ロスヴァイセは若くしてオーディンの護衛を勤めているだけあって優秀な戦乙女だ。ただ、オーディンから真面目すぎて恋人ができないと言われる程、男運がない。当の本人は彼氏が欲しいと思っているのだが、最近は英雄として迎え入れられる者も少なく、行き遅れないかと戦々恐々していた。
「……どうかされましたか? 先程からボゥっとしていますが」
「い、いえ! ちょっと考え事を……」
「そうですか。なら良かったです。でも、体調が悪くなったのなら直ぐに言って下さいね」
そんな彼女に最大のチャンスが訪れていた。今自分を気遣うように微笑みかけてくる美形の名はランスロット。アーサー王に仕えていた円卓の騎士の中でも最強といって言い程の実力を持った騎士であり、同盟相手である冥府に仮所属している者の部下だ。本当はオーディンもこの場に居たのだがトイレに行くと言って席を立った。
「オーディン様なら大丈夫ですよ。私の部下を付けて置きました。少々お疲れのようですし休憩にしたらどうですか?」
「は、はい! ではお言葉に甘えさせて頂きます!」
このように気遣いもでき、今も部下を指揮する役職にある。そしてネックだった収入ゼロも先日カジノオーナーになった事で無事解決。性格良し! 収入良し! 見た目良し! 三拍子揃ったまさに優良物件。これが最初で最後のチャンスだと腹を括ったロスヴァイセは攻めに出る。
「あ、あの、ランスロットさんて恋人はいらっしゃるんですか?」
「おぉ! 訊きおったぞ!」
「ちょ、オーディン様。あまり大声出されると見つかりますって!」
そしてオーディンとランスロットの部下はその様子を出歯亀していた。
「あ! おじさんのお兄さんだ!」
「久しぶりね、おじさんのお兄さん!」
「……その呼び方は止めてくれ」
その頃、番組収録を終えた一誠達は別の番組に呼ばれていたソーナとサイラオーグに出会う。二人共自分の女王を連れてインタビューを受けるというのだ。
「お久しぶりですね、赤龍帝さん。先日はバイパーさんにお世話になりました。彼には改めてお礼をしたいと思います。何か彼の好きな物があったら教えてくださいませんか?」
「う~ん。あいつは金目の物が好きだけど、またアイツがクジで選ばれないとも限らないし、賄賂呼ばわりされたら困るから辞めておいたら?」
「そうですね。ご忠告有難う御座いました。……私はこの間の一件で自分の考えが甘かった事を感じました。理想ばかり追い求め、現実の問題を直視していないとオーディン様からお言葉を頂いたのです。匙もあの場で怒った事は大きなマイナスとなると言われて落ち込んでいました」
どうやらゲームの後、オーディンがソーナ達の所を訪れ声を掛けたらしい。最も、その殆どが苦言ではあったが。一誠はソーナから聞いたオーディンの言葉に賛同するように頷く。
「まぁ、色々甘いと思うよ。下級悪魔や中級悪魔は見下されてるから、力を手に入れる機会を作っても意味がないでしょ」
「ええ、ですから私は魔王を目指す事にしました。魔王に相応しい実力を手に入れ、お姉様の後を継いで見せます。私が掲げる無謀な理想を押し通すには力が必要ですからね。……その為に邪魔になりそうな婚約者をどうにかしなければなりましませんが。調べた所、かなりの差別主義者の様で……」
「俺の理想も力ある者が見合った居場所を与えられる世にする事だ。っと、そろそろ時間だな。悪いが俺達はここで失礼させて貰う」
「ばいばい、おじさん!」
「またね、おじさん!」
「だからおじさんは止めてくれ……」
まだ若いのにおじさん呼ばわりされたサイラオーグだが、無邪気な二人に強く言えず、その背中に哀愁を漂わせながら去っていく。二人の背中を見送った玉藻は疑問そうに首を捻った。
「なぁんでご主人様にあんな事語ったんでしょうねぇ?」
「まぁ、俺の部下のおかげでゲームに勝てたし、オーディン様が俺の言った事でも話したんじゃない? それで勝手に信頼してくれているなら放っておこうよ。……その方が付け込み易いしさ。さ、そろそろお昼だし何か食べに行こうか?」
「あぁん、流石はご主人様ですぅ。よっ! この外道! あ、私は狐饂飩が食べたいなぁ」
「あたしお子様ランチ!」
「わたしはカレーが食べたいわ」
「はいはい、行こう行こう。ほら、転んだらいけないから手を繋ごうね」
「「は~い!」」
一誠と玉藻は手を繋いで歩くありす達を挟むように立ち、空いた手を繋いで歩く。その姿はまるで子供連れの夫婦の様であった。
「私には恋人はおりません。そして、これからも作る気はありません。私には女性を愛する権利など無いのです」
ロスヴァイセの問いに対し、ランスロットは淡々と答える。その顔には憂いが込められていた。
「ど、どうしてですか!? それになんで女性を愛する権利など無いなんて事を……」
「……私の過去を知っていますか? 主君の妻と不義密通をし、その末に友の弟を殺害。最後には王の危機にも駆けつけられぬ始末。王の妻であったグィネヴィア様も最後には私を拒絶なされました。こんな情けない私など、新しく恋をやり直す資格など御座いません」
自分の邪恋のせいで友と主を失った事は未だに彼の心に深い傷を残していた。それを聞いたロスヴァイセは黙り込み、ランスロットは詰まらぬ話で場に空気を悪くしたと思って彼女に謝ろうとする。だが、次の瞬間、思いがけない言葉が投げかけられた。
「……ランスロットさん。貴方は今、誰の部下なんですか? アーサー王ですか? 違うでしょう? 貴方の今の主は赤龍帝さんでしょう! ……それに、そんな事を言うのは悲しいと思います。折角、新しい生き方を与えて貰ったのに、昔の事を引きずって自分に枷を付けているんて」
そう言うロスヴァイセの瞳からは涙が溢れる。そして、ランスロットは一誠に自分の仲間にと誘われた時、自分には新しくやり直す権利はないと言ったら返って来た言葉を思い出した。
『やり直す権利がない? そんな事誰が決めたのさ? アーサー王が言ったの? 違うでしょ? たとえ明日世界が滅びるとしても、やり直してはいけないなんて事はないんだよ?』
その言葉を受けたランスロットは差し出された一誠の手を取り、今の生活を享受している。それを思い出したランスロットはハンカチをロスヴァイセに差し出した。
「……貴方のお蔭で忘れかけていた主の言葉を思い出しました。結局、私は自分にやり直す権利はないと言い聞かせる事で責任から逃げていただけの様です。感謝致します、ロスヴァイセ殿」
「い、いえ、私は貴方の気持ちなんて知りもせずに勝手な事を言っただけで……」
面と向かって礼を言われた事に赤面したロスヴァイセは気が動転し、立ち上がろうとしてバランスを崩す。
「きゃっ!?」
「……大丈夫ですか?」
可愛い悲鳴を上げたロスヴァイセはすぐさまランスロットに支えられて転ぶのを免れる。だが、すぐ近くにランスロットの顔がある事に気付いた彼女の顔は真っ赤になり鼓動は高まる。そしてそれはランスロットにも伝わってきた。
「ロスヴァイセ殿……、
顔が真っ赤ですし、心拍数が異常です! やはり何処か悪いのでは!? これはいけない、直ぐに病院に行かなくては……」
どうやら彼は肝心な所で天然だった様だ。
「……主。何故か途中からロスヴァイセ殿の機嫌がお悪くなられたのだがどうしてでしょうか? オーディン様に事情を話したら、お主が悪い! 、と言われまして……」
その後、戻ってきたオーディンと共にロスヴァイセは帰って行き、ランスロットは一誠達と合流して昼食を摂っていた。
「……さぁ? 俺にもさっぱりだよ。所で文通を申し込まれたんだって?」
「ええ、折角の申し出なのでお受け致しました。私も趣味を見つけなくてはなりませんでしたしね」
「うん、それが良いと思うよ。俺も全ての迷える魂を拾える訳じゃないし、拾えた君達には拾えなかった魂の分も第二の人生を謳歌して貰いたいからね」
一誠は微笑みながらそう言った。生者には興味のない一誠だが、死者と身内と認めた者、そしてその身内には親愛を注ぐ。まるでそれが自分の使命であるとでも言うように……。
『祝! 異界侵入十周年オメデトウ!』
「……有難う」
その日の夜、異界に入った一誠はクラッカーと垂れ幕で出迎えられる。その日は初めて一誠が異界に来て丁度十年になる日なのだ。既に料理の用意がされており、酒やジュースなどの飲み物も用意されている。この日は一誠も玉藻以外の従者は出さず、異界の住人だけと過ごしていた。
「……本当に懐かしい。迷い込んできたのを脅かそうとしたら私が驚かされた」
小学校一年になった一誠は偶々異界に迷い込み、そこで最初に花子と出会った。いきなり後ろから驚かせようとした花子だが、振り返った一誠の後ろに無数の霊群が居るのを見て逆に驚いてしまったのだ。その後、襲ってきた口裂け女は玉藻に撃退され、ベートーベンはしつこく話しかけてくる一誠に折れて話し相手になり、それから何度も通う内に他の霊とも仲良くなった。霊使いの能力は霊を従えるだけでなく、霊と仲良くなる力も含まれているのかもしれない。
「俺も人間の友達はいなかったから楽しかったなぁ。皆俺を不気味がって話しかけてくれなかったし、俺も直ぐ傍にいる霊達に気付かない彼らが嫌いだった。思えばアレが今の俺を作る事となったのかなぁ」
一誠は昔を思い出しながらシミジミと呟く。すると後ろからやって来た口裂け女が彼の髪をワシャワシャと掻き乱す。
「ったく、それで苛められたんだろうが、アンタは。その上、仕返しはバッチリやってるし。全く、怖い餓鬼だよ」
「えぇ~! 全国の小学生を恐怖に陥れた貴女に怖いって言われたくないよ」
「あぁ?」
「……御免なさい」
口裂け女の言葉に反論する一誠だが、凄まれて直ぐに謝る。それに満足した彼女は酒瓶を煽ると満足げに去っていった。
「……大変でしたねぇ、ご主人様」
「全く、あの人には頭が上がらないにゃ」
玉藻と黒歌は口裂け女が去るのを見計らって一誠の両隣に座る。どうやらこの二人も口裂け女が苦手のようだ。ただの敵としたらたわいも無い相手でも、味方にしたら怖くて逆らえない相手、それが彼女への評価らしい。
「ねぇ、何かゲームをやるみたいよ」
一誠の頭に乗ってきたメリーは少し離れた席を指差す。其処では口裂け女を中心とした大人組が何やら騒いでいた。
「アンタラも来な! 今から王様ゲームするよ!」
「……え~。身内でやっても虚しそうだし、古いなぁ。流石、昭和……何でもないです、御免なさい」
『王様だーれだ?』
「……あ、私だ。え~と、何を命令しようっかなぁ♪」
結局参加させられた一誠達だったが、初っ端から玉藻が王様を引き当てる。
「それじゃあ……ご主人様は五分間私とディープキス!」
「名指し!? ってか、いきなり飛ばしすぎ!」
「黒歌はケツの筋肉で割り箸五本割れぇ~!!」
「また名指し!? てか二度目の命令にゃ! ……もう王様ゲームの名を借りた恐怖政治ね」
「……ねぇ、口裂けさん。止めなくって良いの?」
「良いんだよ。アイツ等はアレで楽しんでるんだからさ。さ、子供は見るもんじゃないよ。……ちと玉藻に飲ませすぎたか……」
気まずそうに後頭部を掻く口裂け女の視線の先にはゲーム開始前に玉藻に飲ませた酒の空き瓶が無数に転がっている。玉藻が一誠を押し倒した所で子供組は大人組に連れられて部屋から出ていき、後には一誠と玉藻と黒歌だけが残された。
「さぁ、ご主人様、王様の命令は絶対ですよぉ?」
「酒臭っ!? んんっ!」
押し倒されて口に無理やり舌を捩じ込まれた一誠だが、その実、抵抗らしい抵抗はしていない。むしろ無抵抗で受け入れていると言って良いだろう。
「……相変わらずラブラブだにゃ。ちっ、愛人から正妻になるのは難しそうね」
黒歌が呆れたように二人を見る中、夜は過ぎていく。そして、リアスとディオドラのゲームの日がやって来た……。
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