黛先輩のお姉さんの勤めている場所は、此処から30分くらい移動したところにある。もちろん徒歩では無く電車を使ってだ。
「さぁ一夏君、行くわよ~!」
「……何で気合が入ってるんですか」
この時間、しかも上り車両と言えば大体想像つくでしょうが……いくら日曜だからと言って、全員が休みな訳では無いんですよ。
「まだかな~」
「子供ですか……」
「だって普段は車移動ばっかなんだも~ん」
「……そっちの方が安全だからでしょうが」
更識の当主としての自覚が無いのだろうか……無いんだろうな……当主の威厳ってものは、刀奈さんとは無縁のものだから。
「むぅ?」
「如何かしましたか?」
「今、何か失礼な事を考えて無かった?」
「気のせいでしょ」
さすがに鋭い……簪や本音もそうだが、自分が貶されてると言う事は何故だか察知出来るようで、その度に誤魔化さなければいけないのだ……まったく、普段はそんなに勘が鋭い訳でも無いのにな。
「そうなのかな……あっ、一夏君!」
「何です?」
「ほらほら、来たよ!」
「……やっぱり子供ですね」
ホームに入ってくる電車を見て喜んでいる。俺は刀奈さんの姿を見て苦笑いを堪えられなかった……そんなに楽しいものでは無いんですがね……特に男にとっては。
女尊男卑の世の中だ、こう言った公共の乗り物なんて怖くて男はなるべく乗りたがらないのだ。痴漢の疑いをかけられたらひとたまりも無い……今の世の中男の言う事より女の言った事が正しいと判断されるのだ、冤罪だって1つや2つじゃないだろうしな。
「さぁ行くわよ!」
「はいはい……」
まるでじゃじゃ馬姫に振り回されるお目付け役の気分だ……実際にそんな気分を体感したお目付け役が居るのか如何か知らないが。
「結構混んでるわね~」
「休日ですからね。まだマシなのでしょう」
「これで!?」
「……知らないんですか?」
中学の時は最悪電車を使って通ってたからな……遅刻ギリギリの生徒で溢れかえっている車両に乗ろうものなら1日中気分が晴れない事だってあるのだ……あまりにも化粧品臭くて。
「ちょっと、苦しい……」
「ハァ……」
まだ余裕があると言っても、それは最悪の状況から見ればの事で、今だって十分人が多い状況なのだ……ついさっきまで浮かれていた刀奈さんもさすがに現実に打ちのめされ、そして実際に潰されかけている……
「こっち!」
「えっ……きゃ!」
隙間に刀奈さんを引っ張り込み自分自身を壁にする……これで少しはマシなはずだ……刀奈さんだけは……
「一夏君、大丈夫?」
「えぇ……まぁ……」
人1人の圧力じゃないだろ、これ……背後を振り返られないので何とも言えないが、少なくとも2人以上の圧力が俺の背中にかかっている……そんなに人多い感じでは無かったはずだが……
「何あれ……」
「如何かしたんですか?」
「こんなに人が居るのに優雅に歩いてる」
「誰がです?」
「女の人が」
「あぁ……」
つまり痴漢の疑いをかけられたく無いから退いてるって事か……だがもう少し退き方を考えてほしいぞ……
「そこの男」
「………」
「貴方よ貴方!」
「……?」
背中にかかる圧力に耐えながら何とか自分を指差す……
「そうよ、そこの貴方」
「何か?」
今はまともに相手してる暇なんて無いんですが……いかにもな女が人ごみを掻き分け(掃き分け?)俺に話しかけてきた。
「随分と立派な心掛けね」
「何がです?」
「女性を守る楯にくらいしかなりませんものね、今の男は」
「ムッ!」
「………」
女性の言葉に刀奈さんが反応する。俺は無言で首を振り気にする必要は無いと刀奈さんに伝えた……こんな女相手に刀奈さんが怒る必要はありません。
「精々捨てられないようにするのね」
「ご忠告どうも。ですが、このような状況になってるのは貴女の所為なのですが?」
「はぁ?」
「貴女が周りの迷惑も考えずにズカズカと歩くから皆が退いてるんでしょうが」
「女の私に逆らうって言うの?」
「別に女だからって無条件で偉い、って訳でも無いんですから」
「ISも使えないくせに偉そうに!」
「使えますよ」
「は?」
俺の言葉に馬鹿みたいに口をあけている女性……あまりにも滑稽で思わず笑いそうになったが笑うとまた面倒な事になりかねないのでポーカーフェイスでやり過ごす……出来てるかは微妙だがな。
「貴女が偉そうにISの事を自慢する前に言っておきますが、俺は世界で唯一の男性IS操縦者の織斑一夏です」
「しょ、証拠は!」
「証拠?」
「貴方がISを動かせるって証拠よ!」
「須佐乃男はまだ寝てるし……仕方ないですね」
電車の中で携帯を使うのはマナー違反だが、今回は見逃してくれるよな……
「何処に電話を掛けてるんです!?」
「そうですね……世界の生みの親とでも言いましょうか」
「は?」
もちろん神でもなければ仏でも無い。正真正銘の人間だが、今の世界の生みの親なんだから嘘は言っていない。
『もすもすひねもす~?』
「朝早くにすみません」
『良いよ~、愛しいいっくんからだからね~』
「どうせ覗いてたんでしょ?」
『あはは~』
「事情説明頼みます」
『報酬は~?』
「……例の件を見逃すって事で」
『な、何の事かな~?』
「今すぐ全てを破壊しても良いんですよ?」
『了解!』
「では……」
俺は無言で女性に携帯を手渡す……ISを動かせる証明にはならないかもしれないが、それ以上に効果があるだろうからな。
「誰です、貴女?」
『はぁ?私を知らないのかよ、無知だな』
「何様のつもり!」
『束様だよ、クズが』
「束?……篠ノ乃束!?」
『お前がいっくんを馬鹿にした愚か者か』
「い、いっくん?」
束さん以外に呼ばれると虫唾が走るな……多分分からないから繰り返したんだろうけど、出来る事なら言われたく無かった。
『そこに居る男の子は束様が唯一認めた男、ちーちゃんの弟にして私の旦那様だ!』
「違いますよ、束さん?」
『ヒィ!?』
如何せ衛星か何かを使って今も見てるんだろうからそっちに向けて微笑む……誰が貴女の旦那ですか。
「貴女が本物の篠ノ乃束だって言う証拠があるんですか!」
あっ、自棄になってきてるなあの女……証拠だなんて言い出したら何するか分かんねぇぞ。
『お前みたいなクズに付き合ってる暇なんて無いんだけど、いっくんの頼みだし仕方ないな……今からお前を狙撃する』
「は?」
『3……2……1……0』
「!?」
「やれやれ……」
女性に向けて飛んできた礫を受け止める……一般人相手に容赦無いなまったく……
「あ、危ないじゃない!」
『これで信じた?』
「顔見せなさいよ!」
『はぁ?何でお前みたいなクズに顔見せなきゃいけないんだよ。私はいっくんとちーちゃんと箒ちゃん以外と顔合わせるつもりなんて無いんだよ。分かったらとっとといっくんに謝って早急に死ね!』
「束さん、言い過ぎです……」
耳に当てて無くても聞こえるあの声……顔は兎も角束さんの声は世界的に有名だからな、恐らくこの女も電話の相手が篠ノ乃束だと言う事を理解してるだろう。
『お前みたいなクズがISなんて使える分けないね。これは断言出来る』
「な……」
『束さんの作った子がお前みたいなクズに反応する訳無いもんね』
「クッ!」
「おい、それ俺の携帯……」
怒りに身を任せ携帯を叩きつけようとした女から携帯を回収する。何言ってるのか丸聞こえだからこの女の気持ちも分からないではないが、せめて自分のものを叩きつけろ。
『じゃあね、いっくん』
「あまり煽らないでくださいよ……」
『だって女だってだけで威張りくさってるクズに、いっくんが馬鹿にされたんだよ!』
「はいはい、お疲れ様です」
『えっ、ちょっといっくん!?』
まだ何か言いたそうな束さんだったが、俺はこれ以上面倒にしたく無いので電話を切った。
「まだ信じられないなら、今度は織斑千冬にでも掛けましょうか?」
「結構よ!」
「あっそ」
丁度駅に着いたので、その女は怒りながら電車から降りていく……降りた途端に何かがぶつかったらしくその場に蹲った……束さん、やり過ぎですよ。
「一夏君、大丈夫!?」
「別に殴られた訳でも刺された訳でもありませんよ」
騒動が終わるまで黙ってた刀奈さんが血相変えて飛びついてきた……人目を気にしてくださいよ、まったく。
「女だからって無条件で偉い訳じゃ無いのに!」
「それ、さっき俺が言いました」
「そうだっけ?」
「はい」
完全に視野狭窄を起こしており、周りに人が居る事を忘れている……これが非道な行動なら傍若無人とでも表現出来るのだが、刀奈さんはただ俺の事を心配してくれてるだけだからな。
「でも、女の人に逆らうなんて危ないマネはもうしないでね」
「向こうから絡んできたんですが……」
俺から逆らうなんて面倒な事なんてする訳無いでしょうが……今回だって絡まれなきゃ無視したんですから。
「いくら一夏君が正しかったって、警察はあの人の方を信じたかもしれないんだよ!?」
「だったらこっちも切り札を切れば良い」
「切り札?」
「政府なんて恐れるに足らずって事を証明すれば良いんですよ……国土の半分くらいが消滅すれば分かるでしょう、自分が何に逆らったのか、何をしたのかが……」
「一夏君って本当にやるから怖いわよね……」
「一応冗談だったんですが?」
「何処が?」
「半壊ですかね」
「そう、良かった」
「半分壊すより全部壊した方が楽ですから」
「そっち!?」
「束さんと千冬姉も協力してくれるでしょうしね」
「……本当に恐ろしいわよ」
国家権力だか知らんが、こっちはそんなものに脅えるような軟弱じゃ無いんだよ。自分の地位を笠に偉ぶってる女は大嫌いだ……これは女に限った事では無いがな。
「さて、そろそろ離れてください」
「嫌よ」
「周りに人が居るんですから」
「へ?」
「此処、電車の中ですよ?」
「あっ!」
刀奈さんは漸く此処が電車の中、公共の場所だと言う事を思い出したようだ……慌てて飛び退いて顔を赤くしている。
「もうすぐ着きますよ」
「あぅ……恥ずかしい」
「普段から冷静を心掛けないからこう言った時に慌てるんですよ」
「ゴメンなさい……」
「別に謝らなくても……」
俯いてしまった刀奈さんを見て、電車から降りて人目が無いところで慰めてあげようと決心した。さすがに今此処では出来ないからな……
電車を降りて一夏君に誠意ある慰めをしてもらって私は完全に復活した。まだ時間は早いけど、さすがに色々と店も開いてきてるし、これで遊べるわね!
「さぁ一夏君、何処に行こうかしら!」
「途端に元気になりましたね……」
「あったりまえよ!」
「やれやれ……少し待っててくださ」
「ほ?」
一夏君が急に駆け出して何処かに行ってしまった……彼女置いていって何処に行くのよ!
と憤慨しかかったが、一夏君は横断歩道で立ち往生してたお婆さんを助けに行っただけだったのだ。
「大丈夫ですか?」
「すまんねぇ、助かったよ」
「いえいえ」
「今の世の中、見てみぬフリする人が多くてねぇ」
「困った時はお互い様です。気をつけてくださいね、おばあちゃん」
「ありがとねぇ」
一夏君はお婆さんに手を振りこっちに戻ってきた。
「すみません、お待たせしました」
「さすが一夏君、優しいわね」
「偉ぶってない人なら助けますよ」
「一夏君、まだ怒ってるの?」
さっきの勘違い女の所為で、一夏君は若干虫の居所が悪い気がする……
「怒ってはいませんが、少し暴れたい気分なのは否定しません」
「それじゃあ何処かでストレス発散と行きましょうか!」
「何処かって?」
「そうね~……とりあえずあそこかしら」
そう言って私はゲームセンターを指差す……24時間営業らしくこんな朝早くからでも開いている。
「ゲーセンですか」
「一夏君は入った事あるの?」
恥ずかしながら私はゲームセンターに入った事が無い。昔から虚ちゃんや家の人に監視されてたし、高校に入ってからはそんな余裕無かったし。
「中学の友人と何度か。最近もソイツらと入りましたね」
「だったら案内してよね♪」
「案内するような場所でも無いんですが」
「良いから、行こ?」
「分かりました」
手を差し出して一夏君にエスコートしてもらう……ゲームセンターなんて初めてだけど、一夏君と一緒ならきっと楽しいわよね。
ゲーセンに入ってからと言うもの、刀奈さんは見るもの全てに反応している。
「一夏君、このハンドルは何?」
「それはレースゲームの筐体です」
「じゃあこっちの銃は?」
「それはシューティングゲームの筐体です」
「じゃあこの太鼓は?」
「それは音楽ゲームの筐体です」
普段ゲームをしない刀奈さんは見るもの全てがきっと新鮮なのだろう……無邪気にはしゃいでいる姿を見て、俺はつい頬が緩んでしまった。
「一夏君、何だかお父さんみたいな顔してる」
「お母さんの次はお父さんですか……」
「一夏君って雌雄同体なの?」
「気色悪い事言わんでください」
想像しただけで怖気が……
「あっ、このウサギ可愛い……」
「ウサギ?」
ゲーセンにウサギなんて居たか?刀奈さんが見ている方向に目を向けると、そこにはクレーンゲームがあった……ぬいぐるみか何かか?
「一夏君、これほしい!」
「やってみますか?」
「うん!」
よっぽど気に入ったのだろう……刀奈さんはもの凄いやる気でクレーンゲームに挑もうとした……したのだが――
「一夏君、これって如何やって動かすの?」
「……お金を入れないと動きません」
――まずそこから説明しなければいけないようだった。
一夏君に教わって頑張ったのだが、やっぱり簡単に取れる訳無かった……もう1回挑戦したいけど、私じゃ何回やっても取れないでしょうね。
「一夏君はこのゲーム得意なの?」
「得意って訳では無いですが……」
「じゃあさ、やってみてよ!」
「あまり際限無くやると浪費しますからね」
「じゃあ、千円までね」
「500円で6回ですし、それで良いでしょう」
100円で1回だが500円を入れるとボーナスで6回出来るみたい。一夏君は千円を両替して500円2枚を持ってゲームを始める。1個でも取れれば良いな~。
「頑張って、一夏君!」
「やれやれ……」
500円で6回、それを2回やれば計12回クレーンを動かせるらしい……私じゃそれだけやってもこんなには取れなかっただろうな。
「大量ね……」
「むしろ大漁かと……」
私の手にはクレーンで取ったウサギの入った袋が握られている……その袋の中には大量のウサギが居る。
「まさか此処まで上手くいくとは……」
「全部で16羽のウサギ……一夏君、あのゲーム得意なの?」
「得意では無いはずだったんですが……今日は調子が良かったです」
「まとめて取っちゃうんだもんね」
ゲームセンターの店員さんも真っ青になってたし……
「帰ったら虚ちゃんたちにも分けてあげましょっと」
「さすがに独り占めはしませんよね、それだけあれば」
「可愛いけどね」
1羽のウサギを取り出して眺める……てか、ぬいぐるみでもウサギは羽って数えるのかしら?
「如何かしましたか?」
「うんん、可愛いな~って思って」
「確かに可愛いですよね」
「あれ?一夏君もほしいのかな~」
「まぁ1体くらいは」
「それじゃあ屋敷に帰ったら山分けね」
「今日は日曜ですよ?インタビューが終わったら学園に戻らないと怒られます」
「そんなに遅くならないと思うけど?」
屋敷に戻るくらいの時間はあると思うけど……一夏君って意外と心配性なのよね。
「ねぇ、もう1回やらない?」
「まだほしいんですか?」
「だって色々種類があるし、ほしい子が皆違うかも知れないでしょ?」
「……つまりもう千円使えと?」
「ファイト!」
「……ハァ」
もう千円を両替して挑戦する一夏君……店員さんもやらないでほしいとは言えないからね。
「一夏君、その子がほしい!」
「さっきも取りましたよね?」
「多分簪ちゃんも同じだと思うから」
「……2体以上取ったよな?」
一夏君は不満を言いながらも着実にウサギをゲットしていく……もう店員さんも笑うしかなくなってしまったようだ。
「次はこの子!」
「はいはい……」
結局合計で24回クレーンを動かし、計35羽のウサギのぬいぐるみをゲットしたのだ。最初の千円で16羽だから、次の千円で19羽も取ったのね。
「これだけあればほしいのが被らなくって済みそうね♪」
「そうですね……」
一夏君ですら呆れている……店員さんは笑うを通り越して泣き笑いしてるし……多分売り上げ計算を頭の中でしてるんだろうな。
「そろそろ移動しましょうか」
「まだクレーンゲームしかしてないわよ?」
「どれだけ被害を与えれば気が済むんですか……」
「次はクレーン以外をやれば良いんでしょ?」
「じゃあこのシューティングゲームでもやりますか?」
「1回50円、2人プレイの場合は100円だって」
「じゃあ構えてください」
「よ~し、やるわよ~!」
普段からISでも遠距離武器は使わない私と一夏君だが、別に苦手って訳では無いのだ。迫り来る敵を的確に打ち抜いていき、危なげなく最後の敵も倒した……ちなみに難易度は最高だったりする……また店員さんが泣いてるよ……
「如何やら私たちってこのお店にとってありがたく無い客のようね」
「今更気付いたんですか……」
如何やらこのシューティングゲームも何回もコンティニューしてやっとクリア出来るものらしく、最高難度を1回もミスする事無くクリア出来るなんてありえない事だったらしいのだ。でも、ゲームセンターって面白い場所ね、今度皆で来ようかしら?
「出来れば他の場所にしてあげてください」
「何言ってるの。当然一夏君も一緒だからね?」
「……つまりは集団デートでゲーセンに?」
「一夏君が一緒なら楽しめるでしょ?」
「……店側の心理に立つと、絶対に来てほしく無い客でしょうがね」
一夏君は背後で棒泣きしてる店員さんに頭を下げてゲームセンターから出て行く……まだ時間もあるし、次は何処に行こうかしら。
皆さんはぽてうさろっぴーと言うウサギをご存知ですか?結構可愛くて、自分もかなり持ってます……まぁ半分以上は人にあげましたが。