さて、何が悪かったかと言えばきっと、俺が悪かったのだろう。
俺の身の回りで起きた不幸は、大抵、俺が原因だ。原因不明だが、そういう呪いと、幻想を持って生まれてきたのだから仕方ない。
初めて、俺の体質に気づいたのは確か、両親が自殺した時だった。
自殺するような両親じゃなかった。そんな性格じゃなかったのに、自殺した。原因は、父がこつこつと貯めた資金で買ったマイホーム。三人家族には少し大きめだけど、両親はこれからどんどん、俺の妹やら弟を作っていく気だったそうな。事実、何事も無ければ、そんな平和でアットホームな日常を過ごすことになっていただろう……その家に、悪霊が憑いてなければ。
『運が悪かったな』
そう俺に言ったのは、今の職場の上司であり、戸籍上の現父親である人。
彼は怨敵である悪霊を鼻歌交じりに駆逐し、呆然とする俺に、慰めるでもなく、ただ、事実として告げたのである。
『お前はそういう間の悪い人間だ。悪い魔に憑かれた人間だ。普通の世界では生きづらいだろう。俺の部下になれ』
当時、まだ高校にも入っていない餓鬼に、彼はそう言ってくれたのである。以来、俺は彼の部下として暮らしている。
あらゆる物を駆逐し、理不尽を壊す掃除屋として。
だからきっと忘れていたのだ。
自分自身がどういう人間なのかって。
●●●
「んじゃ、適当に観光地を回って、温泉に一泊して帰る感じで」
「料理は美味しいの?」
「そういう評判の店を選びました」
「よろしい」
そういう会話を経て、俺と博麗は新幹線に乗っていた。
「こういうのには初めて乗ったわ」
意外にも興味津々と、博麗が窓から流れる景色を見ている。
「博麗さんでも、こういうものに興味あるんですねぇ」
「アンタはいつも失礼な物言いね。未知の物に何かしらの感情を抱くのは当然でしょ?」
「や、確かにそうですけど」
「それに、旅行なんだから楽しんだ方が得よ」
確かにそうだと納得し、俺も折角の二人旅を楽しむことに。
なにせ、珍しいことに今日は博麗の服装がジャージでもパーカーでもない。どこぞのファッション雑誌に載っていそうな、流行に則ったおしゃれな服で着飾っていたのである。それだけでも、俺としてはこの旅行に来たかいがあった物だ。
「駅弁どうします?」
「せっかくだし、買いましょうか」
「そうですね」
牛タン弁当を二人で買って、外の景色を眺めながら食べる。
時々、思い出したように漫画の話や、世間話をいながら、だらだらと、いつも通りの雑談を交わして、俺たちは新幹線での時を過ごした。
観光先は牧場にした。
理由は近かったからと、最近、博麗が農業系の漫画にはまっていたからである。
それに……
「でかいわね、ここ」
「ええ、伊達に日本最大級の牧場じゃありませんよ」
この広大に広がる牧場と、そこで育てられている牛や馬などを博麗に見せたかったからだ。人間、身近な物が関わっていると、興味が湧くからな。幻想郷では文化レベルがちょいと遅れていたから、恐らく、普通の農家などが家畜として飼っていた可能性が高いと推測したのだ。
結果、その推測はきちんと当たってくれていた。
「…………多いわ」
「そりゃ、牧場ですから」
「牛や馬以外にも居るのね」
「まぁ、小動物は食べるようじゃなくて、観光用の奴ですけどねぇ」
「外にも、こういう場所があるのね」
「世界は広いですからね」
ぐるりと、広い牧場を一周しながら他愛のない言葉を交わす。
割高のラーメンと、牧場で採れた牛乳を使ったアイス。
思い出すのに写真が必要でないぐらいには、良い記憶になった。
最後は温泉宿で一泊して終わりだ。
もちろん、部屋は別々。
「……はぁ」
湯船に浸りながら、俺はため息を吐く。
誰もいないような時間帯を見計らって、しかも露店風呂を狙って入っていたので、周囲には誰もいない。空には丸い月が一つ。
何かを呟いても、耳にするものは誰もいない。
だから、少しぐらいはいいだろう。
「死にたく、ないなぁ」
かつてはどうでもよかった自分の命だけれど、不覚にも惜しくなった。
最後の最後、未練を断ち切るための旅行で、どうしようもなく未練ができた。
今更好かれようなんて思わない。
最初から最後まで、俺は博麗にとっての怨敵だからだ。
でも、それでも、一度だけでも俺に――――
「未練だ。みっともない」
熱い湯の中に、頭のてっぺんまで沈む。
マナー違反極まりないが、今だけは許してくれ。
この湯の中で、全ての未練を流して逝くから。
旅行帰り。
自宅。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
誰もいない家の中で、いつも通りの慣習を経て、俺と博麗は一息吐く。
「旅行はどうでした?」
「わるくなかったわ」
「それはよかった」
「…………次は、都会にも行ってみたいわね。漫画の舞台になることが多いから」
旅行の荷物の整理をしている途中、ふと、そんなことを博麗が言った。
なんて答えればいいか分からなかったから、曖昧に、誤魔化すように笑っておいた。
「ふん」
博麗はつまらなげにこちらを見ている。
生憎、気障な台詞を言えるほどいい男ではない物でして。
「そうですね。それでもいいですね」
だから、当たり前の言葉を返すだけだった。
ただ、それだけで俺にとっては幸いだった。
『Prr! Prr!』
弛緩した空気を切り裂いたのは、緊急コール。
嫌な予感が首筋をちくりとさすが、取らないわけにはいかない。
「……はい、××です。ええ……はい。わかりました、ご連絡ありがとうございます」
通話を切る。
胸の中に、冷たい物が突き立てられたような気分だった。
「何の電話だったのよ?」
博麗が珍しく、真剣な眼差しで尋ねてくる。
滅多に人の電話になんて興味を示さず、俺に声を掛けることすら稀だというのに、本当に博麗は勘が鋭いんだな。
こんな時まで……いいや、こんな時だからこそ直感が働くのか。
「よく聞いてください、博麗さん」
だから、俺は包み隠さず真実を告げる。
「八雲紫さんがついさっき、亡くなったそうです」
博麗霊夢。
幻想郷を守護する結界の巫女。
そんな彼女の教育係にして、親代わりと呼んでもいい存在――八雲紫という妖怪の死亡と、消滅を俺は告げた。