お嬢様発案の一夏さんの誕生日パーティーの準備を進めているのですが、これは本当に一夏さんのためを思ってしているのでしょうか?
「やっぱ簪ちゃんの衣装が一番可愛いわね」
「そんな事無いよ。お姉ちゃんの衣装も可愛いよ」
「ねえねえ、私は~?」
「本音は凄く似合ってるってか、そのままだよね」
「えへへ~、私はこう言うの好きだからね~」
「ところで須佐乃男は何処に行ったの?」
「須佐乃男なら碧さんと一緒に例の物を取りに言ってるよ」
「そっか~」
皆さん、それぞれの衣装に着替えてそのまま部屋の飾りつけをしていますが、恥ずかしくないのでしょうか。私はもの凄い恥ずかしいのですが……
「虚ちゃん、いい加減覚悟を決めちゃいなさいな」
「そうだよ~。おね~ちゃんだけ恥ずかしがってるんだよ~?」
「ですが!」
「私だって吹っ切れたんだから、虚さんだって大丈夫だよ」
「簪お嬢様まで……」
私よりも内気だった簪お嬢様が、此処まで成長されたのを思うと嬉しいのですが、それ以上にお嬢様たちに毒されてると感じてしまうのは何故なのでしょう……
「虚ちゃんってそんなに恥ずかしい衣装では無いよね」
「確かに」
「似合ってるのにな~」
「本物みたいですよ」
「煽てられても恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」
何で私までこんな格好をしなければいけないんですか!
私は、この格好をしなくてはいけない状況を作り出したお嬢様と、それ以上に断り切れなかった自分を怨んだ。
一夏さんの誕生日を祝うため、私は須佐乃男と食堂に来ていた。何故食堂かと言うと、此処に今日の必須アイテムが置かれているからだ。
「部屋の冷蔵庫だと一夏様に気付かれると思ってたんですが、まさかあの姿になられるとは思って無かったです」
「そうだよね。小さくなった一夏さんなら、キッチンで作業する事も無いだろうし、部屋の冷蔵庫でも良かったのにね」
「ですが、食堂の冷蔵庫の方が大きいですし、何より万が一を心配する必要がありませんから」
「万が一……ねぇ」
一夏さんはとても勘の鋭い男性だが、それ以上に空気の読める男性だ。万が一気付いたとしても、指摘などはせずに気付かないフリをしてくれるはずだ。須佐乃男が心配している万が一は、本当に万が一なのだろう。
「碧さんはちゃんと衣装持って来ましたか?」
「衣装?……預かったっけ?」
私の衣装は当日に楯無様から手渡されるはずなのだが、もしかしたらその前に受け取ったかもしれない、その記憶は私の勘違いかもしれない……急に不安になってきたんだけど。
「衣装合わせの時に一回預かったけど、その後ちゃんと返したはず……うん、返してるよね」
「なら良いですが……碧さんは重要な物ほど忘れますからね」
「あながち否定出来ない自分が恥ずかしい……」
現に今日は携帯を忘れたからね……待ち合わせで具体的な場所を決めてないんだから、携帯は必須だったのに。
「確認してみましょう」
「須佐乃男、携帯持ってたっけ?」
一夏さんが料金が馬鹿にならないから持たせて無いって言ってたはずだけど、最近持ち始めたのかな?
「持ってませんよ」
「え、それじゃあ如何やって……」
私は携帯持って来てないし、須佐乃男は始めから持って無いんじゃ、如何やって確認するのだろう……幸いにして私の疑問はすぐに答えを得た。
「一夏様の携帯を拝借して来ました」
「そうなの……でも、何でわざわざ?」
「万が一への備えですよ」
「一夏さんの専用機だけあって、用意周到ね」
「褒めても何も出ませんよ?」
「何もいらないよ」
須佐乃男はポケットから一夏さんの携帯を取り出し、履歴から楯無さんの番号に掛けた。携帯持ってないはずなのに、その動作はスムーズで、本当に持って無いのかと疑いたくなるほどだった。
「もしもし、楯無様」
『如何したの?何か問題でもあったの?』
「いえ、碧さんの衣装ってそちらにあります?」
『碧さんの?……あるけど?』
「そうですか」
『それが如何かしたの?』
「碧さんが自分の衣装の事なのに確証が持てなかったので確認を……」
『そっか。でも大丈夫、ちゃんと此処にあるから』
「これで安心して例の物を持って部屋に戻れますよ」
『焦らなくても良いけど、あんまりのんびりしてると一夏君が起きちゃうかも知れないから、なるべく早く戻ってきてね』
「了解です」
楯無様の声はさすがに聞こえなかったが、須佐乃男の声を拾って想像すると、如何やら私の衣装は部屋にあるようだ……よかった。
「碧さんのドジッ娘ぷりは兎も角として、本来の目的を果たしましょうか」
「ドジ言わないで!」
「ではお惚けとでも言いましょうか?」
「それも止めて!」
「注文の多い人ですね~」
「そんなに注文してないよね!?」
「ほら、そんなに騒ぐと周りに迷惑ですよ」
「何でそんなに冷めてるのかな!?」
私がリアクションをするたびに須佐乃男は冷静を装ってくる。その冷静さに私は更にリアクションを取ってしまう……完全に遊ばれているのだ。
「まあ、お遊びはこれくらいにして」
「やっぱり遊んでたの!?」
「食堂でブツを受け取って早いところ部屋に戻りましょうか」
「何か言い方が危ないものを取り扱ってるっぽいよ」
「気のせいですよ」
「そうかな……」
イマイチ納得は出来ないが、此処で遊んでたら一夏さんが起きてしまうかもしれないので、些細な疑問は何処かに放っておくことにしよう。実際に、私が疑問に思ってた事など、一夏さんの事に比べたら瑣末な事なのだから……
私がいくら抵抗したからと言って、それをしなくて良い事にはならないのは既に理解している。理解しているのだが、やはりしたく無いと思ってしまうのはしょうがないのだ。
「やはり、少し変では無いですか?」
「似合ってるって」
「うん、虚さん綺麗だし」
「大人の女だね~」
「同じ格好を本音がしたら、それこそただのコスプレになっちゃうしね」
「マドマドが着たら、やっぱり織斑先生に似るのかな~?」
「止めてよ!」
「う~ん……マドカちゃんが着ると似合うのかしらね?」
「イメージが織斑先生になっちゃうから、マドカ本人に似合うのかはちょっと分からないかな」
「だからあの女と一緒にしないでってば!」
私が着ているのは女性用のスーツ。これだけなら別段恥ずかしくないのですが、スカート丈は短いですし、タイツなど履いた事無いので尚更恥ずかしいです。
「布仏せんせ♪」
「お嬢様、後でお話がありますので」
「今日くらいは怒っちゃ駄目よ。一夏君のためなんだから」
「う、うう~……」
それを言われると困ってしまう……一夏さんが喜ぶのかはさておき、一夏様のためにお嬢様が発案した事なので、やはり一夏さんのための行動だと言う事になるのでしょうか……なんだか丸め込まれてるような気もしますが、お嬢様の悪巧みなど今に始まった事では無いですし、後で唯単に遊んでいただけと分かったら怒るとしますか。私は無理矢理自分の心に嘘を吐き、少しでも早くこの格好から着替えられるようにしようと決心した。
「虚ちゃんの格好で恥ずかしがってたら、簪ちゃんなんか完全にコスプレよね」
「チアリーダーだもんね~」
「そう言うお姉ちゃんだってコスプレでしょ」
「看護師だもんね」
「本音は猫耳メイドでマドカは……」
「似合ってる?」
「似合ってるけど、何でそれを選んだの?」
「前にあったお兄ちゃんのお友達が『今はこれが良い!』って力説してたのを聞いたから」
「何故セーラー服……」
一夏さんのお友達って、多分文化祭に来ていたあの男の子でしょうが、その衣装はその方の好みであって決して一夏さんの好みでは無いと思うんですが……
「てか、本音って簪のメイドじゃなかったっけ?」
「そうだよ~」
「それじゃあその格好は意外と慣れてるの?」
「別に普段から着てる訳じゃないんだよ~」
「全然メイドらしくないもんね」
「虚ちゃんもメイドって言うよりは秘書みたいだもんね」
「お嬢様が普段からしっかりとしてくだされば、私もこのように苦労しなくても済むのですがね」
「仕事は出来る人がすれば良いんだよ。当主はどっしりと構えてれば周りは安心するんだから」
「その所為で私と一夏さんがどれほど苦労してると思ってるんですか!!」
「その格好で怒られると、何だか本当に先生に怒られてるみたいね」
「何なんですか、まったく……」
普段の格好なら少しは響くのでしょうが、今の格好ではお嬢様にとっては遊びの延長としか感じないようで、まるで興味を持ってくれませんでした……これは後で思いっきりお説教ですね。
「そう言えばお姉ちゃん、碧さんの衣装ってどんなの?」
「あれ?簪ちゃんは見てないんだっけ?」
「見てないよ」
「私も知らない」
「そっか……須佐乃男と私が一緒に決めたんだっけ」
「碧さんの意思は無視したんですか?」
お嬢様ならやりかねない……碧さんは私みたいにお嬢様に対して強く物事を言える立場でも無いし、そもそも根が優しい人ですから頼まれたら断れないでしょうしね。
「大丈夫、碧さんも納得してるから」
「本当ですか?無理矢理納得させたんじゃ無いんですか?」
「虚ちゃんは私を何だと思ってるのかな!?」
「暴君」
「あながち間違ってないかもね」
「ちょっ、簪ちゃんまで!?」
私の考えに簪お嬢様も同調してくれた。やはりお嬢様は暴君なのですね。
「私そこまで皆の事を蔑ろにしてないよ!」
「その代わりまったく仕事をしないで遊び呆けてますよね」
「暴君ってよりは駄目君主かな」
「それもありですね」
「酷いわ!?」
お嬢様は傷ついたフリをして、寝ている一夏さんの下に駆け寄りました。
「一夏君、虚ちゃんと簪ちゃんに苛められたの」
「おりむ~は寝てるから助けてはくれないよ~」
「第一私は的外れな事は言ってませんよ」
「お姉ちゃんがちゃんと当主らしくしてれば、こんな事は言われなかったのに」
「うえ~ん、皆で私を苛めてる~」
「……楯無様ってそんなに仕事をしてないの?」
屋敷に来て間もないマドカさんは、私たちが言っている事が本当なのか分からないようでしたが、疑いの目でお嬢様を見ているあたり、私たちの言っている事が正しいと理解してくれているようですね。
「ただいま戻りまし……た?」
「何ですか、この空気……」
そんな時に戻ってきた碧さんと須佐乃男は、部屋の空気がおかしいと気付き、2人で固まってしまってました……気まずい空気ではありましたが、固まるほどだったのでしょうか……
例の物を食堂の冷蔵庫から運び終え、私と碧さんは急いで着替える事にしました。部屋に戻ってきた時には、あの格好であんな空気だったので固まってしまいましたが、マドカさんに詳しい話を聞いて納得しました。確かに楯無様は暴君の素質も、そして駄目君主の素質も持ち合わせてますね。
「碧さん、その格好は凄いですね~」
「そうかな?」
「かなり刺激的ですよ」
「そう言う須佐乃男だって、特定の趣味の人にはたまらないんじゃない?」
「一夏様が特定の趣味じゃ無いから着られるんですよ」
「私も、一夏さんならこの格好でも嫌いにならないでくれると思えるから楯無様と須佐乃男の案に乗っかったんですよ」
「まあ、一夏様はこう言った衣装に興味無いでしょうしね」
「普通の男の子なら如何なるんでしょうね……」
「私たちに囲まれたらですか?」
「そうですね」
楯無様は看護師、しかも色は黄緑と言うマニアックぷりですし、簪様は完全にマニアにはたまらないだろう格好ですし、本音様は普段から愛用している猫耳(?)に加えて文化祭で着ていたメイド服ですし、虚様はMッ気のある男性からしたら叱られたいとでも思うのでしょうか?それだけでも十分な破壊力なのでしょうが、それに加えてセーラー服のマドカさんにミニスカの警察官のコスプレの碧さん、そして私は絶滅危惧種とも言われている体操服、所謂ブルマ姿なのだ。
これが一夏様では無くご友人の五反田弾さんや御手洗数馬さんであったのなら、恐らくは鼻血を噴出して、最悪気を失うでしょうね。そう考えると一夏様って本当に無趣味なんですね。それが良いか悪いかは、判断出来る人が居ないので置いておきましょう。
「良くて鼻血を出すだけで、悪いと意識を手放す方も居るのでは無いでしょうか」
「鼻血の出しすぎで?」
「所謂幸せ過ぎて困っちゃうってやつでしょうね」
「この後、どんな不幸が待ってるのかと思うのかな?」
「人生のすべての運を使い果たした、とも思うのでは無いでしょうか」
一夏様以外がこのような幸運に見舞われる事など、まずありえないのでしょうが、人生何が起こるのか分からないとも言いますし、この世の何処かには一夏様以上の幸運の持ち主が居るかも知れませんしね。
「さて、着替えも終わりましたし、私たちも飾りつけを手伝いましょうか」
「そうですね」
途中で丁寧語が崩れかけて碧さんでしたが、結局は何時も通りの話し方に落ち着いたようです。年齢で言えば一番上の碧さんですが、立場的にはこの部屋では下なんですよね~……当主、その妹、当主の専属のメイド、当主の妹の専属のメイド、前当主の客人で現当主の彼氏、その専用機、そして義妹……何処までが碧さんの上に当たるのかは分かりませんが、碧さんは全員に丁寧語で話しかけてますね。そのほうが使い分けが無くて楽なのでしょうか?
寝ている一夏君を起こさないように、細心の注意を払いながら、私たちは部屋の飾りつけを進めていく。
「一夏、気持ち良さそうに寝てるね」
「よっぽど疲れてたんでしょうね」
「準備が終わったら起こしましょう」
「それまでは寝かせてあげようね~」
「お兄ちゃんの寝顔……1枚だけ写真を撮ろう」
「お約束でフラッシュ焚かないでくださいよ?」
「え~っと……これでフラッシュは平気なはず」
「遊んでないでちゃんと作業してよ!?」
私以外は一夏君の寝顔に夢中で、それほど進んでいないのだ。これだと終わる前に一夏君が起きちゃう可能性の方が高いんじゃないかな。
「そんなに焦らなくても、お嬢様の作業スピードが遅いだけで、私たちは殆ど終わってますよ」
「私だって一夏君の寝顔みたいもん!」
「なら、少し休憩がてら見れば良いじゃない」
「そうだよ~」
「写真も撮れたし、後で送りましょうか?」
「……ほしいかも」
「あっ、私もほしい」
「出来れば私も……」
「じゃあ、全員に送りますね」
マドカちゃんの申し出に、私だけでは無くこの場に居る全員がほしいと言い出した……貴女たちはもう一夏君の寝顔を満喫したんじゃないの!?
「ん、う~ん……」
「おや?」
「……す~……す~……」
「身じろいだだけですね」
一瞬、一夏君が起きちゃうのではと思ったが、唯単に寝返りを打ってそのついでに息が漏れただけのようだった。
「幸せそうな寝顔ですね」
「普段のお兄ちゃんの寝顔は見たこと無いけど、多分こんなにいい顔してないよね」
「疲れきった顔してると思うよ、きっと……」
「お嬢様がそれを言いますか……」
「如何言う事~?」
「一夏が疲れてる原因はお姉ちゃんって事だと思うよ」
「普段の一夏さんは、そこまで大変なんですか?」
唯一学園でも一夏君の生活を知らない碧さんが、不思議そうに首を傾げた。虚ちゃんの言ってる通りだけど、私以外にも一夏君に心労を掛けてるじゃないのよ!!
「この姿になったのは、一夏様の疲れを癒してあげようって魂胆もあったのかも知れませんね」
「絶対に無いよ、そんなの。ただ自分たちが小さくなったお兄ちゃんを見て悶えたかっただけだよ」
「2人は犯人が誰だか分かってるんだ」
「私も大よその検討はつきますが、そこまで必死なんですか?」
「アイツらはそれだけが生きがいだからね」
「それは言い過ぎでは?」
「「「?」」」
犯人の検討がついていない簪ちゃん、本音、碧さんは揃って首を捻る……こんな事出来るのはあの人しか居ないだろうし、一夏君をこんな風にして利益があるのもあの人くらいしか思いつかな……いや、もう1人思いついた。
「兎に角、アイツらにお兄ちゃんを労わろうなんて考えは無いよ!」
「うにゅ~……」
「マドカさん、声が大きいですよ」
「あっ!」
マドカちゃんが耳元で大きな声を出したため、一夏君は目覚めてしまった。
「みんな、なんでそんなかっこうしてるの?」
「え~っとね……」
「おりむ~のためなのだ~!」
「ふにゅ!?」
寝起きの一夏君に本音が抱きついた。それを皮切りに私たちはそれぞれ一夏君に抱きつき、そしてグリグリと頭を撫で回した。
「ふにゃ~……」
その所為で一夏君は目を回して再び寝てしまったのだが、それはそれで準備が終わってなかったので好都合なのかもしれなかった……
次回か次々回で終わりますかね……また脱線したらもう1回くらいありそうな気がしてます。