お風呂から上がって既に2時間……お風呂に入ったのが7時くらいだからまだ眠くないけど、一夏君が寮長室に行ったっきり戻ってこないのだ。
「何かあったのかな?」
「織斑先生と相談してる……にしても長すぎですよね」
「また違う面倒事に巻き込まれてるとか~?」
「「ありえる……」」
一夏君はある意味不幸体質だ……何かしらの問題を抱えているのは日常茶飯事で、その問題が片付けばすぐに次の問題が一夏君を襲う……今回もそうなのだろうか?
「亡国企業に襲われて、更に違う問題まで発生したってのはさすがにね……」
「いくら一夏さんでも……」
「ですが、一夏様は帰ってきませんし、学園に気配もありませんよ?」
「えっ、それって一夏は今学園に居ないって事?」
「恐らく……」
「恐らくって……気配が無いんでしょ?」
須佐乃男は頷いてから自信が無さそうな訳を話してくれた……
「一夏様が本気で気配を消したら、この学園の誰1人一夏様を見つける事は出来ませんよ」
「そっか……一夏君は気配消すのも上手かったんだっけ」
「かくれんぼは負けなしだもんね~」
「見つけるのも隠れるのもね……」
「姉さんに聞けば分かるんじゃないですか?」
「でも、こんな時間に織斑先生を訪ねたら……ねぇ?」
「まだ消灯時間過ぎてないとは言え、時間が時間ですし……」
寮長の部屋を訪ねて、それが空振りだった場合の事を考えると迂闊に訪問も出来ない……一夏君が訪ねた時はまだ時間に余裕があったから良いけど、今はそんな余裕は無い時間なのだから……
「おりむ~の携帯に掛けたら~?」
「……その手があったか!」
「でも、何かあるなら連絡くれてると思いますけど……一夏様だって私たちが心配するって分かってるはずですから」
「こっちから電話して一夏さんに余計な心配させる事も無いかと……」
「でも何処に行ったのか気になるでしょ?」
「姉さんの部屋から何処かに行ったのなら、やっぱり姉さんに聞くのが1番だと思うんですが……」
私たちが出来る選択肢は3つ……1つ目は一夏君の携帯に電話を掛けて所在を確かめる事、2つ目はこのまま何もせずに一夏君を待つ事、そして3つ目は寮長室を訪ねて織斑先生から事情を聞く事だ。
「もし重要な場面だったと考えると携帯はダメよね……」
「じゃあ何もしないで待ってます?」
「それも不安なのよね……」
「そうなると……」
「でも、誰が行くんですか?」
「「「「「………」」」」」
選択肢は決まった、だけどその行動を誰が取るかが決まらない……一夏君の事が心配でなるべく早く所在が知りたいのだが、織斑先生の怖さは此処に居る全員が理解している……怒られるのは嫌なのだ。
「此処は公平にジャンケンで……」
「でも、そうなると運が悪い人が居る……」
「楯無様、ジャンケン弱いですものね~」
「勝てる時は勝つもん!」
「でも、大体負けますよね」
「一夏様が懸かってる時は兎も角、他では楯無様が勝ったところは見た事無いですね」
「うぅ……」
確かに私はジャンケンが弱い……何でかは分からないけど昔から如何してもジャンケンだけは強くならなかったのだ……1番公平な決め方だけど、私が負ける可能性が非常に高い……この場合公平と言うのだろうか?
「でも、早いところ決めないと消灯時間になっちゃう……」
「じゃあ、やっぱりジャンケンで……」
「何を決めるんだ?」
「何って一夏の所在を織斑先生に……って一夏!?」
「おう」
ジャンケンで決めると決まったら一夏君が帰ってきた……しかもシレっと帰って来て会話に加わったので簪ちゃんもそのまま会話を続けてた……
「一夏君、何処に行ってたの?」
「須佐乃男が学園に気配が無いって言ってたので、心配してたんですよ!」
「ちょっと知り合いの所に……高熱出してぶっ倒れたらしくって」
「知り合い?」
「それって束様ですか?」
束様って篠ノ乃博士の事よね……相変わらず一夏君は凄い人と知り合いなんだと驚くわね……そんな人が私たちの彼氏だと思うと凄いわね。
「いや、クロエさんだ」
「そうですか……」
須佐乃男は簡単に流したけど、私を含め他の4人はそうは行かなかった……だって知らない名前が出てきたから。
「「「「「クロエさん?」」」」」
「ん?」
「おや?」
声を揃えて聞くと、一夏君は普段通りの顔でこっちを見たが、須佐乃男は少し意外そうな顔をしている。
「一夏様、教えて無かったんですね」
「まぁ、教える必要も無いと思ってたからな」
「会う可能性はほぼ無いでしょうし、その判断は適切だったと思います」
「あの人、束さんの傍から離れないだろうしな」
「2人で話してるところ悪いけど、その『クロエさん』って誰?」
「もしかして一夏の新しい……」
「いや、束さんの家族みたいな人だ」
「篠ノ乃博士の?」
簪ちゃんの早とちりを一夏君がやんわり否定したが、その否定の言葉で更に私たちは混乱した……篠ノ乃博士の家族って、此処に居る篠ノ乃箒ちゃんだけのはずじゃ……
「捨てられてたらしいですよ」
「「「「「捨てられてた?」」」」」
「詳しい事情は省くとして、身の回りの世話をしてもらう代わりに匿ってるんですよ」
「まだ探してるんですか?」
「捨てたんだからそんなに必死こいて探しては無いと思うが、束さんが拾ったのが映像に残ってるらしいからそれを見つけたんだとしたら探してるかもな」
「束様にしては迂闊ですね」
「どうせ空腹で頭回らなかったんだろ、あの人も料理出来ないし」
「そう言えば昔に一夏様を祝おうとして……」
「その話はするな。思い出したくも無い……」
一夏君と須佐乃男は全て分かってて話してるけど、私たちにはチンプンカンプンだ……とりあえずそのクロエさんは篠ノ乃博士が匿ってて、その恩義を返すために身の回りの世話をしてるって事は分かった。
「その人が倒れて、何で一夏君が看病しに行ってたの?」
「それは私も分かりませんね……一夏様が行く理由は何だったんですか?」
須佐乃男もそこだけは分かってなかったらしい……一夏君がその人を看病するって事は、それなりに親しいって事よね……さっきの簪ちゃんの早とちりはあながち間違いじゃ無いって事かしら……
「束さんが作ったおかゆを食べさせるとか言い出したから、代わりに作りに行ったんだよ。その後色々作り置きしてたら結構時間がかかったって訳」
「束様の料理……」
「ゾッとするだろ?」
「ええ、かなり……」
「だから一夏君が行って看病してたって訳……」
「まさかこんなに時間かかると思って無かったもので……心配させてみたいでスミマセン」
「良いの、私たちが勝手に心配しただけだから」
「おりむ~には次々問題が襲い掛かってくるからね~」
「……あながち間違ってないのが悔しいぞ」
一夏君も自分が事件に巻き込まれやすい体質だと言う事は理解してる……それでも一夏君は1人で出かける事を止めないのだ。心配し過ぎかもしれないが、一夏君に万が一な事があった場合、誰か居た方が良いと思うのだ。
「一夏君、これからは出かける時に誰か1人は一緒に連れて行ってね?」
「それ、さっき寮長室でも言われました……過保護過ぎですよ」
「そ、そうよね……やっぱり」
織斑先生も一夏君を大事に思ってるんだろうけど、人が提案したのを聞くとやっぱり過保護にしか思えないわね。
「一夏様、その腕に付けてるのって……」
「ん?」
「それってISの武装ですよね?」
「正確には武装を呼び出すための装置だけどな」
「何故そのようなものを……」
良く見ると一夏君の左腕に何か巻かれている……お風呂に入ってる時には無かったはずなので、この2時間の間に手に入れたって事になる。
「専用機を持ち歩けない身としては、ISに対抗するために色々準備したって事だよ」
「それじゃあ、それは束様が」
「他に誰が作れるんだよ」
「確かに……」
「でも一夏君、生身でISの武装なんて使えるの?」
この前榊原先生が使ってたけど、あれは織斑先生が教えたから……教わってない一夏君が使えるのだろうか?
「試してみない事には分かりませんが、銃火器くらいなら楽勝でしょうね。刀剣類は未知数ですが」
「さすが一夏君……」
「一夏さんには常識は通用しませんでしたね……」
「何気に酷い事言ってるって自覚あります?」
「多分無いと思うよ」
簪ちゃんの言う通り、酷い事を言っている自覚は無い……だって一夏君を私たちの常識に当てはめても殆ど当てはまらないからだ。
「まぁ良いけど……明日の朝に試してみようかと思ってます」
「相手は?」
「別に戦う訳でも無いですので、居なくても平気でしょう」
「ふ~ん……」
誰も居ないなら私が……多分他の子もそう思っただろうけど、此処は早い者勝ちね。そうと決まれば!
「お休み!」
「へ?」
「私も、お休み一夏!」
「お、おぉ……」
「一夏さん、お休みなさい!」
「おりむ~お休み~」
「お兄ちゃん、お休み!」
「……何なんだいったい?」
「ISである自分が恨めしいです……」
「お前も何なんだよ……」
一斉にベッドに潜って寝ようとしたため、一夏君は盛大に首を傾げている……これも一夏君のためなんだからね!
昨日は早く寝たため、こんな時間に目を覚ました。時刻は午前3時……一夏さんだってまだ寝てるであろう時間だ。
「(さすがに早すぎですね……)」
一夏さんの練習相手を買って出ようとして全員が早く寝たのですが、普段から就寝時間の違う私は早く寝た分早く起きてしまったのでしょうね……
「(あんなに早く寝たのは何時以来でしょう……)」
消灯時間があるため、明るい場所で作業するのは難しいですが、普段から夜にも仕事をしているので寝るのは大体12時前後……一夏さんとほぼ同じの時は多いですね。
「(それでいて一夏さんは早く起きてるんですから、私なんかよりよっぽど疲れてるでしょうね)」
お嬢様の話によると、一夏さんが起きるのは4時前後だそうですし、寝る時間が12時前後だと考えると……睡眠時間は約4時間だ、それだけで体力が回復する仕事量では無いのに。
「(一夏さんは、何時倒れてもおかしく無い生活をしてるんですよね……普段の振る舞いで忘れがちですが)」
疲れた素振りも見せないのでお嬢様や本音は遠慮無く一夏さんを頼ってますが、一夏さんだって1人の人間であるのには変わらないんですよね……一気に疲労が襲ってきて、そのタイミングで亡国企業が襲ってきたとすると、私たちに打つ手は無いですね。
「(結局は一夏さん頼み……もう少し私たちに力があれば楽させてあげられますのに)」
学園では実力者だとか言われてますが、世間に出てそう言われるのはお嬢様だけでしょうね。ロシアの代表で世間への露出も多いお嬢様はそれなりに評価されている。ですが候補生の簪お嬢様や、企業代表の私と本音の事は、よほどIS業界に興味が無ければ知らない人の方が多いかもしれないのです。
「(亡国企業の人間も、一夏さんを狙う方が大変だと分かればきっと私たちを狙ってくるでしょうね……いや、考える間も無く私たちの方が楽だと分かってるはず……なら何故一夏さんを狙うんでしょうか?)」
一夏さんが言うには、個人的に狙われてる可能性があるって事ですが、一夏さんとその幹部に面識は無いらしいですし、一夏さんに狙われる心当たりが無いと言われましたので私のは考えようも無いんですがね。
「(でもきっと、襲われて私たちが一夏さんの足を引っ張るのは確実でしょうね……辛うじて見られる亡国企業のISの動きは、私たちじゃ対応するのがやっとと言う感じでしたし、本音は蜘蛛、苦手ですしね……)」
オータムと言った亡国企業の女が乗っていたISは蜘蛛の形をしていた……映像なのに本音が騒ぎ出したのはビックリしたわね……
「(つまり亡国企業相手に本音は戦力に数えられない……そしてマドカさんはもう1人の幹部に恐怖心を抱いてる感じでしたので、実質戦えるのはお嬢様、簪お嬢様、そして私の3人ですかね……)」
何時襲われるかも分からない状況ですが、此処が襲われる可能性は決して低くない……むしろ高いと言えるでしょうね。
「(そうすると教師陣が生徒を守るように戦うでしょうから、やっぱり矢面に立つのは私たちでしょうね……その中でも一夏さんが先頭に立つんでしょうが)」
お嬢様を守るのが私の役目ですが、それ以上に一夏さんが私たちを守ってくれるでしょう。でも、それじゃあ駄目ですね……一夏さんに守られるだけでは駄目なのです。
「(負担と思われたら捨てられるかも……)」
そんな事はありえないと分かっていながらも、心の何処かでそんな事を考えてしまう……圧倒的な力に守られてるからと言って、向上心を捨てて良い訳では無いのだ。
「(普段はデスクワークばっかですし、偶には身体を動かさなければいけませんよね)」
一夏さんが起きる前に、自主的に動こう。私はそう思ってベッドから出ようとしました……
「(あれ?)」
誰かが私の傍に居るような気配が……ベッドから出て確認するんじゃ遅いと思って、私は1度潜ったベッドから顔だけだして確認することにした……そしたらそこに居たのは――
「あっ、やっぱり起きてましたか」
「一夏さん?」
――既に寝巻きから着替え終えた一夏さんが立っていたのだ。
「い、一夏さん、何でこんな所に!?」
「いや、何かもぞもぞと動いてるのが気配で分かったので、ひょっとしてと思ったんですが、やっぱり起きてましたね」
「一夏さんは何時から?」
起きていたと言う言葉を省略した私の質問に、一夏さんはちゃんと意味を理解して答えてくれた。
「多分寝てないかと……虚さんが早く寝た分、仕事が溜まってましたから」
「あっ……スミマセン」
昨日は仕事をする事すら忘れてさっさと寝てしまったのだ……一夏さんには悪い事をしてしまったな……怒られるでしょうか?
「謝らなくて良いですよ、元々虚さんの仕事って訳でも無いんですから」
「それは……そうですが……」
「ほったらかしにしても良かったんですが、虚さんの信用に関わりますからね。代わりに俺が勝手にやっただけですよ」
「それでも、私が引き受けた仕事ですから……」
「引き受けたって言うより、押し付けられたって表現の方が正しいと思いますが」
「……そんな事無いですよ」
否定するのに若干間を空けてしまった……その一瞬で一夏さんは私の本音を読み取ったみたいで、少し苦笑いして私の頭を撫でてくれました。
「虚さんは此処に居ない人まで守るつもりだったんですね」
「え?」
「この仕事は本来なら職員室に居る誰かの仕事だったはずだ。それを虚さんに押し付けてその事を虚さんは俺に言いたくなかった。つまり誰だか知りませんが教師を守ったんですよね」
「守った……?」
私が、誰かを守ったのだろうか……私は唯単に押し付けられたって表現をしたくなかっただけなのですが、一夏さんは私が先生を守ったと言ってくれました。
「でも、そんなヤツを守るために虚さんが苦労する必要な無いんですよ」
「でも、私を頼ってくれるなら……」
「それに応える、ですか?」
「え、ええ……」
一夏さんに先に言われてしまって、私は少し恥ずかしい思いをしながら俯く……人に言われると恥ずかしいものですね。
「優しいのは良い事ですが、それだと教師が成長する可能性を摘んでますよね」
「教師が成長する可能性?」
「仕事が出来ない教師に教わっても生徒は成長しないと思うんですよね。だからなるべくは自分の仕事は自分でしっかりと片付けさせるのが本当の優しさだと思いますよ、俺は」
「本当の……優しさ」
「この学園の教師にとって、これくらいの仕事は何の苦労でも無いはずです。自分が楽したいからって虚さんに押し付けるのは間違ってるって思いますけどね……これは教師に関してだけでは無いですがね」
そう言って一夏さんは1つのベッドを見て苦笑いを浮かべました……お嬢様も私に仕事を押し付けて遊んでばかりですものね。
「分かりました。それじゃあ今度からはなるべく断ります」
「そうしてください。どうせ織斑先生に無理難題を押し付けられた山田先生でしょうがね」
「……正解です」
山田先生に泣きつかれて引き受けてしまったのだ……一夏さんはその事を正確に理解しているようで、今回は仕方ないと言わんばかりにため息を吐いた。
「亡国企業のデータ集めしながらこれを終わらせろって言うのは、さすがに可哀想ですからね」
「あの顔で頼まれたら断れないですよ……」
「そうなったら俺に言ってください。元凶にやらせますから」
「元凶って……織斑先生?」
「どうせ暇してるんですから」
「………」
「さて、虚さんも起きてる事ですし、せっかくだから付き合ってもらえませんか?」
「訓練ですか?」
「どうせそのために早く寝たんでしょうしね……全員が」
「分かってたんですか?」
確か全員がベッドに向かった時には、一夏さんは理解して無いようだったけど……
「本音や刀奈さんなら兎も角、虚さんまで早寝するって事は何かあるんだろうと思いましてね……昨日の話からして俺に付き合うつもりなんだろうなって思っただけですよ」
さすが一夏さん……相変わらずの推理力ですね。
「それじゃあ着替えますので少し待っててください」
「分かりました。着替えてる間に軽く走ってますので、終わったら声掛けてください」
「はい」
一夏さんは先に部屋を出て行った……こんなに早くから起きるのは久しぶりですが、一夏さんと一緒ならまったく大変だと思わないのは何故でしょう……きっと一夏さんは何も変わらないと言うでしょうが、私は幾分かは楽が出来てるのでしょうね。
「何時かは一夏さんにも楽させてあげられるくらい成長しなくては!」
私は1つ気合を入れて部屋を出て行く……洗濯物は帰って来てからで良いですよね?
そろそろ千冬とマドカの関係を発展させたいですね。