とある少年が、全女性ジムリーダーのおっぱいを揉むという夢を抱いたそうです   作:フロンサワー

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 本編前に言っておきますが、デオキシスはおろかレックウザすら活躍しません。


流星の民の末裔のヒガナちゃん

 

 流星の民―――という一族がホウエン地方には存在する。彼らはメガシンカの伝承を次世代に語り継ぐ、という使命を負っている。

 しかし、彼らが引き継いできたのはメガシンカの知識ばかりではない。千年後に迫る巨大隕石の存在。そして、その災厄を打ち破る方法だ。

 隕石を破壊する方法と、それを実行するに見合う実力を兼ね備えた者を伝承者という。流星の民として生まれたとある少女――― ヒガナはその伝承者に選ばれた。

 1人の少女が背負うにはあまりにも過酷な運命。それでもヒガナは受け入れた。隕石を破壊するのが自分の使命なのだと。

 隕石を破壊するには、レックウザを呼び寄せるのが最低条件だ。

 当初のレックウザを呼び寄せる計画はあるトレーナーのせいで御破算になってしまった。しかし、代替案はある。大量のキーストーンの力により、空の柱の頂にレックウザを召喚するという方法だ。

 あらゆる手段を用いてキーストーンを掻き集めた。犯罪紛いの行為に手を染めた覚えもある。それでも、彼女は止まらなかった。もう止まれなかった。

 その甲斐あり、レックウザを召喚するのに支障無い数までキーストーンを集めることができた。

 だが、レックウザを呼び寄せただけではまだ足りない。平常のレックウザの能力では、隕石を破壊するには火力が不足している。

 必要なのは能力の底上げ――― つまり、レックウザのメガシンカだ。その状態でなければ、伝説のポケモンといえど隕石を破壊するのは不可能だ。

 残る手順はレックウザをメガシンカさせ、画竜点睛という技で隕石を砕くのみ――― の筈だった。

 

「そんな、どうしてこんな……!」

 

 召喚されたレックウザはメガシンカができない程に弱り切っていた。キーストーンによる強引な召喚が原因だったのだろう。

 レックウザがメガシンカできないとなると、最早ヒガナに打つ手はない。いや、人類に打つ手はない。隕石が迫る時をただ待つのみである。

 少し前にデポンコーポレーションの御曹司に言った言葉が脳裏に浮かぶ。ああ、結局のところ想像力が足りないのは私じゃないか。

 あまりの滑稽さに笑ってしまう。笑うしかなかった。

 

「心配しなくてもいいよ、ヒガナちゃん」

 

 ライムはヒガナの頭にそっと手を置いた。

 

「君が背負い続けてきたこれまでは絶対に無駄にしない。あの隕石は僕らが砕く」

 

 思えば、彼は本当に不思議な人間だった。グラードンの暴走を止め、この件に関してもただ黙ってついてきた。そんな彼なら。グラードンすら退けた彼なら、或いは―――。

 そこまで考えて、甘い考えだと切り捨てる。あの隕石を破壊するのと、伝説のポケモンを倒すのでは訳が違う。

 ヒガナは力なくライムの手を払った。

 

「……無理だよ、そんなの。たった1人のトレーナーに何ができるっていうの?」

「いいや、1人じゃない」

 

 静かな、されど力強い言葉だった。

 6つのボールが投げられる。それぞれのボールからドンカラス、ゴルダック、マッギョ、サーナイト、ロズレイド、シャンデラが現れた。

 

「僕と、そこの駄龍なんかより何万倍も頼りなる6匹だ」

 

 どうぞご覧あれ、とでも言いたげに、ライムは大きく両手を広げた。

 ライムのポケモンを間近で見て、改めてヒシヒシと感じる。強い。彼のポケモンは本当に強い。継承者として、自分のポケモンの強さには自信があった。しかし、このポケモンたちは強さは彼我の向こう側だ。

 それも、ただ力量が高いというだけではない。その心までもが強靭なのだ。

 隕石を破壊する、という話はモンスターボールの中でも聞こえていた筈である。それなのに、気圧された様子を見せるポケモンは1匹もいない。それどころか、彼らの目には確固たる自信が――― 隕石を砕く、という意思がある。

 

『伝説のポケモンの次は隕石か。老体の身としちゃあ、ちと堪えるが――― 中々どうして面白い』

『同感だ。いい雄とニャンニャンするのも良いが、たまにはこういうのも悪くねえ』

「あはは…… そう言ってくれると、こっちも少しだけ気が楽だよ。ホント、(おっぱいを揉むために)何度もこんな面倒事に巻き込んでしまって……」

 

 特にあの2匹――― ドンカラスとゴルダックには逆立ちしても勝てる気がしない。勝負を仕掛けるとしたら、最低でもチャンピオン・四天王クラスのポケモンが必要だ。それでも勝てるかは微妙だが。

 

『申し訳なさそうな顔すんじゃねぇぜ、アニキ。俺はむしろ感謝してるんだからよぉ。隕石を燃やすなんて鉄火場、あんたと出会えなきゃ味わえなかっただろうしなぁ……火火っ!』

『その通りです。みんなエキセントリックな毎日を楽しんでいるんですからお互い様なんですよ。だから、ライムさんは凛と胸を張っていればいいんです!』

「……うん、そうだ、そうだよね。そんな君たちだから、今でも(おっぱいを揉むために隕石を砕こうとするような)僕について来てくれてるんだもんね」

 

 彼はきっと、何度もこんな事態に首を突っ込んできたのだろう。その度に、ポケモンたちとの絆でそれを乗り越えて―――。

 その有様が、ヒガナにはとても眩しく見えた。

 

『さて、と。ライム君も元気になったことだし、そろそろ隕石をなんとかしようか』

『世界を救うという大役、この私にこそ相応しい! ……隕石から地球を救ったら、今度こそ今の三倍はモテると思うんだがどうだろうか?』

『王子、ゼロには何を掛けてもゼロなんだよ。知ってた?』

『イケメソ貴様ァァァァァァァ!!!』

『火ャハハハハハハハッwww!! そうだ、その通りだなイケメソwww!! ゼロに何を掛けてもゼロなのは常識だよなぁwww!!!』

「まっ、王子がモテないのはさて置き。イケメソの言う通り、そろそろ隕石の破壊に取り掛かった方が良さそうだ。時間だってそんなにある訳じゃないしね」

『でもでも、ライムさん。ここからじゃ私たちの攻撃は届きませんよ? どうするんですか?』

「うん、足は僕が調達する。サッちゃんたちは少し待っててちょうだい」

『手伝いはいるか、ライム?』

「いえ、ファーザーの手を煩わせる程ではありません。10分で戻ります」

『そうか。呼び止めて済まねえな』

 

 ライムは一礼をした後、あっという間に来た道を引き返していった。

 無為に時間だけが過ぎていく。

 ライムは本当に戻ってくるのか、そんな不安が胸をよぎる。そもそも、どのようにしてポケモンたちを攻撃が届く高度まで上げるのだろうか?

 不安を募らせるヒガナとは対照的に、ライムのポケモンたちは相変わらず馬鹿騒ぎを続けている。その場を離れる素振りは見せない。

 

『まだ信じきれない、って感じだな』

「!!」

 背後から声を掛けられた。振り返ると、そこにはライムの手持ちのゴルダックがいた。

 

『心配なさんな。あいつはヤる時はヤる男だからな』

「……でも、どうやって君たちの攻撃を隕石まで届かせるの? そんな方法、私にはてんで思いつかないんだけど」

『そいつは見てのお楽しみって奴だ…… ほれ、もう帰って来やがった。相変わらず惚れ惚れする手際だぜ』

「え?」

 

 ゴルダックの視線の先に目をやる。

 眼に映るのは雲ばかりで、そこには何もない。帰って来た、とはどういう意味なのだろうか?

 ふと、何か音が聞こえた。耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さな音。しかし、その音は次第に大きくなっている。

 他の音を掻き消す大きさになると、視界に黒い鉄の塊が下から現れた。この物体には見覚えがある。確か、ヘリコプターと呼ばれる乗り物だ。

 ヘリはヒガナたちの上まで移動する。機械にあまり詳しくないヒガナでも、ヘリの動きに無駄が無いのが分かる。

 風を巻き上げながら、ヘリは徐々に高度を下げていく。

 まさか、あれた乗っているのは―――。コックピットを見ると、そこには案の定ライムが座っていた。

 

「待たせてゴメン。さ、みんな乗り込んじゃって」

『火ャッハァ! 1番乗りは俺様だぜ!』

『どけぃ! 王子である私こそが1番乗りに相応しいのだ!』

『やれやれ、仕方ねえ。広い席は若いモンに譲るとするかね』

『『どうぞ、席をお譲りします!』』

『おう、悪いな』

『ファーザーさんは全然悪くないわ。年輩の方に席を譲るのは当然じゃない。で、次点でレディーを優先するのも当然よね』

『ごもっとも、ミス・サッちゃん』

『まっ、そういうことさ。その辺はアベサンを見習いなよ』

『『いつの間にか乗り込まれてる!?』』

 

 ヘリの扉が開き、次々と彼のポケモンたちが乗り込んでいく。

 残ったのはヒガナとレックウザのみ。しかし、ヘリは離陸を始めなかった。ライムは操縦桿から手を離しており、視線はヒガナへと向いていた。

 

「乗っていくかい、ヒガナちゃん?」

「……でも、私が行ったって仕方ないよ。何もできないんだもん」

 

 今更ヒガナが出張ったところで、何ができるという訳でもない。精々、ライムたちが事を上手く運べるように祈るだけである。それならば、邪魔にならないようにここで待つ他ない。

 しかし、ヒガナの返答を聞いても尚、ライムはヘリを離陸させなかった。それどころか、ライムはヘリの扉を開け、そこから手を差し伸べていた。

 

「何もできないとしても、僕はそれで構わない。君にはこの結末を見届ける権利があるって、僕が勝手にそう思っているだけだから」

「―――っ」

 

 見届ける権利があるのかどうか、ヒガナには分からない。いや、客観的に見ればそんな権利など無いのだろう。

 ヒガナの行いで、果たしてどれだけのポケモンと人間たちに被害が及んだのか。

 グラードンの暴走させ、ホウエン地方に未曾有の大災害を引き起こしたのは自分だ。暴力に訴え、多くのトレーナーたちのキーストーンを奪ったのも自分だ。転送装置を破壊し、どうしようもない最悪の事態を招いたのも自分だ。

 こんな人間は蚊帳のにいるのが相応しいのだろう。それでも、ヒガナはライムの手を取った。取ってしまった。

 

「オーケー、離陸開始だ」

 

 空いている席に座り、シートベルトを締める。後ろを見れば、ライムのポケモンたちも同じように席についていた。

 ライムはコックピットに座り、操縦桿を動かす。ヘリが徐々に上昇し、あっという間に空の柱の頂上が小さくなってしまった。

 これなら、そう時間がかからずに隕石が届く高度まで行けるかもしれない。しかし、ライムに幾つか質問をする時間くらいならばありそうだ。

 

「ねえ、ライム。どうしてヘリなんて運転できるの? それに、そう簡単に用意できる代物と思えないんだけど」

 

 その言葉を聞いたライムは、少しだけ答えにくそうな顔をしながら頬をかいた。

 

「あ〜…… ヘリの操縦は本で覚えて、そんでこいつは飛行場からパクってきた」

「!!??」

「いやいや、仕方ないことなんだよ。空の柱って孤島にあるじゃん? 最短ルートで行くには空からしかなくて。それに、ちゃんと返すから問題ないよ」

「問題しかない! 問題しかないよ! じゃあ、ヘリの操縦はこれが初めてってこと!?」

「いやぁ、恥ずかしながら高額の授業料が払えなくて…… でも、どうすれば動くかはなんとなーく分かるから多分なんとかなるんじゃないかな!」

「激しく不安でしかない!」

 

 予想とは斜め上の返答だ。これなら聞かなかった方がマシだった。

 

『ライム君、そろそろいいよ』

「っと、もうそんな高度か」

 

 ヘリは上昇をやめ、その場で静かに高度を維持する。

 窓から外を見る。その景色は壮観の一言だった。まるで海のように、白い雲が一面に広がっている。こんな非常事態でなければ、さぞ感動できただろうに。あと、ちゃんとした正規パイロットなら。

 少し上を見上げると、地球に迫る巨大隕石がそこにあった。

 もしもライムたちが失敗すれば、この綺麗な景色も、まだ見ぬ他の景色も、一切合切が吹き飛んでしまう。

 ヒガナにできることは無い。だから、せめてもと祈った。どうか彼らがこの景色を守ることができるように、と。

 ヘリの扉が開く。6匹のポケモンは一列に並び、隕石を静かに見上げていた。

 

『今回はそう大層な策はない。隕石に全力の攻撃を叩き込む、ただそれだけだ。その分、僕らの実力がモロに反映される』

 

 マッギョはニヤついた顔で、しかし凛とした声でそう言った。

 

『だからこそ、この作戦に失敗はない。細かな調整は僕が指示する。さあ、派手にやろうか』

 

 ―――空気が張り詰める。

 心なしか、ポケモンたちの口角が吊り上っているように見えた。

 

『ハイドロポンプ!』

『10万ボルト!』

『凍える風!』

『ムーンフォース!』

『火炎放射!』

『マジカルリーフ!』

 

 水が、炎が、氷が、光が、電撃が、草が。一つに混ざり合って隕石を穿たんと一直線に奔る。

 凄まじいエネルギーでヘリが僅かに揺れる。普通ならもっと激しく揺れる筈だ。そうならないのは、やはりパイロットの腕の賜物なのだろう。

 隕石とエネルギー波がぶつかり合い、猛々しい轟音が響く。遠目にだが、隕石の表面が削り取られているのが見えた。

 ひょっとしたら、と淡い希望が確信に変わっていくのを感じた。この威力なら隕石を砕けるかもしれない。

 

『ホーカマ、右に修正! 王子は左、サッちゃんは下! ライム君はヘリをもう少しだけ斜めに傾けて!』

 

 マッギョの指示が飛び、ライムとポケモンたちは手早く従う。

 すると、どうだろうか。エネルギー波はより精密に隕石の一点に直撃するようになった。

 これだけ距離が空いているのだ。普通なら自分の技を隕石に当てるだけで手一杯で、他に気を配る余裕なんて一切無い筈。

 それでもこのマッギョは味方に的確な指示を出せている。どれ程の指揮能力の高さならこの芸当をやってのけれるのだろうか?

 

『今だよ、ライム君!』

 

 ある程度の時間が経つと、マッギョが鋭い声でそう言った。

 ライムは左腕を掲げる。

 薬指に指輪が嵌められているのが見えた。その指輪の宝石から光が溢れ出す。この光には見覚えがある。メガシンカの際、キーストーンから放たれる光だ。

 サーナイトが光に包まれる。光が薄まり、現れたのはやはりメガサーナイトだった。

 

「2匹とも、ぶちかませ!!」

 

 ライムが叫ぶようにそう言った。

 メガサーナイトの胸元に黒いエネルギーの塊が集まる。一方で、シャンデラの頭部の炎がより一層煌めく。

 強力な一撃が来ると、ヒガナは直感で理解した。

 

『火ャッハァァァァァァァァ!!!! オーバーヒートだ燃え尽きやがれぇぇぇぇぇぇ!!!!』

『いっけぇぇぇ!! 破壊光線―――という名の、ライムさんと私の愛の結晶!!』

 

 強大な炎と光線が隕石に直撃する。

 ピシリ、と小気味良い音が響く。集中砲火していた一点を中心に亀裂が走っていた。

 あと一撃。あと一撃で隕石を砕ける。

 しかし、メガサーナイトは破壊光線の反動で動けず、シャンデラはオーバーヒートの代償で攻撃力が低下している。

 亀裂の中心を的確に衝く攻撃でなければ、隕石を砕くには至らない―――。

 

『敢えて言わせてもらおう……』

 

 ロズレイドが一歩前に進み、花束のような両腕を前に突き出した。

 

『トリは私だぁぁぁぁ!!』

 

 花束から刃のような葉が幾つも放たれる。

 マジカルリーフ。繰り出したが最後、目標に命中するまで止まらないという恐ろしい技だ。

 それぞれが自由奔放な軌跡を描きながらも、まるで吸い込まれるかのように亀裂の中心へと飛んでいく。

 1枚、また1枚と亀裂の中心に葉が直撃し、その度に亀裂が大きくなっていく。最後の1枚が直撃して、とうとう―――

 

「割れ、た……?」

 

 隕石が真っ二つに裂かれた。

 隕石の端がボロボロと崩れ落ちていく。しかし、それでも地球に甚大な被害を及ぼすであろうサイズだ。

 

「イケメソ!」

『大丈夫、あの2匹に行ってもらったよ』

 

 気づけば、ゴルダックとドンカラスの2匹がいなくなっていた。

 窓の外を見ると、隕石に接近する一つの影があった。言うまでもなく、それはドンカラスとゴルダックだ。

 ゴルダックはドンカラスの足首に掴まり、ドンカラスはゴルダック1匹分の重荷を負っていると感じさせない速度で上昇している。

 ゴルダックはドンカラスの足首から手を離した。彼が躍り出たのは隕石の真下だった。

 ドンカラスはもう片方の隕石の真下で悠然と羽ばたいていた。巨大な隕石が迫っているというのに、彼は余裕の態度を少しも崩さなかった。

 

『随分とビンビンじゃねえの。だがな、その程度で俺が喘ぐ思うなよ。女の人生を縛るようなクソッタレに、俺の相手が勤まるかよ』

 

 ゴルダックは隕石に指を向ける。

 指の先端にエネルギーが集中し、一筋の閃光がそこから放たれた。閃光は隕石目掛けて真っ直ぐに宙を走り、瞬く間に目標に直撃した。

 隕石がみるみるうちに凍りつき、やがて全体が氷に覆われてしまった。

 

『曲がりなりにも、あの娘は地球を――― 俺のファミリーを守ろうとしていた。首領(ファーザー)として、その恩義には報いなきゃなあ』

 

 ドンカラスの姿がブレる。ほぼ同時に、隕石に裂傷が走る。

 隕石を斬り抜き、再び斬り抜ける。その動作を残像が見える程の速度で繰り返した。隕石はヒビ割れ、削り取られ、見るも無惨な有様へと変貌していく。

 

『『砕けな、あの娘の因縁と共に』』

 

 2匹は同時に腕を振り上げ、一振り―――。

 その様は、まるで誰かの因縁を叩き斬るかのように見えた。

 パキンッ――― と。静かな、されど良く通る音が響いた。

 ゴルダックが迎え討った隕石は氷と共に砕け散り、ドンカラスの迎え討った隕石は細切れになって消えた。

 結局、ヒガナは何もできなかった。だけど、今だけは。どうかこの瞬間だけは、成し遂げたという達成感に浸らせてほしい。

 流星の民を縛り続けていた千年の呪縛が――― 1人の少女を縛り続けていた呪縛が、ようやく終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 流星の滝。1000年前の隕石の衝突によりできたと伝えられている、ホウエン地方でも名の知れたスポットだ。同時に、流星の民が生まれた所縁ある地でもある。

 全てが始まった場所――― 1000年前に隕石が落ちたという場所に、ヒガナとライムの姿があった。

 

「ヒガナちゃんはこれからどうするの?」

「私は――― うん、終わったお話をもう一度始められるよう、頑張ろうと思う」

「そっか。よく分かんないけど、上手くいくように応援してるよ」

「そういうライムはどうするの?」

「僕? う〜ん…… まあ、いつもの変わらずかな」

 

 聞けば、ライムはある目的の為に世界を歩き回っているらしい。そう簡単に会うことはできないだろう。

 

「それじゃあ、そろそろ時間だから」

「そっか。私もあなたの旅が上手くいくように応援してるよ」

 

 とうとう別れの時が来てしまった。

 ヒガナはライムと出会ったこれまでを心に刻み付けた。どれだけ記憶が摩耗したとしても、彼と彼のポケモンたちのことを忘れないように。

 ライムは背を向け、その姿が次第に遠ざかって――― はいかずに、未だにその場で佇んでいた。

 

「ああ、そうだ。僕が行く前に1つだけやってもらいたい事があるんだ」

「?」

「お礼だよ、お礼。君は色々とやらかしたけど、尻拭いをしたのは結局僕なんだから。当然でしょ?」

「うん、その通りだね。今すぐに用意するのは難しいけど、必ず相応の礼は―――」

「ああ、それなら大丈夫。今すぐできる簡単なことだから」

 

 そう語るライムの目は、とても綺麗でし澄んだ色をしていた。

 彼は金や宝石といったような、そんな俗な礼など求めていない。もっと細やかで、純粋な何かだ。

 何を望んでいるかは分からないが、出来る限り叶えてやりたいとヒガナは思った。

 ライムが口を開く。どんな望みを言うのか、少しだけ好奇心に胸を躍らせ―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっぱい、揉ませて☆」

「…………………………………………………………………………ふぇ?」

 

 空気が凍った。

 もしや夢なのでは、と頬を抓ってみる。普通に痛い。現実だ。いやしかし、明晰夢という可能性も―――

 

「勿論できるよね? で き る よ ね ?」

「えっ? ……………えっ?」

 

 その可能性を否定するかのように、ライムは今すぐにでも張っ倒したくなる笑顔で追撃を始めた。

 

「出来ないとは言わせないよ! あわや君のミスで世界が滅びる寸前だったのを、僕らのおかげでどうにか回避できたんだ!! 落とし前をつけるのは当然だよねぇ!! いや、うん、断ってくれてもいいけどね!! だけど僕は誠意が見たいなぁ、誠意が!!」

 

 出来なくはない。胸を揉ませるくらい、寧ろ簡単だ。そこに羞恥心があるかどうかは別として。

 だが、受け入れろというのか。隕石を砕いた救世主が変態だという事実を受け入れろというのか。

 

「僕が何の見返りも求めない聖人君子だと思った? 人畜無害そうな男にでも見えた? 無償で世界を救うヒーローだとでも錯覚してた?」

 

 そんかヒガナの迷いを見抜いてか、ライムは淡々と言葉を紡いでいく。

 

「だとしたら――― 想 像 力 が 足 り な い よ 」

 

 嘲笑ともドヤ顔ともつかない表情のライム。途轍もなく殴りたい。デポンの御曹司もこんな気持ちだったのだろうか?

 

「うっ、ううぅぅ……………!!///」

 

 頷いた。頷くしかなかった。これで誠意を見せられるなら仕方がないと、自分にそう言い聞かせて。

 鏡を見なくても分かる。今の自分の顔はヒトカゲのように赤いだろう。

 小さい頃から伝承者になる為の修業ばかりしてきた。ぶっちゃけると、歳の近い異性と触れ合うのはこれが初めてだ。そんなヒガナにとって、異性に胸を揉ませるという行為は荷が重い。重過ぎる。

 

「さてと…… どんな体勢がいい? 僕は紳士だからね。君に選ばせてあげるよ」

「」

 

 もうこいつ死ねばいいのにと思ったが、世界を救ってくれた手前口には出せなかった。

 

「う、後ろからで…….///」

「オッケー! 後ろからだね!! 君も好きだねぇ!!」

「〜〜〜〜〜〜!!!///」

 

 そういう意味で選んでいない。真正面から向かい合って胸を揉まれるよりはマシだと思っただけだ。

 ライムの姿が消えた。あまりに突然の事態に面食らう。辺りを見渡そうとしたが、それより先に背後から邪悪な気配がした。

 振り向く前に、脇の下から二本の腕が伸びる。肘が折れ曲がり、一切の躊躇無く両手が胸へと伸びていった。

 ライムの指が胸に食い込む。ビリリ、と電気のようなものが走った。

 服越しとはいえ、胸に触られた。それだけでも顔から火が出そうなのに、ライムはサイズと形を探るように満遍なく胸に手を当てる。

 

「うっひょいうっひょい!! 見なくても分かるぜ!! 巨乳だ巨乳だ!!」

「ん……! あふぅ…………///」

 

 固く閉ざしていた筈の口から声が漏れる。

 ライムの指が深く食い込む度に顔が熱くなっていく。体を洗う時に自分で触ったりするが、それとは全然違う。

 

「ひぃあぁぁ……///」

 

 ライムが触り方を変えた。これまでは獣の様に揉みしだいていたのに、突然紳士のように優しく手で擦ってきた。

 指でなぞられる度に、先程とはまた違った類の快感が奔る。ジワジワと、焦らすように指が動く。まるで精神が毒状態にかかったようだ。

 

「ぃひいっ!!!??///」

 

 そう思った矢先、大胆に揉みしだかれる。

 あの触り方で敏感になっていたのか、ここ一番の快楽が襲ってきた。

 手馴れるている。そういう知識に疎いヒガナも、ライムが熟練者だと確信した。

 

「〜〜〜んぅ、ひぃっ、あぁん!!///」

 

 ライムは同じ工程を何度も繰り返す。しかも、さっきよりも間隔を短くして。

 突然、ライムが先っぽを摘んだ。好き勝手に手を動かし、それに釣られて胸もブルブルと動く。服が擦れ、先っぽがどんどん熱を帯びていく。

 遊んでいる。間違いなく遊んでいる。顔を見なくても分かる。きっと、新しい玩具で遊んでいる子供のような顔をしている。

 一体どれだけの時間が過ぎたのだろうか。理性が溶かされる寸前、ライムの手が離された。

 立っていられる余力はない。構わずに地面にへたり込んだ。

 やっと満足してくれたのだろうか。振り返ってみて―――後悔した。ライムはとても優しい笑みを浮かべいる。それなのに、見ていて寒気が止まらない。

 

「さて、脱 ご う か」

「!!!??」

 

 いっそ、警察に電話してしまおうか。

 携帯電話に手を掛けようとして、すんでのところで理性を働かせる。ここで警察に通報してしまっては、恩を仇で返すレベルの話ではない。

 ここはグッと我慢して――― いや、我慢する必要など無いのでは?

 そう、この快感に身を委ねてしまえば良いのだ。少なくとも、ライムに胸を触られたことによる不快感は無いのだから。

 思考を停止し、上着を捲ろうと手を掛けたその時―――!

 

「ヴォォォォォ!!!!」

 

 何かの叫び声が流星の滝に響き渡った。

 意識を引き戻され、叫び声の発生源へと目を走らせた。

 

「バ、バクオング………!?」

 

 そこいたのはバクオングだった。流星の滝にはいない種族のポケモンだ。どこから紛れ込んできたのだろうか?

 バクオングと目が合った瞬間、とても懐かしい気持ちで溢れかえった。理由は分かっている。自分もバクオングを持っていたからだ。

 気持ちの整理はとうの昔に完了している――― 筈なのに、どうして涙がこぼれ落ちそうになっているのだろうか。

 

「……あー! 思い出した! お前あいつか、川で溺れていたバクオングか!!」

「し、知ってるの……?」

「川を泳いで逃げる特訓をしてたら、なんか上流から流れてきたんだよね。その時に助けてあげたんだけど、まさかまた遭遇するとは……」

 

 ピースが一つずつ嵌っていく。ああ、もしかしたらこのバクオングは―――

 

「ほらほら、見世物じゃないんだからあっちに――― どわぁっ!!!???」

 

 バクオングはハイパーボイスを放ち、ライムは間一髪でそれを躱した。

 ハイパーボイスが直撃した地面が大きく抉れた。野生のポケモンがこれだけの威力を引き出すのは不可能だ。それこそ、トレーナーにしっかりと鍛えられたバクオングでなければ。

 

「ちょっ、何すんの!? 何すんの!?」

 

 ライムが狼狽えている隙に、バクオングは大きく息を吸い込んだ。

 

「合意の上なのに…… 合意の上なのにぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 そんな断末魔を叫びながら、ライムはハイパーボイスに直撃した。

 勢いそのまま吹き飛び、壁に当たって地面へとずり落ちた。一応生きてはいそうだ。手足がピクピクと痙攣している。

 いや、それよりもこのバクオングが何者か問い質すのが優先だ。

 実はというと、バクオングの正体について思い当たる節が一つある。奇しくも、あの変態のおかげで無いとは言い切れなくなった節だ。

 

「あなた、もしかしてシガナ……?」

 

 確信半分、願望半分でそう言った。

 すると、バクオングは優しい目をしながらゆっくりと頷いた。

 

「シガナ…… シガナァ!!!」

 

 涙を流しながら、シガナに抱きついた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! あの時、貴女を助けられなくて、本当にごめんなさい!!」

 

 あの時――― 今からそう遠くない日に、流星の滝の川で大氾濫が起きた。運悪く、シガナはそれに巻き込まれてしまった。

 ヒガナは偶然それに居合わせていた。

 しかし、ヒガナは助けに行けなかった。自分が死んでしまったら、それこそ隕石に対抗する手段が無くなってしまう。彼女の強すぎる責任感が、進もうとする彼女の足を無理矢理押し留めた。

 その日を境に、いつも側にいたシガナの姿はなくなった。

 間も無く産まれたシガナの子であるゴニョニョにシガナと名付けた。背負うべき十字架として、敢えてそう名付けた。

 今思えば、デポンの転送装置を破壊したのも、他でもない自分の手が、シガナを犠牲にした自分が隕石を破壊したかったからなのだろう。平行世界にゲートが開くから、なんて適当な言い訳をしたが、もっと他に言いようがあったろうに。

 シガナを見捨てたという罪の十字架は消えない。ヒガナ以外の全てがこの罪を赦したとしても、彼女は絶対にこの十字架を降ろさない。一生をかけて、シガナに償うつもりだ。

 重くて、苦しくて――― だけど、愛おしい十字架を背負って生き抜こうと、ヒガナはそう思った。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

『ライム君、まだ寝たふりしてるの?』

「仕方ないだろ! 僕は空気も読めるナイス紳士なんだから!」

 





フロンサワー「お前氾濫した川を泳いでたの?」
ライム「そうじゃなきゃ特訓になんないじゃん」

 感想・評価してくれると嬉しいです。

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