HRが終わり、そのまま1時間目、つまりテストが始まった。昨日一夏君が提案した勉強会に参加した子たちは何処か不安と安心の2つが綯い交ぜになった顔をしている……布仏さんに関してはこれで人生が決まるって感じまでしている。
「(そう言えば、このテストで65点以上取らないとお菓子禁止だって言ってたっけ)」
1学期の成績が絶望的だったのだろうか、一夏君と布仏先輩に怒られてそうなったとの噂が流れてたのを思い出して、私は今の布仏さんの表情に納得した。
「(同じ理由で須佐乃男もお菓子が懸かってるとか聞いたな……)」
須佐乃男の表情は此処からでは確認出来ないけど、恐らくは布仏さんと似たような表情をしてるのだろう……一夏君に言われたらやるしか無いもんね。
「(多分64点以下だったら本当にお菓子禁止にしそうだもんね、一夏君は)」
単なる脅しでそう言う事を言う人は多いだろうが、一夏君なら本気でやりかねない……てか、絶対にやるだろう。
「(せめて70点は取れるように祈ってあげよう)」
クラスメイトとして、そして友達として2人のお菓子人生が続くように心の中で祈る事にした。
問題が配られて、私は思わず声を出しそうになった……問題の殆どが一夏様の作った模擬テストと同じで、しかも選択肢付き……これなら目標達成も難しくありませんね。
「始め!」
千冬様の合図で一斉に問題を解き始める……この席は他が見えにくいので分かりませんが、恐らくは本音様もマドカさんも笑みを浮かべてる事でしょう。
「(一夏様、もしかして問題を知ってたのでしょうか?)」
あまりにも似ている問題、選択肢ではなく言葉で覚えろと言われたため、選択肢からその言葉を捜すのにも苦労はしませんでした。
「(これはこっちでこれがあっちですね)」
1回もペンが止まる事無く、私は全ての問題を解き終えて最終確認をしました。何個か分からなかったものもありましたが、これなら目標の65点以上は確実に取れると思います。
「(もし一夏様に教わってなかったらと思うと……ゾッとしますね)」
恐らくはまだ半分も解けてなく、しかもその答えも自信無くとりあえず埋めようとテキトーに書いた答えだったでしょうね……IS学園に留年はありませんが、もしかしたら私と本音様はIS学園始まって以来の留年になってたかも知れないくらいの成績だって前に千冬様が話してるのを聞いたと言う話を聞いた事があると本音様が言ってましたし……それくらい私たちの成績は絶望的だったのでしょう。
「(ですが、1学期の殆どの授業を受けてない私と、ほぼ毎日授業に参加していた本音様とでは、問題の大きさが違うと思うのですが……)」
私が授業に参加するようになったのは臨海学校の後からで、あの時のテストでは殆ど授業を受けてない状況だったのです。にもかかわらず、私の成績はその事を考慮されずにつけられてました……抗議しようにも相手が千冬様だったので泣き寝入りするしか無かったのですがね。
「(私が見える範囲で、一夏様と鷹月さんは既に終わってる様子……シャルさんも終わってるみたいですね。その他にも昨日の勉強会に参加した皆さんは順調に解けている様子ですし、本音様もペンを動かす手がスムーズに動いてますね)」
まだ終了まで10分以上残ってますし、本音様もそろそろ終わる頃でしょう。答案が返されるのは、全クラスがテストを受け終えた翌日、つまり明後日になるのですが、自己採点と言う方法で私たちは答案が戻ってくる前に運命が決まるのです……多分大丈夫だとは思うのですが、もう1回見直しておきましょう。
隣に座ってる織斑君は、開始5分経たずに全部解き終えたようで腕組みして目を瞑っている。見なくても最近は織斑君が何をしているのか分かるようになったのだ。
「(それに、あからさまに見なくても横目で見えるしね)」
カンニング疑惑を掛けられるのも嫌なので、横目でチラッと見る程度しか今は出来ないが、それでも織斑君は大きいので良く見える。
「(ただ、何となく怒ってる感じがするのは何でだろう?)」
朝、織斑先生が来てから何となく雰囲気が変わったように感じるのは私の気のせいなのだろうか……その前からデュノアさんやオルコットさんたちが織斑君の機嫌を損ねてるのに、更に織斑先生は何かやらかしたのだろうか?
「(気になるけど、今は見直しして問題が無いか確かめないと!)」
昨日織斑君の作った模擬テストを散々解いたおかげで、今日のテストはそんなに苦戦する事無く解けたのだが、ちゃんと見直さないと小さなミスがあるかもしれないしね。
「(あれ?)」
見直しをしていたら織斑君とは逆の席から視線を感じた……そんなあからさまにこっちを見て平気なのだろうか……
「篠ノ乃、何処を見ている」
「い、いえ!何も……」
「なら不審な動きはするな、紛らわしい」
「スミマセン!」
あっ、やっぱり怒られてる……私のもう一方の隣、つまり篠ノ乃さんがこっちをジッと見ていたのだ。何か気になる事でもあったのかな?
「残り5分、終わってないものは急げ。終わったものも最終確認をしておけ。名前を書き忘れて無効にならないようにな」
織斑先生の言葉に、焦った人も何人か居るようだ。今まで以上にペンを走らせる音が早く、大きくなってきている。
「(普段なら私もその1人だったんだよね)」
昨日鷹月さんに勉強会に誘われなかったらきっとそうなっていたのだろう……鷹月さんだってクラス2位の猛者だし、学年でも10位以内の頭脳の持ち主なのだ。それに加えて学年1位の織斑君と学年2位の更識さんまで勉強会の講師役として参加してくれてたのだ。これに参加して赤点を取るなら、多分他の先生でも成績を上げる事は不可能だと思われるくらいのレベルの高さだった。
「(鷹月さんの発案なのかな?)」
クラスに参加するか如何か確認してたのは鷹月さんだし……でも、模擬テストを作ったのは織斑君だし、結局講師をやってたのは更識さんだし……いったい誰が発案者なんだろう?
「(後で織斑君に聞いてみようかな)」
話しかけても無視されないよね……一昨日は話しかけた事に気付いてもらえなかったけど、もう大丈夫だよね。
残り5分……普段の私なら1つでも正解出来るようにテキトーに空欄を埋めている時間だが、今日の私は何時もの私とは違うのだ~!
「(今日は既に全部埋まってるし、何回も見直しもした。これならおやつも安泰なのだ~)」
昨日散々おりむ~に教わったところが殆ど今日のテストに出ているのだ。これはおりむ~に感謝してもし足りないくらいの気持ちだよ~。
「(後でキスでもしてあげようかな~)」
多分嫌がられるだろうが、それくらいしても良い気分なのだ~……てか、私は何時でも何処でもしたいんだけどね~。
「(名前もちゃんと書いてあるし、後はする事は無いかな~)」
普段出来ない周りを見るという行為をしてみる……一箇所をジッと見ていたらシノノンみたいに織斑先生に怒られるので、素早く見回す程度で確認をした。
まだ終わってなくて焦ってる人、山勘でも良いので空欄を埋めるために必死になってる人、既に終わっていて最終確認をしてる人……色々な行動が見れたけど、おりむ~みたいに微動だにしない人は他には居なかった……やっぱりおりむ~は別格なのだろうな~。
「残り1分、悪あがきしてるものは最後まで諦めるなよ」
教師が悪あがきって……でも、そんな表現をしてても諦めるなと言ってくれるあたり、織斑先生の優しさなんだろうな~。
「(あっ、おりむ~が怒ってる……)」
微動だにしなかったおりむ~だが、終わりが近づいて我慢してたものが漏れ始めている……朝、やたら疲れてた感じがしてたけど、織斑先生が原因だったっけ……おりむ~、せめて皆の前で怒るのは止めてあげてね。
終了の合図があり、後ろから答案を回されてくる……一番前の俺は最後に教師に、つまり織斑先生に集めた答案を渡さなければいけないのだが、今近づいたら思わず殴ってしまいそうだ……あの人は好意で教えたのかもしれないが、その好意が迷惑好意だとしてもだ……ちなみに誤字では無い。
「(迷惑『行為』で俺にとっては迷惑な『好意』でもあったのだから……)」
ISの武装を生身で使える人間など、俺の知る限りでは織斑先生だけだった……だけだったのだが、その人が他人に使い方を教えているとは思っても見なかったのだ。
「織斑兄、後はお前のところだけだぞ?」
「あぁ、スミマセン……」
思わず言葉遣いが崩れそうになったが、何とか踏みとどまった……たぶんこの人は俺が考えてる事など分かってないだろうし、そもそも怒られるとも思って無いだろう。
「(善意だったにせよ、もうちょっと考えて教えろよな……)」
榊原先生も含めて説教したいから、昼休みになるまで我慢するが、これ以上近くにこの人が居ると何処まで我慢出来るか分からない……てか、今すぐに殴りたい……
「(教師である織斑先生を殴るのはさすがにマズイよな……せめて周りに人が居なければ義姉である千冬姉として扱えるのに……)」
集めた答案を確認して、織斑先生は教室から出て行こうとしている。
「織斑先生」
「何だ、織斑兄?」
「後でお話がありますので、昼休みに榊原先生と一緒に部活棟に来てくれませんか?」
「榊原先生と?」
「ええ、内密に処理しましたが、学園に知られたらマズイ事ですから」
職員室で話して万が一他所に漏れたら職を失う可能性もある……自業自得なのだがそれは可哀想なので部活棟で説教する事にしたのだ。
ちなみにアリーナの監視カメラのデータは故障していて残って無いと言う事にしてある。
「(朝早い時間で助かった……)」
どうせハッキングしてると思ってたので、束さんに協力してもらってあの現場の映像は無かった事にしたのだ。
「何かあったのか?」
「ご自分で榊原先生に確認してください」
「今回は何もしてないと思うんだが……」
怒られる事に心当たりが無いと言わんばかりに首を捻りながら教室から出て行く織斑先生、やはり善意だったのだろうな……だが、それが原因でこっちは朝からエライ目にあったんだぞ。
今年からクラス毎に問題が違うため、問題用紙は回収されなくなったらしい……だから私たちは問題用紙に自分の答えを書き、それを使ってお兄ちゃんに採点してもらう事になってるのだ。選択肢も問題用紙にあるし、お兄ちゃんは全問答えが分かってるしね。
「終わったばっかに結果が分かるのって嫌だな~」
「でも、先延ばしも嫌ですよ」
「今終わったのに結果がもう分かる方が嫌だよ」
お兄ちゃんがそれぞれに問題用紙に書かれた答案を見て採点している、その間私たちは解放された安堵感と、採点結果待つドキドキの2つの感情を持て余し、何をする事も無くその場でおしゃべりに興じていた。
「でも、おりむ~のおかげで自信あるよ~!」
「私もです」
「お兄ちゃんの作ったのが殆ど出てたからね」
今日のテストの問題の実に8割はお兄ちゃんが作ったテストと同じだったのだ。残り2割もお兄ちゃんからもらった出るかもしれないプリントに書いてあったものだったし、つまり問題の全てはお兄ちゃんから事前に教わったものだったので、特に戸惑う事無く問題を解くことが出来たのだ。
「おりむ~、如何したの?」
「何か問題でもありましたか?」
「何か難しい顔してるよ?」
採点が終わったのに、お兄ちゃんは難しい顔をしている……そんなに結果が良くなかったのかな?
「ん?……何か言ったか?」
「難しい顔して如何したのって?」
「ああ、お前たちには関係無い事でな……採点結果は問題無いから安心しろ」
そう言って採点された問題用紙を返され、私たちは互いに目を見張った……
「本音が90点取ってる……」
「マドマドと須佐乃男が100点!?」
「満足行く結果ですね」
目標は65点だった本音と須佐乃男は、その目標を簡単にクリアしており、しかも須佐乃男にいたっては満点だった。
「まぁ、今回は簡単だったしな」
「あれで簡単だって言えるのは一夏君だけだよ」
「何だよ静寂、お前だって簡単だっただろ?」
「一夏君ほどじゃないと思うけどね」
「何だよそれ?」
お兄ちゃんは開始5分経たずに終わらせてたからね……問題数はかなりあるのに、どれだけ速いのよ……
「私のも採点してくれる?」
「別に良いぞ」
お兄ちゃんは鷹月さんから問題用紙を受け取り、軽く見ただけですぐに返した……やっぱり出来る人同士は採点も楽なのだろうな。
「問題無し、全部正解だ」
「ありがと」
お兄ちゃんはそう言った後虚空を見つめて首を振った……まだ何か問題があるのだろうか?
「あの……」
「「「?」」」
何か聞こえたような……良く見れば本音も須佐乃男も何か聞こえたようだけど、それが何か分からずに周りを見ている。
「日下部さん、何か用事?」
「「「あっ」」」
お兄ちゃんが口にした名前で、私たちは声の主がお兄ちゃんの席の隣の日下部さんだって事に気が付いた……声が小さくて影が薄いから気付き難いんだよね。
「私も……」
「ん?……ああ、良いよ」
「「「?」」」
何を頼もうとしたのか私たちには分からなかったけど、お兄ちゃんには分かったみたいで、お兄ちゃんは日下部さんに手を伸ばしている。
「お願い……」
「ふむ……」
「「「ああ、なるほど」」」
採点をお願いしたのか……本音も須佐乃男も同時に納得したようで、私たちは声を揃えて頷いた。
「日下部さんも昨日参加してたんだし大丈夫だよ」
「だと良いんですが……」
鷹月さんが話しかけて日下部さんが緊張してるように見えた……日下部さんってもしかして人見知りなのかな?
「はい、終わった」
「ありがとう……」
「どういたしまして」
お兄ちゃんから返された問題用紙を、私たちは覗きこんだ。
「良かったね~」
「日下部さんも満点ですね」
「お兄ちゃんのおかげだね!」
「……はい!」
日下部さんは嬉しそうに笑ってた……あの笑顔が普段から出来れば、きっと友達だって沢山出来るだろうし、彼氏だって作るのに苦労しないんだろうな。
「ありがとうございます!」
「お礼を言われるような事はしてないが……昨日は殆ど本音に付きっ切りだったし」
「えへへ~」
「……褒めてないぞ」
「ほえ!?」
「でも、この結果は織斑君のおかげです」
「俺もあそこまで的中するとは思って無かった」
「お兄ちゃん、問題知ってたんじゃないの?」
だからあそこまで的中させる事が出来たんだと思ってたんだけど……
「事前に問題を如何やって知るって言うんだ。問題漏洩が原因で今年から管理が更に厳重になったって言ってたんだぞ?」
「お兄ちゃんならそれくらい破れるでしょ?」
「破れたとしても破らない」
それもそうか……知ってたらそれこそそのまんま作るよね……お兄ちゃんは面倒くさがりだから。
「あれは偶々だ」
「偶々にしてはもの凄い的中率よね」
「静寂まで疑ってるのか?」
「ううん、凄い勘だな~って」
「あの!」
「「ん?」」
日下部さんが大きな声を出して、それにお兄ちゃんと鷹月さんが同時に反応した……何か長年付き添った夫婦みたいだな~……
「わ、私も!」
「うん」
「何?」
「私も織斑君の勘は凄いと思います!」
「「………」」
「あ、あの?」
多分日下部さんは勇気を振り絞って今の言葉を紡いだのだろう。でもお兄ちゃんも鷹月さんも何の反応も無く黙ってるので日下部さんはワタワタと慌てている。
「私、何か変な事言いましたか?」
「「……プッ」」
「へ?」
自分に何か落ち度があったと思っていた日下部さんは、同時に噴出したお兄ちゃんと鷹月さんを見て固まってしまった。
「一夏君、もうちょっと我慢出来なかったの?」
「静寂こそ、思いっきり噴出してるじゃないか」
「え、あの、その……」
状況を理解出来ない日下部さんがまたワタワタしている……何か可愛いな~。
「ゴメンゴメン、日下部さんは何も悪く無いから安心して」
「一夏君に話しかけるのに勇気が必要だったんだよね?」
「え……はい……」
「そんなに緊張する相手でも無いのに」
「何気に酷いな」
「あら、ゴメンなさい?」
「疑問系で謝るなよ……」
お兄ちゃんと鷹月さんは笑いながら話を続けている。でも、イマイチ状況を理解仕しきれていない日下部さんはポカンと口を開けている……やっぱり可愛いな。
「俺に話しかけるのに遠慮する必要は無いよ。日下部さんは友達だしな」
「あら、友達判定してるのね」
「何か問題でも?」
「いいえ、別に~」
「何か引っかかるな……」
イマイチ腑に落ちないと言わんばかりに鷹月さんを見るお兄ちゃん。その視線を無いものとしている鷹月さん。そしてそのやり取りをただ見ているだけの日下部さん。
「おりむ~は雰囲気が怖いんだよ~」
「そうですね、一夏様は何となく怖いんですよ」
「何となくってなぁ……」
「何か考えてたの?」
「今朝の……いや、何でも無い」
「?」
お兄ちゃんが言い淀んだのに首を傾げた鷹月さんだが、あの事は簡単に言う訳には行かないものね……たとえ相手が気に入らないアイツだったとしても。
次回は説教です