IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
「ぬおお~……と、刻の涙が見える」
頭頂部からぷすぷすと煙を立てて蹲りワナワナと震えながら、何やら見てはいけない物が見えつつある本音。どうやらとてもイイのが入ったようで、何時もなら数秒で復帰する本音もなかなか体制を立て直す事ができず痛みがどっか行くのを耐えていた。その様子を視界の端に入れつつ、虚は楯無に具体的な行動方針を進言する。
「早急に行わなくてはならないのが……IS学園及びロシア政府への説明ですね。お嬢様は早ければ早い方が良いと仰っていましたが、今すぐにでもアポイントを取りますか?」
虚の質問に対し、楯無は気だるそうに返事を返す。
「Is学園に関しては、織斑せんせにでも言っておけば大丈夫でしょ。ロシア政府は……口頭でのやり取りだと絶対に揉めるし時間の無駄だから、メールでいいわよ」
このような大事な連絡をメール一本で済ますなど、本来なら有りえない話だ。メールは一方通行なので、此方の言い分だけを一方的に伝えた後、返信に対して幾らでも
当然、こんな事をしたら相手は当然怒り狂う。特に軍事大国であるロシアに対してこのような失礼な態度を取ったら、報復されてもおかしくないのだ。
しかしそんなものどこ吹く風といった感じで、楯無は鼻歌を歌いながらPCを弄くっている。
「……とりあえず真琴君に連絡を取って、更識家を山田製作所付近に移動できないか検討して貰いましょ。それがOKなら、今持ってるISはロシアに返してっと……」
「おいお嬢様」
ちょっと待てと言わんばかりに本音がちょろっと漏れた虚。何やら突拍子も無い発言をしながらPCに向かう楯無を見やるが、その目は至って真面目。本格的にロシア政府とは手を切るつもりらしい。
楯無は、真琴が首を縦に振りさえすれば、更識家を山田製作所専用の隠密部隊にするつもりなのだ。学園内に内密に居を構える事が出来れば、政府からの圧力などは無視出来る。しかしこのような組織改革を行えば当然組織内で軋轢が生まれるが、時代の流れに乗れない者は容赦なく淘汰されていくのが昨今の世界情勢だ。
しかしこれには当然リスクもある。更識家の誰か一人でも謀反を起こせば、更識家全体が立ち行かなくなる。唯でさえIS学園全体が真琴の味方をしているのに、傘下に入っておいて反旗を翻したら、IS学園からは追放。ロシア政府からも狙われると、踏んだり蹴ったりの状態になる。
正直、これは賭けだ。更識家全員の統率を取れていると自負している楯無だが、人の心は水物。何時どのように心変わりが起こるか分からない。しかし、ここで一枚岩となり山田製作所の信頼を勝ち取れば更識家は大躍進を遂げる。
これからしばらくの間、更識家は綱渡り状態だ。薄氷を踏む思いの中戦わなくてはならない。
「さて虚ちゃん、今から一世一代の大勝負よ。私にあなた達の全てをベットして貰うわ」
更識の特権をかなぐり捨ててまで得たい物。それは近くにあるが、手を伸ばしてもそう簡単には手に入らない。
「……分かりました、腹を括ります。山田博士との会談が成立した瞬間から国籍の変更手続きに入ります。私は忙しくなりますので、これで失礼します。……本音!」
「おお~!?」
まだ蹲っていた本音の首根っこを掴んで立ち去る虚。一方引きずられている本音は、笑みを振りまきながら手を振っていた。
布仏姉妹が去り一人になった生徒会室で、楯無は一人得体も知れぬ高揚感に体を震わせながら呟いた。
「分の悪い賭けは嫌いじゃない……さて、簪ちゃんを呼び出してっと」
そう呟きながら開いた扇子には「正念場」と書かれていた。
その頃山田製作所の様子はというと
「とりあえず、落ちるみたいです」
「えっと、歯ブラシと洗剤と水と……あと雑巾だね。オッケー、全部揃ったよ」
カーペットにぶちまけた汁と格闘していた。
二人で四つんばいになりながらカーペットをごしごし擦る姿はなんとも哀愁を誘う。
「ねぇ真琴。多分これ落ちると思うんだけど、最悪ちょっとだけ色が残るかもしれない」
「ぎょうしゃの人にいらいして、カーペット交換してもらいますか?」
「えっ」
「はい?」
金銭感覚が狂った子供がここに一人。
「……不躾な質問で申し訳ないんだけど、このカーペットいくらしたか覚えてる?」
「ん~……お姉ちゃんがオーダーメイドって言ってたことしか分からないです」
「おっ……」
シャルロットに電流走る。オーダーメイドという言葉が出てきた瞬間。シャルロットの脳内で想像してた金額よりも一桁も二桁も上だという事が判明したのだ。
此処最近のIS開発で山田製作所には莫大な資金が流れ込んでいる。日本政府とイギリス政府から流れ込んできた金額だけでも、人生何回遊んで暮らせるか分からない。
大企業の隠れた社長令嬢だったとはいえ、あくまで庶民として暮らしてきたシャルロットにとって、この金銭感覚の違いは衝撃だった。
そのうち「どうだ明るくなつたろう」状態になりかねない。口座に振り込まれている特許料金やIS開発の詳細に目を通している内に麻痺してしまったのだろう。
「真琴! 絶対に汚れ落とそうね!」
「えっ? は、はい」
目の色を変えて力説するシャルロットを目の当たりにして困惑する真琴。
「よしっ、ここからはスピード勝負。真琴! こぼしちゃった部分全部に洗剤かけて!」
「わかりました」
真琴がしゅっしゅっとスプレー形式の洗剤をかけ始めたのだが、いかんせん遅い。昼行灯とまでは行かないが、うごきがゆっくりしている真琴には焦りの表情が見られない。最悪、ダメになったら買いなおせばいいと思っているのだろう。
「ああもう、それじゃ間に合わないよ。貸して真琴」
「はいどうぞ」
「ダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおしダメになったら買いなおし」
「シャルロットお姉ちゃん?」
シャルロットは目をぐるぐる回しながら一心不乱に洗剤を拭きかけ、すぐさま擦って汚れを落としていく。
「ふふっ、意外と粘るねぇ……でもね、代表候補生から逃げられると思わないほうがいいよ。どこに染み込んだとしても絶対に殲滅するからね。ほら、どこに逃げたの? ここかな? それともこっちかな?」
ここかな? と言う度にスプレーを吹きかけるシャルロット。口角が上がり、目には怪しげな光すら点り始めた。
「お、お姉ちゃんが……」
人間、食い物と金に関してはシビアな物。
壊れたシャルロットと、それを見てドン引きする真琴。山田製作所は本日も平和である。どんとはれ。
と、そこに着信が入った。真琴が携帯の画面を開いてあて先を確認すると
「……楯無さん?」
◇
時刻は少し撒き戻り、生徒会室に戻る。
楯無は緊急の旨を伝え、簪を呼び出していた。
「姉さん……緊急の要件って何……?」
「簪ちゃん。あなた
「シャルロット……誰それ……知らないわ……それがどうしたの……?」
「シャルル君はシャルロットちゃんだったって事よ。というかこの際それはどうでもいいの。問題は、シャルロットちゃんが亡命して、山田製作所が彼女を保護した事なのよ」
さらっと爆弾を投下し、その爆弾を完全にスルーして要件を述べ始める楯無であったが、当然簪が理解できるはずもない。
「ま、待って……デュノア君が……女の子?……それに保護って……」
「時間が惜しいから単刀直入に言うわね。ロシア政府との繋がりを切って、完全に山田製作所の傘下に入るのが今回の目的。簪ちゃんには私と一緒に山田製作所に交渉しに行くわよ。今からアポ取るから、簪ちゃんは準備しておいてね」
「え……ええ……?」
食べきれずに器に盛り上がっていくわんこ蕎麦の如く理解の範疇を超えていく楯無の発言。簪は当然楯無に説明を求める。
「ちょ、ちょっと待って姉さん……デュノア君が女の子っていうのは……本当なの?」
「そうよ」
携帯端末を弄りながら簡潔に答えていく楯無。その表情からふざけているとは思えない。先ほどの亡命の件から色んな想像をするが、核心を持てる答えは出て来ない。
「それにロシアとの繋がりを切るって……姉さん……ISはどうするの……?」
「問題無いわよ? 真琴君から貰うから」
「もっ……」
まるで足りなくなったお小遣いを親にせびる子供みたいな回答を貰った簪はフリーズした。ISはバーゲンセールじゃない。世界に468機しかないISを貰うのにどれだけの代償を払ったと言うのか。
「そのへんはお姉さんに任せなさい。さて、お姉ちゃんちょっと電話するから静かにしててね」
「ま、待って……お願い……ちょっと待って姉さん……」
「だーめ。……もしもし真琴くん? いまちょっといい?」
「あああ……」
準備も糞もあったもんじゃない。練習もなしにいきなり本番に臨むような物だ。
「うん、そう……ちょっとこれからの事で大事なお話をしたいから、出来れば山田先生にも同伴して欲しいんだけど……織斑先生もね」
『――――――――。 ―――――――?』
「ん? 違うわよ。シャルロットちゃんの事じゃなくて、山田製作所と更識家の事についてちょっとね」
『―――――。――――――』
「おっけー。それじゃ放課後になったらすぐ行くわね。門のIDは?……うん、うん。分かった」
『―――――』
「ありがとね真琴くん。それじゃ、また後で」
何気ない友達との会話のようにアポ取りを終えた楯無。そんな姉を見て、簪は脱力してへなへなと座り込んでしまった。
「あら、どうしたの簪ちゃんそんな所に座っちゃって」
「どうしたの……じゃないわよ……どうして姉さんはいつも……無鉄砲な行動をするの……?」
「酷い。お姉ちゃん傷ついちゃった」
よよよと座り込みながら泣く仕草を見せる姉を見て、簪は色々と諦めた。やっぱりこの姉には何も言っても無駄だ、と。ちなみに楯無が顔を半分程隠している扇子には「姉妹哀」と書かれている。
「はぁ……とりあえず……今すぐ行く訳じゃ無いのね……?」
「あ、うん。とりあえず放課後行く事になったわ。行くのは、私と簪ちゃん。それに織斑先生と山田先生」
「え……何その……最強布陣……」
「だーいじょうぶよ簪ちゃん。こう見えてもお姉ちゃん交渉は得意だから」
満面の笑みを浮かべつつ開いた扇子には、背水の陣と書かれていた。
「……まぁ……今の状況を理解しているみたいだし……私からは何も言わないわ……それじゃ……放課後どこで集合するの?」
「ん~そうねぇ。織斑先生と山田先生と合流して製作所に向かうから、簪ちゃんは生徒会室にきて頂戴。そこで合流してから職員室に向かいましょ」
「分かった……それじゃあ……」
「じゃあね~」
◇
「……という事らしいです」
「やっぱり僕の正体バレてたか……無謀だとは思ってたんだよね」
苦笑しながら、真琴の報告を受けるシャルロット。
今の電話は、キャッチホンでシャルロットも聞いていた。「シャルロットちゃん」という単語が聞こえてきた時シャルロットの顔が若干引きつったが、それ以外は特に問題も無く通話を終えたのだが……。
「この時期にれんらくが来るってことは、たぶん更識の家とのけいやくないように関することですよね」
「う~ん……更識家とはどういう関係なの?」
「えっと、楯無さんや簪さんたちが僕の護衛をしてくれるのと、ISのテストパイロットをしてくれる事になってます。あ、あと資金提供もしてもらえるようです」
「それはあっちの契約だよね。真琴からは何を提供するの?」
「IS1機と、ぎじゅつていきょうです」
「なるほどね……」
シャルロットは思案する。
現状だとテストパイロットは必要無いのだが、いつ必要になるか分からない。シャルロットが体調を崩した時など、有事の際には開発が止まってしまう可能性がある。
それと気になるのが、真琴の護衛という点だ。
シャルロットは、真琴や真耶にゴーレムが護衛として張り付いているのを知っている。それに加えて護衛が必要になる場合を考慮して、真琴はOKを出したのだ。つまり、学園内部に犯罪者が紛れ込む可能性を示唆している。
シャルロットも更識家についてはそれなりにしっている。世界有数のカウンターテロ組織として暗躍している組織は、裏の事情を知っている人間なら知らない人は居ないほど有名なのだ。
現在山田製作所と更識家は「手を組んでいる」状態といっていい。楯無はその契約を変更したいと申し出てきたのだから、自分達に不利になる契約変更はしないだろう。
そう考えると考えられる線は限られてくる。
「……企業的な観点からみると現状でも問題ないんだよね。商人と用心棒みたいな関係だしさ。それを変更したいとなると……専属契約か契約破棄しか考えられないかな」
シャルロットが弾き出した考えに対し、真琴はおとがいに人差し指を当てて考え、結論をだした。
「そですね。たぶんその二つのどちらかだと思います。専属契約のほうが可能性たかいですけど」
「真琴はどうするの? 専属契約となると、色々面倒くさいと思うけど」
「そのへんは、しょうさいを聞いてからじゃないと何とも言えないです。おねえちゃんや千冬さんのいけんも聞きたいですし」
「そうだね。僕達だけで決めていい内容でもないし、先生達に相談するしかないか」
「楯無さん達といっしょに来るみたいなので、その時にぜんぶきめましょう」
昼が終わり、放課後まで残すところ2時間弱となった。
後は打ち合わせに集中できると思ったのだが……。
「ところでシャルロットお姉ちゃん」
「ん、何真琴」
「これってつけ置きしてるんですよね? あとどれくらい待つんですか?」
「……! あー! あー!」
―――どうした更識、なんでそんなに疲れてるんだ?
―――……放って……おいて……