一夏君におぶられたまま寮の自分の部屋まで運ばれる……もしこの姿を誰かに見られたら誤解されそうで怖いわね……
自分の考えに恥ずかしくなってついつい首を振ってしまった。今は一夏君におぶられてるのにも関わらず……
「何ですかいきなり」
「いや、ちょっと恥ずかしくなってきて……」
「だって歩けないんですよね? なら諦めてください」
「もう大丈夫だよ! ……多分だけど」
「まだ震えてるじゃないですか」
「これは別の震えだよ!」
「別? 別って何ですか」
「えっと……」
聞かれたって答えられる訳が無い、だってテキトーに言った事なのだから。一夏君にもそれが分かってるからあえて聞いてきたのだろう。
「マドカ、楯無さんも無理して降りようとしてましたが、無理しても良い事無いですよ」
「ゴメンなさい……」
一夏君に注意されると、何故だか謝らなくてはいけなくなる気持ちになってしまうのだ。本気で私の事を心配してるからこその注意だと分かるからなのかもしれないが、それだけ一夏君の注意は的確に私が反論出来ない事を突いて来るのだろう。
「別に謝らなくても良いですが……もう着きますから大人しくしててくださいね」
「着くって……部屋に!?」
「何で驚いてるんですか……」
恥ずかしいから降ろしてもらおうとあれこれ考えてる間に、もう到着してしまうと言われたら驚くし焦るよ……でも誰にも見られずに済みそうで良かったな。
良く考えてみればこんな朝早くに起きている人なんて限られてるし、そこまでビクビクする必要は無かったのかな。
「ねぇ一夏君」
「何ですか?」
「……ありがとう」
少し躊躇ったのは恥ずかしかったからなのだが、お礼は素直に言えた。少し強引におぶられたけど、こうでもしてくれなかったら私はこの寒い中あの場で座り込んでただろう。
だから一夏君には運んでくれたお礼と風邪を引かなくて済んだお礼をしたかったのだ。
「どういたしまして」
私が躊躇って漸く言えたお礼に対して、一夏君は冷静に返してきた。
当たり前なのかもしれないが、一夏君は特に緊張してる様子も無く、普段となんら変わってないのが安心出来る反面何だかちょっと悔しい……私ばっかりドキドキしてるみたいで負けた気分になってきた。
「一夏君、着替えたいんだけど」
「じゃあ外に出てますね」
「手伝ってほしいな」
「……は?」
口をポカンと開けて驚いている一夏君を見て、少しは気分が晴れた。一夏君でもそんな顔するんだね。
「だって足以外は大丈夫なんですよね?」
「でも立てないから着替えを取ってほしいんだ」
「まぁそれくらいなら……」
「もちろん下着も」
「汗掻いたのなら軽くシャワーでも浴びたら如何です? もう少し休めば足も動くでしょうし」
「一緒に?」
「ふざけるのなら帰りますよ」
これ以上は照れさす事も驚かす事も難しそうだ……さすがに彼女が沢山居るだけあって女の扱いにはそれなりに慣れている様子、この年代にありがちな女性に対しての好奇心と恐怖心は全く感じられなかった。
「ゴメンゴメン、冗談はさておき」
「何ですか?」
「軽く汗拭きたいからタオル取って」
「まぁそれくらいなら」
一夏君がタオルを取りに行ってる間に、少し足をマッサージしておこう。たかが校舎周りを1周したくらいでこんなになっちゃうなんて……やっぱり軍に居た時とでは鍛え方が緩くなってるのかしら?
「はいどうぞ」
「ありがと」
一夏君からタオルを受け取り汗を拭く。いくら気温が低いからと言っても、やっぱり運動した後は汗を掻くのよね。顔、首と拭いていきそのままの流れで服の中を拭こうとシャツを脱ごうとして固まる……目の前に一夏君が居るのを忘れてた!
「えっとこれは……」
「気にせずどうぞ」
いや、気にせずって!
さっきはからかう気持ちがあったから着替えるとか言えたけど、そんなつもりなど全く無い状況で脱ごうとしたらさすがに恥ずかしいんだけど……
「だって……」
「俺はもう帰りますから」
「えっ、もう!?」
「だってもう部屋ですから大丈夫ですよね?」
「まぁ……」
だからって女性を1人にするのは危険だとは思わないのかしら……
普通なら思ってくれるのかもしれないが、此処はIS学園の敷地内だし、私は専用機を持っているのだから尚更危険は少ないと思われてるのかもしれないわね……
確かに銀の福音を使えば足が痛かろうと何だろうと動く事は出来るし、並大抵の相手なら撃退する自信だってある。だけどもうちょっと一緒に居てくれても良いじゃないのよ!
「それにそろそろマドカが外に出てくる頃でしょうから、居ないと怪しまれます」
「そうなんだ……」
「じゃあ、また後で」
「うん」
ちょっと残念だけど、ずっと一夏君が私の部屋に居たらそれはそれで緊張しちゃってくつろげないから仕方ないかな。
それに一夏君と私の関係は生徒と教師なんだからあまり長い間拘束するのも可哀想だもんね。一夏君は気にしないでしょうけど……
「朝食は温め直せば平気ですし、昼は弁当を作っておきましたのでそれを食べてください」
「何時の間に!?」
「何時って、昨日作り置きしておいたものを詰めただけですが」
「あぁ……」
そう言えば昨日一夏君に夕ご飯を作ってもらったんだっけ……その時に作り置きをして行ってくれてたんだったな。
手際の良いのが羨ましいと思ったりもしたが、一夏君相手に嫉妬するだけ馬鹿馬鹿しいと思ったので気にしてなかったけど、女としてちょっと複雑なのよね……一夏君が料理上手だと結婚したら楽が出来る……って何を考えてるんだ私は!?
「ナターシャさん?」
「え?」
「いや、急に黙り込んだと思ったらいきなり立ち上がって……何かありましたか?」
「ううん! 何でも無いよ!!」
「はぁ……」
明らかに私の発言を信じてないような目をしていた一夏君だったが、特に詮索をしてくる事も無く部屋から出て行った。
まったく、私はいったい何を考えているんだろう……私と一夏君が結婚するなんて万に一つもありえない妄想をするなんて……でも、妄想する分には誰にも迷惑かけないし良いのかな……でもそんな事をしてたら何時の日か妄想と現実がゴッチャになっちゃうかもしれないし……でもでも妄想くらいでしか一夏君ともっと仲良くなれないだろうし、私は如何すれば良いの!!
何だか良く分からなかったけど、ナターシャさんは何かを考えている様子だった。表情から察するに特に身の危険が伴う考え事では無さそうだったので気にしなかったが、別の意味で危険があったかもしれないな……あれは変な事を考えている時の束さんに似た雰囲気があったから。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
少し考え込んでいたら背後から声を掛けられた。振り向くまでも無くその相手の事は分かる。だって俺の事を兄と呼ぶのは2人で、あの呼び方は義妹の方だから。
「マドカ、相変わらず早起きだな」
「お兄ちゃんの方が早いじゃない」
「それもそうだな」
俺の場合は習慣で起きてるので、マドカみたいに自分の意思で起きてる訳じゃ無いのだが、早起きには違い無いので素直に頷いておく。
「えへへ~」
「何だいきなり」
嬉しそうに俺に身体を預け、頬ずりするように顔を押し付けてきた。甘えたい盛りなのだろうか?
「だって今日もお兄ちゃんと一緒に運動が出来るんだもん」
「そんなに嬉しいのか?」
「うん!」
満面の笑みで頷かれてしまったら別行動を言い出せなくなってしまった……今日は昨日以上に監視の目が多いのでなるべくマドカを見せたくなかったのだが、仕方ないか。
「マドカ、軽く相手してくれないか?」
「お兄ちゃんの?」
「色々な相手に試してみたいんだ」
「うん、良いよ!」
校舎周りを走るより、アリーナに篭った方が相手に見られる可能性は減るだろう。気にしすぎなのかもしれないが、マドカはついこの間まで亡国企業に居たのだからひょっとしたら知っているヤツが居るかもしれないのだ。
亡国企業がどんな所なのかは知らないが、ヤツらの事を知っているかもしれないマドカを放って置くとは思えないからな……スコールは放っておいてるが、ヤツは如何やら亡国企業の中でも異分子のようだし、他のヤツらがマドカを狙ってる可能性は低くないだろうからな。
「それじゃあ早速行こう! お兄ちゃん、ダッシュ!!」
「元気だな、マドカは」
いきなり走り出したマドカを見てついつい頬が緩む。千冬姉の事をブラコンだと馬鹿にしてるが、如何やら俺にも少しはそんな気持ちがあるのかもしれないな……あそこまで過剰に愛情表現をしたいとは思わないが。
普段なら軽く身体を動かしている時間なのだが、私は自分の意思で此処から出る事は出来ないので身体を動かす事は諦める。時計があるだけで少しは感覚が変わるんだな……
「おい、デュノア」
「………」
「おい!」
「……一夏、もっと……」
「………」
寝言なのだろうが、あの変態はいったいどんな夢を見て、その中の一夏に何をされているのだろうか……声が妙に艶っぽかったのを考えると、どうせ淫夢の類なのだろうが、何故デュノアの夢に一夏が出ているのだ! 私だって一夏の夢を見たいぞ!!
デュノアはこの部屋で寝る事に対応したようだが、私は未だに慣れない……慣れてない方が良いのだろうが、さすがにもう少しグッスリと寝たいのだ。
「一夏、私を早く此処から出してくれ!」
こんな所で大声を出したところで、一夏には全く聞こえないのは分かっているのだが、何も出来ないと身体も鈍ってしまうからな……この部屋で出来る事など限られているし、普段のように走りたいものだ。
「室内で走っても気持ち良く無いし……それに汗を拭くタオルも無い」
一夏に頼み込んで出してもらえるのなら土下座でも何でもするが、そんな事をしても此処から出る事は出来ないだろうな……そもそもそんな事で許してもらえるのならこんな所に入れられたりしないだろう。
「退屈だ……」
夢の世界には逃げられないし、身体を動かす事も出来ない私は、持て余した暇を如何やって潰すかを考える事にした。
「妄想……は止めておこう。そうなると脳内で戦闘シュミレーションをするか? いやいや、相手が一夏だと脳内でも勝てる見込みが無いぞ……」
別に相手が一夏だと決められた訳では無いのだが、私のシュミレーションの相手は一夏だったのだ。それ以外の相手だと盛り上がる前に終わってしまうのが本能的に分かってるからこそ一夏で想定してるのだろうが、無意識にそうなっているので私には何故一夏が相手なのかその時は理解出来なかったのだ。
「こうやって考えると、私って以外と無趣味だったんだな……」
PCで一夏関連のものを見たり、秘蔵コレクションを整理したりはするが、それ以外は特にはまってるものは無かったな、そう言えば……真耶の様に料理を始めてみるか? いやいや、一夏に殺されるぞ、そんな事始めたら。
昔、キッチンを束と2人で爆発させてから、私と束はキッチンに入る事を禁じられてるのだ……練習させてくれと頼んだ時以外は近づこうとしたら殴られたからな。
兎に角、料理は駄目だ。そうなると他に手ごろな趣味になりそうなものを考えなきゃいけないな……だがそれは何だ?
「誰かに相談しようとしてる時点で趣味にはなりそうに無いな……」
結局何も思いつく事無く私の趣味探しの時間は終了した。約5分ほどだが時間を潰す事が出来たのだったが、結局は己の無趣味さを噛み締める結果に終わってしまった事を残念に思うのだった。
お兄ちゃんと手合わせ出来るのは嬉しい事なのだが、こうも力の差を見せ付けられるとさすがにへこむ……須佐乃男が居ない状態でまさか此処まで差があるとは思って無かっただけに完膚なきまでに打ちのめされた気分だった。
「大丈夫か?」
「うん、何とか平気……」
少し息が上がっている私とは違い、お兄ちゃんは汗1滴だって掻いていない。手合わせを始める前となんら変わらない涼しげな表情で私の前に立っているのだ。
「まさかミサイルを全部斬り捨てられるとは思わなかったよ」
「俺は生身相手にミサイルを使ってくるとは思って無かったんだが」
「だってお兄ちゃん相手に手加減なんて出来ないし、そもそも私の方が手加減してほしかったんだけど」
「いや、十分しただろ」
「あれでしてたんだ……」
サイレント・ゼフィルス相手に手加減出来るお兄ちゃんも凄いが、あれで手加減してたと言えるお兄ちゃんが末恐ろしく感じられた。仲間なら非常に心強いと感じるだろうが、もしお兄ちゃんが敵だったらと考えると笑えない……冗談抜きにまともに対峙したく無い相手だろう。
「可愛い義妹相手に本気になる訳無いだろ」
「お兄ちゃん大好き!」
「おっと」
あくまでも家族として可愛いと言われただけなんだけど、お兄ちゃんに可愛いと言われて悪い気分では無い。嬉しさ余ってISを纏ったままお兄ちゃんに抱きついてしまったのだが、お兄ちゃんは特に気にした様子も無く受け止めてくれた。
「あっ、ゴメン……」
「大丈夫だが、普通の相手にはしないほうが良いぞ」
「うん、分かってる」
そもそもお兄ちゃん以外に抱きつくつもりも無いし、ISを纏った事を忘れるくらい嬉しい気持ちになるなんて、それこそお兄ちゃん相手じゃなきゃありえないもん。
「ところでお兄ちゃん」
「何だ?」
「姉さんは何時出てくるの?」
お兄ちゃんに怒られてとある場所で反省中の姉さんの事が気になってお兄ちゃんに尋ねた。授業とかはお兄ちゃんが代わりに教えてくれてるから大丈夫なのだが、ちょっとお兄ちゃんには相談し辛い事だってあるのだ。
「反省しているようなら出しても良いんだが……まったく反省してるように見えないんだよな」
「そうなの?」
「あぁ……マドカには刺激が強すぎるだろうから詳細は伏せるが、あの変態は死んでも治らないと思ってる」
「何をしたの姉さん!?」
お兄ちゃんに此処まで言われるなんて相当な事をしたのだろう……血の繋がった姉に戦慄を覚えながらも、その真意を確かめる事はしなかった……いや、出来なかった。
姉さんが何をしたのか聞こうと思ったが、お兄ちゃんが纏ってる雰囲気が、目が、態度が、私に聞くなと訴えかけてきたからだ。聞いてきたらマドカでも容赦しない、そんあ心の声が聞こえてきたからでもある。
「兎に角反省しているようならすぐにでも出すさ。俺だって一々面倒だからな」
「お兄ちゃんって意外と面倒くさがりだよね」
「誰だって面倒事は御免だろ」
「そうなんだけどさ、お兄ちゃんは普段しっかりしてるから余計に意外なんだよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだよ」
お兄ちゃんの言い方をまねて返事をしたらお兄ちゃんが笑ってくれた。楯無さんや簪に向けるような笑顔は私にはくれないが、こうやった家族に向ける笑顔は私だけのものなのだ。姉さんには向けてないようだしね。
「お兄ちゃん、もう1回相手して!」
「おっ、やる気だな」
「だってこのままじゃ何か悔しいんだもん!」
「その意気だ」
生身のお兄ちゃん相手にムキになっても仕方ないのだが、せめて一太刀くらいは報いたいのだ。もちろん本当に当てたらお兄ちゃんでも怪我をしてしまうので直前で止めるつもりだが、そんな心遣いなど不要なくらいお兄ちゃんは私の攻撃を悉く退けてしまうのだ。
「何で生身でそんな動きが出来るのよ!」
「鍛えれば大抵の事は出来るだろ?」
「そんな理屈は、姉さんとお兄ちゃんくらいしか当てはまらないよ!」
「なら、マドカだって当てはまるかもしれないぞ?」
「何で?」
私はお兄ちゃんと比べるまでも、姉さんから見たって未熟なんだからいくら鍛えたからと言って2人みたいに人外の力は手に入らないと思うんだけど……
だけどお兄ちゃんは何か思う事があるらしく口の端を軽く上げ、悪い事を考えている時に見せる笑顔を私に向けてきた。
「千冬姉の実妹で、俺の義妹なんだからマドカだってやれば出来るだろ」
「出来の良い姉と義兄を持つ妹の気持ちにもなってよね! 比べられるのは結構キツイんだから」
「お前だって別に出来が悪い訳じゃ無いんだから気にしなきゃ良いだろ」
「私が上の中の実力だとしても、姉さんとお兄ちゃんの評価は人外なんだから低く見られるんだよ!」
「いや、人外って……」
「だって周りからはそうやって言われたんだもん」
主に亡国企業の上司だった女からだが、実際に会ってその女の言っていた事は過大評価でも何でも無く事実だって事が分かった。だって生身でISを止めちゃうだなんて思って無かったんだもん。
「まぁマドカに嫌な思いをさせたのなら悪かった」
「別に謝ってほしい訳じゃ無かったんだけどな……でも嬉しいな」
「何が?」
「だってそれだけ私の事を大切だと思ってくれてるって事でしょ?」
「まぁ、大事だとは思ってるさ」
お兄ちゃんに大事にしてもらえている、大事に思ってもらってるだけ、それだけでも私は嬉しいし、一緒に居られるだけで幸せだと思える。
あの屑親の所為で離れ離れになってたからか、それだけで十分だと思えるのだ。そう考えるとあの屑親も少しは役に立ったんだな……
「マドカ?」
「何でも無いよ、お兄ちゃん!」
「だから抱きつくならISを解除しろ!」
口では怒ってる感じでも、顔は優しいままのお兄ちゃんに抱きつき、幸せを噛み締める。何時か姉さんも交えて3人一緒に生活してみたいな。
何時一夏家族の話を書こうか悩んでます……