東方理想郷 ~ Unknowable Games. 作:まこと13
第3話 : 友達
そこは一面氷の世界だった。
春も近づいてきている時期に、そこだけは氷点下の異常な気候だった。
少し前まで、そこは春を待つ動物たちの住まう普通の森だったが、今はその姿を見ることはおろかほんの少しの鳴き声すらも聞こえない。
ただ、微かに妖精たちの笑う声だけがこだましていた。
「あははははは、やっぱりあたいったら最強ね!」
「す、すごいよチルノちゃん! これならもうあの巫女さんにだって負けないよ!」
「いやー、ここまでとは。 私もびっくりだなー」
かつては森だった場所で、氷の妖精チルノとその友達の大妖精、そして暇つぶしについてきた妖怪のルーミアがそんな会話をしていた。
「でも、流石に一緒に行動するには私たちにはちょっと寒すぎるわ」
「ル、ルーミアちゃん!」
「あ」
「え……あ、そう、だよね……ごめんね、ルーミア」
少し前から、チルノの様子がおかしかった。
妖精は悪戯好きで、チルノの冷気でちょっと人間や妖怪を驚かして逃げるというのがいつものパターンだったが、最近は驚かすだけのつもりだった自分の力で相手が完全に凍って動かなくなるようになった。
最初はチルノも周りで見ていた妖精たちも大はしゃぎだったが、気付いたら辺り一面が氷の世界になっていたりと、だんだん手が付けられなくなっていく自分の力に、チルノ自身も少しずつ怯えるようになっていった。
「だ、大丈夫だよ、チルノちゃん。 私はずっとチルノちゃんの味方だよ! ルーミアちゃんもそうだよね?」
「まあ、チルノは面白いしなー」
「でも、みんなは……」
「……」
そして、それに最初に耐えられなくなったのは、チルノの周りにいた妖精たちだった。
チルノは妖精たちの間では人気者だった。
いつも明るく皆を先導してはしゃぎまわって、いざという時はその氷の力を使って皆を護ってくれる、そういう存在だった。
だから皆、チルノの周りに集まって悪戯をして過ごすことが好きだった。
しかし、最近のチルノは力をつけすぎて、だんだん恐怖の目で見られるようになっていった。
チルノの傍にいるだけで凍えてしまう妖精もおり、皆がチルノから距離を置くようになってしまった。
そして、ほとんど自分の力を制御できなくなってしまったチルノの周りには、いつの間にか大妖精とルーミアしかいなくなっていた。
「……ねえ。 大ちゃん、ルーミア」
「何?」
「あたい、もう悪戯するのやめた方がいい気がするよ」
「……うん」
「あたいは最強じゃなくてもいい。 それでもいいから、またみんなと一緒に遊びたいよ」
「……」
「なんで、こんなことになっちゃったのかな。 あたい、バカだからわかんないよ。 あたいは、ただみんなでちょっと悪戯してるだけで楽しかったのに……」
チルノの目から涙が溢れ、そしてそれはすぐに結晶となる。
チルノにはもう、自分の涙が凍らないようにする程度の調整もできなくなっていた。
そこに突如、閃光が走る。
「っ、何だー?」
「あやややややや? あのチルノさんが泣いているなんて珍しい」
三人が目を開けると、そこにはカメラを構えた一人の烏天狗がいた。
「これは……シャッターチャンスいただきまーす!」
そう言って文は状況も気にせず、何も断らずに写真を撮り始める。
突然現れて一人ニヤニヤしながら高速移動でアングルを変えて写真を撮り続ける文に、大妖精は不快感をあらわにした。
「ちょっと、なんなんですか!? いきなり無神経じゃないんですか!!」
「記者というものはただ真実を知らせるために存在する。 だから最高の一枚を撮るためには躊躇しないのさ!」
勝手な理論を展開して、話を聞かずに文は撮影を続けた。
だが、次第に異変に気付いてその足は止まる。
「あれ? 何か、カメラがおかし…あれ、何も見えない…」
「それ以上撮ったらさすがの私も怒るぞー」
よく見ると、カメラのレンズは何か得体の知れない黒いものによって覆われていた。
それはどれだけ振り払ってもとれず、ただカメラのレンズ上を漂っていた。
「……なるほど、これが噂の闇を操る能力ってヤツですか」
「あんまり汎用性もないし便利な能力でもないんだけどね」
「でも、我々新聞記者にとっては天敵ですね」
「そうだろ? まあ、とりあえず今回はこれくらいにしといてやってよ。 チルノも傷ついてるみたいでさ」
チルノを庇うかのように、ルーミアは文の前に立ちふさがって言う。
そこに、早苗と萃香がようやく追いついた。
「もう、速いですよ射命丸さん」
「んあ、こいつらは何だ? ってか寒っ!? 何だこれ!?」
「ああ、ちょっとチルノさんの珍しい顔が見られたもので、取材をさせてもらおうかと思いまして」
「珍しい顔?」
早苗がチルノのことを覗き込む。
そこにはもはや泣いているというよりも、目を赤くして凍ってきているだけに見えるチルノの顔が見えた。
「一体、どうしたんですか?」
「それが、ちょっと前からチルノちゃんの様子がおかしいんです」
「チルノさんの様子って……ああ、もしかして」
早苗は、この異変で力をつけて妖怪の集団を一人で蹴散らした妖精がいたという噂を思い出した。
そして、あり得ない程変わり果ててしまった一面凍りついた森を見て、その噂がチルノのことであったと理解する。
「なるほど、もうチルノさんの力に手をつけられなくなったと」
「……うん。 あたいもう嫌だよ。 このままこんなことが続いて、いつか大ちゃんやルーミアまでいなくなっちゃったら…」
「そんな! 私たちはチルノちゃんを見捨てたりなんて…」
「でもそれで大ちゃんやルーミアがケガしちゃったら、あたいはどうすればいいのさっ!?」
チルノが大妖精の言葉を遮るように叫んだ。
その言葉に、大妖精とルーミアは何と答えていいかわからず黙っているしかなかった。
どうしたらいいのかもわからなくて、ただチルノは泣き続けていた。
「だからもう、これ以上2人とは一緒にいられないから。 だから、あたいは……」
チルノが振り絞るように声を出す。
しかし、その先をなかなか言うことができない。
本当に一人になってしまうことが怖かったから。
「だから……」
「仕方ありませんね。 だったら……勝負しましょう、チルノさん!」
「へ?」
そんなチルノに、早苗がまた突拍子もない提案をした。
「勝負って、なんで?」
「なんですか、ちょっと力をつけたくらいでもう最強気取りですか? いや、最強気取りなのは前からでしたけど、でも! そんな「自分が存在するだけで世界が崩壊する」みたいな中二病みたいなこと言えるほど本当にあなたが強いとでも思ってるんですか!?」
「でも…」
「でもじゃありません!!」
早苗がまた訳の分からないことを言い始める。
キョトンとするチルノたちをよそに、文と萃香はニヤニヤしながら2人の会話を黙って見ていた。
「私が、貴方がまだ最強じゃないって証明してあげます。 私は射命丸さんや萃香さんといても大丈夫なんですから、私より弱いチルノさんが誰といたって問題ないことを思い知らせてあげます!」
「でも、あたいは…」
「わかりましたか?」
「あの…」
「わ か り ま し た か ?」
「は、はいっ!?」
何故か説教するかのように凄む早苗に、チルノは一瞬敬語になる。
それを見て早苗は両手を広げ、にっこりと微笑んで言う。
「では始めましょう。 スペルカード使用回数は3回でいいですね?」
「えーっと……うんっ!」
「それじゃあチルノさん、スペルカード宣言を」
「うん、わかった! 大ちゃん、ルーミア、離れてて!」
「う、うん、頑張ってチルノちゃん!」
「はいさー」
早苗はチルノを、子供をあやすかのように説得した。
チルノはさっきまでの様子が嘘のように元気になった、というよりも早苗の強引な話の持っていき方で、さっき考えてたことを忘れてしまったかのようだった。
「いっくぞー、凍符『パーフェクトフリーズ』!!」
そして、スペルカード戦が幕を開ける。
東方理想郷 ~ Unknowable Games.
第3話 : 友達
チルノと早苗が勝負をしたのはこれが初めてではない。
かつて一度戦った時、チルノは早苗にとって問題にもならないような相手であり、そのスペルカードの難易度も早苗は知っていた。
それ故、スペルカードは3枚と言ったのにいきなり切り札を使ったチルノに対し、「いきなりそんな大技いっちゃうんですか!?」と早苗は一瞬ほほえましい気持ちでツッコみそうになる。
しかし、早苗はすぐに気持ちを切り替えて臨戦態勢となる。
いや、ならざるを得なかった。
早苗がチルノを見くびっていた一瞬の間に、いつの間にか視界は全て氷の大気に覆われていた。
それは、ただ氷を操るなんてレベルの弾幕ではない。
空間全体に広がったその冷気は、早苗が戦闘モードに入ったときには既に、スペルカード宣言前に早苗が吐いていた息すらも凍らせていた。
「っ……!!」
考えて行動した訳ではない。
早苗は驚きの声を出しそうになって寸前で踏みとどまる。
外気が一瞬で凍るならば、息をするだけで命取りになりかねないからだ。
早苗は無呼吸状態のまま大きく回転し、周囲の冷気を振り払う。
だが、早苗が再びチルノの方を向いた時には、払いきれなかった冷気の弾幕が壁のように隙間なく目の前の世界を埋め尽くしていた。
迫りくる冷気の壁は、次第に冷たい死の雰囲気を帯びていく。
人間など、気付いたら死んでいてもおかしくないような弾幕を前に、
――風よ。
それでも早苗は冷静だった。
今のチルノの力はただ避けるには強大すぎる。
そして、強すぎる力は自分には受け止めきれないことも知っている。
魔理沙と霊夢、そして諏訪子や神奈子たちとの勝負で自分を知り、その感覚が身に着いていた早苗に迷いはなかった。
突如として吹いた風は、冷気の壁を受け止めずに左右に受け流すことで、中央に細い道をつくった。
両脇を死に囲まれたその道を、風の流れに乗るように早苗は一瞬で駆け抜ける。
そして、早苗はチルノの背後をとろうと回り込んで……
「あれ?」
しかし、その先にチルノはいなかった。
「チルノさん、どこに…」
「しっかりしろ、生きてるか!?」
ただ何も考えずに全力で全てを凍らせたチルノは、攻撃を放った次の瞬間、自分の力の異常を思い出した。
このままでは早苗が危ないという思考が頭を埋め尽くし、早苗が元いた場所に助けに行くために一直線に飛んで行ったのだ。
涙目になりながら凍ってしまった場所をかき分けるチルノを見て、早苗は笑って言う。
「……私を助けようだなんて、随分と余裕みたいですね」
「え?」
自分の冷気で早苗が凍ってしまったと勘違いしたチルノは、後ろから聞こえてきた早苗の声に驚いていた。
「私を舐めてるんですか? と言おうと思いましたが、その甘さが無ければもう貴方の負けでしたから、その選択は正しかったんだとしましょう」
「おお、おおおお!! あたいの攻撃を全部避けるなんて、やるじゃないかっ! その、えっと……誰だっけ?」
「……えっと、東風谷早苗っていいます。 ってよりもこの前もこの流れありま…」
「やるな、早苗っ!」
自分の名前はまだ覚えてもらえてないんだなぁと、早苗は少し残念そうな顔になる。
それでも、早苗は戦いを楽しむように、再びチルノが繰り出した弾幕に向かっていった。
「……うわあ、これはとても妖精のレベルじゃないな」
「そうですね。 これは、さすがに放っておく訳にはいかないですよね」
文は自分と萃香の周りに風の壁を作りながら、のんびりと早苗とチルノの戦いを見ていた。
何もかもが凍っていくその中で、自分たちの周りだけはほんの少しの冷気すら来ない。
ふざけた態度をしていながら、そんなことを片手間にできてしまう文の実力は、数多くいる天狗の中でも指折りのレベルのものだろうことがわかる。
それを肌で感じたのか、萃香が文に興味本位で聞く。
「ずいぶんと涼しい顔で見てるが、文だったらこの妖精の相手をしたらどうなる?」
「どうですかねえ……まぁ、実際に対峙してみないとわからない部分もあると思うんですが、私は早苗さんより自在に風を操れる上に速く動けるので、早苗さんが対応できてるなら私が負けることはないと思いますよ」
「へえ。 つまり文は早苗よりも強いのか?」
「そうだ、と少し前までなら言いたかったんですけど……スペルカード戦だと今はもうわからないですね。 私としては異変で力を得たチルノさんよりも、早苗さんの成長の方が目を見張るものがあるので」
「まあ、そうだな。 早苗はあの神様たちに揉まれてる上に、よく霊夢や魔理沙と勝負してるからな。 そこらへんの妖精とは経験の量が圧倒的に違うよ」
2人は早苗とチルノの戦いを見ながら談笑する。
霊夢に勝てないとはいっても、スペルカード戦での早苗や魔理沙の実力は既に幻想郷のトップクラスにまで上り詰めつつあるのだ。
今回の異変も、相手がスペルカードルールに乗ってくるという保証があったのなら、早苗は異変解決のための大きな戦力として数えられていただろう。
「スペルカードブレイク」
早苗は既にチルノのスペルカードを3枚全て攻略していた。
最初に一番の大技を破られたせいでチルノが焦ってしまった影響もあるが、結局チルノの弾幕が早苗にあたることは一度もなかった。
「さて、次は私の番ですか」
「ど、どこから、でも、かかって、こい!」
チルノは全力を出し過ぎて既に息切れし、余力が残されているようには見えなかった。
もう少しチルノが頭を使えていれば危なかったな、と思いながら早苗は宣言する。
「じゃあ行きますよ。 スペルカード宣言、秘術『グレイソーマタージ』」
早苗の手から発せられたその五芒星の弾幕は、とりあえず威力は最小限に、しかしスピードだけは速く、なるべくすぐに終わらせられるようにチルノにただ当てに行く。
そして、チルノにはそんなものですらも避ける力はもう残されておらず、弾幕に当たったチルノはゆるやかに落ちていった。
それは、結果だけ見れば何の危なげもない早苗の勝利だった。
無傷の早苗は、地面に転がっているチルノの元に降り立って言う。
「どうですか、チルノさん? まだ自分が最強だと思いますか?」
「……」
チルノは悔しそうな、それでも嬉しそうにも見える顔でただ黙っていた。
大妖精とルーミアが心配そうにチルノに近寄っていく。
「チルノちゃん……」
「あははは。 ごめん大ちゃん、ルーミア。 あたい負けちゃった」
「ううん、チルノちゃんは強かったよ。 私、感動しちゃった」
「そうか? 結果的にチルノボロ負けじゃなかった?」
「ルーミアちゃん!」
空気を読まずに思ったことを口にするルーミアに大妖精は叱咤する。
そんな光景すら、今のチルノには心地よいものだった。
「いいよ。 まあ、あたいは最強だけど今回は負けってことにするよ」
「うわあ、この状況でもそう言えますか」
「でも、なんであたい戦ってたんだっけ?」
「……はぁ、もういいですよ」
今まで自分がやってたことは何だったんだろう、と早苗はため息をついた。
そして同時にチルノに笑顔が戻ってホッとしていた早苗をよそに、文がチルノたちに近づいて、
「では、私たちが勝ったので、約束通り私の取材に応じてもらいましょう」
何のためらいもなく、そんなことを口にした。
「え、あたいそんな約束したの?」
「し、してないよチルノちゃ…」
「では、まずは少し質問をさせていただきます」
「ちょっと!? だからチルノちゃんはそんな約束は…」
「いいんだ、大ちゃん! 今回はあたいは負けたんだ、あたいはちゃんと約束は守るよ!!」
「だからぁ……もう!」
それを遠目に見る萃香とルーミアは、本当に話聞かねえなこいつらと言いたげな表情を浮かべ苦笑していた。
「では、チルノさん。 あなたの様子がおかしくなったのはいつからですか?」
「えっ? うーん、何か気づいたらおかしくなってたんだよね…あれ? いつからだっけ?」
「あの……だいたい一昨日の昼くらいには気付いたんですが、本当に手が付けられなくなったのは昨日からです」
「なるほど。 その力を持った時、あるいは今まで誰かからの介入を受けましたか?」
「かいにゅう?」
「ほら、誰かがチルノちゃんに何かしたかってこと」
「わかんないけど、よく覚えてないよ」
「でも、私はチルノちゃんがおかしくなってからはずっと一緒にいたんですけど、その後に誰かと接触したようには見えませんでした」
「そ、そうですか。 では、他に何か気になった点はありますか?」
「ない!」
「すみません、詳しいことは私も…」
チルノに取材しているにもかかわらず、大妖精からしか何の情報も得られなかったことに文は苦笑する。
だが、その話を聞いて、早苗は少しだけ気になることがあった。
異変で際立った力を手にした者の多くはその後まもなく姿を消しているのに、比較的大きな影響を受けているチルノが2日経過した今も平然とここにいることに違和感を感じたのだ。
しかし、文は早苗の考えがまとまる前に話を進めてしまう。
「わかりました、ご協力ありがとうございます。 これからも『文々。新聞』のご愛読、よろしくお願いします」
「ぶんぶ…何?」
「チルノが新聞なんて読む訳ないだろ」
「それでもルーミアさんなら……ルーミアさんならきっと読んでくれる……!! そういう目をしている」
そう言って文はルーミアをじっと見つめる。
「私はパス」
「私もちょっと、遠慮しときます」
「大妖精さんにはまだ言ってないじゃないですか!?」
次は自分に来るんだろうなぁ、と早々に察知した大妖精はあらかじめ断っておいた。
「まったく、しょうがないですね。 では、最後に1枚……ってルーミアさん、この黒いのいつまでついてるんですか?」
「もっと遠くまで離れればとれるぞ」
「それじゃ撮影できませんよぅ」
「しょうがないですよ。 いろいろ聞けたんですから、写真は諦めましょう」
そもそもチルノたちに会ったこと自体が偶然だったため、思わぬところで少し調査が進んだ分、御の字だと早苗は思った。
しかし、結局最初の出会いがしらにしかまともに写真を撮れなかった文はしょぼくれていた。
「あ、そうだ…」
「そうだ、チルノさん!」
文が何か言おうとしたが、それに気付かず早苗がチルノに向かって言う。
「なに?」
「私たちは今、チルノさんに起きている異変を解決するために動いてます」
「えっ、そうなの!?」
「はい。 でも、もしかしたら解決するのに時間がかかって、この先またチルノさんが辛くなることもあるかもしれません」
「えっ、じゃああたいは…」
チルノがまたちょっと涙ぐみそうになる。
しかし、早苗はそんなチルノに向かって満面の笑みで言った。
「でも、辛くなったその時は、妖怪の山の頂上にある神社の神様を訪ねてみてください」
「神さま?」
「はい。 初めて会った人にとってはちょっと怖いかもしれませんが、きっと力になってくれます」
「本当?」
「本当です。 だから、これからも困ったときはいつでも守矢神社にお参りに来てくださいね!」
チルノは少し迷った様子だったが、大妖精とルーミアがチルノの方を向いてうなずいたのを見て、ぱっと明るい表情になった。
そして、チルノが元気に答える。
「わかった! あたい、大ちゃんとルーミアと一緒に行ってみるよ!」
「ふふふ。 では、楽しみに待っています。 私もいるかもしれないので、そのときにまた会いましょう」
「うん!」
「では行きましょうか、射命丸さん、萃香さん」
チルノはもう、いつもの笑顔を取り戻していた。
いつものように元気になった3人は寄り添いながら早苗に向かってずっと手を振っていた。
だが、満足気な早苗をよそに、萃香だけは少し遠い目をしてその3人を見ていた。
「……? どうしましたか、萃香さん?」
「え? あー、いやあ、さりげなーく布教する辺りが流石守矢の巫女だなって思ってね」
「べ、別に布教って訳じゃないですよ、萃香さん」
「でも、大丈夫なんですか? 確か八坂様と洩矢様はこの異変の容疑者なんじゃ……」
文は少し不安そうに言った。
それを聞いて、早苗の表情が曇る。
「それは……多分、大丈夫だと思います」
「多分って、もし本当にあの2人の仕業だったとしたら、どうするんですか?」
早苗の表情は、少し俯いたままで悲しそうに見える。
だが、それでもその顔は少しだけ無理をしているかのように笑っていた。
「たとえ神奈子様と諏訪子様が何かしていたとしても、あんなに無邪気な子たちが困ってるのに何もしないような人たちじゃない。 私は、そう信じていますから」
「そうかい。 でも、その口ぶりからするとやっぱりあの2人を本気で疑ってるのか?」
「……実は神奈子様と諏訪子様の前ではちょっと言い辛かったんですが、最近少し2人の様子がおかしいんです。 私に隠れて何かしてるみたいで」
「早苗さん、気づいてたんですか!?」
「気付いて、って……もしかして射命丸さん、何か知ってるんですか!?」
文は一瞬しまった、という顔になりそうになるが、すぐにお得意の営業スマイルに切り替えて答える。
「いやあ、実は私もあの2人が何かやってる、とは思っていたんですが……実際何をしているのかは私にもわからなかったので」
「そうなんですか?」
「はい」
「文、本当に何も知らないのか?」
「え!? えっと、その……」
しかし、文は鬼が嘘を嫌うことを知っていたので、このまま知らないで通すことをためらった。
いくら萃香が信用できるかもしれないからといって、文から鬼に対する恐怖が完全に消え去った訳ではないのだ。
「あ、あややややや、早苗さん! チルノさんたちが呼んでるみたいですよ!」
「えっ、本当ですか!?」
「はい。 何かすごい緊急の用みたいですけど」
「ちょ、ちょっと行ってきます!」
早苗はそう言われて、すぐにチルノの元へ飛んで行った。
もし早苗がこんな子供すら騙せるか怪しいごまかしに引っかかってくれるくらい単純じゃなかったら、文は完全に行き詰まっていただろう。
「……それで、どういうことなんだ?」
「すみません、実は早苗さんには黙っておくように、との洩矢様からのお達しがあるんです」
「なるほど、そうかい。 それは悪いことをしたね。 私に言って大丈夫なことなことだったのか?」
「いえ。 できれば内密にしたい話なので」
「内密、ね。 それは本当に信頼してもいい内容なのか?」
文を試すかのように萃香は少しだけ凄んだ。
「それがもし……早苗を裏切るような内容だったのなら、私は容赦をしない」
初めて目の前で感じる萃香の殺気に、文は一瞬恐怖に押しつぶされそうになった。
だが、文はそれでもまっすぐ萃香の目を見て、
「少なくとも、私は納得して協力しています」
はっきりとそう言った。
その目には嘘偽りも、迷いも、後ろめたさもあるようには見えなかった。
「……わかった、それならいいよ。 変な疑いかけちまってすまない、早苗には黙っておくから」
「ありがとうございます」
そう言ってすっかり警戒を解いて謝罪する萃香を見て、文はホッとした。
そして、その萃香の言葉が本当に早苗を思ってのことだと理解し、文は萃香の不器用な優しさを感じ取った。
そこへ早苗が帰ってくる。
「どういうことですか射命丸さん! 別に呼んでないって言われちゃいましたよ」
「あ、すみません。 ちょっと気のせいみたいでした」
「はぁ、そうなんですか」
「そうなんです」
早苗が文を疑いの目で見つめる。
文は上手くごまかそうと思ったが、中々いい言い訳が浮かんでこない。
しかし、萃香が文に少し助け船を出すように口を開く。
「まあ、そんなこと別にいいじゃないか。 このままじゃ帰る前に日も暮れちゃうし、とりあえず私たちはこのまま予定通り彼岸に向かおう」
「そうです、急ぎましょう」
「えー」
文がアイコンタクトで萃香に礼を言う。
そして、何か納得いかないという顔の早苗を放っておいて、文は急かすように先へ進んだ。
◇
暗く淀んだ霧と、中が見えないほど濁った水の漂う三途の川。
彼岸に渡る前の霊魂が彷徨うそこに、一隻の舟が浮かんでいる。
傍から見ればそれは誰も乗っていない無人の舟に見える。
しかし、そこには誰も乗っていない訳ではなく、ただ一人の乗務員が舟の中央で寝転がっているのだ。
「……やっぱり、おかしいよなあ」
舟の船頭である死神の小野塚小町は、微動だにせずただ一人呟いた。
小町の仕事は死者の霊魂を彼岸まで渡す船頭をすることなのだが、最近その霊魂の様子がどう考えても異常なのだ。
「まあ、そんなのは別にどうでもいいんだけどね」
しかし、小町はそれを気にしない。
彼女の上司である閻魔、四季映姫・ヤマザナドゥの目をいかにかいくぐって仕事をサボるか考えることを生きがいとしている小町にとって、たとえ問題が起こっても、その分の面倒事が自分に降りかからなければそれでいいのだ。
だから、問題が深刻化したときにどうやって言い訳するかだけを考えていた。
「……でもどうせ、何の対策も練らなかったら後でまた映姫様に怒られるよねえ。 あーやだやだ」
そう言いながらも、小町は動くことはおろか目を開けることすらしない。
「何か映姫様が目を丸くして見逃してくれるような上手い言い訳はないものかねえ」
「言い訳ですか」
「ああ。 言い訳……って、うわあああああ!?」
「こんにちは」
「ちょっと邪魔するぞ」
舟の上にはいつの間にか早苗たちが立っていた。
自分以外がいるはずのない、いや、いてはいけないはずの舟の上にいつの間にか乗っている3人を見て、小町は声を上げた。
「何で、お前たちは実体化しているんだ!?」
「いや、実体化というか私たちまだ生きてるんだけどな」
「え? いやいやいやいや、それもっとダメだって。 ここ越えたら死んだことになっちまうんだよ?」
「そうなのか? だって霊夢は渡ったことあるって言ってたけど」
しばらく前のことになるが、霊夢は花の異変の時に一度彼岸へ行ったことがある。
早々に映姫たちをこらしめて帰ってきたことを霊夢から聞いていた早苗と萃香は、彼岸へ行くのがそれほど大変なことだとは思っていなかった。
「霊夢って……ああ、あの博麗の。 でも、あれは特殊なケースなんだって! そんなこと本当は駄目なんだよ」
「いいじゃないですか。 何か不都合でもあるんですか?」
「いや、だから…」
死後の世界に生者が行くこと自体が駄目であることくらいは、考えなくてもわかるだろう。
にもかかわらず、突然現れてそれに不都合があるかと言う早苗を前にして、小町は頭を抱えたくなった。
「それに、私は半分神なので大丈夫です」
「いや、そういう問題じゃなくてだな」
「じゃあどういう問題なんですか!!」
「だから…」
面倒事が嫌いな小町にとって、勝手なことを言いまくるくせに話を聞かない早苗の相手をするのは、一種の拷問のようなものだった。
「いきなり来てそんなこと言われても、そんなの三途の川を渡るのは死者だけだって決まりなんだからしょうがないだろ! それに例外的に渡るにしろ、いろいろ手続きとか必要なんだよ」
「じゃあそれをすればいいんですね?」
「だからダメなんだって」
「何でですか!? 私たちはこの先に用があるんです。 何かどうしても駄目な理由でもあるんですか」
「あるよ」
小町は面倒そうに頭をかきながら言った。
「だって、そんなの面倒くさいじゃないか」
小町は、そういう奴だった。
そんなに面倒くさいことなんてそこの3人が来なければ自分はしなくてよかったのだ。
だから来るな、帰れ。
そんなことを何のためらいもなく言う。
「なっ……面倒ってそんなことで…」
「そんなこととは何だあ!!」
「えっ!?」
小町は突然叫んだ。
いつもは自分勝手に押し進める早苗だが、今回ばかりは自分が何を間違ったのかわからず困惑している。
「今、お前さんはあたいの存在を全否定した」
「え? えっ?」
「映姫様の目をかいくぐって面倒事をいかに回避するか。 それだけがあたいの生きる意味だというのに、それなのに…」
「……うわあ、こいつ、なんてダメ人間だ」
「ああ、ダメ人間でけっこう。 そんなことは自覚してるしそもそも人間じゃないからね」
小町を見る3人の目が、だんだんかわいそうなものを見る目に変わっていくのがわかる。
しかし、そんなことすらも小町は気にしない。
「だが、そんなあたいに今、過去最大になるかもしれないピンチが起きている」
「ピンチ?」
「ただでさえ異変の影響でこの先面倒事が増えそうにもかかわらず、生きたまま彼岸に渡りたいなんていう面倒事を運んできたはた迷惑な奴が3人もいることさ」
「まぁまぁ、そう怒らずに。 実は私たちはその面倒事の片方を解決するために動いてるんですよ」
文にそう言われ、一瞬小町の体がピクッと跳ねる。
しかし、それでも小町は半目のまま言う。
「ん? 騙そうったってそうはいかないよ。 異変解決に動くのは博麗の巫女の仕事だってことくらいあたいも知ってる」
「ふっふっふ。 情報不足ですよ、小野塚小町さん」
「なに?」
会ったこともないのに何故か自分の名前を知っている文を、小町は少し警戒する。
警戒したとはいっても、小町の言動が何か変わる訳でもないのだが。
「実は何を隠そうこのお方は、博麗霊夢のライバルと言われる幻想郷のもう一人の巫女、東風谷早苗さんなのです!!」
「……いや、誰だよ。 博麗の巫女のライバルに変な魔法使いがいるってのは聞いたことあるけど」
「うぐう」
やはり、ここでも早苗の名前はまだほとんど知られてはいないようだった。
早苗は少し涙目になりながらも引き下がらずに言う。
「で、でも、それでも私は異変を解決するんです!」
「本当にお前さんにできるのかい?」
「それは、その…」
小町はあからさまに面倒そうな目をしていた。
もしここに来たのが霊夢だったなら、小町はすぐに行動しただろう。
自分や映姫を負かして花の異変を解決したことのある霊夢になら、協力すれば異変を何とかしてくれるだろうという信頼がもてたからだ。
しかし、小町にとってはどこの馬の骨とも知れない早苗に協力しても、解決する見込みなんてないし、むしろ協力する分面倒事が増えるだけなのである。
「まあまあ、ちょっとくらい協力してくれたっていいんじゃないかい?」
「そうは言ってもねえ。 どこにこの子が異変を解決してくれる保証があるんだい?」
「私が信頼を置いてる、っていうのじゃ証明にはならないかい?」
萃香がほんの少しだけ力を込めて、小町を睨みながら言う。
もし文がこんな風に言われたら、すぐにでも仕事に取り掛かってしまうものだが、
「駄目だね。 お前さんのことは知ってるよ、伊吹萃香。 でも人間だろうが鬼だろうが、生きたまま無許可でここに来るような奴は平等にただのならず者でしかない。 それに、お前さんは今まで異変を起こしたことはあっても、異変を解決したことはないだろう?」
「ちぇっ、手厳しいなあ。 どこ行ってもだいたいはこれで通るのに」
「ははは、そうかもねえ。 でもあたいにはもっとおっかない上司がいるんで、たいていの脅しなんかは通じないよ。 だから今日は諦めて帰んな」
そう言って小町はまた目を閉じる。
それは、もう話を聞くのも面倒だと言わんばかりの態度だった。
「仕方ありませんね。 貴方がそういう態度なら…」
「ちなみにあたいはスペルカード戦なんて受け付けないよ。 それに船頭であるあたいに危害を加えて、その後うまく彼岸で動けるとでも思ってるのかい?」
「いえ、それは結構です。 私たちは勝手に行かせてもらいます」
自力で向こう岸に行こうと考えている早苗に、小町は目を瞑ったまま警告した。
「自分で勝手に行くなんて言うけど、お前さんはなんでこの川にあたいみたいな船頭が必要かわかってるのかい?」
「え? いた方が雰囲気が盛り上がるっていう、気分の問題じゃないんですか?」
「あははは、いいねえ、それだったらあたいはどれだけ楽だったことか。 ってよりも、お前さんはそんな風に思ってたのかい?」
「いえ、そもそも全然知りませんでした」
馬鹿正直に話を進める早苗に小町は少し好感が持てたが、それと協力するかは全くの別問題だった。
「まあいい、教えてあげるよ。 あたいは霊魂たちの案内役なのさ」
「案内役?」
「ああ。 三途の川ってのはただ向こう岸に渡ればいいように見えて実は複雑な場所でね。 船頭なしで渡れば霧の中に迷い込んで永遠に出てこられなくなるのさ」
「ええ!?」
「つまり、あたいたち死神がいなきゃ彼岸に渡ることもできず永遠に成仏できない霊があふれちまうってことさ」
そんな大役を担ってることがわかってるならサボるなよ、という3人の目を無視して小町は続ける。
「だから、送ってやるからお前たちは大人しく現世に戻んな。 これ以上先に行った奴は……まあ、普通は生きてこっちに戻っては来れないよ」
「普通は? 渡れる人もいるんですか?」
「ん? まあ、神みたいに死の概念を超えた奴や特殊能力持ちなら別だけど、普通の人間や妖怪じゃ基本的には無理だね。 あたいの経験だとただ一回だけ、博麗の巫女が勝手に渡って向こう岸までたどり着いて戻ってきたことがあるんだが、あいつはまぁ…」
そこまで言って、小町はしまった、と言わんばかりに目を見開いた。
目線の先には、何故かやる気満々になっている早苗の姿があった。
「おい、警告したとは思うけど、この先に行けば間違いなく死ぬぞ」
「でも霊夢さんは大丈夫だったんですよね?」
「いや、だから…」
早苗は小町の話を聞かずに、既に自力で行く気になっている。
今まで落ち着いた様子だった小町に、焦りの表情が浮かび始める。
「それなら私は霊夢さんに負けるわけにはいかないので、ちょっと行ってきたいと思います。 なので射命丸さん、萃香さん、現世の方の調査はよろしくお願いします!」
「えっ、ちょっ、早苗さん!?」
「流石にそれは…」
文と萃香が止める間もなく、早苗は一人飛んで行ってしまった。
それを見ていた小町は、瞬間全身に冷や汗をかいた。
いや、ちょっと待て、この話聞いて行くか普通? とツッコみを入れる間もなく早苗の姿は見えなくなっていた。
「嘘、だろ……?」
小町は見るからに焦っていた。
――何? 今何が起こってる? あたいの舟に勝手に乗り込んできた生きてる奴らがいて、それだけでも怒られそうなのに、それを現世に戻すことなく霧の中に向かわせちまって……それで、あいつが戻って来なかったら何? これあたいの責任になんの? ってよりもバレたらかなり重い罰くらうんじゃないのこれ!?
こんな感じに、その頭はかつてないほどめまぐるしく回っていた。
「う、うわあああああああああ!?」
「ぅえっ!?」
突然小町が叫びだし、猛スピードで舟を漕ぎ始める。
文が舟から振り落とされるが、そこは持ち前のスピードで再び舟に乗り込んだ
「ど、どうしたんですか小町さ…」
「待て待て待て待て、そこの巫女、ちょーっと待って、あれ、ほら、あたいが悪かったから、彼岸行きたいなら行かせるから、だからちょっと待ってええええ!!」
さっきまでとは別人のような小町の焦りっぷりに、文と萃香はポカーンとなる。
しかし、早苗は随分と先に行ってしまったようで、舟のスピードではどれだけ急いで追いかけてもなかなか追いつけない。
というよりも、離されてるような気すらする。
それは非常にマズい状況だった。
三途の川というのは、渡る人によってその道筋も長さもまちまちになるものであり、たとえ死神であっても一定以上離れてしまった相手を探すのは至難の業なのである。
「ヤバい、やばいやばいやばいやばい頼むよ、頼むから誰でもいいからあいつを止めてくれええええ!!」
「……えっと、じゃあ私が止めてきましょうか?」
「んえっ!?」
涙目になっている小町は必死に舟を漕ぎながら、すがるように文を見る。
「ただし、私の密着取材に協力すること、私たち3人全員が無事に彼岸に行って帰って来れること。 その条件をのんでくれるのなら早苗さんを連れて…」
「何でもいい!! 頼むよ、もう何でもいいから頼む、あいつをおおおお!!」
「えっと……はい、わかりました」
必死過ぎる小町の姿を見て、文は少しかわいそうだとすら思う。
そして文は早苗の行った方向に飛んでいき、一瞬で見えなくなった。
だが、舟を漕ぎながらよく考えた結果、小町の顔色は再び青ざめる。
――あれ、これ迷った奴が2人になっただけじゃないか?
小町には、既に舟を漕ぐ気力すらなくなりつつあった。
もう終わりだ。
全部、終わった。
涙目のままそんな絶望的な感情に支配されながら、それでも小町は全力で舟を漕ぎ続けた。
だが、その絶望とは裏腹に、すぐに早苗を連れた文が戻ってくる。
「もう、連れてってくれるなら最初から言ってくれればいいじゃないですか」
「あれ……? なんで、お前さんどうやって…」
「まぁ、早苗さんには一応『奇跡を起こす能力』がありますからね。 少しくらいのことは偶然でなんとか出来ますよ」
「それに、早苗は一応普通の人間じゃなくて現人神ってことになってるからな。 霧の中でも無事なくらいの神性はあるんだろうさ」
「え……だったら何で! …あ、いや、もういいや。 何かもう、お前たちと、話す、のは、疲れた、よ」
「何ですかそれ!?」
何とかピンチを乗り切った小町は舟のオールを放り出し、そのまま倒れこんで動かなくなった。
まるで一週間働きづめだったかのように疲れ切った小町には、もはや早苗を説得する元気は残っていなかった。
「……それで、彼岸で一体何をするつもりだい?」
そして、ようやく観念し、寝たまま手足をだらーんとさせた状態で話す小町の舟に乗って、一行は彼岸へと向かうのだった。