IS《インフィニット・ストラトス》~やまやの弟~ 作:+ゆうき+
というか、指摘されて初めて気づきました。
この場を借りて御礼申し上げます。
「お、お邪魔しま~す……」
「ただいまー」
夕食が終わった後、シャルロットは自分のISの調子が悪くなってしまった原因が分からない為、しばらくは真琴の家に泊まり込みで調整をしなければならないと皆に告げて、真琴邸に帰宅した。
「ふ~っ、ラウラの視線が怖かったなぁ……」
「せいふの許可がおりれば、メンテナンスじゃなくて改造もできるんですが……」
一夏達もメンテナンスして欲しそうな視線(特にラウラが)を真琴に注いでいたが、それに気付いた真琴が、一度に一機しかできないと説明すると、しぶしぶだが納得して各々の部屋に戻って行ったのだ。
「あはは、無理もないよ。真琴って世界で三本の指に入る開発者だもん。専用機持ちなら喉から手が出る程して欲しいと思うよ?」
「僕はいろんなISをいじりたいだけなんですよ」
「真琴、そういう時は「ありがとう」って言うんだよ? 謙遜は日本人の美徳だけど、余り行きすぎると嫌味になっちゃうし」
「……ありがとう」
僅かに頬を赤らめ、顔を逸らしながらそう呟いた真琴を見て、シャルロットは己の母性に会心の一撃が入った事を悟った。しかし、時すでに遅し。慌てて顔を逸らしたのだが、次第に顔が熱くなっていくのを実感していた。
それを見ていた真琴は、首を傾げながらシャルロットに問いかける。
「シャルロットお姉ちゃん?」
「な、何かな?」
「なんか顔が赤いですけど、かぜならおふろは入らないほうが……」
「大丈夫だよ真琴! そ、そういえば真琴って一人でお風呂に入れるの?」
「えっと……その……」
何とか誤魔化せないかと、シャルロットは苦し紛れに話題を逸らす。すると、真琴は何か隠し事がバレそうな子供の様な、煮詰まらない返事を返してきた。
何を隠そう、真琴は一人で風呂に余り入ったことがない。それと言うのも、真耶が真琴にべったりだったからだ。
小さい頃から、真耶はずっと真琴の世話をしてきた。
それこそ、まるで母親の様に。
真琴もそれを当たり前の様に受け入れた為、一人で風呂に入ったことなど数える程しかないのだ。
始めて一人で入浴した時、髪の毛をしっかりと洗い流すことができずに、泡が残ったまま風呂場から出てきたことがある。
それを見た真耶は慌てて真琴を風呂場に連れて行き、洗い流した。結局二度手間になると判断した真耶は、それからずっと真琴を入浴していた。
「まだ一人では入れないの? それじゃ僕と一緒に入ろっか」
「あう……すみません」
尻ごみをする真琴を見て、シャルロットはクスリと笑うと真琴の手を引きながら入浴の準備をするのであった。
◇
かぽーん
「はふぅ……」
「誰かとお風呂に入るのって久しぶりだなぁ……」
現在、絶賛入浴中である。
教員用の寮には学生寮と違い湯船が設置してある。そのため、大浴場に行かなくても湯船に浸かる事は可能なのだが、お世辞にも大きいとは言えない。
大人一人が入ってしまうと、いっぱいになってしまうのだ。
シャルロットはスマートな体型を持っているが、既に体の大きさとしては大人と遜色ない。母性の塊こそ、まだ成長の余地があるが。
彼女らは頭と体を洗い終えた後、二人で一緒に入ることにした。
シャルロットが先ず湯船に浸かり、その上に真琴が重なる様にして座る。まぁ、何時も真耶と湯船に入る時と同じ手法を取っている訳だ。
余談だが、シャルロットはスマートな体型を保持しているが、決して母性の塊が遠慮がちという訳でもない。同い年の白人女子に比べると幾分慎ましやかではあるが、彼女のスラリとした体型がそれを強調する形となり、均整の取れたボディラインを形成している。
真琴は何時ものように体を預ける。丁度頭がシャルロットの胸付近にあり、後頭部が双子山に埋もれてしまうのだが、彼にとっては何時もの事なので遠慮なく体重を預けるのであった。
「ひゃ!? ま、真琴?」
「なぁに? シャルロットお姉ちゃん」
(ま、真琴って意外と大胆……って! 違う違う、真琴はまだ子供なんだからやましい気持ちなんて有る訳ないじゃないか。僕の馬鹿)
戸惑いかけたシャルロットだが、すぐに気持ちを落ちつかせたシャルロットは、真琴の腹を抱きかかえる様に腕を回した。
「ううん、何でもないよ。……ありがとう、真琴」
「……?」
いきなり感謝の意を告げられ、真琴は頭上に疑問符を浮かべながら頭だけをシャルロットの方へ向けた。
「僕はね、真琴。真琴に救われたんだよ。真琴が僕の素性を調べて、織斑先生に相談してくれたから、僕はこうしてデュノア社から逃げ出す可能性を見つける事ができんたんだ」
「……デュノア社は、まえまえから連絡がたえなかったんです。ずっとむししてたんですけど、れんらくが来なくなってからシャルロットお姉ちゃんが来たので、あやしいと思ってたんです」
「なんだ、始めからバレてたのか」
「シャルロットお姉ちゃんがここに住むことになって色んなことが起きても、お姉ちゃんはいきなり僕のまえから消えないですよね?」
シャルロットは思いだす。
―――山田博士は親に勘当されている。交渉手段が一つ失われてしまったのは痛いが、今の彼は傷ついているだろう。シャルル、お前は山田博士に近づいて信頼を勝ち取れ。親が居ないという所に付け込めば比較的楽に達成できるはずだ。
(そっか……どんなに頭が良くても、真琴はまだ子供だもんね)
シャルロットは優しく真琴を包み込みながら諭すように語りかける。
「……大丈夫、大丈夫だよ真琴。僕は此処に居たい。僕が死なない限り、此処に居るって約束する」
「……よかった」
―――次は僕が誰かを守る番だ。
何かに駆り立てられるかのように一心不乱にISの研究をする真琴
目の前のお菓子をニコニコと微笑みながら食べる真琴
自分の前から消えてしまわないかと、今にも泣き出しそうな瞳で見つめてくる真琴
ぼんやりと空を眺め、何を考えているのか分からない真琴
その全てをシャルロットは守りたいと思った。
(それにしても真琴って可愛いよね。実は女の子って事はないよね?)
程なくして二人は風呂から上がり、髪の毛を乾かした後ソファーで寛ぎながら、ゆっくりと流れる時間を噛みしめていた。
ちなみに、今日の真琴のパジャマはデフォルメされた星柄である。セットでナイトキャップもついている。
しかし時計が午後9時を示し、9回アラームが鳴った時。真琴は何かを思い出し、シャルロットに遠慮がちに尋ねてきた。
「……シャルロットお姉ちゃん、ちょっとお願いがあるんですけど」
「ん、何? 何でも言って?」
「実はですね……」
◇
「うう……全然書類の山が減らない……」
「もう9時半か……少し小休止を入れるとしよう」
ほど淹れたコーヒーは既に飲み終わっていた。此処には空になったマグカップしかない。申し訳程度に用意した洋菓子も、残り僅かとなっていた。
「……ここ最近篠ノ之博士の事で手いっぱいなっていて後回しにしていたんですけど、外部からの接触は相変わらず減らないですね」
「全くだ。織斑のISデータの要求に、身柄引き渡し要求、真琴君へのIS開発依頼。人体実験、終いには二人のDNAを寄越せだとさ。……させてたまるか」
「特記事項を楯にされたらそれまでだと分かっているはずなのに、どうして執拗にアプローチをかけてくるんでしょうねぇ」
「さぁな、馬鹿の考える事など分からん。ここは超法規的存在だ。あいつらが学園に居る限り問題はないさ」
真琴と一夏への会談、実験、DNAマップの要求は留まる事を知らない。何処か一か所が要求したと分かるや否や、雪崩式に件数が増えたのだ。
「さて、と。さすがに晩御飯抜きだときついですねぇ……」
「そうだな、しかし店屋物はもう無理だぞ。どこも閉まってる」
「学食も既に閉まっていますし……私のデスクにお菓子のストックが有ったと思うので、取ってきますね」
「ああ、頼む」
真耶が席を立ったその時、
控えめにドアがノックされる音が静かな会議室に3回響いた。
3回ということは、仕事関係ではない。親しい間柄の人間が訪問してきたという事になる。
「こんな時間に誰が……?」
千冬は部屋の中を見られても問題無いように、始末書を一か所に纏めて鞄で隠した。
「私が出ます」
真耶がドアを開けると、そこにはパジャマの上からコートを羽織った真琴とシャルロットが居た。何か隠しているのだろうか、真琴はシャルロットの後ろに隠れて出てこようとしない。
「まーくん? それにデュノアさん。どうしたのこんな時間に。もう9時過ぎてるよ?」
「お疲れ様です先生。真琴、ほら」
シャルロットが真琴に何かを促している。それを受けた真琴は、少し躊躇った後、恐る恐る前に出てきた。彼は両手でバゲットバックを抱えていた。
「え、えっと……お姉ちゃん、はい、これ」
真耶は差し出されたそれを受け取る。開けてみると、そこには2~3人分は有るだろうか、綺麗に形が整っているサンドイッチと、大きさがマチマチなサンドイッチが入っていた。栄養バランスもしっかりと考えられていて、トマトとレタスを挟んだ物と、ハムを挟んだ物が交互に整列している。
「まーくん……これは?」
「これは僕と真琴で作ったんですよ。きっと先生達は忙しくて晩御飯を食べていないだろうから、夜食を作ってあげたいって彼からお願いが有ったんです」
「……ちょっと失敗しちゃったけど。……もしかして、もうご飯食べちゃった?」
「う、ううん。まだ食べてないよ。……そっか、まーくんが作ってくれたんだ。ありがとう、まーくん、デュノアさん」
「お仕事、がんばってねお姉ちゃん」
「それじゃ真琴。邪魔しちゃ悪いし、帰ろっか」
「あ、はい。……それじゃあ、先に帰ってるね」
真琴達はそう言い残し、仲良く手を繋いで帰って行った。
「山田君? 真琴君とデュノアが来たのか?」
「はい。これを私と織斑先生にって」
真耶は書類を長机の隅に寄せると、バケットを二人の真ん中に置いた。千冬はその中身を確認し、一瞬驚いていたが、すぐに何時もの表情に戻り、そして、僅かだが表情に笑みがこぼれた。
「……良い弟を持ったじゃないか、山田君」
「はい、自慢の弟です。それじゃあ、何か飲み物を作ってきますね。コーヒーでいいですか?」
「ああ、構わない」
書類と格闘し、殺伐とした雰囲気が一気に霧散した気がした。
―――が。サンドイッチの中に、とびっきり辛い物が紛れ込んでおり、それに悶絶する二人の姿があった。
――か、か、辛ぁ! 水! 水!
――……!! っ! っ!