グラナダに来て与えられた屋敷で今日も過ごす。
私は思わずため息をついてしまう。
グラナダには一時的に寄るだけだと思っていたのだが……。
「お嬢様、紅茶でございます」
ソフィアーネが淹れてくれた紅茶を口にする。
良い香りがしてとても美味しい。
溜息からホッとした安堵の吐息にかわるが――現実は変わらない。
「ソフィアーネ、私達がグラナダへ来てどのくらいになるかしら?」
「……一ヶ月と数日と言うところでしょうか」
いつも頼りになるソフィアーネらしくなく、力なく返事をしてくる。
私も彼女もあえて避けていたのだけれど……そろそろ現状を口に出して言うべきだろう。
「どう考えても私達、というか私は軟禁されてるわよね。屋敷の入り口をジオン兵が守衛として立ってるし……」
「そうですね……」
気づけば再び私は溜息を吐いていた。
それに反応するようにソフィアーネが声を上げた。
「申し訳ありません。お嬢様。NT用兵器の具体案とMSの護衛をつけての長距離攻撃の運用法をマハラジャ様からの物として提出し、替わりにお嬢様がアクシズへ行けるように仕向けたのですが……。どうやら失敗したようです」
グラナダへ来てお父様の名代で何度かパーティーへは参加した。
予定通りだったのはそれだけで他が違ったのだ。
「お嬢様をグラナダで引き止めているのは、開発プランだけではなく、それ以上の物をよこせというキシリアからのマハラジャ様へのアピールでしょう。長距離移動の為のガラハウ中佐麾下艦隊のブースターの増設も既に終わっておりますし、おそらくではありますが……試作機受領もメッセージである可能性があります」
ソフィアーネが本当に悔しそうに言う。
私が話したNT兵器、エルメスの草案を身柄引き換えに提出。
風評で危険なシーマ艦隊に私の護送任務を与える。
そしてグラナダでいつまでも足止めをする。
護送のついでに試作機をシーマ艦隊に受領させる予定。
これらを纏めてみると……。
娘を返して欲しかったら、草案以上の物、例えばNT兵器の試作機データでも出せ。
そう言うことなのだろう。
元々が人質扱いだったのだ。その私が簡単にアクシズにいける事に違和感は感じていたが……。
「あの紫……」
「謀略で負けるとは……屈辱です」
さすが、あのギレンすら暗殺するはずのキシリアと言うべきだろうか。上手く行ってたことも掌の上で踊らされていた感じだ。
「でも良い事もあったわよね。マリオンの治療は順調なんでしょう?」
「はい。マリオン・ウェルチですが、薬物投与などの後遺症からかなり回復したようです」
マリオンはシーマ中佐のツテで入院中だ。
使い捨てにする為か、シーマ中佐の部下には戸籍や軍籍がない人も居るらしい。それを逆手にとってマリオンを別人として入院させたのだ。シーマ中佐のそういった手引きには感心する。
「グラナダでしっかり治療ができた事はよかったわよね。近くマリオンに会いに行きましょう」
「ガラハウ中佐が戻った時に会いに行くのがよろしいかと」
「そうね」
シーマ中佐はグラナダの反対にある月面都市フォン・ブラウンへ工作任務に行っている。
私の護送任務の合間でも暇があれば裏工作に使うとは。
キシリアの合理性と容赦のなさには頭が下がる。もちろん、皮肉だけれど。
他によい事といえば、時間が沢山あった事だろうか。
前世の知識を思い出してから私は焦っていたのだろう。
暇な時間が出来たおかげで色々考える事ができた。
考えて実行した事の結果をソフィアーネに尋ねる。
「カイ・シデンへの手紙は上手く行きそう?」
「あぁ、アレですか。『ベルファスト基地に木馬が到着したらカイ・シデン宛で届くようにする』でしたか。木馬が何かわかりませんが、信用できる友人に頼みました」
「ありがとう。あと、ジンネマン大尉のご家族をアクシズへ連れてくる事は出来そう?」
「スベロア・ジンネマン大尉のご家族ですね。お嬢様が見込まれる終戦時に、ガラハウ中佐の部隊の中で残る方々に頼んでおります」
シーマ中佐の部隊はリリー・マルレーンの他にムサイ級が5艦も所属していた。
私の護送はリリー・マルレーンとムサイ級2艦で行うので3艦残ることになる。
その残る艦の人員に頼んだのだろう。
ジンネマン大尉の名前は覚えていなかったが顔写真を見せてもらったので、あのジンネマン大尉に間違いないはずだ。一年戦争終戦後に彼の奥さんと小さなお子さんが悲劇にあうはず。詳細な時期が分からないので、それを回避する為に終戦時に誘拐となってしまうが……。
カイ・シデンへの手紙もジンネマン大尉の家族の事も原作を知っている私のエゴだろう。前世で知っている人物だから助けたい。そんな思いからくる偽善なのだから。
「でも軍属でもない民間人の被害者だもの。助けたい……」
新しくソフィアーネが注いでくれた紅茶を口にする。
願わくば、彼女らが助かる未来が訪れん事を。
シーマ中佐が戻ったのでマリオンに会いに行く事になった。
そして中佐に案内され、マリオンの病室前にやって来た。
「マリオンとは私が二人で話してみます」
「一応あたしも一緒に入ったほうが良いんじゃないかい?」
心配そうな顔をする中佐に笑いかける。
「大丈夫。マリオンは優しい人よ」
「ならいいけどねぇ。念の為、部屋の前で待ってるから何かあればすぐに呼ぶんだよ?」
過保護な中佐の言葉につい笑ってしまう。
まるで母親のようだ。と言うのは中佐に失礼か。
中佐を残し、ノックをして一人で病室に入る。
部屋に入るとベッドの上で上半身を起こした少女が私に眼を向けていた。
「初めまして、マリオン。体調はどうかしら?」
「あなたは?」
「私の名前はハマーン・カーンと言います。今日は貴女にお話があって来ました」
名を告げるとマリオンは少し驚いた顔をした。
「私を助けてくれた方ですね。ありがとうございます」
ソフィアーネ辺りから聞いていたのだろうか。
私に対してお礼を言ってくれるけど……。
「貴女をフラナガン機関から連れ出したのは、打算があっての事よ。ニュータイプである貴女に協力をお願いしたかったから」
EXAMの悲劇から助けたい気持ちは確かにあった。
でもそれだけじゃなく、NTとしての彼女の力を期待していたのだ。
自己利益の為に行動している自分に、内心で自嘲してしまう。
言葉を止めた私にマリオンがゆっくり話しかけてきた。
「迷い、苦悩、不安……。優しいんですね」
一瞬、彼女に心を触れられたような感覚。
それは不快なものではなく、お互いが繋がっている安心感を感じた。
これがNT同士の感性というものだろうか。
微笑む彼女のおかげで続く言葉を言うことが出来た。
「ジオンと連邦の戦争。今の戦争が終わっても形を変えて戦乱は続く。まだ私には具体的な方策はないけど、未来を少しでも良いものにしたいと思っているわ。その為にマリオン、貴女を戦場に連れて行く事もあるだろうし、フラナガン機関と同じ様なニュータイプの研究にも協力してもらいたいと思っています」
私の言葉を聴いてマリオンは眼を閉じた。
拒否するのではなく、真剣に考えてくれているようだ。
少しの間を置いて、マリオンの眼が開いていく。
「私の力が誰かの為になるのなら。あなたの未来を良いものにしたいという言葉を信じます」
私を見つめる瞳には力強い意思が宿っていた。
「ありがとう。マリオン。これからよろしくね」
右手を出して彼女と握手をした。
触れ合っている温かな彼女の手は、私を優しい気持ちにさせてくれる。
彼女の期待に応えられるかはわからない。
だけど思う。
マリオンの瞳に宿る期待と希望を裏切らないようにしよう――と。
ざわざわとした喧騒で満ちる空間。
煌びやかなドレスを着た婦人やタキシード姿の男性、それと軍服を着た人達がいる会場。
シーマ中佐を連れて、私は公務とも言えるパーティーに出席している。
「お父様の名代とはいえ、挨拶は疲れるわ……」
特務大尉の女性と技術中尉の男性の二人組みとの会話を終え、休憩の為に壁際へ向かった。
その時、慣れないドレスだから足を取られて躓いてしまう。
倒れかけた私だったが、横から誰かが手を出し支えてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ふっ、このような無粋な輩が集まるパーティーに咲く一輪の華。可憐な姫君がいれば、助けるのは騎士として当然の行いというもの」
助けてくれた男性は、中世の騎士の様に礼をしてすぐに背を向け離れていく。
私はその男性を見て驚いていた。彼がここに居るとは思わなかったからだ。
彼の背に向かい声をかけようとして――シーマ中佐に肩を掴まれとめられた。
「ハマーン様、あいつは止めときな。優秀ではあるが危なすぎる。上官殺しのジオンの騎士、ニムバス・シュターゼンはね」
シーマ中佐に小声で忠告されてドキリとした。
ゲームのギレンの野望でくらいしか彼の事を知らない。その中で彼は優秀な能力で、連邦に奪われたEXAMを奪還しようとしてたのでマリオンとも相性がよいのかと思ったのだけど……。
シーマ中佐が本気で警戒しているので危険な人物なのだろう。
まさか上官殺しとは……。
あやふやな自分の知識の危険さを再認識させられた。
予想外の事実を知り、どっと疲労感に襲われる。
このまま壁の花にでも――と思っていたら、ドレスの女性と男性の軍人を連れた将校の方が近寄ってきた。
「今日はサハリン家主催のパーティーにおいでいただき感謝いたします」
「こちらこそご招待いただきありがとうございます。父であるマハラジャに代わり、お礼申し上げますわ」
「そのように畏まらずとも、気軽にしていただいて構いませんよ。ハマーン様」
私に挨拶をしてきたのは、今日のパーティーの主催者であるギニアス・サハリン少将だ。
後に居るのは妹のアイナ・サハリンとノリス・パッカード大佐だろう。
「お父上のNT用兵器案、見せていただきました。遠く離れたアクシズにいてもジオンの為に動いているカーン提督には尊敬の念を禁じえません。私とはアプローチは違いますが、技術的な面からの戦況を変えようとする考えは私と同じ――――」
エルメスの草案でも見たのだろうか、お父様を凄く持ち上げてくれる。
技術将校だからか、段々と話は技術面の話になっていく。
好意的に接せられてるのはわかるのだが……正直ちょっと困ってしまう。
「お兄様、他の方にもご挨拶をしなければいけません。残念ですが、ハマーン様へのお話はそろそろ」
「む、そうか……。そうだな。申し訳ありませんが、私は他の方への挨拶もありますので。アイナ、ハマーン様のお相手はお前に任せる。ノリス、アイナを頼む」
困ってた私を助けてくれたのは、妹君のアイナ様だった。
ギニアス少将は主催者だからか挨拶回りで忙しいようだ。言ってすぐに離れていく。
名家サハリン家の当主は大変そうだ。
「ハマーン様、ごめんなさい。お兄様はカーン提督のMA案を見て感激していたものですから」
「アイナ様、お気になさらないで下さい」
既にMA案として出回っているのね……。
ブラウ・ブロを通り越してシャリア・ブル大尉がエルメスに乗るかもしれない未来を幻視してしまう。
アイナ様と会話をしている横で、ノリス大佐が私の背後を見ていた。
それでシーマ中佐を紹介してないことに気づく。
「紹介が遅れましたね。こちらはシーマ・ガラハウ中佐。色々と私に良くしてくれています」
シーマ中佐の名前を聞くとノリス大佐の眼が細められた。
サハリン家に仕える者として警戒したのだろう。
なんとなくその態度が嫌だったので、余計と知りつつも言葉が出てしまう。
「シーマ中佐に関しては色々とお聞きしているかもしれませんが、私に対しては親身に尽くしてくれています。噂は噂だとご理解していただけると幸いです」
「む。これは失礼を致しました。ハマーン様、ガラハウ中佐、私の無礼を許していただきたい」
「ノリスに何か問題があったようですね。私からも謝罪いたします」
仕えるノリス大佐の無礼を自ら謝るアイナ様。その姿が眩しく見える。
彼女のような事を私も自然と出来るようになりたいものだ。
アイナ様の態度に憧憬のような思いがわいてくる。
だからか彼女の為になるか分からないが、『彼』の事が口から出てしまう。
「アイナ様、今の戦争は悲しいですよね。連邦にもスペースノイドがいるのに争ってしまっている」
「そうですね。ジオンの独立には必要な事ですが、出来れば争わずに分かり合いたいものですね」
「アイナ様は優しいですね。きっと連邦もジオンも関係なく、アイナ様の事を分かってくれる方が居ると思います。もしそのような方に出会えたら全力で応援しますわ」
「ハマーン様はそのような恋愛に憧れるのですか? でも、もしそのような方に出会ったとしても、ジオンにも連邦にも居られませんよ?」
「その時はアクシズに行けば大丈夫ですわ。お父様なら理解してくれます」
『彼』とより早く打ち解けられるようにと思ったのだけど、逆に私の恋愛相談のようになってしまった。そして途中から無粋な事をしていると気づいてしまう。
アイナ様の役に立つか分からないけど、せめてものお詫びに……。
「話はかわりますが……。もし不安定な実験機か試作機などをテストする場合、外部からのスイッチ等で起動を止められたら安全だと思いませんか? パイロットの安全を確保できると思うのですが」
「外部からの起動停止装置ですか?」
「コクピットの機器とは別系統のパイロットが操作できる停止機構があれば、テストパイロットの安全性が高まると思うのです」
私の不自然な話題変更にも丁寧に対応してくれる。
それから多少の雑談をしてアイナ様と別れた。
最後にノリス大佐がシーマ中佐に再び謝罪をしたのが印象に残る。
「軍人とは言え、見目麗しいご婦人に不躾な視線を向けたことをお許しください。戦場でのご武運を祈っております。では」
ノリス大佐の気骨ある態度は素晴らしかった。
サハリン家への忠義の塊で、部下に誘う事すら失礼なのが残念ではあったけど。
それはさておき。
「見目麗しいって言われてよかったわね。シーマ中佐」
「くっ」
いつも着飾らなくて、今も軍服のシーマ中佐。
パーティーに出るのだからと、私とソフィアーネでドレスを勧めても無駄だった。
だから妥協をしたのだ。
サイドの髪は編みこんで、お化粧は若々しさを出すように大人しめだけど可愛らしく。
「本当は後ろ髪を纏めるのにリボンをつけたかったんだけどね」
「いい加減にしないと……ぶつよ」
アイナ様のおかげか、今日のパーティーは楽しかった。
~~ある主従の会話~~
「まだ少女だと言うのに、中々に面白い人物でしたな」
「ノリスもそう思いましたか」
資金集めと傘下に入る技術者を探す為のパーティーが終わり一息つく。
サハリン家再興の為とはいえ疲れてしまう。
「連邦の人間とも分かりあえると言うのは、多少問題発言ではありましたが」
「ですが、素晴らしい考えだと思います」
「どことなく雰囲気がアイナ様とも似ておりましたな」
カーン提督のご息女、ハマーン様。
一見、敵味方にわかれる物語のような恋愛に憧れるただの少女のようだった。
しかしどこか年の割りに落ち着いたモノを感じた。夢を見ているようで、逆に現実を私よりも見ているような。
「そういえば連れていた綺麗な軍人の女性の事ですが」
「シーマ・ガラハウ中佐ですな」
「どのような人物なのですか?」
「私も噂程度しか知らないのですが……噂は所詮噂なのでしょう。私が見る限りハマーン様に忠誠を誓っているようでした」
「どうしてそう思ったのですか?」
ノリスがこうもはっきり言うからには根拠が在るはずだ。
「立ち位置がいつでもハマーン様を庇えるようにしておりましたので。常に周りに眼を配り、私の事も警戒していたようですし」
「よく気づきましたね」
「私も同じように動いていたので」
返事を聞いて、ノリスも同じ様に私を守っていてくれたと知って嬉しく思う。
彼のサハリン家への忠義はいつも感謝している。
だけど次の一言は聞き逃せなかった。
「もしギニアス様の夢が果たせず、私に何かあった場合、ハマーン様を頼るのも悪くないかもしれません」
「ノリス、その様な事は言ってはいけません。お兄様はきっと夢を叶えられます。私とあなたは、お兄様を支えそれを実現させる。そうでしょう?」
「……そうですな。ふっ、アイナ様に叱られてしまうとは、私も年を取りましたかな?」
ノリスの冗談に二人で笑いあう。
「ノリス、これからも頼みます」
「ハッ!」
サハリン家再興の為。
お兄様の夢の為。
アプサラス完成を実現させなければ。
紫ババァ……失礼しました。改めて……妖怪ババァのせいでMSだせませんでした。
不思議いっぱいなガンダム作品ですが、あの人が20代前半と言うのは、その中でも特に納得が行きません。
シーマ様より若いんですよね。
(*´ω`)……信じられません。
次回はグラナダ脱出したいものです。
Zとか見直してるだけで時間がかかって困りものです。
前半で男性キャラのサービスシーンが結構あるんですが……なんでですかね。
以下はあとがきなので、ちょっとしたお遊びです。
本編とは一切関係ありません。
~林さんだった場合~
ハマーン 以下ハ「ねぇマリオン。言って欲しい台詞があるんだけど」
マリオン 以下マ「台詞ですか?」
ハ「うん。青い髪で包帯……はしてないけど病院だし」
マ「何を言えば良いんですか?」
ハ「『あなたは死なないわ。私が守るもの』とか『私が死んでも代わりがいるもの』とか」
マ「(あれ? 私、盾にされて殺される!?)」