東方理想郷 ~ Unknowable Games. 作:まこと13
第39話 : 渡世
その道のりは、ひどく長くて険しいものに見えた。
最も馴染み深いはずのその道は、今や地獄へと続く道であるかのように感じる。
「……こんなに、遠かったんでしたっけ」
息切れ一つない声で、早苗は呟いた。
疲れている訳ではないが、その足取りが重かった。
空を飛びはしない。
飛べないのではなく、飛ばない。
歩いてそこに向かうことで、少しでも気持ちを楽にしたかった。
なぜなら、強がってはみたものの、これはただの自殺みたいなものなのだから。
「霊夢さんや魔理沙さんなら、こんなことはないんでしょうね」
自分の心から湧き上がってくる不安が、誰もが持っている恐怖という感情が、早苗は未熟さ故なのだと思っていた。
だが、今はそれを感じてしまうこと自体が仕方のない状況だった。
早苗が向かっているのは、かつて守矢神社があった場所。
神奈子が、諏訪子が、なす術なく敗れた戦場。
そんな場所に自分が一人で向かっても、何もできない自覚があった。
ただの虫ケラ、それ以下の足止めにしかならないと、弱気になっていた。
せめて文に一緒に来てもらえれば。
一人じゃなければ、こんな風に思わないはずなのに。
そう、心の中で言い訳さえも始めていた。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」
早苗は必死に自らを奮い立たせる。
すぐそこから得体の知れない何かを感じながら、それでも自らの奥底から湧き上がってくる恐怖に必死に打ち勝とうとする。
そして、意を決して顔を上げた早苗の視線の先にあったのは―――
東方理想郷 ~ Unknowable Games.
第39話 : 渡世
気がつくと、宵闇の中に一人立ち尽くしていた。
辺りに人気はなく、ただ古ぼけた神社があるだけ。
「……え?」
早苗は目の前の現実に困惑していた。
確かに少し前、闇に支配されたチルノによって守矢神社は崩壊させられた。
全てが暗闇へと飲まれたそこにはもう何もない、それはわかっているはずだった。
だが、それは確かに目の前にあった。
神社だけではない、そこには平々凡々とした草木に、寂れた境内。
早苗がいつも見ている守矢神社とはかけ離れたその神社に、しかし早苗は見覚えがあった。
「……どうして。諏訪大社ですよね、ここ」
それは、守矢神社とは似て非なるもの。
強いて二者の違いを挙げるとすれば、その立地。
守矢神社は、妖怪の山にその概念ごと引っ越してきた神社である。
そして諏訪大社は早苗たちが幻想郷に引っ越す前、日本という国にあった神社、つまりは――
「まさか、ここは……」
――現実世界。
そこにあるのは紛れもなく、幻想郷の外の世界における守矢神社の姿だった。
早苗はそれに気づきながらも、ただ唖然とするばかりで状況を把握しきれていない。
自分はついさっきまで、間違いなく幻想郷で妖怪の山を登っていた。
怯える自らの心を奮い立たせようと目を閉じ、再度目を開けた時にはここにいた。
現状に至るまでの経緯を、早苗は少しずつ整理していく。
「こんなっ、私はこんなところでボーッとしてる場合じゃ……っ!!」
慌てて空から辺りを見回そうとした早苗であったが、しかしすぐに思いとどまった。
もし仮にここが幻想郷ではないとしたら、人が飛んでいてはあまりに不自然で、あまりに目立ってしまうから。
早苗の持つ奇跡の力、神の力も霊力も、非常識な概念は現世においては存在すべきではないものなのだ。
「神奈子様! 諏訪子様! 聞こえてますか、返事をしてください!!」
早苗は賽銭箱を跳び越し、無我夢中で神社の壁を叩く。
しかし、必死の呼びかけは何にも届くことはなかった。
ここには信仰に応えて風を呼ぶ風神も、地を操る土着神も存在しない。
現実世界においては、神なんてものはただの偶像でしかないのだから。
いくら叫んだところで、返事が返ってくる訳がなかった。
「……こんな夜更けに、お参りですか?」
「っ!!」
だが、誰もいなかったはずの背後から、突然声が響く。
そこから肌で感じられるのは、ただひたすらに厳かで寒々しい雰囲気。
早苗がその声に導かれるまま恐る恐る振り向くと――しかしそこにあったのは、一人の小さな子供の姿だけだった。
念のため言っときます。この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事などとは関係ありません。諏訪市在住の方がいたとしても同名の全く別の場所の話ですので、ご安心ください。
H30.3.20 39話と40話で早苗が鈴を鳴らす描写を差し替えました。鈴がない神社もあるんですね、知りませんでした。