俺の恋路に何故か実姉が立ちはだかっている   作:秋月月日

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俺と葉月とメイド喫茶

 美波の実妹――島田葉月がFクラスにやって来た。

 予想外の葉月の登場が原因で取っ組み合いの喧嘩を勃発させた小春と明久を美波が肉体言語で強制的に黙らせた後、Fクラスのいつもの面々+小春は葉月の傍に集まっていた。因みに、小春と明久の顔には赤い拳の痕がくっきりと残ってしまっている。

 高校二年生数人に囲まれているのに臆する様子もない葉月はにぱーっと太陽のような笑顔を浮かべ、

 

「バカなお兄ちゃん、お久しぶりです!」

 

「……えっと、もしかして僕達、何処かで会ったことがある、とか……?」

 

 コイツの脳みそは本当に残念だなぁ。

 明久と葉月の出会いについての情報を持っている小春は「あーあ」と顔に手を当てて落胆したように溜め息を吐いた。

 明久のまさかの「キミ誰?」発言がよほどショックだったのだろう。葉月はうるうると目尻に大量の涙を浮かべ、

 

「バカなお兄ちゃんのバカァアアッ! 葉月、バカなお兄ちゃんに会いたくて『バカなお兄ちゃんを知りませんか?』って聞きながら来たのにっ!」

 

 今の言葉で明久が心に深い傷を負ったのを小春達は見逃さなかった。

 

「明久――じゃなくて、バカなお兄ちゃんがゴメンな?」

 

「そうじゃな。バカなお兄ちゃんはどうしようもない程にバカなんじゃ。許してやってくれんかのう?」

 

「そうだぞ葉月。ここまでのバカはそうそういねえんだから、逆に褒めてやらねえと」

 

「小春後でぶっ殺す」

 

「上等だ返り討ちにしてやらぁ」

 

 「「あぁんっ!?」」とメンチを切り合いながら片やスタンガン片やカッターナイフを構える頭が春なお兄ちゃんと頭がバカなお兄ちゃん。まさかの第二戦が勃発、という状況に美波が満面の笑みで拳をギュッと握った直後、小春と明久は青褪めた顔で互いの得物をポケットの中に仕舞い込んだ。

 既にここまでの発言で十分失礼なのだが、葉月はまだ言い足りないことがあるようで――

 

「でもでも、バカなお兄ちゃん、葉月と結婚の約束もしたのに――」

 

「吉井君。そういえばちょうど私、ゼリーを作ってきたところなんです。良かったら食べてもらえませんか? ええそうです。小学生と結婚するなんてバカな事を言う吉井君に、ぜひ食べてもらいたいんです」

 

「あははっ、何を言ってるんだい姫路さん。僕には君の言っていることが全然分からな――「奥義・小春ボンバー!」――むぐぅっ!?」

 

 闇のオーラを放つ瑞希から目を逸らしていた明久に、いつの間にか瑞希から奪い取っていたゼリーを持った小春の必殺技が炸裂する。プラスチック製の容器に入ったゼリー(材料不明)を無理やり胃の中まで流し込まれた明久はびくんびくんびくんっ! と身体を大きく痙攣させ――

 

「あ、明久!? しっかりするのじゃ明久!」

 

 ――白目を剥いてそのまま床に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「そういえば葉月、ここに来るまでに良くない噂聞いたよ?」

 

 それは、大好きな姫路瑞希の殺人料理で三途の川に全力疾走しかけていた明久を小春のスタンガンで蘇生した後の葉月の発言だった。

 『え?』と疑問の声を上げる高校生の視線を一心に受け止めながら、葉月は自分の記憶に残っている『良くない噂』とやらを記憶の奥底から引きずり出し――

 

「えっとね、Fクラスの中華喫茶は美味しくないし注文を取りに来るのが遅いから行かない方がいい、って」

 

「ふむ……。例の連中からの妨害が続いてるんだろうな。――どっかの脳内小春日和がスタンガンでシバき倒した連中からの妨害が、な」

 

「…………………………あ、お化け屋敷の手伝いに行かねえと――」

 

「待てコラ」

 

 そそくさーっと逃げ出そうとする小春の後ろ首をガッチリ掴むFクラス代表。小春は涙目で助けを求めるような視線を送ってきていたが、基本的に小春と明久の不幸が何よりも美味な雄二はその救援要請を迷う事なく棄却した。

 子猫が親猫に咥えられている、という表現に適するように雄二の手に拘束されてしまっている小春は「はぁぁ」と疲れたように溜め息を吐き、

 

「確かにあの三年生コンビをノックアウトしたのは俺だけど、どうせあのまま放っといたら雄二とアキが粛清してただろ? 結局は同じ末路を辿る事になってたはずだって」

 

「まぁ、お前の言う通りだろうな。俺だったらスタンガンなんて使わずに、『パンチから始まってキックで繋ぎ、プロレス技で締める交渉術』で丁重にお帰り頂いただろうからな」

 

「やっぱお前性根腐ってんな」

 

「その言葉をそっくりそのまま利子付けで返してやるよ」

 

「「…………ッ!」」

 

「アンタ達って本当に仲良いわね……」

 

 吉井の次は坂本かよ、と自分の好きな人のあまりのバカっぷりに美波は呆れたように溜め息を吐いた。

 そんなバカなやり取りの中で『召喚大会組は早めに昼を食べてきた方が良い』という秀吉の意見が提示され、小春たち試験召喚大会参加組はその言葉に甘える事になった。……まぁ、小春は端から別クラスなので、秀吉の言葉に甘えるも何も無いのだが。

 小春・美波・明久・瑞希・雄二・葉月――の六人で教室の出入り口を潜り、生徒と来校者でごった返す廊下へと足を踏み入れる。

 

「それで葉月。その良くねえ噂ってのは、どんな所で聞いたんだ?」

 

 友人たちに使うよりも少しばかり柔らかい口調で放たれた小春の質問に葉月は「えっとね」と少しだけ考えるような素振りを見せ、

 

「短いスカートを穿いた綺麗なお姉さんが一杯いるお店――」

 

「なんだって!? 雄二に小春、それはすぐに向かわないとね!」

 

「そうだな明久! 我がクラスの成功の為に――低いアングルから――綿密に調査しないとな!」

 

「右に同じだアキ! お前らの成功の為に――胸元中心に――しっかりと目を配らせておいてやる!」

 

 聞いた瞬間全力ダッシュ。

 どう考えても邪まな思いで一杯な男子トリオが風のような速度で廊下を駆け抜けていくのを見送りながら、残された女子トリオは心の底から軽蔑したような表情で、

 

「吉井君、酷いです……」

 

「小春、最低」

 

「お兄ちゃんたちのバカ!」

 

 心の底からの罵倒を吐き出した。

 

 

 

 

 

  ☆☆☆

 

 

 

 

 

「……おかえりなさいませ。今夜は帰らせません、ダーリン」

 

 まさか学園祭でそんな大胆な発言が聞けるとは思いもしなかった。

 葉月が言っていた『短いスカートを穿いた綺麗なお姉さんが一杯いるお店』の正体は――驚く事なかれ、なんと二年Aクラスの【メイド喫茶『ご主人様とお呼び!』】だった。何でメイド喫茶なのに上から目線なのかとかやっぱりAクラスの変人が多いんだなとかいろんなツッコミが頭の奥底から浮かび上がってきていたが、その全てを小春はぐっと我慢することに成功した。全てにツッコミを入れているばかりでは、この先この学園では生きていけない。

 Aクラスのメイド喫茶に入った直後に冒頭の言葉を放ちながら小春達を出迎えたのは、長い黒髪とクールな表情が特徴の超絶美少女だった。

 霧島翔子。

 二年Aクラスの代表で学年主席で――クソ忌々しい事に親愛なる悪友・坂本雄二の婚約者でもある女子生徒だ。ムッツリーニからの情報によると、胸のサイズはCカップらしい。……美波の睨みが怖いからこれ以上はやめておこう。

 翔子の案内で教室の隅の方の席へと移動していく。メイド喫茶は予想よりも遥かに繁盛しているようで、教室内ではメイド服姿の女子生徒達が忙しなく動き回っていた。客層が男性中心なのは今更指摘するまでもない。いや、女性も意外と多いけど。

 

「……では、このメニューをどうぞ」

 

 呟くような口調と共に手渡されたメニューは、学園祭とは思えない程に立派な装丁が為されていた。流石はAクラス。学園祭だろうが勉強だろうがいつでもどこでも全力投球を心掛けているらしい。

 小春達はメニューの隅から隅まで視線を彷徨わせ、

 

「そんじゃ俺ァ、この『ふわふわシフォンケーキ』で」

 

「あ、じゃあウチも小春と同じのを」

 

「私もそれでお願いします」

 

「葉月もー!」

 

「僕は『水』で。付け合わせに塩があると嬉しい」

 

「アキ。今日はせっかくの清涼祭だし、優しい小春さんが特別に奢ってやんよ」

 

「小春と同じのをお願いします! ありがとう小春、一生ついて行くよ!」

 

 遠慮させていただきます。

 

「んじゃ、俺は――」

 

「……ご注文を繰り返させていただきます」

 

 雄二の注文を遮るように放たれた翔子の声。

 全員の視線が集中する中、翔子は相変わらずのクールな表情を一ミリも崩す事なく、

 

「……『ふわふわシフォンケーキ』を五つ、『メイドとの婚姻届』が一つ、『メイドとのアツい夜』が一つ。以上でよろしいですか?」

 

「考えるまでもなくよろしくねえぞっ!?」

 

 普段からは想像できない程に珍しい、翻弄されまくる雄二の姿に、小春達は少しばかりの驚きを見せる。――だが、決してフォローに入る事はしない。いつもはこちらが翻弄されまくっているので、今回ばかりは雄二の被害者姿を心の底から堪能させていただく所存でございます。

 そして、端から雄二の叫びなど聞く気はない翔子はあくまでも冷静な態度で言葉を紡ぐ。

 

「……では食器をご用意致します」

 

 そんな翔子の手から雄二以外の面子にはフォークが、雄二の前には朱肉と実印と謎の鍵が用意された。

 

「しょ、翔子! コレ本当にうちの実印だぞ! どうやって手に入れたんだ!?」

 

「……メイドには秘密が一杯なんです、ダーリン」

 

「そしてこの鍵は一体何だ!? 俺はこんなものに見覚えはねえ!」

 

「……では、メイドとの楽しい新婚生活と初夜を妄想しながらお待ちください」

 

 まさか学園祭でそんな大胆な発言が聞けるとは思いもしなかった。

 本物のメイドさんのように優雅なお辞儀を披露し、翔子はキッチンがあるのであろう方向へと歩いていった。そんな翔子に見惚れてしまっている男女問わずなお客さん方に、小春達は思わず苦笑を浮かべてしまう。

 そんな小春達の傍らで、雄二は拳をギュッと握り締めながら――

 

「……明久。俺はどうしても召喚大会に優勝しないといけないんだ……ッ!」

 

「あ、うん。それは僕も同じなんだけど……」

 

 並々ならぬ決意を感じさせる瞳で呟く雄二に、明久は引き攣ったような笑みを向ける。

 と、今はそんな雄二を観察している場合ではない。

 当初の目的を思い出した小春は隣に座っている葉月に問いかける。

 

「ンで葉月。お前の言ってた場所ってここで会ってんのか?」

 

「うんっ。ここでとても嫌な感じのお兄さん二人がおっきな声でお話ししてたの!」

 

 純粋な葉月がここまで言うぐらいに嫌な感じだったのか、あの三年生コンビ……。

 さて、という事はこの教室のどっかにいるんかな? とAクラスの教室を小春が見渡していると、

 

『おかえりなさいませ、ご主人様』

 

『おう。二人だ、中央付近の席は空いてるか?』

 

 今から悪評を垂れ流します、と全力でアピールしている坊主頭とモヒカンが教室内へとやって来た。

 

 




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 次回もお楽しみに!

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