「お待たせしました」
「スミマセン、時間掛かりまして……」
キッチンから戻ってきた2人は対照的な印象を感じさせた。
一夏君は特に変らない普段通りの雰囲気だが、虚ちゃんの方はすっごく疲れている感じだ。
いったいキッチンで何があったのだろうか……
「おりむ~お腹すいた~!」
「今持ってくるから待ってろ」
「は~い!」
本音は何も感じなかったのか、普段通り一夏君に話しかけている。
私なら怖くて話しかけられないわね……
「お姉ちゃん、一夏と虚さん、キッチンで何があったんだろうね?」
「簪ちゃんも気付いた?」
「だって虚さん、凄く疲れてる感じがするし…」
「私も思ったけど、一夏君に聞く勇気は無いよ……」
「私だって無いよ…」
姉妹揃ってため息を吐き、虚ちゃんを見つめる。
「な、何ですか?」
「キッチンで何があったの?」
一夏君に聞けないならもう一人事実を知っている人に聞けば良い。
私は虚ちゃんに聞くことにした。
「な、何にも無いですよ!?」
「怪しい……」
何か隠している。
今のやり取りで確信した。
「ほら本音、持ってきたぞ」
「わ~い!いただきま~す!!」
「刀奈さんと簪も、持ってきたからどうぞ」
「え、ええ…」
「いただきます…」
「…?何かありましたか?」
訝しげに一夏君を見ていたら気付かれてしまった。
こうなったら誤魔化すしかない。
「う、ううん何でもないのよ?」
「何故疑問系?」
「簪も何か隠してるようだが、何か気になる事でもあるのか?」
今の一瞬で簪ちゃんまで気にしてるのがバレた。
一夏君の勘の良さには関心を通り越して呆れる。
「一夏様、キッチンで何があったのですか?」
「「!?」」
怖いものしらずなのか……須佐乃男が思い切った質問をした。
「何かって?」
「だって虚様が疲れてるご様子ですし、何かあったとしか思えませんよ」
「刀奈さんや簪が気にしてたのも同じか?」
「おそらく…いえ、そうでしょうね」
須佐乃男にバラされて、私と簪ちゃんは気まずい雰囲気になった。
一夏君が一瞬コッチを見てため息を吐いたからだ。
「そんなの普通に聞いてくれれば良いのに……」
「聞きにくかったのでしょう。一夏様があまりにも普段通りでしたので」
「普段通りなら聞けるんじゃないのか?」
「虚様の雰囲気が普段通りなら聞けたでしょうが、あのように疲れたような雰囲気では何かあったと思っても一夏様には聞けませんよ」
「何で?」
「だって絶対に一夏様が原因で疲れてるからですよ」
「別に俺は何もしてない」
「本当ですか~?」
ズバズバと聞きたい事を言ってくれている須佐乃男だが、少し一夏君を警戒しなさ過ぎなように思えるのだが……
一夏君は普段優しい分、怒るとすっごい怖い。
精神的に容赦無く斬りかかってくるので、説教が終わると精神はズタボロになっている。
この間海で溺れかけてもう一回海、しかも深い場所まで行こうとした時に言われた事は凄く心に響いたのだ。
「何を疑ってるのかは知らないが、少なくとも俺は何もしてない」
「何も?」
「ああ」
「調理もですか?」
「それはしたが、虚さんには何もしてないぞ」
「虚様、本当ですか?」
「え、ええ。一夏さんに聞いたりはしましたが、基本的には何もしてもらってません」
「そうですか…」
これ以上聞きだせないと感じたのだろう…須佐乃男が引き下がった。
「おりむ~これ、あんまり美味しくない…」
「そんな事言ったら虚さんに失礼だろ」
「どうせ私の作ったものは美味しくないですよ……」
「ほえ!これ、おね~ちゃんが作ったの?」
「そうよ…」
「おね~ちゃんが此処まで上手くなるなんて…おりむ~!」
「何だ?」
「如何やっておね~ちゃんの料理の腕を上達させたの!?」
「とりあえず落ち着け…」
虚ちゃんが作ったと分かると忽ち興奮状態になった本音を落ち着かせるために一夏君が手を前に出す。
しかし本音はそれでは落ち着かず一夏君の手を取って引っ張った。
「今迄皆が苦労して教えても上手くならなかったおね~ちゃんの料理を此処まで美味しく出来た秘訣は何なの?」
「興奮し過ぎで間延びしなくなってますね」
「でもおね~ちゃんなんだね…」
「本音が間延びしないなんて…よっぽど興奮してるんだね」
「しみじみと評価してないで落ち着かせるの手伝ってくださいよ!」
一夏君に言われて本音を落ち着かせるために押さえつける。
「皆は知りたくないの!?おね~ちゃんの料理が食べられるレベルまで上達してるんだよ、絶対に上達しなかったあのおね~ちゃんの料理の腕が此処まで来たんだよ!?」
「私たちはまだ食べてないから…」
「それに本音、そこまで言ったら虚さんに失礼だよ」
「本音様はそんなに感動したのですか?」
「だって作れば炭が出てくるおね~ちゃんだよ!?」
「どうせ私は駄目駄目でしたよ……」
「本音も随分とはっきり話せるんだな…」
本音の発言に肩を落とす虚ちゃんと、間延びしない話し方に感動してる一夏君。
これまた対照的だ。
「本音、虚さんだって努力したんだ。だからそこまで上手くなったんだ」
「一夏さんの教え方が上手かったからですよ///」
「俺は殆ど教えてませんよ」
「それは謙遜が過ぎますよ。一夏さんが教えてくれなかったら、今でも壊滅的に下手だったでしょうね」
「皆も食べてみてよ!絶対に私みたいに驚くから!!」
一夏君と虚ちゃんのやり取りを聞いて本音が私たちに虚ちゃんの料理を勧める。
それにしてもあの虚ちゃんがねぇ……
私と簪ちゃんは恐る恐る、須佐乃男は特に気にした様子も無く虚ちゃんの料理を口に運ぶ…
「こ、これは……」
「確かに……」
「食べられなくは無いですね~」
私と簪ちゃんは驚き、須佐乃男は素直な感想を口にした。
「凄いじゃない、虚ちゃん!」
「まさか此処まで上達するなんて!」
「あ、ありがとうございます///」
私たちの感想に頬を赤くする虚ちゃん。
須佐乃男の言う通り食べられない事は無いレベルだが、虚ちゃんにしたらもの凄い進歩だ。
あまりにも今迄が酷すぎたからこその感動だ。
「刀奈さんもだが、簪も結構酷いこと言ってるよな……」
「でも、虚様も嬉しそうですし良いんじゃないですか?」
「そうかもな…」
私たちのやり取りを客観的に見ている一夏君と須佐乃男が小声でそう言っているが、私たちにそのやり取りを聞ける余裕は無かった。
「虚ちゃんが疲れた感じがしてたのは、これを作るのに精神をすり減らしてたからなのね」
「一夏さんにコツを聞きながら作りましたので、それで疲れてたのかもしれません」
「虚さんに抜かれないように私も頑張らなきゃ!」
「ほら、皆だって驚いたでしょ?」
「本音ほど驚いてないよ」
「本音は驚きすぎよ」
「まったく酷い妹だわ」
「冷めるから早く食べてくれるとありがたいんですけど……」
一夏君の一言で全員が興奮状態から抜け出し、残ったのは恥ずかしさだけだった……
「それじゃあいただきますね~」
「ああ、どうぞ。その間に風呂入ってるから片付けは頼む」
「駄目ですよ~皆で一緒にはいりましょ」
「今日は疲れてるから本当に勘弁してください」
一夏君が本気で頭を下げている。
そこまで疲れてるのだろうか……
「そんなに疲れてるなら私たちが洗ってあげるよ?」
「今日だけは本当に勘弁してくださいお願いします」
「なら、明日なら良いのね?」
「じゃあ明日は皆でお風呂だ~」
「一夏とお風呂……」
「私が一夏さんの背中を流してあげます!」
「……疲れてなかったら」
「「「「「本当!!」」」」」
「あ、ああもう良いです……」
一夏君の承諾も取れたし、明日は皆でお風呂に入れる!
でも、此処の部屋のお風呂は皆で入るには狭すぎる気がするけど、一夏君と一緒なら問題無いよね。
「それにしても虚ちゃん、本当に上達したね」
「私だってちゃんと練習してましたからね」
「それでもおね~ちゃんの料理の腕が此処まで上達するなんて思わなかったよ~」
「さっきから失礼だよ」
「かんちゃんも大概だよ~」
「一夏様の指導の賜物でしょうね」
「一夏さんには感謝してます」
一夏君がお風呂に入ってる間に私たちは虚ちゃんの成長を喜んでいた。
これで皆で出かける時に虚ちゃんも皆と同じくお弁当を作って交換する事が出来る。
「今度私も教わろうかしら?」
「お姉ちゃんが?」
「楯無様は十分料理上手じゃないですか」
「でも、一夏君と比べるとね……」
「おりむ~は別格ですよ~」
「そもそも一夏様と比べるのが間違いですよ」
「でもさ~」
一夏君は上手くなりたくてなった訳では無いって言ってるけど、あの腕は羨ましい…
普段から料理してれば上達も早いんだろうけど、私たちはそれほど時間に余裕がある訳でも無いのだ。
「そう言えば、虚さんは何時練習してたんですか?」
「屋敷ではしてる感じがしなかったけど……」
「夜中に練習してたんですよね?」
「須佐乃男は知ってたの~?」
「偶に一夏様が付き合ってましたし、お二人は昼間忙しいですからね」
「お嬢様や本音が仕事してくれませんでしたし」
「あ、あはは~」
「気にしちゃ駄目だよ~」
とんだやぶ蛇だ。
まさか料理の腕が上がったのを喜んでたら仕事の話になるなんて…
「でも、虚さんも頑張ってるんですね。私ももっと頑張らなきゃ!」
「簪様は私とはスタート地点が違いますからね。私よりは楽に上達出来るのでは?」
「あま~い!虚ちゃんは甘いわね」
「そうだよ~。料理はある程度の腕まで行ったらそこからが大変なんだよ~」
「そ、そうなんですか……」
虚ちゃんが衝撃を受けている…
まさかこれからは簡単に上達すると思ってたのだろうか。
「それにしても、須佐乃男も上手くなってるし、一夏君は料理教室の先生にでもむいてるのかもしれないね」
「でも、織斑先生は無理だったみたいだよ?」
「それは私も聞きました。教えるより追い出した方が楽だって言ってましたね」
「織斑先生はおりむ~でも無理なんだね~」
「私はそこまで酷くなかったんですね…」
「いや~おね~ちゃんも相当だよ~」
「本音!」
「わ~!おね~ちゃんが怒った~!」
虚ちゃんに追い掛け回される本音を見ながら残りの3人はお茶を啜る。
一夏君の料理には緑茶が良く合うのよね~。
「一夏様に言われましたし、片付けましょうか」
「そうね~」
「ほら本音、片付けるよ」
「ならおね~ちゃんを止めてよ~!」
「待ちなさい!」
簪ちゃんが虚ちゃんを止めるために頑張ってる。
虚ちゃんは簪ちゃんに言われて渋々本音を追いかけるのを止めた。
てか、狭い部屋でよく逃げれたわね…
「それじゃあ洗い物をしちゃおっか」
「ねえ、一夏の食べる分は?」
「一夏さんは自分は食べないから気にしなくて良いって言ってましたが…」
「おりむ~が食べないのは何時もの事だからね~」
「お腹空かないのかしら?」
「千冬様も食べない事が多いようですし、織斑の家系はそうなってるのではないですか?」
「不思議な家系ね…」
織斑先生も食べないのね……
もしかしてあのスタイルの維持の秘訣は夕食を食べない事にあるのかしら?
一夏君もスタイル良いしやっぱり食べすぎは良くないのね…
「私も食べないでみようかな?」
「何で?」
「だってスタイル良くなりたいじゃない」
「一夏様も千冬様も食べた量より消費する量の方が多いですからね」
「関係無いの?」
「食べないなら摂取エネルギーが減りますから意味はあると思いますが、一夏様や千冬様がスタイル良いのには直結してる訳ではないと思いますよ?」
「なら、しっかりと食べて運動した方が健康に良いね」
「お嬢様が体調を崩したら大変ですからね」
「なら食べよ」
あの2人みたいに動いたら私たちみたいな普通の人間は死んでしまう。
それくらいあの運動量はありえないのだ。
「一夏君は朝早くから運動してるし、織斑先生は一夏君程では無いけど朝運動してるし、夜もしっかり運動してるみたいだし、結局あのスタイルの良さの秘訣は運動量なのね…」
「お嬢様だって十分スタイル良いじゃないですか」
「そうだよ、お姉ちゃんは私と違ってスタイル良いんだからさ…」
「でも!お腹周りとか気になるじゃない!!」
「それはただ食べすぎなのでは?」
「グッ!」
須佐乃男の何気ない一言が突き刺さる。
私だって薄々感じてるけど、そんなあっさりと言わないでくれないかな?
「お嬢様は間食を止めれば大丈夫ですよ」
「お姉ちゃんは甘いもの食べすぎだよ」
「皆だって食べるじゃない!」
「私はお嬢様程食べません!」
「私だって!」
「私は食べるよ~」
「本音ってあんまり太らないわよね?」
「全部おっぱいに行くんで~」
「「羨ましい……」」
簪ちゃんと虚ちゃんが本音のおっぱいを見てつぶやいた。
確かに此処最近本音の成長は著しいと感じていた。
このままじゃ山田先生くらいまで成長するかもしれない。
「本音、暫く甘いもの禁止」
「ええ~!?」
「暫くじゃなくてもう一生禁止でも良いんじゃない?」
「そうですね…本音には甘いものはいらないですよね」
「私は甘いもの食べたいの~」
「何騒いでるんですか?風呂場まで聞こえてますけど……」
片付けが終わる前に一夏君がお風呂から出てきた。
「聞こえてたなら分かるでしょ!」
「本音の成長を止めなきゃ!」
「これ以上の成長は何としても阻止しなくてはいけないんです!」
「これは一夏様には分からない悩みなんですよ!」
「おりむ~助けて~!」
「何が何だか分からん……」
一夏君は興味無さげにキッチンに向かい残っている片付けを始めた。
それにしてもお風呂短いわね…
「何だこれ!全然片付いてない!?」
「「「「「………」」」」」
バツが悪い感じになってしまった。
本音の成長に驚いていたら片付けが手につかなかったのだ。
「俺が風呂入ってる間、何してたんですか?」
「それは…」
「ご飯を食べたり…」
「一夏様や千冬様の秘訣を考えたり…」
「本音の秘訣を調べたり…」
「私は襲われたのだ~!」
「何だそれは?」
呆れを隠そうともしない一夏君だが、怒りもしなかった。
一夏君の優しさなのか、これ以上疲れたく無いのかは分からなかったが、怒られなかったのは良かった。
「何を探ろうとしてるのかは知りませんが、あんまり騒がしくしない方が良いですよ」
「何で?」
「此処の寮長は千冬姉ですからね。騒がしいと怒りに来そうですから…」
「ああ…」
「織斑先生ならありえそう…」
私と虚ちゃんは違うけど、ここは1年生の寮だしね…
せっかく一夏君とゆっくり出来るのに、お姉さんである織斑先生が来たら色々台無しだ。
「まあ千冬姉が来ても問題無いですが、面倒です」
「一夏様は問題無くとも、私たちは怒られそうです」
「怒られるのは原因があるからだろ?それこそ自業自得だ」
「まあ、寮長室から離れてるし来ないでしょ」
「さあ?隣室の生徒からクレームがあったら来るかもしれませんよ?」
「それこそ大丈夫。ここの近くの部屋に生徒は居ないから」
「そう言えばそうでしたね」
一夏君は納得したようだ。
それにしても片付け終わるのは早い…
「手際が良いのね」
「ん?片付けですか?」
「うん。話しながらでも手が止まらないし、見て無くてもしっかり洗えてるし…」
「慣れですよ、慣れたくも無かったですがね…」
「おりむ~っていっつもそう言うけど、何で慣れたくなかったの~?」
本音が気にしていた事を一夏君に聞いた。
何時も慣れたく無かったと言ってるが、何で慣れたく無かったのかは言ってくれないのだ。
「何でって、普通なら親がやる仕事だからな。別に親がほしい訳じゃ何か嫌だったんだよ。千冬姉は壊滅的に家事が出来なかったし、仕方ないと言えばそれまでだが…」
「一夏君が家事に慣れたのって…?」
「小学生の時ですよ。それも早い段階で」
「一夏様の昔話は聞いてますが、本当に大変だったんですね」
「おりむ~の昔話聞きた~い!」
「別に大して面白い話では無いぞ?」
「私も興味あるな~。一夏君の小さい時の話ってあんまり聞いて無いからね」
「一夏の苦労話を聞きながら休むの?」
「それも面白いわね」
「一夏さんには私たち以上に大変な思いをしてるでしょうし、想像出来ない話が飛び出すかもしれませんね」
「虚さんまで……」
虚ちゃんまでも興味を持った事に少し驚き、そして呆れた感じで肩を落とした。
「それじゃあお風呂から出てきたら話してね!」
「そうと決まればさっさと出てこよ~!」
「ちゃんと洗わなきゃ駄目だよ?」
「本音はしっかり見張りますから心配なく」
「それじゃあ一夏様、皆でお風呂に入ってきますね」
「……話す事は決まりなのか?」
「「「「「当然!」」」」」
「ハァ……」
一夏君はガックリと更に肩を落とした。
この後は一夏君の昔話が聞けるんだし、お風呂はゆっくり入ってる場合じゃ無いわね!
脱線ついでに次回も進まないかも……