須佐乃男の失言は兎も角、故障の原因を聞く事にしよう。万が一亡国企業の細工だったりしたら対策を練らなければいけないからな。
「一夏様、私は少し離れてますね」
「何でだ?」
須佐乃男が今俺から離れる理由があるのだろうか。普段は必要無いくらい引っ付いてくるのに、何故今だけは離れようと思ったのだろうか。
「私が傍に居ると、打鉄の機嫌が悪くなるかもしれませんので」
「なるほど」
さっきの失言は以外と尾を引いてるのかもしれないと考慮しての発言だったのか。須佐乃男の考慮もあってか、打鉄はあっさりと故障の原因を教えてくれた。
「そっか、特に敵の細工では無いんだな」
「一夏様、1人で納得してないで原因を教えてくださいよ」
「それより先に修理だ」
須佐乃男が物欲しそうな顔でコッチを見ているが、今は状況を教えるよりも修理が優先される時だろう。場合によっては修理よりも状況説明が優先されたかもしれないが、今はその状況では無いのだ。
「コレなら本音でも直せたかもだな」
「一夏様!」
「少しは我慢しろ、お前はすぐ急かすんだから」
「気になるんですもん!」
「やれやれ……」
思ったよりも深刻な故障でも無さそうなので、打鉄には我慢してもらって、先に問題児を落ち着かせる事にした。打鉄は物分りが良く先に問題児相手をする事を快く許可してくれた。まったく、どっちが優秀なんだか……
「説明するとだな」
「はい!」
「……やけに嬉しそうだな」
「気のせいですよ!」
……間違っても気のせいでは無いだろう。恐らくだが、俺が打鉄よりも須佐乃男を優先した事が嬉しいのだろうな……まるで構ってもらった子供のようだ。
「それで、打鉄の故障の原因だが、如何やら前の時間に使った子がぶつけたらしい」
「ぶつけた?」
「ぶつけたと言っても、そんな派手にぶつけた訳では無く、気付くか気付かないかの衝撃だったらしい」
「でも、監督してる人が居るんですから、その人も気付かなかったんですか?」
「あのな、須佐乃男」
「はい?」
盛大な勘違いをしているようなので、此処ではっきりとその勘違いを正しておこうと思った。
「他のクラスにはウチみたいに何人も専用機持ちは居ないんだ」
「そうですね」
「そして、普通のクラスは座学と実技担当の教師はそれぞれ1人なんだ」
「それも知ってますよ」
「なら分かるだろ?」
「何をです?」
「監督が1人、ないしは2人で1クラス全員を見て回るとなると、如何しても全体を見渡せなくなる場合があるんだ」
「……なるほど!」
少し考えて答えが見つかったのか、須佐乃男は手を叩いて納得したようだ。つまりは今回の事故はそのタイミングで起きてしまったために、気付かないまま打鉄を片付けてしまったのだ。これは誰かを責める事は出来ない、偶然の結果が生んだ事だから。
「ウチみたいに専用機持ちも、実習担当も多いクラスは他には無いからな」
ナターシャ先生も、ウチのクラス専属みたいになってるし、山田先生も実習の授業に顔出してるからな。教師だけで3人居るんだから、ウチのクラスはそんな事故起こりようが無いのだ。
「優秀なリーダーが居ないクラスは大変なんですね~」
「別に居ない訳では無いだろ。ただ足りないだけだ」
「その点私たちのクラスには大勢居ますからね~」
「何でこんなに専用機持ちばっか固まってるのかは、恐らく担任の所為だろうな」
と言うか、それぞれ灰汁の強い気質だからな。世界最強の称号を持つ担任なら抑えられると考えての事だろうが、それならいっそ簪と鈴も同じクラスなら良かったのに……そうすれば最初から気まずい雰囲気も無かっただろうからな。
「千冬様の所為もあるでしょうが、私は一夏様も原因の1つだと思いますけどね」
「俺がか?」
「何処の国も世界初の男性操縦者のデータは欲しいでしょうし、上手くいけばサンプルだって手に入りますから」
「サンプルって……俺との実戦データの事か?」
「正確には模擬戦、ですけどね」
「それこそ細かい事だ」
現にセシリアとラウラとは戦ったし、鈴とだってサシで戦ったからな……回数を優先するのなら各クラスに散らばってた方が対戦機会は多いと思うんだがな。
「一夏様と千冬様が揃ってるので、1組には専用機持ちが多いんだと思いますよ。少なくとも、マドカさんは一夏様が居るから同じクラスなんだと思いますし」
「確かに……マドカはそうだろうな」
間違っても千冬姉が居るからって事では無いだろう。あの時点ではマドカは千冬姉を怨んでたんだから。
「兎に角、ぶつけた子も分かったし、後で注意だけはしておくとしよう」
「一夏様がですか?」
「……何か問題でもあるのか?」
須佐乃男の言い方だと、俺じゃあ注意出来ないと思われてる感じがする……確かに交友範囲は狭いが、注意するくらいは造作も無い事だぞ!……多分だが。
「一夏様が言っても聞く耳持たないと思いますよ」
「何でだ?」
「一夏様に話しかけられるだけで、大半の生徒は感無量で心此処にあらずでしょうから」
「……何か納得し辛い理由だが、言いたい事は分かった」
それじゃあナターシャ先生に言ってもらおう……あの人なら生徒に人気だし、注意しても角は立たないだろうからな。
「さてと、それじゃあ俺は修理に取り掛かるから、須佐乃男は俺の代わりに見回りよろしく」
「仕方ないですね……」
若干不貞腐れながらも、須佐乃男は見回りに向かってくれた。文句があっただろうが、修理中に打鉄の機嫌が悪くでもなったら大変だと言う事は分かってくれたようだったので、一先ずはそれで善しとしたのだ。もちろん、後で何かせがまれるかもしれないけど……
一夏君と一緒に打鉄の修理に行っていた須佐乃男がグラウンドに帰ってきた。須佐乃男は若干不機嫌そうだったけど、そんな事を気にしても仕方なかったので、私は須佐乃男に打鉄の故障の原因を尋ねた。
「一夏様が言うには、前のクラスが使用した時に、搭乗者も気付けないくらいの衝撃があったようで、それが原因だそうです」
「そっか、整備不良とかじゃなかったんだ……とりあえず安心したわ」
「それから一夏様からの伝言で、ナターシャ先生からその子に注意しておいてほしいとの事でした」
「ん、了解しました」
生徒に対しての注意まで一夏君に任せたら、教師としても私の立場が無くなっちゃうからね。一夏君はきっとその事を考慮して私に任せてくれたのだろうな。
「それで、一夏君は?」
「一夏様は今から修理です」
「あれ?結構時間経ったと思ってたけど、それほど経って無かったんだ」
「ナターシャ先生の体内時計は狂ってるんだと思いますよ」
時計を見たら、一夏君が下がってからまだ5分も経ってなかった。そう考えると須佐乃男の言う通り、私の体内時計が狂ってる可能性が高いのだろうな……最近不規則な生活ばっか送ってるからだ、私は誰に言い訳するでもなくそんな事を考えた。
「さて、それでは私は一夏様の代わりに見回りに行きますので」
「お願いね」
さすがにもう同じ様な事故は無いだろうけど、それでもしっかりと監視してなかったから事故が起きた、なんて事態にならない様にしっかりと見回っておかなければね。ただでさえこのクラスの担任も副担任も諸事情によって暫くは授業に来れないんだから……これで私まで謹慎処分を喰らったら、このクラスの担当教師は全滅って事態になってしまうのだから。
おりむ~が引っ込んで、それから暫くしてから須佐乃男だけが帰ってきた。これは大した事態ではなかったと安心して良いのだろうか、それともおりむ~が帰って来れないほど重大な事件だったと焦れば良いのだろうか。私は何となくそんな事を考えていた。
「布仏さん、これは如何やったら上手く出来るの?」
「ほえ?……それはね~」
おりむ~の事だけを考えてられる状況では無かった。私は今グループの長なのだから!
普段は長って言ってももう少し担当する人数は少ないし、それこそお友達とだけ組んでれば良かったのだ。でも今日は、おりむ~が教師のポジションになり、シャルルンが織斑先生に怒られて特別指導室に閉じ込められたため(ついでに言えばその織斑先生もおりむ~に閉じ込められたのだが)、何時もよりグループが2つ少ないのだ。
そのおかげで私が担当しなければいけない人数は、何時もより2,3人多いのだ。
「(おりむ~を怒らせた織斑先生もダメだけど、その最大の原因はシャルルンなんだよね)」
シャルルンが織斑先生に怒られてなければ、おりむ~に必要以上に話しかけてなかったら、こんな事態にはなってなかったのかもしれないのだから。
「(そう言えば、シノノンも織斑先生に怒られて校庭を走らされてるんだっけ)」
校庭50周は結構大変な罰だし、その後の反省文100枚は私ならきっと泣いちゃうくらい大変な作業だ。
「(そう考えると、おりむ~が私たちに出す罰って優しいものなんだな~)」
おりむ~が私や楯無様に出す罰は、精々おやつ抜きとか、甘えるの禁止とかだからね~……でも、それはそれで厳しいんだよ~!
「布仏さん?」
「ほえ!?」
「何か深刻そうだったけど……大丈夫?」
「う、うん平気だよ」
おりむ~に甘えられなくなったら、私も楯無様もきっと泣いてしまうだろうな~っと考えてたら本当に悲しくなってきちゃった。だって甘えられないのは、それだけで悲しいのだから。
授業が終わり、皆が格納庫に訓練機を戻しに来た。俺は特に隠れる必要は無いのにも関わらず、ついつい隠れてしまった……特に専用機持ちに俺がISの整備が出来るって事を見られると厄介な事になりかねないからな。
「整備出来るのはコレでバレただろうが、腕前を見せた訳でも無いから今のところは頼みに来ないだろうが、知られたら厄介だからな」
鈴は俺がISを整備出来るを知ってるし、ラウラは一応聞き分けが良い子だからな、心配はしてない。問題はシャルとセシリアだ……いや、シャルは今独居房にぶち込んであるから、当面の問題はセシリアだろうな。1学期は普通……とまでは行かなくとも、それなりに付き合えてたはずなのに、2学期になった途端にシャル化し始めた……シャル化って何だ?
「……ボケたところでツッコミが居るわけでも無いし、さっさと終わらせて打鉄の声が聞こえるようになった原因でも探るか」
整備自体は簡単でも、損傷箇所が深い場所なので、一旦外さないといけないのだ。これは結構大変で、組み換えも自分で出来るようになれば一人前だと言えるのだろうな。
「此処をこうして……っと」
スラスターを外して損傷箇所をじかに確認する。組み立てたままだと分かりにくかったが、やはりそこまで深刻な損傷ではないようだ。
「コレならすぐに終わるだろうな」
「何が終わるのかな~?」
「何って……ん?」
今、この場所に居るはずの無い人の声が聞こえたような気がしたんだが……れか、間違い無く聞こえた。だって会話したんだから。
「一夏君、こんな所で何してるのかな~?」
「それはコッチのセリフですよ、刀奈さん」
食堂に居るはずの刀奈さんが、何故格納庫に居るのだろうか……そもそも何で俺が此処に居るのを知ってるんだろうか。
「一夏君がIS修理してるって本音が教えてくれたのよ♪」
「……その反応は聞いたんじゃなくって言わせたんですね?」
「ふっふ~ん、当主命令よ」
「……もっと違うところで使ってください」
権力の無駄遣いです……
「それにしても一夏君、1年生で組み外しまで出来るんだ~」
「虚さんの見よう見真似ですけどね。後、簪が持ってた参考書を見ました」
「……普通それだけじゃ出来ないはずなんだけどね」
「どうせ俺は普通じゃ無いですよ」
会話をしながらもしっかりと修繕を進める。この後には打鉄と会話出来るようになった原因を探るんだから、時間はなるべく無駄にしたく無いのだ。
「ねぇ一夏君」
「何ですか?」
「………」
「刀奈さん?」
人の事を呼んでおいて、刀奈さんは黙りこくってしまった……用があるのなら手短に願いたいのだけど。まぁ、何か言い辛い事でもあるのだろうな、刀奈さんは。
「大丈夫ですか?」
「……ソレよ」
「ソレ?」
「ねぇ一夏君、私って一夏君の彼女よね?」
「そうですよ。刀奈さんは俺の大事な彼女です」
恥ずかしいけど胸を張って言い切れる事だ。刀奈さんは……いや、簪も虚さんも本音も碧さんも、ついでに須佐乃男も、俺の大事な彼女だ。
「だったら!」
「はい?」
「だったら、2人きりの時くらいは呼び捨てにして」
「……え?」
ついこの間同じ事を頼まれたような……
「それと敬語禁止ね」
「ちょっと待ってくださいよ!」
「次から2人きりの時に敬語使ったら襲っちゃうからね♪」
「………」
とても女性が男に対して言う事では無いのだろうが、刀奈さんは本気だろう。本気で俺の事を襲うんだろうな。
「……努力はする」
「うんうん、それじゃあ試しに呼んでみて?」
「刀奈……ッ」
つい癖で呼称を付けそうになったのを唇を噛んでギリギリ堪えた……虚さんもだが、最近やけに甘え方が大胆と言うか、積極的になってきたような、そんな気がする。
「少しずつ慣れていってね♪」
「ハァ……頑張ってみるよ」
「じゃあね~一夏君」
「あぁ」
刀奈……刀奈さんがこの場から去り、俺は安寧を取り戻した。普段なら落ち着けるはずなんだが、呼び捨て強要は以外とキツイ。
「何でそんなに呼び捨てが良いんだろうな……」
俺にはどっちでも良い事だと思うのだが、刀奈さんや虚さんは違うみたいだ……男と女で違うのだろうか?
「分からん……」
直し終わったスラスターを打鉄に組み込み、俺はそのほかに破損箇所が無いか入念にチェックした。
「さてと、次は打鉄と会話が出来るようになった原因だが……」
いくつか考えはある。
まず最初は、打鉄に意志が宿り、それで俺に声が聞こえるようになった、と言う事だが……これだと最初からISには意思があるはずだと言う束さんの考えに反するので、これは却下だ。
では次の俺が打鉄を動かせるようになったので、それで打鉄の声が聞こえるようになった……これも却下だろうな。
さっき触ったが、打鉄は俺に反応しなかったし、動かせるようになれば声が聞こえるのなら、他の人にも聞こえてなければおかしいからな。
それじゃあ俺がシャルのラファールを持ってるからか?……これも無いだろうな。だってそれだけで良いのなら持ってても持ってなくても大差無いはずだからだ。
「そうなると……多分コレがそうなんだろうな」
俺は可能性を1つずつ潰していきながら結論を導き出した。
「須佐乃男、聞こえてるんだろ?」
「(聞こえてますが、一夏様は今何処に?)」
「格納庫だ」
「(おや?その距離だと射程外だったはずですが……)」
「お前は自立進化型ISなんだろ」
「(そうですよ)」
「だからある程度経験を積めば射程は延びるんだよ。その副作用で俺は打鉄の声が聞こえるようになったんだろうな」
「(……如何言う事ですか?)」
まぁ、それだけで分かるんなら赤点ギリギリなんて取らないよな……俺は自分だけが分かるような説明の仕方を止め、須佐乃男にも分かり易く説明する事にした。
「お前が経験を積むのと同時に、俺にも経験が詰まれてくんだ」
「(でしょうね。私の経験はほぼ一夏様と同じでしょうから)」
「だから俺も成長したって事だろうな」
「(成長?)」
「より正確に言うのなら、ISに対する認識が深まったって事だろうな」
だから須佐乃男以外のISの声が聞こえるようになったのだろう。
「(ですが、触らなきゃ聞こえないんですよね?)」
「最初から俺に話しかけてきたお前とは違って、学園のISは皆で使ってるものだからな」
だから俺個人に話しかける事が出来ないのだろう。だが、それは現時点なだけであって、何時かは普通に会話が出来るようになるのかもしれないがな。
「(一夏様がISへの認識を深めたのは、きっと束様のお作りになったその装置が原因でしょうね)」
「装置?……あぁ、この武装の事か」
「(一夏様は生身でISの武装をお使いになられて、一夏様自身がISに近づいたんじゃないのでしょうか?)」
「怖い事言うなよ……」
「(一夏様なら大丈夫ですよ!)」
何を根拠に大丈夫だと言い切れるんだ、お前は……そんな事をあのウサ耳マッドに言ったら、
「何ソレおもしろそ~!」
とか何とか言って本当にやりかねないんだぞ!
「(束様の思考回路は兎も角、一夏様はISにはなれませんので安心してください)」
「……そりゃ俺は人間だもんな」
「(それ以前に、束様が一夏様をISにする訳無いじゃないですか)」
「そうだな……」
「(一夏様はISに近づいたんでは無く、ISとより仲良くなったんですよ)」
「仲良く?」
「(日下部さんの意見に賛同した一夏様なら、訓練機たちも信じてみても良いと思ったんじゃないですか?)」
「それだと他の生徒が訓練機に信じられて無いみたいじゃないか」
「(……それは私の管轄ではありませんので)」
「おい!」
語らずとも分かってしまったじゃないか……つまり訓練機たちは学園の生徒の事を全面的には信じていないって事だろうが。
「(兎に角、一夏様が打鉄と会話出来るようになったのは恐らくそう言った事です)」
「……何時かは触らなくとも会話が出来るようになるのか?」
「(それは私がさせません!)」
「……相変わらず嫉妬深いな、須佐乃男は」
他のISに俺が取られるとでも思ってるのだろうな。安心しろ、俺の専用機はお前だけだし、お前を扱えるのは俺だけだ。だから嫉妬しなくても良いんだぞ。
本当はもっと刀奈が一夏に甘える予定だったのですが、それは次回に持ち越しです。