side-M
敵は瓦礫を蹴飛ばし起き上がると、そのまま地面に無造作に転がっている槍を拾う。
「それじゃあ、打ち合わせ通り行くわよ」
敵の姿を確認したクロエは苦しそうな表情をしながらも立ち上がり、私とイリヤも臨戦体制に入る。
「3,2,1――――――Go!」
クロエの合図と共に、私とイリヤは空へ跳び、クロエは駆け出す。それを見た敵も応戦すべく構えを取った。
「
そしてクロエは校庭の中央まで向かうと、その場で立ち止まる。
「シュート!」
一方で私は、敵に向かって魔力弾を放つ。これだけなら先程の戦闘と何も変わらないけど、私の目的は当てることじゃない。
敵も私の魔力弾に見向きもせずに、無防備なクロに向かっていく。
「―――やっ!―――はっ!」
私は敵の前進を邪魔するように、最低限の魔力で魔力弾を放つ。
「……クロエまで距離約20m。イリヤ!」
「うん!―――特大の散弾!」
イリヤが敵に向かって散弾を放つ。これも前回と同じなら、容易く避けられてしまう。しかし、今回は散弾の数を増やし、さらに範囲を狭くすることで、隙間を減らし相手が逃げられないようにした。
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―――――――――――――――
『簡潔に説明すると、私が礼装を使うから、その時間を稼いで頂戴』
『え?でも、今まではそんなこと無かったのに……』
『色々と事情があって、使えるまでに時間がかかるのよ。そのためにも、二人には少しの間敵の足止めをお願いしたいの』
『足止め?』
『そう。まずは美遊の魔力弾で敵の進路の邪魔をする。次に、ある程度私に近づいたら、イリヤの散弾で敵の足を止めて。そうしたら、私がその隙に敵に近づくから』
『でも、散弾はさっき避けられちゃったし……』
『ダメージを度外視して密度の濃い弾幕を張れば、敵の動きは少しは止まるはずよ。そうしたら―――』
―――――――――――――――
――――――――――
―――――
敵は散弾を槍で弾く。これで、僅かな時間だけど敵の動きは止まった。
「クロエ!」
私の声を合図に、クロエは敵に向かって走り出す。敵もクロエの姿を確認すると、イリヤの弾幕を無視して近づく。そして、イリヤの弾幕が止んだ、次の瞬間―――
「
クロエの言霊と共に、手に持った赤い布が敵の身体に絡みついた。
『■■■■■■■■!』
すると、金縛りにでも受けたかのように敵の動きは止まる。
よし!この機を逃すわけにはいかない!
「サファイア!」
『はい、美遊様』
私は空中に作った足場を蹴り、敵に向かって接近しながらカードをサファイアに翳す。
「
私はクラスカードに秘められた力の一部を開放する。それは人々の願いが込められた
そう。クロは囮であり、本命はこの一撃!
「
聖剣を敵へ向かって振り下ろす。その刀身は正確に相手を捉えたはずだった。しかし……
次の瞬間、獣の咆哮があたり一面に響き渡った。
「―――くッ!」
衝撃が私を襲う。
何が起きたのか理解できなかった。剣を振り下ろしたと思ったら、次の瞬間には吹き飛ばされ地面を転がっていた。
「美遊!クロ!」
イリヤの声を聞き、頭が揺さぶられたような感覚を我慢しつつ上半身を起こす。その目の前には―――
『Ahroooooooooun!!』
人狼となった敵の姿があった。
「何……あれ……」
胴体と両腕・両脚の黒い装甲は無くなり、そこから見える白い肌と青い毛が、獣らしさを一層引き立てる。バイザーでは隠しきれない獣特有の荒々しさが、離れている私の方にまで伝わってくる。
「獣化?!何よあれ!」
「そんな伝承、聞いたことがありませんわッ!」
凜さんもルヴィアさんも驚愕している。でも、目の前で実際に起こっている以上、あれを何とかしないといけない。
「それに、もしかしたら……」
私は1枚のカードを握り締める。そのカードの名は『
敵の注意は、まだ倒れているクロに向いている。今しかない!
「……よし」
私は意を決し、魔力のありったけを身体強化にまわして、敵に突っ込んだ。
「美遊?!」
「無茶ですわ!下がりなさい!」
私は二人の声を無視して、敵の懐へ飛び込む。この距離なら外さない!私は再び、サファイアにカードを添える。
「
しかし……
「―――え?」
私が宝具を展開する直前、一瞬にして敵の姿が消失した。
「美遊!」
「ッ?!」
イリヤの声が聞こえたと思った瞬間、背中に強い衝撃を受ける。
「がぁッ!!」
その力に抗うことも出来ず、私は地面に叩き突けられた。
side-C
「ッ?!―――がぁッ!!」
『美遊様!』
美遊の悲鳴で目を覚ます。まだ思考がはっきりとしないけど……どうやら,敵はマグダラの聖骸布を引きちぎって私と美遊を退けたようだ。やっぱり
重い瞼を開くと、目の前にはさっきまで居たはずの槍兵の鎧を纏った人狼と、それに押さえつけられている美遊が居た。
助けに行きたいところだけど、体はボロボロ、魔力の残りも少ないし、なにより敵の機動力じゃ宝具を当てることさえままならない。どうすれば―――
上手く働かない頭を巡らせているとき、ふと、一つの宝具が思い浮かんだ。それならば、確かに敵を倒すことはできると思う。ただし、現代の担い手である彼女のように扱いきれるかどうか。
「……彼女?」
何故私は、担い手のことを彼女と言ったのだろう。しかし、そんな疑問はまどろむ意識の中で霧散して消え、私はまだ動く左手で投影を開始する。
「……
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する。
「やれば出来る、ものね……」
そして私は、近くにあった手頃なサイズの石を、敵に向かって投げた。
side-I
「美遊!」
『いけません、イリヤさん!無闇に近付いては危険です!』
美遊の特攻を目にも止まらぬ速さで躱した敵は、美遊の背後に回り込み、そのまま左腕で美遊を地面に押さえつけた。助けようにも、魔力弾じゃ美遊にも当たっちゃうし、かと言って近づくこともままならない。
どうすればこの状況を打開できるか必死に考えていると、敵に向かって石ころが飛んでいった。
『■■?』
敵は石が飛んできた方を向く。するとそこには、満身創痍で立っているクロが居た。
「クロ?!」
クロは私の声に反応したのかこちらをチラッとみると、再び敵に視線を戻した。
「来なさい。蛮犬に成り下がり、誇りを失った英雄よ」
クロの挑発。それは理性、いや、本能すらまともに持たない黒化英霊には本来意味のない行為。しかし、今回に限ってはそれは違った。
『ッ?!―――■■■■■■■■■ッ!!』
憤怒、激昂、瞋恚、あらゆる怒りの感情が黒化英霊を支配する。
「あんたの槍を、今度は完全に防いであげるわ!」
嘘だ。
私は直観的に理解した。もし本当なのだとしたら、最初の一撃のときに使っているはず。これはハッタリ。
クロは敵と相対すると、左手を握りしめ、まるでパンチを繰り出す構えのようにその左腕を曲げ、拳を顔のすぐ横の位置で構える。そして、その拳の先には鉛色の球体が浮かんでいた。
『■■■ッ!!』
敵は、クロが臨戦態勢に入ったのを確認すると、美遊を押さえつけていた左腕を離し、右手に持つ赤い槍を構えた。
「……クロ、エ?」
敵はその腕に力を籠める。さっき放った投擲じゃない。それは、自身が槍と一体になって放つ”突き”。
『■■■■■■ッッッ!!』
咆哮と共に敵は、捉えられないほどの速力でクロを貫くために跳躍する。
「
クロの呪文と共に、クロの拳の先にある球体は光を放ちながら変化し、短剣へと姿を変えた。
『ッ!いけません、クロさん!その宝具は―――』
ルビーが突然声を上げる。しかし、そんなことで両者の動きは止まることはなく、遂に敵の口から真名が解放された。
『
必ず相手を貫く槍。その真名解放に遅れるように、クロは自らの一撃を放つ。
「―――
クロの放った白い閃光が一直線に敵に向かって突き進み、敵の放った赤い稲妻はその周りを囲むように角度を変えながら変則的にクロへと飛んでいく。そして―――
二つの光がお互いの心臓を貫いた。
side-M
『■■、■……』
敵はクロエを貫いていた槍から手が離れると、その場で魔力の光となって霧散する。そして、その後を追うように敵の赤い槍も消滅した。
「クロッ!!」
クロエはその場に倒れこむと、イリヤが悲痛な叫びを上げながらクロエの元へ飛んでゆく。私も、まだ節々が痛い身体に無理をきかせて、クロエの元へ向かった。
「クロ!クロッ!」
『落ち着いてください、イリヤさん!クロさんを揺らしてはいけません!応急処置をしますから、私を近づけてください!』
イリヤは動転しつつもルビーをクロエに近づける。すると、クロエの身体が魔力光で包まれる。
「イリヤ!美遊!」
凛さんとルヴィアさんも駆けつけた。
「どんな状況?!」
『……心臓を一突きですね。跡形も残ってはいません。これでは、もう……』
凛さんの問いに対し、ルビーは絶望的な返答を返した。
「そんな……何とかならないの?!ルビーはすごいステッキなんでしょ?!」
『……心臓が、それこそ一欠けらも残ってないんです。流石の私でも、0から1をつくることはできません』
「そんな……」
イリヤは気力を失ったように手を下す。
「……あれ?これは……」
すると、イリヤは偶然手に当たった何かを手に取る。
「これは……クラスカード?」
それは”Archer”と書かれた、血まみれのクラスカードだった。
「クラスカード?でも、先ほどの敵のものでしたらあちらに―――ということは」
「クロの体内にあったものみたいね……」
ルヴィアさんと凛さんは先ほどの敵が残したクラスカードを見ながら答えた。
「……お願い。クラスカードでもなんでもいい。クロを助けて!」
「イリヤ……」
イリヤは懇願するように、カードを握りしめた。すると突然、イリヤの手に持つカードが眩い光によって包まれた。
「な、何ッ?!」
目も開けられないほどの強力な光が、鏡面世界一帯を照らす。
「一体なんなんですの?!」
「ま、まさか、カードの暴走?!」
突然のカードの発光に、最悪の事態を想定する凛さん。しかし、そんな予想とは裏腹に光は10秒ほどで終息し、辺り一帯は再び夜の暗闇に支配された。
「―――皆、無事?」
『一体何が起こったんでしょうか』
私も目を開けて辺りを見回す。全員に特に変わった様子はなく、平常通りだった。
「そうだクロは―――ッ?!」
イリヤはクロエの方を向くと、目を見開いて驚いた。その様子を見て、わたしも慌てて視線を向ける。
「嘘?!」
「傷が……なくなってる?」
そこに居たのは、寝息を立てて目をつぶる、傷一つないクロエだった。
interlude
そこには荒野が広がっていた。
大地は無数の剣が突き刺さり、それがまるで死者を弔う墓標のように見える。
そんな剣の丘の上に、一人の男が立っていた。
赤茶けた黄昏の光によりはっきりと黙視できないが、彼は、その光の先に何かを見ていた。
此処は何処 ≪この場所を知っている≫
あれは誰 ≪あの存在を知っている≫
わからない ≪理解している≫
歩みは止まらない ≪進み続ける≫
そうして私は意識が定まらないまま、彼のすぐ近くへと来ていた。
そこまできてようやく、彼は私の方へ振り返る。
「――――――ッ?!」
刹那、轟風が吹き荒れる。
私に近づかせるどころか、その存在さえも許さない、そんな意志が風となって私に吹き荒れる。
手が、指が、眼球が、腕が、脚が、身体が、血液が、神経が、すべてが、この風に蹂躙される。
「――――――――――――ぁッ!」
声が出ない、耳が聞こえない、目が見えない、何も感じない。私のありとあらゆるものが踏み荒らされる。
「――――――――――――――――――――」
分からない、分からない、分からナい、分カラない、分からない、分からナイ、分カラナい、分カらナイ、ワかラナい、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナイ、ワカラナ―――
『ほう。これはまた、随分と珍しい客人が来たものだ』
―――キコエタ
『随分と本質が歪んでしまっているようだが……まさか、
声ガ聞コエタ
『貴様もまた、
はっきりと、声が聞こえた
『もっとも、貴様が泳ぎ方を知っているのだとしたら、話は別だがね』
声が、聞こえ、ナイ―――
welcome to hero of justice.
マグダラの聖骸布の件ですが、相手が男性にも関わらず破られたのは、投げボルクをアイアスで防げないのと同じ原理だと思って下さい。