「はい、文化祭の招待券」
「ありがとうございます、一夏さん」
「人待たせてるからこれで」
「わざわざスミマセンでした」
「別に良いって」
一夏さんはそう言ってもの凄いスピードで何処かに行ってしまいました。お兄ぃに頼まれてIS学園の文化祭に行くための招待券を持ってきてもらったんですが、わざわざ届けてもらわなくても郵送でも良かったんじゃ無いでしょうか……私としては一夏さんに会えたので嬉しいんですが、人を待たせてまでお兄ぃに招待券を持ってくる必要は無かったんですけどね。
「お兄ぃ!」
「何だ、蘭?」
「これ、IS学園文化祭の招待券」
「マジ!これで女の園に入れるのか」
「やっぱ一夏さんに返す」
「何でだよ!?」
「だってお兄ぃの顔がだらしなく緩んでるから」
お兄ぃの目的が最初っから文化祭じゃ無くって女の人だって言うのは分かってたけど、こんなにもだらしない顔をされたら渡すものも渡したく無くなる……一夏さんもそれが分かってたから最初に私に招待券をくれたんだろうな。
「一夏みたいにモテるために苦労した事無いヤツばっかモテるのはおかしいんだよ!」
「それは、一夏さんが元からカッコいいからでしょ。それに、お兄ぃみたいにがっついたりしてないからね」
「納得行かねぇ!」
「そうやってやっかむから更に一夏さんと差が出来るんだよ」
自然体でカッコいい一夏さんと、家の駄目兄貴を比べるのも一夏さんに失礼だよね。何で一夏さんがお兄ぃと友達やってるのか、世界7大不思議に匹敵するくらい不思議よね……
「兎も角!お兄ぃはIS学園に行っても自由行動は無しだからね」
「誰と一緒だって言うんだよ?」
「私がしっかりとお兄ぃを見張るから」
「妹が一緒じゃ女の子が声を掛けてこないだろうが!」
「最初っから掛けてこないから安心しなよ」
「そんな事分かんねぇだろうが!」
「じゃあ、お兄ぃが一夏さんに勝ってるところを言ってよ」
「一夏より?………」
お兄ぃは考えるけど、一夏さんよりお兄ぃが勝ってるところなんてあるはず無い。成績優秀、運動神経抜群、料理洗濯と家事も完璧、まさに非の打ち所が無い一夏さんとお兄ぃを比べるのも本当に失礼だもんね。
「あった!」
「本当に!?」
まさかお兄ぃに一夏さんより勝ってるところがあるなんて……冗談だと思ってたが、お兄ぃは自信満々に胸を張って私に一夏さんより勝ってるところを言いました。
「俺は、一夏よりエロスな知識が豊富だぜ!」
「……それは普通マイナスでしょ」
「あんな純情より俺の方が女の子を喜ばせるぜ!」
「……サイテー」
「何故!?」
私はゴミを見るような目でお兄ぃを見た。一夏さんの純情は確かに行き過ぎな感じもするけど、同年代の男子の必死さに比べたら全然マシだよ。
「やっぱりお兄ぃは学園祭に行かない方が良いね……友達でも誘おうかな」
「何でだよ!その招待券は俺のだろ!!」
「受け取ったのは私で、私が誰に渡そうが私の勝手、お分かり?」
「お願いします、その招待券を私にください!」
お兄ぃは実の妹相手に土下座をしました。そこまでプライドを捨てれるもんなんだね、人間って……
「一夏さんに確認してみるね」
「何で俺が文化祭に行くのに一夏の承諾が必要なんだよ!」
「お兄ぃが問題を起こしたら一夏さんに影響するかもなんだよ!」
「……俺は一夏に迷惑を掛けるのが前提なのか」
「性欲の塊みたいなお兄ぃが女の園に入るんだから、問題が起こらない方が確立低いわよ」
「そんなに性欲なんて……」
「ベッドの下、本棚の裏、本棚の図鑑のカバー、机の引き出しの鍵付き……」
「な、何の事だ?」
「全部おじいちゃんに言っても良いんだよ?」
「スミマセン、それだけは勘弁してください!」
再びお兄ぃの土下座を見て、私は一夏さんに電話を掛けます。一夏さんの事ですからすぐにOKをくれるでしょうが、私は一夏さんに迷惑を掛けたくないんです。
「はい、蘭か?」
「もしもし一夏さん、スミマセンいきなり」
「別に良いが……それで何の用だ?」
「はい、さっきの招待券ですが、お兄ぃに渡しても良いですか?」
「弾に?」
「ええ」
「別に構わないが……何でそんな事聞くんだ?」
「だってお兄ぃがIS学園に行ったら絶対に一夏さんに迷惑を掛ける結果になるんで……」
「もし弾が暴走しても警備の人がつまみ出すから安心して良いぞ」
「そうですか、それなら安心ですね」
一夏さんが言うには、当日は警備の人間を雇って普段より厳重に不審者を取り締まるそうなので、お兄ぃくらいは問題無く対処出来るらしいです。
「それじゃあな」
「はい、色々とスミマセンでした」
電話を切ってお兄ぃの方を向きました。そこには……
「まだ土下座してたの……」
私に向けて土下座をしたままで祈っているお兄ぃの姿がありました……気持ちが悪いので思いっきり踏んづけてやろうか……
「一夏さんが良いって行ったからこれはお兄ぃにあげる」
「よっしゃーーーー!!」
「その代わり!何か問題を起こしたら警備の人のお世話になるからね」
「大丈夫だって!」
……正直不安しか無いんだけど……兎に角一夏さんに迷惑だけは掛けないように見張ってないと……
「蘭のヤツ、弾を誘うのなら最初から言えば良いのに……」
「何の事です?」
「ん?いや、さっきの招待券」
「あれがどうかしましたか?」
屋敷に着いてから電話をもらったので、俺は一人つぶやいた……はずだったんだが……
「その前に……何で皆俺の部屋に居るんですか?」
須佐乃男の他にも俺の部屋でくつろいでいる人たちが居た。
「だって此処が一番落ち着くんだもん~」
「一夏の匂いがするから」
「おりむ~の部屋に居るのが一番疲れが回復するのだ~」
「あっ、一夏さん、お茶です」
「どうも……じゃなくって!」
「一夏さん、少し落ち着いて」
「碧さんまで何で居るんですか……」
「一夏様、諦めましょう」
「ああ……」
須佐乃男の言う通り、諦めた方が楽な気がしてきた……
「それで一夏様、招待券が如何かしたんですか?」
「弾を誘うためにもう1枚ほしかったらしい」
「おりむ~、弾って誰~?」
「一夏君のお友達よ」
「会った事は無くっても聞いた事はあるはずよ?」
「えへへ~忘れてた~」
「本音は相変わらずだね」
「そうだね~」
俺をおいて盛り上がる彼女たち……俺の部屋だよな、此処……
「一夏様、明日の準備はしなくても良いのですか?」
「明日?……材料があるんなら見ておきたいが」
「それじゃあ私が案内するよ~」
「それじゃあお願いします」
「OK~私についてくるが良い!」
刀奈さんに先導されて食堂に向かう。でも何でこんなにノリノリで歩いてるんだ?
「さて、お嬢様が一夏さんを連れ出している間に、一夏さんの誕生日パーティーの計画を練りたいと思います」
「当日は学校なので私は参加出来ませんが……」
「屋敷の用って事で入れると思うよ?」
「会長権限だね~」
「まあ、今回は私も目を瞑るとします」
「碧さんも参加ですね」
楯無様が一夏さんを連れ出すのに、私たちが立候補しなかったのはこの計画を練るためだったのです。もしかしたら一夏様は気付いていたかも知れませんが、一夏様をこの部屋から追い出すのに成功した時点で此方の勝ちなのです。
「おりむ~は自分の誕生日に興味無いみたいだし~」
「お姉ちゃんのコスプレ案はなるべくなら却下したいし……」
「面白そうですけどね」
「須佐乃男は良いですけど、私たちはあんまりしたく無いんですよ」
「コスプレ?」
この前、楯無様が発案した時に居なかった碧さんは首を傾げて不思議そうに此方を見ています。
「一夏様を喜ばすために我々がコスプレをするって案があるんですよ」
「一夏さんがそんな事で喜ぶかな……」
「単にお嬢様が一夏さんを困らせたいだけでしょうから、一夏様は喜ばないと思いますよ」
「ええ~!絶対おりむ~も喜ぶと思うんだけどな~」
「一夏に怒られる方が確率高いと思うよ……」
簪様の言う通り、一夏様に怒られる可能性だって十分にありますし、最悪スルーをされる気もします……それだけは避けたいですね~。
「他の案も出さないと、お嬢様の案に決定してしまいます……」
「でも、一夏が喜ぶ事って想像つかないんだよね……」
「一夏さんって何すれば喜ぶのかな……」
「おりむ~の喜びそうな事か~……」
全員が腕を組みながら考え込みますが、一夏様の喜びそうな事に誰1人心当たりがありませんでした。一夏様って何をすれば喜ぶんでしょか……
「マドマドは何か心当たりがあるのかな~」
「聞いてみます?」
「隣の部屋ですしね」
「それじゃあ誰が聞きに行く?」
「言いだしっぺの本音で良いんじゃないでしょうか」
「じゃあ行ってくるよ~」
そう言って本音様は勇んでマドカさんの部屋に向かいました。その結果は……あえて言わないでおきます。
「結構本格的に材料がありますね」
「そりゃ更識の力を持ってすればこれくらい楽勝よ!」
「暗部ですよね?」
「表の世界にも十分影響力があるのよ♪」
「まあ、IS業界に進出するだけありますね」
「それって褒めてるの~?」
一夏君の腕をポカポカと叩き、少し拗ねた雰囲気で一夏君に文句を言う。少し子供っぽいけど一夏君は気にした様子も無く私の腕を掴んだ。
「痛く無いですけど、そんなに叩かれると好い気はしませんね」
「……怒った?」
「これくらいで怒りはしませんが」
瞳を潤ませて上目遣いで一夏君を見ると、一夏君は困ったように視線を逸らした。一夏君って以外に照れ屋だよね。
「ねえねえ一夏君」
「何です?」
「一夏君が招待した女の子って如何言う子なの?」
「蘭ですか?」
一夏君が名前呼びする女の子はそんなに多くない。外国籍のクラスメイトやお友達は名前で呼んでるけど、日本人で名前呼びされるのは、私たちを除いたら多分その蘭さんだけだ。
「もしかしてその子も一夏君の事が好きなの?」
「そうみたいですけど、俺にとっては悪友の妹としか思えないんですけどね」
「そうなの?……良かった」
「何がですか?」
「これ以上ライバルを増やしたくないからね」
「ライバル?」
一夏君は気付いてないのかも知れないけど、一夏君を好きな女の子はIS学園に一杯居るんだよ?
「エイミィちゃんも油断ならないし……」
「エイミィ?」
「あの子もきっと一夏君の事好きだよ」
「……俺も友達として好きですよ」
「ライクじゃなくってラブだと思うけど?」
「まさか……」
一夏君は信じてないけど、女の勘ではきっとエイミィちゃんも一夏君に好意を持っている……しかも友達としてでは無く女の子としての好意だ。女の私から見てもエイミィちゃんは可愛い女の子だ。そのエイミィちゃんが一夏君に好意を伝えたら、一夏君は如何するんだろう……
「まあ、今は私たちが居るから他には入る余地なんて無いけどね」
「自分で言いますか……」
「だって一夏君の彼女ですから!」
「そうですけど……刀奈さん」
「ん?何か……!?」
一夏君に背を向けていたので呼ばれて振り返ったら一夏君の顔が目の前にあった。そう言えば一夏君からしてくれるのは久しぶりだな……
「これで安心出来ました?」
「うん……」
一夏君にキスをされて、私はまともに考える事が出来なくなった。思考に霞がかかって何も考える事が出来ない……
「これ以上彼女を増やすつもりも無いですし、エイミィは俺の友達です」
「そうだね……」
「?……刀奈さん、顔赤いですけど……大丈夫ですか?」
「うん……」
一夏君が何か言ってるけど、私にはそれが何を言ってるのか理解出来なかった。
「!?」
「熱は無さそうですね」
「い、一夏君!顔が近いよ///」
「少し大人しくしててください」
「はい……」
額と額をあわせて熱を測る一夏君。こうやって無意識に私たちを気遣ってくれるのも一夏君の良いところだけど、少し鈍感が過ぎるのよね///
「もしかして疲れてます?」
「違うよ!」
「じゃあ顔が赤いのは……」
「うん。一夏君がいきなりキスするから///」
「普段はされっぱなしですから、少しは仕返しをね」
「馬鹿///」
一夏君はしてやったりと言ってる感じの顔をしているが、一夏君の顔も相当赤い。普段しない事をして照れてるのだろうか?
「他の人には言わないでくださいよ?強請られたら大変ですから」
「うん、分かった!これは、私と一夏君だけの秘密ね♪」
「そうですね」
他の子には悪いけど、この一夏君の表情は独り占めしたいし、一夏君に何かを頼まれるなんて滅多に無いからね。
「お茶の葉も随分とありますね。アールグレイ、アッサム、ダージリン、セイロン……」
一夏君は何事も無かったようにお茶の葉を確認してる。あの顔から一瞬で普段通りの顔に戻れるのはさすがだね。私はまだ自分の顔が赤いのが分かるくらい顔が熱いのに……
「紅茶の他にも結構ありますね」
「そうだね……」
「刀奈さん?」
「一夏君って、私を困らせたかったの?」
「何でですか?」
「だってさ!」
私だけ恥ずかしい思いをして、一夏君は一瞬で普段通りに戻るなんて……どう考えても私を困らせたかったとしか思えないから!
「そんなに困りました?」
「当たり前でしょ!」
「これ以上困る事は無いくらい?」
「うん!」
「そうですか……」
一夏君は何かを考えるように私から視線を外した。……何を考えてるのか分からないけど、考え事をしている時の一夏君は色々な表情の中でも一番カッコいいよね……
「なら、もっと困らせましょうか?」
「如何やってよ?」
何か悪い顔をした一夏君に思わず身構える。一夏君の事だから酷い事はしないんだろうけど、いったい何をするつもりなのかな?
「刀奈、好きだよ」
「!?!」
耳元でささやくようにそう言った一夏君は、もの凄いスピードで私から離れてそっぽを向いている。一夏君の顔も相当赤いけど、私の顔はそれ以上に赤いんだろうな……今までに無いくらい顔が熱いよ~……
「もう一回言って」
「勘弁してくださいよ。さっきのだって相当勇気が必要だったんですよ」
「だって一夏君が私の事を呼び捨て!しかも好きって言ってくれるなんて無かったもん!」
「恥ずかしいですからね」
「お願い!」
「困らすためにしたのに、何で喜んでるんですか……」
「困ったよ。でも、困った以上に嬉しかったんだよ!」
「でも、もう一回言ったら刀奈さん、ぶっ倒れるんじゃ無いですか?」
「平気だから!」
一夏君の言う通り、もう一回言われたら私はきっと倒れるだろう……でも、一夏君にもう一回好きって言われるのなら倒れても良い!
「さっきのを……ですか?」
「うん!」
「俺だって恥ずかしいんですが……」
「一夏君はあれくらいじゃ倒れないから大丈夫!」
「何を根拠に……」
「だってすぐに平常心を取り戻せるでしょ?」
「……時と場合によりますよ」
「お願い!」
私は一夏君に拝み倒した。何としても、何としてももう一回一夏君に呼び捨てで好きって言われたい!
「刀奈さんを困らせようとしたのに、何で俺が困ってるんだ?」
「私も困ってるよ///」
「嬉々として頬を染めながら言われても……」
「だって一夏君が悪いんだよ?」
「本当に言うんですか?」
「皆に言っちゃうよ?」
「うわ~……可愛い顔で脅さないでくださいよ」
「可愛い?」
「可愛いですよ」
「やった!」
一夏君に可愛いって言われた~!!一夏君はそんな事滅多に言ってくれないし、褒める事も滅多にしてくれない。その一夏君が私の事を可愛いって!
「……言うんですか?」
「言って!」
「ハァ……」
「さぁ!覚悟を決めるんだ!!」
「若干本音が入ってますよ……」
「さぁ!さぁ!!」
「……好きだよ、刀奈」
「私も好きだよ!」
「もう言いませんからね」
「大丈夫、ちゃんと録音したから」
「……はい?」
私は懐に忍ばせていた携帯の録音機能を使って今の一夏君の発言をしっかりと保存していたのだ。これをPCに転送してさっきの部分だけを取り出して携帯に送り戻して着信音に設定しなきゃね!
「……嵌めたんですか?」
「碧さんだけズルイでしょ?」
「あれを聞いたんですか……」
碧さんの着信音は一夏君が碧さんを呼び捨てにした時の一夏君の声だ。それが羨ましくて如何やって一夏君に私を呼び捨てにさせようか企んでたんだけど、思わぬ形で呼び捨てにしてもらったので、私があれこれ考える必要が無くなった。
「皆には聞かれないようにするから♪」
「頼みますよ……本当に」
「その代わり」
「……何です?」
「偶には呼び捨てにしてね?」
「虚さん辺りに気付かれそうですがね」
「この際全員呼び捨てにしちゃえば?」
「勘弁してくださいよ……」
一夏君はガックリと肩を落とし厨房から出て行った。思わぬハプニングもあったけど、これはこれで良いのもよね♪
策士策に溺れる、一夏が困らせようとしたのに、結局は一夏が困ってしまいました。