行った。
「本音の馬鹿! 一夏にバレちゃったじゃない!」
「せっかく一夏様を驚かそうとしたんですから!」
「本音はすぐしゃべっちゃうんだから!」
「でもおりむ~最初から知ってたと思うよ~?」
「「「え?」」」
「だって随分前からかんちゃんの隣に居たし」
……不覚。本音がバラす前から計画は露呈していたと言うのか……一夏も知ってるなら聞いてこなければ良いのに!
「それにおりむ~は聞いても知らないフリをしてくれるだろうから気にしすぎなんだよ~」
「……確かに一夏様ならありえそうな話ですね」
「お兄ちゃんならきっとそうだろうね」
「そうだね……一夏ならきっとそうだろうね」
ぶっきら棒だけど優しい彼氏の事だから、味や見た目が酷くても喜んで食べてくれるだろう。サプライズは失敗してしまってけど、計画自体はまだ失敗した訳じゃ無いんだし、諦めるのはまだ早いだろう。
「それじゃあ今度6人で計画を練りましょう」
「きっとおりむ~は喜んでくれるぞ~!」
「一夏様に日頃の感謝を込めて!」
「お兄ちゃんに褒めてもらう為に!」
全員気持ちはバラバラっぽいけど、したい事は一緒なのだから今は気にしないでおこう。これはお姉ちゃんや虚さんを加えたらますます結束がなくなりそうだけど、上手くいくよね、きっと……
そろそろ千冬を開放しようかと思ってます