とある少年が、全女性ジムリーダーのおっぱいを揉むという夢を抱いたそうです   作:フロンサワー

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 最終回のお疲れコメントをくれた皆様に、せめてもの感謝を込めて番外編書いちゃいました。終わる終わる詐欺みたいで申し訳ないです。
 少し早いですが、クリスマス系の話です。では、どうぞ。


多忙なある日の聖なる夜

 

 月日の流れは早いもので、あっという間に1年の節目、冬が巡ってきた。

 身を刺すような冷風が肌を撫でる。微妙に雨も降っているから、余計に寒く感じた。今年のイッシュ地方は最強最悪の寒波に見舞われている。僕がいる街、タチワキシティも例外ではない。

 この気温だと、ポツポツ降っている小雨も夜更け過ぎには雪に変わるだろう。ラジオでもそう予報してたし。

 だけど、今回だけは歓迎しようと思えた。今日はクリスマスイヴ、聖なる夜だからだ。

 クリスマスといえば雪、雪といえばクリスマス。年に数度降る雪を見ながらクリスマスを迎えるなんて、まるで映画のような演出だ。ホミカちゃんもきっと喜んでいることだろう。

 赤い衣装を身に纏い、プレゼントの入った袋を背負って、真っ白な付け髭を弄りながら、ホミカちゃんの待つ愛しいホームを目指して足を進める。勘のいい人ならお気づきだろう。僕は今、サンタの格好に扮している。ホームパーティ用に売っていた服だけど、かなり精巧に作り込まれている。

 僕がこんな仮装をしている原因は、昨日かかってきた電話にある。電話の主はそう、ホミカちゃんの親父さんだ。たしか、電話の内容はーーー

 

『ライムさん、心して聞いてください』

「はい、何でしょうか……」

『実は……』

「実は……?」

『我が娘は、サンタが実在すると信じているのですよ』

「!!!???」

『いやぁ、私は船長業であまりホミカに構えませんでしたから。クリスマスくらいは楽しい想いをさせてやろうと張り切っていたら、いつの間にやら……』

「えぇ〜……」

『ここからが本題です。クリスマスイブ、貴方にはサンタとなってホミカにプレゼントを渡してほしいのです』

「ちょっ、勘弁してくださいよ! クリスマスイブはホミカちゃんと甘〜いマジックアワーを過ごす予定なんですから!! ただでさえニャースも走る程忙しい年末ってのに!!」

『大丈夫です、プレゼントを渡すだけでいいのです。それと、ニャースが走るのは関係ないと思いますよ?』

「それなら親父さんが……」

『私は船長業で帰れません。いつもはある知人に頼んでいるのですが、何故か今年だけ連絡が付かないのです……。情けない限りですが、引き受けてくれませんか?』

「……ま、まあ。プレゼントを渡すだけならやってもいいですけど」

『本当ですか、ありがとうございます! くれぐれもホミカにバレないようお願いしますよ!! バレたら捻る』

「何を!!!!??」

 

 とまあ、こんな感じの会話だった気がする。真剣なトーンで話すから、聞いてる僕もガッチガチに緊張しちゃったよ。2人でツリーの飾り付けを楽しんでいる真っ最中だったのに……。

 それにしても、しっかり者のホミカちゃんがサンタさんを信じているなんてねえ。年相応に可愛い所もあるじゃないか……って、そういやホミカちゃんって何歳なんだ? 12歳くらいだと思ってたけど、実際はどうなのだろう。今度それとなく聞いてみよう。

 そう思いながら歩いていると、突然誰かに肩を掴まれた。まさか職質か、職質なのか?

 内心怯えながら振り返ると、警察ではなく僕と同じ格好をしたおっさんがいた。つまり、サンタさんである。

 えっ、まさか本物!?

 

「おいおい、集合場所はそっちじゃないぞ。しっかりしろよ」

「え?」

 

 妙に剣呑な雰囲気を察し、そのままおっさんについて行った。イベントのスタッフに間違えられた…… とかではなさそうだ。とりあえず、様子を探ってみるとしよう。

 相手から話しかける様子もないし、僕も話しかけるつもりはない。特に会話も無く足を進めた。やがて、人っ子一人立ち寄らなさそうな廃墟に辿り着いた。ヤバそうな臭いがプンプンするぞ。

 敷地内に足を踏み入れた途端、漫然とした負のオーラをひしひしと感じた。ここまで来ておきながら、今更になって引き返す訳にもいかない。意を決して建物の中に入った。

 僕らを出迎えてくれたのは、だだっ広い空間だった。建築途中だったのか、材木やらビニールシートやらが散らかっている。

 それらには目をくれず、サンタ(仮)のおっさんは階段を上っていった。どうやら、ここは目的のフロアではないらしい。

 ひたすら階段を上る。同じような階ばかりが目にするけど、何があるというのだろうか?

 やっとの思いで最上階に着くと、サンタコスをした大量の野郎共で埋め尽くされているという異様な光景を目の当たりにした。何だこれ気持ち悪い!!

 空気が澱んでいる。多分、負のオーラの発生源はここだ、間違いない。とりあえず、最後尾にそれとなく紛れた。

 やや時間がたつと、同じくサンタコスをした老人が現れた。台の上に立っているのか、最後尾でもその姿を確認できた。多分、あの人がリーダーなのだろう。不思議なカリスマを感じる。

 老人はマイクを手に持ち、大きく息を吸った。

 

「これだけの数、よくぞ集まってくれた! 運命に立ち向かう道を選んでくれた諸君に、最大限の感謝を伝える! 思えば我らは20年もの時間、涙を堪え、耐え忍んできた……。だが、諸君のおかげでそれもようやく終わりをむかえる!! 我らの悲願、今日をもって成就するのだ!!」

「「「うおおおおおお!!!」」」

 

 老人が演説には、聴く者の魂を揺さぶる不思議な力があった。サンタコスをしている集団の中には、ちらほらと涙を流す人もいた。

 一体、何を20年耐えてきたんだ……?

 

「それでは、我ら惨多苦蠟酢によるクリスマス破壊作戦の開始を宣言する!! リア充共の悪しき儀式に終止符を打つぞ!!」

 

 ……ええええええ!!!??? クリスマスをぶっ壊すって…… ええええええ!!!??

 

「では行くぞ、諸君。ツリーを切るチェンソーは持ったか!? 奴らを絶望へと叩き落とすプレゼントは用意したか!?」

「「「おおおおおおおおお!!!!」」」

 

 興奮…… いや、狂気が極まり、獣のような雄叫びがあがる。よくよく見れば、全員の目が浜辺に打ち上げられたコイキングのようだった。この目はあれだ、クリスマスを過ごす人が誰もいない奴の目だ。一人で年がら年中旅をしていたから、僕もクリスマスにはこんな目をしていた……!

 これはえらいこっちゃ……! 急いでジュンサーさんに通報しないと……!!

 

「……貴様、見ない顔だな」

 

 筋骨隆々で片目に傷を負った大男が僕に話しかけてきた。あっ、こりゃ一緒に過ごす人なんていませんわ。

 

「……あ、あはは。僕、新入りですから。顔を知らないのも無理ないですよ」

「おい、こいつフシデの人形なんて持っていやがるぞ」

「ちょっ!?」

 

 いつの間にかプレゼントの入った袋を奪われていた。すぐに取り返し、プレゼントを守るために腕に抱えた。

 

「そ、そうだ! 用事があったのでそろそろ帰ります!」

「用事? クリスマスに用事だと? どんな用事か言ってみろ」

「そ、それは……」

 

 僕に向けられた視線が、だんだんと疑惑を含んだものに変わっていく。

 ほ、本当のことなんて言えない……! 可愛いあの娘が待っていますから、なんてどんな顔で言えばいいんだよ!

 

「退け、諸君」

「リーダー!!」

 

 リーダーの声が響いた途端、人混みが割れて一つの道ができた。

 靴音を響かせながら、一歩ずつ僕の方へと歩み寄るリーダー。生きてきた年数が遥かに長いからか、その目は井戸の底のように黒く澱んでいた。

 

「仲間かどうか、それを判別するのはとても簡単だ。目を見る、それだけでいい」

 

 ま、まずい!! 多分、僕の目は希望に溢れている!!

 目を逸らそうとしても時既に遅く、リーダーの男と目が合ってしまった。次の瞬間、男は悪鬼のように歪んだ顔を浮かばせた。

 

「ギルティ、圧倒的ギルティ……!!!!」

 

 それを皮切りに、僕へと向けられた疑惑は確信へと変わってしまった。

 

「サッキノハカノジョヘノプレゼントナノ、サッキノハカノジョヘノプレゼントナノ?」

「咎人が、死んで償え」

「OK, I'll kill you jast now.」

 

 漫然とした負のオーラから、ヘドロのようにねっとりとした殺意に変わった。なんて濃度の殺意……! 少しでも気を抜いたら気が狂ってしまう……!!

 迫る無数の手をいなし、半ば飛び降りる形で階段を下る。

 もう二度と走れなくなってもいい。そんな覚悟を決めて、廃墟から脱出した。

 最後尾に並んでいたのが幸いした。あの集団の真ん中にいたら、十中八九逃げられなかった。もしそうなったらと思うと、身の毛がよだつ!

 道が雨で濡れていて走りにくい。だけど、それは向こうも同じ条件な筈! そう思って振り返ると、そこには―――

 

「「「■■■■!!!!」」」

 

 獣のように地面を駆けるサンタコスの集団がいた。怒りと執念で肉体のリミッターを外しているのか、僕以上の速さで迫る。

 サンタ集団との距離が少しずつ近くなっていく。ダメだ、このままじゃ追いつかれる!!

 

『火炎放射ァ!!!』

『マジカルリーフ』

 

 アスファルトは灼熱の炎に焼かれ、刃のようなに滅多刺しにされた。あと一歩でも前に出ていたら、そうなっていたのはこのサンタ集団だろう。狂気に駆られらた彼らも、流石に足を止めた。

 あの技は、まさか……! 僕も足を止めて、後ろを振り返った。そこには、サンタ集団の行く手を阻むように佇む王子とファーザーがいた。

 

『おいおい、すけこまし…… てめぇ、何しゃしゃり出ているんだよ。俺1人でここは十分だろ』

『貴様1人では心許ないのでな、私がわざわざ出張ってやったのだ。頭を地に着け、海より深く感謝しろ』

『よぉし、てめえから消し炭にしてやる!!』

『恩を仇で返すとは、やはり野蛮ポケモンだな! 私がその性根を叩き直してくれよう!!』

 

 ホーカマにはマジカルリーフが、王子には火炎放射が放たれる。状況が悪化してんじゃん!? 何しに出てきたんだ、こいつら!!

 

『『邪魔者を片付けた後でな!』』

 

 相討ちを覚悟した。だけど、それぞれの技は直撃せずに、真横ギリギリを通り過ぎた。気づけば、王子の背後にいたグラエナ、ホーカマの背後にいたヘルガーに技が直撃した。

 

『という訳だ。ここは俺らに任せて行ってくれ、アニキ』

『イブに遅れた男など犯罪者のようなものだ。くれぐれも遅れるなよ、ライム』

「ありがとう、2匹とも……!」

 

 振り返らず、ひたすら足を進める。背後から断末魔やら爆音やらが聞こえるけど、あまり気にしないでおこう。

 暫く走ったけど、誰1人として僕を追ってこない。多分、あの2匹が奮戦しているおかげだろう。だけど、あの数が全員だとは考えにくい。刺客は更にやって来る筈だ。まだ気を抜けない……!

 大通りに出る。すっかり日が暮れているからか、それとも今日はクリスマスイブだからか、そこには誰1人いない。良かった、待ち伏せとかはされてなさそうだ。

 

「それはどうかな?」

「!!」

 

 両腕で頭を庇う。次の瞬間、鉄球が激突したかのような衝撃が両腕に走った。後ろに跳び、どうにかその衝撃を殺す。

 何度か地面をバウンドしたけど、逃走に障害が残るようなダメージを負うのは避けれた。だけど、腕にはくっきりと拳の痕が浮き出ていた。遅れて、尋常ではない痛みが僕を襲う。これはっ…… 右腕がイカれた……!

 顔を上げる。そこには、最初に僕を疑った筋骨隆々の大男がいた。あの男がパンチの主である事に疑いの余地は無く、これまで出会った人外と肩を並べる強さだと一瞬で分かった。

 手首をスナップしながら、一歩ずつ迫る大男。その傷だらけの拳には、どれだけの血と時間が染み込んでいるのだろうか。まさに鉄拳。鉄の意志で鍛えられた拳だ。

 マトモに闘ったとして、勝機なんて那由他の彼方もありはしない。だけど、ポケモンならその話も変わってくる!

 

 

 

 

『人外だろうとやらないか?』

「!!!???」

 

 

 

 

 いつの間にかボールから出ていたアベサンが、大男の肩を掴んでいた。このままトイレに連行されてお終いだ。呆気ないもんだね。

 

「チィッ!!」

『!!!』

 

 アベサンの手を振り払った!?

 流石は人外、信じられない真似をさも当然のようにやってのける……!

 

『サンタも粋な奴だ。こんな素敵なプレゼントを用意してくれるなんてな』

「こいつぁ…… 俺のポケモンじゃ歯が立たないか。いいぜ、相手してやるよ」

 

 直後、拳の応酬が始まった。いなされ、受け止られ、相殺され、それぞれの拳は致命傷には届かない。この勝負は長丁場になると、僕は確信した。

 というか、どうしてジムリーダーのポケモンより競り合った勝負をしてるんですかねぇ……?

 

『……』

「!!」

 

 アベサンが一瞬だけこちらに目をやった。

 口で言わずとも、その目が雄弁に物語っていた。俺に構わず先に行け。可愛いあの子が待っているんだろ、と。

 分かってるさ。こうなったら、クリスマスイブまでには是が非でもホミカちゃんの元に辿り着いてみせる。

 大男が拳圧でハイドロポンプを吹き飛ばしていたのは見間違いだと自分に言い聞かせながら、僕は再び走り出した。

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

『えっ、まだ帰れそうにない!?』

「い、いや、今日中には帰れると思うよ? だけど、少し厄介事に巻き込まれちゃって……」

『分かってるの、今日は特別な日なんだよ!? こんな夜まで出歩く悪い奴に、サンタさんはプレゼントを渡してくれないんだから!!』

『サンタなんて信じる小娘は放っといて、私と一緒に大人の夜を過ごしましょう!!』

『うわっ!? サッちゃん、急にひっついてくるなし!』←サッちゃんの言葉は通じてません

「……ごめん、また後でかけ直すね」

『あっ、まだ話は―――』

 

 電話をぶつ切りする。言い訳したかったけど、状況が状況だから仕方ない。

 さて、どうするか。前方はサンタ集団、後方は壁だ。退路は塞がれた。正面突破しか道は残されていなさそうだ。

 1人でどうこうできるレベルじゃない。イケメソかファーザーの助力がないと、ここを切り抜けるのは厳しいぞ……!

 

「」カタカタ

「!!」

 

 イケメソの入ったモンスターボールが小刻みに震えていた。僕を出してくれ、という意思表示だろう。

 喧嘩ばっかりしているどっかのアホアホコンビとは違って、イケメソなりに作戦を考えているに違いない。

 モンスターボールからイケメソを繰り出す。相変わらずのニタニタフェイスだけど、その顔は聖人のような慈愛に満ちていた。

 

『……君たちは、女の子と一緒にクリスマスイブを過ごす人が気にくわないみたいだね。もうやめなよ、そんなことしても虚しくなるだけじゃないか』

「!!??」

 

 説得!?? こいつら相手に説得!!?

 空腹状態のカエンジンの檻に入って、僕は餌じゃないですって言うようなもんだよ!

 そもそもの話、言葉が通じないじゃん!!

 

『この世界には、独りぼっちでクリスマスイブを過ごす人もいるんだ。でも、君たちは違うだろ? 周りを見てごらん、仲間が沢山いるじゃないか。君たちにだって、クリスマスイブを楽しめる権利があるんだ。仲間と一緒に過ごすクリスマスイブだって、とても素敵だと思うよ?』

「「「ゴバァッ!!!???」」」

 

 サンタ集団が一斉に血の涙を流し、血反吐を吐いた。邪悪な心が浄化され、苦しんでいるように思えた。

 言葉には不思議な力がある。相手に言葉の意味は通じなくても、籠められた想いが相手の心に届くこともあるんだ。この場合、イケメソの清らかで真っ直ぐな想いが、サンタ集団の醜悪で歪んだ心に届いてしまったのだろう。

 地べたをのたうち回り、血反吐を吐き続けるサンタ集団の横を通り過ぎる。イケメソの言葉を賜ったのが運の尽きだね。邪な心を持ってる奴なら、ヘタな物理攻撃よりよっぽど効くから。

 

「そういえば、イケメソさんはクリスマスイブに予定とかあります?」

『いいや、ライム君たちと過ごすつもりさ。ミロカロスさんやグレイシアちゃんに誘われたけど、家族で過ごすのが一番だからね』

 

 ピクリ、とサンタ集団の指先が動く。やがて、上から糸で吊るされているかのように、不気味な動きで起き上がった。

 ま…… まさか、イケメソの言葉の意味が通じてしまったとか?

 

「あぴょぴょぴょぴょぴょなそやたそをねらまたさやぬそりむかはら」

「俺、マッギョにすら勝てないの? 世の中って顔じゃないの?」

 

 血みどろで起き上がるその様は、まさにゾンビそのもの。肉体の限界はとうに超えている筈。やはり、恐るべき執念だ。

 

『少し荒っぽいけど、僕の電撃で目を覚まさせるしかないか』

「任せたイケメソ!」

 

 迷わず逃げた。アレは無理だ、怖すぎる。

 さっきまでの光景が脳裏から離れない。酸欠で目の前がクラクラしようとも、僕は走り続けた。足を止めたら、その瞬間に捕まりそうな気がしてならなかった。

 橋の上で限界を迎え、足を止めた。ここまで来れば、流石に追ってこないだろう。手摺に寄りかかり、思いっきり吐いた。酸っぱい!

 息を切らしながら、橋の上にへたりこむ。少し休まないと、マトモに動けない……!

 

「捕まえたぞ」

「!!」

 

 上から声が聞こえた。見上げると、そこにはデリバードの袋に乗るリーダーの姿があった。

 

「大した少年だ。構成員の殆んどが貴様のポケモンにやられた」

「そりゃどうも……」

「20の歳月をかけた作戦が1日で、たった1人の少年に打ち砕かれた。せめてその原因である貴様を道連れにしないと、私の気が済まない」

「ッ!!!??」

 

 デリバードが幾つもの氷の礫を放った。耳をつんざく風切り音が、普通の威力じゃないと物語っていた。

 しかし、その礫は僕に届かない。真っ二つに切り裂かれ、ポトリと地面に落ちた。

 僕の目の前には、刀のように翼を振り切ったファーザーの姿があった。ファーザーが再び翼を払う。翼に付いていた氷の粒が、街灯の光を反射しながら振り落とされた。

 

『よぉ、随分と俺のファミリーを可愛がってくれたじゃねえか』

 

 剃刀のように鋭い眼光がリーダーを射抜いた。

 

「……改めて賞賛しよう、君は本当に大した少年だ。一体どうな手を使って、それ程のポケモンを手にしたというのか」

「何言ってるんだ。あんたのデリバードも大概だろ」

「ふふっ、それもそうだな」

 

 この後、訪れる静寂。雨の落ちる音だけが響く。デリバードとファーザーは睨み合ったまま動かない。

 雨粒が弾けた。知覚できない速度で、互いの技がぶつかり合った。

 

『これまでツケ、きちんと払ってもらうぜ。それがトップの務めってやつだ』

 

 氷と斬撃があちこちで交差する。

 いくら強いデリバードとはいえ、やはりファーザー相手では役不足。デリードは目に見えて押されていた。

 ようやく、この厄介事からも解放され―――

 途轍もない衝撃が僕を襲った。何をされたのか、それを理解する間もなかった。遅れて、ズキズキした鈍い痛みが頭に走った。

 橋から叩き落された。無情にも迫る川面が目に映る。頭を打ったせいか、その景色はボヤけて見えた。

 ファーザーが僕の名前を呼んだ気がした。だけど、次の瞬間には水飛沫の飛び散る音に掻き消されてしまった。

 沈む。沈んでいく。身を切り裂くような冷たさが全身を蝕む。川の底は、まるでこの世の底のようにも感じた。

 プレゼントの入った袋に目を向ける。これじゃあプレゼントは台無しだろうな。ずっと前から欲しがっていたフシデの人形、並んでまで買ったってのにな。

 袋を掴む右手の感触が無くなっていく。やめろ、やめてくれ。プレゼントだけは、絶対に渡してやらないといけないのに。

 ああ、ダメだ。意識まで朦朧として―――

 

 

 

 

★☆★☆★☆

 

 

 

 

 何もかもが溶け込みそうな真っ暗闇に、バルビートのような白い光が揺らめいている。その淡い煌めきは、瞬く間に僕の視界からフェードアウトした。どうやら、何かに乗って移動してるみたいだ。

 とりあえず、天国とかではなさそうだ。そうなると、どうやって川から脱出したんだ?

 しんしんと雪が降り注いでいる。閉じていた手を広げ、空へ掲げる。ヒラヒラと小さな雪が掌に落ち、消えた。粉雪だった。

 決して積もることのない、溶けて消えてしまう儚き雪。その事実が、外の景色をより一層幻想的にしている気がした。

 ああ、そうだった。さっきまで降っていた雨も、夜更け過ぎには雪になる。ラジオでもそう言ってたじゃないか。

 さっきから鈴の音が響いている。おかしいな、鈴なんて持っていないのに。不思議に思って辺りを見回すと、まずソリに乗っているのに気づい――― いやいやいや、ちょっと待て。

 ソリ? 何でソリ? 今、どこを走っているんだ? というか、誰がソリを動かしてるの?

 改めて、周りの景色を見渡した。

 

「ぇぇ……?」

 

 信じられないことに、空を走っていた。ビルやら家やらの建造物が、僕の遥か真下にある。道理で振動が無い訳だよ!!

 ソリの主に目を向ける。それは、赤い服を身に纏い、白い髭を蓄えたお爺さんだった。まさか、サンタ――― 駄目だ、また意識が朦朧と―――

 

 

 

 

★☆★☆★

 

 

 

 

 誰かが僕の名前を呼んでいる。一度や二度じゃない 、何度もだ。

 このまま目を閉じていたけど、力を振り絞って重い瞼を開けた。僕の目に飛び込んできたのは、とても嬉しそうに頬を緩ませているホミカちゃんだった。

 

「あっ、やっと起きた!」

「うぅ…… ホミカちゃん……」

 

 えっと、いつ家に帰ってきたっけ?

 サンタ集団に追われて、そのリーダーに橋から落とされて、空飛ぶソリに乗って――― って、そうだ!!!

 

「ホホホホホミカちゃん、誰が僕をここまで運んでくれたの!!??」

「んー? そんなの決まってるじゃん、サンタだよサンタ!」

「えええええええええええ!!!!!??」

 

 待て待て待て待て待て待て、落ち着くでござる落ち着くでござる!!!

 ということは、僕が見ていたのは幻覚なんかじゃなくて……!!!

 

「ほら、プレゼントだって貰ったんだ! ずっと欲しかったフシデのヌイグルミ!!」

「は、ははは……」

 

 ホミカちゃんが手に持っていたのは、ピッカピカのフシデのヌイグルミだった。川に落とした物とは思えない。つまり、本当にサンタさんが用意してくれたって事? これは信じざるを得なくなってきたぞ……。

 

「でも、ライムのプレゼントは無くて……」

 

 残念そうな顔を浮かべるホミカちゃん。

 

「いいや、サンタさんは最高のプレゼントをくれたさ」

「そうなのか?」

 

 ここに運んできてくれたのが、僕にとって最高のプレゼントだ。本当にありがとう、サンタさん。

 

「まさか、プレゼントと一緒にライムを運んでくれるとは思わなかったよ。でも、どうしてサンタの格好なんてしてたの?」

「えっと…… バイト! バイトでこんな格好してたんだ!!」

「ふ〜ん……。そういや、ライムのポケモンもヘトヘトになって寝ていたな。そんなにキツイ仕事だったの?」

「!!??」

 

 僕のポケモンまで回収してくれたのか! 有能過ぎだろサンタさん!!

 

「み、みんなは大丈夫だった?」

「疲れてるだけだったよ。念のため、サッちゃんがポケモンセンターに運んでったから心配はいらないんじゃない?」

 

 良かった、とりあえず一安心だ。

 づぁっ……!? 衝撃の事実が多すぎて、疲れていたのを忘れていた……!! 一安心したら一気に襲ってきたな。

 うう、クリスマスが終わるまで体力が保つかな……?

 疲れでダウン寸前の僕に、ホミカちゃんは天使のような笑みで笑いかけた。

 

「私、今年は良いことを一杯したんだな。だって、クリスマスイヴに欲しいものを2つも持ってきてくれたんだもん」

「ホミカちゃん……!」

 

 ホミカちゃんの小柄な体躯に抱き着いた。いや、僕との身長差を考えれば包み込んだといった表現が正しいか。

 腕を腰に回す。そして――― 顔はちっぱいに埋める!! 当たり前です!!

 とりあえず、右ちっぱいに思いっきり頬擦りをする。この固いとも柔らかいとも言えない感触、クセになってしまいそうだ。だけど、欲を言えばもっと大きくなってほしい! 僕が揉んだら大きくなるだろうか?

 次は谷間…… 谷間? いや、うん、谷間に鼻から埋める。この、おっぱいで頬を挟まれる感触が――― あまりしない……。

 とにかく、顔を横に動かしてちっぱいの感触を堪能する!! ヒャッホイヒャッホイ!!

 

「ななな何すんだバカァ!!!!」///

「ぐべらっ!!??」

 

 殴り飛ばされた。う〜ん、まだ恥ずかしいのか……。

 あと少しでクリスマスイヴも終わりか。本当に、今まで生きてきた中で一番忙しいクリスマスイヴだった。多分、世界で一番忙しかった人だろう。

 サンタさんのおかげでギリギリ間に合ったとはいえ、ホミカちゃんには寂しい思いをさせてしまった。今日だけの特別な口付けをしたら、許してくれるかな?

 

 





 実はこの話、ある歌手のある歌をモチーフにしています。
 気づいた人は…… いないだろうなぁ。ちなみに、題名がヒントです。

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