side-M
私は、いや、この場にいる誰であっても、今この場で何が起きているのか理解出来る者はいない。イリヤスフィールの妹であるクロエが、魔術師でもなければサファイア達のような礼装も持たないただの少女が、目の前でありえない量の魔力を放出している状況など、誰が説明できるのだろうか。
英雄を模した剣士は、目の前で起こった魔力の嵐を警戒したのか、地面を蹴って一瞬で距離をとった。人の意志さえ持たない英雄の現象に警戒させるほどの彼女はいったい何者なのか。その疑問に答えるかのごとく彼女の胸元、厳密にいうならば、彼女の
「あれは……」
彼女が出現させたそれは、その詳細を目視することは出来ない。でも、あれは……クラスカード?!
「
彼女がそうつぶやくと、今までただ拡散していた魔力が彼女を包むように流れを変えた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「ッ?!この呪文は―――」
その聞き覚えのある、おおよそ一般人である彼女の口から聞くはずのないであろうその言霊に従い彼女の、クロエの足元に魔方陣が描かれていく。
「
彼女によって描かれた魔方陣は完成し、クロエは自らの身体から取り出したクラスカードを手に取って、それを陣の中央へと伏せた。
「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
身体を覆うように放たれていた魔力の規模は次第に収束し、やがてクロエの姿が魔力の風で包まれて見えなくなった。
「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――」
刹那、静寂が世界を支配する。そして―――
「
放たれていた魔力が、全てクロエの身体に飲み込まれていった。
side-C
魔力の嵐がやむ。接続に成功し、弓の英霊は私の一部となった。知識が、技術が、経験が、この身に流れ込んでくる。両腕と腰を覆う赤い外套と胸部を覆う黒いプロテクター、そしてそれらを身にまとう様は、まさに英雄のそれに匹敵する。
本来の姿を、まるで下手糞な塗り絵のように黒く塗りつぶされた
「
それに対し私は、両手に投影した『干将莫耶』で迎え撃つ。
それは、中国における名剣の一。怪異を狩ることに特化した陰陽二刀一対の夫婦剣は、
近付きざまにセイバーが放った横一閃を、右手の莫耶で受ける。
―――下策―――
「ッ!」
莫耶だけでは受けきれず、そのままセイバーの剣に押し込まれそうになるのを、左手に持つ干将を使って弾き返す。そして、セイバーの剣が浮いた一瞬の硬直を狙い、莫耶で敵の懐に切りかかる。
―――失敗―――
セイバーは魔力放出を使って後退し、私の攻撃は寸のところで空を切る。攻撃が当たらない。この身に流れ込む経験が、私の身体と一致しない。大の男が剣を振るうがごとく立ち回っては、当たる攻撃も当たらず、防げる攻撃も防げない。
剣を構えたセイバーは再び私に接近し、構えた剣を振り下ろす。
―――危険―――
私は直観に身を任せ、剣戟を躱す。しかしセイバーはそれに怯まず、斬撃を放つ。右薙ぎ、左斬り上げ、切落、突き。そのいずれもが洗練された動きとあふれ出る魔力放出により、音速の域にまで高められる。
―――窮地―――
私はそれを、払い、受け止め、躱し、弾き、受け流す。直観に頼った動きはセイバーの攻撃を凌いでいるが、このままではいずれ限界が来る。
―――不可避―――
ついにその一撃が来た。右手の莫耶は砕け、左手はセイバーの攻撃を受けた反動で硬直している。
―――絶めイ―――
セイバーの聖剣が、私の目の前に迫る。そして
―――Zぇつmeイ―――
やがて
―――邨カ蜻ス―――
ついに
―――成功―――
「
目の前に巨大な盾剣を投影する。伝説も逸話も持たない無銘の剣は、聖剣が私を貫くのを一秒遅らせた。その一秒は、私を反撃に移させるのに十分すぎる時間だった。
私は強化した脚を使って大きく後方上空へと離脱する。それとほぼ同時に、私を守った剣はその役目を終え、砕け散る。
そして私は―――
「
弓は左手に、
「
私の手から放たれた
私は迎撃するべく、再び矢を投影しようとした、その瞬間―――
『ハァァァッ!』
身体を空気の刃に切り裂かれながらも、セイバーは力任せに剣を振るい、黒い斬撃を放った。それは私の着地地点を正確に狙っており、まともに食らえば命の保証はない。だが―――
「
着地する寸前、私は斬撃のやってくる方向へ右手を掲げる。
「
右手を中心に7つの赤い花弁が展開し、黒の斬撃を阻む。本来、かのトロイア戦争で名を残したギリシャの大英雄が持つ、対投擲に特化したその盾の花弁一枚一枚は、その強度たるや古城の城壁に匹敵する。無理やり放たれた斬撃は花弁を一枚も削ることもかなわず、こめられた魔力は減衰し、やがて消滅していった。
辺りに再び静寂が生まれる。私は今、アーチャーの経験と私の身体との誤差はなくなり、今は十全に力を振るえる。それに対し、無機質に立ち上がり剣を構えるセイバーは確実に衰勢している。
「
ここで一気に畳み掛けるため、私は再び干将莫耶を投影する。
「
私はセイバーに向かって走りながら、手に持った干将莫耶をセイバーに向かって投擲する。投擲に適したその双剣は、弧を描きセイバーの頭部に向かって飛んでいく。
『―――――』
しかしセイバーはそれを難なく防ぎ、干将莫耶はセイバーの遥か後方へと弾かれる。
「
新たにもう一組の干将莫耶を投影し、干将で切りかかる。
『―――ッ?!』
切りかかる寸前、セイバーの後方から左手の干将に呼応した莫耶が飛来する。前後から降りかかる双剣をセイバーは直観で察知し、その一振りをもって破壊する。
「
間髪入れずに、今度は右手の莫耶で切りかかる。後方から惹かれあった干将が飛来し挟み撃ちとなったセイバーは、再び一撃にて2つの剣を破壊する。
「
両手ががら空きとなった私は
「
振り下ろされた双剣は、セイバーの右肩から左の脇腹まで切り裂いた。
『ッ?!―――――ッ!』
人らしい意識が無いせいか、あるいは騎士としての誇りか、明らかな致命傷を負ったにもかかわらずセイバーは手に持った聖剣で反撃をしてきた。しかし、最初の頃のような剣速はなく、私は後方に跳ぶことで難なく躱す。
『―――――』
だが、それが狙いだったと言わんばかりに、セイバーはその聖剣に漆黒の魔力を集め始めた。真名開放によって、窮地を脱するつもりのようだ。魔力を込められた剣は、深淵よりも黒く輝く。
「―――
私は干将莫耶を破棄すると、一本の剣を投影する。螺旋剣よりも投影に負荷のかかるそれは、白銀色に輝く刀身を持ち、すべてを貫くかのごとき鋭さを持つ。私が剣に魔力を込めると、それに従い刀身に白い雷が帯び始める。
やがて、セイバーの剣に溜められた魔力が最高潮を迎え、抑えきれない魔力が刃となって聖剣を包む。そして、それに答えるかのように、私の持つ剣に帯びる魔力が雷となって次第に大きさを増す。
セイバーが今まさに放たんとしている彼の剣は、過去現在未来において最強の一振り。星が鍛えた人類最強の聖剣。その名は―――
『
それに相対するは傷一つない宝剣。剣の中の王者と呼ばれ、彼の王に死をもたらした至高の剣。
「
今、2つの真名が開放された。
side-M
剣士が放った黒いフレアとクロエが放った白い雷がぶつかり合い、拮抗している。クロエが力を持っていたこと、クロエがあの剣士と戦えていたこと、クロが伝説の聖剣と打ち合っていること、そんな疑問がどこかへ行ってしまうくらい、私はこの戦いに見入ってしまっていた。2つの宝具が激突する様は、まるであのアーサー王の最期、カムランの戦いを彷彿とさせた。
「はぁぁぁぁぁッ!」
クロエの声に呼応し、白い雷がその威力を増す。
『―――ッ?!』
黒と白の均衡は一瞬にして崩れ、剣士は自身の放った斬撃ごとクロエの放った攻撃に飲まれていった。
場が静寂によって支配され、戦闘が終わったことを告げる。剣士、セイバーはクラスカードに戻り、クロエは役目を終えた剣を握りながらその場に佇んでいた。先程までの戦闘の余韻から抜け出せず、思考がうまく纏まっていなかった、その時―――
カランッ、と金属音が辺りに響き渡る。
「ッ?!クロッ!」
それにいち早く反応したのは、隣で座りこんでいたイリヤスフィールだった。クロエの手からは剣がこぼれ落ち、音を響かせて消滅した。それと同時に、力尽きたようにクロエがその場に倒れこんだ。
それを見たイリヤスフィールは我武者羅に、先の戦いで荒れてしまった道の上を走ってクロエの元へ駆けていく。私もそれを見て我に返り、急いでイリヤスフィールの後を追った。
「クロ!しっかりして、クロ!」
イリヤスフィールに追いつく。そのとき彼女は、既にクロエを抱き上げていた。抱き上げられたクロエの表情は苦痛に歪められていた。
「美遊、どうしよう!クロが……クロが!」
目に涙を浮かべて懇願するように私に助けを求める彼女の姿は、いままでのような戦いをどこか軽く見ていた子供ではなく、ただただ妹の身を案じる一人の姉だった。
『落ち着いて下さい、イリヤ様』
突然聞こえてきた声に視線を向けると、そこにはルヴィアさん達と共に消息不明だったサファイアがいた。
「サファイア!無事だったの?!」
『はい。攻撃の瞬間、姉さんと共にルヴィア様達を地中に避難させ、難を逃れました』
ルヴィアさん達が無事と聞いて、私はほっと息をついた。
『私は一足先に地上に出たのですが、先程の戦闘のせいで美遊様に近付くことすら叶わず……申し訳ありませんでした』
「!そうだ、サファイア。彼女、クロエが倒れてしまって……何か分からない?」
『わかりました。少々お待ち下さい』
そう言うと、サファイアは顔を覗くようにしてクロエに近付く。
『これは、魔力が……いえ。それ以前に、これは一体……』
サファイアは小声で2,3呟いたのち、再び私達の方に視線を向けた。
『詳細は省きますが、クロエ様は魔力の枯渇状態にあります。早急に対処しなければ大変危険です』
魔力の枯渇?確かにそれなら倒れたのも頷ける。けれど、それならしばらく安静にしていれば、魔力は自然に回復するはず。それなのに今すぐどうにかしなくてはならないなんて、これじゃあまるで―――
「―――ぁ」
「ッ?!クロ!」
イリヤスフィールの声で、私は思考の海から抜け出す。クロエの方を見ると、どうやら何かを伝えたいのか、クロエの唇がわずかに動いているのが分かった。
「―ぃ――り―ぁ」
「クロ!大丈夫、お姉ちゃんがついてるから!」
イリヤスフィールはクロエを励ましながら、彼女の声を聞き取るために顔を近付ける。
「―――イリヤ……」
しっかりとそう発音したかと思ったら、クロエはイリヤスフィールの首に手をまわした。
「え?な、なにを―――」
そして二人の顔の距離は縮まり、
「ん―――」
「~~~~~~~~~~ッ?!」
零になった。…………え?
~しばらくお待ち下さい~
「―――っぷは!」
私が我に帰ったのは、クロエがイリヤスフィールのから離れたときだった。その間、時間にしておよそ30秒。二人の唇の間にはまだ半透明の糸が名残惜しそうに繋がっており、イリヤスフィールは突然のことに理解が追い付かないのか目を白黒させている。
「……きゅぅ」
「イリヤスフィール?!」
そして理解の範疇を越えたらしく、イリヤスフィールは目をぐるぐるさせながら気絶した。
「しっかりして!イリヤスフィール!」
『イリヤ様には刺激の強すぎたようですね』
「そんな呑気なこと言ってないで、早く起こさ―――」
そこまで言いかけると肩をぽんっと叩かれた。振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべたクロエがいて……
「―――ゴチになります」
そこで、私の意識は途絶えた。
今回は原作とあまり変わらなかったですね。すみません。
今後のアサシン以降の4戦は、原作と違う展開になる予定なのでご了承ください。