「織斑、次の場所を読め」
「どちらの織斑です?」
「……妹の方だ」
「分かりました」
同じクラスに同じ苗字(もっと言えば教師も同じなのだが)が居るので名指しされてもどっちだが確認しなきゃいけない。山田先生は君やさんを付けて呼んでくれるから分かるが、織斑先生は呼び捨てなので面倒くさいのだ……
「もう良いぞ。次は織斑兄が読め」
「分かりました」
さっきから俺とマドカばっか当てられてるのだが、教師に反抗して面倒を起こすのは得策では無いので大人しくしたがっている。……マドカの方はいい加減切れそうだが、俺が目線で我慢しろと言ってるので何とか我慢してくれている。
「ご苦労。さて諸君、2学期からはより実戦的な授業内容になっていくのでそのつもりで。本日はこれで終わりだ」
「「「「ありがとうございました!!」」」」
新学期初日から授業を受けなくてはいけない、さすがはエリート学校だけあるのだろうか……普通の高校だったらいきなり授業って事は無かったんだろうな……
「そうだ、織斑兄妹」
「何ですか?」
「……何?」
「教師には敬語を使え馬鹿者!」
マドカに向かって出席簿が振り下ろされる。無慈悲な一撃はマドカの頭頂部に直撃して、マドカは頭を抑え、涙目で織斑先生を睨みつけている。
「まだ反省してないようだな」
「何でアンタなんかに敬語使わなきゃいけないの!」
「教師だからだ!」
「認めない!私はアンタなんか教師だなんて認めないんだからね!!」
再び振り下ろされる出席簿。マドカの反射神経では避けられない一撃を、俺が手のひらで受け止める……意外と痛いんだな。
「何だ、織斑兄」
「早いところ用件を言ってほしいんですが。マドかには後で俺から言っておくのでこれ以上叩くのは止めてください」
「言って分かるようなら私も叩かない」
「叩いて分かるんですか?」
「それは……」
ただ単にマドカに如何接して良いか分からないのだろうな……再会していきなり会いたくなかったと言われた事も気にしてるのかもしれない。
「お兄ちゃん、コイツ暴力教師だよ!」
「マドカも無闇に絡むの止めろ」
「だって!」
「だってじゃ無い!学園で生活する以上、ある程度は妥協しなきゃやっていけないぞ」
「は~い……」
まさか俺にも怒られるとは思ってなかったのだろう。マドカはションボリと俯いてしまった……こうなったマドカを元に戻すには如何してたんだろうか……昔の記憶が無いので妹の慰め方がイマイチ良く分からないんだよな。
「それで織斑先生、用件は何です?」
マドカを慰める方法を考えるよりも先にこっちの用件を済ませたいと思った。今はまだ我慢出来るが、何時この人に対して切れるか分からないのだ、俺もマドカも……
「織斑妹の部屋だが、生徒会の方で決めたらしいから生徒会室に向かえ」
「生徒会で……?」
ものすっごく嫌な予感がするのだが……生徒会で決めたって言っても恐らくは刀奈さんの独断で決まったのだろう。あの人の事だから恐らくは予想通りの事を決めているのだろうな……
「それから織斑兄」
「何ですか?」
「これはこの間の報酬だ」
「この間?……合同訓練の時のですか」
「ああ」
もらえるのならありがたくもらっておこう。社会に出て働いてる訳でも無い俺が、自分とマドカと須佐乃男の分を稼ぐのは簡単では無いからな……
「それでは俺はこれで」
「………」
「ほらマドカ」
「……失礼します」
不貞腐れながらもちゃんと挨拶したマドカを、俺は無意識に撫でていた。何故かマドカ相手に無意識に撫でてしまうんだよな……昔の記憶と関係してるのだろうか……
「お兄ちゃんの手、おっきいね」
「男の手なんてこんなもんだろ」
「そうなの?」
「多分な」
弾や数馬も身長の割りに手は大きいから、多分男の手は大きいのだろう。他に親しい歳の近い男友達が居ないので多分としか言えないが……
「とりあえず生徒会室だな……須佐乃男は先に部屋に戻っててくれ」
「分かりました」
「あっ……須佐乃男、居たんだ」
「ずっと居ましたよ」
相変わらずの影の薄さ……黙ってないで会話に加われば良いものを、須佐乃男は自分に振られるか興味のある内容にしか交ざろうとしないのだ。
「じゃあ、行くか」
「そうだね!」
元気良く返事をするマドカ。俺に対してはこんなにも明るくて良い子なのに、やっぱり織斑先生には心を開かない……まだ整理が出来ていない俺とは違い、マドカはとっくに見切りをつけているのだろうな……
「此処?」
「そうだ」
「普通生徒会室って関係者以外立ち入り禁止じゃ無いの?」
「呼ばれたんだし平気だろ。それに一応関係者だしな」
「?」
首を傾げながらこっちを見るマドカ。俺が副会長だと言う事はしらないようだな。
「失礼します。織斑一夏、マドカ両名参りました」
「は~い開いてるよ~」
「では、失礼します」
ドアを叩き名前を告げると、中から間延びした声が返ってきた。相変わらずやる気の感じられない生徒会長様だな……
「やっほ~一夏君。マドカちゃんもいらっしゃい」
「虚さんは如何したんです?」
「今日は仕事無いからね~」
「……その山積みの書類は仕事では無いと?」
「今日くらいは良いじゃない!」
「ハァ……そうやって後回しにするから大変なんですよ?」
「硬い事言わないの!」
「俺がやりますから、会長はマドカに用件を話しておいてください」
「一夏君は聞かないの?」
「何となく予想はつきますから」
それだけ言って書類の山に挑み始める。期限が迫っているものから片付けていかないと終わらないだろうな……
「じゃあ一夏君も言ってた事だし、マドカちゃんにだけに言うね~」
「あの~……お兄ちゃんも生徒会役員なんですか?」
「あれ、聞いてないの?」
「はい……」
お兄ちゃんと話す時間なんてあんまり無かったし、学園の事なんて後から聞けば良いと思ってのだ。
「一夏君はね~生徒会の副会長なんだよ~!」
「凄い……」
「この学園の生徒会長は如何やって決まるか知ってる?」
「いえ……しりません」
いきなりの話題変更……生徒会長なんて選挙か何かで決まるんじゃ無いのだろうか。……学校なんてろくに行ってないのでよその学園が如何とかも分からないんだけど……
「この学園の生徒会長は最強の称号なのよ」
「最強?」
「ISにおいても、徒手格闘においても、もちろん勉学においても最強、つまり1番って事なの」
「お兄ちゃんよりも強いんですか?」
学園最強って事はそう言う事なんだろうな……お兄ちゃんが負けてるとは思えないけど、現に生徒会長がこの人なのだから負けたんだろうな……
「まさか。一夏君に勝てる生徒なんて居ないわよ」
「あれ?……でも今生徒会長は最強だって……」
「私は女子生徒の中で最強って事なの。一夏君は間違いなく生徒の中で最強……ううん、学園最強って言っても過言では無いわね」
「じゃあ何で生徒会長じゃ無いんですか?」
「……一夏君がやりたがらないから」
「なるほど……」
確かにお兄ちゃんの性格なら、トップになって指揮するよりもナンバー2でトップを支える方が性に合ってるんだろうな……もしくは影で実権を握る参謀とか。
「刀奈さん、とりあえず期限の迫ってた書類は処理しておきました」
「さすが一夏君、仕事が速くて助かるわ~」
「そう言うセリフは、少しでも真面目に仕事してから言ってください」
「まあまあそう言わないで」
「それで、用事は終わったんですか?」
「ううん、まだだよ~」
「……今迄何してたんですか」
盛大にため息を吐いたお兄ちゃんに、愛想笑いで誤魔化そうとしている楯無さん……あれ?お兄ちゃん、今刀奈さんって……
「マドカ?如何かしたか?」
「お兄ちゃん、今会長の事何て呼んだ?」
「?……ああ、マドカはしらないのか」
「何を?」
「楯無を襲名する前の名前を」
「私は更識刀奈って名前だったんだよ~」
「それでお兄ちゃんはそっちの名前で呼んでるんですね」
「楯無って呼ぶと怒るんだよ……」
「呼び捨てなら認めてあげるけど?」
「まさか。俺に年上女性を呼び捨てにする習慣はありません」
「でも碧さんの事は呼び捨てにしたんでしょ?」
「あ、あれは……」
「?」
お兄ちゃんが言葉に詰まった。よっぽど思い出したく無いのだろう、お兄ちゃんは冷や汗を掻いている。
「今度の罰ゲームは全員呼び捨てかな~」
「簪と本音と須佐乃男は普段から呼び捨てですよ」
「私も呼び捨てにされたいの!」
「……別に良いのもでは無いと思うんですが」
「マドカちゃんだって、好きな人からは呼び捨てにされたいよね?」
「お兄ちゃんは私の事呼び捨てですし……」
「ああ……さすが織斑先生と血が繋がってるだけあるわね……織斑家は皆ブラコンなの?」
「しりませんよ」
「あの人と比べないで!!」
「あれ、仲悪いの?」
「色々あるんですよ、こっちにも……」
お兄ちゃんが遠い目をしながらしみじみと言う。こっちにもって事は向こうにも色々あるんだろうか……
「それで、用事は終わるんですか?」
「まあ、此処で言わなくても移動しながらでも良いよね」
「……予想通りならまた面倒な事をって言いたいですけどね」
「一夏君だって嬉しいでしょ?」
「俺が守るんですか?」
「あの~……何の話ですか?」
2人で話がどんどん進んで行ってしまっていて、私は1人置いてきぼりな気分だった。お兄ちゃんと一緒に居た時間が楯無さんの方が長いからか、さっきから互いに何も言わなくても分かり合えてるみたいで、正直羨ましい……
「じゃあ、行こっか」
「決定事項なんですよね……」
「他の子には許可とってあるよ」
「もう良いです……」
お兄ちゃんは肩をガックリと落としたが、すぐに何かを思い出したように背筋を伸ばし姿勢を正した。何があったんだろう……
「此処がマドカちゃんの部屋だよ!」
「少しは期待を裏切ってくれても良いんじゃないですか……」
「如何したの、お兄ちゃん?」
「この部屋はね~、一夏君や私たちの部屋なんだよ~」
「お兄ちゃんと一緒なの!?」
「だから予想通りだって言ったんだ……」
織斑先生に生徒会でマドカの部屋を決めたって言われた時から、何となくこんな気はしていたが、あまりにも予想通りでつまらない……
「ベッドはまだ無いから誰かと一緒に寝てもらうんだけど……」
「お兄ちゃんと一緒が良い!!」
「……人の話は最後まで聞いた方が良いぞ」
どうせ刀奈さんの事だ、俺以外の誰かって言うつもりだったんだろう。マドカにぶった切られた提案の続きは予想通り俺以外の誰と一緒が良いかを尋ねるものだった。
「お兄ちゃんとは駄目なの?」
「そんなの私だって……じゃ無くって!」
「本音が漏れてますね……」
「私たちだって学園生活ではそんなに一夏君に甘えて無いんだから、マドカちゃんも少しは我慢しなさい!」
「でも、10年振りにお兄ちゃんと一緒に生活出来るんですよ。少しくらい甘えても良いじゃないですか!」
「落ち着け」
「でも!」
興奮状態のマドカの頭をポンポンと軽く叩く。こうすると簪や虚さんも大人しくなるので、マドカもこれで落ち着けば良いんだが……
「えへへ~」
効果は抜群だった……さっきまであんなに興奮していたマドカが、一瞬で大人しくなった。あまりの効果にやった俺が驚いたくらいにあっという間の変化だった。
「此処の寮長は織斑先生なんだ。あんまり問題を起こすと寮長室に連れて行かれるぞ?」
「絶対嫌!」
「なら、大人しく俺以外の人と寝るな?」
「うん。チョッと残念だけど、あの人と一緒の部屋になるくらいならまだこっちの方がましよ!」
「……随分嫌われてるんだね、織斑先生って」
「それだけの事をしたんですよ、彼女は……」
モノローグでもそうだが、俺はあの人を千冬姉って言わなくなった。血の繋がりが無くとも一応姉なのだから言っても良いのだろうが、そう呼べばあの人がまた調子に乗りそうなので止めたのだ。何時かはそんな事も思わないようになるのだろうか、なってしまうのだろうか。
「とりあえず入りましょう」
「部屋の前で何時までも突っ立てたらおかしいですからね」
「お邪魔します……」
「違うだろ?」
「た、ただいま!」
「お帰り、マドカ」
記憶には無いが、俺の義妹が帰ってきた瞬間を聞かれたら、多分今だろう……よくある兄妹の小さい時の記憶は失ってしまったが、これからまた1から創り上げれば良いだけなので、過去は気にしない事にする。
「お兄ちゃんも」
「何を?」
「部屋に帰ってきたんだからさ!」
「ん?……ああ、ただいま」
「お帰り、お兄ちゃん!」
「お帰りなさい、一夏様」
「おりむ~お帰り~」
「お帰りなさい一夏さん」
「お帰り一夏」
「……何で皆さんまで?」
まさかマドカに対抗心を燃やしてる訳では無いだろうな……義理とは言え、俺とマドカは兄妹なのだから、そこまで対抗心を持つ必要は無いと思うんだが……
「ねえねえおりむ~」
「何だ」
「マドマドの歓迎パーティーをしようよ!」
「歓迎パーティー?」
「それ良いわね!」
「食堂でケーキでも食べるのか?」
「違うよ~」
「変なところは鈍いわよね、一夏君って」
「それが一夏だもんね」
何でかしらないが、俺は攻められてるようだ。
「そこはおりむ~の作った料理とケーキでこの部屋でパーティーをするんだよ~!」
「えっ!?お兄ちゃんってケーキとか作れるの?」
「作れる事は作れるが……材料やお金が無いぞ」
「大丈夫ですよ一夏さん。今回はお嬢様や本音の発案ですし、費用は更識で持ちますから」
「……平気なんですか?」
「更識の屋敷ですれば平気です」
「なら週末だね~」
「……まあそっちの方が良いか。碧さんも居ますし……」
「そこで何で碧さんが出てくるの~」
「1人だけ仲間外れは可哀想だろ」
どうせなら碧さんも一緒に祝えば良い。1人増えるくらい何の問題も無いし、更識の屋敷でやるなら碧さんも一緒の方が良いだろ。
「お兄ちゃんの手料理か~……食べた事無いな~」
「ほえ~?マドマド、おりむ~のご飯食べた事無いの~?」
「私があの家を離れたのは小学校に入る前だからね」
「俺だってまだ料理をしてないから」
「お兄ちゃんがあの不良債権女の所為で料理上手になったのは嬉しいけど、あの女がお兄ちゃんの手料理を私より先に食べてるなんて!」
「不良債権は言い過ぎじゃない?」
「料理駄目、洗濯も駄目、掃除買出しも当然駄目。こんな女を嫁にしてくれる物好きは居ないと思うけど?」
「後浪費癖もあるからな……駄目な所を上げていけばきり無いぞあの人は」
「お兄ちゃんが居なかったらとっくに死んでてもおかしく無いのよ、あの女は!」
「……仮にもお姉さんをあの女呼ばわりって」
「だってあの女が居なかったら私はずっとお兄ちゃんと一緒に居られたのに!」
「……複雑な問題があるの?」
「言葉にすればそんなに複雑でも無いんだが……」
「事情が複雑なのね……」
「察しが良くって助かります」
俺の独断で言いふらして良い事柄では無いし、あの人の立場にも影響する事だ。このメンバーにでも簡単に言える事では無いのだ。
「あの女がお兄ちゃんと私を引き裂いたのよ!」
「無理に悲劇にしなくても良いだろ」
「一夏様とマドカさんは仲良しなんですね~」
「一緒に居て楽だからな」
「お兄ちゃんと一緒に居られるだけで幸せだからね!」
「一夏って妹からもモテるんだね」
「その表現は適切では無い……」
妹からモテるって……別にマドカは俺の事を異性として好きな訳では無いだろう……あくまでも兄として好きなんだろうが。
「お兄ちゃんなら良いよ」
「……何が?」
「私の初めてを捧げても」
「!?」
「私たちもまだだから、マドカちゃんも駄目だよ」
「えっ?……一緒の部屋で生活してるのにまだなんですか!?」
「おりむ~は初心だから~」
「私たちがいくらアタックしても気絶しちゃって駄目なんだ」
「別に良いだろ!俺はそう言う事が苦手なんだ」
弾や数馬に見せられてそう言う本でも気を失いそうだったんだから、生身の女性とのそう言う行為なんて……失血死しそうだ……
「お兄ちゃん……可愛い!」
「はあ?」
「だって普段は男らしいのに、そんな弱点があるなんて!」
「お風呂に一緒に入るまでは出来たんだけどね~」
「それじゃあ今日は私と一緒に入ろ!」
「勘弁してくれ……」
結局俺に平和な時間など訪れないのか……義妹と一緒に風呂なんて入れる歳でも無いだろうが……
「一夏に嫌われた……」
マドカが帰ってきた事は嬉しいが、一夏にすべて話されてしまったのは痛い……私と血が繋がってない事や、一夏の記憶を操作した事や、その前のマドカと一緒に生活していた時のこととか、一夏に知られたくなかった事が知られてしまったのだ……
「一夏……お前は私を許さないのか?」
誰も居ない部屋で、私は1人つぶやく。空を見れば朧雲に覆われた月が私を見下ろしている……一夏とマドカ、これから学園で2人の仲の良い姿を見るのかと思うと、更に落ち込んでいく……
「酒でも飲むか……」
一夏から通帳やカードを渡されたので、お金は好きに使う事が出来るようになったのだ。これからは好きなだけ酒が飲めるのだ。
「……やっぱ止めておこう」
一夏が管理してくれてたからお金が無くなる事は無かったが、私が管理すればあっという間に無くなるだろう……一夏が残してくれていたお金は決して少ない額では無いが、これを使い切ってしまうと一夏との繋がりが無くなってしまうような気がしてならない。私は一夏から渡された通帳をしまい、決心する。
絶対にこのお金は使わないと……
一夏とマドカは仲良く、しかし千冬は微妙な距離に……
次回はマドカの初実習です