東方理想郷 ~ Unknowable Games.   作:まこと13

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大っ変、遅くなりましてすみません。いろいろあってしばらく執筆活動から離れてました。
とりあえず今章の終わりまでの目途は立ったので投稿を再開します。





第36話 : 月光

 

 

 

 

 あれから、幾百の時が過ぎた。

 多くの命を散らした大事件の記憶は忘れ去られ、危機が去った幻想郷には何事もない時間ばかりが戻ったかに見えた。

 だが、いくら見かけ上の平穏を築き上げようとも、全ての者にとって平和な世界など決して存在はしない。

 新たにできた地底世界の脅威に妖怪の山の覇権争い、魔界からの侵攻に吸血鬼の襲来。

 争いの予感は、絶えることなく幻想郷を覆い続けていく。

 

 そして、彼女もまた一つの争いの中に身を置く者の一人だった。

 人里離れた竹林の奥地で続くたった2人による戦争は、百年を経過してなお熾烈を極めていた。

 何も変化のなかった景色は幾度となく激しい戦火に飲み込まれて、果てなく繰り返した殺し合いの日々は終結することなく彼女から平穏を奪っていく。

 だが、彼女はそんな日々を嬉々として受け入れていた。

 彼女を魅了したのは、戦いそのものではない。

 

 憎悪。

 

 彼女に向けられた、確かなその激情。

 感情の全てを一途に向け続けたとある人間の魂の叫びは、今までのどんな瞬間よりも自分が確かに生きていると彼女に感じさせた。

 

「殺してやる……っ!!」

 

 その人間は、ただ一人だけを見ていた。

 かつては人のために生き、人のために戦っていたその人間は、それでも他に何も持たない空っぽの存在だった。

 幾多の時代で化け物と呼ばれ続け、誰とも混じることのできない孤独に堕ちた人間には、もはや憎しみ以外に揺らがぬ確かな感情が残る余地はなかったのだ。

 高すぎる壁を超えるために、いつしか他の何もかもを捨てて力を求めるようになり。

 ひたすらに妖怪を退治して力をつけ、妖怪のみならず人からも恐れられ、それでもただ強さだけを探求し続けて。

 きっとその人生は、たった一人への復讐のためだけに存在した。

 

「是非とも。いつでも、楽しみにしてるわ」

 

 そして彼女もまた、その人間だけを見ていた。

 その人間がいつか自分に追いつくその日まで、いつか自分を殺し得るその時まで、繰り返し人間と向き合い続けた。

 見かけ上の百年という時間の概念だけではとても表しきれない、永遠の狭間における数百、千年を超える戦いはそれでも決して終わらない。

 妖怪を超え神を超え、もはや人とは呼ばないほどの力への渇望に支配された人間の存在は、他の全てを忘れさせるほど彼女を虜にしていた。

 

 だが、その人間との心躍る争いの日々すらも、彼女の人生にとって所詮は須臾の夢に過ぎなかった。

 

 いつしか、その人間が知ってしまったから。

 憎悪以外の感情を。

 復讐以外の生きる道を。

 それはその人間が決して手にすべきではなかった、禁断の果実。

 故に、それは必然だった。

 それを手にしてしまった人間との長い戦いの日々の、あまりにあっけない終焉は。

 

 

 

 

 

 

 

 

東方理想郷 ~ Unknowable Games.

 

第36話 : 月光

 

 

 

 

 

 

 

 その視界には、何もない空が映っていた。

 永遠の魔法に閉ざされた竹林の中で、何も変わり映えのしない景色だけが広がっていた。

 ただ、そこには一つだけ変化があった。

 

 つまらない。

 

 今までずっと響いていたはずのその声が、聞こえてくることはなかった。

 なぜなら、輝夜はもう何も期待などしていなかったから。

 新しい楽しみなんていらない。

 つまらないくらいの世界がちょうどいい、それを嫌というほどに再認識してしまったから。

 

「……儚いものね、人生なんて」

 

 別に期待していた訳ではなかった。

 むしろ一人の人間と争い続けた百年余りの時は、予想を超えて輝夜を楽しませた。

 それでも、最後には何も残らなかった。

 たとえどれほどの愉悦が目の前に舞い降りようとも、それは永遠を生きる輝夜にとってはほんの一瞬の出来事。

 それを謳歌する喜びよりも、それを失う喪失感の方が遥かに大きいのだ。

 そして、その喪失感は再び輝夜からあらゆる希望を奪い取るのに十分だった。

 この世の全てに、新たな可能性などない。

 いっそのこと全て終わってしまえばいいと、そんな投げやりな気持ちになってしまった。

 

「……いたいた」

「うん?」

 

 だから、それはただの偶然だったのかもしれない。

 綻んでしまった永遠の魔法の隙を発見して迷い込んだ、一人の木っ端妖怪との再会は。

 

「くらえっ。スペルカード宣言、夜符『ナイトバード』!」

 

 突然聞こえてきたのは、輝夜の聞き慣れた声ではなかった。

 それでも、真昼の光を蝕む黒き鳥の力の波動は、少しだけ記憶の片隅に残っていた。

 だが、知っているはずのそれは、輝夜の記憶の片隅にあった力とは比較にならないほど矮小だった。

 

「……えいっ」

 

 深く考えず、輝夜は隣に落ちていた小石を軽い気持ちで空に放り投げる。

 落ちてくるはずだった闇の鳥は、小石の弾丸に打ち抜かれてあっけなく霧散して影も形もなくなっていた。

 

「うわマジかー。わかっちゃいたけど、そこまで適当に破られると流石にへこむなー」

 

 身を起こして顔を上げると、そこには輝夜にとっては昔に一度会ったきりの、闇の大妖怪ルーミアがげんなりした顔で立っていた。

 だが、それはルーミアでありルーミアではなかった。

 見た目は初めて会った時とそれほど変わらない、ただ少し短く切りそろえられた髪にリボンがつけられただけ。

 それでも、今のルーミアは自称ですら最強を名乗るのがおこがましいほどに、矮小な姿になっていた。

 

「珍しいお客さんね。どうしたの、ちょっと雰囲気変わった?」

「ま、そりゃあな。前に会ってからもう500年近くになるか? そんだけありゃ、雰囲気の一つや二つくらい変わるさ」

「そうね。もう、本格的にただの老いぼれね」

「お前は……何も変わっちゃいないみたいだな。そういう、いろいろ悟ったところとか」

 

 変わらない、そう言われたことに輝夜は内心では少しだけ驚いていた。

 だが、すぐに納得して、反応を示すことはなかった。

 変わったと、希望を失ってしまったと思っていたのは実は自分だけで、きっとルーミアと初めて会った時も自分はこんな感じだったのだろうと。

 ただ世界の空虚さをより深く刻み込まれてしまっただけで、別に自分は昔から何一つとして変わってなどいないのだろうと、気付いてしまった。

 泡沫に消えたこの百年間など、結局は輝夜を変えるほどの何かをもたらしはしなかったのだ。

 

「そりゃあね。私にとっての500年なんて、貴方たちにとっての5日と大して変わらないから」

 

 だから、輝夜はまたそっけない返事で濁した。

 輝夜とは対照的なほど、ルーミアは昔とあまりに変わり果てていたけれど。

 何があったのかは聞かなかった。

 興味が無いからではない、知っていたから。

 ルーミアがそうなった根本の原因にさえ、輝夜が関わっているのだから。

 

 レミリアが暴走させた、『運命を操る能力』によって無理矢理に解き放たれた力。

 それは、とある事情から輝夜が時の狭間に封じていたはずの禁忌だった。

 不可避の死に見舞われていたフランを、唯一あの瞬間に生かすことのできる可能性を秘めていた常識外れの生命力は、確かにフランを死の運命から救い出した。

 だが、フランと同化したはずの力は、それでもあまりに強大すぎるが故にフランの中に収まり切らずに溢れ出し、幻想郷に流出してしまった。

 その存在にいち早く気付いたのは、この世の闇という概念そのものに最も敏感であるルーミアだった。

 放っておけば一日とせず幻想郷を滅ぼしてしまいかねない、あまりに危険過ぎる異物。

 ルーミアはそれを自分の『闇を喰らう能力』で飲み込むべきものと判断するのに躊躇しなかったが、その禁忌は今まで飲み込んできたどんな闇よりも深く歪み、いとも簡単にルーミアの奥底を侵食して精神を狂わせていった。

 だが、そこにいるにはこの世のあらゆる闇を司る、原初にして最強の妖怪。

 未熟なフランとは違い、ルーミアには残り全ての要素を自らの内に一時的に抑え込むことは、不可能ではなかった。

 それでも、ルーミアが抑え込んだ力は、元々ルーミアが自身の奥底に抑え込んでいた悪の人格までも表出させ、その力の一端だけで一夜にして数百の妖怪たちを屠り幻想郷に崩壊の危機を与えた。

 それを食い止めたのは、既に避けられない死の中にいた藍に式神の力を与えて共に戦った紫と、直接交戦していた映姫、そして何より……

 

  ――あー、流石にヤバいか。でもま、もうちょい耐えりゃ紫が何とかすんだろ。

 

 その裏で、決して知られることのなかった戦い。

 侵食されていく精神世界で、ルーミアは無意識に、それでも闇の人格と禁忌の力そのものを自らの命を懸けて必死に抑え込んでいた。

 それ故に、その力がルーミアの身体に馴染み切る前に封じることに成功した。

 紫や映姫が自分たちの力だけで打ち勝って封じたのではない、ルーミアの奮闘があったからこそ、その事件を無事に終結させることができたのだ。

 

「で、感想は? いきなり低級妖怪みたいになっちゃって、実際のとこどうなの?」

「……やっぱりか。それがわかるってことは、お前にゃ紫の能力は届いてないのな」

 

 そして、その戦いは語られることはなかった。

 ルーミアが喰らった力に関する全ての要素はあまりに危険過ぎるが故に、その力を悪用しようと企む者の手に渡らないよう、決して誰にも知られることなく封じられる必要があった。

 そのため、その要素の一端をその身に封じていたルーミアが目立つことなく他の妖怪の中に混じれるように、ルーミアという存在、空亡妖怪への認識そのものが、紫の能力によって誰の闇を喰らうこともできない木端妖怪として書き換えられたのだ。

 だが、ルーミアはそれに反発することはなく、あっさりと力の封印と、自らの存在の書き換えを受け入れた。

 一度は自分の中に入り込んでしまったそれが、野放しにできるものではないと理解していたから。

 何より、もし自分が体を張って止めることができなければ、その存在を抑え込んでおける力を持った妖怪など他にいないだろうことを知っていたから。

 そうして、紫と映姫が能力を使ってその力を分割して封印することで、幻想郷の平和は守られた。

 勇敢に戦った数々の妖怪たちと、一人の闇の妖怪の犠牲によって。

 

「ま、別に何も変わりゃしないさ、私は元々争いに興味はなかったしな。……強いて言うなら、今までやってた面倒な仕事がなくなって暇になったことくらいか」

 

 面倒と言いながらも、そう答えるルーミアの表情は曇っていた。

 気がかりがあるとすれば、幻想郷の闇の担い手が不在となってしまったことだった。

 今までルーミアが喰らい続けていたが故に幻想郷を覆うことのなかった負の感情が、ここ数百年、消えることなく蔓延している。

 厄神のようにルーミアと似た役目を担う者もいるが、それは喰らうのではなくただ集めるだけの存在であり、未来永劫に渡って幻想郷の全ての厄を担い続けるにはあまりに荷が重い。

 故に、絶えず生まれ続ける新たな闇が、いつか幻想郷を覆いつくしてしまうのではないかとルーミアは危惧しているのだ。

 

「ふーん、そ。で、貴方は私にわざわざそんな人生相談をしに来たの?」

「……いんや。それとは別件で、ちょいと頼みがあるんだよ」

「頼み?」

 

 だが、ルーミアがここに来たのはそんな理由ではない。

 世間話を打ち切って、ルーミアは輝夜の目の前で再び闇の力を表出させる。

 今出し得る力の全てを再び黒い鳥の形の弾幕にして解き放ったものの、その矮小すぎる力が輝夜の興味を惹くことは全くなかった。

 

「実は、これから幻想郷で『スペルカードルール』っていう新しい勝負方法が導入されるらしくてな。ちょいと練習しときたくて」

「何それ。そんなの、その辺の適当な妖怪でも相手にしてればいいじゃない」

「……私にだって、ちょっとくらいプライドはあんだよ」

 

 紫と映姫がルーミアに残した力は最低限度、紛れもない「最弱」の設定だった。

 その辺の木っ端妖怪とさえ比較にならないほど微弱な妖力、一般的な人間の子供と大差ない身体能力。

 戦いに慣れているが故に生き残れているようなもので、本来であれば人食い妖怪として生きていけるような力など残されてはいないのだ。

 故に、たとえスペルカードルールであっても、今のルーミアは勝つことはおろか、まともな勝負をすることさえほとんど望めない。

 最強の妖怪として比類なき力を持っていたはずのルーミアには、今の状況が多少なりとも屈辱的ではあるのだろう。

 

「だけど、前の私のことも虫ケラみたいに扱ってたお前になら、今さら負けても悔しくないし、いい練習相手になると思ってな」

「なるほどね」

 

 以前の自分にすら興味も抱いていなかった、幻想郷に潜む謎多き存在。

 だが、紫たちとも接触できない今のルーミアにとって、輝夜は以前の自分のことを知りながらも接触できる唯一の存在なのだ。

 

「だけど、面倒だし断るわ。新しいルールなんて、私には別に関係ないでしょ」

「……だろうな。ま、最初からダメ元だし、期待はしちゃいなかったけどさ」

 

 だが、それはルーミアからの一方的な考えに過ぎなかった。

 基本的に誰も足を踏み入れることのない永遠の狭間に住み続ける輝夜が、新しいルールで誰かと勝負することなどない。

 さらに言えば、今のルーミアを……いや、そもそも万全の状態だろうとルーミアの相手をするメリットなど輝夜には存在しないのだから。

 

「というかさ。そんな面倒なことするよりも、むしろ取り戻してくれって頼む方が早いんじゃない?」

「取り戻す? 何をだ?」

「貴方の力をよ。そもそも貴方たちが抑えて封じられる程度のものなら、最初から私を呼べば何とかできたでしょうに」

「……あー。本当に軽々しくそういうこと言うよな、お前は」

 

 そこには、数々の妖怪たちの命を賭した戦いがあった。

 幾百の命が奪われ、映姫と紫たちが必死に切り抜けた死線があった。

 それを軽視するのは、戦った者たちへの愚弄とでも言えることであるかもしれない。

 それでも、月人という種族にとって所詮は地上の些細な諍い、それを止めることなど朝飯前のゲームと同じような感覚でしかないのだ。

 

「まぁ、それが可能だってのなら、確かに悪くない提案だな」

 

 そして、ルーミアもそれがただの誇張ではないと自然と理解していた。

 目の前の相手の得体の知れなさは、自分が一番身に染みてわかっている。

 たとえ紫や映姫にできなくとも、輝夜ならあっさりと自分の力を取り戻して来かねない可能性を感じさせるから。

 

「けど、遠慮しとくよ」

「どうして?」

「……別に。私は今の状況もそれはそれで満喫してるしな」

 

 それでも、ルーミアは頼みはしなかった。

 数々の妖怪たちが命を懸けて必死に守り抜いた幻想郷を、再び危険にさらすことなんてできない。

 力の封印を受け入れたのは、ただ自分にしかできなかったからという消極的な理由だけではない。

 ルーミアもまた、自分を犠牲にしてでも守りたいと思えるほどに、幻想郷が好きなだけなのだ。

 

「でもいいの? 気づいてるかは知らないけど、このままだと貴方は…」

「ストップ。それ以上言うなよ、そんなん私が一番よくわかってんだよ」

 

 だが、輝夜にもルーミアにも見えていた。

 正確に言えば、知っていた。

 存在意義を失った妖怪の末路を。

 それを受け入れてしまった妖怪に残された、運命の行く末を。

 

「そんじゃな。私は行くよ」

「もう行くの?」

「ああ。お前に頼れないなら、早いとこ別のやり方でスペルカードルールの対策も練らなきゃならないだろうし」

「……そ」

 

 それだけ言って、ルーミアは踵を返す。

 500年前と同じ、そっけない別れ。

 特に何の感動も意味もない出会いで終わる、そのはずだった。

 

「でも、少し待ちなさい」

「ん?」

 

 だが、あの時とは事情が違った。

 輝夜は今のルーミアから、以前にはなかった魅力を少しだけ感じていた。

 

「えっと、こんな感じかしら。スペルカード宣言、難題『燕の子安貝 -永命線-』」

「へあ? って、ちょ待っ…」

 

 突如としてルーミアの視界が弾け飛んだ。

 四方八方に散った閃光は竹林を根元から消し飛ばし、ルーミアがいるその場所だけを除いて全て更地に変えていた。

 ルーミアはただ、腰を抜かしたまま呆然とそれを見ていることしかできなかった。

 

「あー。地上人に合わせて加減するってのも、なかなか難しそうね」

「おいおい、いきなり何を…」

「気が変わったのよ、貴方に協力してあげる」

「え?」

「私にもいざって時があるかもしれないしね、その時にこんな弾幕使っちゃったら洒落になんないでしょ。だから、貴方を相手に私も少しくらい手加減の練習でもしとくことにするわ」

 

 それはただの方便、お為ごかしに過ぎなかった。

 別に深い意味などない、輝夜はただ新しい玩具を見つけただけなのだ。

 

 もって、あと数年。それがルーミアに残された時間だった。

 妖怪という種族は存在意義を失って忘れ去られた時、この世から消滅する。

 力を失ってしまった空亡妖怪という種族には、もはや存在意義が残されていないが故に、今のルーミアはただ消えてなくなるのを待つだけの存在でしかないのだ。

 

 だが、だからこそ輝夜はルーミアに価値を見出していた。

 既に未来の確定してしまったルーミアという存在は輝夜にとってほんの一瞬のものに過ぎない、そしてそれが長くはないことも知っている。

 輝夜はもう、そんな寿命のある、終わりのある相手との付き合い方を間違ったりはしない。

 そこに深い繋がりや感動など求めてはいけない。

 自分を取り囲む全てはきっと何もかもがくだらない、それを嫌というほどに知っているから。

 

「……本当に、いいんだな? 私も遠慮はしないぞ」

「ええ。今の貴方は、少しだけ面白そうだから」

 

 だから、輝夜はせめて自分の世界から外れて、他者の世界の観測者でいようと思った。

 それはただ気まぐれに始めただけの、暇つぶしのゲーム。

 今のルーミアは前に会った時とは違う、自分を期待させる何かを持っている。

 最弱の妖怪に墜ちてしまった最強の妖怪という一つの物語の始まりと、短期間で必ず終わりがくるというゲーム性。

 輝夜はそれを、ただ第三者の視点から観測しようと思っただけなのだ。

 

 

 ――そう。これはただのゲーム。

 

 ――特に意味もなく、その運命の行く先を眺めるだけの遊び。

 

 ――本当にただそれだけの、思いつきに過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜符『ナイトバード』」

「ん」

 

 それから、ルーミアは輝夜のもとに時々顔を出すようになった。

 最初の時のように、ルーミアが自らの力で永遠の魔法を潜り抜けてくる訳でも、その綻びを見つけるのでもない。

 輝夜はただルーミアだけを迎え入れるように、その魔法を操作していた。

 だが、いつも唐突に始まる宣言とともに闇に浮かぶ鳥の舞は、散歩をするがごとく軽々と通り抜けられてしまって。

 

「闇符『ディマーケイション』!!」

「ふぁ~ぁ」

 

 欠伸をしながら弾幕を眺め避けている輝夜と、それを見ながら複雑な表情で弾幕を打ち続けるルーミア。

 輝夜にとってのルーミアは、特に目を見張る何かがある相手ではなく、かつて出会った人間のような面白い相手でもなかった。

 最初に期待した何かなど全く感じられない、ただ退屈なドキュメンタリーを見ている程度の認識でしかない。

 輝夜も、きっとルーミアでさえも、それは特に愛着のある時間などではなかった。

 

 

 ――別に何もない、つまらない時間だった。

 

 ――本当は、すぐに興味を失ってたと思う。

 

 

 それでも、その記憶を辿っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この前、屋台を開いてる夜雀がいてさ、ミスティアっていうんだけど」

「別にそのくらい珍しいものでもないんじゃない?」

「それがさ、めちゃくちゃ歌が上手いんだよ。私も飯食いに行くってより、歌聞きに行ってる感じで」

 

 いつの間にか、その記憶には弾幕ごっこだけではない、そんな日常が紛れ込んでいて。

 だけど、気付けばそれも、いつも通りの記憶。

 ただ時々現れては、勝てる見込みのないスペルカードを挑み、文句を言いつつも適当に話して帰っていくルーミア。

 それを特にもてなそうとする訳でもなく、迎え入れては適当に世間話を聞いて帰らせる輝夜。

 そんな、何でもない時間ばかりが、意味もなく続いていた。

 

 

 ――そう。これも、普通の記憶。

 

 ――いつものように続いている、退屈な時間。

 

 ――なのに、どうしてだろう。

 

 

 何度も何度も繰り返した、変化のない日常を繋いでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、元最強の妖怪様は虫なんかに追いまわされて、おめおめと逃げ帰ってきたと」

「うるさいな。仲間が多いから、リグルはリグルで怒らせるといろいろ厄介なんだよ」

 

 ルーミアはそこに通い続けた。

 輝夜も、それを招き入れ続けた。

 どうして僅かな時間しか残されていないルーミアがこんな退屈な場所に来続けるのか、その理由は輝夜には理解できない。

 そして輝夜自身も、遂に低級妖怪に完全に溶け込むほど平凡になってしまったルーミアを、どうして自分が招き入れ続けているのかもわからない。

 ただなんとなく、2人の気まぐれでその時間は何度も続いた。

 

 

 ――そうよ。こんなの、もう切り捨ててもいいって。

 

 ――どうでもいいと思っていたはずなのに。

 

 ――なのに、いつからだろう。

 

 

 だが、次第に輝夜は気づき始めていていた。

 自分の心が、少しずつ変わってきていることに。

 その先に見えていた景色が、揺らぎ始めていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔ね、幻想郷にもちょっと面白い奴がいたのよ」

「面白い奴?」

 

 いつしか、輝夜は自分の過去まで曝け出し始めていた。

 その時間に、孤独でいるよりも満たされる何かがあるような感覚を覚え始めて。

 それが少しだけ心地よいと感じてしまう自分がいたことに、輝夜は気づいていた。

 きっかけが何だったかなど、もう思い出せない。

 なのに、その記憶は必要以上に輝夜の中で渦巻いていた。

 

 

 ――どうして、私はこんなことをしていたの?

 

 ――こんな時間に意味がないことなんて、誰よりもよく知っているはずなのに。

 

 

「ええ。私に復讐をーとか言って喧嘩売りに来たバカな人間がいてね」

「……それって、面白いのか?」

「面白いわよー、何度ボコボコにしてもその度に強くなって戻ってくるのよ。おかげで全然退屈しなかったわ」

 

 その時の輝夜が振り返っていたのは、最も世界が光り輝いて見えていた頃の記憶。

 輝夜がその人間と過ごした100年余りの時間は、ルーミアと過ごしている退屈な時間とは違っていた。

 たった一人の人間から向けられ続ける憎しみという感情が、輝夜の心を躍らせていたから。

 その感情は別に、輝夜にとって目新しいものではない。

 だが、それまでと一つだけ違ったのは、その人間がどこまでもまっすぐに「蓬莱山輝夜」という一個人だけを見ていたことだった。

 輝夜に対する決して降り止まぬ感情の嵐は、退屈という名の淀んだ空気の全てを吹き飛ばしていた。

 もう、永遠など恐くはない。

 虚無の監獄を打ち砕いた宿敵との出会いは、輝夜の人生を初めて華やかに彩ってくれた、そう錯覚していた頃もあった。

 

「でもね、結局はそいつもいなくなったわ。友情や愛情だなんて、手を出すべきじゃない果実に誘惑されて」

 

 だが、そんな錯覚さえも、終わるときはあっけなかった。

 あまりに強く期待させて、最果てに落とされる絶望も。

 僅かな希望さえも許されない、虚無の連鎖も。

 輝夜は全てを淡々と受け入れて、目の前には再び空虚な世界ばかりが広がっていくだけだった。

 

 

 ――そう。これまでも、きっとこれからも、何を期待しても意味がないって知ってる。

 

 ――だって、私には結局何も残りはしないから。

 

 ――人間も妖怪も神々でさえも、いつかは私の前から消えていく。

 

 ――そして、こいつも。すぐに世界から消え去ってしまうだけの、無意味な存在なのだから――

 

 

 

 

 『……だっ■ら、私は■う何■■ら■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

 記憶の狭間で、霊夢の頭が突如として激痛を訴えた。

 意識が覚醒した訳ではない。そこは未だ宇宙を漂っているかのように広大な、輝夜の記憶の海の中。

 ただ、今見えているのは、さっきまでのように自然と流れ込んできていた記憶とは違う。

 真っ黒に塗りつぶされたかのような、得体の知れない何かに囲まれていた。

 

 

 『もう、何も■い出■■ないで』

 

 

 それは、ただの無意識。

 輝夜自身の明確な意志ではない、それでもこれ以上の詮索を拒絶する声。

 だが、その記憶さえも次第に塗りつぶされていく。

 得体の知れない何かに導かれるままに、何もかもが抜け落ちていく。

 今までの記憶の流れを逸脱して、ただ闇に閉ざされた終幕へと一直線に向かっていく。

 

「……なるほど。のんびりしてる時間は、ないって訳ね」

 

 さっきまでずっと記憶の奔流に身を任せていただけの霊夢は、今度は自分の意識をはっきりと持った。

 輝夜の世界と一体化できない明確な意識は拒絶され、すぐに弾き出されようとしているのがわかる。

 だが、流れてくる全ての記憶を受動的に受け入れている時間などない。

 

「わかってるはずよ、私と輝夜の記憶の繋がりは。今の私が見つけなきゃいけない答えは、きっとあの瞬間に――」

 

 霊夢は、輝夜の記憶と繋がる自分の記憶を、もう一度はっきりと意識する。

 閉ざされた異世界で見つけ出した、一つの形に。

 ただそれだけに、その記憶だけに全て集中する。 

 

 

 『■■、―――私に、関わらないで』

 

 

 そして、遂に拒絶され弾き出されかけた霊夢の意識は、それでも最後に輝夜の記憶から一片の光を掴み上げて…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋がった記憶の糸は、再び霊夢を新たな光景へと導いていた。

 

「あー、ダメだ。まるで勝てる気がしないな」

 

 それは、輝夜にとってのいつも通りの光景。

 ボロボロになりながら大の字に寝転がるルーミアと、服に埃一つついていない状態で腰かける輝夜。

 いつもと同じ、ただのスペルカード戦の後のひととき。

 

「そりゃあそうでしょうね。もう少しスペルカードの幅を広げてみたら? もしかしたら何かしっくり来るものがあるかもしれないわよ」

「あー、やめとく。私は名目上は低級妖怪で目立っちゃいけない訳だし、2~3枚くらいがちょうどいいんだよ。それに……」

「それに?」

「……」

 

 だが、ルーミアは神妙な顔で口を閉ざす。

 輝夜も別に気になって聞いた訳ではない、ただ会話の流れとして相槌を打っただけ。

 ルーミアがその後に何を言おうとしたかなど、本当は気になってなどいなかった。

 

「その、何というかさ……」

 

 だが、それは今のルーミアにとっては何よりも大事なことだった。

 故に、そこに数秒のタイムラグがあったのにも無理はない。

 それを聞き出すことは大きな前進、ルーミアがここに来続ける本当の目的に繋がっていたのだから。

 

「一つ、聞いてもいいか」

「何よ」

「今まで何度も私のスペル見てきて、どう思った? いつか私がお前に勝てる日が来ると思うか?」

「無理ね」

 

 一蹴だった。

 その質問には。

 その質問の仕方では、他に答えられる余地などなかったから。

 

「だけど……」

 

 だが、その後の言葉に、輝夜は少しだけ詰まっていた。

 意図して何かを考えようとした訳ではない、それでも次の言葉を紡げずにいた。

 ルーミアはその沈黙を遮ることなく、黙って輝夜の答えを待ち続ける。

 

「なんて言うのかしら。スペルカード以外の弾幕。貴方が最近スペルカード宣言をせずに最初に撃ってくるあの弾幕には、何というか、その……」

 

 そして、ただ言葉にするのが難しいと言わんばかりに、少しだけ悩んだ末に、

 

「……まぁ、別に何でもないわね。他の2つの弾幕と大して変わる難易度でもないし」

 

 輝夜は、結局それが何なのかを考えることを放棄した。

 別に意味なんてない、考える程のことでもないから切り捨てただけ。

 質問に真面目に答える気のない、見方によっては何よりも不誠実な返答だった。

 

「そうかい」

 

 だが、それを聞いたルーミアの顔には、含みのある微笑が浮かんでいた。

 

「何よ、文句でもある?」

「いんや別に。ただ、これは私が勝つ日も近いかと思ってな」

「……ここまでボロ負けしといてそう言える貴方の思考回路が、私には理解できないわ」

 

 今まで一度として、輝夜はルーミアの弾幕に被弾したことも、ヒヤリとしたことすらなかった。

 手加減した自分の弾幕も、ルーミアが完全に避け切ったことなど一度としてない。

 なのにそう言うルーミアの意図が、輝夜にはわからなかった。

 

「まぁ、確かに普通に戦っても一生無理だろうな。お前は私とは……地上人とは実力差がありすぎる。文字通り別世界の住人だ」

「だったら…」

「だけどな。スペルカードルールの勝敗ってのは、力の差だけで決まるもんじゃないんだよ」

 

 ルーミアは一人立ち上がる。

 一つだけ、小さな光を弾き飛ばして。

 

「確かに元々の力が強い奴はこのルールでも強いけどな。でも、こいつは弾幕の美しさを、想いの強さを形にするゲームなんだよ」

「想いの強さ?」

「信念、魂って言ってもいいかな。一枚のスペルカードにどれだけ強い気持ちを込めて相手の心を奪えるか。それが勝負を決めるんだとよ」

「ふーん」

 

 輝夜は今一つ納得できなかった。

 どれだけ必死に戦おうとも、結局は弱肉強食の摂理を覆すことなどできない。

 せいぜいが偶然、奇跡を願うくらいしかできない、そんなことは考えるまでもない自明の理なのだから。

 

「ま、今はわかんなくてもいいけどな。けどさ、いつか私が見せてやるよ」

「何を?」

 

 それでも、ルーミアの目は自信に溢れていた。

 暗く冷め切った輝夜の瞳の奥に、いつかその光を灯せると信じて。

 スペル宣言のない弾幕を……来たるべき時が来るまで輝夜には宣言しないと決めたその弾幕を、再び空高く打ち上げた。

 

 

「凝り固まったお前の心を動かしてやれるような、そんな弾幕を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の中で掴み取った記憶の終端と繋がっていたのは、輝夜の記憶ではなかった。

 それは霊夢自身の中にある、よく知った記憶。

 だが、自然と鮮明に浮かんでいたその光景は、別になんてことはないものだった。

 霊夢にとって深い思い入れのある記憶では、ないはずだった。

 

「弾幕ごっこか、いいぞ望むところだー」

 

 それは霊夢と、一人の妖怪の出会い。

 互いに因縁があった訳ではない。

 終わった後に深く繋がれるほどの特別な何かがあった訳でもない。

 ただ霊夢にとって最初の、始まりの一人だっただけ。

 

「でも、できれば私からスペル宣言させてくれると嬉しいんだけど」

「なんで?」

 

 聞いたものの、霊夢は別に妖怪の提案の理由が気になっていた訳ではなかった。

 そこに何があるのかも、考えてはいなかった。

 霊夢はただ、これから始まる異変へ向けた準備運動と変わらない、普通の一戦だと思っていたから。

 

「まぁ、何というかさ。このスペルは――」

 

 ただ、きっとその妖怪にとっては、それは何よりも大切な一戦だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れ込んできた記憶の奔流から目覚めると、そこには未だ殺風景な異世界と、それを終わらせる弾幕の天井が君臨していた。

 だが、霊夢はそれに目もくれず、瞼に焼き付いた一つの弾幕を思い起こしていた。

 その弾幕は、霊夢が知る中で最も難易度の低い弾幕の一つで。

 それでも、霊夢がこれまでに見た弾幕の中で最も印象強く残っている弾幕の一つだった。

 

「……おかしいと思ったのよね。闇をモチーフにした弾幕を使うあいつが、あんな綺麗な光の弾幕で始まったこと自体」

 

 霊夢は自分の間抜けさを呪った。

 自分にとって初めての異変での最初の取得スペルだから、強く記憶に残ってるのだと思っていた。

 だけど、勝手にそう思い込んで本当の意味に気づくことができなかった。

 心に残る弾幕には、魂が込められていることを。

 たとえ弱くても平凡でも。

 それでも、あの弾幕には強い想いが宿っていたということを。

 

「だとしたら、このままじゃいけないわよね」

 

 決して、壊させてはいけない。

 あの小さな妖怪が、あまりに世界に飽いてしまった姫君へ送ったメッセージ。

 そこに至るまでに何があったのかも、その奥底にどんな願いが込められていたのかもわからない。

 もしかしたら、それは今の輝夜の心を徒に蝕むだけのものであるのかもしれない。

 だけど、それでも。

 その形を、その想いを輝夜に否定させることだけは――

 

「それだけは――私が絶対に認めないっ!!」

 

 霊夢は、壊れかけの世界に再び飛び込んでいく。

 既に夢想天生は敗れた。

 それ以上の切り札などない中で、霊夢が意を決して放ったのは、

 

「スペルカード宣言」

 

 本来は霊夢のものではなく、霊夢のどんなスペルよりも平凡な借り物。

 たった一度だけそれを見てから、どれほどの時間が経っているかもわからないスペル。

 それでも、霊夢には自信があった。

 

  ――このスペルは、私の願掛けみたいなもんなんだよ。

 

 光栄にも最初にその想いを聞き入れた者として。

 その形を、その光を、誰よりも覚えているという自信が。

 自分ならきっと、それを寸分違わず再現できるという、確信が。

 

  ――いつかあいつが、私のことを友と認めてくれた暁には。

 

 その時に受け取った言葉が、今になって鮮明に脳裏に浮かんでくる。

 その友というのが、誰のことか知ろうとさえ思っていなかった想いが。

 まだスペルカードルールを始めたばかりの頃には、気にもかけなかったその願いが。

 

「月符『ムーンライトレイ』!!」

 

 空に昇っていく2本の光は、少しだけ削られて粉雪のように散っていく。

 それでも、天空から降ってくる世界終焉の光に向かって、一直線に向かっていく。

 それは、どう見ても意味のない無駄な足掻き。

 広大な海に、たった一粒の水滴が落ちたかのような無力さでもって。

 

 

  ――その時は、お前が一度は諦めた世界に、今度は私も一緒に立ち向かってやるって伝えてやるためのさ。

 

 

 それでも、その一滴の光は世界を覆い尽くす光の海を貫いて、天に伸びる二筋の道を描いていた。

 

「――っ!!」

 

「……見つけた」

 

 困惑するような、怯えるような輝夜の表情。

 それでも、その目の奥にある、何かを慈しむような色は――

 

「やっと……やっと捕まえたわよ、輝夜!!」

 

 それこそが、霊夢が探し続けた弾幕の綻び。

 輝夜の心を映し出して共有する手がかりにできる、最後のチャンスだった。

 余計なことはもう、何も考えない。

 霊夢はただ輝夜の心の扉をこじ開けるかのように、その道をまっすぐ、ただまっすぐに昇っていく。

 

「見えてる輝夜? ずっとあんたを待ち続けてたこの弾幕の……あいつの願いの形が!!」

 

 霊夢は輝夜の更に上空にまで昇り、小さな弾幕を降らしていく。

 遥か天高く鎮座する巨大な光の球体から2本の光の道を輝夜へと繋いだまま、光の欠片は降り注いでいく。

 次第に輝夜に落ちてくる弾幕はまるで、光の道の隣を過ぎ去っていく星々の欠片。

 まるで、2つの魂が決して互いを孤独にはさせないと、一緒に星降る道を月に向かって昇っていくかのような景色を、輝夜の瞳に焼き付けていく。

 

「もうやめて、私はもう…」

「嫌よ、絶対やめない!!」

 

 霊夢は自分の身体が燃え尽きてしまいそうになるエネルギーの渦の中心で、それでも脆弱な弾幕を放ち続ける。

 決して力強い弾幕であってはいけない、あえて微弱な光を灯し続ける。

 その想いが届くまで。

 輝夜の心の奥に閉ざされた何かに響き渡るまで。

 

「ねえ、あんたには助けたい奴がいるんでしょ。取り戻したい時間があるんでしょ。だから、あんたは一人で戦ってるんでしょ!!」

 

 返事はなくても、その沈黙と弾幕の乱れが何よりの証拠だと。

 輝夜の心の奥底に秘められた記憶を、想いを、霊夢は手探りで掴みあげる。

 

「違う。違う違う違う違う! もう黙ってよ、私は…」

「違わないわよ! あんたは意味もなく誰かを傷つけるような奴じゃない、あんたは――」

 

 そして、霊夢は遂にたどり着いたその「答え」を、輝夜に叩きつけようとして……

 

「あんたはただ、あんたの友達を、ルーミアを助けたかっただけ…」

 

 

     『くだらない』

 

 

 その刹那、世界は静寂に支配された。

 霊夢の答えを遮ろうとするかのように。

 輝夜の叫びさえも塗りつぶすかのように。

 突如として脳裏に直接響き渡ったその声は、時空そのものを止めたかのように他の音の一切を排除していた。

 

「え……?」

 

 

『何もわからないなら何も知らなくていい、思い出さなくてもいいわ。必要なものを、必要な分だけ見せてあげる』

 

 

 声質は輝夜の声のようでもあり、それでも確実に輝夜の声ではなかった。

 いや、声と表現すべきではないだろう。

 強いて言うなれば、音。

 生きている者の声とは思えないほど、あまりに無機質な言語情報。

 ただ冷たく、深く沈んだ感情なきその音は、ただ淡々とその次の文字羅列を紡いでいく。

 

 

『だから、刻み込みなさい。誰も知らない、この世界の真実を―――』

 

 

 そして、平坦に流れ込むその情報に応えることすら許されないままに。

 押し寄せた闇の狭間が、一瞬で世界の何もかもを真っ暗に飲み込んでいった。

 

 

 





次回、遂に決着。



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