DNA鑑定と言う本来の目的を済ませた俺は研究所から立ち去る事にした。
束さんは相変わらず研究室に引きこもってるので、挨拶はクロエさんにしておく事にした。
「では、俺はそろそろ帰りますね。クロエさん、また何かあったら連絡ください。俺も暇が出来ればこうしてまた教えに来ますから」
「ありがとうございます、一夏様。たった1日ですが少しは上手くなったような気がします。今度来る時にはもっと上手くなって見せますから!」
「意気込むのは良いですが、あまり調子に乗らないようにしてくださいね。自分の力を過信し過ぎると成長を妨げますから」
「わかりました。一夏様から教わった通りに復習して、分からない事があったらまた教えてください」
「なるべく2週間置きには来られるようにしますので、その間にしっかりと復習しておいてください」
束さんに暗黒物質ばかり食べさせる訳にもいかないからな……予定を空けるのは大変そうだが、知り合いに死なれるよりはマシだからな……
「それでは」
「ええ、またいらっしゃってくださいね」
「あれ~?いっくんもう帰るの~?」
帰ろうとしたら束さんが研究室から姿を現した。……今までの会話、隠れて聞いてたんじゃ無いだろうな……
「片付けならクロエさんでも失敗する事も無いでしょうし、俺にだって予定があるんです。あんまり長居する余裕は無いんですよ」
「そうなんだ~……いっくんは今の生活に満足してるのかな~?」
「何ですいきなり……」
恐らくだが、束さんは俺が何の用で来たのか気付いているだろう。だから、こんな質問が出来るんだろうな。すべての元凶……そこまではいかなくとも俺が今の生活をするようになった原因の一端を間違いなく担っている束さんは、相変わらず無邪気な笑みで俺を困らせるのがお好きなようだ。
「満足……まではいかなくとも、不満はありませんね」
「ちーちゃんと一緒に生活しなきゃいけなくても?」
「殆ど一緒に居ませんから。それに、そうしたのは束さんでしょ?」
「何の事かな~?」
惚けているけど、やっぱり束さんは真相を知っているようだ。その上俺が此処に来た理由もお見通しのようだが、この人は千冬姉にバラすような事はしないだろう。基本的に楽しければそれで良い人だからな……
「それじゃあちーちゃんによろしく~」
「実家に帰る訳じゃ無いんですが……」
「でも、学園で会うでしょ~?」
「まあ、1週間もすれば休みも終わりますから」
「だから、いっくんの方が束さんより早くちーちゃんに会うでしょ?」
「束さんが会いに行かなければそうでしょうが……」
「会いには行かないよ~!だって大した用は無いからね~」
「……今日俺が此処に来た事は大した事では無いんですか?」
「ん~?いっくんはクーちゃんに料理を教えに来ただけでしょ?そのついでに何をしてても束さんはしらないのだ~!」
「そうですか……」
束さんの対応に無意識にお辞儀をしていた。突如現れた妹を名乗るマドカの言っている事がほぼ正しいと確定して、千冬姉が不利になるとしても束さんは今日の事には目を瞑ってくれるようだ。
俺がお辞儀したのが意外だったのか、クロエさんは驚き、束さんは懐からカメラを取り出して写真を撮っている……そこまでしなくてもいいだろうが……
「今度会うのはいっくんの誕生日かな?」
「誕生日?……そう言えばそんなものありましたね」
「忘れてたの?」
「男なんてそんなものでしょ」
「そうなのかな~?まあ、束さんはお祝いしてあげるから楽しみにしててね~!」
「期待しないで待ってますよ」
この人が気合を入れると大変な思いをするのは大抵俺なので、ある程度気合を削いでおかなければ……
「期待しまくって良いからね~」
「それはそれで嫌なんですが……」
失敗したようだ……
「そう言えば一夏君って9月生まれだったわね」
「9月27日ですね」
「私と須佐乃男は始めて一夏さんの誕生日を祝えますが、皆さんは毎年お祝いしてたんですよね?」
「「「………」」」
「毎年忙しくっておりむ~も気にしなくて良いって言ってお祝い出来なかったんだよ~」
「だから毎年思い出してはお祝い出来ずにいるのよね……」
一夏君が出かけているので訓練も出来ず、今日に限って仕事もそんな大変では無かったので、私たちは主不在の部屋に集まって話していた。――もちろん主不在の部屋とは一夏の部屋だ――この部屋は何時来てもきれいに片付けられてるし、屋敷の人間に見つかりにくいのも美点の1つなのよね。
「それで今年は如何するんですか?」
「今年は学校だし、一夏君もどうせ忘れてるでしょうから、飛びっきりのサプライズでもしてあげましょう!」
「具体的には?」
「私たちがコスプレでもして一夏君をもてなす……とか?」
「絶対嫌!!」
「そこまで嫌がらなくっても良いじゃない……」
「だってお姉ちゃんの言うコスプレって、絶対普通じゃ無いでしょ?」
「普通だと思うけど?猫にウサギに犬にトラ……」
「何で最後がトラなの?」
「持ってるのがそれくらいなのよ」
「持ってるんだ……」
簪ちゃんが呆れたようにつぶやいた……だって可愛かったんだもん!一夏君に見せたら喜ぶかな~って思ったんだもん!!
「私は~何時もの服があるから平気だよ~」
「それじゃあ本音はそれで」
「ひょっとして……コスプレは決定なんですか?」
「簪ちゃんはしたく無いみたいだから私たちだけでするわ」
「お姉ちゃんがするなら私だって!」
「ほえ~?かんちゃん、なんで楯無様に対抗意識を燃やしてるの~?」
「別に良いでしょ!」
簪ちゃんもコスプレをする事を承諾してくれたみたいだし、後は虚ちゃんだけね……普段お堅い虚ちゃんがあんな格好をすると思うと……
「お嬢様?」
「お姉ちゃん、鼻血出てるよ?」
「おっと!」
ついつい興奮してしまった。虚ちゃんも私や本音と比べればアレだけど、世間一般にはスタイル良いからね……これは当日が楽しみになってきたわね。
「須佐乃男は自分で準備出来る?」
「資料があれば具現化する事は出来ますが……果して一夏様がこれで喜ぶのでしょうか?」
「大丈夫よ!一夏君だって男の子なんだから」
「そうかな……?」
「おりむ~は男の子じゃ無いの~?」
「そこに疑問を感じたんじゃ無くって、一夏が喜ぶのかの方だよ!」
本音のボケに簪ちゃんがツッコんだ……本音、貴女だって一夏君と一緒にお風呂に入ってるんだし、一夏君の立派なモノだって見てるでしょうが。
「それじゃあ後は当日にね」
「何がです?……何で全員が俺の部屋に居るんですか」
「一夏君!?い、何時から此処に?」
「さっき帰ってきたばっかですが……皆さんお揃いで何か用だったんですか?」
「な、何でも無い!」
「そ、そうそう、簪ちゃんの言う通り何でも無いのよ?」
「そうですよ!」
「一夏さんの部屋って静かで落ち着くんだよね!」
「まあ、屋敷で生活してる人たちの部屋から離れてますから……しかし何で皆さんそんなに慌ててるんです?」
順番に一夏君の興味を逸らそうとしたが、そんな事で一夏君が忘れてくれる訳も無く、慌てている事をしっかりと指摘されてしまった。
「一夏様、乙女の秘密をあれこれ詮索するのは良くないですよ?」
「乙女の秘密……ねぇ……別に秘密を探ろうとは思いませんが、何でそんな秘密話を俺の部屋でしてたのかは気になるですがね」
「一夏様の部屋には基本的に誰も来ませんから」
「……何か馬鹿にされた気がするんだが?」
「気のせいでしょ」
一夏君と一番やり取り慣れしている須佐乃男が、何とか一夏君から興味を削ごうと頑張っている。一夏君も徐々に興味を失ってきているのか、須佐乃男の言う事にツッコミを入れたりしている。
「それじゃあ私たちはこれで」
「じゃあね、一夏」
「ばいば~い」
「失礼します」
「それじゃあ一夏さん、また明日」
「はぁ……」
最後まで不審な眼差しで私たちを見ていたが、結局何も証拠が出なかったので大人しく部屋から私たちを出してくれた。まあ証拠なんて無いんだけど、一夏君と話していたら誰かがボロを出しかねないからね。
「それで一夏様、例の結果は?」
1人部屋に残った私は(一夏様の出かけた理由を知っていたからワザと残ったのですが)結果を聞くために一夏様の前に座る。話してくれるまでは部屋に戻らないと言う意思表示もありますが、立ったまま聞くのには長くなりそうだからでもあります。
「まあ予想通りだった」
「ではやはり?」
「血の繋がりは無かった」
「そうですか……」
あまりにも淡々と話す一夏様を前に、私は拍子抜けをした気分でした。もう少し気にしてるとか落ち込んでるとかしてくれれば慰めようもあったんですが、普段通り過ぎてつまらないというのが素直な感想です。
「疑ってたから確認しに行ったんだ。結果が如何であっても驚く事も落ち込む事もしないだろ」
「ですが、衝撃は小さく無いのでは?」
一夏様が唯一の家族だと思っていた千冬様が、実は血の繋がってない赤の他人だったと分かれば衝撃は受けるはず……しかも一夏様は他に家族と呼べる人が居ないので尚更だと思うのですが……
「確かに本当の家族では無いって分かった衝撃はあったが、別にそれだけだろ?」
「それだけって……一夏様の唯一の家族だったんですよ!?」
「血の繋がりが無くっても家族だろ?それに今はお前や刀奈さん、簪に本音、虚さんに碧さんが居るし、千冬姉だけが家族だとは思って無い」
「一夏様……」
一夏様は血の繋がりなど気にしてなかったようだ。それどころか、私たちの事も家族だと思ってくれていたなんて!
「まあ、千冬姉の事は家族だと最初から思ってなかったんだがな」
「はい……?」
今何て……?最初から家族だとは思って無いって仰いましたか?……それはつまり、一夏様は千冬様と血が繋がっていようが繋がっていまいが関係無かったと言う事ですか?
「昔から容姿以外は殆ど似てなかったし、あの人の所為で色々苦労したのは事実だからな。家族だと思って生活してたら今生きてなかったかもしれないし……」
「それほどまで千冬様の事がお嫌いなのですか?」
「別に嫌いじゃないが、嫌いの反対が必ずしも好きでは無いってだけだ」
「それではこれからは如何付き合っていくおつもりなんですか?」
「別に如何もしないが……血の繋がりが無い以上、家族だとも思って無いんだし如何こうする必要も無いだろ。収入はあの人に全部渡せば良いし、俺もそれなりに収入が出来たし、これで完全に関係無くなるだろ」
「それでは私のお小遣いは……?」
「必要分は渡す。だが、今迄みたいに無駄遣いすればすぐ無くなるからな」
「そ、そんな~」
情けない声を上げてしまったが、一夏様は気にする事なくPCに向かう。更識の企業に対して開発のお手伝いをしているようで、一夏様はそれで収入を得ているのだ。それも結構前からアドバイスはしていたようで、一夏様の口座には少なくない額のお礼が振り込まれているらしいのだ……バイト代として。
「一夏様、お小遣いは何とかなりませんか?」
「明細を見せて必要なら別に渡すから、それで良いだろ?」
「女の子には知られたく無いものだってあるんです!」
「女の子って……お前はISだろ?」
「ISでも女の子です!」
「そう言うのは刀奈さんを通してこっちに請求してくれ」
「分かりました……」
一夏様のデリカシーの無さは数少ない欠点ですね……女の子には色々秘密にしたい事があるんですよ。
夏休み最終日、俺は非通知で掛かってきた電話の相手に会うために屋敷からこっそり出かけた。別にこっそりと出かける必要は無かったのだが、何処に行くのか聞かれたら色々面倒だったのでそうしたのだ。
「お待たせ、お兄ちゃん!」
「なあ……俺、マドカに番号教えたっけ?」
「そんなの調べたに決まってるでしょ!」
「……一応言うが、犯罪だぞ」
「何を今更」
「………」
本当に今更だ。マドカが乗っているISはサイレント・ゼフィルス……つまりイギリスから強奪されたISなのだ。
「それで、呼び出されたからには理由があるんだろ?」
「お兄ちゃんには知らせておこうと思ってね」
「何を?」
「まずはDNA検査の結果を」
「ああ、それが結果か?」
マドカの手にはクリアファイルが握られている。その中には紙が挟まれており、恐らく検査結果が書かれた紙だろう。
「はい」
「……こっちが調べたのと同じだな、当たり前だが」
「私は改竄なんてしないよ!」
「落ち着け。ただでさえ目立ってるんだ、これ以上目立ちたく無いだろ?」
店内に仮面を被った女の子が居たら嫌でも目立つ。それに俺は色々と有名なので、こっちもバレないように帽子を被ってるのだ。そんな2人がひそひそと何か話していたら気にならない人の方が少ないだろう。
「まあ、お兄ちゃんが言うなら……」
「結果については俺も同じものを確認してるから信じられるが、調べるのに随分と時間が掛かったんだな?」
「機械を使うのに手間取ってね……私は組織内で浮いてるって話したでしょ?」
「ああ聞いた」
「その所為でね……」
「?」
何か言い辛いこ事でもあるのだろうか?マドカは黙ったまま俯いてしまった……いったい何があったんだろうか?
「別に無理して話す必要は無いから……」
「やっぱりお兄ちゃんは優しいね」
「これくらいは普通だと思うが?」
「ううん……少なくとも私の周りに居る人間の中ではダントツで優しいよ、お兄ちゃんは」
「それは喜ぶべき事なのか?」
マドカの周りの人間は、簡単に言ってしまえば犯罪者が多いだろう。サイレント・ゼフィルスを奪った組織に居るんだから、そう思うのが普通だ。そんな犯罪者ばっかが周りに居る人から優しいと言われても素直に喜べないんだが……
「やっぱお兄ちゃんには聞いておいてほしい……」
「そっか……なら、話せる時が来たら話してくれ。今は無理そうだからな」
「うん、ありがとう……」
そう言ってオレンジジュースを飲むマドカ……あの仮面はいったい如何言う仕掛けなんだろうか……
「それで?」
「ん?……お兄ちゃん、それでって?」
「まずはって事は、違う用もあるって事だろ?」
「……お兄ちゃんの前でうっかりしたら気付かれるよね」
「何だ?そっちも言いたく無いのか?」
「ううん、そんな事無いんだけど……」
「また言いにくい事なのか?」
「うん……明日には分かると思うんだけど」
「分かる?」
「な、何でも無い!」
「分かったからあんま耳元で大きな声を出すな」
「ご、ゴメンなさい……」
またしょぼくれてしまうマドカ……本気で怒ってる訳では無いのだが、マドカにとっては俺に怒られるのには変わり無いようだ。
「ふぇ?」
だからかもしれない。俺がマドカの頭をポンポンと叩いたのは……記憶には無いが、マドカはこうされるのが好きだった気がするから……
「そんなに落ち込むな。別に本気で嫌がってる訳じゃ無いんだ」
「本当?」
「こんな事で嘘吐いても仕方ないだろ?」
つい最近同じやり取りをしたような気もするが、これで機嫌が直ってくれるのならそんな些細な事は気にしないでおこう。
「お兄ちゃん大好き!」
「うぉ!」
小柄なマドカに抱きつかれてもそこまで危なくは無いが、衆人環視の中で抱きつかれるのは勘弁願いたい……彼女たちにも同じ事を頼んでいるのでが、一向に俺の意見が採用される見通しは無い……
「えへへ~お兄ちゃんの匂いだ~」
「ハァ……」
無理矢理引っぺがす事も出来たが、あまりにも懐かれているので俺が我慢する事にした……俺ってこんな役回りばっかだな……
そして翌日。夏休みも終わり、今日からまた寮での生活に戻るのだが……
「ほら本音!早く起きないと遅刻するよ!」
「う~ん……もう食べれないよ~……」
「そんなザ・寝言なんて良いから早く起きる!」
確かに寝言の定番だよな……そうでは無く!相変わらず寝起きの悪い本音を起こすのに手こずって未だに屋敷に居るのだ……
「もう担いで行った方が早そうだ。簪、本音の着替えと鞄を持ってきてくれ」
「うん、分かった!」
本音を担ぎ上げて、俺と簪は外に待たせている車に向かって猛然と走り出した。既にギリギリの時間なのだ……
「何とか間に合ったな……」
「本当……」
「まったく!こんな日まで寝過ごす事無いでしょうが!」
「ゴメンなさ~い」
「まあまあ虚ちゃん、間に合ったんだから良いじゃない」
「良く無いですよ!生徒会室に寄る時間が無くなっちゃったんですよ!!」
「それはそうですが、遅刻しなかった事を喜びましょう……一先ずはですがね」
「そうですね……」
一夏君に言われて、私たちは遅刻ギリギリだったと思い出した虚ちゃん。それぞれの教室に急ぐ事にした。……もし時間に余裕があって、あの書類を見ていれば、騒ぎはもう少し抑えられたのかもしれなかった……
次回、また一騒動を起こします