強制的に一夏様を寝かせ、私たちは残っている準備を終わらせるためにそれぞれの担当場所に移動した。飾りつけを殆ど終わっているのですが、料理の準備などはまったくの手付かずなのです。
「料理の担当って誰だっけ?」
「本音と碧さんと私」
「それじゃあ急いで準備しちゃって」
「わかった~」
「こっちの準備は私とマドカちゃんで終わらせるから、須佐乃男は飲み物を調達してきて」
「了解しました」
購買にあるモノで良いのでしょうか?
「皆さんのご希望は?」
「あるモノをテキトーに買ってきてくれて大丈夫だよ。でも、お酒は駄目だからね」
「私じゃ買えませんし、そもそも扱ってるんですか?」
此処は学園の寮で、購買もそれに違わず学生向けのモノを取り扱ってるはずなのですが……
「織斑先生がね……」
「ああ、なるほど……」
「でも、最近は飲んでないみたいだから、在庫は無いかもね」
「買いませんよ?」
楯無様が意味ありげにつぶやいたセリフに、私は念押しの意味も込めて改めて買わないと主張しました。もしお酒を飲んだりしたら、此処に居る全員意識を保てる自信の無い人たちですし、一夏様に迷惑を賭ける事にしかなりませんし……そう言えばマドカさんはお酒飲めるのでしょうか?
「それでは行ってきます」
「お願いね~」
「お嬢様、それはそっちですよ」
「ありゃ」
部屋の飾りつけは任せても大丈夫でしょうし、料理も本音様も碧さんもお上手ですし、簪様も平均以上の腕前ですので、何も心配無いでしょう。それに、何かあっても虚様が止めてくださるでしょうし、私が心配する事でも無いですね。
本音と碧さんと一緒に料理をする事になったんだけど、はっきり言って私って必要なんだろうか……本音は私たち5人の中で1番料理上手だし、碧さんはその本音以上の腕前だってお姉ちゃんが言ってたし……私、いらないんじゃないかな。
「ほえ?かんちゃん、如何したの~?」
「少し顔色が良くないですね」
「ううん、何でも無いよ」
「本当~?」
「何か悩みがあるのなら聞きますよ」
「大丈夫、そう言うのじゃないから……」
顔に出てたのか……本音がそれを目ざとく指摘し、碧さんも私の顔色が良くない事に気がついた。2人とも何処か抜けてはいるが、洞察力は優れているので誤魔化すのは無理だろうな……
「ただ、私って此処に居る意味あるのかな~って思っただけだから」
誤魔化す労力を考えると、此処は素直に白状したほうが良いだろう……下手に誤魔化して墓穴を掘るなんて事になったら2人にも迷惑掛けちゃうからね。
「かんちゃんが此処に居る意味?」
「うん……だって2人とも一夏程では無いにしても料理上手でしょ?だから、平均くらいの腕前の私が居ても邪魔なんじゃないかなってさ……」
「そんな事無いですよ。簪様は十分戦力になりますよ」
「そうだよ~。おね~ちゃんよりはよっぽど頼りになると思うよ~」
「それ、虚さんに失礼じゃない?」
「だって事実だも~ん!」
それでも失礼には変わらないよ……本音はここぞとばかりに虚さんの事を下に見た発言をする。普段は怒られてばっかなので、唯一と言ってもいい自分が姉より優れている分野である料理の話になると、本音は強気になるのだ。
「虚様も一夏さんに習ってから上達したようですが」
「それでもかんちゃんの方が上手だよ~」
「私も一夏に習ってるからね」
一夏の暇な時間に(結構無理矢理時間を作ってもらってるのだが)、私と虚さんは料理を教えてもらっている。始めは壊滅的に料理下手だった虚さんも、今では簡単なものなら作れるようになっているのだ(それでも一夏が見てないと失敗する確率の方が高い)。その事を本音も知ってるのに、何故か料理に関しては虚さんを見下す傾向があるのだ……そんな事してると普段から虚さんに見下される可能性だってあるのに。
「大体さ~、おりむ~だって忙しいのにおね~ちゃんに付き合うんだから」
「それが一夏さんの良い所ですよ」
「そうだよ」
そもそも一夏が忙しい原因の半分くらいは本音の所為だと思うのだけど……朝起きないで一夏に起こしてもらい、仕事をサボって遊び呆けているツケが何故か一夏に回っていき、そして当人は知らずにまた一夏に迷惑を掛ける……この悪循環がある限り、一夏が忙しくなってしまうのではないだろうか。
「おりむ~は更識の仕事も手伝ってるみたいだし、これ以上背負い込むのは如何なの~?」
「私たちの隊も一夏さんに訓練を手伝ってもらってますね」
「一夏がしてる仕事の殆どは本音がしなきゃいけない仕事だったと思うんだけど?」
「何の事かな~?」
「またそうやって惚ける……」
「にゃはは~」
もう何度目か分からない注意を本音にしたが、やはり聞く耳持たず……反省すらしてない本音に、私はため息を吐くのを我慢出来なかった。
「一夏じゃ無いけど、ため息吐くのが癖になってきたよ……」
「確かに一夏さんはしょっちゅうため息を吐いてますね」
「そんなに悩み事があるのかな~?」
「多分本音とお姉ちゃんの所為だと思うよ」
「ほえ?」
無自覚で一夏に心労を与えている本音は、何故自分が一夏のため息の原因と言われたのか分からないと言わんばかりに首を傾げた。
「本音とお姉ちゃんがもっとしっかりとしてたら、一夏だってため息吐く回数は減るんだよ」
「だって良く分からないんだも~ん!」
「分かろうとしなきゃ分からないでしょうが……」
「分かる人がやれば良いんだよ♪」
「お姉ちゃんの真似?」
「えへへ~似てたでしょ~」
「微妙……」
「少し似てましたが、本音様にしか聞こえません」
「あれ~?」
本音は自身としてはかなり似ていると思っていたのだろう、私と碧さんが揃って似てないと指摘すると不満そうに首を傾げた……あれで似てると思えてた本音が凄いと思うよ……
「さて、無駄話はこれくらいにして料理を作り始めなきゃね」
「かんちゃんが真っ先に脱線させたくせに~!」
「本音様も落ち着いて、それでは始めましょうか」
納得いかないと言わんばかりに頬を膨らませた本音はさておいて、私と碧さんは料理を作り始める事にした。
「まずは下準備から始めましょう」
「そうですね」
「2人とも、無視は酷くないかな~」
「馬鹿な事やってる暇があるんなら、本音も早く準備してよね」
「かんちゃんが苛める~」
「誰が苛めてるのよ!」
本音が笑いながら逃げ出したので、私はついつい本音を追いかけようとしてしまった……片手に包丁を持ったままで。
虚ちゃんに指揮されながら、私とマドカちゃんは部屋の飾りつけを進めていた。
「これはこっちだね」
「あれがあっちですね」
「じゃあ、それはそっちだね」
「遊んで無いで早く終わらせましょうよ」
「「は~い」」
「本当に分かってるんでしょうか……」
マドカちゃんと言葉遊びをしていたら虚ちゃんに呆れられてしまった。少しくらい遊んでたって良いじゃないのよ……
「おや?」
「如何かしたの?」
「なにやらキッチンの方が騒がしい気がします」
「どれどれ……確かに騒がしいわね」
「この声は、本音と簪ですね」
耳を澄ませて確かめると、確かにキッチンの方から本音と簪ちゃんの声が聞こえる、それも結構な大声で。
「何か問題でもあったのでしょうか?」
「まあ、何かあっても碧さんが居るから大丈夫でしょ」
「何かあった事前提で話を進めるのって如何なんですか?」
「本音が大人しく作業するなんてほぼありえないから」
「我が妹ながら恥ずかしい限りです……」
虚ちゃんは本気で泣き出しそうな雰囲気を醸し出しているが、これが演技だと言う事は私もマドカちゃんもちゃんと分かってる。
「こっちに来ますね」
マドカちゃんが近づいてくる足音とだんだんとはっきり聞こえてくる声でそう判断した。一夏君が寝てるんだから、少しは静かにしなさいよね。
「助けて~」
「待ちなさい!」
「ちょっと本音、簪ちゃん、少しは静かに……っえ!?」
注意しようと2人が向かってくる方向を見たら、なんと簪ちゃんが本音を追い掛け回しているではないか、しかも片手には包丁を握ったままで……簪ちゃん、そこまで本音に怨みを抱いていたの?
「楯無様~、かんちゃんが追いかけてくるよ~」
「それは見れば分かるけど、何で包丁を持ったままで?」
「ほえ~?」
本音は今の今迄気付いてなかったのか、私が指摘して初めて簪ちゃんが包丁を持っている事に気付いたようだった。
「かんちゃんはさっきまで野菜を切ってたからね~」
「何でそんなに暢気なの!?」
「お姉ちゃん、退いて」
「まずその包丁を置きなさい!」
「包丁?……!!」
「あれ?」
何で簪ちゃんまでそんなリアクションなの?
「簪ちゃんが本音を殺したいくらい憎んでた訳じゃないの?」
「そんな訳ないでしょ!」
「だって、包丁もって追い掛け回してたら、そう思うでしょうが」
「持ってたのを忘れてたの!」
「忘れるないでしょ!」
私と簪ちゃんが大声で言い合ってたので、ある意味必然なのだが……
「なんかうるさい……」
「「あっ!」
一夏君が目を覚ましてしまった。
「うわ~なんかすごいキレイだね~」
「ありゃりゃ、完全に起きちゃったね」
「なんか……ゴメン」
「私も騒いじゃったし」
「2人とも駄目だな~」
「「本音が言うな!」」
「ほえ!」
「けんかはダメだよ!」
簪ちゃんと2人で本音に対して大声を出したら、一夏君はそれを私たちと本音が喧嘩をしてると勘違いしたようで、必死になって両手を広げて止めようとしている……可愛いな。
「大丈夫、喧嘩じゃないよ」
「ほんとう?」
「うん、本当だよ」
「私たちが喧嘩する訳無いよ」
「そうそう、私たちはすっごい仲良しさんだからね~」
その言い方も何か違う気もするんだけど……仲良しなのは否定しないが、私と簪ちゃんは本音が仕えている家の主とその妹なんだけどな……まあ姉妹同然だから気にしないけど。
「なら、どうしておおきなこえでおこってたの?」
「それは……」
「何て説明すれば良いのか……」
「何事ですか?」
「あっ、虚ちゃん良い所に」
「はい?」
一夏君に聞かれ答えに窮していたところに虚ちゃんが現れた。飾りつけは終わったようで、一夏君の様子でも見に来たのだろう。
「本音を注意してたら一夏君に喧嘩してるって思われちゃって」
「はぁ……」
「何とか誤魔化しておいて」
「お嬢様は、如何するんですか?」
「私はキッチンに助っ人に行くから」
「あっ、私も戻らなきゃ!」
「私も~!」
「えっ、ちょっ、待ってくださいよ!」
助っ人を理由に逃げた私と、それで思い出した風に逃げ出した簪ちゃんと本音。虚ちゃんには悪いけど、今の一夏君を説得出来るのは虚ちゃんしか居ないわよ!……多分ね。
お嬢様たちが騒がしかったので覗きに来てみたら、体よく厄介事を押し付けられてしまいました。本音が何かして2人に怒られてたんでしょうが、それを喧嘩と判断した一夏さんに、喧嘩じゃ無く注意だと教えなきゃいけないって事ですよね……それくらいはご自身でしたら如何なんですか、まったく……
「虚おねえちゃん」
「何ですか?」
「本音おねえちゃんは『わるいこ』なの?」
「如何でしょう……ある点から見れば悪い子でしょうが、それがすべてではありませんし」
「う~ん?」
「今の一夏さんには難しかったですかね」
「ううん、本音おねえちゃんがなにかしたのはわかったけど、なにをしたのかきになったんだ」
「本音は怒られる理由に事欠かないですから」
「そうなの~?」
今の一夏さんは被害を被ってないので分からないでしょうが、本音の被害に一番遭ってるのは一夏さんなんですよ?
「仕事はしませんし、しない上に人に押し付けて遊び呆けますし」
「それはわるいこだ~」
「ですから、お嬢様や簪お嬢様が本音を怒ってたとしても、それは本音自身が悪いのですよ」
「でも、本音おねえちゃんだって『いいこ』なばしょがあるんでしょ?」
一夏さんは本音の良い所があると確信しているようで、まったく疑いの余地を挟んでいない澄んだ瞳で私を見てきます……このまま抱きしめたいですね。
「本音は誰とでも仲良くなれる子ですし、悪い子ですが本当に酷い事はしませんからね」
「そうなんだ~!」
「ええ、ですから一夏さんにも行き過ぎた迷惑行為はしてませんよ」
「?」
「今の一夏さんは覚えて無いかも知れないですけどね」
どちらかと言えば、一夏さんに心労を与えているのは本音よりお嬢様のような気もしますし、仕事をしないのはお嬢様も本音も一緒ですからね。
「何でもありません」
「??」
「ふふ」
覚えて無い事を必死に思い出そうとしている一夏さんを見て、私は思わず笑ってしまいました。だってあまりにも可愛いんですもの。
「虚おねえちゃん」
「何ですか?」
「僕、たいくつだよ……」
「もう少しで準備出来るでしょうし、それまで私と一緒に何かしますか?」
「ギュってしてほしいな……」
「一夏さん?」
「なんでかわからないけど、つぎにねたらきっと僕はいなくなるとおもうんだ」
「………」
それは元の姿に戻るって事なんでしょう。今の一夏さんの姿はあくまでも誰かの陰謀が働いた結果であって、元に戻るのは仕方の無い事なのです。
「だから、虚おねえちゃんだけじゃなくってみんなにギュってしてほしいんだ」
「そうですか……では失礼します」
私は痛くないように加減をしながら一夏さんを抱きしめました。あまりにも小さい身体で、抱きしめている感覚はそれほどしません。ですが、私は今間違い無く一夏さんを抱きしめています。
「えへへ~」
「普段からしたいんですよ?」
「なんでしないの?」
「何でって……一夏さんが嫌がるからですよ」
「僕が?」
「ええ」
普段の一夏さんは人目のつく場所ではもちろん、この部屋でもスキンシップをとることに消極的で、私たちが少し強引に行かなければまったく無いと言えます。
「なら、僕からつたえとくよ」
「何をです?」
「もう1りの僕にもっとお姉ちゃんたちをよろこばせなきゃダメだって」
「うふふ、お願いしますね」
「まかせてよ!」
きっとこの一夏さんは何時もの一夏さんに物事を伝える手段は持ち合わせて無いのでしょうが、もしかしたら伝える事も出来るかも知れないと思いました。だって一夏さんですし、多少の規格外は今更ですからね。
「ああー!」
「?」
背後から大声が聞こえ、私は振り向きました。そこには……
「虚さんばっかズルイ!私もお兄ちゃんを抱きしめたい!!」
少し怒りで顔が赤くなっているマドカさんが居ました。
「どうぞ」
「あれ?」
「一夏さんは皆に抱きしめてほしいそうですよ」
「如何して?」
あっさりと私が退いたのと、一夏さんが急にそんな事を言い出したのが不思議だったようでマドカさんはポカンとした表情に変わりました。
そんなマドカさんの耳元で、私はつぶやきました。
「次に一夏さんが寝たら、恐らく元の姿に戻ってしまうそうです」
「何で分かるんですか?」
「だって、一夏さんですから」
「なるほど……」
『一夏さんだから』……これだけで私たちは事情を飲み込めるようになっていました。それだけ一夏さんの事を知っていると言う事でしょうか……一夏さんのすべては知らなくとも、私たちは確かに一夏さんの事を知っているのです。
「マドカお姉ちゃんもギュってして」
「うん」
マドカさんは複雑な表情を浮かべながらも、一夏さんの要求に応えるように抱きしめてあげました。義妹であるマドカさんが、今だけは義姉になったのでしょう。
「ただいま戻りまし……た?」
「お帰りなさい」
「あっ、須佐乃男お姉ちゃんだ~」
「これは如何言う状況で?」
部屋に戻ってきた須佐乃男の目の前で一夏さんがマドカさんに抱きしめられている……須佐乃男はその光景を見て固まってしまった。
そんな須佐乃男に、私はマドカさんにした説明とまったく同じ事を須佐乃男にもした。
「なるほど……それで一夏様はマドカさんに抱きしめられてたのですか」
「そうです」
「そうですか……元に戻ってしまいますか……」
「あら?須佐乃男は普段の一夏さんよりこっちの方が良いのですか?」
「どちらも魅力的で甲乙つけがたいですが、もう少しこのままでも良いと思ってたんで」
「須佐乃男お姉ちゃんもギュってして?」
「はうわ!?」
あまりにも直球な一夏さんの要望に、須佐乃男は聞いたことも無いほどの高い声で悲鳴を上げました。確かに面と向かってあんな顔で抱きしめてと言われればそうなりますよね……
「えへへ、あったかい……」
「私は何時でも抱きしめてさしあげますよ?」
「みんな僕のことがすきなんだね……もう1りの僕はしあわせなんだろうな~」
「一夏様……」
終わりが近づいている、それは私にもマドカさんにも須佐乃男にも分かっている。だが、もう少しだけを願っても罰は当たりませんよね?せめて後数時間はこのままで居てください、一夏さん……
次回で終わるかと……如何やって終わらせよう