「お姉ちゃん、狭いよ…」
「ならお姉ちゃんに抱きつきなさい!」
「変なスイッチが入ってますね…」
「時々ああなります」
「かんちゃんに抱きつく~!」
「嫌、本音離れて!」
「この空気、誰が改善するんですか?」
「一夏さんにしか無理かと……」
一夏様を除く何時ものメンバーでお風呂に入ったのは良かったのですが、何故こうなった…
楯無様は暴走するし、それに便乗して本音様もおふざけ気味、その被害はすべて簪様が被っている。
此処がお風呂じゃなければ一夏様が何とかしてくれるのですが、生憎その一夏様はこの場には居ないのです。
「ほらほら簪ちゃん、お姉ちゃんと抱き合いましょう!」
「私も私も~!」
「痛い!苦しい……」
「そろそろ簪様は助けた方が良いのでは?」
「そうですね、お嬢様、本音、いい加減にしなさい!」
「「ええ~!」」
「簪お嬢様が痛がってますよ」
「えっ!?簪ちゃん、誰にやられたの!?」
「かんちゃん平気~?」
「……反省してよね」
「「ゴメンなさい」」
簪様が鋭い視線を向けると、あっさり謝った楯無様と本音様。
あの視線は怖いですね…
「簪様、平気ですか?」
「うん、ありがとう」
「いえ、実際に助けたのは虚様ですから…」
「須佐乃男だって心配してくれてたでしょ?」
「まあ、一夏様の彼女さんですからね」
「須佐乃男だってそうでしょ」
「ですので、心配するのは当然ですよ」
「そうですね。私たちに何かあれば一夏さんが悲しみそうですしね」
「一夏君の悲しんでる姿を見たい気もするけど…」
「おりむ~が悲しんでると私たちも悲しくなりそう~」
「実際この中の誰かか、碧さんに何か起こらなければ一夏さんが悲しむ事は無いでしょうしね。もし一夏さんが悲しむのなら、私たちも同様に悲しむのではないでしょうか」
「それは嫌だな~」
虚様の発言に楯無様が苦い顔をしました。
このメンバーで過ごすのが当たり前になりつつあるので、その誰かが欠ける事を想像したのでしょう。
「ねえねえ、おりむ~の昔話を聞くんじゃなかったの~?」
「そうだった!それじゃあさっさと出ましょうか!」
「ちゃんと温まらないと一夏に怒られるよ?」
「夏だよ、今?」
「でも、カラスの行水は駄目だよ」
「そうかな…?」
一夏様は長風呂でもカラスの行水でも特に気にしないでしょうが、あまりにも早いと怒るかもしれませんね。
「一夏様の休憩のためにも、もう少し入ってましょう」
「そうですね、一夏さんにも休憩時間をあげなくてはいけませんし、しっかりと温まってから出ましょう」
「一夏君なら平気だと思うけどね」
「おりむ~の回復スピードはすっごいからね~」
「でも、一夏だって人間なんだし、少しは休ませてあげなきゃ」
「一夏様がストレスを溜め込むと大変なんですから、此処はもう少しゆっくりしましょう」
「そんなに大変なの?」
先週の出来事を見ていないので、楯無様以下3名は首を傾げた。
あんな一夏様は見たことが無いのだ。
第四世代の力を持ってしても一夏様の動きについていくだけで精一杯だったのだ。
「映像が残ってるらしいので、今度見てみましょう」
「そうなの?それじゃあ生徒会長権限でモニター室に行きましょう」
「職権乱用ですよ…」
「そんな事言って~虚ちゃんだって見たいんでしょ?ん?」
「それは……」
「おりむ~の見たこと無い姿をみた~い!」
「私も気になる……」
「ほらほら~、虚ちゃんも正直に白状しちゃいなよ!」
「私は……」
好奇心を隠そうと頑張っているようだが、見たいのがバレバレな虚様。
素直になれば楽なのに…
「まあ、虚ちゃんは見たくないようだし、私たちだけで見に行こうか」
「そんな!?」
「おやおや~?虚ちゃん、何か言ったかな~?」
「な、何でもありません」
「本当~?」
「確かおね~ちゃんは『そんな!?』って言ったよね~?」
「言ってたね」
「気になるならはっきりとそう言えば良いのに」
「気になりますよ!気になるに決まってるじゃないですか!!碧さんから聞いた話では相当カッコよかったらしいですし、織斑先生を圧倒した本当の一夏さんの力が見られるんですよ!?気にならないはずが無いじゃないですか!!!」
吹っ切れたのか、虚様が一気に捲し立てる。
その勢いに楯無様が圧倒されたが、すぐに悪い笑みを浮かべた。
「それじゃあ、虚ちゃんの許可も出たし、こんどモニター室に突撃するわよ!」
「「おおー!!」」
気合の入った返事が2人分。
簪様と本音様のものだ。
虚様は無言で腕を挙げている。
それが彼女の妥協点だったのだろう。
「でも、まずは一夏君の昔話を聞きに行きましょうか!」
「「おおー!!」」
「お、おおー?」
今度は乗ろうとしたようだが、上手く行かなかったようだ。
「一夏君、おまたせ~!」
「おりむ~まった~?」
「一夏、寂しくなかった?」
「一夏さん……何言えば良いんですか?」
「俺に聞かれても……」
お風呂から出て一夏様を突撃した私たちだったが、私の番が来なかった……
簪様までは順調だったのに、虚様で躓いた……
やっぱり私が先にやるべきでしたね。
「もう!虚ちゃんは駄目ね」
「おね~ちゃんにノリの良さを求めても駄目ですよ~」
「私だって出来るんですから、虚さんだって大丈夫ですよ」
「慰めが悲しいです……」
「そもそも慰められる必要は無いでしょ。無理に乗る必要は無いんですし」
「一夏様、それじゃあ私たちが虚様をのけ者にしてるみたいじゃないですか!」
「寧ろのけ者にされた方が良いだろ」
「そんなんじゃお友達出来ませんよ」
「一夏君、お友達居ないの!?」
「おりむ~友達居ないんだ~!」
「大丈夫、そんな一夏でも大好きだから」
「え~と?」
またしても虚様が乗り切れなかった。
せっかく私が絶妙なフリをしたのに……
「人で遊ぶのは止めてもらえますか?本気で怒りますよ?」
「「「「ゴメンなさい!!」」」」
「スミマセン……」
「虚さんは謝る必要無いですよ。ふざけてたのはこの4人ですから」
「でも、簪ちゃんが一緒にふざけるなんて珍しいね」
「かんちゃんも不真面目組に入る~?」
「私は別に不真面目ではありませんよ?」
「お姉ちゃんと本音と一緒にされたくないな」
「「酷い!?」」
簪様の容赦無い一言に落ち込む楯無様と本音様。
それを見て一夏様がため息を吐く。
「そもそも不真面目組って、自覚してるなら少しは真面目に仕事してくださいよ!」
「そうですよ!私と一夏さんにばっか仕事押し付けて!!」
「「は~い……」」
反省の色が見られない返事をする2人を見て、ため息を吐く一夏様と虚様。
いったいこの2人の幸せは幾つくらい逃げていったのだろうか?
「一夏、昔話は?」
「そう!それよ!」
「おりむ~の昔話~!」
「そんな楽しい話じゃ無いぞ」
「一夏さんの事をもっと知りたいんです!」
「はあ……」
いまいち乗り気ではない一夏様だが、頭を掻きながら聞いた。
「本当に聞きたいんですか?」
「「「「もちろん!!」」」」
「これは話すしかないですね、一夏様♪」
「お前がたきつけたんだろ?」
「さあ?」
「隠しても無駄だからな」
一夏様は私を睨んでいたが、頭を振りため息を吐いて諦めた。
追求しても無駄だと思ったのだろう。
「それじゃあ話しますけど、何を聞きたいんですか?」
「一夏君が家事に慣れた理由とか」
「おりむ~の一番の嫌な思い出とか~」
「一夏の子供時代とか」
「一夏さんの……」
「またですか!?」
虚様が躓いたために、私が用意したオチが使えなくなった。
「まあ、それくらいなら話しますが…」
「「「本当!?」」」
「え、ええ。本当です」
「なら、順番に話して!」
「別に良いですよ」
そう言って一夏様は昔話を始めた。
まずは家事に慣れた理由だ。
一夏様の話はこうだった。
小学1年の時、一夏様の記憶の始まりだと言える時期だが、千冬様がキッチンを破壊した事で一夏様が家事を担当するようになったようだ。
その後は千冬様と比べ物にならないくらいの腕を持っていた一夏様がキッチンを支配してメキメキとその腕を上達させていったのだ。
そして気付いたら家事全般が得意になっていたのだ。
それを淡々と話している一夏様だが、その顔は思い出したくも無い事を思い出したような顔をしていた。
「如何した?」
「いえ、本音の質問と被る事を思い出しまして…」
「何々~!」
「一夏がそんな顔するって事は、相当嫌な思い出なんだろうね」
「また篠ノ乃さん関係?」
「いえ、確かに嫌な思い出の大半は篠ノ乃関係ですが、一番は違います」
「それは私も聞いた事が無いですね」
「だから思い出したくも無い思い出だからな」
一夏様は私たちを見ずに何処か違う場所を見つめている。
いったいあの目は何を見つめているのだろう……
「それで、いったい一夏君の一番嫌な思い出って何?」
「おりむ~教えて~!」
「思い出したく無いだろうけど、気になる」
「一夏さん、お願いします」
「まあ、もう思い出したんで言いますよ」
一夏様は虚空を見つめていた目を私たちに向けて話し始めた。
「小学3年だったかな?学校から家に帰ると、家の前にパトカーと消防車が停まってたんだ」
「ふむふむ」
「それでそれで~」
「お姉ちゃん、本音、五月蝿い」
簪様の集中の仕方が他の人と違い過ぎる気が……
確かに話の腰を折る合いの手でしたが、そこまで冷たい目で見る必要はあるのでしょうか?
「野次馬の話を聞く限り、家からものすっごい爆発音と大量の黒煙が出てきたらしいと言う事が分かった」
「それは大変ね~」
「爆弾テロだ~!」
「だから五月蝿い」
「確かに五月蝿いですね…」
簪様と同じ目を虚様もしている。
冷たい目がデュエットになり、楯無様と本音様は気まずい顔をして黙った。
「何か雰囲気が変ったか?」
「簪様と虚様が楯無様と本音様を視線で叱ってるんですよ」
「なるほど…」
一夏様がこっそりと私に確認をしてきたので、私もこっそりと答える。
さすがに場の空気に敏感な一夏様だけあって、この雰囲気の変化は感じ取ってたようだ。
「一夏、続きは?」
「ん?ああ」
簪様に続きを急かされて、一夏様は続きを話す。
「それで関係者だと話して通してもらったんだが、その中心には消防隊員と警察官に頭を下げている千冬姉が居たんだ」
「あっ、何となく想像ついた」
「私も~」
「「五月蝿い!!」」
「うお!?」
「ビックリしました!」
簪様と虚様の大声に驚く私と一夏様。
そして怒られた2人は私たち以上にビックリしている。
「簪ちゃんも虚ちゃんも聞き入りすぎよ?」
「そうだよ~、もう少し気楽に聞けば~?」
「「良いんです!!」」
「そこまでのめり込む話でも無いんだが…」
ついに話し手である一夏様まで2人の聞き入りように引いた。
私だって引きますよ、あれほどのめり込まれたら……
「一夏、続きを!」
「さあ一夏さん!」
「あ、うん……」
あの一夏様が押されてる!?
しかも簪様と虚様相手に!
「予想ついてるだろうが、その爆発音と黒煙の原因は千冬姉だ。俺の誕生日を祝おうとケーキを作ろうとしたらしいんだが、出来上がったのは炭の塊と爆発現場だったんだ」
「それは悲惨ね……」
「まさか誕生日プレゼントがそれなんてね~」
「それで?」
「まだ続きがありますよね?」
「え、ええ…事情を聞いて一緒に謝ってから家に入ったんですが、もはやキッチンは朝見た場所と同じだとは思えないほど汚れてまして、千冬姉を叱ってから俺が片付けました」
「一夏様の誕生日なんですよね?」
「ああ」
「それで一夏様を祝おうとケーキを作ろうとした」
「そうだ」
「それで一夏様が手に入れたのは疲労と最悪な思い出だと」
「そうなるな」
「なんて残念な……」
篠ノ乃さんが可愛く思えるくらいの迷惑だった。
千冬様の壊滅的な料理ベタは昔からのようだった。
「それにしても、一夏って昔から苦労性なんだね」
「寧ろ、今以上に昔の方が大変そうですね」
「まあそれも慣れましたからね」
「苦労に慣れるって……」
「おりむ~の髪の毛が心配だ~!」
「何で?」
「一夏様、あまりストレスを溜め込むと、ハゲてしまいますよ」
「それだけじゃなくって、白髪になっちゃうよ」
「一夏の白髪姿……」
「意外と似合ってる~?」
「何を想像してるんだ…」
一夏様は自分の頭を何となく見て、盛大にため息を吐いた。
それがいけないと思うんですが…
「それで、一夏の子供時代の話は?」
「大体話したんだが…」
「でも、まだまだあるんでしょ?」
「まあ、まだ束さん関係とか篠ノ乃関係とかありますからね」
「じゃあそれも聞かせてよ」
「……長いぞ?」
「大丈夫!まだ2日あるから!」
「聞けなかった分は明日聞けばいいのだ~!」
「屋敷でも聞けますしね」
「なんだかんだ言って、虚ちゃんも興味津々じゃない」
「それじゃあ話すが…」
一夏様は疲れてるからか、少し眠そうだった。
この時間に一夏様が眠そうにしてるのは珍しい。
先週の怒りが爆発した後みたいにウトウトしている…
「一夏様?」
「ん~?」
「眠いんですか?」
「大丈夫…」
「本当に大丈夫ですか?」
「うん……」
だんだん返事が怪しくなってきている。
これはひょっとするとひょっとするかもしれない。
「………」
「一夏様?」
「スー…スー…」
「寝ましたか?」
「う~ん……」
「ありゃ、一夏君寝ちゃったの?」
「そのようですね」
「珍しいね」
「おりむ~もこんな時間に寝るんだね~」
「そりゃ一夏さんだって疲れれば寝るでしょ」
一夏様が寝てしまったので、今日はこのままお開き……だと思ったんですが…
「それじゃあこれから私たちの昔話でもする?」
「でも、須佐乃男以外は大体知ってる話だと思うけど?」
「付き合い長いからね~」
「お嬢様の失敗談ならたくさん知ってるんですが」
「駄目!それは絶対言っちゃ駄目!!」
いったいどんな失敗談なのでしょうか…
あの楯無様があそこまで言われる事を嫌がるのですから、相当な失敗をしたのでしょう。
「気になります……」
「お姉ちゃんの失敗談……私も気になる」
「おね~ちゃん、言っちゃえ~!」
「私は別に言っても良いんですが……」
「絶対に駄目だからね!」
「このように当主様が仰ってますので言えません」
「「「ええ~!!」」」
「当主命令よ!虚ちゃん、絶対に言っちゃ駄目だからね!!言ったら許さないから!!!」
「分かってますよ」
まさか当主権限を発動するほどの出来事だったとは…
これは是が非でも聞きたいですね。
「虚様、楯無様が寝ている間にこっそりと教えてくれませんか?」
「スミマセン、私は更識の人間ですから、当主様の命令には逆らえないんですよ」
「お姉ちゃんが当主である限りは聞けないのか…」
「さあ!一夏君も寝ちゃったし、私たちは何しようか考えましょう!」
「おりむ~が寝てるから私も寝る~……スー…スー…」
「「早ッ!?」」
「本当に本音の寝つきの良さには驚くわ」
「寝起きの悪さにも驚きますけどね~」
しみじみと虚様と本音様の事を話していたら…
「これって本音が一夏君と一緒に寝てるんじゃない?」
と楯無様がつぶやいた。
「ズルイ!私も一夏の隣で寝る!!」
「私だって寝たいですよ!!」
「当然私だって一夏様と一緒のベッドで寝たいです!!」
「一夏君の隣は私のものなの!!」
「お姉ちゃんのものじゃ無い!」
「そうですよ!お嬢様のものでは無いです!」
「私は一夏様の隣にふさわしい肩書きを2つも持ってます!」
「何よそれ…」
楯無様に聞かれ、私は堂々と答える。
「それは、彼女と専用機であることです!!」
「確かに…」
「肩書きだけなら決まりだね…」
「でも、それだけじゃ諦められないからね!」
「一先ず本音様を起こして決めません?」
「「「賛成!」」」
無条件で一夏様の隣で寝てる本音様を叩き起こす事になった。
「本音、起きなさい!」
「此処は本音のベッドじゃ無いんだよ!」
「ほら、さっさと起きる!」
「起きないといたずらしますよ?」
それぞれが起こそうと頑張るが……
「スー…スー…」
本音様の寝起きの悪さは筋金入りだった。
代わりに……
「五月蝿いな~…何だよ」
「あっ、一夏君が起きた」
「普通なら起きると思うよ…」
「これだけ騒がれたら起きますよ…」
「そうよね~…」
「?…何で本音が俺のベッドで寝てるんですか?」
一夏様が本音様に気付き抱きかかえる。
「「「「ああ!」」」」
「な、何?」
「い、い、い、」
「い?」
「一夏君!」
「な、何ですか?」
「何で本音を抱っこしてるの!?」
「何でって、移動させなきゃ邪魔でしょ」
「「「「ああー……」」」」
「??」
一夏様が本音様を本音様のベッドに運ぶ。
つまり誰かが隣で寝ようとしても運ばれるだけなのか……
「今日は諦めましょうか…」
「そうだね…」
「そうですね…」
「一夏様も疲れてる事ですしね…」
「???」
一夏様は何が何だかって顔をしてますが、私たちは私たちが納得したのでそのまま放置する事にした。
一緒に寝れないのは残念ですが、誰も抜け駆けしないのならそれで良い。
私たちは同じ事を思いながら自分のベッドに入ったのだった。
次回2日目、訓練内容は変えないつもりですが、その場の流れで変るかもしれません。