東方理想郷 ~ Unknowable Games. 作:まこと13
深く、暗い海のようなものに沈んでいた。
身体ではない、心だけを押しつぶすかのような水圧に囲まれた世界。
健常なはずの手足は、自分のものではないかのように固まっている。
どれだけ力を込めようとも、ピクリとも動けない。
それでも、その心だけは徐々に潰れていく。
「あんたみたいな化物なんて、さっさと消えちゃえばいいのに」
既に限界まで痛めつけられた霊夢の心に、深い暗闇の中からそんな声が押し寄せてくる。
僅かに残っていた光さえも粉々に砕いて飲み込もうとするような、悪魔の囁きが響いてくる。
だが、霊夢はその悪魔たちの声を知っていた。
「どう取り繕おうとも、所詮お前は災いを呼ぶだけの化物だ」
それは、いつも隣で聞いていたはずの家族の声。
かわいい妹の声。
優しい姉の声。
「どうして、貴方みたいな化物に奪われなきゃいけないのよ」
そして、大切な母の声。
それらが自分の存在そのものを拒絶するかのように、憎しみで歪んだ不協和音を生む。
――ごめんなさい。
口を開くことすらできないまま、霊夢はただ心の中で謝ることしかできなかった。
その記憶すら真っ黒に塗りつぶされた今では、何を、誰に、どうして謝っているのかすらもわからなくなっていった。
その脳裏にはただ、闇の混じった悲鳴だけが鳴り続ける。
嘆きに。
絶望に。
怒りに。
憎悪に。
何に対するものなのかもわからない感情に、支配されていく。
永遠の暗闇の中で、ゆっくりと心が壊れていく。
ゆっくりと、染まっていく。
ただ、ゆっくりと。
自らの頭が覚醒し始めるよりも遅く。
まるで、何かに遮られているかのように。
「……え?」
ふと、霊夢は記憶の海の中で我に返る。
その感覚に、覚えがあった。
闇に墜ちようとする自分の心を包み込むような何かを、知っていた。
その声から霊夢を遠ざけるように、境界が分厚く世界を遮っている。
これから全てを支配されるはずだった霊夢の心に、温かい想いが流れ込んでくる。
「紫……?」
返事は無かった。
それでも、霊夢はその想いを信じて身を委ねる。
温かい何かに包まれながら、ゆっくりと思い出していく。
その記憶を埋め尽くすほどの、かけがえのない何かを。
何よりも幸せだった、かけがえのない時間を――
東方理想郷 ~ Unknowable Games.
第28話 : 追憶
※ここから過去編、『霊夢と巫女の日常録』(別作)に続きます。
読んだ方がこの先の展開を楽しんでもらえるとは思いますが、この小説で言うと実質3話分くらいの長さがあり、過去編としては少し長すぎるので、読まなくても一応先に進めるようには構成してあります。
流石にここにリンクとか載せるのはあまりよくないと思うので、
・過去編を全て読む方
→お手数ですが、作者ページの『霊夢と巫女の日常録』(別作)の途中18話ルート分岐からこちらの29話にお戻りください。
・進行上必要な分だけ読む方
→そのまま29話に進んでください。