自分は少しキツイです……
朝、良い匂いで目を覚ます。
恐らくだが、一夏君が朝食の準備をしているのだろう。
「一夏く~ん、今日の朝食は何~?」
「お嬢様、一夏さんは居ませんよ」
私の質問に答えたのは虚ちゃんだった。
「あれ~?でもこの匂いは一夏君の料理だよね?」
「ええ、書置きがありまして…」
そう言って虚ちゃんは書置きを私に見せてくれた。
『用が出来たため、今日の訓練に参加出来るか微妙になりました。朝食は作っておいたので、暖めて食べてください。織斑先生には言ってあるので心配なく 一夏』
「一夏君の用って何なのかしら?」
「しかも早朝から入る用ですからね…」
「おはよ~……一夏は?」
「はい」
目覚めた簪ちゃんに書置きを渡す。
口で説明するよりコッチの方が楽だし確実だからね。
「一夏は何時から起きてたんだろう?」
「さあ?少なくとも朝食を作る余裕があった時間から起きてたんでしょうね」
「しかもお嬢様や本音が匂いに釣られて起きてこない時間からですからね」
「虚ちゃん、それ酷いよ!」
「事実、私が温め直してたら起きてきたじゃないですか」
「それは………」
虚ちゃんの一言で私は言葉を失った。
確かに匂いに釣られて起きたけど、それは一夏君の料理の匂いだからであった、決して私が食いしん坊な訳では無いのだ。
「か、簪ちゃんだって起きてすぐキッチンに来たじゃない!」
「うん、お腹空いたから…」
「な!?」
仲間だと思ってた簪ちゃんは、あっさりと目的を言った。
私だってお腹が空いたからキッチンに来たけど、それを認めるのは恥ずかしいと思っていたのに、簪ちゃんはそれを躊躇い無く言い放ったのだ。
「まあ、私もお腹が空いてキッチンに来たのですが、お嬢様はいったい何が目的でキッチンに来たのですか?」
「そ、それは……」
虚ちゃんが丁寧な口調でサド気質を垣間見せる。
この口調の時の虚ちゃんには逆らわない方が安全なのだ。
主に精神的に……
「匂いに釣られてきたのではないとすれば、一夏さんの手伝いをして点数を稼ごうとしたのですか?」
「べ、別にそんなんじゃないわよ。ただ…」
「ただ、何ですか?」
「………良い匂いだな~って……」
「結局匂いに釣られたんですね?」
「………ハイ……」
「それなら始めから認めれば良いものを……」
「だって…」
虚ちゃんの口撃に耐えながら、反撃をしようとしたが、結局は無駄になるので諦めた。
今の虚ちゃんには万に一つも口で勝てそうに無いからだ。
まあ、普段から勝てないんだけどね……
「それで、一夏の用って何だと思う?」
「織斑先生には言ってあるようだし、後で聞こうよ」
「そうですね。今此処で考えても私たちには見当もつきませんし」
「一夏君のプライベートな時間って何してるのか知らないわね、そう言えば……」
「何時も部屋に篭って何かしてるみたいだけど……」
「須佐乃男なら何か知ってるのかも知れないけど……あれ?須佐乃男も居ない」
簪ちゃんが須佐乃男のベッドを確認して驚いている。
如何やら一夏君と一緒に須佐乃男も出かけているようだ。
「須佐乃男まで居ないとなると……まさか、デート!?」
「そんな!?」
「落ち着いてください。一夏さんの用はもしかしたら訓練時間に間に合わないかもしれないんですよ。もしデートだったして、そんな理由で織斑先生が納得するとは思えません」
「そ、そうだよね!」
「一夏が私たちに内緒でデートなんてしないよね!」
「え、ええ……多分ですが」
虚ちゃんの小さな一言は聞き取れなかった。
何て言ったのかしら……
「それじゃあ何なのかしらね?」
「須佐乃男も一緒だからね……ひょっとして須佐乃男のメンテナンスとか?」
「それは昨日篠ノ乃博士がしてましたね」
「そうだよね……」
簪ちゃんの考えを虚ちゃんが事実を言って否定する。
そう言えば篠ノ乃博士が来てるのよね……
「まさか!?」
「如何したの?」
「お嬢様?」
「一夏君を篠ノ乃博士が攫って、この書置きを書かせたのかも!」
「………」
「それは無いですよ、絶対に」
「何で言い切れるの!?」
一夏君だって万が一があるかもしれないじゃない。
「如何やって篠ノ乃博士が一夏さんを攫うんですか?」
「そんな事しようとしても、織斑先生と一夏の両方から怒られておしまいだと思うけど」
「ほら!須佐乃男を人質にされたとか……」
「「無い無い」」
「あう~……」
私だってこれは無いわね~って思ったわよ!
でも、声を揃えて否定する事無いじゃないのよ……
「一夏相手に人質なんて取ったら、取らなかった時よりも早くやられて終わりだよ」
「そもそも須佐乃男は一夏さんの専用機なんですから、展開されたら人質の意味ありませんよ」
「そ、そうだよね……」
しかもご丁寧にありえないと思う根拠まで説明してくれた。
それくらい分かってますよ~だ!
「まあ、考えても仕方ないし、ご飯にしようよ」
「そうですね。ほら、お嬢様もふくれてないでご飯ですよ」
「ふくれて無いもん!」
まるで子供をあやすように話しかける虚ちゃんについつい強く返事をしてしまった。
それを聞いて簪ちゃんと虚ちゃんが笑い出した。
「な、何?」
「い、いえ……」
「お姉ちゃん、完全にふくれてる人がする返事をしたから…」
「もう!!」
笑ってる2人に怒りながらテーブルに朝食を運ぶ。
さすがに一夏君が作ったものを武器には出来ないし、こぼしたらもったいないので慎重に運ぶ…
それにしてもおいしそうよね~…
「そう言えば…」
「何?」
簪ちゃんが何かを思い出したみたいに足を止めた。
いったい何を思い出したのだろうか?
「いや、これほど騒いだり良い匂いがしてるのに、本音が起きないな~って思ってさ……」
「ああ……」
「そう言えば起きませんね……」
全員朝食をテーブルに置き本音のベッドの方を向く。
そこにはタオルケットを蹴飛ばし、ベッドの真ん中で丸くなっている本音が規則正しい寝息をたてて寝ている。
本当にこの娘は寝起きが悪いわね……
「誰が起こすの?」
「今日って一夏君の番よね?」
「でも、一夏さんは居ませんよ?」
「そうなのよね~……」
全員で顔を見合わせ、同じ考えに至ったようだ。
「「「ジャンケン………ポン!」」」
そう、ジャンケンだ。
これが一番公平で簡単な決め方だからだ。
「虚ちゃんの負け~!」
「それじゃあお願いしますね」
「はぁ………ほら本音、起きなさい!」
「う~ん………後30分……」
長い!?
しかも本当にこんな寝言を言う人っているんだな~……
寝言の定番とされている延長のお願い、大抵は5分か10分だと思うのだが、本音は30分のおねだりだった。
「そんなに寝てたら一夏さんが作ってくれた朝食、私たちで食べちゃうからね!」
「駄目~!!」
「あっ、起きた……」
「一夏君の力は絶大なのね……」
正確には一夏君の料理の力なのだろうが、それも一夏君の力だ。
こうして、本音を起こすのに大して苦労する事の無かった私たちだった。
「あれ?おりむ~は?」
1人寝ていた本音に一夏君が居ない事を説明しなきゃいけないので、結局は疲れる事になったのだが、これに比べれば本音を起こす方が大変なので良しとしよう。
「お姉ちゃん、何か現実逃避してない?」
「ええ、私もそう感じ取りました…」
「べ、別にしてないよ?」
現実逃避ではなく事実を考えてたんだから良いんだよね?
「何で疑問系……」
「怪しいですね……」
「全然!全然怪しくなんてないわよ!」
「本当に?」
「じゃあ何考えてたのか教えてくださいよ」
「えっとね……本音を起こす苦労に比べたら、一夏君が居ない事を説明する方が疲れなくて良いなって思ったの……」
私が正直に言うと、
「確かに……」
「本音を起こす苦労に比べれば、大抵の事は楽だと思えますね……」
あっさり同意してくれた。
やっぱり本音を起こす苦労はしたくないものね。
訓練開始時刻になり、私たちはアリーナに移動した。
一夏君は居ないようだ…
「諸君、おはよう!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「うむ、元気で何よりだ」
「織斑せんせ~!」
「何だ、布仏妹」
「おりむ~は如何して居ないんですか~?」
事情を知っているだろう織斑先生に本音が聞く。
その質問を聞いて、他の娘たちも一夏君が居ない事に気が付いたようだ。
「本当ですわ、一夏が居ませんわね」
「一夏め!サボりとは許せんな!」
「兄上がサボる訳無いだろ!」
「でもラウラ、現に一夏は居ないんだよ?」
「ええい!黙れ小娘共!!」
専用気持ち+1人が憶測で盛り上がっていたので織斑先生のありがたい出席簿アタックを喰らう…
「布仏妹の質問に答えると、織斑は今日1日アイツに付き合うために早朝から出かけている」
「アイツ?」
織斑先生の言うアイツが誰の事なのか、分かった生徒の方が少ないだろう。
私たち、一夏君の彼女たちと、さっき織斑先生に叩かれたメンバーは分かったが、その他の生徒は理解していない顔をしている…
「織斑先生、アイツとは?」
「アイツはアイツだ!」
「それじゃあ分かりませんよ?」
「兎に角私はアイツの名前を言いたくない。山田先生、代わりに言っておいてください」
「ええ!?そこまで言いたくないんですか?」
「ああ、そこまで言いたくない。言えばアイツが飛んで来そうだからな…」
「なるほど……」
何を納得したのか、山田先生が大きく頷いた。
いくらあの人でもそこまで人間離れはしてないと思いますけど……
「織斑先生の言うアイツとは、篠ノ乃束博士の事です。織斑君の新武装開発のために織斑君は今日1日篠ノ乃博士の手伝いをしに行ってます」
「それって昨日の?」
「アレって完成してませんでしたの!?」
「アレは兄上だけが使える武器らしいな!さすがは兄上だ!!」
「まったく……姉さんは一夏を独り占めしたいだけだろ……」
「騒ぐな!この馬鹿共めが!!」
再び騒ぎ出したメンバーにこれまた再び出席簿アタックが襲い掛かった。
学習しない娘たちね……
「したがって、今日の連携訓練はナターシャ先生のみだが、織斑が居ないと言って連携訓練を選ばないものが居るのなら容赦無く叩きのめすので覚悟しろ!」
「正当な理由で選んだ人は平気ですので、そんなに脅えなくても平気ですよ~」
「一夏君が居ない分、私がしっかり教えてあげるから」
私は最終日に連携訓練を選ぶつもりだったし、今日は織斑先生の近接戦の訓練を選ぶって決めてたしな~……
「ほら!さっさと選びたい訓練の担当者のところに移動しないか!!」
「時間は有限ですよ~」
「それって一夏君が言うセリフよね……」
「だって織斑君が居ないんですからしょうがないでしょうが!?」
「真耶!五月蝿いぞ!!」
「スミマセン!!」
移動を促していた教師陣だったが、山田先生が織斑先生に怒られている。
でも、あれって八つ当たりにも見えるのよね~……
一夏君が居ない事に一番ショックを受けてるのは織斑先生なのかもしれないな。
「何だ、更識姉?私の顔に何かついてるか?」
「い、いえ!?今日もお綺麗ですよ」
「世辞を言ってる暇があるならさっさと移動しろ!」
「私は今日織斑先生が担当する訓練を受ける予定なんです」
「ほう?織斑が居ても私の訓練を選んだのか?」
「ええ」
これは断言出来る。
私たちは一夏君が居ても居なくても今日は連携訓練を選ばなかった。
「その理由は?」
「連携訓練は屋敷でも出来ますし、一夏君に教えてもらってばかりじゃなくて、違う人にも教わりたいですからね」
「なるほど……つまり貴様らは我々教師陣を織斑の代わりとしか思って無いのだな」
「そうじゃないですよ!?」
何て曲解をしてくれるんですか!
身の危険を感じて咄嗟に否定した。
「それじゃあ更識姉、そして布仏妹、今日はお前たちを重点的に鍛えてやるから覚悟するんだな!」
「あ、ありがとうございます……」
「何で私まで~?」
巻き込まれた形の本音が文句を言う。
「何だ、お前は違う理由があるのか?」
「おりむ~が居ないのは残念だけど~今日は織斑せんせ~の訓練を受けようって昨日から決めてたんです~」
「その理由は?」
「連携訓練はいっつもしてますから~」
「やはり貴様も重点的に指導してやる!」
「ええ~!?」
結局本音も目をつけられてしまった。
指導してくれるのはありがたいけど、完全に八つ当たりだよね~………
「さて、そこのイタリア代表候補生!」
「私ですか?」
「貴様は何故連携訓練を選ばなかった?」
「人が多いので……」
「それは何処も大体一緒だぞ?」
「いえ、上級生が多いので…」
「確かに今日の連携訓練希望者は2,3年が多いが、それなら初日に選べばよかったじゃないか」
「候補生とは言え、昨日連携訓練を選んでいた候補生の面々との実力差を考えると、遠距離、近接訓練をしっかり受けてからの方が連携訓練を受けるにおいてやりやすいかな~って思いまして……」
「なるほど……」
確か一夏君のお友達の………そう!エイミィちゃんだっけ?
あの娘、候補生のわりに自信なさすぎね。
「まあ良いだろう。その理由ならしっかりと指導してやるから、お前も覚悟するんだな!」
「は、はい!」
あ~あ……エイミィちゃんも目をつけられちゃった……
今日の織斑先生は八つ当たりが酷いわね……
「カルカル~!」
「本音!今日も一緒に頑張ろうね!」
「りょ~かいなのだ~!」
「あはは、何それ~」
すっかり本音とも仲良くなったエイミィちゃんだが、背後に鬼が来てるのに気付いてないようだった。
「無駄話をしている暇があるならまずは貴様らから指導してやろう!」
「へ?………織斑先生…」
「ご、ゴメンなさ~い!」
「謝るぐらいなら無駄話などするな!」
「「は、ハイ!」」
織斑先生のありがたいお説教を聞き、本音とエイミィちゃんは大人しくなった。
まったく、一夏君、今日の借りは大きいわよ。
「いっくん!これは如何かな~?」
「悪くは無いんですが…イマイチしっくり来ないですね…」
「う~ん………」
「やっぱり威力を犠牲にするしか無いですかね?」
「それだと零落白夜と大して変らないんだよ!」
「難しいですね……」
「(一夏様、射程距離の調節をしては如何ですか?)」
「でもな~……」
「ん?いっくん、如何したの?」
「いえ、須佐乃男が射程距離をイジればと言ってるんですが…」
「これ以上はイジれ無いよ」
「ですよね…」
既に今日だけで5時間近くは開発に費やしている。
深夜に束さんから手伝ってほしいと言われ、皆の朝食を作ってから来たから……今は大体11時くらいか。
これだけ開発を手伝ったのは初めてだ…
「いっくんが我慢出来るのならもう少し反動軽減に使ってるエネルギーを他に使えるんだけどね~……」
「別に我慢出来ますけど、それだと連続で使い辛くなるんですよ…」
「雷の軌道を変更するためのエネルギーは動かせないし…やっぱり威力を下げるしかないのかな~?」
「持ち手を改良出来ないんですか?」
「ほえ?」
「いえ、反動軽減をエネルギーだけではなく、素材でも出来ないんですか?」
「………それだ!」
「ええ!?」
既に試してるものだと思ってたのに………
束さんは何かゴムみたいなものを柄に巻きつけている。
「さあさあいっくん!これで試してみて~!」
「はあ………」
こんなものを柄に巻いただけで使い手に来る反動を軽減出来るのだろうか?
まあ試せば分かるか……
「(そうですよ!駄目なら駄目で、別の案を考えれば良いんですから)」
お前は気楽で羨ましいよ……
「いっくん、準備良いかな~?」
「ええ、何時でも」
既に何十回と繰り返した黒雷の起動テスト。
空中に現れる的を雷の軌道を途中で変更して壊すのだが、意外とてこずっているのだ。
「それじゃあやるよ~」
束さんの合図で空中に的が現れる。
これを壊すだけなら、そう苦労しないのだが、新武装開発なので妥協は許されないらしい…
「(一夏様、行きましょう!)」
そうだな……
須佐乃男に急かされ、俺は黒雷を起動させる。
1個・2個・3個………
次々に的を破壊していくが、今迄と違い使い手に衝撃が来ない。
でも、まだこれからか……
雷の軌道を変更して、また1個・2個と的を壊す。
軌道変更は問題なく出来ており、また反動も少なくなっているのが良く分かる…
これはこのゴムみたいなもののおかげなのか?
「(それは後で束様に聞けば良いじゃないですか。今は残りの的を破壊しちゃいましょう)」
……そうだな。
これで完成に近づいたのは間違いないし、今はさっさと終わらせるか。
須佐乃男に言われ、残りを一気に破壊する。
結局最後まで反動は少なかった。
「如何かな~?」
「今迄に無いくらい楽でした」
「本当に?なら完成かな~?」
「それで、このゴムみたいなのは何ですか?」
「ん~?これは、対ちーちゃん用ヘルメットの素材だよ~!」
「なるほど…衝撃吸収に優れた新素材ですか…」
「ちーちゃんのアイアンクローは普通のヘルメットじゃ防げないからね~」
確かに……
千冬姉のアイアンクローなら、普通のヘルメットはおろか、バイクのヘルメットくらいなら砕けるだろうしな。
「(それって危なくないんですか?)」
ん?普通の人間にやれば危ないだろうな。
「(そんな簡単に言って良い事なんですか!?)」
平気だろ。
まだ死者は出てないんだからさ。
「(そんな楽観的な……)」
まだ何か言いたそうな須佐乃男は放っておいて、束さんに最終調整をしてもらう事にしよう。
「それじゃあ束さん、最終調整をお願いします」
「うんうん。これでもう少し威力も上げられるし、射程距離も伸ばせるもんね~。まだまだ手伝ってもらうよ!」
「………最終じゃないんですか?」
「もっちろん!」
「ハァ………」
これは本当に今日中に帰れそうに無いな。
千冬姉に断っておいて良かった……
2日目は次回で終わる予定です。
久々に7,000字超えたなぁ……