屋敷から此処まで来るのに道はそこまで混んでた訳では無い。むしろ今日は空いていた方だと思う……それでも一夏は車より早く学園に着いていた。
「それで、何でエイミィが此処に居るの?」
一夏が私たち以外に手を出すとは思えないけど、エイミィは女の私から見ても可愛らしい女の子だ。一夏が興味を持っててもおかしくは無い。
「何でって一夏君に誘われたからだけど……」
「一夏に?」
「うん」
一夏は今洗い物をしている……どうやらコーヒーを飲んでたみたいだ、匂いが充満してる。
「一夏君がこの部屋に人を呼ぶなんて……」
「珍しいですよね……」
お姉ちゃんも虚さんも同じ様に思ってるみたいだった。この部屋は関係者以外は簡単に入れる場所では無い。だけど関係者に連れられて来る分には問題無く入れるのだ。
「もしかして別行動させた事で私たちに愛想尽かしたのかな……」
「それは無いと思いますが……」
「一夏様はそこまで小さい人ではありませんよ」
「おりむ~は大きいよ~?」
「本音、多分意味分かってないでしょ」
「ほえ~?」
須佐乃男が言った『小さい』とは見た目の話では無い……だが本音は一夏の見た目だと思って『大きい』と言っているみたいだった……案の定マドカがツッコんだら首を傾げていたので勘違いしてたのは間違い無いようだ。
「私はただ話し相手に呼ばれただけだよ?」
「……へ?」
「最初は食堂でって話だったんだけど、その後コーヒーの話になってね。一夏君の部屋に珍しいコーヒーメイカーがあるって聞いて見せてもらいに来たんだ~。ついでにコーヒーもご馳走になったけど」
「コーヒーはついでかよ……」
「あっ、一夏君」
洗い物が終わったようで一夏も私たちの会話に加わってきた。そう言えばあのコーヒーメイカーは特注だったっけ……
「エイミィが飲んでみたいって言うから部屋まで連れて来たのに、ついでってなぁ」
「だって薄くても私には苦かったんだもん」
「その後ドバドバ砂糖とミルク入れてただろうが」
「美味しかったでしょ?」
「甘すぎだ……」
一夏は何かを思い出したように顔を顰めた……
「一夏君、もしかしてエイミィちゃんのコーヒーを飲んだの?」
「え?……一口だけ貰って後悔しましたよ」
「そ、それって……間接キス」
「ん?」
「……あぁ!!」
「な、何だいきなり大きな声出して」
お姉ちゃんが間接キスを指摘したが、一夏はまったく動じなかった……だけどエイミィが大声を上げて頭を抱えてしゃがんだ……その真横に居た一夏は耳を押さえてエイミィの事を見ている。
「せっかくのチャンスが……」
「チャンス?」
あの反応を見る限り、エイミィは一夏と間接キスはしてないようだ。お姉ちゃんもホッとしてる……一夏って以外に無防備なところがあるんだよね。
「一夏君、私にもコーヒーを淹れて!」
「淹れてって、楯無さんコーヒー飲むと戻す……」
「いいから!!」
「はぁ……知りませんからね」
お姉ちゃんの剣幕に押された……のかは分からないが、一夏が再びキッチンに姿を消す。お姉ちゃん、コーヒー飲めないのに何する気なんだろう。
「お嬢様、一夏さんの言っている通りコーヒーを飲むと……」
「大丈夫、ちゃんと考えてるから」
「本当ですね?」
「これなら平気よ!」
お姉ちゃんは自信満々だけど、何故だか虚さんはその根拠が当てにならないものだと確信しているようだった……どちらかと言えば私も虚さんの考えに同意するが。
「本音様もコーヒー苦手でしたよね」
「うん、あんなの飲めるおりむ~が信じられないよ~」
「私もブラックじゃ飲めない。お兄ちゃんはガブガブ飲むけど、良く平気だな~って何時も思ってる」
「実は私もブラックじゃ飲めない」
「簪もなの?」
「うん」
砂糖とミルクを入れて漸く飲めるのだ。だからこの部屋ではあまりコーヒーの匂いが充満すると言う状況は多くないのだ。
「一夏様と虚様はまったく問題無く飲んでますよね」
「味覚がおかしいんだよ~」
「本音、そこはせめて味覚が大人だって言ってあげようよ」
「だってあんな苦いものが平気なんておかしいでしょ~」
「それは本音様が甘いものばっか食べてるからではないでしょうか?」
「そう言えば須佐乃男はコーヒー飲めるの?」
さっきから他人事のように話しているが、須佐乃男がコーヒーを飲んでるところって見たこと無い気がする……
「私は飲むとおなかを下すので飲めません」
「……ISが下痢」
「やっぱり万能なんてありえないんだね」
「私たちより須佐乃男の方がダメダメじゃ~ん」
「コーヒー以外は平気ですよ!」
「まぁ、女子高生がブラックコーヒーを飲むのもおかしい気がするけどね」
「渋いよね~」
虚さんはこっちの会話に気付いてないようで怒られはしなかったが、もし聞かれてたらカミナリが落ちてたかも……それくらいIS学園でのコーヒー消費量は少なく、更にブラックになるともう一夏と虚さんくらいしか飲んでいない……織斑先生も偶にしかブラックで飲んでなく、殆どは砂糖を入れているらしい。
「はい楯無さん、持ってきました」
「う……」
一夏の手には、黒々とした液体の入ったカップ……ブラックコーヒーが入ったカップを持っている……お姉ちゃん、冷や汗が出てるよ。
「お砂糖とミルクは?」
「自分で入れてください」
「あぅ~」
ドバドバと投入されていく砂糖とミルク……その光景を眉をひそめて見ている一夏と虚さん、多分2人にとってあの量は信じられないものなのだろうな。
「入れすぎでは……」
「いえ、お嬢様にはまだ足りないのでしょうね……」
2人には悪いが、この部屋で多数決を採ればきっとまだ足りないと言う結果になるだろう。それくらいコーヒーを苦手としてる人が多いのだ。
「よし!」
お姉ちゃんが意を決してコーヒーを口に運ぶ……カップを持ってる手が震えてるように見えるのはきっと気のせいでは無いはずだ。
「何で楯無さんはコーヒーを飲みたいなんて言い出したんでしょう?」
「さぁ、お嬢様の考えてる事は私には分かりません」
「それもそうですね」
一夏はお姉ちゃんが飲もう飲もうとして固まってるのを見て虚さんにお姉ちゃんの真意を聞いた。でも虚さんもお姉ちゃんの考えは分からないらしい……妹の私だって分からないもんね、虚さんだって分からないか。
「ん!」
「あっ、飲んだ……」
「飲みましたね……」
コーヒーを口に含んで泣きそうになっているお姉ちゃん……それを見ていた全員が――
「(何で飲んだんだろう)」
――と心の中でつぶやいたのは言うまでも無いだろうな。
泣きそうになりながらもお姉ちゃんは手招きをして一夏を傍に来させようとしていた……何か企んでるのだろうか。
「何ですか?」
「お嬢様?」
不審に思いながらもしゃべれないお姉ちゃんの傍に寄っていく一夏と虚さん……そしてお姉ちゃんの目の前に立ち止まり顔を覗き込む……
「ッ!?」
「あぁ!!?」
泣きそうだったお姉ちゃんの顔は、いたずらの成功した子供みたいに笑っている……その代わり虚さんの顔がみるみるうちに赤くなり、一夏にいたっては固まっている……お姉ちゃんは一夏に口移しでコーヒーを飲ませているのだ……もの凄い甘いコーヒーを。
「プハァ!」
「お、お、お、お嬢様!」
「ヒッ!」
「………」
「お~い一夏、生きてる?」
隣で虚さんに怒られているお姉ちゃんには目もくれず、私は一夏の目の前で手を振る……お姉ちゃんにキスされただけでは此処まで固まって動かないなんて事はありえないだろうに、一夏はさっきから固まって動かないのだ。
「おりむ~が固まってる~」
「一夏様!しっかりしてください!!」
「お兄ちゃん、しっかり!」
「一夏君、大丈夫?」
「……かはっ!」
「あっ、気付いた」
もしかして息も止まってたのだろうか。一夏は意識を取り戻したと同時に大きな音をたてて呼吸し始めた。
「一夏様、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……何とか生きてる」
「楯無様にキスされただけじゃないの~?」
「お兄ちゃんがそれだけで意識を失うなんて思えないんだけど」
本音とマドカに質問され、一夏は思い出したく無い事を思い出したように顔を顰めた。
「甘過ぎだ……」
「何が?」
「楯無さんのコーヒーが……」
「どれどれ~……うん、美味しい」
「本音様が飲めるって事は相当甘いんですね」
「それをお兄ちゃんに飲めって言う方が無理だね」
お姉ちゃん、いったいどれだけ甘くしたのよ……須佐乃男を除く私たちの中で、お姉ちゃんの次にコーヒーが苦手な本音が美味しいって評価するくらい甘いって事は、一夏にとってそれは拷問に近いくらいの飲み物じゃないのだろうか。
「それで、肝心のお姉ちゃんは……」
「如何してお嬢様はこうなんですか!!」
「だってまだ苦かったんだもん!」
「だからと言って一夏さんに口移しで飲ませる事無いでしょうが!!!」
「油断してる一夏君が悪いんだよ!」
「……怒られてるね」
「……怒られてますね」
「おね~ちゃんがカンカンだ~!」
お姉ちゃんが虚さんの目の前で一夏にキスした事によって、虚さんは本気でお姉ちゃんに対して怒ってる……普段は怒りながらも加減している風な怒り方なのに対し、今はまったく加減が見られないのだ。
「一夏君、今日は油断し過ぎじゃない?」
「今さっきのは完全に油断してましたね……」
「へっへ~ん、一夏君の隙を突いてやったわよ!」
「胸張って威張る事じゃありません!!」
「はうわ!」
「うわぁ……」
「痛そう……」
「でも、自業自得なんですよね……」
一夏の隙を突いた事で威張ってたお姉ちゃんの後頭部に虚さんが渾身の力で振りぬいた紙束が襲い掛かった……お姉ちゃんのあんな悲鳴、初めて聞いたかもしれない……
「虚さん、それ重要書類じゃ……」
「それが何か?」
「何で部屋にあるんですか?」
「そう言えば……」
一夏が指摘して全員の時間が止まった……重要書類って事は簡単に見せてはいけないものだろうし、もし見たら政府から監視がつけられる可能性だってあるかも知れない……その事を理解して私たちはもの凄いスピードで回れ右をした……書類が視界に入らないようにしたのだ。
「まぁ、この情報が漏洩した場合の責任は、全て職員室にあるので良いですが」
「良くは無いと思いますよ」
「罰を受ければ生徒会に仕事を回す量も減るでしょうし」
「とりあえず職員室に持っていきましょう」
「今日は誰も居ませんし、明日で良いんじゃないですか?」
「それじゃあこれはしっかりと管理しておきましょう」
「はうわ!」
「……ほどほどにしてあげてください」
何があったのか私たちには見えなかったが、恐らく虚さんがもう1発お姉ちゃんを殴ったのだろう……管理しとくって言ってすぐお姉ちゃんを攻撃するのに使うなんて……本当にそれは重要書類なのだろうか?
「一夏く~ん、虚ちゃんが苛めるの~」
「苛めてません!」
「やれやれ……」
お姉ちゃんが泣きまねしながら一夏に抱きつこうとして虚さんに睨まれている……見なくてもその光景が目に浮かぶのは何故だろう……
「それじゃあ私はこれで……」
「ばいば~い!」
「また明日」
「一夏君、コーヒーご馳走様」
「ああ」
この空気に耐えられなくなってエイミィが部屋から退散した……私たちだって自分の部屋じゃなかったら退散したいよ……それくらい虚さんから凄まじい気配を感じるのだ。
「一夏さん!!」
「何ですか、虚さん」
エイミィを見送ってすぐに虚さんに怒鳴られた一夏……だが一夏はまったく動じず何時も通りの顔で虚さんを見ている……一夏くらいになると虚さんの放つプレッシャーくらいじゃ全然効かないのだろうか。
「何だかんだ言って一夏さんはお嬢様に甘過ぎです!」
「そうですかね?」
「そうですよ!今だってお嬢様が悪いのにそうやって甘やかして!!」
「甘やかす?……あっ、本当だ」
「えへへ、一夏く~ん」
無意識だったのだろうか。一夏はさっきからお姉ちゃんを抱き寄せて頭を撫でていたのだが、虚さんに指摘されて漸く気付いたように一夏は自分の右手を動かすのを止めた。
「え~、もっともっと~!」
「お嬢様は引っ込んでてください!!」
「ひゃう!」
「虚さん、そんなに怒ると美人が台無しですよ」
「ですが!」
「刀奈さんがこうなのは何時もの事です。それに一々本気で怒ってたら血管が幾つあっても足りませんよ」
「……一理ありますね」
「それで納得されるのも何か嫌ね……」
一夏の言い分はもっともだ。お姉ちゃんがする事なす事全部に本気で怒ってたら何時頭の血管が切れてもおかしく無い。
「ですが、一夏さんは良いんですか?」
「何がです?」
「いきなりキスされて、しかも苦手な甘いものを飲まされて気絶までしたのに……」
「まぁ、甘いものは勘弁願いたいですが……」
「じゃあ……!?」
「「「「「ああ!!」」」」」
「落ち着いてください」
「はい///」
何か言いかけてた虚さんを抱き寄せ、そのまま抱きしめた一夏……キスはしてないが何て羨ましいのだろう。
「刀奈さんがキスしてきたのにも驚きましたが、それ以上に虚さんの怒り具合の方がビックリしましたよ」
「だって、一夏さんはお嬢様に甘いんですもん」
「特別扱いをしてるつもりは、無いはずなんですがね……平等ってのは難しいですから」
「だったら、全員を甘やかすつもりで!」
「……それだと本音がベッタリになりそうですし」
「ほえ~?」
「……なら、お嬢様と本音は今より厳しく接するって事で」
「「嫌だ!!」」
「散々一夏さんに甘えてるでしょうが!」
「「でも嫌だ!!」」
一夏に甘えてる2人が声を揃えて虚さんの提案を否定しようとしている……虚さんだって結構一夏に甘えてる気がするのは、私の気のせいだろうか……
「はぁ、それじゃあ全員を甘やかせば良いんですか?でも、1日だけですよ」
「「「「「「本当!?」」」」」」
「前に決めたのは1回飛ばして、一緒に風呂にでも入れば良いでしょ?」
「「「「「「やった!」」」」」」
「やれやれ……今日は疲れる日だ」
一夏が何かボヤいてるが、私たちの耳にその事は入ってくるはずも無かった……一夏と一緒にお風呂に入れるのは3日に1回、それと同じ周期で一緒に寝られるのだが、それも認めてもらわなきゃね。
アジトに戻ってゆっくりしようと思ってたが、戻ってくるなりオータムが私に詰め寄ってきた。
「何処行ってたんだよ!」
「あら、逐一報告しなきゃいけなかったかしら?私の記憶では私が上司で貴女が部下、つまり報告する必要は無かったと思うのだけど」
「……出かけるなら一緒に行きたかったんだよ」
「あら、それは悪い事したわね」
「ふん!///」
気持ちでは怒りたかったのだろうが、オータムの顔は真っ赤だ。もし一夏に会いに行ってたと教えたらどんな顔をするのだろう。してくれるのだろう。
「でも貴女、今日は仕事じゃなかったかしら?」
「そんなモン、速攻で終わらしたに決まってるじゃねぇか」
「仕事熱心で関心するわね」
「……だってスコールが非番だって言うから出かけられると思ったんだもん」
「え?何か言ったかしら?」
「何でもねぇよ!」
「それで、何か情報は掴めた?」
「駄目だな……篠ノ乃束の居所なんて、そう簡単に分かるはずねぇっての」
「そうよね……世界中の人間が血眼になって探してるのだものね。私たち裏世界の人間が簡単に見つけられる相手では無いものね」
表舞台の人間が探しても見つけられないものを、裏世界しか探せない私たちが見つけるのは困難よね……潜入だってそう簡単に出来るものじゃ無いもの……
「あの餓鬼を使えば簡単なんだろうがな……」
「餓鬼って、織斑一夏の事?」
「アイツは篠ノ乃束のお気に入りなんだろ」
「そうね。唯一認めた男ってところかしら」
「あんな餓鬼の何処が良いんだ?」
「貴女には分からないわよ……レズの貴女じゃね」
「だからレズじゃねぇっての!」
「そうなの?」
「そうだよ!……私はただスコールが好きなだけで、他の女には興味ねぇからな」
「それは光栄ね」
オータムは俯き、顔を赤くさせながらもはっきりと言った。こんな身体の私を愛してくれるのはきっと数少ない人間だけだろう……その1人がきっとオータムだったのだろうな。
「でも、それってレズじゃ無いって言い切れないんじゃないかしら?」
「グッ……そんな事ねぇだろ」
「それじゃあオータムは男に興味あるのかしら?」
「強い男なら潰してぇがな!」
「……異性として興味あるか聞いたのだけど」
「ねぇな。あんなのに触られると思っただけで虫唾が走る」
「やっぱりレズなんじゃないの?」
「だからちげぇっての!」
「ふふ」
ついついオータムをからかってしまう……だって反応が可愛らしいのだもの。
「ん……ちゅ」
「んぁ……ん?」
「如何かしたのかしら?」
口付けをしたらオータムが不思議そうな顔をした……こんな事何時もならありえないのに、何か感じ取ったのかしら。
「スコール、私以外とキスしたのか?」
「何故そう思うの?」
「だって何時もより激しくない」
「あらら、オータムは激しくされたいドMだったわね。ゴメンなさい」
「ち、ちげぇからな!」
「ふふ、口ではそう言っても……こうやって」
「なぁぁ……」
「ほら、あっさり力が抜けてるわよ?」
「も、もっと……」
「この変態」
罵り、強めに口の中を蹂躙して誤魔化した。まだオータムには一夏に会ってた事を言うべきでは無いと感じたから。
「そう言えばオータムは任務失敗したのよね……お仕置きが必要ね」
「あぁ……」
「と言っても、貴女みたいな変態には、むしろご褒美かもね」
一夏が此方に来てくれたら、一緒にオータムを調教するのも面白いかもね……いや、オータムと一緒に躾けられるのも悪く無いかも……絶対に来てもらいたくなったわ。
書いてて酷いと思いましたが、あの2人の関係はあんなモンだろうと思ったのでそのまま投稿……気分が悪くなった人が居ましたらゴメンなさい。