とある少年が、全女性ジムリーダーのおっぱいを揉むという夢を抱いたそうです   作:フロンサワー

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―――I offer this story to her and all her fans.(この物語を彼女と、全ての彼女のファンに捧げる)




サイキッカーズラプソディー

 

 一寸先は闇――― 比喩でもなんでもなく、僕が居る場所はそんな空間だった。

 足を前後に揺らす。何かを蹴った感触はない。地面が無いようだ。水中で漂っているような感覚だったからもしやと思ったが、やはり案の定だったらしい。

 となると、この場所は何処なのだろうか。暗くて、重力が無くて、広い空間といえば宇宙くらいしか思いつかない。だけど、呼吸できてるし……。

 

『―――けて…… だ……か、助け……』

 

 誰かが僕に話しかけてきた。途切れ途切れで聞き取り難いけど、助けを求めているのは分かった。そして、女の子の声だということも。

 いつの間やら、僕の正面には今にも闇に飲まれそうなか細い腕があった。きっと声の主の腕だろう。肩口から先は既に闇に呑まれている。

 あれこれ考えるよりも先に、僕は手を伸ばしていた。罠だとしても、女の子が助けを求めているのなら見過ごせない。

 だけど、彼女の手を掴めなかった。もう少しというところで、彼女の腕が急速に闇に引き摺り込まれてしまったからだ。だけど、まだ可能性はある。僅かに残った指先を追い、僕は身体ごと腕を伸ばした。

 だけど、結局僕が掴んだのは虚空だった。それを切っ掛けに意識が遠のいていく。瞬く間に意識を完全に失ってしまった。

 

「―――ッ!!」

 

 目を開くと、心配そうに僕の顔を覗き込むサッちゃん、アベサン、ホーカマ、王子、ファーザー、イケメソの姿があった。ああ、この6匹がいるってだけで安心できる。

 上半身を起こし、改めて周りを見渡す。木々が立ち並んでいる。そうだ、僕は森を歩いていたんだっけ……。

 

『ラ、イムさん…… 起きたんですかライムさん!!! 良かったですぅぅぅぅぅぅライムさぁぁぁぁぁん!!!!』

 

 サッちゃんが泣きじゃくりながら僕の胸に飛び込んできた。抱擁ポケモンを抱擁しちゃってるよ、僕。

 いつまで経っても啜り泣くサッちゃん。どうやらガチで心配をかけてしまったようだ。ネタ抜きで抱き着かれるなんていつ以来だろうか。

 

「イケメソ、状況説明頼める?」

『う〜ん…… 正直、僕もよく分からないんだけどね。ライム君が突然倒れたくらいしか、特に何もなかったし……』

「そっか……」

 

 そうなると、あの夢が唯一の手掛かりか。

 夢の内容を思い出してみよう。真っ暗な空間にいて、誰かの助けを求める声がして――― 待てよ、声?

 あの声、どこかで聞いたことがある。しかも、つい最近聞いた声だ。埋もれた記憶を必死に掘り返し、声の主を探した。そして、行き着いた。

 

「―――ナツメちゃん?」

『むっ? ナツメというと、あの麗しきエーフィ様のトレーナーではないか。分かるぞ、突然会いたくなったのだな』

『お前みたいな色ボケと兄貴を一緒に―――』

『ンな訳ねーだろこのパッパラ王子!! 少し黙ってろや!!!』

『抑えて! サッちゃん、抑えて!』

『『』』ガクガクブルブル

『こんなに震えちまって…… そそるなぁ』

『『』』ガクガクブルブルガクガクブルブル!!!!

『アベサーーーーーン!!??』

 

 そうだ、ナツメちゃんだ。間違いない。だけど、どうしてナツメちゃんの声が?

 少し考えると、簡単に答えが出てきた。

 ナツメちゃんは言わずと知れたサイキッカーだ。誰かに思念を届けることだって、朝飯前の筈。超能力者ではない凡人の僕がナツメちゃんの思念を受け取ったから、脳か身体に負担が掛かって倒れたのだろう。これなら辻褄が合う。

 だとすると、これは少しマズイのでは? あの夢の内容からすると、まるでナツメちゃんが助けを求めているみたいだ。

 それなら僕は―――

 

『やるんだろ、ライム』

 

 僕の表情を察したのか、ファーザーはそう仰った。お見通しって訳か……。本当にこのお方には敵わない。

 

「はい。随分と久しぶりですが」

『そうか……』

 

 立ち上がり、ファーザーの隣に足を運ぶ。

 葉巻に火を灯す。ファーザーの口元が邪悪に吊り上がる。

 空気が震えた。同時に、あんなに騒いでいたサッちゃんたちも静まり返った。

 葉巻に火を灯すのはホーカマの役目。だけど、僕が火をつけるとなると話が変わってくる。これは合図。数年前にファミリーで取り決めた唯一の合図だ。

 

『行くぞお前ら、戦争だ』

 

 戦争――― つまり、総力戦。過去に一度だけ行ったそれは、戦争以外に相応しい名称が無かった。山一つが更地になったのも、今となってはいい思い出である。

 身内贔屓は無しで、僕のファミリーは各々が常識外れの実力を誇っている。この6匹が結託し、全力を尽くせば、軍隊ぐらいなら余裕で太刀打ちできるだろう。

 

(ぬふふふふ、ライムさんと私のラブパワーを見せつけてやります!!)

(火ャッハァ!! 放火祭りだぁ!! 何もかも灰に還してやるぜぇ!!)

(戦場か……。私の強さ、美しさ、男らしさを見せつけるには恰好の舞台だ!)

(さぁて、今回の戦場にはイイ雄が何匹いるんだろうな)

(また僕がみんなの暴走を止めるのか胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い)

 

 みんなの気合いは十分。まずはナツメちゃんの安否を確認。次は情報収集だ。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 とある郊外の森で、僕は大樹に寄りかかりながら調査の結果をレポートにまとめている。ここなら誰かにレポートを見られる心配もないし、落ち着いて情報を整理できる。

 やはりというか、ヤマブキシティではナツメちゃんが行方不明になったという話題で持ち切りだった。これまでナツメちゃんが無断でいなくなった事など一度も無いらしく、町中のみんなも心配している様子だった。真面目だもんなぁ、ナツメちゃん。僕の下心を知って尚、ジムリーダーとして挑戦を受けてくれたし。

 そうなると、より一層ナツメちゃんの身に危険が迫っている確率が高くなった。いや、ほぼ確実と言っていいだろう。続けてナツメちゃんの居場所を特定するべく、あちこちで情報を集めた結果、僕は驚くべき真実に辿り着いた。

 ここ最近、行方不明になる者がチラホラといるらしい。一見、行方不明となった人たちに関連性はない。だけど、より深く調べるとある重大な共通点が浮き出てくる。行方不明となった人には、全員に不思議な力――― 超能力が備わっている可能性がある。行方不明者には読心、未来予知、透視などなど、そんな超能力を使えたという噂が必ずあったんだ。

 これが真実だとしたら、ナツメちゃんを攫った犯人は超能力ばかりを狙っているという事になる。その目的までは分からないけど。

 ともかく、モタモタしているとカトレアちゃんやゴジカさんまで狙われて―――

 

「こんにちは、お兄ちゃん」

「!」

 

 声の主へと視線を走らせる。正面の少し離れた場所には、髪の白い少女が佇んでいた。ルビーのような瞳が輝く。人形と見間違えてしまいそうな、そんな可愛らしい少女だった。おっぱいもどストライクです。

 この子は何者なのだろうか。周囲の警戒は怠っていない。寧ろ、最大限に気を遣っている。にも拘わらず、この少女は僕に気配を察知されずにここまで近づいてきた。それも一瞬で。人外の皆さんならまだしも、普通の女の子じゃあり得ない。只者ではないのは確かだ。

 ふと、エスパータイプのポケモンが目の前にテレポートしてきたのを思い出した。ああそうか。その感覚と酷似しているから、突然思い出したのか。

 全てに納得した。多分この子も―――

 

「サイキッカーなのか……!」

「正解。察しの良い人は好きよ。ご褒美に私の名前を教えてあげる。アネモネっていうの」

 

 柔らかな笑みを浮かべるアネモネちゃん。見惚れる程の可愛らしい笑み…… と言いたいところだけど、その奥底に潜む純粋無垢故の悪意を感じ取ってしまった。

 アネモネちゃんの知覚範囲外まで逃げようとするも、突然手足が動かなくなってしまった。いくら力を込めても、小刻みに震えるだけ。これは金縛り…… いや、念動力か。

 撤退は失敗。予想以上の難敵に、背中に嫌な汗がたらりと流れる。

 

「お兄ちゃん、あたしたちの計画を調べてたんでしょう? あたしは超能力者だから、ぜーんぶ分かっちゃうの」

「……その首謀者がわざわざ出向いてくれたとなると、僕の推測もあながち間違いじゃなかったのかい?」

「ええそうね。こんなに早く気付く人がいるなんて、少しビックリしちゃった。だから―――」

 

 首を手で掴まれたような、そんな感触がした。まさか……!

 

「お兄ちゃんには、しばらく眠っててもらおうかなっ」

「かはっ……!」

 

 首を掴む力が強まった。気道が塞がり、呼吸どころか声を出すことすら困難になる。足掻かずにはいられない苦痛。だけど、その意思に反して四肢はピクリとも動かない。

 このままじゃマズイっ……! だけど、ファミリーの誰かが応戦してくれる筈……!!

 

「無駄よ。フーディンが念力でモンスターボールを抑えているもの。ちょっとやそっとじゃ出れないわ」

 

 アネモネちゃんの背後にはフーディンがいた。

 僕のボールはガタガタと震え、出たくても出れないといった状態だった。いくら僕のファミリーでも、モンスターボールの拘束力とフーディンの超能力が合わさったら抜け出せない。

 しきりに酸素を求めていた脳が沈黙していく。手足に力が入らない。とうとう視界からも色が消え始めた。

 倒れる訳には…… まだ守るべきおっぱいが待っているってのに……!

 

「じゃあね、お兄ちゃ―――ッ!!」

 

 一筋の閃光が空を切った。軌道の先にいるのはアネモネちゃんだ。

 アネモネちゃんが手を前に翳す。すると、半透明のバリアーが瞬時に作り出された。それとほぼ同時に、僕の首を縛っていた謎の力が消えた。激しく咳き込み、これまで取り込めなかった酸素を必死に取り込んだ。

 閃光はバリアーに衝突し、破ること叶わず後方へと四散した。分裂した光は周囲の物体に直撃し、木々や草花は否応無く凍りつく。

 これは…… 冷凍ビームか! ということは、つまり!!

 

『ほう、やるじゃねえか嬢ちゃん』

「……ア、ベサン…… かはっ、こほっ!」

 

 残滓の冷気が漂っている指先を、真っ直ぐにアネモネちゃんに向けるアベサンがいた。その足元には2つに開かれたモンスターボールがあった。

 

「嘘…… フーディンとモンスターボールの拘束を破るなんて……」

『まあな。俺以外じゃそうそう破れないだろうぜ?』

 

 驚愕の表情を見せるアネモネちゃん。かく言う僕も驚きを隠せない。強引にモンスターボールをこじ開けたのもそうだけど、何よりアベサンが本気で怒っていることにだ。

 アベサンのこんな表情を見るのは久しぶりだ。だからこそ、このままアベサンを自由にしてはいけない……!

 

「ア、アベサン…… 駄目だ…… 女の子なのに、そんな……!」

『悪いがライム、今回ばかりは俺だって…… いや、俺だけじゃない。全員がトサカにきてる。お前の頼みは聞けねえな』

 

 氷のエネルギーが溜まった指先は、依然としてアネモネちゃんに向けられている。

 アネモネちゃんは余裕の表情だけど、本当にそんな場合じゃない。さっきの冷凍ビーム、アベサンは本気で撃っていない。僕を助けるのを優先して、牽制程度で撃ったにすぎないんだ。本気の威力なら、さっきのバリアーも容易く貫くだろう。

 無様に地面を這う。そして、最後の力を振り絞って手を伸ばす。駄目だ、撃たせてはいけない……! たとえ僕を襲ったとしても、子供で、しかも女なのだから!

 

『最初に断っておくが、俺は女子供だからといって手加減する程甘くはない。覚悟しな』

 

 冷凍ビームが発射される寸前、僕はアベサンの腕を掴んだ。アベサンが僅かに目を見開いた。指先が斜め下を向く。

 先程とは比にならない…… いや、いつもの威力で冷凍ビームが放たれる。冷凍ビームはアネモネちゃんではなく地面に直撃する。地面は瞬く間に凍り付いていく。良かった、あの子には当たらなかったか……。

 アネモネちゃんの顔からは血の気が引いていた。今の今になって、アベサンの本気の危険さを理解したらしい。

 

「……っ。行こう、フーディン!!」

 

 フーディンとアネモネちゃんは一瞬で姿を消した。多分、テレポートだろう。

 残ったのは嘘みたいな静けさだけだった。木々の揺れる音が虚しく響く。

 ああ、くそ。馬鹿だなぁ、僕は。ここでアネモネを捕まえていれば、ナツメちゃんを助けられたかもしれないのに。自分に呆れずにはいられない。アベサンも呆れているに違いない。

 僕の心情を察してか、アベサンは僅かに口元を弛めた。そして、手を差し伸べた。

 

『……呆れはしない。男は信念を曲げたら終いだ。お前はお前の道を征けばいい』

 

 自然と僕の口元も弛む。アベサンのその言葉に、僕は自分の選んだ生き方に自信を持てた気がした。アベサンの手を掴み、僕は意識を手放した。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 気づいたらベッドの上にいた。周りを見渡す。見覚えがある内装だ。ポケモンセンターの一室だろうか。

 意外と長く意識がぶっ飛んでいたらしく、窓の外は真っ暗だった。つまり、丸一日を無駄にしてしまった。自分の未熟さに腹が立つ。こうしている今も、ナツメちゃんは苦しんでいるかもしれないのに。酸素が無いくらいでぶっ倒れるなんて、情けない。

 そういえば、妙に柔らかい枕だな。上体を起こし、後ろを振り返る。そこには―――

 

『すぴー……』

 

 正座のまま熟睡しているサッちゃんがいた。枕は枕でも、サッちゃんの膝枕だった。

 

「サッちゃん? お〜い、サッちゃん」

『むにゃむにゃ…… ライムさん、元気になってくださいよ〜…… むにゃむにゃ』

 

 手元にあった僕のバックを探り、サッちゃんのモンスターボールを取り出す。

 僕の看病をして、疲れて眠ってしまったのだろう。このまま起こすのも可哀想だ。ゆっくりボールの中で休ませてあげよう。感謝の気持ちを抱きながら、サッちゃんをボールに戻す。

 ベッドから起き上がり、荷物を持つ。部屋から出る。ドアの真横には、ファーザー以外の4匹が部屋を見張るように壁に寄りかかっていた。

 

『あっ、起きたかのかアニキ!!』

『復活すると信じていたぞ、ライム! 貴様の生命力はポケモン並だからな!』

 

 ホーカマと王子が騒ぎ立てる。

 

『嬉しいのは分かるけど、ここは病院だよ? 2匹とも静かにしないと……』

 

 そしてイケメソが華麗に宥める。いつもの光景ですね、はい。

 

『病み上がりの身で悪いが、ファーザーからの伝言だ。意識を取り戻したら、至急屋上に向かえだとよ。あいつ1人で色々と探っていたからな、何かしら掴んだんじゃねえか?』

「ファーザーが……?」

 

 壁に寄りかかりながら、静観を決め込んでいたアベサンが口を開いた。

 屋上で待つ、か。可愛い女の子にこんなセリフを言ってもらいたいものだ。そんなどうでもいい事を頭の片隅で考えながら、4匹と共に屋上へと向かった。

 階段を上る。最上階に辿り着き、屋上へと繫がるドアを開ける。そこには、透き通るような青空を見上げるファーザーがいた。

 

『よう、ライム』

「ファーザー……」

『……俺はお前を護れなかった。アベがいなけりゃ取り返しのつかない事態になっていたのは想像に難くねえ。屈辱だ…… ああそうだ、屈辱だった』

「し…… しかし、ファーザー……」

『黙って聞け、ライム。俺も大概馬鹿な生き方をしててな。屈辱という名の十字架を背負ったまま、器用に生きれる自信がねえ。この屈辱を晴らさなけりゃ、俺は俺でいられない』

 

 ファーザーは北西の空に目を向けた。

 

『奴らの根城を突き止めた。ここから6000km北西にそれらしい場所があるらしい』

「なっ……!? どこでそんな情報を……」

『No.2とヤミカラスたちに協力してもらった。奴らの手際は信頼できる。確かな情報の筈だ』

 

 この短時間であの子の根城を突き止められたのも、ファーザーの組織なら納得だ。下手すれば人間のマフィアよりも広い情報網と、強大な戦力を持っている組織なのだから。

 それにしても6000kmか。結構遠いな。海を越えるじゃないか。本当にモタモタしてはいられない。準備を整え次第、ナツメちゃんの救助に向かわないと。

 ふと、アネモネとの闘いを思い出す。いや、あれは闘いなんかじゃなかった。一方的な蹂躙だ。僕1人なら文字通り手も足も出ないだろう。そう、僕1人なら。

 返ってくる言葉は分かりきっている。それでも、僕は彼らに問い掛けずにはいられなかった。

 

「これからナツメちゃんの救出に向かう。みんな、僕に力を貸してくれるかい?」

『『『当たり前だろ』』』

 

 間髪入れず、全員からそんな答えが返ってきた。それと同時にサッちゃんの入っていたボールが開いた。

 これまでの話を聞いていたのだろう。ボールから出てきたサッちゃんは、優しい笑みを浮かべながら僕の肩に抱きついた。

 

『ふふ、聞くまでもなかったんじゃないですか、ライムさん? 勿論、私の答えもイエスですよ♪』

「……うん、そうだ、そうだよね」

 

 たとえ分かりきっていたとしても、これほど嬉しい答えはない。ナツメちゃんを助け出すという決意を胸に、僕は北西の空を眺めた。

 あと、帰り際ジョーイさんにベッドを貸してくれたお礼を言おうとしてら「当分意識は戻らない筈なのにどうして起きてるの!? あなた本当に人間!?」と言われた。解せぬ。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★

 

 

 

 

「……っ! ここは……!?」

 

 囚われた少女――― ナツメは意識を取り戻した。御丁寧に、わざわざフカフカの椅子に座らせてくれたらしい。

 囚われた人間が目を覚ます場所は、薄暗い牢獄の中というのが定石だろう。しかし、彼女がいる場所はまるで貴族が住む部屋かのように豪華なものだった。数多くの骨董品が並び、家具だって細部まで意匠が行き届いた高級品だ。極め付けは天井のシャンデリア。蝋燭の火が装飾のガラスに優しい色を付ける。

 だが、それは表層的な面にしか過ぎない。超能力者であるナツメだからこそ、この部屋で何が行われていたのかを分かった。分かってしまった。残留思念の読み取り――― 俗に言う、サイコメトリー。この部屋に満ちている思念を、超能力者の中でも抜きん出た能力を持つ彼女は正確に読み取った。

 頭の中に映像が浮かぶ。この部屋で行われていたのは――― 実験。超能力者についての実験だ。実験対象の超能力者は大切に育てられていた。あくまで大切な実験対象として、だが。

 

「御機嫌よう、お姉ちゃん」

「!」

 

 突然、目の前に少女が現れた。恐らく、テレポートで移動したのだろう。

 

「自己紹介が遅れたね。私の名前はアネモネ。お姉ちゃんと同じ超能力者よ」

 

 雪のように白い長髪に、ルビーのような紅い瞳。まるで人形のような女の子だ。ああそうか、と思い出す。この子の超能力に敗れ、ここに連れてこられたのだ。

 ふと、脳裏にとある変態の姿が浮かぶ。彼ならこの子も捕食対象にするだろうか? そこまで考えて、いやいやと頭を振るう。確かに可愛い子だが、流石にあの変態もこんな幼女には手を出さないだろう。

 

「変態…… ああそっか、あのお兄ちゃんね」

「っ!? 心を読まれて…… それにあなた、ライムを知ってるの?」

「ええ、そうよ。お姉ちゃんを助け出そうと頑張っていたわ。だけど、当分は起き上がれないでしょうね」

 

 当分は起き上がれない――― 超能力の恐ろしさをよく知る彼女は、その言葉の意味を分かった。分かってしまった。

 

「あなた、彼に何をしたの!!」

 

 椅子から立ち上がり、自分でも驚くほどの大声を出してしまった。無意識に超能力を使ってしまったのか、周囲の家具まで吹き飛んでしまった。何故ここまで心が乱れてしまうのだろう。とにかく、心を鎮めなければ。

 

「ふふっ、ヒミツよ。お姉ちゃん、何をそんなに怒っているの?」

「あなた、何が目的なの……!? 私を攫って、彼まで傷つけて……!!」

「それもヒミツ。でも、すぐ分かるわ。ああ、それとテレポートで逃げようとしても無駄よ。私がお姉ちゃんの超能力をある程度抑えているから」

 

 ナツメは生れながらにして特別な力を持っていた。最初こそスプーンを曲げる程度の力だったが、急速にその力は強まっていった。今となっては鋼鉄すら捻じ曲げれるだろう。

 ナツメの両親はそういう能力に理解がある人間だった。実の娘が普通からかけ離れた存在だとしても、両親は普遍の愛を彼女に注いだ。

 それはどれだけ幸運なことか。子供の頃には当たり前だと思っていたが、今なら分かる。彼女の両親が選んだ生き方はどれだけ難しく、どれだけ強いかを。だからこそ彼女の心は捻くれることなく、清く真っ直ぐに育っていった。

 しかし、目の前の彼女は違う。彼女も同じ超能力者だ。少なくとも自分と同等か、それ以上の力を持っているだろう。決定的な違いは――― そう、理解者の存在だ。

 超能力を使わずとも目を見れば分かる。迷子の目だ。世界から拒絶され、居場所を求めて彷徨う哀しい哀しい目。人智を超えたその力を忌み嫌われ、彼女は誰からも拒絶されたのだろう。

 この子と超能力で勝負しても、きっと勝てないだろう。超能力は心の強さに左右される。独りで世界を憎み続けたその心は、果たしてどれだけ強いのだろうか―――。

 突如、空気が震えた。超能力者以外には決して分かり得ないこの感覚。これはそう、テレパシーの前兆だ。

 

『アネモネさん、聞こえますかアネモネさん! 外に謎のシャンデラとロズレイドが――― あぎゃあああああ!!??』

『アネモネさん! ゴルダックとマッギョが暴れて、手をつけられません!! 至急応援を……アーッ!!??』

『サササ、サーナイトが、サーナイトが、ぎゃあああああぁぁああ!!!!???』

 

 よく分からないが、阿鼻叫喚の嵐だった。この状況には、流石のアネモネも目を点にしていた。

 これはまさか…… いや、間違いない。彼だ、彼がやって来たのだ。だってそう、こんなに彼を感じるのだから―――!

 

「久しぶり、ナツメちゃん」

「ライム……!」

 

 開いた扉の向こう側にはライムがいた。

 

「お兄ちゃん…… 」

「さあ、アネモネちゃん。おっぱいを揉まれたくなかったら大人しくナツメちゃんを渡しな。渡しても揉むけどね」

 

 ライムは無駄なキメ顔でそう告げた。

 トキメキかけた心が一瞬で冷めた。なんと言うか、全て台無しだ。

 タチの悪いことに、あの変態は本心でこの言葉を吐いている。どうせ心を読まれるなら包み隠さず言ってしまおう、とでも思っているのだろうか。

 どう取り繕っても、やはり変態は変態だ。

 

「私がそんな話に従うと思う? この前は手も足も出なかったの、忘れちゃったんだ」

「超能力といっても、所詮は人間の能力の延長線上だろ? ただの人間が勝てない道理はないよ」

 

 ライムの挑発に、アネモネは僅かにだが顔を歪めた。

 念動力を使う前兆をナツメは感じ取った。アネモネの右腕にオーラが集まってる。いけない、超能力を使えないライムでは文字通り手も足も出ない。

 

「ダメ、ライム!! 逃げなさい!!」

 

 思わず叫ぶナツメ。一般人と超能力者が闘えば、どうなるかは目に見えている。コイキングがガブリアスに挑むようなものだ。どちらがコイキングかは言うまでもない。

 しかし、ライムは優しい笑みを浮かべるだけで、決して逃げようとしなかった。

 バックから球体を取り出す。それを地面に叩きつけると、部屋中が煙で満たされた。アネモネの手元から放たれた力――― 念動力が煙を吹き飛ばす。念動力は物体に直接働きかけない。使用者の手元から伸びた透明の腕のようなものが、念動力の正体なのである。

 透視で煙の中を視る。煙の流れで念動力が来るタイミングを測っているのだろう、ライムは全て紙一重で躱していた。跼(かが)み、跳び、転げ回り。軽業師顔負けのトリッキーな動きだった。

 

「それだけで私の超能力を封じたつもり!?」

 

 ドスン、と鈍い音が響く。ライムは後ろに吹き飛び、壁に激突する。念動力が直撃した。決して軽いダメージではない筈だ。

 何故、いきなり念動力が直撃したのか。それは少女の超能力――― 未来予知によるものである。瞬時にライムの動きを予知し、念動力を叩き込んだのだ。

 一度に使える超能力は一つだけ。それは破りようのない鉄の掟だ。しかし、あの短時間で未来を視るとなると、そんな制約などあってないようなものだ。

 恐らく二手――― いや、一手先のライムの動きは常に読まれてしまう。勝てない。そんな言葉が脳裏によぎった。

 

「心配いらないよ、ナツメちゃん」

 

 ムクリ、とライムが起き上がる。彼の手には煙玉とは別に、薬品のようなものが握られていた。

 見間違いでなければ、あれは確か…… そう、スピーダーだ。ジムバトルで何人かの挑戦者が使っていたのを覚えている。ポケモンのスピードを上げるだけの道具なのに、何故このタイミングで?

 

「僕の動きが読まれるなら、読まれても対応できないくらい速く動けばいいだけさ」

((その理屈はおかしい!))

 

 ライムは自身にスピーダーを使用した。膝を折曲げ、脚の調子を確かめる。傍目には肉体の変化は見られない。

 ライムが立ち上がる。次の瞬間、その姿がブレた。気づけば、ライムはアネモネとの距離をほとんど詰めていた。

 ひたすら愚直に、ひたすら前へ。ライムは念動力が直撃した場合なんて考えていない。直撃したらどうするかは、直撃した後に考えればいい――― などという、無茶を通り越して無謀な作戦だ。彼のそんな思考を読み取ったナツメは血の気が引いた。

 アネモネが念動力をライムに叩きつけようとする。しかし、ライムの姿は既になく、少女の背後に回りこんでいた。目で追うのがやっとの疾さ。ポケモンならまだしも、この動きをしているのは紛れも無い人間である。なんかもう、人として色々とヤバい領域に片足突っ込んでいるのでは?

 しかし、アネモネはその動きに反応して背後を振り返っていた。これだけの動きで尚、このアネモネに未来予知で対応されてしまう。ナツメには、もうどちらも化け物同士に見えてきた。

 

「もう倒れなさい!!」

 

 再び鈍い音が響く。ライムは壁に激突し、ずるりと地面に落ちた。

 

「「なッ―――!!?」」

 

 いや、壁に激突したのはピッピ人形だ。心なしか、地面に落ちているピッピ人形がしてやったりとほくそ笑んでいるように見える。

 では、本体はどこに―――?

 アネモネが視線を上に向ける。釣られて、ナツメも視線を上に向けた。

 上空には、地上にいる獲物を仕留めようとする鳥ポケモンのように、重力に身を任せて自由落下するライムの姿があった。アネモネの念動力が上空にいるライムに迫る。しかし、ライムはぐるりと身体を捻り、念動力が擦りながらもどうにか躱し切った。

 軽やかに地面に着地したライムは、右手をアネモネの口元に伸ばす。その手にはハンカチのような布が握られている。

 アネモネの口がハンカチにより塞がる。その途端、紅い瞳がぐらりと揺れた。恐らくは超即効性の睡眠薬をあのハンカチに仕込んでいたのだろう。何故そんな代物を持っているのか小一時間ほど問い詰めたいが、今だけはぐっと堪えよう。

 糸の切れた操り人形のように、アネモネの全身から力が消える。ライムは半ば抱き締めるような形で、崩れ落ちそうなアネモネを支えた。小さくだが、寝息のような音が聞こえた。アネモネが完全に眠りに堕ちたのだろう。皮肉にも、ライムの腕の中で眠るその瞬間は、今まで見てきた中で一番安らいでいる。

 ざわり、と心が揺れる。小さな小さな黒い感情がふつふつと湧き出てきた。意味が分からない。ライムはただ、倒れそうなアネモネを支えただけ。思う事なんて何もない筈だ。深呼吸して、どうにか心を落ち着かせた。

 ライムはアネモネを地面に寝かせる。続けて上着を脱ぎ、それをアネモネの上にかける。この状況を見れば一目瞭然だ。勝ったのはライム、負けたのは超能力者のアネモネ。持たざる者の牙が強者の喉元まで届いたのだ。

 

「―――っ……!」

「ライム!?」

 

 ライムが苦悶に満ちた表情で膝をついた。

 ナツメは慌てて彼に駆け寄った。あれだけの速さを人間の身で引き出したのだ。相応のリスクが伴うに決まっている。

 

「あはは、大丈夫だよナツメちゃん。こんなの一晩すれば治ってるし」

「馬鹿言わないで! ポケモン専用の道具を使うなんて無茶して……」

「でも、そうしなきゃ勝てない相手だった。本当に強かったよ、あのロリっ子」

 

 ライムはすくりと立ち上がり、膝に付いた埃を払った。心配をかけまいと余裕そうな表情を作っているが、額にはうっすらと脂汗が浮き出ていた。

 

「……ねえ、ライム。あなた、どうしてここに来てくれたの?」

 

 驚異の去った安心感からか、どうしてライムがこの場所に来れたのかが気になった。どれだけ情報収集能力が優れていても、こんなにも早く助けに来るなんて異常だ。

 ナツメの言葉を聞いたライムは、不思議そうな顔で首を傾けた。

 

「えっ? ナツメちゃんが助けを求めたからだよ」

「助け……?」

 

 そういえば、あの少女に意識を奪われる寸前に思念を飛ばしていた気がする。絶対に自分を助けてけれると確信できる、強くて優しい人をイメージにSOSを―――

 

「」ボフン!!

「!!!???」

 

 これはダメだ、恥ずかしすぎる。顔から火が出そうだ。本当の理由なんて、口が裂けてもこの変態には言えない。

 どうしてこの変態にSOSを発信してしまったのか。ライムより強そうな知り合いは何人もいる。カントー地方チャンピオンのワタルなんて、その最たる例だ。しかし、ワタルでは――― いや、普通の人なら、SOSを送ってもただの夢だと断じるだろう。真摯に向き合ってくれるとしたら、同じ超能力者かライム以外にいな――― いやいや、何故ライムの名前を出してしまっている。脳裏に浮かぶライムの姿を、頭を横に振って掻き消した。

 今更かもしれないが、ナツメはいつもの冷静な表情を取り繕う。ライムはというと、頭の上に疑問符を浮かべていた。その間抜けヅラを見て、思わず小さな笑みを漏らした。この男はいつだって真っ直ぐなのだ。ただ、追いかける夢がゲスいだけで。

 

「ありがとう、ライム」

 

 気づけば、そんな言葉を口にしていた。ライムは一瞬ポカンとした表情になったが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「うん、どういたしまし―――」

 

 ライムの言葉を遮るように、壁を突き破って何かが飛んできた。瓦礫が散乱し、夥しい量の埃が舞い散る。

 埃が晴れていく。そこにいたのはボロボロのドンカラスだった。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 これは悪い夢なのだろうか。

 改めて言うまでもなく、ファーザーは強い。長年の研鑽で培われた力と経験で、数々の修羅場を切り抜けてきたお方だ。

 それが今、ボロボロの身体で地に臥しそうになっている。嘘だとしか――― それこそ悪夢としか思えない。僕は目の前の光景を受け入れられなかった。

 僕がロリっ子ちゃんの相手を任されたように、ファーザーの相手はそう――― あのフーディンだ。確かにあのフーディンは強い。四天王かチャンピオンクラスの実力を誇っているのは一目で分かった。

 だとしても、ファーザーが押されているなんて信じられない。タイプ相性が有利なら尚更だ。きっと、フーディンの他に強力な敵が潜んでいるのだろうと――― そう思っていた。

 だけど、砕けた壁の向こうからやって来るポケモンはフーディン1匹だった。決して軽くはないダメージを負っているが、ファーザーより余力がありそうなのは明らかだった。

 

『驚いたな。アネモネに勝ったのか、少年』

 

 頭の中に直接声が響いた。

 まさか、フーディンがテレパシーで……!

 

『その通り。フーディンでは人間の言葉を発するのが儘ならないのでね、テレパシーで会話させてもらう』

 

 フーディン自らが律儀に肯定してくれた。

 テレパシーで人間とコミュニケーションをとるエスパーポケモンなんて、見たことも聞いたこともない。

 やはり、かなりの強さを有するフーディンなのだろうか。ファーザーと互角以上に渡り合った以上、当たり前なのだが。

 

「あなた、本当にフーディン!? ここまで超能力を扱えるなんて、まるで人間じゃない……!!」

 

 ナツメちゃんにもフーディンのテレパシーが届いていたらしい。

 それにしても、ナツメちゃんはどうしてそんなに驚いているのだろうか。フーディンの脳は頭脳指数5000という判定が出るほどブッとんでいる。スーパーコンピューターより早く計算結果を叩き出せる程だ。人間のように――― いや、人間以上に超能力を使いこなすのは当たり前なんじゃ……。

 

『いいや、違う。誤解されがちだが、超能力を使いこなすに必要なのは精神力だ。知能の高さは超能力の出力を上げるに過ぎない』

 

 ナツメちゃんを見る。その通りだ、と頷いていた。どうやら本当らしい。

 

『君達はユンゲラーというポケモンを知っているか?』

「……?」

 

 突然、話の方向が明後日に飛んだ。

 ユンゲラーは知っている。知っているからこそ、話の繋がりが見えてこない。

 

『一般的にはフーディンの進化前、ケーシィの進化後という認識だろう。だがな、一昔前にはこんな噂話があった。ある日の朝、超能力者の少年が目覚めると、ユンゲラーに変身していた、とな』

 

 そういえば、一昔前にそんな噂が流行っていたと、テレビか何かで聞いた気がする。

 だけど、ユンゲラーはケーシィの進化系だって証明されているし、そもそも超能力者がユンゲラーになるなんて科学的根拠は一切ない。怪談や都市伝説の類だと思ったけど……。

 

『その通り。所詮は眉唾モノの噂話だと、誰もが信じなかったよ。だが、この研究施設で本当にユンゲラーになってしまった少年を私は知っている。何故なら―――』

 

 フーディンはその手に持つスプーンをジッと眺めた。いや、スプーンではなく、スプーンに写った自分を見ているのだろうか。

 実際に何を見ているかは知る由もない。ただ言えるとしたら、その表情が気の毒なくらいに寂しそうなことだ。

 やがて、フーディンはスプーンから目を逸らした。仮面を被ったかのように、その表情からは感情の色が消えた。

 

『私がその少年なのだから』

 

 あまりの衝撃に、僕は目を見開く。

 人間がポケモンになるなんて到底信じられない話だけど、この状況でフーディンがそんな嘘を吐くとは考え難い。

 

「サイコメトリーで見た少年は、もしかして貴方だったの……?」

『ああ、貴重な実験材料として丁重に扱われたよ』

 

 半信半疑の僕とは対照的に、ナツメちゃんは合点のいった表情だった。

 サイコメトリー…… たしか、物体から過去を読み取るという超能力だった筈。ナツメちゃんが言うのなら、この研究施設に超能力者の少年がいたのは事実なのだろう。

 

『人間は強い。意思の力という一点だけなら、どのポケモンよりも優れている。つまりだ。フーディンの知能と人間の意思を併せ持つ私には、誰も勝てはしないのだよ。私から言わせれば、異常なのは君のドンカラスだ。タイプ相性を差し引いたとしても、私とこうも渡り合えるとは』

 

 フーディンとファーザーの視線が交差する。この2匹の心情は如何なものなのか、僕には推し量れなかった。

 

『実験の末にこんな姿になったのか、それとも他の要因があったのか、今となっては知る術もない。だが、私はこの姿になってから誓ったのだ。これ以上私のような超能力者は生み出さないと。力無き者に疎まれ、迫害される超能力者を護ると。この研究施設の奥深くに、ある装置がある。その装置を介して超能力を使えば、その効力が何倍にも膨れ上がるそうだ。くくっ、ここで行われた研究の集大成とでも言っておこう。我ら全超能力者の力を集結し、全人類に「超能力者は上の存在」という意識を植え付ける。我ら超能力者を迫害した愚か者は消えるだろう。それが私の――― 私に賛同してくれた超能力者たちの計画だ』

 

 フーディンが力強くスプーンを握る。この計画を成し遂げる、という意志の強さがその行為に表れていた。

 善悪の観点は抜きにして、フーディンがそう決意するのも仕方がないと思った。僕も同じ立場なら、フーディンのように是が非でも仲間を守ろうとするだろう。だけど、その手段は間違っていると思う。月並みな言葉だけど、そんな方法で掴み取った自由は、本当の意味の自由じゃない。フーディンに刃向かう理由は十分だ。

 でも、ナツメちゃんは? フーディンと同じく、超能力者であるナツメちゃんはどう思っているのだろうか。他人とは違う力を持っているんだ。彼女だって、きっと相応に辛い気持ちを味わった筈だ。

 ナツメちゃんは同情とも憐れみとも言えない表情をしている。その想いは、きっと超能力者にしか分からないのだろう。

 

『下らねえな』

 

 これまで閉口していたファーザーが、ポツリと一言呟いた。同時に、空気が凍るような錯覚を覚えた。

 

『……なんだと?』

 

 フーディンの声色に、若干の怒りが見え隠れしたように感じた。

 

『生きるっつーことは、戦うことだ。呼吸をしていればいいってもんじゃねえ。誰かに守られるだけで終わる人生なんざ、そいつはもう死んでいるのと同義だ』

『勝手な理屈を押し付けられては困る』

『そう間違ってもいねえと思うぜ? 思い出してみろ。研究所に閉じ込められていたガキの頃のお前は、生きていると言えてたのか? お前がやろうとしてることは、そのクソッタレな研究員のしたことと同じだよ』

『―――ッ!!!!』

 

 フーディンの背後の、無造作に転がっている幾つかの瓦礫が宙に浮いた。瓦礫の数は徐々に増していき、とうとう一斉に撃ち出された。

 超能力によって、瓦礫は恐ろしい速度でファーザーに迫る。瓦礫のような重量のある物体となると、衝突した際に生み出される破壊力は計り知れない。しかし、ファーザーはその全てを斬り捨てた。この太刀筋を知覚できる生物は果たして何匹いるのだろうか?

 斬り捨てられた瓦礫は2つに分かれ、ファーザーの背後の空間を只ひたすら蹂躙する。恐ろしい威力。だけど、それを斬り捨てるファーザーもファーザーだ。

 壁や床が砕ける音が絶えず響く。それに怯んだナツメちゃんは、小さく叫び声を上げて僕の背後に隠れた。うほっ、役得…… とか言ってる場合じゃねーよ!

 

『どうした、随分と気が立ってるじゃねえか!』

『黙れ!』

 

 ファーザーの四方八方が瓦礫によって塞がれた。瓦礫はどんどんと集まり、ファーザーを閉じ込める石の牢獄が出来上がった。

 

「ファーザー……!」

 

 フーディンは石の牢獄に手を翳したまま、床に倒れているアネモネちゃんに目を向けた。

 

『起きろ、アネモネ』

「っ〜…… うん、大丈夫。ありがと、フーディン」

 

 アネモネちゃんが目を覚ました。立て続けに起こる事態に目眩を覚える。

 アネモネちゃんに嗅がせた薬は何十種類というポケモンの眠り粉を配合した代物だ。強力な睡眠作用があり、どんな超人も一嗅ぎするだけで眠りに落ちる。体にこそ害は無いけれど、僕ですら当分は起きれない程だ。

 それなのに、アネモネちゃんがこの短時間で意識を取り戻した。多分、アネモネちゃん自身の超能力でどうにかしたってことだろう。

 アネモネちゃんも目を覚ました。しかも、ファーザーは石の牢獄に閉じ込められてしまっている。本当にこんな相手に勝てるのだろか?

 

『諦めろ。超能力者に勝てはしない』

 

 フーディンは勝ち誇るでもなく、当たり前のようにそう言い放った。

 ……いいや、まだ終わっちゃいない!!

 1度に使える超能力は1つ。それはフーディンだって例外ではない筈。だとしたら、ファーザーを閉じ込めている今、奴は超能力を使えない!

 フーディン目掛けて駆け出す。フーディンは頭脳に特化したポケモン。肉体はそこまで強くない。それなら僕にだって勝機はある!

 

「させない!」

 

 アネモネちゃんが超能力を使用した。

 何かが迫る感覚だけはした。念動力の軌跡が見えない今、勘に頼って躱すしかない!

 

「それはこっちのセリフよ」

 

 ナツメちゃんも超能力を使用した。おそらく、僕に迫るアネモネちゃんの念動力を抑えてくれているのだろう。

 ああ、安心した。やっぱり、ナツメちゃんは強くて優しい子だ。

 道はできた。あと往くだけ。床を蹴る脚に力がはいる。フーディンとの距離はもう幾ばくもない。拳を握り締め、フーディンの下顎へと突き出す―――

 

『甘い』

「!!??」

 

 腹部に衝撃が走り、後方へと思いっきり吹き飛ばされた。念動力なのは間違いない。

 だけど、ファーザーを閉じ込める石の牢獄は未だに健在だ。あのフーディン、1度に最低でも2つの超能力を使えるのか……!

 壁に叩きつけられる寸前、その勢いが緩まった。ナツメちゃんが念動力で受け止めてくれたのか……!

 

「無事、ライム!?」

「……うん、おかげで助かったよ」

 

 自分の無力さに歯噛みする。ナツメちゃんを助けるどころか、逆に助けられて。

 勝てないのか…… 僕がやったことは、結局無駄に終わるのか……!

 

『いいや、良くやったぜライム』

 

 石の牢獄が縦に裂けた。

 笑ってしまう。笑うしかない。この一瞬の隙を稼ぐのが、僕の役目だったのだろう。本当にあのお方には敵わない。

 裂け目から黒い影が飛び出す。言うまでもなく、その黒い影はファーザーだ。

 

『次に俺を捕らえるなら、最後まで気を抜かないことだな』

 

 ファーザーが翼を振り上げる。

 フーディンの肉体はそこまで強靭ではない。この一撃が決まれば勝てる!

 

「お願い、やめて!!」

『!』

 

 アネモネちゃんがファーザーとフーディンの間に割って入った。

 ファーザーが翼を止めた。他にやりようがあった筈。それなのに、翼を止めた。

 念動力で動かされた瓦礫はファーザーに直撃し、勢いそのままファーザーを壁に抑えつけてしまった。ファーザーの意識は失ってはいない。それでも、完全に拘束されてしまっていた。

 途中で攻撃をやめたのは、きっと何か考えてのことだろう。だけど、何故ファーザーが止まったのか皆目見当もつかなかった。

 

『無事か、アネモネ!?』

「う、うん……」

『まったく、末恐ろしい……! 君のドンカラスには一瞬たりとも隙を見せられないな』

 

 こうなると、ファーザーの助けはこれ以上期待できない。外で暴れているサッちゃんたちを待つしかなさそうだ。だけど、それまでこの2人相手に耐えられるのか……!?

 

『私はこのドンカラスを抑える。1人でできるか、アネモネ?』

「……任せて、必ず成し遂げてみせるわ」

 

 アネモネちゃんが念動力を使う。

 床を突き破り、研究所の地下にある何かを引き上げた。

 

「あれは、オルガン……?」

 

 鍵盤のないパイプオルガンだった。かなりの大きさで、天井まで持ち上げてもその全体像は窺い知れない。しかし、パイプが折れ曲がっていたりと、ボロボロの状態だ。

 これが本当に研究の集大成なのだろうか? マトモに動くかすら怪しいし、超能力を倍増させるイメージが湧かない。

 

『やっとだ…… やっとだよ、アネモネ。これで君の望んだ世界が――― 誰もが君を認めてくれる世界がやって来るんだ』

 

 アネモネちゃんが席に着いた。

 鍵盤が無いにも拘らず、パイプオルガンが澄んだ音色を奏でた。ボロボロの外見とは対照的に、パイプオルガンの名に恥じない高貴な響きだ。

 だけど、何故だろうか。この音色を聴くと、安らぎよりも不安を覚えてしまう。

 

「ぐぅっ……!?」

「ナツメちゃん!!?」

 

 ナツメちゃんが地面に倒れた。

 どれだけ呼びかけても、どれだけ揺すっても起きやしない。このオルガンが原因なのは明らかだ。

 

「彼女に何をした!!」

『心配するな、ここに集った超能力者の力をあのオルガンに集めているだけだ。この曲が終わった頃には、目を覚ましているだろうさ』

 

 パイプオルガンの奏でる曲がより一層盛り上がる。それと同時に、フーディンの腕が光に包まれた。

 

『なっ、何だこれは!? 一体何のつもりなんだ、アネモネ!!』

 

 この現象に一番驚いているのはフーディンだった。フーディンの口ぶりから察するに、アネモネちゃんは自分の意思でフーディンに何かしているようだ。

 

「私を認めてくれる世界なんていらない。私が本当に欲しいのは、あなたが笑ってくれる世界なの」

 

 フーディンの腕を包んでいた光は、やがて全身に広がった。

 オルガンの奏でる音が歪む。次第に小さくなり、完全に曲が終わってしまった。光が霧散すると、そこは僕と同い年くらいの少年が佇んでいた。これがフーディンが人間だった頃の姿……。というか、これで人間がユンゲラーになったと認めざるを得なくなった。本当にそんな奇妙な出来事があったんだな。

 しかし、折角人間に戻れたというのに、その表情は暗く沈んでいた。

 

「おかえり、リンドウ」

 

 アネモネちゃんはフーディンだった少年の手を握った。しかし、リンドウと呼ばれた少年はアネモネちゃんの手を振り払った。

 

「なんて馬鹿なマネを……。アネモネ、自分が何をしたのか分かっているのか!! あの機械はもう二度と作動しない!! 世界を変える、最初で最後のチャンスだったんだぞ!! 君は今の世界が憎くないのか!?」

「うん、憎いよ。超能力のせいで、みんなが私のことを気味悪がったわ。いつも、どこにいても、私はずっと独りぼっち。そんな世界なんて今でも大っ嫌い。でも、そんな地獄(せかい)から救ってくれたのはリンドウなのよ。初めて手を握ってくれたとき、とても嬉しかった。恩返しがしたいって――― 心の底から笑ってほしいって思ったの。知ってる、リンドウ? あなたってとても悲しそうに笑うのよ。だからもう、世界を変えるだなんてどうでもいいの」

「恩返しなら…… 恩返しなら、君が幸せになってくれれば、それで十分だった!! 私を人間に戻さなくたって、そんな……!」

 

 アネモネちゃんは首を横に振った。

 

「心を読まなくても分かるよ。リンドウが本当に望んでいたのは、人間に戻ることだって。それにね、これは私の願いでもあるのよ。あなたがずっと独りぼっちだと思っていたら、私もずっと独りぼっちなのよ?」

「〜〜〜〜!!!」

 

 リンドウと呼ばれた少年はアネモネちゃんに抱きついた。その目には大粒の涙が溜まっていた。

 

「ありがとう、ありがとうアネモネ……」

 

 アネモネちゃんは年相応の、優しい笑みを浮かべていた。女の子は笑顔が一番だ。少なくとも、世界を憎みきっていた暗い表情よりはよっぽど素敵だ。

 

『ったく、やっと終わったか』

「ファーザー!」

 

 いつの間にやら、ファーザーが僕の横まで歩いてきてた。

 

『まさか、こんな結末になるとはな。とんど三流喜劇だ』

「でも、一流の悲劇より三流の喜劇ってよく言うじゃないですか。……口元、にやけてますよ」

『ふっ、見間違いじゃねえのか?』

「ファーザー、もしかしてこうなると分かってたんじゃないですか?」

『さて、どうだかな』

 

 こうして、超能力者との死闘は幕を閉じた。

 

 

 

 

★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 ナツメが目を覚ました頃には、この事件は幕を閉じていた。計画は破綻し、その代わりにフーディンが人間に戻っていたのだ。

 ライムの話によると、フーディンが光に包まれたと思ったら人間の姿に戻っていたらしい。恐らく、記憶だけは今のままで、フーディンの肉体だけを人間の頃まで遡及させたのだろう。大人数の超能力者と、その超能力を増幅する装置が無ければ不可能な大技だ。

 元フーディンの少年とアネモネは警察に出頭し、罪を償うそうだ。ここにいる超能力者たちは誘拐に近い手段で集められたらしい。過去にフーディンに助け出され、志を同じくしたという超能力者も少なくはないが。彼らの罪は決して軽くはない――― が、そこまで重くはない。そう遠くない未来、2人が穏やかに暮らせる日がきっと来る。そういえば、ライムが「犯した罪はきっちり償わなきゃ、前には進めない」と言っていた。どの口が言うのだろうか?

 囚われた超能力者たちも各々の帰るべき場所へと向かって行った。残ったのはライムとナツメの2人だけだった。

 ふと、ナツメは思った。元フーディンの少年とアネモネは、あり得たかもしれない自分の姿だったのではないかと。超能力を酷使すればあの少年のようになっていたかもしれないし、誰からも認められなければアネモネのようになっていたかもしれない。

 だいぶ昔に投げ掛けられた言葉が蘇った。超能力者についてどう思っているか、ライムに問い質さずにはいられなかった。

 

「ライムから見ても超能力者は…… 私の存在は恐ろしかしら? 化け物だと、そう思ってしまうかしら?」

 

 ライムは真剣な顔で考え込んだ。

 

「確かに、自分より力の強い存在には恐怖を抱いてしまうかもしれない。でも、僕はナツメちゃんが優しい子だって知ってるから平気だよ」

 

 優しく微笑みながら、ライムはそう告げた。心を読まずとも分かる。この言葉に裏表なんて無い。本心から言っている。

 ナツメもライムに微笑む――― 前に、おっぱいを揉まれた。しかも両手で。指が食い込む感覚がはっきり分かる。生意気にも、手の動きが妙に馴れていた。頭に電流が走り、一瞬だけ快楽に溺れかけてしまった。

 すぐさま意識を取り戻し、手近にあった小石を念動力でライムの顔面に叩きつけた。堪らず、ライムは後ろに倒れこんだ。

 

「なんであなたは自然に私の胸を揉んでいるの!!」

「いや、結構頑張ったからご褒美を貰いたいとか思ったり思わなかったり」

 

 凹んだ顔のまま起き上がるライム。本当にポケモン並みの生命力だ。

 まったく、油断するとすぐこれだ。助けに来たときの顔は今や見る影もない。というか、見る顔がない。これでは、どちらが本当のライムのなのか分かったものではない。

 

「それじゃあ、ナツメちゃん。僕もそろそろ行くよ」

「どこにでも行きなさい!!」

 

 逃げるように立ち去るライム。しかし、何かを思い出したかのように立ち止まり、振り返った。顔は既に治っていた。

 

「まあ、こんな僕でもいいならいつでも助けに呼んでよ。ナツメちゃんは大切な人だからさ、すぐに駆けつけてみせるよ」

 

 大切な人だから――― という言葉が引っかかった。

 

「ま、待って。大切な人って、それ、どういう意味?」

「心を読めば分かるんじゃないかな」

 

 言われた通りに、心を読んでみた。

 ライムの思考が頭に流れ込んでくる。大切な人の意味? そんなの決まっている。邪な想いを持った挑戦者だとはっきりと解っていたとしても、潔く負けを認めて、偶然とはいえ守ってくれた者には礼を尽くし、夢を応援する素敵な女の子。そんな君だから、僕は―――

 

「!?!?!?!?!?」///

「ふはははは! アデュー、ナツメちゃん!」

 

 気づけば、そこにライムの姿はなかった。

 





 銀魂の大長編を目指した結果がこの惨状です。オリキャラがナツメちゃんを食ってるという。小説書くのは難しい……。
 アネモネはイリヤスフィール、リンドウは天城弥勒でイメージしました。誰だか分からない人はググってね! 余談ですが、アネモネの花言葉は「見捨てられた」で、リンドウの花言葉は「悲しんでいる貴女を愛する」です。
 では最後に一言。お前ら、ナツメちゃんへの愛を叫びやがれ!!!!

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